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2018年2月2日 第2回「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」議事録

労働基準局労働条件政策課

○日時

平成30年2月2日(金)14:00~16:00


○場所

専用第22会議室


○議題

・法曹関係者からのヒアリング
・その他

○議事

○岩村座長 それでは御出席予定の皆様がお揃いということですので、ただいまから第2回賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会を始めたいと思います。委員の皆様方におかれましては、今日も御多忙の中をお集まりいただきまして誠にありがとうございます。

 本日の議題ですが、まず、第1回検討会で出ました宿題に関しまして、追加資料を基に、事務局から説明を頂くということにしております。その後に、賃金等請求権の実務について御知見のある法曹関係者の方々にお越しを頂きまして、ヒアリングを行いたいと考えております。

 それでは、配布してあります資料の確認を事務局からお願いしたいと思います。よろしくお願いいたします。

○猪俣労働条件政策課課長補佐 それではお配りいたしました資料の御確認をお願いします。資料としては資料1、消滅時効の在り方に関する検討の補足資料。資料2、鹿野委員提出資料。資料3、古川弁護士提出資料。資料4、経営法曹会議提出資料。参考資料1、消滅時効の在り方に関する検討資料(1回検討会提出資料1)です。

 その他、座席表をお配りしております。不足等ございましたら事務局までお申し付けください。

○岩村座長 それでは早速、事務局から第1回検討会の宿題事項について、資料1を御用意いただいておりますので、御説明を頂きたいと思います。よろしくお願いいたします。

○猪俣労働条件政策課課長補佐 資料1を御覧ください。消滅時効の在り方に関する検討の補足資料です。1枚おめくりいただきまして、まず起算点について、「権利を行使することができることを知った時」という資料です。これは前回、安藤委員などから、「知った時」のことについて、解釈とか、そういったことについて御質問がありましたので用意させていただきました。

 前回、御説明しましたように、今回の民法の改正で、消滅時効のところで、権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないときという規定が新たに設けられました。この知った時の解釈ですが、この資料1ページ目の下のほうに、平成29425日の参議院法務委員会において、これは民法の改正について審議された委員会ですが、小川法務省民事局長から答弁がありましたので、その議事録を掲載しています。具体的にはこの知った時の解釈については、この答弁の2パラグラフ目のところが参考になるかなと思います。下線部を読み上げさせていただきますと、「債権者が権利を行使することができることを知ったというためには、権利行使を期待されてもやむを得ない程度に権利の発生原因などを認識していることが必要であると考えられます。具体的には権利の発生原因についての認識のほか、権利行使の相手方である債務者を認識することが必要であると考えられます」と答弁しています。

 実際は今回、新しく加わった規定ですので、個別具体の事案について、最後は司法において、解釈は積み上げられていくと思っております。

 続きまして2ページ目です。この資料は法務省が今回の民法の債権法の改正に合わせて、分かりやすく示した資料を、このまま転載させていただいています。この2ページ目については、既に御説明しました今回の消滅時効の改正について、もともと短期消滅時効というものがたくさんあったものをシンプルに統一化して、改正法ということで知った時から5年と、行使できる時から10年というふうにシンプル化したというものです。

 右側にその背景とか、統一化に当たっての必要性のようなものが書いてあります。結果として、このシンプル化になったというものです。

 ポイントは次の3ページです。これも前回、何点か御議論があったところです。今回の民法の消滅時効は、知った時から5年と、権利を行使できる時から10年という形で、2つの起算点に基づく消滅時効に整理されたわけですが、この2つの関係はどうなっているのかということを図示した資料です。

 一番上ですが、権利を行使することができることを知った時と、権利を行使することができる時とが、基本的に同一時点であるケースということをイメージで示しております。

 売買代金債権とか飲食料債権とか、宿泊料債権などの契約上の債権については基本的にこういうものだろうということで示しております。これは契約上の債権ですので、基本的には権利は行使できるというときには、既に当然その権利を行使できることを知っているという状況になっているだろうということで、起算点については一致しているということで、短いほうの知った時から5年で時効は完成するということになっています。これは基本になるのではないかと思いますが、今回、この知った時と行使できる時がずれるパターンというか、そういったものはどういうものかということで、下のほうに示しています。

 これは消費者ローンの例の過払金の問題を想定したような図でして、ケース1は権利を行使することができるようにはなっているけれども、まだ本人は知らないということで、途中で過払いであることを知ったということです。10年のほうが経過する前に知った時の5年のほうが経過しておりますので、消滅時効はここで完成すると。逆にケース2のほうですが、かなり後で知ったことになりまして、その知った時の5年が経過する前に、10年のほうが先にきてしまった場合については、先に10年のほうで消滅時効は完成するということになろうかと思います。

 賃金債権については、基本的に労働契約を結んで、その契約に基づいて賃金が支払われるということが原則になると思いますので、そういう意味では上のほうの例というのが基本になると思いますが、今回、消滅時効の在り方を検討するに当たって、どう考えるかということになると思います。

 続きまして4ページ目ですが、もう1つの「権利を行使できる時」からの解釈です。これについては改正前の民法、現行民法の規定からある規定ですので、解釈のほうは積み上げられてきて、ある種、固まっているようなところもあるのかなと思います。民法のコンメンタールとか、そういったものから一応引用する形で持ってきました。一番上のコンメンタールの民法第4版、我妻榮先生などの著書を御覧いただければと思いますが、「権利を行使することができる時」とは、権利を行使するのに法律上の障害がなくなった時であるというふうに書いてあります。その下の判例民法1のほうでも、法律上の障害がなくなった時であり、というような形で記載されています。その下の民法講義1の総則第3版のほうでは、これも基本的に権利を行使することに対する法律上の障害がなくなった時のことであるというふうにした上で、最高裁の判例を引用していまして、権利行使が現実に期待できる時という判例を示しています。その下の注釈民法についても基本的には同じかと思います。

 これは後ほど鹿野先生のほうから補足があると思いますので、それも御参照いただければと思います。

 今度は年次有給休暇についてです。これについては前回、安藤委員から非正規の関係の年次有給休暇についてのデータはないのかというお尋ねがありましたので、調べました。非正規のほうですが、まず、年休の取得率のほうからちょっと比較をさせていただきました。年休の取得率ですが、正社員が51.6%に対して非正規社員のほうは73%と、正社員に比べるとかなり高い取得率になっているという状況です。その下の年次有給休暇を取り残す理由ですが、正社員と非正規社員で理由の順番については基本的には似ているのですが、顕著に違うところというと、非正規社員については、正社員に比べると病気や急な用事のために残しておく必要があるというふうに答えている人がかなり多いということが言えると思います。逆に言うと、正社員のほうは下のほう、休むと職場のほかの人に迷惑になるからとか、仕事量が多過ぎて休んでいる余裕がないとか、休みの間、仕事を引き継いでくれる人がいないからとか、あるいは職場の周囲の人が取らないので年休を取りにくいと、そういったようなある種、職場環境のほうがかなり影響しているという回答が多いというふうに思います。

 右下のほうに非正規社員について、年休の存在自体を知っているかというデータがありまして、これは72.6%が知っているということで、かなりの非正規社員が年休の存在自体は知っているということになる思います。

