第1章 賃金の現状と課題

本章では、我が国の賃金の長期的な推移について確認するとともに、我が国の賃金が必ずしも生産性の伸びほど増加していない背景について分析する。第1節では、1970年からの賃金や生産性の動向や当時の労働省・厚生労働省の認識を振り返りつつ、大きく生産性と賃金動向のトレンドが転換した1996年以降に焦点を当て、生産性、賃金及び労働分配率の動向等を他の先進国と比較しながら確認する。第2節では、我が国において賃金が必ずしも生産性ほど増加していない背景について、平成27年版労働経済白書で指摘された仮説を踏まえつつ、考察していく。

第1節 我が国における賃金等の動向

我が国の一人当たり名目賃金は1990年代後半以降はおおむね減少傾向で推移

まず、50年間にわたる我が国の生産性と賃金の動きについてみてみよう。第2-(1)-1図は、1970年を100とした場合の名目の一人当たり生産性と賃金1の推移を表したものである。賃金と生産性についてみると、「①1970年代~1990年代前半」では、名目生産性と名目賃金が、どちらもほぼ一貫して増加しており、両者は極めて強く連動していた。一方で、「②1990年代後半以降」では、名目賃金と名目生産性に乖離が生じるようになり2、生産性の上昇ほどは賃金が増加しづらい状況が継続するようになった。こうした賃金の動向について、当時はどのように認識されていただろうか。
 まず、①の1970年代~1990年代前半までの時期についてみてみよう。1970年代の労働白書では、当時みられていた高い賃金上昇率が、更なる物価上昇につながりかねないことや、経済の実態と合わないことへの懸念が示されていた。 例えば、労働省(1975)においては、1974(昭和49)年の春闘について、「物価高騰の影響による大幅賃上げが物価にはねかえり、それが50年春闘に影響して再び大幅賃上げになるのではないか」「経済や労働市場の実勢とかけはなれた賃上げが行われるのではないか」ということ、また、労働省(1976)においては、第1次石油危機の中で、物価安定を重視し、高い賃金上昇により、「企業の人件費負担が急上昇」しており、「企業はコスト負担面から雇用調整をさらに強化せざるをえなかった」ことが指摘されている3。一方、1980年代になると、これまで強く問題とされていた物価上昇は落ち着き、賃金の伸びも一段落したことから、労働省(1984)では、賃金の推移について、「わが国の賃金上昇率が高度成長期に比べて鈍化しているのは、基本的にはわが国経済が安定成長に移行したことに応じたもの」と分析されている4
 次に、②の1990年代後半以降、バブル崩壊後に経済活動が滞る中で、生産性と賃金の伸びに乖離がみられるようになると、賃金の伸びの停滞が消費等の停滞につながっているのではないかという懸念も示されるようになった。例えば、労働省(2000)においては、企業が業績の好転をすぐに賃金に反映させず、人件費の上昇に対して慎重な姿勢をとっていること、厚生労働省(2001)においては、「バブル崩壊以降の過剰債務の清算のほかに、高齢化に伴い労働分配率がかつてない高まりをみせていることや、会計基準の見直しにより企業が従来以上に財務体質の強化を迫られていること」等を背景に、企業収益の改善に対して、賃金の上昇に遅れがみられることを指摘している。一方、1990年代前半以降、雇用を取り巻く環境が悪化し、就職氷河期と呼ばれるような新規学卒者の就職難が生じたほか、特に1998年以降に雇用情勢が大幅に悪化する5中で、就業不安定な若年者である、いわゆるフリーターの問題が社会的な注目を集める6等、2000年代前半を通じて、雇用の安定が社会の大きな関心事となった。労働省(1999)においては、「他のヨーロッパ諸国において1990年代に失業率が上昇してきたなか、オランダでは失業率低下が顕著であることから、オランダの取組が、近年注目されている」として、オランダモデルを取り上げ、「その具体的な手法のうち、最も重要なのは賃金の調整政策である」とし、賃金調整を通じた雇用安定の政策の好事例として紹介するなど、賃金よりもむしろ雇用を重視する指摘7を行っている。
 2010年代に入ると、デフレ脱却に向けて政府一丸となって取組が講じられ、雇用情勢が改善する中にあって、賃金が生産性との連動性を失ったことについて、一層強い懸念がもたれるようになった。例えば、厚生労働省(2015)では、「デフレから脱却し、経済の好循環を確実なものとしていくために重要と考えられる賃金・雇用・消費といった需要面からみた成長基盤の確立に向けた検討を行う」とし、この中で賃金が伸び悩んだ背景について詳細に分析を行っている。その一方で、少子高齢化の進行や、女性・高齢者の労働参加を背景に、働き方の多様化を踏まえた就業環境の改善に注目が集まるようになった。例えば、厚生労働省(2017)は、ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた課題をテーマとし、働きやすい環境の整備が企業の売上増加や離職率低下等にプラスの傾向があるという分析を行っているほか、厚生労働省(2018)では、働き方が多様化している中で、人材マネジメントの重要性や人材育成に向けた課題等を整理している。加えて、厚生労働省(2019)では、労働者のワーク・エンゲイジメントをテーマとして扱い、人手不足の中で、働きやすい・休みやすい環境の整備が労働者の主体性・創造性の涵養を通じて生産性の向上や人手不足の緩和に資することを指摘している。
このように、労働白書・労働経済白書による分析等を振り返ると、その時々の経済・社会状況に応じて賃金への捉え方が変化していることがうかがえる。1970年代の物価上昇局面においては、名目賃金を抑制していくことが物価上昇を抑えるための重要な要素として考えられており、1980年代に賃金上昇が落ち着いたことについては、我が国が安定成長に移行した中での帰結として受け止められている。1990年代後半以降、賃金と生産性の伸びに乖離がみられるようになると8、賃金の停滞が経済全般に与える悪影響も懸念されたものの、雇用情勢が大幅に悪化する中で、賃金よりもむしろ雇用の安定そのものが重要視されるようになった。2010年代になると、賃金が生産性との連動性を失ったことについて一層強い懸念がもたれるようになった一方で、雇用情勢が改善し、高齢者や女性の労働参加が進んだ結果、こうした多様な労働者が活躍できる環境の整備が必要だという認識が高まり、賃金だけではなく、多様な働き方やワーク・ライフ・バランス等の要素にも注目が集まるようになった。
 現在、足下では物価が上昇し、感染拡大を経て消費が伸び悩む中、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(令和4年6月7日閣議決定)」において示されたように、政府全体として賃上げが重要な課題であると強調9されている。こうした背景を踏まえつつ、本節では、生産性と賃金の乖離や、その要因に焦点を当てて、分析を行っていく。

我が国では一人当たり生産性・賃金は25年間ほぼ横ばいで推移

1996年以降の一人当たり名目賃金の伸びの停滞は、国際比較の中でどのように捉えられるべきだろうか。ここでは、一人当たりの生産性と賃金に着目して、他の主要先進国と比較しつつ、我が国の状況について確認しよう。
 第2-(1)-2図は、 主要先進国の一人当たり名目生産性と、一人当たり名目賃金の動向をみたものである。1996年を100とすると、一人当たり名目生産性は、イギリス・アメリカでは230~240、フランス・ドイツでも160程度となるなど、日本以外の全ての国において大きく増加している一方で、日本ではほぼ横ばいで推移している。一人当たり名目賃金についても、日本以外の全ての国において、名目生産性の上昇と同程度に名目賃金も増加しているが、我が国はむしろ4%ほど減少している。一方で、第2-(1)-3図から、物価水準も加味した生産性と賃金の動向10をみると、我が国の一人当たりの実質生産性は他国と比べて伸びが小さいながらも、ドイツと同程度には成長している一方で、賃金についてはほぼ横ばいとなっている。我が国においては、名目・実質ともに、生産性の上昇ほどは賃金が増加していない状況が確認できる。

日本ではどの産業でみても、他国ほど名目賃金は伸びていない

こうした賃金の動向は産業によって差がみられるだろうか。第2-(1)-4図により、産業別に、これらの国の一人当たり名目賃金の動向を確認しよう。ここでは、国際標準産業分類(ISIC Rev.4)において比較可能な、製造業、金融・保険業、情報通信業、宿泊・飲食サービス業等、保健衛生及び社会事業等、その他の6産業について、一人当たり名目賃金の動向を確認する。なお、OECD.Statにおいては、アメリカの1996~1999年のデータが取得できないため、ここでは2000年を100とした賃金の推移を示している。一人当たり名目賃金は、産業・国ごとに違いはあるものの、日本以外のどの国においても、全ての産業で、増加傾向で推移している。産業別にみると、名目賃金の増加幅については、金融・保険業では各国間のばらつきが大きい一方で情報通信業では小さく11、各国における産業を取り巻く状況の違いも大きく影響しているものと考えられる。我が国においては、どの産業でみても他国ほど名目賃金は増加していないが、製造業や情報通信業においては、2000年対比で名目賃金は増加している一方で、金融・保険業、宿泊・飲食サービス業等、その他産業において賃金は減少しており、特に保健衛生及び社会事業等においては20%以上も減少している12。我が国における名目賃金については、全産業の平均ではほぼ横ばいで推移しているものの、産業別にみると、その様相は異なっていることが確認できる。

