2021年12月7日 第1回「精神障害の労災認定基準に関する専門検討会」 議事録

日時

令和3年12月7日(火) 17:00~19:00

場所

中央合同庁舎5号館厚生労働省議室(9階)
(東京都千代田区霞が関1-2-2)

出席者

参集者:五十音順、敬称略
厚生労働省:事務局

議題

  1. (1)精神障害の労災認定の基準について
  2. (2)その他

議事

議事録

○本間職業病認定対策室長補佐 定刻となりましたので、第1回「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」を開催いたします。始めに、会場で御出席の方にお願いです。発言の際には長いマイクの下のボタンを押していただき、赤いランプがつきましたら御発言をお願いいたします。終わりましたら再度ボタンを押してください。
次にオンラインで参加される方にお願いです。発言の際には、マイクのミュートを解除した上で、お名前と発言があります旨の発言をしていただくか、又はメッセージで発言がありますと送信してください。その後、座長から誰々さんお願いしますと指名がございますので、その後に御発言をお願いいたします。また、大変申し訳ございませんが通信が不安定になったりすることで、発言内容が聞き取りにくい場合があることに御容赦願います。
続いて、傍聴をされている方にお願いです。携帯電話などは必ず電源を切るか、マナーモードにしてください。そのほか、別途配布しています留意事項をよくお読みの上、検討会開催中は、これらの事項をお守りいただいて傍聴されるようお願い申し上げます。万一、留意事項に反するような行為があった場合には、この会議室から退室をお願いすることがありますので、予め御了承ください。
それでは改めまして、参集者の皆様におかれましては、大変お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。本検討会は、令和元年12月から令和2年5月まで開催していました検討会につきまして、同じ開催要綱の下これを再開する形で実施するものですが、検討内容が異なってまいりますので、改めて第1回として開催するものです。本検討会に御参集賜りました先生方も基本的には前回と同じ先生方ですが、御事情により御勇退された先生、新たに参集をお願いした先生もいらっしゃいます。それでは、本検討会に御参集を賜わりました先生方を50音順に御紹介いたします。
東北学院大学法学部教授阿部未央先生。日本私立学校振興・共済事業団東京臨海病院統括産業医、特任精神科医荒井稔先生、オンラインでの御参加です。東邦大学名誉教授、勝田台メディカルクリニック院長黒木宣夫先生。
○黒木委員 よろしくお願いします。
○本間職業病認定対策室長補佐 石川産業保健総合支援センター所長、金城大学客員教授小山善子先生。元労働保険審査会会長品田充儀先生、オンラインでの御参加です。北里大学大学院医療系研究科産業精神保健学教授田中克俊先生。
○田中委員 よろしくお願いします。
○本間職業病認定対策室長補佐 名古屋大学大学院法学研究科教授中野妙子先生、オンラインでの御参加です。亜細亜大学法学部准教授中益陽子先生、オンラインでの御参加です。神戸親和女子大学名誉教授丸山総一郎先生。近畿大学法学部教授三柴丈典先生、オンラインでの御参加です。独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所過労死等防止調査研究センター統括研究員吉川徹先生。
○吉川委員 よろしくお願いいたします。
○本間職業病認定対策室長補佐 以上でございます。ただいま御紹介しましたとおり、今回、荒井先生、品田先生、中野先生、中益先生、三柴先生の5名がオンラインでの御参加となります。
続きまして、事務局を紹介いたします。大臣官房審議官小林、補償課長西村、職業病認定対策室長児屋野、補償課長補佐中山、職業病認定対策室中央職業病認定調査官西川、最後に、私は、職業病認定対策室長補佐本間でございます。どうぞよろしくお願いいたします。それでは、精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会の開催に当たりまして、大臣官房審議官の小林より御挨拶を申し上げます。小林審議官よろしくお願いいたします。
○小林審議官 審議官の小林でございます。本検討会の開催に当たって一言、御挨拶を申し上げます。
まず、先生方におかれましては、日頃より労働基準行政、とりわけ労災補償行政に関して、特段の御理解と御協力を賜っていることに厚く御礼を申し上げます。また、師走のお忙しい中、御出席いただきましたことに、重ねて御礼を申し上げます。
御承知のとおり、業務による心理的負荷を原因とする精神障害については、平成23年12月に策定した現行の精神障害の認定基準により、業務上外の判断を行っているところです。
この認定基準は、令和2年に、本検討会において取りまとめていただいた報告書等を踏まえ、パワーハラスメントに関する出来事についての心理的負荷評価表への追記、あるいは、複数業務要因災害についての法改正を踏まえた改正を行っているところです。ただし、認定基準の全般にわたっての検討は、策定以降行っていないというところです。
現行認定基準の策定から約10年が経過する中で、働き方の多様化が進み、労働者を取り巻く職場環境が変化をしています。また、精神障害の労災請求件数も増加を続け、令和に入ってからは年に2,000件を超える状況となっています。厚生労働省ではこのような状況の中で、令和2年度には最新の医学的知見を収集することといたしまして、様々な出来事がどの程度のストレス強度を持っているかなどを調べる調査等々を実施いたしました。
先生方におかれましては、これらの状況を踏まえ、最新の医学的知見等に基づいた認定基準全般の検討をお願いしたいと考えています。長期間にわたる検討となると思いますが、現在の働き方にふさわしい精神障害の認定基準づくりに向けて、活発な御議論を賜わりますよう、お願い申し上げる次第です。簡単ではありますが、検討会の開催に当たっての御挨拶とさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
○本間職業病認定対策室長補佐 続いて、開催要綱に従い、本検討会の座長を選出いただきたいと思います。座長は参集者の互選により選出することとしており、前回までは互選により、黒木先生に座長をお願いしておりました。今回についてはいかがでしょうか。
○田中委員 前回の専門検討会に引き続き、黒木先生に座長をお願いするのが妥当かと思います。
○本間職業病認定対策室長補佐 引き続き、黒木先生に座長をという御意見がありました。いかがでしょうか。
                                   (異議なし)
○本間職業病認定対策室長補佐 それでは黒木先生、引き続きよろしくお願いいたします。
○黒木座長 ただいま御推薦いただき、座長をお引き受けすることとなりました黒木でございます。この検討会は非常に重要な検討会ですので、先生方には医学や法学など、専門的な立場から様々な忌憚のない御意見を頂ければと思います。そして、皆様のお力を借りながら、円滑な議事の進行に努めたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
それでは議事に入る前に、事務局から本日の資料の確認をお願いいたします。
○本間職業病認定対策室長補佐 資料の確認の前に、傍聴されている方にお願いがあります。写真撮影等は、ここまでとさせていただきます。以後、写真撮影等は御遠慮ください。よろしくお願いいたします。
それでは、資料の御確認をお願いいたします。本検討会はペーパーレスでの開催とさせていただいていますので、お手元のタブレットで資料の御確認をお願いいたします。
本日の資料は、資料1「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」開催要綱、同参集者名簿、資料2精神障害の労災補償状況、資料3精神障害事案に関する審査請求・訴訟の状況、資料4精神障害の現状、資料5精神障害の労災認定に関する関係法令、資料6精神障害の認定の基準の改正の経過、資料7精神障害の労災認定に関する関係通達、資料8-1精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書(平成23年11月8日)、資料8-2精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書(令和2年5月15日)、資料9-1令和2年度ストレス評価に関する調査研究報告書、資料9-2令和2年度業務上疾病に関する医学的知見の収集に係る調査研究報告書、資料10精神障害の労災認定の現状・課題と論点(案)について、資料11精神障害の労災認定の考え方について、資料12 ICD-10準拠「疾病・障害及び死因の統計分類」第Ⅴ章精神及び行動の障害、資料13精神障害の労災認定の考え方に関する最近の裁判例となっています。
資料の不足等はありませんか。以上です。
○黒木座長 はじめに、本検討会の開催要綱について、事務局から説明をお願いします。
○西川中央職業病認定調査官 それでは、事務局から、まずこの専門検討会の開催要綱について御説明いたします。資料1を御覧ください。資料1は開催要綱となっており、1番目に趣旨・目的を記載しています。先ほど本間から御説明しましたように、本検討会は、令和元年から開催していました検討会と同一の開催要綱で引き続き実施するものです。現在、お手元のペーパーには、平成30年度の労災請求件数等が記載されているところですが、先ほど小林からの挨拶にもありましたとおり、その後も請求件数は増加しており、令和に入ってからは2,000件を超えるといった状況です。そのような中で、精神医学や労災保険法に精通された先生方に御検討いただくのが本検討会となります。2番目の検討事項を御覧ください。(1)は昨年度御検討いただいた内容でして、(2)精神障害に関する最新の医学的知見等を踏まえた認定基準の検討とあります。本日からの検討会においては、この項目に基づき現在の認定基準全般にわたっての検証・検討をお願いしたいと考えています。