 続きまして最後、6ページ目ですが、これを参考資料と付けさせていただいたのですが、前回、水島委員から今回の民法の改正の経過措置について御質問がありました。私から御説明させていただいた経過措置の考え方について、若干間違いがありましたので、訂正を含めて御説明させていただきます。今回の民法の債権法の改正の経過措置の適用関係については、民法の一部を改正する法律の附則の第10条というところで規定されています。前回、私がこの附則の第10条の4項の説明をしたのですが、4項に施行日前に、債権が生じた場合に、その債権の消滅時効の期間については、なお従前の例によると。これを指しまして、施行日前に発生した賃金については、旧民法のほうの規定が適用されると。施行後に発生した賃金については、改正の新しい民法の規定が適用されるというふうに説明したと思うのですが、これは若干間違っていまして、この4項、施行日に債権が生じた場合の定義が、第10条の1項のほうに入っていまして、括弧内を読んでいただければ明らかなのですが、施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含むとされています。これを考えますと、施行日前に発生した賃金ではなくて、施行日前に締結した労働契約に基づいて発生した賃金については、施行日後についても旧民法の消滅時効が適用されるというように解釈するのが妥当ではないかなと思います。

 そういった意味では民法の考え方の経過措置についてはそのように規定されていると。今回労働基準法で仮に改正をするということになった場合には、別途経過措置を置くことになろうかと思うのですが、この民法の経過措置の置き方を踏まえまして、どのような経過措置を置いていくのかというのが1つ論点になります。下に関係法律の整備等に関する法律を付けましたが、これは前回説明したように、民法の改正に合わせまして、その関連する法律について一括して改正している法律なのですが、この中で消滅時効の関係も一括して改正されています。例えば国民年金法については、民法とは違う経過措置を別途置いていたりしますので、ある種、特別法の世界は特別法の世界で、それぞれの事情に応じた経過措置を置いていくということになりますので、今回、労働基本法について改正をやるということであれば、どのような経過措置を置いていくのかというのが1つ論点になろうかなと思います。私からの説明は以上です。

○岩村座長 それでは、先ほど事務局からも言及がありましたが、鹿野委員から資料2を提出いただいておりますので、それについて御説明いただければと思います。よろしくお願いいたします。

○鹿野委員 鹿野でございます。民法を専門としておりますので、客観的起算点の解釈について若干補足をさせていただきたいと思います。従来から民法第166条には、権利を行使することができる時から時効は進行するという規定が置かれていました。その客観的起算点の解釈について、伝統的な通説は、確かに、権利を行使するについて、法律上の障害がなくなった時という解釈を採ってきました。しかし、今日では、これが圧倒的な通説と言い切ることはできないような状況にあります。

 資料の後ろのほうに掲げております具体的判例については、後に紹介させていただきますが、判例でも、法律上の障害がなくなっただけではなく、権利の性質上、その権利行使を現実に期待することができるようになった時から進行するのだという解釈を示すものが現れているわけです。そして、学説でも、例えば、もう亡くなられた、故星野英一先生などは、債権者にとって権利を行使することを期待ないし要求することができる時期と解釈すべきだと主張されていましたし、その後も、時効をかなり専門的に研究される何人かの有力な学者が、権利行使の期待可能性を、客観的起算点において考慮するべきだとの主張をされています。資料に、参考判例を2つだけ挙げておきましたので、ここであらためてそれらについて紹介します。

 参考判例1が、最高裁の昭和45年の判決です。これは弁済供託における供託金取戻請求権に関する事件です。ここに太字で書いておりますように、本判決は、この場合の取戻請求権について、「権利ヲ行使スルコトヲ得ル」というのは、単にその権利行使について法律上の障害がないだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待できるものであることをも必要と解するのが相当であると判示しましたし、その理由も資料の下のほうに引用しておきました。そして、この解釈を前提として、本件の問題について、どういう時期がこれに当たるのかという判断をしたものです。時間の関係で詳細は省略しますけれども、そういう判決があるということです。

 それから、ここには書いていませんけれども、例えばその後の最高裁の平成835日の判決も、同旨のものとして指摘することができます。これは、ひき逃げ事故の被害者が、被疑者に対して損害賠償請求訴訟を起こして敗訴した後に、国に対して自賠法72条に基づいて補償金の請求をしたという事案です。その事件の判決において、最高裁は、先ほどの昭和45年判決を引用し、しかもそれをより一般化するような形で判示しました。つまり、民法第1661項にいう、権利を行使することができる時というのは、権利行使につき法律上の障害がなくなったというだけではなく、その権利の性質上、その権利行使が現実に期待できるものであることも必要と解するのが相当であるとして、自賠法第72条に基づく請求権についての起算点についての判断をしたものです。

 それから、参考判例の2は、比較的新しいものなのでここに掲げたのですが、この事件自体は、民法第166条の解釈それ自体というより、保険金請求権の期間制限に関して、保険約款の当該関連条項の解釈が問題となったものです。しかし、判決は、その条項の解釈の前提として、45年判決で示した民法第166条の趣旨について言及し、その趣旨に照らして当該保険約款の条項はどのように解釈すべきかを判断しました。その具体的な判断内容は、ここに抜粋して記載したとおりですので、あとで御覧いただければと思います。以上です。

○岩村座長 ただいまの事務局からの説明と鹿野委員の御説明につきまして、何か御意見、あるいは御質問がありましたらお願いしたいと思います。よろしいでしょうか。それでは、今回頂きました宿題事項についての説明等資料につきましては、また次回以降御議論いただくということにしたいと思います。

 続きまして先ほど申し上げましたように、ヒアリングに移りたいと存じます。今日、ヒアリングをさせていただく法曹関係者の方々にお入りいただきたいと思いますので、しばらくお待ちいただければと思います。

 それでは、ヒアリングを始めさせていただきます。まず、事務局からヒアリングに御出席いただいた先生方の御紹介と、お配りしている資料の確認をお願いいたします。

○猪俣労働条件政策課課長補佐 本日ヒアリングをお願いするに当たり、労使団体である日本労働組合総連合会と日本経済団体連合会に御推薦をお願いいたしました。日本労働総連合会から御推薦いただいた古川景一弁護士です。水口洋介弁護士です。日本経済団体連合会から御推薦いただいた中山慈夫弁護士です。八代徹也弁護士です。伊藤昌毅弁護士です。

 お配りしている資料3、資料4が今回のヒアリング関係の資料です。その他、座席表をお配りしています。もし不足等がありましたら、申し付けいただければと思います。

○岩村座長 先生方、今日はお忙しい中をお越しいただきまして、誠にありがとうございます。この後のヒアリングの進め方ですが、まず古川様、水口様からお話を頂戴したいと存じます。その後、中山様、八代様、伊藤様からお話を頂くことにいたします。最後に合わせて御質問や御意見を委員の皆様から頂くという形で議論を進めます。このような流れで進めさせていただきたいと考えていますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。それでは、賃金等請求権の消滅時効の在り方について、ヒアリングを始めます。今、申し上げた順番に従って、弁護士の古川様、水口様から御説明を頂きたいと思います。よろしくお願い申し上げます。