我が国の賃金は、生産性に対して感応度が低く、雇用情勢に対して感応度が高い

第2-(1)-5図により、我が国における名目生産性上昇率、失業率と名目賃金増加率の関係性をアメリカと比較しながらみてみよう。同図(1)は、一人当たり名目生産性の上昇率(前年比)を横軸に、一人当たり名目賃金増加率(前年比)を縦軸にとり、1997~2021年までの各年の状況をプロットした図である。近似線におけるxの係数は、名目生産性が1%上昇したときに、名目賃金が何%増加するかを表しており、この係数が大きいほど、生産性上昇に対する賃金増加の感応度が高いと考えられる。アメリカでは一人当たり名目生産性が1%上昇すると、一人当たり名目賃金もほぼ同じ1%増加している関係が確認できる一方で、我が国では、名目生産性が1%上昇しても、名目賃金は0.4%程度しか増加しておらず、生産性上昇に対する賃金増加の感応度がアメリカに比べて小さいことが確認できる。
 一方で、失業率と賃金増加率の関係についても確認しよう。同図(2)は、失業率を横軸に、一人当たり名目賃金増加率(前年比)を縦軸にとった図である。同じくxの係数をみると、失業率が1%ポイント上昇したときに、アメリカでは0.3%ポイント程度一人当たり名目賃金が減少する一方で、日本では約1.1%ポイント減少している。日本の方が失業率への賃金の感応度が高いため、雇用情勢が改善したときに賃金増加につながりやすい関係がみてとれる。しかし、失業率が4%の状態では、アメリカではおおむね4%程度の名目賃金の増加が見込まれる一方で、日本ではほぼ0%であり、失業率の水準の程度に比べて賃金増加率が高くない。日本では、景気の好転により雇用情勢が大きく改善し、失業率が低下する中にあっても賃金増加率はそれほど高まらず、結果として、賃金増加率は低い水準にとどまることが分かる13
 我が国では、生産性の低下ほど賃金を減らさないことには留意が必要であるが、アメリカと比べて、生産性が上昇していく局面において生産性の上昇に賃金が追いついてこなかったこと、また、雇用情勢に対して賃金増加率の感応度は高い一方で、失業率とともに賃金増加率が低い水準に抑えられていることが確認できる。

我が国では実質生産性は他国並みに上昇するものの、労働時間や労働分配の減少と交易条件の悪化が一人当たり実質賃金増加率を押し下げている

こうした一人当たり賃金の変動の背景について確認するため、第2-(1)-6図においては、1996~2000年と2016~2020年の二時点間における各国の一人当たり賃金の変動を、名目・実質別に「時間当たり生産性要因」「労働時間要因」「労働分配要因」の3つに分解している。
 まず、同図(1)より名目賃金の変動についてみると、他国に比べて時間当たり名目生産性の寄与が相当程度小さいことが確認できる。名目生産性の上昇は、イギリス・アメリカでは二時点間において、80~100%ポイント程度、フランス・ドイツでも60%ポイント程度名目賃金を増加させる方向に寄与している一方で、我が国では10%ポイント程度にとどまる。労働時間は、どの国においても減少し、一人当たり賃金を減少させる方向に寄与しているが、日本ではその寄与幅がドイツと同じくらい大きい。加えて、我が国では労働分配要因がどの国よりも名目賃金を減少させる方向に寄与しており、生産性が他国と比べて上がらない中で、労働時間の減少と労働分配率の低下が、他国と比較しても強く一人当たり賃金を減少させる方向に寄与していることが分かる。
 ただし、実質ベースでみると様相が異なる。同図(2)をみると、我が国では、労働時間や労働分配率による一人当たり実質賃金の下押しについては、名目ベースでみた場合と同様であるが、時間当たり実質生産性は、二時点間で40%程度上昇しているアメリカほどではないものの、イギリスやフランス、ドイツ並みに20%程度の上昇を実現している。これは、他国では物価が上がる中で時間当たり生産性が伸びることで、物価の影響を加味した時間当たり実質生産性の上昇は抑制された一方で、我が国では物価が継続的に低下基調で推移してきた結果、物価の影響を加味した時間当たり実質生産性が上昇したためである。
 加えて、我が国では、デフレーターギャップも一人当たり賃金の下押し要因となっている。ここでいうデフレーターギャップとは、GDPデフレーターと民間最終消費支出デフレーターの比であるが、後述するように、これら2つのデフレーターの乖離は、主に交易条件の変化によって説明できる。すなわち、交易条件の悪化が実質賃金の減少に寄与している。
 一人当たり賃金の変動についてその背景をみると、労働時間の減少及び労働分配率の低下が名目・実質ともに賃金を押し下げ、それに加えて、交易条件の悪化が実質賃金を下げている。これらの要素が複合的に影響した結果、一人当たり名目賃金増加率は1996~2000年対比で減少、一人当たり実質賃金増加率はほぼ横ばいとなったことが分かる。

労働時間の減少には、フルタイム・パートタイムそれぞれの労働時間の減少だけではなく、パートタイム労働者比率の上昇も寄与

我が国における一人当たり賃金の下押し要因となっていた労働時間について、その状況や背景をみてみよう。第2-(1)-7図(1)から、年間労働時間の推移をみると、比較している5か国の中で、1996年では最も長かった我が国の労働時間は長期的に減少しており、2018年以降アメリカを下回って推移している。1996年にはイギリスよりも250時間ほど長かった年間労働時間は、2019年にはほぼイギリスと同じ水準まで減少しており、他の4か国の労働時間の推移と比較しても、我が国の労働時間の減少幅は大きい。同図(2)により、1996~2019年の労働時間の変化を比較14すると、イギリス・アメリカ・フランスでは1~3%程度、比較的減少幅が大きいドイツでも8%程度の減少率である一方で、我が国における労働時間の減少率は12%に達しており、諸外国と比較しても我が国における労働時間の減少幅が大きいことが確認できる。
 こうした労働時間減少の背景を確認するため、第2-(1)-8図において、一人当たり年間労働時間の寄与度分解を行った。これによると、一般労働者もパートタイム労働者も労働時間が減少してきたが、これに加え、労働時間の減少には、一貫してパートタイム労働者比率の上昇も大きく寄与しており、相対的に労働時間の短いパートタイム労働者の増加が、一人当たりの年間労働時間を押し下げたことが確認できる15

労働分配率は一貫して低下傾向で推移

第2-(1)-6図において、名目・実質一人当たり賃金の停滞について、労働分配の減少が大きな下押し要因となっていることを確認した。ここでは、労働分配率の推移について詳細にみてみよう。第2-(1)-9図(1)は主要先進国について、労働分配率の5年ごとの平均値の推移を示している。なお、ここでいう労働分配率は、自営業者や家庭従事者(以下「自営業者等」という。)の構成変化を調整するため、分子である雇用者一人当たり雇用者報酬を、分母である就業者一人当たりGDPで除すことで算出したものである16。1996~2000年以降の労働分配率の推移をみると、我が国の労働分配率は一貫して低下傾向にある上、足下では他国と比べても低い水準となっている。長期的にはアメリカも低下傾向にあるものの、2016~2020年の労働分配率の水準は我が国を上回っている。労働分配率は、コラム2-1にあるとおり、定義によって値が異なるため一律に水準を比較することには留意が必要であるが、1996~2000年では諸外国と比べても比較的高い水準であった我が国の労働分配率は、ここ20年間、一貫して低下傾向で推移し、2016~2020年には、主要国で最も低くなっている。
 同図(2)は、1996~2000年と2016~2020年それぞれでOECD.Stat上でデータを取得できる38か国について、労働分配率の変化を比較したものである。労働分配率の水準については、一定の留意が必要であるものの、全ての国について同一の定義の下で比較すると、1996~2000年時点においてOECD諸国の中でも高い水準であった我が国の労働分配率は、2016~2020年には、他の多くの国と同程度まで低下していることが分かる。労働分配率の適正な水準については、定義により水準が異なること等から明確に述べることは難しいが、少なくともここ20年間で、我が国の労働分配率はOECD諸国の中で、相対的に大きく低下したことが分かる。

産業別にみても我が国の労働分配率は他国より低い水準で推移

我が国の労働分配率の推移について、産業別にみても同様の傾向が確認できるだろうか。第2-(1)-10図により、産業別の労働分配率の状況を確認しよう。ここでは、分子には第2-(1)-9図と同じく雇用者報酬を雇用者数で除したもの(一人当たり雇用者報酬)を用いているものの、データの制約上、分母にはGDPの代わりに総付加価値を就業者数で除した値(就業者一人当たり総付加価値)を用いている。各産業における自営業者等の構成の違いに留意が必要であるが、「その他」以外の全ての産業において我が国の労働分配率は諸外国と比較して低い状況にある。また、分配率の推移についてみると、我が国では、情報通信業以外の産業は、ここ10年でおおむね横ばいないしは低下傾向にあることが分かる。

交易条件の悪化がデフレーターギャップの拡大に大きく寄与

最後にデフレーターギャップの影響について確認しよう。生産性の実質化に当たって用いているGDPデフレーターと、賃金の実質化に当たって用いている民間最終消費支出デフレーターの乖離については、国内物価要因と交易条件要因に分解できる。第2-(1)-11図は、これらの乖離について、その対1996年比での累積寄与を示したものであるが、2005年以降、交易条件要因による両デフレーターの乖離へのマイナス寄与が大きくなっており、2008年以降、乖離のほとんどは交易条件要因として説明できる。交易条件の悪化がGDPデフレーターと民間最終消費支出デフレーターのギャップ拡大に大きく影響してきたことが分かる。

輸出価格の低下が日本の交易条件悪化の主因

交易条件の悪化は、輸出価格と輸入価格の相対価格の変化によって生じているものと考えられる。第2-(1)-12図より、主要先進国と比較しつつ、輸出デフレーター、輸入デフレーター、交易条件の推移をみると、他の主要先進国では、輸入デフレーターの上昇は我が国と同じくみられるが、輸出デフレーターも緩やかに上昇し、その結果、交易条件はほぼ横ばいで推移している。一方、我が国では、輸入デフレーターが2005年以降大きくプラスに転じる中にあって、輸出デフレーターが下落し、結果として交易条件の悪化が継続している。2005年を100として交易条件をみると、我が国以外の4か国は2022年時点で改善または横ばいである一方で、我が国のみ大きく悪化していることが確認できる。
 我が国の輸出物価の下落の背景について確認するため、第2-(1)-13図より、契約通貨ベースと円ベース両方の輸出物価指数をみると、どちらでみても、長期的に低下傾向にあることが分かる。既に厚生労働省(2015)において指摘されているように、我が国では、企業は価格競争力維持のため輸出先の現地通貨建て価格の引上げを抑制し、その結果として輸出価格が下落しているものと考えられる17