3番目は、検討会の構成等です。(3)に座長の選出については、参集者の互選により選出するということが記載されていますが、先ほどこの規定に基づいて、黒木先生が座長として選出されたところです。4番目はその他です。(1)にありますように、この検討会は原則として公開を予定しています。しかしながら、検討事項に個人情報を含み、特定の個人の権利又は利益を害するおそれがあるというような場合には非公開といたします。その場合には、(2)にありますとおり、参集者の先生方におかれては、非公開の検討会で知ることのできた秘密については漏らさないこととしていただき、検討会終了後も同様としていただくようお願いする次第です。
資料1の2ページについては、先ほど事務局から御紹介しました参集者の先生方の名簿をお付けしています。先ほども御説明しましたとおり、参集者の先生には昨年度から一部変更があります。こちらの資料にお付けしていますのは、現時点での名簿となっています。資料1の説明は以上です。
○黒木座長 続いて、本検討会で議論を始めるに当たり、精神障害の労災認定の現状等について、事務局から説明をお願いいたします。
○西川中央職業病認定調査官 引き続き事務局から、資料2から資料9-2までについて御説明します。こちらは、精神障害の労災認定に関する現状について、参集者の先生方に共通認識をお持ちいただくために御用意した資料です。資料2から資料9までということで長くなりますが、順に御説明いたしたく思います。
まず、資料2を御覧ください。資料2は、精神障害の労災補償状況です。私どもは、毎年6月頃に補償状況を公表していますが、これを経年的に取りまとめたものです。1.は、判断指針を策定した平成11年からの労災補償状況を表にして示しているものです。平成11年度には年間で155件であった請求件数ですが、増加を続けています。グラフを見ていただくと青い線がずっと右肩上がりで伸びてきていることがはっきり見て取れるかと思いますが、今の認定基準を策定した平成23年度には1,272件の請求となっていました。その後も更に引き続き増加しているところでして、直近の令和2年度では2,051件となっています。支給決定件数、認定した件数については、平成11年度の14件が令和2年度は608件となっている状況です。不支給を合わせた決定件数についても令和2年度は1,906件と、非常に多くの御請求を頂き、それらの事案について監督署で調査決定を行っているといった状況です。
次ページの2.ですが、認定基準を策定した平成23年度から10年間の業種別の支給決定件数を示したものです。下のグラフにありますが、令和2年度に最も多かった業種は「医療・福祉」でした。次ページの3.は、今度は職種別に示したものです。「専門的・技術的職業従事者」、一番上の青い線ですが、これがずっと多く、また増加しているというような状況です。次ページの4.は、年齢別の支給決定件数です。19歳以下と60歳以上については件数が少なくなっていますが、30代、40代の方が多いといった状況です。
続いて、5番からは直近の令和2年度の支給決定の状況について、構成比を含めて示しています。5.は、支給決定件数を労働時間別に分類したものです。グラフを見ていただくと「その他」が非常に比率が多くなっていますが、「その他」の件数については、例えば仕事で非常に重いけがを負って、そのせいで精神障害になってしまった等、労働時間の調査を行うまでもなく出来事による心理的負荷が強いと認められたことから、時間外労働時間の取りまとめをしていない件数ということです。時間外労働時間を取りまとめている事案については、時間数が少ないものもありますが、100時間以上といった事案も合計すると2割以上あるといった状況です。6.は就業形態別です。見ていただいたとおり、支給決定件数の中では正規職員の方が約9割に近い状況となっています。
7.は出来事別に示したものです。この表については支給決定件数だけではなく、不支給を合わせた決定件数というものも併せて示しています。まず支給決定件数、右側の数字ですが、表の真ん中より少し下、類型の5番目パワーハラスメント、「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」という出来事が99件となっており、令和2年度の認定事案の中で最多の出来事となっています。この出来事については、令和2年5月29日の改正で、新たに心理的負荷評価表に明示することになった出来事でして、99件というのは6月から翌年3月までの10か月間に決定したものとなります。
次に多いのは、上から2番目の「悲惨な事故や災害の体験、目撃をした」という83件です。更にその次は、パワーハラスメントの下の「同僚等から暴行又は(ひどい)いじめ・嫌がらせを受けた」の71件です。こちらの出来事もパワーハラスメントと同時に改正していて、改正前は「同僚等から」という限定はなく、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ又は暴行を受けた」という項目名でして、その項目にはパワーハラスメントに当たるようなものも含まれていたところです。この71件の中には、改正前の令和2年4月、5月に評価した改正前のものも含まれているということです。不支給決定も含めた決定件数で見ると、最も多いのは更にその下の「上司とのトラブルがあった」の388件です。
最後、8.ですが、精神障害事案の平均処理期間及び中央値についてです。請求から決定までの期間ということです。こちらは毎年の公表で示しているものではありませんが、検討のための参考として、平成19年からの状況をこちらに示しています。平成19年の頃は、請求から決定まで平均して9.6か月を要していました。平成22年から平成23年にかけて、審査の迅速化も目的として御検討いただき、今の認定基準を策定したところですが、その後、処理期間が徐々に短縮してきたところでして、平成27年から平成29年にかけては平均して7.2か月となっていたところです。残念ながら、ここ3年は再び長期化している状況にあります。これは、請求件数の増加を背景にしたものと考えていますが、より一層速やかな調査決定ができるような、請求人の方をお待たせしないような認定基準が必要と考えられるところです。資料2については以上です。
続いて、資料3について御説明いたします。資料3は、審査請求や訴訟の状況です。1ページは審査請求の状況ですが、先ほど資料2で御説明したとおり、請求件数、決定件数は増加を続けています。その結果、不支給の決定も決定件数全体が増えていることに伴い増加しているところです。決定件数と支給件数の差が不支給決定数でして、例えば令和2年度には1,298件の不支給決定を行っているところです。審査請求事案は見ていただいたとおり増加を続けているというところでして、これは不支給決定件数の増加に伴うものと考えられます。令和2年度の審査請求件数は、必ずしも令和2年度の不支給決定件数の内数ということではないですが、大まかに言えば不支給決定を受けた方の3人にお一人ぐらいが審査請求をされているといった状況です。審査請求において、原処分を取り消して新たに業務起因性を認めた、労災を認めたという件数については、一番下の灰色の線ですが、年に10件前後で横ばいといった状況です。
次ページは訴訟の件数です。新規の提訴件数、判決の件数、請求認容件数というものを示しています。1件の提訴に対して、事案によっては地裁の判決、高裁の判決というように、最高裁まで3件の判決や決定がなされるということがあり得るので、新規提訴件数は判決件数よりも少ないという状況です。新規提訴件数については、ここ10年間おおむね40件前後、±10件ぐらいのところで横ばいと考えています。請求認容件数は、原告の請求の認容、つまり原告の勝訴、国の敗訴の件数です。こちらの件数は年により1件から11件まで増減がありますが、平均すると年に5、6件といったようなところで、大きく見て横ばいかなと考えています。資料3は以上です。
続いて、資料4です。資料4は労災補償を離れて、世の中一般の精神障害や自殺の状況について示したものです。1つ目のグラフですが、こちらは厚生労働省が3年に1回実施している患者調査に基づき、ICD-10の「精神及び行動の障害」に該当する患者の方の推計の数を示したものです。この調査は、特定の日に病院を受診した方、あるいはその日に入院されていた患者さんの数を調査して、全国のその日の患者さんの数を推計するというような形になっており、最新は平成29年の51万人という数字です。こちらもそういったものでして、患者さん全体の数とは少し違ってきます。ただ、経年的に昭和の時代からずっと見ていただいて、増加傾向にあるということはお分かりいただけるかなと思っています。
2つ目のグラフは、自殺者数の推移です。平成10年代については3万件の水準であった自殺者数ですが、平成20年代に入ると次第に減少傾向にあったということです。ずっと減少してきていたところですが、令和2年については女性の自殺者数が増加して、全体の自殺者数もまた増加に転じたという状況です。
次ページの3つ目のグラフは、自殺者のうち原因や動機が分かっている方の内訳です。上から4番目の青色の帯、令和2年では1,918件となっているのが勤務問題を原因とした方の数です。なお、この数字については、遺書等の自殺の原因を裏付ける資料によって推定できる原因や動機を3つまでカウントした数字となっており、この原因や動機の合計と、原因や動機を特定した方の数というのは一致しない、この数字を全部足し合わせたものは自殺者の数とは一致しないというものです。
資料5からはデータを離れて、法令や通達等についての御説明です。資料5は関係法令です。私どもは、労災保険制度において精神障害について補償をしており、それについて御検討いただくわけですが、その根拠となる法令の状況について押さえておくという趣旨のものです。労働基準法第75条において、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合については、使用者が療養補償を行わなければならないということが義務付けられています。この業務上の疾病というものについては、厚生労働省令で定めるという規定になっています。
労災保険法はこの規定を受けて、労働基準法に基づく業務上疾病について労災補償を行う第12条の8に規定しています。その下の労働基準法施行規則第35条、先ほどの労働基準法において、業務上の疾病は厚生労働省令で定めるという形で規定されていましたので、それを受けて定められた省令がこちらです。この労働基準法施行規則第35条には、別表第1の2に業務上疾病のリストを示すという規定になっていて、こちらの別表第1の2の第9号に精神障害が規定されています。省令上の規定は、「人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病」というような規定の仕方になっています。こちらについては、平成22年に第9号として新たに規定されたものです。平成22年の改正以前は、「その他業務に起因することの明らかな疾病」として精神障害の労災補償はなされていたところです。