○古川弁護士 資料31枚目、2枚目に意見の要旨、それに関連する資料を2枚付けています。まず、結論から先に申し上げます。労働基準法第115条、すなわち賃金、災害補償等の請求権について、2年間の経過で時効消滅するとの規定及び労働者災害補償保険法第42条、すなわち療養補償給付や休業補償給付に関する同様の規定については、いずれも削除すべきである。そして、改正後の民法をそのまま適用すべきであるというのが結論です。

 その理由第1点です。労働契約に該当しない請負契約に基づく報酬請求権の時効消滅期間と均衡を取るべきであると考えます。労働法が適用される労働契約と、民法上の雇用契約、請負契約、委任契約、準委任契約との関係については様々な学説が存在しますが、いずれの見解を取るにせよ、労働法が適用される労働契約に基づく報酬請求権と、労働法が適用される労働契約には該当しない請負契約に基づく報酬請求権の時効消滅期間について、平仄を合わせる必要があると考えます。

 請負については、今回の民法改正により、仕事が完成しなくても成果の割合に応じて報酬請求権が生じる場合についての条文が新設されました。資料に付けています。この条項は連合が請負的就労形態の就労者を保護するために強く要望していたものです。これに伴い、民法上の雇用と請負は、従来よりも更に近接した関係になっております。

 労働法の適用対象である労働契約には該当しない請負契約に基づき労務を供給する就労者の報酬請求権については、今回の法改正により5年となります。にもかかわらず、労働法の適用対象である労働契約に基づき労務を供給する労働者の賃金請求権の時効請求権を5年より短縮するということについては、理論上、合理的な説明は不可能であると考えます。

 そして、第2の理由は、事業主ではない個人の使用者と労働契約を締結した労働者の賃金等の時効消滅期間と整合性を図る必要があることです。労働基準法は事業主を規制する法律です。事業主以外の使用者、個人である使用者が労働者と労働契約を締結する場合には労基法の適用はありません。具体的には、家事使用人、ベビーシッター、家庭教師あるいは建築関係の職人を個人が雇って労働契約を締結する場合の時効消滅の期間は5年になります。にもかかわらず、事業主が労働者を雇用する場合の賃金請求権について、5年より短くすることについては、理論上合理的な説明はできないと考えます。

 理由の第3です。万が一労働契約に基づく賃金請求権等の時効期間を5年よりも短くするのであれば、使用者の懲戒権や解雇権などの権利行使期間についても限定するのでなければ、労使の均衡が取れない点であります。具体的に言いますと、ドイツでは使用者の即時解約権の行使は、解約事由を知ってから2週間以内に制限をされています。フランスでは懲戒事由について、非行事実を使用者が知った時から2か月以内に制限されています。ところが、日本にはこのような制限が存在しません。7年前の事件を理由に懲戒解雇がなされた実例さえ存在します。この事件について、平成18年に言い渡された最高裁判決では、懲戒権の行使が遅すぎて権利濫用との理由で懲戒解雇無効の判断が下されています。この事例に照らしても、使用者の懲戒権、解雇権の行使可能な期間を2週間とか2か月程度に制限することが日本でも必要なことは明らかです。

 もしも賃金についてのみ5年に短縮するのであれば、それとの均衡を取る関係でも使用者の懲戒権、解雇権等の権利行使の期間を2週間とか2か月程度に制限するべきであります。そうしないままに、一方的に労働者の権利行使の期間のみを短くするというのは、労働者に対し一方的な不利益を課すものと言わざるを得ません。

 なお、付随的な事項として2点述べます。まず、賃金債権等について、短期消滅時効の特別規定を設けるのであれば労働基準法の中に置くべきではないということです。その理由は、労基法は労働条件の最低基準を定めるものであって、権利水準を引き下げる条項を労働基準法の中に置くということは、労基法の基本的性格を変質させるものだと考えるからです。

 付随事項の第2として、年次有給休暇の取得権の問題について述べます。これを単純に5年間に延ばすことについては、若干の危惧があります。本来、これは年度内に100%消化されるべきものであります。また、積み残しを認める場合には、その消化方法を考える必要があります。日本ではヨーロッパと異なり、病気休暇制度が法律で定められていません。このため、病気に備えて有給休暇を全部消化せずに残しておかざるを得ません。そこで、未消化の有給休暇を時効消滅させずに積み立てて、病気等の際に消化できる制度が労働協約で作られております。

 具体的に申し上げますと、例えばUAゼンセンの労働組合がある有名百貨店のケースを例に挙げます。年間で20日、合計230日までストックできます。そして、病気、介護、育児、不妊治療、ボランティア、学校行事などのために消化できるような制度になっています。ただしここで重要なことは、通常の有給休暇と別枠でストックした休暇を消化する場合には、消化理由ごとに上限日数を設けていることです。そして、定年の直前にはストックした分の一括消化をするか、又は上限115日分の買取りを選択するようなシステムにされています。

 これらの制度設計と運用の経験に照らすと、2年間で消化できずに長期間累積した有給休暇を消化する方法に関して、取得理由ごとに日数の上限を定める等の工夫をしないまま時季指定権と変更権の行使に委ねた場合には、かなりの混乱が生じるのではないかと危惧しております。ただし、この点についてはなかなかうまい知恵が浮かばないということも率直に申し上げておかざるを得ないと思っております。ですから、その辺の問題についても御勘案を頂きたいと考えております。私からは以上です。

○水口弁護士 弁護士の水口です。まず、結論から申し上げます。労基法第115条については、言わばこの法律の請求権についての時効は改正民法を適用するものとする。ただし、年次有給休暇請求権については、現行労基法第115条と同様に2年とすることが検討されると考えています。

 理由は、まず給料の時効期間ですが、御承知のとおりです。民法第174条第3項の1年の短期消滅時効が廃止されました。それで、労基法第115条は2年に延長しているということです。この2年になったというのは工場法のときに災害扶助の請求権が2年であったことを参考にされたようです。まず、短期消滅時効制度の廃止が法制審の審議を経て国会で決まりました。この点の趣旨をはっきりさせておかなければいけないと思います。

 法制審の審議によれば、これは法制審部会資料14-11ページに書かれていますが、職業別の3年、2年、1年の短期消滅時効の区分を設けることの合理性に疑問がある。実務的にもどの区分に属するか逐一判断しなければならず、煩雑である上、その判断も容易でない例も少なくなく、実務的にも統一的に扱うべきであるということで廃止されています。

 また、この法制審部会討議の中では、職業別の区分については、身分の名残と言うべき、前近代的な遺制も含まれている。ここまで指摘されています。法制審部会の第12回、議事録の6ページに記載があります。

 もともと短期消滅時効については、立法論としては強い批判があります。我妻榮教授という方で、法律家であれば、何か問題があれば原点に戻って読む教科書というのがあるのですが、昭和40年発行の『新訂民法総則』で、短期消滅時効について我妻教授は、「少額の債権について、現在の煩瑣な裁判手続が利用することは極めて困難であるだけでなく、これら債権者中には資力が乏しいため、現在のように多額の出費を要する裁判手続に訴えることの不可能な者も少なくない。現在の訴訟手続は実際上、多くの無産階級の者から権利保護の機会を奪っていることは否定すべからざる事実であって、時効に関してだけ言うべきことではない。しかし、短期消滅時効制度においては特にその感を深くする」と述べられています。社会的弱者の保護に欠けるということですが、この我妻博士の指摘される実情は、現在においても大きく異ならないと思います。