賃金増加に向けてはまずは生産性上昇に取り組むことが重要

ここまで、生産性や労働分配率の状況をみながら、我が国の一人当たり賃金の動向を確認してきたが、1996年以降我が国の名目賃金が伸び悩んだ背景としては、①名目生産性が他国に比べて伸び悩み、②パートタイム労働者の増加等により労働時間が減少し、かつ、③労働分配率が低下傾向にあり付加価値の分配そのものが滞ったこと18が原因として考えられる。実質賃金をみるのであれば、実質生産性は他国に準ずる程度に伸びているものの、労働時間の減少や労働分配率の低下に加え、④GDPデフレーターと民間最終消費支出デフレーターの動向の乖離として表れる交易条件の悪化も考慮されねばならない。
 我が国において賃金を持続的に上げていくためには、名目でも実質でも生産性を持続的に上昇させていけるよう、イノベーションを生むことができる土壌を整えることが重要である。これまでの労働経済白書においては、様々な観点から生産性を上げていくための様々な取組を取り上げ、分析・紹介してきた。第2-(1)-14表は、これまでの労働経済白書での生産性上昇に関する分析をまとめたものであるが、例えば、平成28年、平成30年の労働経済白書においては、雇用者一人ひとりの能力を向上させていくための能力開発の効果等について分析を行ったほか、令和元年では、一人ひとりが主体的にその能力を仕事において発揮していくために重要と考えられるワーク・エンゲイジメントについて取り上げた。また、令和4年の労働経済白書においては、希望する労働者が転職しやすい環境を整えることや、企業における自己啓発を促進することの重要性等をまとめている。我が国の賃金を引き上げていくためには、引き続き、これまでの労働経済白書で分析したような取組を前に進め、生産性の上昇に取り組んでいくことが重要である。

コラム2–1 様々な定義における労働分配率について

労働分配率とは、生産活動によって得られた付加価値のうち、労働者が受け取った割合を示す指標であるが、企業の付加価値と、労働者が受け取った分をそれぞれどのように測るかによる計測方法の違いがある。本コラムでは5つの異なる定義の下で計測された労働分配率を紹介する。

一般的な計測方法の一つは、企業調査である財務省「法人企業統計調査」を用いて、企業において産み出した付加価値を分母に用いることであり、過去の労働経済白書や経済財政白書において広く用いられている19。具体的には、定義①で示すとおり、労働者への分配としての人件費(役員給与等を含む。)を分子に用いる一方、企業の付加価値合計として、人件費+営業純益+支払利息・割引料+租税公課+動産・不動産賃借料を分母に用いて、これらの比率を労働分配率として計測しており、本定義では、民間企業における雇用者への労働分配の状況を確認することができる20

定義①:

 ただし、本定義を用いる場合には、各国の統計等の違いから同じ定義に基づく国際比較が難しい場合が多いことや、そもそも自営業者等を分配の分析から除くことが適切なのかという問題がある。

もう一つの計測方法としては、定義②に示すように、雇用者報酬を国民所得で除して算出するものである。この方法で用いる雇用者報酬や国民所得は、各国の国民経済計算の中で公表されていることから、国際比較が容易であるという利点21がある。

定義②:

ただし、この定義では、分母の国民所得には自営業者等の生み出した付加価値が計上される一方で、分子の雇用者報酬には、自営業者等が得た収入が含まれない等の問題がある。コラム2-1-①図にあるとおり、我が国における自営業者等の数は諸外国と比較しても急速に減少しているため、近年では、自営業者等が比較的多かった時期と比較して労働分配率が高めに計測されることになる22
 自営業者等が就業者に占める割合が低下していることによる影響を補正するため、定義③のとおり、分子の雇用者報酬を雇用者数で除し、分母の国民所得を就業者数で除すことで、労働分配率を雇用者一人当たりの報酬と就業者一人当たりの国民所得の商として定義することもできる。

定義③:

 ただし、この方法においては、一人当たりの雇用者と自営業者等が生み出す付加価値が同じであるという仮定を置いていることに留意が必要である。さらに、定義②と定義③で分母として用いられている国民所得には、減価償却費(固定資本減耗。長期的には資本への分配として評価される。)が含まれない23ことから、分母として国民所得ではなく国内総生産(GDP)を使うことも考えられる24。本章では、こうした指摘を踏まえつつ、国際的な比較可能性を維持するため、定義④に示すとおり、労働分配率を、雇用者一人当たりの雇用者報酬を就業者一人当たりのGDPで除したものとして定義している。

定義④:

 ただし、この方法においても、自営業者等についての仮定や限界については、定義③と同様である。
こうした様々な限界を踏まえた上で、日本経済全体で生み出した付加価値が、自営業者等も含めた労働者全体にどの程度分配されているか確認するため、本コラムでは、定義⑤として、雇用者だけではなく自営業者等の収入も勘案した労働分配率も試算してみたい。本計算に当たっては、自営業者等一人ひとりの平均年間収入の値が必要であるが、この点については、各個人に対して調査を行っている総務省統計局「労働力調査(詳細集計)」を利用することで計測することとする。ただし、「労働力調査(詳細集計)」では、1年間の全ての仕事からの収入を調査しているものの、収入が実額ではなく、年収区分から選択する形の調査25になっていることから、各年収区分の中央値26を平均値とみなして試算することとする27

定義⑤:

 このように、労働分配率については、様々な計測方法が存在する28ため、ある方法のみが正しいという訳ではない。実際に、コラム2-1-②図が示すとおり、その定義によって水準が大きく異なることから、労働分配率の水準の比較にはその点への留意が必要である。
 ただし、企業側における分配の状況を示した定義①や、自営業者の減少について調整した定義③~⑤においてはいずれも労働分配率は低下傾向を示しており、既に本節で繰り返し述べたように、我が国における労働分配率は長期的に低下傾向であるといえるだろう。
 労働分配率をみるに当たっては、それぞれの計測方法の特徴を踏まえながら、その長期的な傾向を確認していくことが重要である。

コラム2–2 OECD諸国における産業別賃金水準について

本節では、我が国の賃金について、諸外国と比較しながらその動きや背景について確認してきたが、賃金の動きではなく、その水準については、諸外国と比較してどのように評価されるべきだろうか。本コラムでは、購買力平価(PPP)29を用いてドル換算した我が国の時間当たり賃金について、産業別にOECD諸国と比較することで、我が国の相対的な賃金水準とその変化を確認しよう。
 コラム2-2図(1)は、OECD.Statにおいてデータを取得できる31か国について、2000年における産業別のドル換算した時間当たり賃金を表した図であり、上から、OECD各国の75%タイル(上位25%の賃金水準)、平均値、25%タイル(上位75%の賃金水準)を示している。おおむねどの国においても宿泊・飲食サービス業においては比較的賃金が低く、電気・ガス・蒸気及び空調供給業や金融・保険業等では賃金が高い傾向はみられるが、賃金水準が高い産業ほど、各国間の賃金水準のばらつきが大きくなっていることが分かる。2000年における我が国の賃金をみると、教育や公務及び国防・義務的社会保障事業を除き、多くの産業においておおむね平均程度の賃金水準であったことが分かる。
 同図(2)は、2019年時点の状況を示したものである。どの産業でみても、平均値が増加する中で、75%タイルと25%タイルの距離が広がっており、各国間の賃金水準のばらつきが大きくなっていることがうかがえる30。また、平均賃金の産業間の差が大きくなった結果、平均線の傾きが急になっている。我が国の賃金水準をみると、2000年にはどの産業でも平均程度であったが、2019年には25%タイルの水準に近付いている。すなわち、20年前におおむねどの産業でも平均値程度の水準はあった我が国の時間当たり賃金は、20年を経て、データを取得できたOECD31か国の中で、下位25%の水準まで相対的に低下していることがうかがえる。特に、宿泊・飲食サービス業や、芸術・娯楽及びレクリエーション、保健衛生及び社会事業等では、各国の平均賃金が増加する中で伸び悩んだ結果、下位25%の水準よりも更に低い水準まで落ち込んでいる。
 このように、我が国の賃金水準は、20年間で相対的に低下したが、日本経済をしっかりと成長軌道に乗せていく中で、「構造的賃上げ」を実現し、サービス業における賃金引上げや、医療福祉従事者の待遇改善等を含め、全体的に賃金を底上げしていくことが重要である。