資料6は、精神障害の労災認定の基準の改正の経過です。一番上、昭和59年ですが、設計技術者の方に生じた反応性うつ病を、初めて労災として、業務上として認定したものです。その後、約15年間は、認定のための基準というものを設定するのではなく、個別の判断で労災認定を行ってきていたところですが、請求件数が次第に増加してきて、平成10年から平成11年にかけて医学、法学の専門家による検討会を開催いただき、その検討結果を踏まえて判断指針という判断の基準を平成11年に策定したところです。この判断指針では、判断の要件をまず示し、「職場における心理的負荷評価表」というものを示して、心理的負荷の強度を評価することといたしました。
自殺の取扱いについても、これ以前とは変更いたしました。労災保険法には、故意による災害については保険給付を行わないという規定があるところ、自殺は故意によるものではないかという議論があったところですが、平成11年の判断指針の策定と同時に取扱いを示しまして、業務上の精神障害を発病された方の自殺については、精神障害により正常な判断が著しく阻害される等の状態にあって引き起こされるものですので、業務起因性が推定されると、また、給付が行えない故意には該当しないとしたものです。この判断指針は、約10年運用していました。その途中、平成21年には心理的負荷評価表の見直しを行い、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ又は暴行を受けた」という出来事を追加する等の改正をしています。
そして、平成23年ですが、これも平成11年の判断指針の策定から10年以上たって請求件数が引き続き大幅に増加したということで、審査の更なる迅速化及び効率化を図るため、認定基準を策定すると。また、この前年に、先ほどの業務上疾病のリストに精神障害が位置付けられたということも受けて、認定基準を作るということで基準を具体化・明確化するという取組が行われたところです。このときに定められたのが現在の認定基準ということです。その後昨年、令和2年5月においては、この検討会で「パワーハラスメント」について御検討いただき、これを「業務による心理的負荷評価表」に明示するという改正を行いました。8月には法改正によって、複数業務要因災害、複数の会社で働かれる労働者の方の災害に関する給付が新たに労災保険法に盛り込まれたことを受けて、これに対応する改正がなされたところです。
この改正の経過を踏まえて、現在我々が労働基準監督署で判断の基準としている通達が資料7にまとめて掲載しているものです。内容の説明は割愛いたしまして、目次のみで御説明いたします。資料7の1ページ、目次の所を御覧ください。1番目に挙げているのが平成23年に定めた認定基準です。こちらは、形式としては本省の労働基準局長から都道府県労働局長宛ての通達という形になっていますが、この平成23年の認定基準、先ほどの令和2年5月、令和2年8月の改正を踏まえて、現在も生きている認定基準ということです。また、平成23年に認定基準が策定されたときに、補償課長通知も併せて発出しています。ここでは運用上の留意点や、それ以前の判断指針との相違点等について示されているものです。令和2年5月にパワーハラスメントを心理的負荷評価表に明示したときにも、補償課長通知を出しています。通達番号が1226第1号とありますが、0529第1号の誤りです。訂正をお願いいたしたく存じます。
そして、平成11年の通知も示していますが、こちらは先ほど御説明した自殺の取扱いに関するものです。現在でも自殺については、この通達に基づいて判断されているということです。その後ろには通達の本体を付けていますが、必要に応じて次回以降も含めて適宜御覧いただければと思っています。
資料8については、8-1と8-2を御用意していますが、これまでの専門検討会の報告書です。資料8-1は、現行認定基準の策定に当たり、平成23年11月にまとめていただいた報告書です。資料8-2は、パワーハラスメントの心理的負荷評価表への位置付けに当たり、昨年5月にこの検討会でまとめていただいた報告書です。こちらも内容の御紹介は割愛いたしますが、今後の検討会においても適宜御参照いただければと思います。
資料9です。資料9-1と資料9-2については、令和2年度に厚生労働省が実施した委託事業において、精神障害に関する最新の医学的知見を収集した結果です。まず、資料9-1を御覧ください。資料9-1は、ストレス評価に関する調査研究の報告書です。こちらは、黒木先生が理事長をなさっていらっしゃる日本産業精神保健学会にお願いして、また参集者でもいらっしゃる田中先生に研究責任者をお務めいただいて実施した調査研究です。いわゆるライフイベント調査というものでして、冒頭の審議官の挨拶にもありましたが、様々な出来事のストレスの強さがどのぐらいかというものを調べる調査ということです。厚生労働省としては、現行認定基準の策定前の平成22年にも同じような調査をお願いしておりますが、それ以来の実施ということです。
こちらの調査結果については、今後「業務による心理的負荷評価表」を検討いただく際に基礎となるものですので、詳細についてはまた次回以降の検討会で御紹介したいと考えていますが、概略のみ本日御紹介いたしますと、いろいろな業種、いろいろな職種の3万人の労働者の方に御回答いただき、今の心理的負荷評価表に示されている出来事37項と、先生方に御検討いただいた新規の項目41項目を追加した全部で78項目について、それを体験した方にストレスの強さを点数で回答していただくという形の調査です。資料の60ページから結果が端的に示されていますが、何点を皆さん回答されたかということで、回答されたストレス点数の平均値等が示されているというものです。資料9-1の説明は、これくらいにいたします。
資料9-2です。こちらは文献の収集に関する事業でして、精神障害の医学的知見に関する文献収集を委託事業でお願いしたものです。この委託事業では、資料の7ページにあるとおり、2.3.1医学文献のリストアップ方法と書いてありますが、ここに本調査では①②③、①が精神障害の発病と睡眠時間又は労働時間との関係、②が精神障害の発病後の悪化の判断や悪化の原因、③が精神障害の治ゆ、寛解、再発の判断、これらに関する文献を収集してくださいということで委託事業をお願いして、こういった文献を検索、収集いただいたところです。収集は受託者が行ったものですが、収集に当たっては受託者において、医学専門家からの専門的知見に基づく御助言を得て実施しているところでして、2ページ戻って資料の5ページですけれども、黒木先生や公衆衛生の分野の茅嶋先生、角田先生といった専門の先生方に、検索語とか検索結果から選定する文献等を御検討いただいたところです。
ここで収集された文献、収集の結果については、20ページからまとめられているところです。20ページの最初の2行にまとめを記載していますが、選定した文献が66件、精神障害の発病と睡眠時間又は労働時間の関連について40件、悪化に関して4件、治ゆ、寛解、再発に関して15件、その他参考資料となる文献が8件、こういった文献を収集したところです。収集した文献の概要については20ページ以降、表の形で記載されているとおりですが、今後の検討会での検討内容に応じて適宜御紹介していきたいと考えています。御説明、非常に長くなりましたが、現状の共有に関して資料2から資料9についての御説明は以上です。御質問等がございましたら、是非よろしくお願いいたします。
○黒木座長 大量の資料の御説明ありがとうございました。それでは、何か御質問等がありましたら挙手の上、御発言ください。品田先生お願いします。
○品田委員 1点だけなのですけれども、資料4の精神障害の患者数なのですが、この患者数の現状の51万人というのがいかにも少ないと思うのですが、これはどういう統計なのでしょうか。内閣府が作っている障害者白書では、65歳未満から20歳未満を引いた稼得の世代だけで220万人ぐらいるのですけれども、この差はどういう調査の違いと考えればよろしいでしょうか。
○黒木座長 いかがでしょうか。
○西川中央職業病認定調査官 事務局から回答いたします。説明が不十分であったかもしれませんけれども、品田先生御指摘のとおり、この51万人という数は患者の実数として見れば非常に少ない、実態より少ないという数です。これは調査のやり方が、平成29年10月中のある日に病院に掛かった患者の数を御報告くださいという形で、医療機関の方にお願いをして、ある日に受療をした患者の数が出ます。その回答の数から、全国の数を推計したというもので、毎日患者は病院に行かれるわけではないので、全体の患者の数よりはどうしても少なく出てしまうといったような調査の内容になっております。ですので、あくまで傾向だけを見ていただく形で見ていただければ有り難いなと思っております。いかがでしょうか。
○品田委員 実数はもっと多いだろうということを認識してよろしいのですね。
○西川中央職業病認定調査官 はい、そのような認識で結構です。
○品田委員 はい、結構です。
○黒木座長 ほかにはいかがでしょうか。吉川先生お願いします。
○吉川委員 吉川です。今後の検討の際にもし必要になる場合には検討いただければという点です。資料2の労災補償状況のページ2-8の所で、具体的な出来事が書いてあり、また2-6で長時間労働の実態があるのですが、資料7の認定基準の中に、例えば7-14の「特別な出来事以外」の場合に評価する場合に、恒常的な長時間労働があった場合に、出来事と出来事の間隔なども含めて評価をするということがありますので、今後の検討の際にもし恒常的な労働時間に該当するというような情報が必要な場合には、資料として追加したらいかがかと思います。もし何かそのことに関して、今、情報をお持ちでしたらという点で、質問です。
○黒木座長 調査官いかがでしょうか。
○西川中央職業病認定調査官 今の吉川先生の御質問は、資料2の5の労働時間別にお示しをしました決定件数の中で、例えばこのうち幾つがいわゆる恒常的な長時間労働として評価されたものであるかといったような資料が出せるかということでしょうか。