 労基法第115条の改正についても、この権利行使の障壁の格差、社会的弱者の保護を念頭に置いて検討されなければならないと思います。

 退職金請求について述べます。退職金請求権については、旧民法では短期消滅時効、第174条第3号には当たらないと解釈されています。一般債権として原則10年の消滅時効期間と解釈されることになりますが、昭和49118日の九州運送事件の最高裁判所判決、「判例時報」764号です。この退職金請求権についても、労基法第115条が適用されると判決されました。ただ、その後、退職金請求権については2年では短すぎると批判が強くあり、退職金が高額で支払いに時間がかかる場合もあることや、労働者の請求も容易でないとして、昭和62年に労基法が改正されて、5年に延長されたという経過です。

 期間が5年とされたことについて、平賀俊行さんの『改正労働基準法』の298ページによれば、中小企業退職金共済制度による退職金や厚生年金保険法による厚生年金基金制度による給付の消滅時効が5年であることが参考にされたと記載されています。御承知のとおり、平賀さんは労働省労働基準局長を務めた方です。退職金請求については、つまり毎月支払われる給料よりもより時効期間を長期として保護しようというのが、その趣旨であったということを確認する必要があります。民法より短い消滅時効期間を労基法で定めてもよいという趣旨ではなくて、労基法第115条があることを前提にして、更に延長したという関係にあるわけです。

 したがって、今回の民法改正により、主観的時効は5年、客観的時効は10年とされたことから、退職金請求権についても、その労働者にとって老後の生活を支える重要な生活の糧ですから、この改正民法を適用するのが労基法の趣旨からして当然だと考えています。

 起算点問題です。今回の改正民法でいけば、主観的時効の5年、客観的時効が10年の2つになって、起算点が2種類になるという問題がありました。この2本立てにすることについては、法制審部会において、その適否について相当な議論がなされています。最終的には2本立てということでまとまり、国会で成立しました。

 法制審部会では、短期消滅時効の廃止に伴い、全ての債権につき消滅時効期間を一律10年とすることは、債権者にとって長すぎて酷な結果となるため、主観的時効の5年を挿入して、債権者、権利者の利益との調整を図ったとされています。この議論に当たっては、主観的時効の起算点、つまり権利の行使をすることができることを知った時の意味と、客観的時効の起算点の2つになるとの問題が議論されています。

 結論的に言えば、この主観的時効の起算点については、法制審のときの最初の改正民法の中間試案では、債権発生の原因及び債務者を知った時とされていましたが、その後に変更されて、権利行使をすることができることを知った時に変更されました。その趣旨は、法制審部会の第92回会議議事録の22ページに合田関係官が発言されていますが、その趣旨は、債権発生の原因や債務者の存在を認識することを含み、更にその違法性の認識を踏まえた権利行使ができることについての具体的な認識を含む趣旨である。「ここでの『知った時』というのは、不法行為に関する民法724条前段の「知った」と同じ意味であり、実質的な権利行使が可能である。その権利行使が可能な程度に事実を知った、ということになります」と発言されています。

 通常の賃金請求権、退職金請求権も含めて、就業規則などで弁済期が定まっており、労働者も当然これを知っている場合がほとんどだと思います。したがって、主観的時効であっても、起算点が不安定になるという実情ではないと思います。労基法上のその他の請求権についても、労働者が権利行使をできることを知らないにもかかわらず、消滅時効にかからせる合理性はありません。

 また、例えば時間外休日労働に関する割増賃金について、具体例で言えば管理監督職について就業規則などの定めが労基法に違反しており、本来支払われなければならないのに労働者に支払われていない場合にも、労働者が当該措置が違法であると知った時から時効進行するということも何ら問題はないと考えます。労基法に違反した使用者に消滅時効による賃金支払義務の消滅という利益を付与する合理性は見当たりません。

 債務者、つまり使用者の不安定な立場については、客観的時効10年ルールで画一的に救済できることになります。これが今回の民法改正の趣旨です。労働者保護を目的とする労基法から見て、この民法改正の考え方を生かすことこそが求められて、これを労基法部分で修正、変更するという必要は全くないと考えています。

 今、働き方改革、長時間労働是正が国の課題となっています。時効が長期化することは、逆に使用者に長時間労働を是正するという強力なインセンティブを与えるということになるわけですので、この現在の趨勢からいっても、短期消滅時効を維持すべきではないと考えています。

 年次有給休暇については、これは一般の金銭債権とは性質が異なるもので、何よりも年次有給休暇の完全取得を図る必要があります。繰越し5年を認めるということになると、有給取得を促進することにはならないのではないかというように、私個人としては危惧します。ただ、この辺りは労働者の意見を聞かなければいけないと思いますが、年金については現行2年までの繰越しとするということも、合理的な理由があると考えています。以上です。

○岩村座長 ありがとうございました。続いて、弁護士の中山様、八代様、伊藤様から御説明を頂きたいと思います。よろしくお願いいたします。

○伊藤弁護士 最初に伊藤から話をさせていただきます。資料4として出している意見書です。これについては、私の個人名で出しておりますが、経営法曹会議としての正式な機関決定の時間的余裕がなかったためで、実際にこの作成に当たっては経営法曹会議の主立ったメンバーからも意見を聞いて、それを集約する形でまとめたものであるということを、最初に申し上げておきます。

 まず、1です。今もいろいろなお話がありましたように、今回は民法債権法の改正ということで、民法の時効制度が改正され、短期消滅時効には使用人の給料債権の1年の時効ということも含まれるわけですが、そうした短期消滅時効が廃止され、一般債権の消滅時効については、権利を行使できることを知った時から5年、権利行使できる時から10年という2本立てですが、そういった一般債権の消滅時効に一本化されたということから、今も両先生からもお話が少し出ていましたが、労働基準法第115条の時効を見直して、改正後の民法の時効に合わせるべきだという議論が見られるわけですが、そうした議論は、労基法が刑罰、取締法規であるということを理解しない、短絡的な誤った議論ではないかと考えております。

 すなわち、労基法は第117条以下で罰則規定を置き、割増賃金の不払い等労基法上の労働者の権利侵害について、使用者は単なる経営者だけではなくて、労働者中の管理監督者等も含む、そうした使用者に対して刑罰を科すということにしております。そのため、労基法等についての労働基準行政に携わる労働基準監督官は、司法警察職員とされ、刑事訴訟法に基づく強力な権限が与えられております。

 そして、労働基準監督官は日常の労働基準行政においては、割増賃金の不払い等の労基法違反行為に対し、それ自体は行政指導であって行政処分ではないとされるため、行政訴訟による不服申立て、抗告訴訟の対象外とされるところの是正勧告というものを発し、違反行為の是正を命じることによって、速やかな是正の実現を図っております。この是正勧告によって、違反行為の迅速な是正を図ることができるというのは、労基法が刑罰法規であり、労働基準監督官が司法警察職員であるため、是正勧告に従わない場合には、刑事手続、すなわち検察官送致から、刑事裁判、刑罰ということにつながる一連の手続ですが、それが想定されていることによるということです。