コラム2–3 賃金分布の変化について

本節では、我が国の賃金の推移について、主に平均値を用いてその動向等を確認してきたが、ここでは賃金の分布の変化についても確認しよう。賃金分布については、企業規模や就業形態によって大きく異なるため、コラム2-3-①図では、常用労働者数が1,000人以上、300~999人、10~299人企業の企業規模別と、一般(フルタイム)、パートタイム労働者の就業形態別に、その年収分布の1996~2021年にかけての変化をみている。
 一般(フルタイム)についてみると、従業員数が多い大企業では年収500万円未満の層が増加し、それ以外の層が減少する一方で、常用雇用者数10~299人の中小企業においては、300万円未満の層が減少する一方、300~600万円の層が増加するなど、底上げの動きがみられる。パートタイム労働者については、最低賃金が上昇している中にあっても、企業規模に限らず100~200万円の層が減少、100万円未満の層が増加しており、より短時間勤務のパートタイム労働者が増加したと考えられる。ただし、僅かではあるが、1,000人以上規模や300~999人規模の企業において、200万円以上の層が増加しており、パートタイム労働者の中でも、年収の二極化が進んでいる可能性がある。
 第2-(1)-8図でみたように、1996~2022年にかけて、労働時間は一般(フルタイム)でもパートタイム労働者でも減少しているため、時間当たりの賃金分布についても確認する。コラム2-3-②図より、時間当たりの賃金分布をみると、最低賃金が上昇する中で、一般(フルタイム)・パートタイム労働者ともに、時給1,000円未満の層が大きく減少し、時給分布は、おおむね高水準の方向にシフトしている。常用雇用者規模1,000人以上の企業では、3,000円の層が大きく増加している一方で、300~999人、10~299人の企業では、1,000~2,000円の層が大きく増加しており、水準に違いはあれ、企業規模を問わず時給ベースでの賃金は改善していることがうかがえる。パートタイム労働者については、おおむね企業規模における違いはなく、時給が1,000~1,500円の層が大きく増加している。
 賃金については、平均値でみることも重要であるが、企業規模別や雇用形態による分布をみることにより、企業規模や賃金の層によっては増加している分野もみえてくる。具体的にどのような年収層が増えているのか等を確認するに当たっては、平均だけではなく、その分布を同時に確認していくことも重要である。

第2節 我が国において賃金が伸び悩んだ背景

生産性と賃金の乖離の背景には「分配」と「配分」の在り方の変化が存在

我が国における名目生産性と名目賃金の乖離は、尽きるところ、経済活動により得られた付加価値の在り方が変わってきたことが背景にあると考えられる。これは、一人当たりの賃金について考えれば、①経済活動の中で得られた付加価値が総体としての労働者にどの程度配られたかという「分配」の問題と、②個々の労働者にその果実がどのように分けられたかという「配分」の問題に帰着する。①の「分配」については、第1節において確認した労働分配率が経年的に低下していること、また、②の「配分」については、パートタイム労働者等、多様な労働参加が進展してきたこととも密接に関係しているといえよう。賃金の停滞については様々な要因が複合的に寄与しているものと考えられるが、第2節では、この背景について、厚生労働省(2015)において取り上げられた仮説31を中心に分析していく。「分配」の側面からは、①企業の利益処分が変化してきたこと、②労使間の交渉力が変化してきたこと、「配分」の側面からは、③正規・非正規に限らず、雇用者の様々な構成が変化してきたこと、④日本型雇用慣行の変容、⑤労働者が仕事に求めるニーズが多様化していることについて、ここ四半世紀のそれぞれの変化や賃金に及ぼしてきた影響を確認しよう。

要因1:企業の利益処分の変化
企業の内部留保は付加価値額の増加を背景に増加

「分配」の問題として、まず考えられるのは、企業が稼いだ利益処分の在り方を変えてきたことである。第2-(1)-15図(1)より、企業が稼いできた付加価値の推移とその分配の状況を確認すると、付加価値額については、長期的に増加傾向にあり、特に2012年度以降、2018年度まで一貫して増加している。こうした中で、配当金、役員給与等や従業員給与等の合計はおおむね横ばいで推移しており、その結果として生じた付加価値から人件費や減価償却等の費用を除いた分が、毎年内部留保として積み上がっていた。同図(2)より、企業規模別に内部留保の推移をみると、ほぼ一貫してどの企業規模においても増加しており、1996年には約150兆円だった内部留保額は、2021年には約500兆円まで増加している。ただし、増加率は大企業よりも中堅・中小企業で大きく、大企業では1996~2021年までで約230%増、中堅企業では約320%増、中小企業では約270%増となっている。

資産の内訳としては、投資有価証券や現金・預金が増加

第2-(1)-16図(1)より、企業の資産額の推移とその内訳をみてみよう。企業の資産額については、1996年時点で1,300兆円程度だったが、2012年以降ほぼ一貫して増加傾向で推移しており、2021年には2,000兆円を超える水準となっている。内訳をみると、固定資産・流動資産ともに増加傾向で推移しており、同図(2)が示すとおり、固定資産では「投資有価証券」と、流動資産では「現金・預金」が大きく増加している。企業は1996年以降、付加価値が増加する中にあって生じた余剰を、必ずしも人件費や投資に回すのではなく、手元の資産として保有してきたことがうかがえる。

将来見通しの低さが企業をリスク回避的にさせてきた可能性

こうした企業行動の変化の背景には何が考えられるだろうか。第2-(1)-17図(1)において、(独)労働政策研究・研修機構が実施した企業への調査をもとに、経済見通しと内部留保の関係について確認すると、今後1年間の不透明感が高い企業ほど内部留保を増加させようとしている割合が高いことが確認できる。さらに、内部留保を減少させようとしている企業の割合についてみても、不透明感が高い企業ほどおおむね低い傾向にあることが分かる。また、同図(2)において、先行きの経済見通しと賃上げ(ベースアップ)を実施した企業割合の関係をみると、先行きの成長の見込みが高い企業ほどベースアップを実施した企業の割合が高く、先行きの経済見通しが高いと積極的に賃上げに取り組む傾向がみてとれる32
 第2-(1)-18図より、内閣府の企業アンケート調査から、企業が想定している実質経済成長率の見通しをみると、1996年以降、3年後・5年後見通しともに長期的に低下傾向にある。こうした長期的な成長見通しの低さにより、企業は、付加価値を増加させる中にあっても、将来への不安の高まり等からリスク回避的になり33、その結果、労働者への分配になかなか踏み切れなかった可能性がある34

要因2:労使間の交渉力の変化
労働組合の組織率は低下

賃金は労働者と使用者の交渉の末に決定されるため、労働者と使用者それぞれの交渉力(バーゲニングパワー)の大きさが賃金水準に対して影響を及ぼすことも考えられる。例えば、労働組合等を通じて労働者がまとまって賃金交渉を行うことは労働者の交渉力を高めると考えられる一方で、仮にその地域における労働市場が企業に寡占されているとすれば、賃金交渉は比較的企業にとって有利となるだろう。このように、賃金決定が労使交渉というプロセスを経て行われるものと考えるならば、労働力の供給側(労働者)と需要側(企業)の交渉力の関係の変化は、実際の賃金に大きな影響を及ぼしうる。このような変化について、労働の需給双方の面から分析しよう。
 まず、労働供給側の労働者の状況については、第1-(3)-17図でみたとおり、1996年以降の労働組合の推定組織率及び組合員数は、どちらも長期的に低下・減少傾向にある。組合員数については、1996~2006年までは減少傾向であったものの、その後は下げ止まり、2022年時点においておおむね2006年と同水準を維持している。ただし、推定組織率については、女性や高齢者等の多様化な労働参加が進む中で非正規雇用労働者の増加等を背景に、雇用者数が増加傾向となっていること等から、2006年以降も低下傾向で推移している。

企業の集中度が特に高い労働市場の割合が4年間で上昇

次に、労働力の需要側である企業の状況について確認しよう。我が国の賃金交渉については、各企業が、それぞれの企業別に組織された労働組合との交渉を通じて賃金を決めていく個別分権的な交渉となっている35ことも踏まえると、企業側の交渉力を数値で表すことは難しいが、ここでは、Izumi, Kodama and Kwon(2022)のアイディアを用いて、企業の各労働市場における「集中度」を企業の交渉力の指標としてみてみよう。Izumi, Kodama and Kwon(2022)は、工業統計を用いて、各労働市場における企業の集中度を、各企業における雇用者数から計算したハーフィンダール・ハーシュマン指数(Herfindahl-Hirschman Index。以下「HHI」という。)として計測している。HHIとは、各労働市場における各企業の雇用者数の構成割合を二乗したものを足し上げて計算したものである。例えば、ある労働市場に企業Aと企業Bの2つのみが存在しており、企業Aが雇用者の70%、企業Bが残りの30%を占めているとする。この場合、HHIは、70×70と30×30を加えたものとして、5,800と計算される36。HHIは、定義された労働市場ごとに計算されることから、各労働市場における企業の集中度を定量的に表すことができ、市場の独占度を測る指標として用いることができる。
 HHIの計算に当たっては、Izumi, Kodama and Kwon(2022)から主に2点の変更を施している。まず、Izumi, Kodama and Kwon(2022)では、工業統計を用いることで、分析の対象を製造業に限定しているが、本分析では、総務省・経済産業省「経済センサス-活動調査」を用いることで、分析の対象を全産業に拡張している。次に、HHIの計算に当たっては、あらかじめ労働市場を定義する必要があるが、Izumi, Kodama and Kwon(2022)から労働市場の定義を変更37し、本分析では、95の産業中分類と47都道府県から4,400程度の労働市場を定義した。第2-(1)-19図は、計算したHHIごとに労働市場の分布を示したものであるが、2012~2016年にかけてHHIが2,000を超える労働市場の割合が上昇していることが分かる。HHIは1,000を超えていると「やや集中的」、1,800を超えると「高度に集中的」であると評価されており38、本結果のみをもって労働市場全体が集中的になっているとは評価ができないものの、少なくとも、特に雇用者が特定の企業に集中している労働市場の割合が2012~2016年にかけて上昇していることは指摘できる39