○吉川委員 はい、そうです。
○西川中央職業病認定調査官 今ここにある数字ではそれは分からないところですけれども、また追って業務による心理的負荷の評価についての議論を頂く際に、労働時間の取扱いについても当然議論になってこようと思っていますので、その際にこの中で恒常的長時間労働と評価したものが出せるかどうか資料として御用意できるかどうかを事務局で改めて検討させていただきたいと思っております。
○吉川委員 ありがとうございます。
○黒木座長 よろしいでしょうか。ほかにはいかがでしょうか。それでは先に進めます。次に資料10、精神障害の労災認定の現状・課題と論点(案)について、事務局から説明をお願いします。
○西川中央職業病認定調査官 引き続き、資料10について説明いたします。資料10は、今後の検討会全般に関する事項で、先ほど説明いたしました現状についての認識をもとに、精神障害の労災認定の現状や課題と、これからこの検討会で御議論いただく論点の案を、事務局でたたき台として取りまとめたものとなります。
まず、現状についてです。先ほど説明しましたとおり、平成23年の現行認定基準の策定から約10年が経過しているところですが、この間労災請求件数は大幅に増加してまいりました。平成23年当時1,200件ぐらいであったものが、ここ2年は年に2,000件を超える状況となっています。そのような状況を背景に、先ほども説明いたしましたが、平均処理期間は一旦短縮がみられたところであったのですが、再び長期化傾向にあり、令和2年度の平均処理期間は8.5か月となっています。
2ページ目は、監督署が行っています調査・決定の流れを示しています。監督署においては、事案によっては事前相談のある事案もありますけれども、一般的には請求書の受付が調査のスタートとなります。請求書を受け付けましたら、署内で調査方針を検討した上で、請求人や事業主、主治医などからの資料の収集、あるいは聴取といった調査を行います。ある程度調査結果がそろいましたら、内容を分析し、必要な場合には追加調査を行った上で、最終的には署内で結果を取りまとめることになります。
取りまとめに当たり、発病時期などを整理し、業務による心理的負荷の評価なども仮に当てはめを行ってみまして、事案に応じてそのまま既に主治医の先生の御意見は頂いていますので、それのみで決定をするか、あるいは専門医お一人の御意見を求めるか、専門医3名からなる専門部会の御意見を求めるかを決めて、御意見を求める場合には病名、発病時期、あるいは心理的負荷の強度の評価などについての御意見を頂戴し、支給、不支給の決定を行うことになります。こういった調査、意見収集、決定に平均して、現在8.5か月を要していることになります。
1ページに戻りまして現状の3点目ですが、現行認定基準の策定後のこの10年間で、働き方の多様化が一層進み、またコロナ禍の影響などもあり、労働者を取り巻く環境も非常に変化しているところです。また、先ほど紹介しました新たな医学的知見としてのストレス評価に関する調査研究なども行われていますし、10年経ち、裁判例や支給決定事例などの蓄積も進んでいるといった現状にあるところです。
このような現状を踏まえた課題です。今後も請求件数が増加することは十分考えられるところですので、審査のより一層の迅速化、効率化を図る必要があるのではないか。さらに、現下の労働環境の変化などに対応するため、最新の医学的知見や裁判例、支給決定事例などを踏まえ、認定基準の全般にわたって検証を行い、より迅速かつ適切な業務による心理的負荷の評価などが行える基準とする必要があるのではないかという課題を整理しています。
こういった課題を踏まえた論点(案)、たたき台です。①精神障害の成因、どういう原因で精神障害になると考えるのか。また、認定要件やその基本的な考え方について、どう整理すべきか。対象疾病については、今はICD-10の器質的なものや薬物によるものを除いて全部としていますが、それでよいのかどうか。あるいは、業務による心理的負荷の評価について、どのように考えていき、またどのように基準を設定するのか。特に、今、心理的負荷評価表にあります具体的出来事の追加・修正・統合などが必要かどうか。出来事ごとの平均的な心理的負荷の強度も示していますが、これが現行のままで適切かどうか。あるいは、出来事が複数ある場合にはどうやって評価するか。労働時間についてどう考えるか、評価期間についてどう考えるかなどの様々な論点があろうかと思います。
そして、業務以外についても、業務以外の心理的負荷や個体側要因の評価について、どのように考えるか。また病気の方に目を向けますと、発病の有無の判断や、発病時期の判断、悪化の判断、自殺の取扱いなどについて、どのように考えていくか。それから、療養及び治ゆについてどう考えるか。認定基準の運用については、先ほども調査・決定に当たっては、専門医の先生、あるいは専門部会の先生方の御意見を伺うということを説明いたしましたが、そういった運用の方法についてです。例えば、どのような事案については引き続き部会の御意見を求めなければならないのかといったものを、少量化していくことが可能かどうか。こういった認定基準を全般にわたって御検討いただく必要があろうかと考えているところです。
これら論点については、今後の御検討においても指摘があれば随時対応させていただくことになろうかと考えていますが、現時点の案として紹介したものです。資料10に示しています現状認識や課題の認識、そして考えられる論点の案について、本日先生方からの御意見を様々承りたく存じます。説明は以上です。これらについて、御議論のほどよろしくお願いいたします。
○黒木座長 ありがとうございました。今、調査官から労災認定の現状、課題と論点について説明がありました。これに関して、何か質問、御意見がありましたら、挙手の上御発言ください。
○丸山委員 処理期間が平均8.5か月まで最近増えていると。去年はコロナの影響があるかもしれませんけれども、先ほどの説明では請求件数が増えているからだという説明にとどまりました。特に主治医の意見書だけで署や局で決められるものと、専門医の意見を必要とするもの、部会で決めなければいけないものの割合を知りたいです。年度ごとにどうなっているか。特に最近部会に回るのが多いのであれば、当然長くなっていくと。その辺りのことがかなり重要な情報だと思うので、また提供していただければいいと思います。
○黒木座長 これは、今すぐには難しいですか。
○西川中央職業病認定調査官 今ここでというのはちょっとできませんけれども、改めて確認をして、恐らくできるのではないかと思っておりますが、先生方にお示しをしまして、それを踏まえて御検討いただきたいと思っております。
○田中委員 その件について記憶が定かではありませんが、私が関わっている東京労働局において、主治医方式は確か年間十何件ぐらい、本当に少なかったと思います。ですから迅速化を図る意味においては、今、先生からお話がありましたように、例えば自殺事案などについては原則全て部会協議となっているわけですけれども、事前に主治医の先生に掛かっていらっしゃって、時期や病名がはっきりしているケースなどにおいては、更にストレス強度も明らかに強といった場合は、部会協議の対象から外してもいいようなこともたくさんあるように感じます。また、結構主治医方式に回してもいいようなケースであったとしても、例えば複数の先生に掛かっていて診断名がはっきりしない。けれども、負荷の強度や発症と発病時期については十分分かっていて、診断名は1つには絞り込めないかもしれないけれども、精神障害の範ちゅうであることは間違いないといったケースなどにおいても柔軟に運用して、主治医方式をもっと増やしていくような工夫が、大事な検討かなと考えております。
○黒木座長 確かに、非常に請求件数も増えていますし、部会で検討する事案、それから専門医方式はかなり増えているのではないかという気もしますので、今後迅速化を図る上では田中先生がおっしゃったような主治医方式を増やしていく工夫が必要かと思います。ほかにはいかがでしょうか。品田先生お願いします。
○品田委員 いろいろな資料は出していただいているのですが、先ほど精神障害の患者数のことについてお話しさせていただきました。総務省の数値を見る限り、かなり多くなっているというだけではなくて、私が注目したのは男女比なのです。つまり、身体障害や知的障害は男性の方が圧倒的に多いのですが、精神障害については女性が6割ぐらいを占めていると。これは、稼得世代65歳以下の話ですけれども、やはり職場における環境が影響している可能性があるのではないかと思いますので、その辺りのデータをまず出してほしいです。さらに厚生労働省は、勤務問題を1つの原因として自殺をするということについて、年齢別に様々なデータも出しておられるので、それもとても重要なことではないかと思うので、出していただきたいです。
もう一点、協会けんぽなどでの傷病手当金の支給の状況を見ますと、稼得世代の30代、40代は、半数以上が精神障害なのです。これも、やはり労災が業務上と認められなくても、そうした形で傷病手当金を求める人が増えてきている現状が統計的に分かりますので、これらも一緒に出していただいて、是非医療の専門家の方々の意見もお伺いしたいと思うので、次回以降そのようなデータをお願いしたいと思います。以上です。
○黒木座長 可能でしょうか。
○西川中央職業病認定調査官 できる限り準備させていただきたいと思います。
○黒木座長 ほかにはいかがでしょうか。それでは先に進みます。ただいま御議論いただきました論点について検討を進めます。資料11、精神障害の労災認定の考え方、それから資料13について事務局から説明をお願いいたします。
○西川中央職業病認定調査官 資料10についての御議論をありがとうございました。資料11から資料13について説明いたします。資料11については、御議論いただきたい精神障害の労災認定の考え方についての論点をまとめたものとなっています。資料12と13は、この論点について御検討いただく際の参考資料となります。まず、資料11に沿って説明いたします。1ページ目、1精神障害の成因を御覧ください。現行の認定基準は、精神障害の成因について、なぜ精神障害が起こるのかということについて、下の囲みの中には認定基準の抜粋を書いていますが、そこにありますとおり「ストレス-脆弱性」理論というものに基づいて認定基準が出来上がっています。対象疾病の発病に至る原因の考え方は、環境由来の心理的負荷(ストレス)と、個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり、心理的負荷が非常に強ければ、個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こるし、逆に脆弱性が大きければ心理的負荷が小さくても破綻が生ずるとするストレス-脆弱性理論に依拠していると。こういったことを認定要件に関する基本的考え方の中で示しているところです。