 そして、今回のこの会議において配布されている検討資料の11ページ、12ページの辺りを御覧いただきますと、割増賃金不払い等の事案について、圧倒的多数が労働基準監督官による基準行政、監督指導によってその是正が図られているということが見て取れると思います。その意味では、賃金の不払いといったような問題、割増賃金の不払いといったような問題に関しては、正にそういった基準行政の中で早期の是正を図るという形で、ずっとこれまでやってこられてきて、ある意味で完結している状態であると思います。

 このような労働基準行政の構造の中で、労基法の時効というのは、単に民事上の請求権の行使の時間的限界を画するにとどまらず、労働基準監督官による労働基準行政の対象事項についての時間的限界、更には刑罰法規としての労基法の対象事項の時間的限界の意味を実質的に有しております。したがって、単に民法改正があったからということでつまみ食い的に労基法の時効期間を取り出してその変更を検討するのは失当であります。

 仮に労基法の時効期間の変更を検討するということであるとすれば、そもそもの労基法の刑罰法規性の見直し、更には労基法の刑罰法規性を前提とした労働基準行政の在り方の見直しの検討から先に行う必要があると考えます。

 ちなみにですが、労基法が刑罰法規であるということは、例えば労基法上の労働時間の解釈ということについて、労働契約には労働協約、就業規則、個別契約とあるわけですが、そうした労働契約の定めの如何にかかわらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かによって客観的に定まるとする客観説が、判例通説で取られているわけですが、そのこととも関連しています。そして、この客観説との関係で、ある意味では労使間で一定のコンセンサスの下に非労働時間と考えられ、実際にそのように取り扱われてきた各種の不活動時間等、例えば仮眠時間といったようなものもあるかもしれません、そういった不活動時間等が、ある労働者によって労働時間性を主張され、紛争化するという事態も、これまでに生じてきているところです。

2点目として、今申し上げた労基法の刑罰法規性ということ以外にも、労基法の時効期間の延長や改正民法の時効期間との一体化ということには、次のような大きな問題があると考えます。

 まず1点目としては、労基法第115条の時効が2年と5年とありますが、これは確かに民法第174条第1号の時効の1年を延長したという側面もあるわけですが、他方、民法の一般債権の時効の10年を短縮して、使用者に酷にならないようにしたという側面ももちろんあるわけです。

 そして、労基法の時効は同法施行以来70年余りを経過して、それを前提とした実務が社会的に定着しています。特に不都合だという声は聞かれず、労使間で実際に機能しております。更に言えば、民法第174条第1号の時効は労働基準法第115条が制定されたことにより、家事使用人ぐらいしか適用場面がなく、ほとんど死文化していたという状況にあります。したがって、それを廃止したからといって社会的な影響があるわけではなく、労基法の時効の変更の必要性が生じるわけではありません。したがって、労基法第115条を改正しなければならないという立法事実は存在しません。

2番目として、外国法においても賃金請求権についての時効を一般債権より短い時効期間とすることは広く行われております。したがって、民法の短期消滅時効を廃止、そしてそれは一般債権の時効に一本化ということが労基法の時効期間の延長ということに直ちに結び付くというものではありません。

 また、民法改正と同時に制定された整備法ですが、整備法の中でも特別法で定められている時効期間を変更した例はほとんどないと聞いております。これについては、検討資料の4ページの辺りにも書いてあります。したがって、労基法の時効期間を変更する必要はないと考えます。

3点目です。労基法の賃金請求権の時効の2年が延長されると、恐らくはそれに合わせて賃金台帳等の記録の保存期間の延長ということが想定されると思います。そのことは、もちろん大企業にとっても大変なのですが、特に我が国の企業の大多数を占める中小零細企業にとって特に大きな負担であり、正に死活問題になりかねない問題だと考えます。

 そして、実際の労使の紛争の現場において日頃からいろいろと取り扱っているわけですが、例えば未払残業代請求事件などを扱っていても、賃金台帳に記載されている金額を支払っていないという事案はほとんどありません。実際には、会社としては記録に残っている金額をきちんと管理して支払っている中で、労働者のほうから、例えば休憩時間が所定どおりに取れていなかった、あるいは所定外にあることを行ったけれども、その時間も労働時間と扱われるべきである等といった主張が、後に労働者からなされ、そのときの現場の管理者が既に異動していたり、記憶が必ずしも明確でないために当時の現場の把握が困難で、使用者として対応に苦慮することがしばしばあります。

 したがって、労基法で想定されているところの記録の保存だけでも大変なのですが、将来の紛争への備えということからは、法定されている記録のみならず、業務の指揮命令に関連すると思われるありとあらゆる記録の保存を余儀なくされることになり、しかもそれが時効期間の延長で長期化することの負担は甚だ甚大です。

4点目です。賃金請求権以外の年次有給休暇等の労基法上の請求権は、そもそもが労基法に基づいて与えられているもので、民法改正に伴って変更する必要がそもそもないということになります。また、年次有給休暇を繰り越せる期間を延長することは、年休取得の促進に逆行し、年休消化率の更なる低下を招くことになります。更には、実は労基法との関係では、付加金という制度が労基法上ありますし、更には別の法律ですが賃確法という法律により、退職後の遅延損害金については14.6%という、大変高い遅延損害金の率が定められています。そういった特別な扱いをそのままにして、労基法の賃金請求権の時効のみを取り上げて変更する理由は全くないと考えます。もし変更するというのであれば、付加金制度あるいは賃確法は廃止を当然考えなければいけないと思っています。

5点目です。労基法の時効の起算点に「知った時から」というような、労働者の主観的事情を入れることは時効の起算点の判断を大変難しくすることになります。要するに、果たして労働者が本当に知っていたのか、知らなかったのかということをどう判断するかということです。

 そうしたことを司法警察職員でもある労働基準監督官にやらせるということは、大変難しいことだと思います。そういった主観的な問題をということであれば、裁判の手続であれば、各種のいろいろな証拠が事後的に当事者から提出される中で、そういった証拠に基づいて、一体認識はどうだったのかということを考えるのは可能かもしれませんが、いわゆる労働基準監督官が「知った時」という主観的な事情をどのようにして判断するのかというのは、甚だ難しいことです。

 その意味では、労働基準監督官の迅速な判断による速やかな権限の行使と違反行為の是正ということを考えると、そういった主観的な事情を起算点の考慮に入れるべきではないと考えております。結論としては、現行の労基法の時効について、変更する必要は認めないということです。私からは以上です。

○岩村座長 ありがとうございます。ほかに。お二人のほうから追加等はよろしいですか。

○中山弁護士 今、伊藤さんのほうで申し上げたところと私も同意見です。特に実務的に強調したいのは、労働契約の賃金債権については、売買のような一回性の債権ではなくて、継続的な労務提供に対して、時給であれば時々刻々、日給であれば日々、月給であれば月ごとに継続的に生じる債権だということです。使用者としても、労基法で定期払いが強制されていますから、労働者が日々働く中で、それに応じて賃金を定期的・継続的に支払う関係にありますから、日々の労務提供と賃金支払いという労使間の継続的取引における早期決済、早期清算の要請は極めて高く、必要だろうと思います。