企業の集中度が高く労働組合加入率が低い労働市場ほど賃金水準が低い傾向

労働供給側と需要側それぞれの状況を確認したが、実際にこうした状況は賃金に対してどのような影響を与えうるだろうか。第2-(1)-20図より、労働市場における企業の集中度や労働組合加入率と賃金の関係を確認しておこう。ここでは、市場集中度を定量的に測る指標として引き続きHHIを用いているが、各労働市場の大きさが異なることを踏まえ、各労働市場における雇用者数で加重平均をとることにより、HHIを都道府県別に表している。
同図(1)は、横軸に都道府県別のHHIを、縦軸に対数変換した一人当たり賃金をプロットした図である。これによれば、各都道府県におけるHHIが高いほど、つまり、企業の集中度が高いほど、一人当たり賃金が低くなる傾向がみてとれる。同図(2)は、縦軸は対数変換した一人当たり賃金だが、横軸は各都道府県における労働組合加入率40としている。これをみると、労働組合加入率が高いほど、一人当たり賃金が高くなる傾向がみてとれる。
 これらの関係は因果関係を示すものではないが、HHIが高いと賃金が低くなる傾向、労働組合加入率が高いと賃金が高くなる傾向にあるという相関関係を示している。この背景には、市場が集中的になると企業の交渉力が強くなり、賃金に対して下押し圧力が、労働組合加入率が高まると労働者の交渉力が強くなり、賃金に対して底上げ圧力が、それぞれ生じることが考えられる。労働組合と賃金の関係については様々な研究はある41ものの、いくつかの先行研究においても、労働組合が賃金に対して正の効果があることは指摘されており42、労働者の交渉力の強化と、その帰結としての賃金増加という点から、労働組合の果たす役割は相当大きいものと考えられる。
 なお、賃金については、市場の集中度や労働組合加入率のほか、一人当たり生産性や事業所におけるパートタイム労働者比率、事業所の規模にも大きな影響を受けるものと考えられる。仮に事業所における生産性等の様々な要素と、各都道府県におけるHHIや労働組合加入率に強い相関があれば、必ずしも第2-(1)-20図でいう市場の集中度や労働組合加入率と賃金の関係は成り立たない可能性がある。このため、HHIと労働組合加入率に加え、生産性やパートタイム労働者比率等の要素を考慮した上で、事業所ごとに一人当たり賃金の推計を行った。具体的には、被説明変数に各事業所における一人当たりの対数変換した賃金をとり、説明変数として、各事業所におけるパートタイム労働者比率、一人当たり付加価値を対数変換43したもの、HHI、労働組合加入率をとり、2016年の総務省・経済産業省「経済センサス-活動調査」で付加価値や賃金に欠損がない約220万事業所のサンプルを用いた。結果は付2-(1)-7表のとおりであるが、産業や事業所規模をコントロールすれば、HHIは賃金に対して有意にマイナスに、労働組合加入率は有意にプラスに寄与することが分かった。このため、第2-(1)-20図で示した労働市場の集中度や労働組合加入率と賃金との関係は、この推計からも裏付けられているものと考えられる。

要因3:雇用者の構成変化
雇用者の構成が賃金に与えた影響は期間によって異なる

雇用者の賃金の平均値には、様々な変化が影響しうる。全員の賃金が一律に同じように変化することは考えづらく、業況の良い産業等において特に賃金が増加すること、あるいはその逆も十分ありうる。また、雇用者の構成割合の変化も平均賃金に大きな影響を及ぼす。例えば、平均賃金が減少する要因については、相対的に労働時間が短いパートタイム労働者等が増加することや、企業が新規採用を増やせば、相対的に勤続年数が短い雇用者が増加することも考えられるだろう。このように、平均賃金の変動は、各労働者の賃金が変動することによる「賃金要因」と、各労働者の構成比が変化することによる「構成要因」の2つに大別することができる。ここでは、1つの手法として、1996年~2021年までの賃金変化について、雇用者を、就業形態・年齢・企業規模・勤続年数・産業で75に区分44し、これらの区分の構成割合を固定して、それぞれの区分内の賃金のみが変化した場合の平均賃金の変化率を「賃金変化要因」に、75の区分内の賃金を固定して、区分の構成比だけが変化した場合の平均賃金の変化率を「構成変化要因」に分解して分析した。第2-(1)-21図(1)は、実際の雇用者一人当たりの年収と構成割合を1996年に固定して機械的に試算した年収をみたものであり、これをみると、構成変化が賃金に影響を及ぼしていることが確認できる。同図(2)では、1996~2019年までの期間を、1996~2004年、2004~2012年、2012~2019年の3期間に分け、それぞれの期間における、賃金変化要因と構成変化要因を確認した45。賃金変化要因については、1996~2004年、2004~2012年のどちらの期間においてもマイナスになっており、また、同期間においては、構成変化要因も大きくマイナスになっている。一方で、2012年以降では、賃金変化要因はプラスに転換し、加えて構成変化要因のマイナス幅も縮小することで、年収が増加に転じたことが分かる。

パートタイム労働者の増加が一貫して賃金を下押し

賃金変化要因・構成変化要因のそれぞれについて、影響を及ぼしている要素を更に確認しよう。第2-(1)-22図は、賃金変化要因と構成変化要因について、それぞれ、一般(60歳未満)・一般(60歳以上)・パート(60歳未満)・パート(60歳以上)の4つの要素で分解したものである。賃金変化要因については、全ての要素が1996~2012年ではマイナスに、2012~2019年ではプラスに寄与していることが分かる。一方、構成変化要因については、1996~2004年と2012~2019年では一般(60歳未満)はプラスに寄与しており、60歳未満の一般労働者の中でも産業や勤続年数の構成等の変化はこの時期にはプラスに寄与していたことが分かる。
 パートタイム労働者が増加したことによる構成変化は、2012~2019年ではその幅は小さくなるものの、1996~2019年まで一貫してマイナスに寄与しており、多様な労働参加が進む中で、比較的労働時間が短いパートタイム労働者等の増加は、ここ25年間、一人当たり年収にマイナスに寄与し続けている。パートタイム労働者の増加については、1996~2012年までは60歳未満の増加が賃金に大きくマイナスの影響を与えていた一方で、2012~2019年では、60歳未満の増加よりも60歳以上の増加によるマイナス寄与の方が大きいことから、労働者の高齢化は、主にパートタイム労働者の増加を通じて、一人当たり賃金に対してマイナスの影響を及ぼしてきたことが確認できる。

2012年以前と2012年以降では60歳未満の一般労働者の賃金変動の背景が大きく異なる

最後に、60歳未満の一般労働者について、第2-(1)-23図より、産業別・企業規模別・勤続年数別の雇用者における賃金や構成割合の変化が賃金に与えてきた影響を同じく3期間に分けて確認しよう。1996~2004年における特徴として、勤続10年以上の層における賃金変化・構成変化要因のマイナス寄与が挙げられる。この期間においては、中小企業において、勤続10年以上の中堅・ベテラン層の賃金水準が低下すると同時に、大企業の建設・製造業において、平均賃金が比較的高い勤続10年以上の中堅・ベテランの割合が大きく低下し、これらが賃金の押し下げに大きく寄与している。一方で、中小企業においては、第3次産業化が進む中で勤続10年未満の若手が大きく減少したが、若手は平均賃金が低いため、構成変化は賃金に対してプラスに寄与した。2004~2012年においても、大企業における中堅・ベテラン層の減少と、中小企業における中堅・ベテラン層の賃金減少は続くが、中小企業においても中堅・ベテラン層の割合が低下し、賃金に対してマイナスの影響を及ぼすようになった。
 こうしたトレンドは2012~2019年では転換している。2012年以降では、中堅・ベテラン層の減少は下げ止まった結果、構成変化要因の下押しは小さくなる一方で、賃金変化要因をみると、勤続10年未満・勤続10年以上の中小企業において大きくプラスとなっており、勤続年数を問わず、中小企業における賃上げが、全体の賃金水準を牽引するようになった。大企業においても、勤続10年未満の層で賃上げの動きがみられる中、勤続10年以上の建設・製造業でも賃上げがなされた結果、全体の賃金水準に対して大きくプラスに寄与している。
このように、雇用形態、産業構成、勤続年数等の様々な雇用者の属性の違いごとに、その属性内での賃金変化や、その属性が全体に占める構成割合の変化が全体の平均賃金に影響を及ぼしており、平均賃金の変動をみるに当たっては、こうした属性ごとの変化を確認することも重要である。

要因4:日本型雇用慣行の変容
正社員の3~6割は生え抜き正社員に該当

濱口(2014)において、特に大企業の正社員の賃金については、「終身雇用」の下で賃金に生活給という側面が付帯し、勤続年数を経るごとに賃金が増加するという「年功性」を有していることが指摘されている。日本型雇用慣行の下で働く者が依然として多く、こうした者の賃金プロファイルがフラット化しているとすれば46、マクロの賃金水準を押し下げる方向に寄与する可能性がある。このため、ここでは、日本型雇用の変容の状況について、長期勤続の状況と、賃金プロファイルの変化から確認しよう。
 第2-(1)-24図より、若年期に入職し、そのまま同一の企業で勤め続ける正規雇用の雇用者を「生え抜き正社員」47と定義した上で、正社員に占める割合をみると、長期的に低下傾向にあるものの、2021年時点においても、高卒等の正社員の約3割、大卒等の正社員の約6割を占めている。生え抜き正社員の割合については、年齢が上がるごとに低下しており、また、特に若手においてその割合が長期的には低下傾向で推移しているものの、2021年時点において、高卒等では30~39歳層と40~49歳層で約3割、大卒等では30~39歳層で約5割、40~49歳層において約4割となっている。2020~2021年時点の状況について、第2-(1)-25図より企業規模別・学歴別・年齢別にみると、企業規模が大きく、学歴の高い若年者ほど生え抜き正社員割合が高い傾向がうかがえる。生え抜き正社員割合は、特に1,000人以上企業の大卒等の50~59歳では60%を超えており、その割合は40~49歳層よりも高く、大企業の中高年層においては、日本型雇用の特徴とされるいわゆる終身雇用(長期勤続)の傾向が顕著にみられる48。生え抜き正社員については、経年的には少しずつその割合が低下しているものの、近年においても、特に大企業におけるベテラン層を中心に、高い割合で存在していると考えられる。