これは、その下に示しております平成23年の検討会報告書記載に基づくものです。この考え方について、現在の医学的知見等に照らしても適当と考えてよいか。引き続きこの考え方に基づいてこの先の検討を進めていくということでよいかどうかについて、御議論を頂きたいと思っております。
2ページ目は、このストレス-脆弱性理論を図に表したものです。こちらはa、b、c、d、eが付いている斜めの線が精神障害の発病に至るラインを示しているもので、縦軸が心理的負荷、ストレスの強度。横軸が個体側の反応性・脆弱性。反応性・脆弱性が大というのは、より弱い人が右側、より強い人が左側になります。ストレスが非常に大きければ、非常に強い人、脆弱性の小さい人であっても発病してしまうというのがaのポイントになります。その逆が、ストレスが非常に弱くても脆弱性の大きい人、反応性の大きい人であれば発病してしまうというのがeのポイントになります。もちろん、実際の事例はそのような極端なものではなく、連続線上に並ぶものですが、こういった関係性で考えるのがストレス-脆弱性理論と理解をしており、それを図にしたものです。
続いて論点の2番目、認定要件の考え方について、御議論を頂ければと思っています。先ほどのストレス-脆弱性理論に基づくと考えるかどうかということにもよってくるわけですが、ストレス-脆弱性理論に依拠する、これに基づくとした場合に、現行認定基準の認定要件の基本的な考え方の部分について、現在の医学的知見等に照らして適当と考えてよいかどうかについて、御議論を頂ければと思っています。※は、この基本的な考え方の部分、認定要件の全部を検討ということではなくて、まずは要件として精神障害を発病していること。そして、業務による強い心理的負荷、業務による強いストレスがあること。そして、業務以外の心理的負荷や個体側の要因により発病したとは認められないことの3点を満たした場合に、業務上の疾病、労災として取り扱うとしているこの基本的な考え方について、現在の医学的知見に照らしても適当と考えてよいかどうかを御議論いただければと思っています。
今の認定基準の中では、対象疾病を発症しているということで、対象疾病の範囲が決まってくることになりますし、おおむね6か月といったような評価期間についても示しています。そういったところについては、個々の論点ということで次回以降御検討いただければと思っています。上の※の基本的な考え方について、これでいいのか、あるいはこれが何か問題があるのかということについて御議論を頂ければと思っています。
3点目は、どのような方を基準として判断を行っていくべきかです。ストレス-脆弱性理論に基づきますと、ストレスの強さというのは本人の受取とは別に客観的に評価をするということになってまいりますが、その評価を行うに当たって、どのような労働者にとっての過重性を考慮することが適当かということについても御議論を頂ければと思っています。こちらにも認定要件に関する基本的な考え方を抜粋していますが、ここでいう強い心理的負荷とは、精神障害を発病した労働者、その後本人がその出来事や出来事後の状況が持続する程度、これを主観的にどう受け止めたかではなく、同種の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価されるものであり、「同種の労働者」とは職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似するものをいうと、現行の認定基準では示しているところです。こういった点についてどのように考えていくのかについて御議論を頂ければと思います。
資料12は、ICD-10に準拠をした疾病、傷害及び死因の統計分類です。これは総務省の告示ですけれども、対象疾病の関係で精神及び行動の障害の病名を示しています。F0については器質性のもの、F1についてはアルコールその他の精神作用物質によるもので、ストレスによるものではありませんので、現行認定基準ではこのF0、F1については対象疾病から外しているところです。また、業務に関連して発病する可能性のある精神障害は、主としてはF2からF4だということも今の認定基準には書かれております。このため、F5以降の疾病については、本省に協議してくださいと認定基準上規定をされているところです。対象疾病の御議論は後ほど頂きますが、全体像を理解いただくために今回の検討会でF0からF9までの全体を示しているものです。
こちらについては、ICD-10に依拠しているもので、これに関しては既に2019年にWHOの総会でICD-11が採択をされています。WHO総会で採択されたものは英語ですが、その和訳については現在厚生労働省の統計担当部署や各学会において作業中といった状況です。状況を見つつ、また追って対象疾病の議論の際に紹介できればと考えています。
資料13は、裁判例を示しています。こちらについては、直近の判決文の中で、この精神障害の労災認定の考え方に関する部分を紹介した資料になります。ここでは5件の裁判例を紹介していますが、この裁判例については今年に入ってからなされた高等裁判所の判決で、既に確定しているものをピックアップしてきたものです。そのように選定をした結果、国勝訴のものが3件、国敗訴のものが2件といった状況です。具体的には2ページ目から引用文を示しているところです。判決においては、通常、裁判所の判断を示す部分の冒頭において、裁判所がどういった考え方に基づいてこの事案の判断を行ったかが示されているところです。1番から5番の事案について、基本的にはその部分を引用しています。5事案紹介をしてはいるのですが、国勝訴の事案であっても国敗訴の事案であっても、見ていただければお分かりになると思いますが、判断枠組みについてはほとんど同じ形となっています。代表して1つ目の事例で紹介いたします。
判旨の所に下線を引いていますが、こういった考え方に基づいて判断がされています。まず第1に、労働者の疾病などを業務上のものと認めるためには、業務と疾病等の間に相当因果関係というものが認められることが必要です。これが大きな枠組みの1つ目です。この相当因果関係というものは、結局どういうことなのか。相当因果関係というのはどういう場合に認められるのかということについて、この相当因果関係を認めるためには当該疾病等の結果が当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものと評価し得ることが必要である。相当因果関係を認めるためには、業務に内在する危険が現実化したものといえる必要があるという考え方が示されています。
そして、精神障害について、現在の医学的知見によれば、精神障害の発病の機序について環境由来の心理的負荷と個体側の反応性・脆弱性との関係で決まるという考え方。先ほど紹介しましたストレス-脆弱性理論が合理的であるという判示がされています。さらに、こういったストレス-脆弱性理論を前提とすれば、精神障害の業務起因性の判断においては環境由来のストレスと個体側の反応性・脆弱性等を総合考慮する必要がある。業務による心理的負化が当該労働者本人と同種の労働者、すなわち当該労働者の職種、職責、年齢、経験等が類似する方であって、特段の業務軽減措置を受けることなく日常業務を支障なく遂行できる平均的な労働者といった方を同種労働者として想定し、こういった方を基準として社会通念上客観的に見て、ストレスが精神障害を発病させる程度に強かったといえる場合に、先ほどの危険の現実化を認めて相当因果関係を認めることが適当だという枠組みの提示がなされているものです。
また線は引いていませんが、下の方には本人を基準に判断するというのは採用できないということと、また認定基準については裁判所を拘束するものではないものの、合理性を有するものといえるという指摘がされているところです。2番目の事例からは、ざっと見ていただければと思います。見ていただくと、大体同じようなことが書いてあることがお分かりいただけるのではないかと思っています。
最後の7、8ページには、参考として、この判断枠組みの基となる最高裁の判決について示しています。平成8年3月5日の最高裁の判決、それから平成8年1月の最高裁判決、そして昭和51年の最高裁判決です。平成8年3月の判決は、精神障害のものではなく、脳・心臓疾患に関するもので、この事案は公務災害の関係でしたけれども、公務に内在する危険が現実化したことによるものと見ることができる、だから公務災害だと。逆に言えば、公務に内在する危険が現実化したものでないと公務災害であったり労働災害にならないというような判断枠組みが示されたものです。平成8年1月の判決も、基本的には同じような枠組みが示されているものです。そして昭和51年の判決は、それに先立って、負傷と公務の間には相当因果係があることが必要だと。そういった場合に補償できるのだということが示されたものです。裁判例についての紹介は以上です。資料11から資料13についての説明は以上です。資料11の論点に沿ってそれぞれ御議論いただきますよう、よろしくお願いいたします。
○黒木座長 ありがとうございました。精神障害の成因に対する基本的な考え方、それからICD-10、裁判例ということで御説明を頂きました。まず、これまでの事務局の説明を踏まえ、資料11の項目に沿って検討を進めます。まず、精神障害の成因についてです。現在の認定基準は精神障害の成因について、ストレス-脆弱性理論に依拠している。この点に関して、現在の医学的知見等に照らしても適当と考えてよいかという点であります。何か御意見がありましたら、挙手の上、御発言をください。いかがでしょうか。
○田中委員 田中です。ほかの身体疾患などに関しては、分子生物学的知見や遺伝学的な知見が大分集積されてきているところですが、精神障害の成因については、実はそれはまだ不十分であり、現時点ではストレス-脆弱性理論の代わりとなる根拠は見当たらないと思います。
○黒木座長 ほかにはいかがでしょうか。