 働いている労働者のお立場からしても、これは忘れてしまうということではなくて、日々働いている中で発生している賃金を問題にしていますから、2年間という現行の期間でもその請求は十分できるはずですし、逆に仮に5年も昔のことを言われると、労使間の紛争が拡大するだけではなくて、労務提供と賃金に関する主張立証、そういうものが双方にとって非常に困難になりますし、やはり早期決済・清算の要請からすると、そういうことは認めるべきではないと思います。その点を付け加えさせていただきます。

○岩村座長 ありがとうございました。

○八代弁護士 2点ほど申し上げます。今、伊藤、中山両弁護士の報告からもありましたが、要するに労基法の賃金請求権は、労働契約からして、労基法の世界の中で完結している制度だということ。これについては、先ほど伊藤が申し上げましたように、第114条で付加金の制度が定められている、あるいは退職後であれば不払いについて14.6%の特別な遅延損害金が付されている、そういう世界の中で行われている。基準監督行政もそうですし、労基法上の請求権も、そういう形で完結している。したがって、その中の1つだけを民法の考え方を入れて改正をやるということは、全体の構造を歪めることになるのではないかということです。

 それから、今、中山が申し上げましたように、月給制の労働者で言えば、毎月支給日の翌日からスタートして、月々それぞれ消滅時効となっていくことには、労使間、裁判所も特にそれで違うという考えはありません。それを2年という形で処理しているわけで、そこに「知った時から」という主観的な問題を入れることになると、いつから知ったのか、どうなのかということで、現場は大変な混乱になる。

 そうなりますと、最悪のことを考えれば、保存あるいは現場でのいろいろな資料も、10年間おかなくてはならないことにもなりかねない。会社における現場で、10年間の記録保存のみならず、何か起こったときのため、例えば労働実態について10年間把握しておきなさいというのは、とてもできない、事実上困難ではないかと思っています。

 それ故、今申し上げたように、賃金は賃金として、日本で言えば労基法の世界の中で完結しているということ、外国の法制度においても、一般債権とは違った消滅時効期間をかなりの国で採用しているというのは、そういうことではないかと思っています。

 ですから、主観的な起算点というか、時効の起算点の問題点でも、民法上の考え方とは特異に扱うべきだし、労基法の世界の中で賃金請求権について考えるべきではないか。ですから、そこだけ民法上の改正があったからといって改正するのは、全体を見失うものではないかと思っております。

 最後に、年次有給休暇については、これは多分労使とも、延長していいのだという意見は余りないような感じがします。年休は年間に取得をして消化するのが原則で、基本的に繰越し自体が望ましくない。別に労基法で繰越しがあると書いてあるわけではない。2年が時効だからといって、年次有給休暇の請求権がそれと同じなのか疑問はありますが、一応2年間は繰り越せるという解釈がされているだけであって、別にそれをあえて5年にするという話は、労使間の現場では余りないと思っています。

○岩村座長 ありがとうございました。今、5人の皆さんからお話を伺ったところです。これについて、御意見あるいは御質問がありましたらお願いします。

○森戸委員 今日は皆さんありがとうございます。伊藤弁護士の意見書をもう少し分かりやすく教えていただけたらと思った点が1点あり、1ページの1の最後の段落です。「このような」で始まる所です。労基法は単なる民事上のものではなくて、刑事法の世界のものでもあるのだというのは、よく分かります。単に民事上の請求権の時間的限界だけではなくて、労基官による労働基準行政の対象事項についての時間的限界、刑罰法規としての時間的限界の意味を実質的に有している。ここまでは分かるのです。

 「従って」という後から、私は意味が必ずしも余りよく分からない所があり、であるから、民法の時効が変わったからといって、一緒に合わせる必要がないのだと、その「従って」の理由が私は少しよく分からなかったので、そこをもう少し詳しく教えていただけないかというのが1つです。

 一番最後の5、先ほどから少し話が出ていましたが、「知った時から」という主観的起算点の話は、いろいろ問題があるというのは、ここに書いてある、つまり労基官が判断するのはどうだと。これは確かに刑事法的、つまり労基官も2年とか5年とか、関係あるのだと、この趣旨は分かるのですが、よりもっと大きな、そもそも刑事法的な世界だからという理由が、私は理解が悪くて申し訳ないのですが、「従って」というのがどういう意味かを教えていただけないでしょうか。

○伊藤弁護士 それほどには難しいことを書いたつもりはないのです。端的に申し上げて、民法はあくまでも民事だけの問題でありますし、正に当事者の意思等によっていろいろそれと違うことも取り決めることもできますし、あくまでも民事だけの問題です。

 それに対し、労基法上の時効というのは、その文にも書きましたように、民事上の問題だけでなく、是正勧告等の基準行政においても、当然のことながら時効を念頭において是正をする、是正を求める、求めないということになります。特に、不払い残業代等の話であれば、正確な時期は覚えていませんが、ずっと以前は3か月程度の遡及とか、半年程度の遡及とかいう形で、必ずしも2年丸々遡及させないことも実務上しばしば行われていたのが、ある時期から原則とにかく2年の遡及で、ただし、もちろん事情によっては、短い期間の遡及にとどめることもあり得ることになったと理解しておりますが、そういった意味において、ここにも書きましたように、基準行政の対象事項については、時効ということで一定の時間的限界が画されて、そして、そういう形で扱われている。

 さらに刑事についても、基本は基準行政においては、是正勧告等の行政指導でまず是正を図るのが通常の方式であって、是正勧告で従わないとか、そういうことになってくると、刑事手続に乗せていくことがままあると聞いております。

 したがって、そういう意味でも、刑事の対象事項についての時間的限界としての実質を有しているという趣旨で書いたわけです。したがって、そういういろいろな要素を持っている中で民法が改正されたということで、時効、その部分だけを捉える形でその変更を検討するのは、まずいのではないかと、その程度の考えです。したがって、それほど御理解いただけなかったことではなかったと思っております。

○森戸委員 分かるのです。ただ、要するに、今、時効が2年だから、民事法上2年間権利があるものについて、行政が動いたり、刑事罰が発動されたりしているわけですよね。権利がもしなければ、そういう根拠はないわけです。だから、それは結局、今の刑事法も行政法も、民事法上の時効を前提に是正勧告とかをしているのだろうと思うのです。だから、むしろ民事で動いたら、では刑事もそれに合わせてという話になるのかと思ったものですから、そこは刑事法の世界だと何が違うのだろうというのが少し理解できなかったのです。

○伊藤弁護士 確かに今、森戸先生がおっしゃられるような側面もあるかもしれませんが、そもそも労働基準法自体が正に刑罰取締法規として制定され、実際に運用されてきている。その中で今回民法改正に伴って、そういった意味での刑事的な側面を持っている労基法についての変更を、自動的にというとあれかもしれません、要するに民法が改正されたから、即労基法も改正なのだというふうに結び付けるのは、それは違うのではないかと、そのような発想です。

○中山弁護士 今の点は、私が考えているところを言うと、要するに消滅時効期間を延ばすことは実質上使用者に対する刑罰強化を意味するということです。ですから、その点を十分考える必要がある。そういう刑罰の裏付けのない一般の民事債権についての時効期間が、今回、原則5年になりましたといっても、労基法の特殊性、特に使用者に対する刑罰強化になりますから、その点も考慮するのであれば、そう簡単にはできないというのが、私の理解です。