生え抜き正社員の賃金プロファイルは全体的にフラット化

生え抜き正社員が正社員に占める割合が、依然として高いことを踏まえれば、その賃金変動はマクロの賃金に大きな影響を及ぼすものと考えられる。第2-(1)-26図により、学歴・企業規模別の生え抜き正社員の賃金プロファイルについて、2005~2006年、2010~2011年、2015~2016年、2020~2021年の4期間に分けてその変化を確認すると、特に、1,000人以上企業の大卒等の勤続10年以降、高卒等の15年以降においてフラット化が顕著にみられる。一方、比較的小さい規模の企業においては、大卒・高卒ともに1,000人以上企業ほどのフラット化はみられない。勤続年数を経るごとに賃金が上がっていく年功性は、その程度は違うものの、どの学歴・企業規模においてもみられるが、2005年以降の状況をみると、いわゆる終身雇用の労働者が多く存在する大企業を中心に弱まってきたことがうかがえる。

コーホートでみると若い世代を中心に賃金は増加傾向

第2-(1)-26図でみた生え抜き正社員の賃金プロファイルでは、同年における異なる世代間の賃金を比較しているが、今度は世代ごとに賃金の推移を確認してみよう。第2-(1)-27図は、2005年、2010年、2015年に入社した者(2005年、2010年、2015年に勤続年数が0年の者)に着目し、その後の賃金の推移を確認した図である。例えば、2005年に勤続0年の者は、2006年には勤続1年、2007年には勤続2年というように、入社年と勤続年数を同時に1年ずつずらしていくことで、2005年に入社した世代(コーホート)の状況を確認できる。こうしたコーホート分析により、各世代において、それぞれ実際に受け取った賃金水準とその推移の違いを明確にすることができる。
 コーホートでの賃金プロファイルの推移をみると、どの学歴・企業規模でみても、2010年入社の者の勤続11年までや、2015年入社の者の勤続6年までの賃金プロファイルが、2005年入社の者の賃金プロファイルをおおむね上回って推移しており、新しい世代において賃金が改善していることが確認できる。改善の程度は学歴や企業規模によって異なるが、特に高卒等においては、2015年入社の者の賃金が、他の世代に比べて大幅に改善しており、雇用環境が改善する中で、企業が若い世代を中心に賃金を引き上げていることがうかがえる。

生え抜き正社員の役付割合が低下

日本型雇用を特徴付けるものとして、八代(2011)等49が指摘するように、同一年次の従業員の昇進格差を長期間にわたり緩やかに拡大するという年次管理によって管理職への選抜を行うことがある。ただし、各企業における採用人数は、特に大卒において、その時点での景気の変動によるところが大きいこと50、雇用者の平均年齢が上昇していること51を踏まえれば、ポストの数に限りがある管理職に就くことができる割合が低下している可能性がある。高次の役職になればなるほど高い報酬が支払われることを踏まえれば、こうした管理職への選抜(昇進)の遅れは、賃金にも悪影響を及ぼすだろう。ここでは、終身雇用の下で働く生え抜き正社員に焦点を当て、生え抜き正社員の中で役職に就ける割合の変化と、賃金に対して及ぼした影響を確認しよう。
 まず、第2-(1)-28図より、生え抜き正社員について、学歴別に勤続年数別の役職割合を確認する。高卒等について、25年以下の勤続年数(年齢にすると45歳前後以下)における役付割合をみると、係長・職長や、課長補佐等52のポジションに就いた者の割合の上昇により、2005,2006年~2020,2021年にかけて上昇している。高卒等については、卒業直後に就職する人数が減少する中53、若手の存在はより貴重となり、能力や意欲のある者については、これまでよりも短い勤続年数で昇進させている可能性がある。一方で、大卒等については、勤続11~15年(年齢にすると35歳前後)について、2005,2006年~2020,2021年にかけての内訳の変化をみると、若手の課長補佐等への登用は増えている可能性はあるものの、役付割合に変化はほとんどみられない。ただし、勤続16年以上(年齢にすると40歳前後以上)の者についてみると、特に部長・課長級の管理職割合の低下により、役付割合が低下している。これは、雇用者の高齢化が進む中で、これまでであれば部長や課長に就くことができた勤続年数が経過したとしても、ポストが限られ、結果として昇進の遅れが生じている可能性や、これらのポストに転職等を通じた外部登用が増えた可能性が考えられる。

役付割合の低下は大卒等の大企業で勤続16年目以降の労働者の賃金を押し下げ

こうした変化は賃金にどの程度影響を与えただろうか。第2-(1)-29図では、勤続年数ごとに、学歴別・企業規模別の2005,2006年~2020,2021年までの年収の変化を、役職に就いている雇用者の年収の変化による寄与(賃金効果(役職あり))と、役職に就いていない雇用者の年収の変化による寄与(賃金効果(役職なし))と、役職に就いている者の割合が変化したことによる寄与(役付効果)の3つに分解している。これをみると、若手で役付割合が高まっていた高卒等では、役付効果がプラスに寄与しており、大企業に勤める勤続11~20年(年齢にするとおおむね30~40歳程度)の者の平均年収を1%ほど増加させる効果を持った。役付効果は300~999人規模企業や、100~299人規模企業では大企業に比べて小さいものの、勤続20年目(年齢にすると40歳前後)までの者の賃金を増加させる効果をもっていることが確認でき、高卒等では、企業規模にかかわらず若手登用が進んだ結果、これによる賃上げが生じていたことが分かる。ただし、高卒等においても、特に勤続16年目以降(年齢にすると35歳前後以降)は、役職の有無にかかわらず賃金が減少した結果、2005,2006年と比べて、2020,2021年では5~10%程度賃金水準が低くなっている。
 一方で、大卒等についてみると、大企業における勤続16年目以降(年齢にすると40歳前後以降)の者の役付割合が大きく低下した結果、役付効果が賃金を1%超引き下げている。大卒等の場合は、高卒等と異なり、役付効果の影響は300~999人、100~299人規模企業ではほとんどみられず、特に昇進の遅れによる賃金の停滞は、日本型雇用の特徴の強い大企業において生じていたことが分かる。

要因5:労働者のニーズの多様化
労働者の構成は25年で大きく変化

最後に、労働者のニーズが多様化している可能性を指摘しておこう。
第2-(1)-30図より、就業者の構成について1996~2022年の変化をみると、1996年時点では50%を超えていた60歳未満の男性割合は大きく低下し、その代わり60歳以上の男女が占める割合が上昇している。60歳未満に限ってみれば、1996年では女性は男性の労働者の7割弱であったが、2022年では、男性労働者の8割程度にまで上昇している。

高年齢層は現役世代よりも社会的活動や生きがいを求めて働く傾向

賃金は、重要な労働条件の一つであるが、女性や高齢者等の労働参加が進み、労働者が多様化する中で、働くことに対する考え方や、求める賃金についても多様化している。
まず、第2-(1)-31図は、内閣府の世論調査より、働く目的について男女別・年齢別にみたものである。男性・女性ともに60歳未満であれば、「お金を得るために働く」割合が7割を超えており、現役世代の多くにとって、賃金は最も重要な要素であると考えられる。一方で、60歳以上では、「お金を得るために働く」割合は5割弱であり、60歳未満の男女よりも低い一方で、「社会の一員として、務めを果たすために働く」が15%程度、「生きがいを見つけるために働く」割合が2割超であり、60歳未満の男女よりも高くなっている。
 次に、仕事探しに当たって希望する賃金の形態や額について、厚生労働省行政記録情報(職業紹介)を用いて、男女別・年齢別にみてみよう。第2-(1)-32図は、2022年1~3月の期間においてハローワークにおける有効求職者として登録されていた求職者(約360万人)について、その希望条件等をみたものである。同図(1)は、男女別・年齢別に希望する賃金形態の割合を示したものであるが、60歳未満の男性では8割以上が月給制の仕事を希望している一方で、60歳未満の女性では6割、60歳以上の男女では5割程度まで低下する。時給制を希望する者は、いわゆるアルバイトやパートタイム労働者での就業を希望しているものと考えられることから、女性や60歳以上の男女では働く時間の自由度へのニーズが特に高い可能性54が考えられる。
 同図(2)は、「月給制」の仕事を希望する有効求職者について、希望する月額賃金額の分布を示したものである。60歳未満の男性では、月額賃金が20~25万円未満の仕事を希望する者が最も多いが、それより高い賃金の仕事を求める割合も、60歳以上の男女や60歳未満の女性と比べて高い。一方で、60歳未満の女性や60歳以上の男女では、15~20万円未満の仕事を希望する割合が最も高く、希望する賃金水準が60歳未満の男性に比べて低い傾向にあることが分かる。

女性や高年齢層が主に希望する事務的職業や運搬・清掃等の職業は、求人賃金が低い傾向

それでは、女性や60歳以上の男女は賃金以外に仕事にどのような条件を求めているのだろうか。第2-(1)-33図より、ハローワークにおける求職者について、その希望する職業の割合をみると、60歳未満の女性については、約50%が全求人の約20%にすぎない事務職55を希望する職業に含めている。この割合は、60歳未満の男性や60歳以上の男女に比べても突出して高く、女性の事務職に対するニーズは極めて強いことがうかがえる56。一方で、60歳以上では、運搬・清掃等の仕事を希望する割合が比較的高い。第2-(1)-34図(1)より、2022年1~3月に受け付けられた新規求人について、フルタイム求人の職業別求人賃金(下限)の月給分布をみると、事務的職業や運搬・清掃等の職業では、比較的求人賃金の下限が低く設定されている求人の割合が高く、下限の求人賃金が25万円以上の求人の割合は、職業計の半分の3%程度となっている。同図(2)から、職業別に、パートタイム求人の時給分布をみると、月給分布と同様、事務的職業や運搬・清掃等の職業は、職業計と比べて時給が低い求人の占める割合が高いことが分かる。求職者の希望職業と職業別の求人賃金の分布を踏まえれば、女性や高齢者では求人賃金が比較的低い事務や運搬・清掃等の職業に希望者が多いことは、求人倍率の低下を通じて、こうした職業における賃金を押し下げる方向に寄与している可能性がある。
 加えて、第2-(1)-35図より、求職者の休日の希望や転居の可否についてみると、全ての属性において、完全週休2日57は6割以上、転居なしは7割以上が希望する中、60歳未満の女性や60歳以上の男女において、完全週休2日や転居なしの希望割合が高い傾向がうかがえる。女性や高齢者等の多様な労働参加と、それに伴う働き方の多様化が進む中で、賃金が依然最も重要な労働条件でありつつも、休日、転勤の有無といった賃金以外の条件も併せて重視58されるようになっていることがうかがえる。希望する労働条件が多様化し、求職者が賃金よりもむしろ労働条件を重視するようになると、相対的に賃金の重要度が低下し、その結果として賃金に対して下押し圧力が生じている可能性が考えられる。