○丸山委員 ストレス-脆弱性理論は、非常に汎用性と持続性のある理論だと思います。ですから、これを今後とも使った方がいいと思います。というのも、この理論は1977年にズービン(Zubin)が出したものだと思いますが、それまでは精神障害はクレペリン(Kraepelin)以来、ある意味の特殊性(潜在性)ですか、そういうものが背景にあり発症する説が強かったのですが、彼がこの理論を出したときに、統合失調症でも、やはりストレスがかなり影響するのだろうというところが画期的だったと思うのですね。つまり、統合失調症でもストレスがかなり影響することは、うつ病や不安障害、その他の精神障害は当然かなり影響すると。そういうところが、労災の枠組みを考える上で非常に重要な基盤となっていると思います。以上です。
○黒木座長 三柴先生、御発言ありますか。
○三柴委員 御指名ありがとうございます。私からは、労災認定基準と価値判断との関係について課題を提起できればと思っております。海外の制度に比べても、日本の場合は幅広く心理社会的なリスクを業務上と捉える傾向がうかがわれます。そうすると、やはり2点問題が出てくるかなと思っております。1つは申請者側の不正行為や加害者の挑発など自業自得と言いますか、同情できないケースがあると。そういったときに、どう対応するか。もう1つは、アメリカなんかですと、ベナイン(適正)な、真正の人事労務権限の行使については、これは州法で、労災とは見ない定めになっているところが結構多いわけで、日本ですとそこをどう考えるかという課題があると思うのです。この2点の課題を、改めて議論をすべき段階にあるように思います。
前者の方については例えば光通信グループ(池袋労基署長)事件のように、労働者が3時間、4時間叱られたことがありつつも、労災とは見なかったというケースの場合は、要するに、本人の対応の仕方にもかなり挑発的なところがあって問題だということで同情できないケースでした。そういうケースですと、正面からその問題を指摘しづらいので、業務上の過重性が対して大きくない論理で、業務上認定をしないやり方をしていたわけです。あるいは、恐らく実務上は上司とのトラブルに位置付けて、それで業務上とはしないやり方をしてきたと思うのですね。ということで、結局、出来事や外観を重視して判定することになってくると思うのですが、そうすると周辺症状や二次障害といった気の毒な事情を拾えないといった問題が起きてしまうので、裁判例であれば、長期多軸視点で経過を見ていく努力をしてきたと思います。
後者の人事労務権限の行使については、日本の労災認定基準では、退職強要や配置転換なども、一応出来事に入っていて、そうしたものに基づく業務上判定もされるわけですが、やはり負荷の程度の判定である程度調整をしているとは思いますが、そもそも、そういうことを労災認定の要素にすることがいいのかは、再度議論してもいいのかなと思っております。長くなり、失礼しました。以上です。
○黒木座長 先生、もうちょっと具体的に教えていただけますか。労災認定の基準があって、例えば、今、3時間叱責されたという例を挙げられましたが、それは総合的にいろいろな角度から見て負荷が掛かったかどうか、業務上かそうでないかということになるので、先生の今の発言は、どういう角度から判断されているのか。その事例が業務上といえるかどうかも含めて簡単に説明していただけますか。
○三柴委員 うまく説明できるか分かりませんが、先ほど上げた光通信事件の例でしたら、客観的な視点では、業務上の過重負荷はあったともいえるケースだと思うのです。3、4時間も、いわば非常に長時間本人の落ち度を責められて、本人が確かうつ病にかかってしまったと訴えたケースでした。遭遇したイベントがストレスフルだったかどうかだけの視点でいくと、そうかなということですが、しかし、本人の対応の仕方が挑発的で、素直さが見えなくてあまり同情できないケースだったわけです。それも確かに今の認定基準で、ある程度その後の、イベント後の経過の中で総合判断できるといえばそうなのかもしれませんが、労災認定は基本的には業務上の過重性は客観判断する仕組みだから、ストレスのように価値判断が介在する課題について、そこを考え直さなくてもいいのかなというのが疑問だということです。
○黒木座長 やはり過重性をどう見るかがポイントだと思うので、3時間のところだけを取り上げて、そして客観的に評価されていないのは、それはやはり、この上司と上司の陳述あるいは本人がそれに対してどう答えたか、あるいは周りの職場がどう見たという客観的な指標で過重性を捉えることが大事なので、その本人が、そのことが同情できない事例だったという評価だけでいいのかどうかも含めて、今後少し認定基準をやはり客観的な指標でやはりやっていくのも基本なので、そういうことで、もう1回考えていただいてもよろしいですか。
○三柴委員 はい。賛成です。その前提で、あえて申し上げるのだったら、本人の対応を判断の基準の中に入れていくかどうかという論点なのかなと思います。以上です。
○黒木座長 本人の対応とは、その本人がどう反応したかということを、どう入れるかということですか。
○三柴委員 そうですね。何か出来事があった。それ自体は過重負荷だったかもしれないが、それに対して本人の側が、どういう対応、誠実な対応を行ったのかというところですよね。そこを業務上の負荷の判定の材料とするのか、それ以外の外出しをして、判断要素として組み入れていくのかは議論できると思うのですが、いずれにせよ、本人側の対応の誠実さや合理性というものは、もう少し正面から見てもいいかなと感じています。
○黒木座長 なかなか難しい議論だと思いますが、ただ問題は精神疾患がどういう形で発症したかなので、本人がそれに対して誠実である、誠実でないことではなくて、やはり、ある状況の中で精神障害を発症したと。その発症した過程の中で業務過重性が、どう本人へ影響を与えたかに尽きるので、あまり個別に本人の反応や対応、誠実でないなどを捉えるのは、業務上外の考え方としては少しずれる可能性もあるのではないかなと思いますが。田中先生、いかがでしょうか。
○田中委員 そうですね。前の指針等においても、もう少し個人要因なども調べていた気がしますが、実質的に調査するとなかなか難しいということ。もう既に発症してしまったことによる心理的変化によって、その対応方法が変わってしまったのかも、なかなか審査の場面では分かりませんし、診察の場面のように本人とやり取りができたら少し分かるところもあるかもしれませんが、審査の場面においてそこまで正確に評価するのは難しいと思います。もちろんそれができたらよいのですが、本人の出来事に対する対応をどう評価するかは、我々精神科医にとっても非常に難しいものですから、過小評価、過大評価のリスクはとても大きくなって、全体の判断をゆがめるリスクになるのではという危惧はあります。
○黒木座長 丸山先生、何か御意見はありますか。
○丸山委員 そこのところに立ち入るのではなく、まずは公衆衛生の基本は画一化なのです。で、労災もその延長線上にあると思うので、まず先ほどのストレス-脆弱性理論の中で言えば、ストレスをどう評価するかは、やはり同種労働者の中でどうだという。ある意味の平均的なストレス強度を決めて、標準化することがまず大事なのですね。もちろんこれについては、いろいろな医学的な議論といいますか、そうではないとか、いろいろなことがありますが、そこの枠組みを崩して最初に事細かく入ってしまうと議論が成り立たないと思うので、まずはサイエンスとして、できるだけ成り立つところを押さえて、そこから、ある意味の合意に踏み込んでいけばいいと思いますけどね。
○黒木座長 品田先生どうぞ。
○品田委員 ストレス-脆弱性理論についてですが、医学的な価値は何となくこれまで勉強してきて分かりますが、法的な理論としては認定判断において大きな影響を与えるかというと、裁判例でも多くの場合、枕詞的に使われているだけで結局はあまり意味を持っていない。例えば個体側に脆弱性が大きい場合には、小さなストレスでももちろん発病することがある。そうであれば、そのときには小さなストレスであったとしても、相当因果関係がある形で認定をするのであれば、ストレス-脆弱性理論は1つの意味を持つと思います。
しかしながら、現状においては、結局、平均的労働者を発病させるかどうかで測られるわけですから、問題は平均的労働者であるかどうかに帰着してしまうのですね。で、問題は、近年裁判例が平均的労働者には幅がある、脆弱性を有しながらも勤務の軽減までは必要とないものを基準とする、ある意味平均的労働者像について、脆弱性を容認する傾向を示唆している。先ほどの高松の判決はニュアンスが違ったので、私はこれを今回初めて見たのですが、これまでの裁判例はややそういう形で脆弱性を容認する傾向にあるかと思います。これが、行政の実務においても、少なからず影響を与えている可能性はあると思います。
しかし、平均的労働者像を認定段階で概念できるかというと、ほとんどの場合それはできません。つまり、事実認定に関して、どういう実情があったかという中で、このくらいだったら発病しないだろうなというところにとどまってしまうわけですね。できたら、ストレス-脆弱性理論が、もう少しこの認定実務に影響を与える形で教えていただく指標が示されればいいなという気持ちはしますが、なかなか難しい気がします。
そういう意味で、心証をどう形成するかの中で、できるだけこの偏差が少ない方がいいわけで、ある意味、今までそのために認定基準を作ってきたし、それが強であれば、もう平均的労働者も発病するのだということで、これまで発展させてきたのだと思うのです。私はもちろんそれでいいと思いますが、問題は、この強であることが本当に発病させる、平均的労働者を発病させるものであるかについての客観的な検証が必要かなという気がしております。
そういう意味で、この検討会で医学関係者の方の意見も聞きながら、そこを集めていかれれば少し新しい方向性が見えるのではないかという感想を持っております。以上です。
○黒木座長 基本的には、品田先生も、この平均的な基準、客観基準を大事にすべきだということでよろしいでしょうか。
○品田委員 そのとおりです。そのために、ですから認定基準があり、これまでそれ相応に発展させてきた。しかし、本当に強であれば平均的な労働者が発病することになっていることを、もう一度検証する必要はあるかなと、そういうことです。
○黒木座長 臨床的に考えると、特別な出来事はあるのですが、特別な出来事に遭遇したからといって、精神障害が発症するとは限らない。ですから、先生の言われる強の出来事で精神障害は必ず発症することもいえないのです。しかし、現場では精神障害を発症したときに業務起因性を考えるときには、やはりこの客観的な平均的な基準を用いることはやむを得ないのかなと思いますが、よろしいでしょうか。