 それから、改正民法の「権利を行使することができることを知った」時からという主観的時効の起算点についてです。これは意見書に書いてあるとおりですが、これも先ほど言いましたように、継続的労務提供に対する定期的・継続的な債権ですから、それについて知るべきであったというのではなくて、主観的に労働者が知ったかどうかを問題にすることになる。しかし、そうなると、起算点が極めて曖昧で予測し難いことになる。やはり労働契約に基づく労務提供と賃金支払いですから、これは労働者が主観的に知ったかどうかにかかわらず、起算点をこれまでどおり賃金債権発生時点として明確にすべきだろうと、こう思っております。

○森戸委員 御説明いただいてありがとうございました。

○岩村座長 よろしいですか。ありがとうございます。

○鹿野委員 先ほど森戸委員から質問があった点について、私も、関連する質問をさせていただきます。刑罰法規性ということを強調されて、だから民法が改正されたからといって、それに合わせることは適切ではないのだとおっしゃいました。

 ですが、労働基準行政の対象であり、刑罰規定が付いていることは、それだけ、その債権について保護を厚くしようという趣旨で、だからこそそれが付けられているのではないかと思うのです。それにもかかわらず、その刑罰法規性があるがために、時効の点で民事的な権利行使がむしろ制限されるという論理が、何というかある意味逆転している気もしまして、そこがどこまで労基法上うまく説得力があるものとなるのかどうかは、私が民法の専門だからなのか、未だ十分には理解できていないのです。その点を、更に教えていただければと思います。

 これも民法の人間だから勝手なことを言うのかもしれませんが、基準行政あるいは刑事罰を持ってくるときの負担を特に考えなければいけないということであれば、民事上の債権は債権の時効として、その行政的な指導とか、是正勧告とか、あるいはその先の刑事罰の対象になる期間は別途考えるという可能性は全くないのでしょうか。よろしくお願いいたします。

○伊藤弁護士 今、鹿野先生がおっしゃられた後者の点から先にお答えすると、そこがある意味で私の意見書の2ページに書いた労基法上の刑罰法規性の見直しあるいは刑罰法規性を前提とする労働基準行政の在り方そのもの、そこから見直すことは有り得ないことではないだろうと思います。

 つまり、全く違う、要するに労基法という中であえてそういった時効を置いているという中で、それを完全に民事だけの問題でというのであれば、それは民事のほうに移すとすれば、労基法の中では扱えないことになる思います。根本的に労基法は刑罰法規、取締法規としての性格が中心になっていると思っておりますので、もちろんその意味ではそういったやり方がないとは思いませんが、それも今の労基法の改正という形でやることについては、大きな問題があるという点だと考えております。

 前者については、正に刑罰、行政によるそういった取締りであったり、刑罰という形を持った形での規制をやっていますので、非常に強い規制を働かせることについては、一定の時間的限界みたいなことについては、通常のものよりもとても短くといいますか、余り非常に厳しい強い規制を長期間にわたって行うのは、先ほど中山先生からも話がありましたが、正に使用者に対する刑罰強化みたいなことになり、そういう意味では別にそういった取締り、言わば刑罰によって保護しようとしているということから、そのようなやり方で保護しようとしているからこそ、そう長い期間にわたってというのは、過重な規制になることだと考えています。

○中山弁護士 今の点で鹿野先生の御指摘は、なるほどと思いました。ただ、刑罰で保護されている強い権利だからといって、一方で労働者・使用者間の継続的な賃金取引ですから、先ほど申し上げましたように、早期決済・清算の必要性が極めて高いので、その必要性後退するわけではないと思っております。刑罰で保護されているから消滅時効期間も長くてもいいのではないかと、そういう考え方は実務的にはどうかと思います。

 さらに、これまでの残業代請求事件について、実務的にみますと、退職前後に残業代の未払い請求をするケースが多いのです。例えば退職直前の2年ということになるのですが、仮にこれを5年にした場合には5年分、退職してから4年後に退職前の1年分を請求するとか、退職して3年後に在籍中の2年分を請求ことが可能になります。

 そのようなことを考えますと、これはとても使用者側では対応できません。企業ですから、5年も経てば担当者も変更になり、部署の統廃合等もありうるわけです。労働者本人は過去こうだと言っても、当時の担当者は辞めていますよ、そういうことも企業側としては多々あるし、資料的にも非常に保存は難しいのです。

 現在の残業代請求事件は、先ほど伊藤さんが言ったようにそれほど単純なものではなくて、例えば残業終了後、職場に居残って自分の使っていた業務用パソコンのログオフ時刻を見ると1時間オーバーしていた、2時間オーバーしていたというケースで、その乖離時間に労働時間性があるのかと、こういうことで争われるのです。それが何年も前の話だと、そもそもそういうパソコンも既にないということも多いのです、一方、それは労働者の方は、当時そういう記録を保存しているかもしれませんが、そういったところで使用者側としては、とても資料的にも対応できませんし、それだけの時間が経過した後に、そういうことを紛争として当然に認めるのがいいかと言うと、それも先ほど言った早期決済・清算の要請からして、そこまでは労使の関係で望ましくないのではないかと強く思うところです。

○鹿野委員 御説明ありがとうございました。いろいろと特有の事情もあることも、一方である程度は分かってきた気もしますが、他方で、先ほど古川先生とか、水口先生も関連することをおっしゃったのですが、民法の時効はかなり広くいろいろな債権について適用されるものであり、そこには継続的な契約関係に基づく債権も、当然いろいろな種類のものが入ってくるのです。労働基準法の適用対象になっている場面について御説明いただいたのですが、そこから外れるもので、多少似た関係にあるものも種々あると思うのですが、それと労働基準法の適用対象に正になっている賃金等の請求権とで、時効に関し明確な大きな違いを設けることに、どこまで合理性があるのか、もし追加して何か教えていただけることがあったら、よろしくお願いします。

○八代弁護士 先ほどの御質問と今の御質問で少し私見を述べると、労基法で言うと、先ほど少し申し上げましたが、付加金制度、付加金というのは第114条で2年となっていますが、これは多分今の2年の消滅時効を前提として2年と書いてあるのだろうと思います。だから、先ほど鹿野先生がおっしゃったように、例えば請求権本体は3年とか、5年とかにしても、付加金は今のままでいいではないかという分別論はあるのかもしれませんが、今の法制度で言うと、知った時から5年と言っても、付加金を含めれば実質的には倍ですから10年分になるのです。客観的な時効で10年だったら、実質20年分払うことになります。一般の民事の継続的債権ではない、もともと労基法の世界の中ではそうではない。付加金制度があって、賃確法の遅延損害金でも、3年ごとに見直しするという民法上の遅延損害金ではないわけです。そうだとすると、賃金は今の法制度の中でもそもそも普通の継続的な債権あるいは一般の債権と違う扱いをしている。だから、もし民法の世界と同じにするのであれば、労基法の中で他の規定も含めて特別扱いはおかしいではないですかということになるのだろうと思います。

 そういう意味で、先ほど言ったように、だからこそ外国法でも分けて考えているのだろうと推測しています。本当に民法の考え方で継続的債権もあるのだから、同じでいいではないか、何も特別扱いすることはないよと言うのなら、労基法全体の中で付加金制度とか賃確法の14.6%というのは、何もそういうものを残す必要はないと私はなるのだろうと思っております。