コラム2–4 労働組合の有無と賃金改定率の関係について

第2-(1)-20図(2)では、労働組合の加入率と賃金水準の関係をみているが、毎年の賃上げに対しては、労働組合の存在はどの程度影響を及ぼしているだろうか。コラム2-4図により、労働組合の有無別・企業規模別に賃金の改定率についてみてみよう。
 企業収益が大きく改善しはじめた2013~2022年に限ってみると、どの企業規模であっても、労働組合がある方が賃金の改定率は高い傾向にあることが分かる。
 企業規模別にみると、5,000人以上企業では組合の有無による賃金改定率の大きさにあまり差がない一方で、企業規模が小さくなるほどに、労働組合の有無による賃金改定率の差が大きくなる。特に、100~299人規模の企業では、組合がない場合は改定が0%以下(前年維持かマイナス改定)の割合が10%を超えている一方で、組合がある場合には5%程度である。加えて、賃金改定が1%~2%未満となった割合をみると、企業規模が5,000人未満の企業では、おおむね組合がない場合と比べて、7~10%ポイント程度高くなっていることが分かる。労働組合の存在は、特に比較的企業規模が小さい企業における賃金改定を底上げする効果を持っている可能性がある。

第3節 小括

本章では、我が国における賃金動向を各国と比較をしながら長期的に確認するとともに、おおむね1990年代後半を境に始まった賃金停滞の背景を探ってきた。我が国において名目賃金が伸び悩んだ背景としては、①名目生産性は他国に比べて伸び悩み、②パートタイム労働者の増加等により労働時間が減少し、かつ、③労働分配率が低下傾向にあり付加価値の分配が滞ることで、賃金の伸びが抑制されてきたことが原因として考えられる。実質賃金についてみると、交易条件の悪化も賃金の押し下げ要因として指摘できる。我が国において賃金を持続的に上げていくためには、しっかりとイノベーションを生むことができる土壌を整え、名目でも実質でも生産性を持続的に上昇させていくことが重要である。
 加えて、我が国において生産性ほど賃金が伸びなかった背景には、経済活動により得られた付加価値の在り方が変わってきたことがあると考えられる。この点について、①企業の利益処分が変化してきたこと、②労使間の交渉力が変化してきたこと、③雇用者の様々な構成が変化してきたこと、④日本型雇用慣行が変容していること、⑤労働者が仕事に求めるニーズが多様化していることの5点について、ここ25年のそれぞれの変化や賃金に及ぼしてきた影響を分析したところ、これらの要素は全て名目賃金に対して押し下げる方向に寄与している可能性があることが確認された。