○品田委員 はい、それでいいと思います。また、今後議論を続けてしていければと思います。
○黒木座長 荒井先生、何かございますか。
○荒井委員 皆様の御意見、それぞれ、これから検討していかなければいけない課題だと思っております。それで、今、私が考えているのは、やはり出来事と精神症状の発症の近接性と申しましょうか。それが相当因果に結び付いてくるのではないかという視点を持っていくことが大事かなという気持ちを持っております。
それから、もう1つは出来事の結果の重大性を考慮しながら、発病の有無等について検討していくことも、非常に重要な視点だろうと思っております。皆様の御意見をよく考えながら、検討したいと思っております。以上です。
○黒木座長 それでは、ただいまの検討の結果、精神障害の成因は、ストレス-脆弱性理論によって理解することが最新の医学的知見等に照らしても適当であり、引き続き労災認定基準では、これに依拠すべきであると整理させていただきたいと思います。
それでは、次に2の認定要件の考え方についてです。認定要件は、先ほど事務局から御説明がありました、いわゆる具体的な対象疾病の範囲や評価期間については、次回以降で検討するとしまして、ここでは認定要件の枠組みである対象となる精神障害を発病していること、業務による強い心理的な負荷が認められること、業務以外の心理的な負荷及び個体側要因により対象となる精神障害を発病したものと認められないことについて、現在の医学的知見等に照らして適当と考えてよいかという点です。何か御意見がありましたら、これも挙手の上、御発言ください。先ほど議論にもなりましたが、何か追加で御意見はございますでしょうか。
○丸山委員 これも、先ほど黒木座長が確認したところですが、先に、これこれの出来事が強いから精神障害を発症するのだということではなく、まずは精神障害があるのかどうか。それが発病しているかどうかを確認した上で、業務遂行性なり、業務起因性を遡って決めていくと。そのための標準化が必要なのですね。そういう意味では、ここに書いてある認定要件の順番も、非常に大事だと。今の流れが、非常に現状に合っているとは思っています。
○黒木座長 ほかにはいかがでしょうか。中益先生、いかがでしょうか。
○中益委員 中益です。私の質問は、今、御紹介いただいた2と、その次の3にも関連しますが、こちらの2で質問いたします。まず、この認定要件の所の2番目ですが、ここで業務による強い心理的負荷が必要と書かれております。ここの評価を、その次の3の平均的な労働者を基準に行うわけですが、この段階で、つまり労働者の脆弱性が組み込まれることになると理解しております。
他方で裁判例を見ますと、この平均的な労働者は認定基準も認めておりますように、職場や職種、あるいは立場や職責、年齢や経験が類似する者は、基本的にはここに含まれるとなっております。例えば先ほど御紹介いただいた令和3年9月の裁判例によれば、特段の業務軽減措置を受けることなく日常業務を支障なく遂行できる者も、要は平均的労働者になります。そうしますと、これ以外に認定要件の3として、個体側要因で検討すべきものは果たして何かを改めて確認させていただきたいです。
つまり、現在の認定基準では、この個体側要因として例えばアルコール依存症や、これまでの精神障害の既往歴などを検討するように拝見しておりますが、しかしこういった要素があったとしても、職場において特に配慮を受けずにやっているものであれば、平均的労働者として、その前の2の段階に吸収されてしまうようにも思われます。そうしますと、この3の段階の個体側要因というのは、つまり事業主に対して例えばこの問題となる被災労働者に、特段の配慮をしていたかとか、日常業務を支障なく遂行していたかだけを確認すればいいようにも思われますが、この点について御意見を伺えたらと思います。よろしくお願いいたします。
○黒木座長 今の中益先生の御質問に関していかがでしょうか。小山先生、何かございますか。
○小山委員 今の意見に対してではないのですが、ストレス-脆弱性理論というのは非常に魅力的な理論であるとは思うのですが、先ほど三柴先生が言われた中には、ストレスの過重さだけではない側面もということを言われたと思います。そういうことでは、ストレスチェック制度を見ておりますと、サポート体制がどうであるかということによって、ストレスが同じような状況であっても、それが少し小さくなるというようなこともいえますので、そういう意味では、ストレスの過重だけではなくして、そういういろいろな側面というものも多少加味したところで判定することも必要なのかなという意見を持っております。
それと、最近、現実的には、精神科の疾患の診療をする際に、どうもなかなか治らない患者を診ておりますと、その背景に発達障害というもの、先ほども田中先生がパーソナリティの問題を言われましたが、発達障害という問題を持っている方が案外と多く見られるのです。そのような方たちが、例えばうつ病だとか適応障害というような診断を付けられてきてという、発達障害ですから個体側の要因なのですが、そういうような現実的には、そちらを持った方たちの発症が目に付いてきていますので、そういう人たちの発達障害であるとか、パーソナリティの障害だとか、そういう人たちの個体側の要因を、もう少しきちんと、どのように捉えていくかという検討もしていただけたらいいのではないかという考えはあります。
○黒木座長 確かに、日常臨床では、発達障害という診断名、あるいは自分は発達障害ではないかということで外来に来られる方が非常に増えているということも、現実にはあります。
その個体側要因について、中益先生からの御質問に対しては田中先生、何かございますか。
○田中委員 私もおっしゃることはとても大事な視点だと思います。結果的には、通常勤務ができていた人なのかどうかという視点は、判断の中で非常に大事だと思います。
ただ、職場はいろいろと環境が変わるわけで、これまで通常に勤務できていたと言っても、環境が変わったことによって影響を受ける労働者も多く、つまり、その人の個人の脆弱性というのは、環境で左右されるといったところもあって、その人がこれまで大丈夫だったからということだけの判断だけで個人の脆弱性を判断するのは少し難しいところはあるのかなと思います。
また、個体側の要因については、どこまで調べられるかというのは限界があって、現実的に実際の審査では、ある程度個体側要因も結構強いのだろうなと我々は思いながらも、明らかな過重労働があった場合は、業務上と判断するような運用をしているところであります。ときに個体側要因については、これまで通常に働いていたかどうか以外において、特に精神疾患の既往等においては、本来個別にかなり検討しなくては判断できないケースもありますが、これはこれで、「個体側要因」中で、関連するものを調べていくという運用でやっていくのがいいのかなと個人的には思っています。
○黒木座長 個体側要因というのは、なかなか見えないのですよね。それから、脆弱性も見えないのです。しかし、過去に既往歴がある、これは1つの指標にはなります。やはり、我々は認定の苦労をするところでは、既存の精神障害を持っている人をどう判断するかということが非常に大事になります。これはまた今後の議論になると思います。中益先生、よろしいでしょうか。
○中益委員 承知いたしました。ただ、先ほど、例えば人事異動があって環境が変わるとか、また、発達障害をお持ちであるとか、そういった様々なことも含めて、裁判所としては、基本的には業務に支障があったかなかったかを基準に、平均的であるかどうかなどを見ているように思われますし、また、今回の先生方の調査の結果も、そういった多様な労働者を含めて、平均的に強度を見るという意味で、そういった多様性は、この調査のストレス評価の段階に含まれているのではないかという気もいたしますけれども。
○黒木座長 何が含まれているということでしょうか。
○中益委員 脆弱性に関する個別の事情は、裁判所の考えとしては、要は、それまでの業務に支障があったかどうかというところを見ていると思われるのです。よって、もともと精神障害の既往歴があっても、特に配慮を受けていなければ平均的であると。他方で、認定基準の2でも、労働者にとってのストレスの強弱を客観的に見るというようにはなっており、ここは裁判所の考え方と同様ですよね。繰り返しになりますが、裁判所が見ている労働者側の個別要因というのは、基本的には、それまで実際にそういった平均的な同じ職種や職位に関して、問題なくやっていれば平均的というように見るものだという考えに吸収されるように思いますけれども。
○黒木座長 基本的にはそれでいいと思うのです。我々が認定実務でいくときは、通常の勤務ができていたかどうかということを見るので、通常勤務ができていた人が負荷に遭って発病した、あるいはもともと既往がある人が発病したとか、あるいは既存に、ある人が通常の業務ができているということであれば、認定基準上は精神障害が新たに発病したと。同じものが発病したとしても、新たな発病として見るということなので、それほど先生がおっしゃったような既往歴とか、それをとりわけ特別に考慮してということにはならないので、現実には、通常勤務ということができていれば、新たな発病として考えるというのが認定実務ではないかと思います。
○中益委員 承知しました。例えば認定基準で挙げてあるようなアルコール依存症等があったとしても、仮に、特に配慮されることなく通常業務をしていれば、個体側の事情として考えない運用がなされているということでしょうか。
○黒木座長 精神障害の発病に当たって、アルコール依存が影響しているかどうかということは、もちろん考えます。アルコール依存があって、いろいろなストレスによってアルコール依存、大量の飲酒があるというようなことの場合は当然考えますけれども、いわゆる精神障害を特定するということがまず大事なので、発病していること、それからどういう精神障害が出ているかということをまず見て、その前の勤務の状況を考えるということなので、その辺について、アルコール依存が多少あったとしても、それはそれで、ストレスの負荷がどうかということがポイントになるということだと思います。
○中益委員 分かりました。ありがとうございます。
○品田委員 今の中益先生の話と類似することなので、一言いいでしょうか。
○黒木座長 どうぞ。