注釈

  1. 1以下、本章において、「一人当たり賃金」とは、「名目雇用者報酬を雇用者数で除したもの」として定義しており、ここでいう「一人当たり賃金」には、企業が雇用者のために負担する保険料等も含まれていることに留意が必要。
  2. 2名目生産性と名目賃金の相関係数は、1970~1994年で0.99、1995~2021年で0.36である。
  3. 3労働省(1981)においても、1973年の第1次石油危機のときには、「実質賃金の上昇率が高く、労働分配率は大幅に上昇し、その後企業収益の悪化、ひいては企業における急激な雇用調整がみられた」と指摘されている。
  4. 4労働省(1985)においては、失業の動向を分析し、「過去の景気拡大期には多少の時間的な遅れをともないながらも低下に向かっていた完全失業率が、今回の景気拡大期においては2年近くの間むしろ上昇傾向をしめしていた」とし、完全失業率に「すう勢的に上昇傾向がみられる」ことが指摘されている。
  5. 52001年には、完全失業率が調査開始以降初めて5%を超える水準に達している。
  6. 6いわゆるフリーターは、15~34歳で、男性は卒業者、女性は卒業者で未婚の者のうち、①雇用者のうち「パート・アルバイト」の者、②完全失業者のうち探している仕事の形態が「パート・アルバイト」の者、③非労働力人口のうち希望する仕事の形態が「パート・アルバイト」で家事も通学も就業内定もしていない「その他」の者として定義されている。なお、2007年4月~2008年3月にかけて、年長フリーターに対する支援に重点を置いた「フリーター25万人常用雇用化プラン」が実施された。
  7. 72002年3月29日には、政府・日本経営者団体連盟・日本労働組合総連合会の間で、ワークシェアリングに関する政労使合意が結ばれている。当該合意の中では、ワークシェアリング推進に向けた環境作りに積極的に取り組むとされているほか、「緊急対応型ワークシェアリングの実施に際しては、経営者は、雇用の維持に努め、労働者は、所定労働時間の短縮とそれに伴う収入の取り扱いについて柔軟に対応するよう努める。」とされている。
  8. 8先行研究においても、1990年代後半において、我が国の名目賃金の下方硬直性が失われ、賃金が下げられやすくなったことが指摘されている(Kimura and Ueda 2001; Yamamoto and Kuroda 2005, 2014)。
  9. 9新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(令和4年6月7日閣議決定)においては、「我が国の大きな課題として、単位時間当たりの労働生産性の伸びは決して諸外国と比べても悪くないにもかかわらず、賃金の伸びが低い。賃金が伸びなければ、消費にはつながらず、次なる成長も導き出せない。労働生産性を上昇させるとともに、それに見合った形で賃金を伸ばすために、官民で連携して取り組んでいく。」と指摘されている。加えて、新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版(令和5年6月16日閣議決定)においても、「足元の高い賃金上昇を持続的なものとするべく、コストの適切な転嫁を通じたマークアップ率の確保を図り、三位一体の労働市場改革を実行することを通じた構造的賃上げを実現することで、賃金と物価の好循環へとつなげる。」とされている。
  10. 10時間当たり(マンアワーベース)の実質賃金の動向については付2-(1)-1図を参照。
  11. 11コラム2-2で考察しているとおり、OECD諸国31か国でみても、情報通信業については賃金水準のばらつきが比較的小さい。
  12. 12なお、付2-(1)-2図にあるとおり、一人当たりの実質賃金でみても、保健衛生及び社会事業等における実質賃金は減少している。
  13. 13付2-(1)-3図にあるとおり、一人当たり実質賃金増加率で比較しても傾向としては同じである。
  14. 142020年は感染症の影響で各国ともに労働時間が大きく減少したことから、1996年と2019年の比較を行っている。
  15. 15一般(フルタイム)労働者については、2018年以降、労働時間が大きく減少しており、働き方改革が進む中で、労働時間短縮の動きがあったことがうかがえる。
  16. 16労働分配率の定義等についてはコラム2-1を参照。
  17. 17内閣府(2011)では、輸出物価の動向について、グローバルな価格競争にさらされる財が主要な輸出品となる場合には価格転嫁が行われにくく交易条件が悪化しやすいこと、我が国では、輸出品の4割が産業機械等や部品であり、これらの財は、価格競争力が重要な要素となっていることを指摘している。
  18. 18労働分配率の低下等による生産性と賃金の乖離については、その程度には国による大きな差があるが、近年、先進国では広くみられているという指摘もある(ILO 2015; OECD 2018)。
  19. 19例えば、厚生労働省(2012,2013,2014,2015,2018,2019,2021,2022)や内閣府(2013)ではこの計測方法に基づいて労働分配率を計算している。
  20. 20本定義に基づく労働分配率の推移については、コラム2-1-②図の他、第1-(3)-11図も参照。
  21. 21例えば、国際比較を行うに当たって、内閣府(2014,2018)ではこの定義に基づいて労働分配率を計算している。
  22. 22日向(2002)、野田・阿部(2009)でも同様の指摘がある。
  23. 23日向(2002)では、1950年以降の長期的な傾向として付加価値に占める固定資本減耗の割合が一貫して上昇していることを指摘している。
  24. 24詳細は、野田・阿部(2009)を参照。
  25. 25「収入なし」「50万円未満」「50~99万円」「100~149万円」「150~199万円」「200~299万円」「300~399万円」「400~499万円」「500~699万円」「700~999万円」「1,000~1,499万円」「1,500万円以上」の12区分から各個人が選択する。なお、自営業者等については、収入について、「売上高ではなく、営業利益(売上高から必要経費を差し引いた額)を記入する」こととされている。
  26. 26「1,500万円以上」の場合は、中央値が計測できないため、1,500万円を中央値とみなして計算している。
  27. 27具体的には、まず2002~2021年の総務省統計局「労働力調査(詳細集計)」を用いて、雇用者・自営業者等それぞれの各年齢区分の中央値と労働者数から、雇用者・自営業者等の平均収入の比率を計算する。本比率に、雇用者報酬を雇用者数で除すことで算出した一人当たり雇用者報酬を乗ずることで、一人当たりの自営業者等の報酬を試算している。「仕事からの年間収入」については、2002年から取得可能であるため、本試算では、2002年以前の雇用者と自営業者等の収入比率は2002年と同じであると仮定している。
  28. 28複数の定義等の詳細については、(独)労働政策研究・研修機構(2022)を参照。
  29. 29購買力平価(Purchasing Power Parity)とは、「ある一定の商品やサービスを購入できる金額を異なる通貨間でそれぞれ等しい価値をもつと考えて決められる交換比率」のことを指す。詳細は(独)労働政策研究・研修機構(2010)を参照。
  30. 30平均賃金が高い産業では、総じて各国の賃金水準のばらつきが大きくなる傾向がうかがえるが、情報通信業については、平均賃金の水準の高さほどばらつきが大きくなく、また20年間でばらつきがあまり拡大していない。このことから、情報通信業については、各国ある程度横並びで平均賃金水準が上昇したことがうかがえるが、この背景には、情報通信業ではIT技術等により時間や場所を選ばない働き方が行いやすく、賃金に平準化圧力がかかりやすいことが考えられる。ただし、日本では情報通信業においても賃金水準は各国に追いついておらず、これは、我が国の労働市場の閉鎖性を示唆している可能性がある。
  31. 31厚生労働省(2015)では、賃金の伸び悩みの背景について、企業の利益処分の変化、交易条件の悪化、非正規雇用の増加、賃金決定プロセスの変化の4つの仮説を提唱の上、検証している。本節では、企業の利益処分の変化、賃金決定プロセスの変化については「分配」の側面として、非正規雇用の増加は「配分」の側面として整理し、これらの仮説を含めた5つの考えられる要因を分析している。
  32. 32付2-(1)-4図より、現在と比べた1年後の経済見通しと、企業別の一人当たり定期給与増加率、一人当たり賞与(夏季)増加率をみても、平均値・中央値のどちらにおいても、見通しが「やや高まっている」「高まっている」と回答する等、高い見通しを持っている企業において、増加率が高い傾向にある。
  33. 33小川(2020)においては、2000年代に入り、企業のバランスシートが大幅に改善する中において、日本経済の停滞が続いていることを踏まえれば、資金の貸し手や借り手のバランスシートの毀損が長期停滞をもたらしたという仮説は当てはまらず、日本経済の長期停滞には、日本経済に対する企業の悲観的な長期見通しが重要な役割を果たしていることを指摘している。日本銀行(2018)においても、企業へのヒアリング調査を踏まえ、企業が高水準の収益対比でみて設備投資などの前向きな支出に慎重な背景として、リーマンショック後の急激な業績・資金繰りの悪化を始めとする苦い経験がトラウマとなったことや、人口減少による中長期的な内需の先細り懸念等を指摘している。さらに、荒巻(2019)は、バブル期に低収益の過剰資産を抱え、1990年代後半の金融危機の際に金融機関の融資態度の急速な引き締まりに直面した企業は、過剰資産の削減と労働コスト・投資の抑制による自己資本の強化を開始したが、過剰資産が解消され金融危機のショックも克服された2000年代半ば以降も、企業の防衛的姿勢が継続していることが、消費や投資の下押し、国内需要の不足、価格の引下げ圧力の要因であることを指摘している。
  34. 34ただし、付2-(1)-5表より、足下での内部留保と賃上げの関係についてみると、2022年12月末時点において、今後1年間で内部留保を「増加させたい」としている企業においてはベースアップ実施企業の割合が高く、ベースアップ未実施企業は少数であり、一概に賃上げの抑制によって内部留保を増加させているわけではないことがうかがえる。また、少数ではあるものの、内部留保を「減少させたい」とする企業において、ベースアップ実施割合が3割近くとなっており、内部留保を減らす意向がありつつ、ベースアップに取り組む企業も一定程度存在することもうかがえる。さらに、付2-(1)-6表より、企業業績別に賃金増加率や賃上げ実施状況をみると、企業収益が感染症の拡大前の水準を上回っている企業においては高い賃上げが実現している一方で、上回っていない企業においても賃上げがみられる。例えば、2022年12月末時点での企業収益が2019年12月以前よりも上回っている企業において、ベースアップ実施は43%、賞与(一時金)の増額は58%の企業で実施している一方で、上回っていない企業においても、ベースアップ実施は約30%、賞与(一時金)の増額は27%の企業で実施している。このように、足下において、多くの企業は相当程度賃上げに対して積極的になっている可能性がある。
  35. 35企業別の労働組合も含め、日本型雇用システムについては濱口(2009)を参照。
  36. 36このように、労働市場mにおけるHHIは、各労働市場をm、企業をi、各労働市場における企業数をnとすると、以下の式から計算される。なお、HHIは、定義上10,000を上限とし、その値が大きいほど、その市場が集中的であると評価される
  37. 37Izumi, Kodama and Kwon(2022)では200余りの経済圏と製造業の小分類から労働市場を小さい単位で定義しているものの、本分析では全産業について考えていることから、より広く労働市場を定義することとした。
  38. 38HHIは企業結合時の審査において用いられているが、アメリカ司法省のガイドラインによれば、HHIが1,800を超えると高度に集中化された市場、1,000~1,800ではやや集中化された市場であるとされている(村本 2019)。
  39. 39HHIを用いた分析は広く行われており、例えば、五十嵐・本多(2022)では、製造品ごとに定義した2,300分類について、2002~2019年にかけて経年的に出荷額ベースでの集中度は上昇していることを指摘している。
  40. 40都道府県・産業中分類別に労働組合員数を雇用者数で除して各労働市場ごとの加入率を計算し、それを各労働市場における雇用者数で加重平均をとったもの。
  41. 41様々な論文のレビューを行っているものとして、例えば戸田(2022)を参照。
  42. 42例えば、森川(2008)においては、労働組合があることで、労働生産性に対して10.4%、全要素生産性(Total Factor Productivity。以下「TFP」という。)に対して8.5%、一人当たり賃金に対して12.3%、正の効果があると推計されている。また、松浦(2017)は、労働組合の存在は、中小企業における従業員の賃金上昇確率を13~15%程度高める効果があると指摘している。
  43. 43付加価値額がマイナスの場合は、付加価値額をVとすると、-ln(-V)を説明変数として用いている。
  44. 44就業形態が59歳以下の一般労働者について、企業規模(1,000人以上・300~999人、5~299人以下の3区分)、勤続年数(1年未満、1~10年未満、10~20年未満、20年以上の4区分)、産業(建設・製造、運輸、卸売・小売・飲食・宿泊、医療・福祉、金融・保険・不動産、その他の6産業)の72区分に分け、60歳以上の一般労働者、59歳以下のパートタイム労働者、60歳以上のパートタイム労働者の3区分を加えた75区分である。
  45. 45要因分解については、感染症による影響を取り除き、長期的な動向を確認する観点から、全て1996~2019年の状況について確認している。
  46. 46濱秋他(2011)は、新卒採用後同一企業に勤務し続けている労働者の賃金プロファイルの変化を分析し、補完的関係にある年功賃金と終身雇用が近年同時に衰退し始めていることを指摘している。一方で、日本銀行調査統計局(2010)等では、正社員の賃金プロファイルのフラット化を指摘しつつ、その残存を認めている。
  47. 47具体的には、「大卒等(大学・大学院卒)では22~25歳、高卒等(高卒・短大卒)では18~21歳の期間で、正規雇用・無期契約として就職し、その企業に勤め続けている59歳までの者」と定義している。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」で定義されている「標準労働者」よりも入口の年齢を広く定義しているが、これは、前田他(2010)において、卒業後2、3年のうちに常勤職をみつけることができれば、新卒で常勤職についた人と変わらない就業経路を歩めると指摘されていることを踏まえている。
  48. 48ただし、1,000人以上企業や300~999人企業の大卒等の40~49歳においては、その下の世代の30~39歳だけではなく、上の世代である50~59歳よりも生え抜き正社員割合が低い。2020~2021年における大卒等の40~49歳は、おおむね1993~2004年頃に就職活動を行っていた就職氷河期世代に該当するものと考えられ、これらの世代においては、新卒時点における採用人数が少なかったことが、他の世代と比べても低い生え抜き正社員割合に影響している可能性がある。
  49. 49この他、今田・平田(1995)は、大企業におけるホワイトカラーを対象に分析を行い、日本企業の昇進モデルは、同期が同時に昇進する「一律年功モデル」から、同期で昇進のスピードに差が見られる「昇進スピード競争モデル」になり、やがて昇進できる者とそうでない者とを選別する「トーナメント型競争モデル」から成る重層型キャリアだと規定している。
  50. 50付2-(1)-8図(1)を参照。
  51. 51付2-(1)-9図を参照。
  52. 52定義上は、管理・事務・技術部門における係長以上又は生産部門における職長以上の職務に従事する者で、部長級、課長級、係長級、職長級のいずれにも含まれない役職をいい、部(局)長代理、同補佐、部(局)次長、課長代理、同補佐、課次長等、調査役等のスタッフ、支社長、支店長、工場長、営業所長、出張所長、病院長、学校長等を含む。
  53. 53付2-(1)-8図(2)を参照。
  54. 54総務省統計局「労働力調査(詳細集計)」において、2022年における女性の「非正規雇用を選択している理由」をみると、「家計の補助・学費等を得たいから」が22.1%、「家事・育児・介護等と両立しやすいから」が15.4%を占めている。
  55. 552022年の一般職業紹介状況における有効求人に占める事務職の割合。
  56. 56なお、付2-(1)-10図では、男女別に、年齢階級をより詳細に40歳未満、40~49歳、50~59歳、60歳以上の4つに分けて希望職業割合を示している。
  57. 57厚生労働省「令和4年就労条件総合調査」によると、「何らかの週休2日制」を採用している企業割合は83.5%、「完全週休2日制」を採用している企業割合は48.7%、「完全週休2日制より休日日数が実質的に多い制度」を採用している企業は8.6%となっている。
  58. 58なお、第2-(2)-4図で示すとおり、厚生労働省行政記録情報(職業紹介)を用いた分析によると、時間外労働がある場合に、求人の被紹介確率が低くなっている。