○品田委員 是非、医療の関係者の方に今後教えてほしいということのストレス-脆弱性の理論との関係なのですが、中益先生と問題意識は同じだと思うのですが、そもそもストレス-脆弱性にいう「脆弱性」というのは、どこの段階を捉えて、どのように判断されるべきものなのか。一旦寛解したということにおいて、ストレス-脆弱性は差引きゼロになるのか。例えば実務をやっていると、昔、発病したとか、リストカットの履歴があるとか、不登校であったとか、いろいろな過去の履歴を捉えて脆弱性を論理付けるというようなことがあるのですが、それは本当の意味で、その事実をもって脆弱性があると捉えてよいのか。その場合、寛解というのはどういう意味を持つのか、そういうことについて、是非、医学的な判断において、こういう状況が、こうなればこうであるというようなことを、きちんと展開していただくことによって、かなり判断はしやすくなるのではないかと思うので、もし議論の中でそういうことを教えていただければという意見です。
○黒木座長 それでは、中野先生、御発言をお願いいたします。
○中野委員 中益先生の御質問の前提として確認させていただきたいのですが、次の3の判断基準となる労働者の問題の方で伺おうと思っていたことなのですが、現在の認定基準では、判断基準となる労働者を同種の労働者としています。しかし、ここまでも議論になっているように、裁判例では、単なる同種の労働者ではなく、つまり職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似する者ではなく、その中でも、特段の業務軽減措置を受けることなく日常業務を支障なく遂行できる者を平均的労働者として、それを基準とするものが多いように読めます。
ただ、脳・心臓疾患の認定基準では、そのような、日常業務を問題なく遂行できる者を基準とするというのが認定基準でも明記されておりますが、精神障害の認定基準では、そのような個体側の脆弱性の程度への考慮というのは、少なくとも判断基準としては明記されておりません。
今されていた議論にも関わるのですが、現在の認定の実務では、個体側の脆弱性の程度というのを判断基準となる労働者のところで読み込んでいるのか、それとも、判断基準となる労働者は、個体側の脆弱性の程度としてはいわゆる健康な労働者であって、脆弱性の問題は認定要件の3の個体側の要因のところで見ているのかということを確認させていただきたいのですが。
○黒木座長 調査官からよろしいでしょうか。
○西川中央職業病認定調査官 事務局からお答えいたします。
先ほど、品田先生の御発言の中でも御指摘があったと思うのですが、裁判例において、同種労働者というのは、健康な人だけを取った真ん中が同種かというと、恐らくはそのような解釈は裁判例においてもされていないというところです。
実際、我々の認定基準においても、職種、職場における立場や職責、経験、年齢などは考慮するということで、例えばこれが経験で見れば、十年選手と一年目の新人との真ん中が平均で、真ん中の人に対して大したストレスではないから、新人にとっても大したストレスではないのかと判断するかというと、それはしないわけです。基本的には新人の労働者であれば、新人にとって、会社がさせた仕事なりがどの程度のストレスであったかというようなことを見ていくことになっております。さらに、これが経験ではなくて、本人のもともとのパーソナリティの問題であるとか、発達障害の問題であるとか、アルコール中毒の問題であるとかというような話が出てきたときに、どのように検討していくかということについては、明確に書いている部分もなく、非常に難しいところですが、もともとアルコール依存の傾向がある方であっても、普通に仕事をできているという方であれば、先ほど黒木先生からもお話がありましたように、通常の仕事ができているということを前提に、その仕事で掛かった負荷がどの程度であったかということを、客観的に判断するのだという意識の下に、ストレスの強さを判断していくということです。そこで、本人のアルコール依存であるとか、そういった問題とは別に、本人のストレスの受け取り方としての脆弱性について考慮するのが正しいのかどうかというのは、そこはまたちょっと違う議論になってくるのかなと思っております。
どこまでいっても、ストレスの強さを客観的に判断すると。そのストレスの強さを客観的に判断するに当たっては、今、認定基準上示している「同種」というような方々を想定して、客観的に判断しているというところではあるのですが、何分にも抽象的で、仕事の仕方も、全ての事案について違ってきていますので、その判断の中で、いろいろな要素を考慮して、この仕事は、こういった方々については、ちょっと厳しいものであったのではないかという方向に判断が傾くということはあろうかと思っております。
いずれにしても、そちらの側で考慮しているのであって、逆に要件の3番目の個体側要因によって発病していないことということについては、認定基準の作りからしますと、強いストレスがあっても業務起因性がないと、どちらかと言うと業務起因性を否定する方向に働く要件になっております。
それで、先ほど黒木先生がおっしゃったように、実際に通常勤務されていたような場合には、そういったことをもって、もともと既往歴があるから、あるいはアルコール依存の状態にあるからといったような理由を捉えて、強いストレスがあるにもかかわらず業務起因性がないと判断している事案は、実際の事案としてはほとんどないのではないかと考えているところです。お答えになっていないかもしれませんが、いかがでございましょうか。
○中野委員 大体のイメージとしては、裁判例が読み込んでいるような、労働者の中にも個人のストレスの受け取り方という意味での脆弱性に幅があるのだということは、現在の行政実務においても、判断基準となる労働者のところを認定基準の文言どおりに、格式張った運用をするのではない形で配慮をしていると理解してよろしいですか。
○西川中央職業病認定調査官 私の説明の仕方が悪かったかもしれません。受け取り方が反応性の高い方を考慮はしていないと思っております。ただ、例えば分かりやすいのは、体に障害があるというような方であれば、その方に応じた配慮がなされてしかるべきであって、客観的に腕がない方に対して、腕がある人と同じ荷物を持てということを言った場合に、それが同じストレスなのかと言えば、それは当然違ってくるということにはなってくると思いますので。そういう意味での、ある種の個別の要素を加味するということは、当然、同種のということを検討する中で生じてくることだと思うのですけれども、本人の受け取りの仕方が、同じように10分叱られたときに、本人の受け取りの仕方が大分違ってきたということまでを評価に入れていくかというと、そういったことをしているという趣旨で御説明したものではございません。
○中野委員 そうすると、その点では、現行の認定基準と認定実務の在り様と、裁判例の多くが述べるようなところには差があるというように理解してよろしいのでしょうか。
○黒木座長 同種労働者とか、非常に難しい観点だと思いますけれども、実務上、例えばその人がどういう職種、あるいはどういう業務をやっているかということは、例えばまだ数年しかたっていないとか、あるいはベテランであるとか、もともとその人の能力が非常に高いとか、しかし、その業務が非常に負荷が掛かったと判断した場合、本来だったら、能力が高い人はすんなりできるかもしれないけれども、数年でなかなかその業務がこなせないということで発病してしまった。その発病してしまったときに振り返ってみると、それをこなすのに非常な時間外労働もあり、負荷が掛かったというように客観的に認められるという場合は、業務上の方にいく可能性があると言うことになります。
だから、一律に同種労働者ではなくて、同種労働者の置かれている状況とか、それを実務的には勘案するということだと思います。いかがでしょうか。
○中野委員 取りあえず本日は、そういうことで理解させていただきます。
○阿部委員 今、中野先生、中益先生が御提起された問題というのは、法学者には非常に関心の高い事柄だと思っています。
先ほど西川調査官が、「同種の」というところの限定の御発言のときに、体に障害があれば、その人に応じた配慮をあらかじめした上で、同種ということを限定をした上で、今の裁判所の考え方ですと、脆弱性があっても特別な配慮をせずに通常業務をこなしていれば平均労働者になるということなので、まず「同種の」というところで限定があって、更に特別な配慮をせずに通常業務をこなしていればいいということなので、何となく法学者の考えでは、今の指針と裁判所で少し違いがあるというように考えているのですが、もしここでの議論で違いがないという総意ができているのであれば、脳・心でも裁判所のような形の文言が書かれているので、今回の指針でも、その点も入れた方が親切なのかなと思います。更に言えば、通常業務をこなしていればいいというところで、例えば既往歴の話がありましたが、裁判例などですと、薬を服用していたという方も結構いらっしゃいますし、小山先生がおっしゃっていたように発達障害で、実は本人も気付いていなかったし、何十年も気付かなかったけれども、発達障害気味だったというような方も、最近は非常に増えているようなことも私もお見掛けしているので、あるいはそういった方でも、逆に同種の中にそういうことも含めた上での平均的労働者だというのを、裁判所と近いのだということであれば、指針の中にも入れた方がいいのかなと感じました。
○黒木座長 議論がたくさんありましたが、確かに法学の先生方の御意見も言われていることはよく分かりますし、我々が日常臨床や認定実務で判断している内容は、なるべく客観的公平ということが一番なので、これに関しては、まだ議論があると思います。本日に関しては、もう少し議論を深めることが必要なので、次回以降にまた議論させていただきたいと思います。それでは、同種労働者、個体側要因、その判断基準の辺りに関しては、再度議論したいと思います。
本日の検討会は終了します。次回は業務による心理的負荷など、各種論点に沿って検討を進めていきたいと思います。日程等を含めて、事務局から何かございますか。
○本間職業病認定対策室長補佐 長時間の御議論、ありがとうございました。次回は本日の御議論の続き、それから、対象疾病をはじめとする各論点についての御議論を頂く予定です。日時、開催場所については、後日改めてお知らせさせていただきますので、よろしくお願いいたします。本日はお忙しい中、大変ありがとうございました。