○鹿野委員 誤解を招かないように一言申し上げておきますが、私は合理性がないというような結論を持っているわけではありません。定見を今のところ持っているわけではないのですが、民法が専門ですので、この問題についての事情を十分に把握しないまま今後考えていくのは、危険であろうと思って質問させていただいたと、そういう趣旨です。

○八代弁護士 誤解があったとすれば、大変失礼しました。ただ、そこは現場でやっている者から見ると言っておきたいということがあったのです。まず結論があるわけではないということだったので安心しました。

○岩村座長 ありがとうございます。事務局、まずお願いします。

○猪俣労働条件政策課課長補佐 今お話に出ていました賃金の支払いの確保等に関する法律を少しだけ御紹介しますと、賃金の支払の確保等に関する法律があり、そこの第6条に退職労働者の賃金に関る遅延利息という規定があります。事業主は、その事業を退職した労働者に係る賃金の全部又は一部をその退職の日にまでに支払わなかった場合には、当該労働者に対して当該退職の日の翌日からその支払いをする日までの期間について、その日数に応じて当該退職の日の経過後まだ支払われていない賃金の額に年14.6%を超えない範囲内で政令で定める率を乗じて得た金額を遅延利息として支払わなければならないと、そういう規定があります。これは政令の中で14.6%と定められておりますので、今話にあった14.6%の遅延利息金が掛かると、そういう規定があります。

○岩村座長 ありがとうございました。

○水島委員 本日は、貴重な御意見の御教授をありがとうございました。古川弁護士に伺いたいのですが、短期消滅時効の条項を置くことについて、特別法で行う必要があるという御意見には、納得するものがあり、だからこそお伺いします。資料に「労働条件の最低基準」と書かれていますが、時効が労働条件にあたるのかというのが第1点。第2点は、労働基準法第26条について先生がどのようにお考えか、お聞かせていただければと思います。よろしくお願いします。

○岩村座長 古川様、よろしいですか。

○古川弁護士 時効については最低基準だと考えています。というのも、もともと工場法等々でも規定を置いたのは、労働者というのは拘束されたり、いろいろな事情で賃金請求ができない場合が有り得る。それから、拘束だけではなくて、事実上の心理的圧力等々によっても請求ができないことが有り得ると。そのことを前提にして民法の短期消滅にかからせるのはまずいという政策的判断で、引上げを図ったのだろうと私は理解をしています。ですから、そういう意味で、時効の期間は労働条件というふうに考えるべきではないのかと思っております。

 お尋ねの第26条の関係で、これについては御質問の趣旨がよく分からないのですが、休業手当に関してどういう御趣旨でしょうか。

○水島委員 失礼しました。民法第536条第2項との関係で、民法であれば100%請求できるのに、なぜ労働基準法第26条では6割なのかという疑問は、いろいろな所で指摘されているところだと思いますが、先生は労働基準法第26条をどのようにお考えですか。

○古川弁護士 私はこれは100%を制限する条項ではないと。ですから、重畳的にいくのだろうと。かつ、第26条の部分については、刑罰の発動のときに意味がある規定だと、こう理解をしています。ですから、危険負担等々の条項を排除するものではないので、切下げには当たらないと考えています。

○水島委員 ありがとうございました。

○岩村座長 よろしいですか。ほかにはいかがですか。

○佐藤委員 ありがとうございます。私は法律は専門ではなくて人事労務管理専門なので、実態のほうからで教えていただければというところでお伺いしたいと思います。先ほど来、民法改正に伴って消滅時効云々と、労基法との関係云々と議論はあるのですが、これは民法改正という文脈なしで、例えば労働の文脈で、賃金債権の文脈で、要するに現行2年で、要はこれが保護に欠けるか酷に過ぎるかという境界線が非常に問題になると思うのです。その2年だと、保護に欠ける事案あるいは事例というものが、いわゆる労働債権の文脈で皆さんがお手掛けになった事案あるいは判例等であれば、教えていただきたいというのが1つです。これは、お二人の先生どちらでも結構でございます。もしあれば教えていただきたいということです。

○岩村座長 古川弁護士、水口弁護士への御質問ということでよろしいですか。

○佐藤委員 そうです。

○岩村座長 お願いいたします。

○古川弁護士 私がやった事案ですと大企業で鬱病になったケースで、それは業務に起因していて、しかも途中で休職になってしまった、そういうケースがあります。その場合に賃金請求権が休職期間満了後にあるのかないのか。つまり、これは生きているのか時効消滅しているのかというのが、今大論点になっています。そういう意味で、今の2年の制度というのが長期の休職明けのときに、それでとうとう退職しているわけですが最終的には休職期間満了で。そのような事案がございます。もうちょっと分かりやすく説明しますと。

○佐藤委員 もうちょっと分かりやすく言ってもらえると助かります。

○古川弁護士 会社の業務が原因で病気になった。だけど労災の支給がない。休業している。賃金は払われない。それで3年後に、休職期間満了で退職せざるを得なくなった。解雇になった。そうすると、最初の休業を始めてからの賃金、もう3年前に休業を始めているわけですが、それが時効になるのかならないのかという問題が出てくる、現実にも。

○佐藤委員 ちなみに、そういう事案は多発しているのですか、あるいは多いのですか。

○水口弁護士 では、よろしいですか。私も正にそういうケースを扱うわけですね。今、メンタルヘルスが多いです。それで、要は休職に入って半年、1年たって、結局は治らなくて、弁護士のところに相談に来る。聞いてみたら、その前は月80時間、100時間労働している。それがずっと続いている。しかし、鬱病になった方というのは権利行使は非常に難しいです。そのことを考えること自身で悪くなることになるので、それが寛解したり良くなってから初めてできる。ただ、そうなるともうそのときには時効期間が、2年が過ぎてしまっている。これは、よく私どもが相談を受ける現実です。

○岩村座長 いかがですか、佐藤委員。

○佐藤委員 そうしますと民法改正はちょっと置いといて、そういう事案については、やはり2年だと保護に欠けるのだということになるという理解でよろしいですか。

○古川弁護士 はい。

○佐藤委員 現行だと。

○古川弁護士 はい、そういうことです。

○佐藤委員 もう1点よろしいですか。これは古川先生。請負契約の報酬請求権との整合性で、これが5年なのでこの賃金請求権のほうも5年ということで。これより短くすると合理性に欠けるという御主張なのですが、その論拠として、請負契約の労働者性の強まりといいますか、近似性ということを図でお示しになりつつ、また出来高の保障等を引用されて御説明になっているわけです。ここのところまだ分かりづらいところがあって、基本その雇用労働での雇用労働契約と請負契約というのは、まずは別で。請負が労働者性を持つかどうかは、これはなかなか難しい判断で、総合的に判断しなくてはならないということであると、この請負の労働者性、近似性ということをもって雇用労働での本件での時効の消滅ということに当てはめることができるかどうかというところが、よく分からないところなので教えていただければと思います。

○古川弁護士 請負と労働の関係については、これも学説は多様な見解があって、それぞれ分かれているわけですが、どの見解であるにせよ、純然たる請負というのは想定されるわけです。労働者ではない請負だ。それで、その労働者ではない請負の場合、だけど働いている実態は労働者とほぼ同じで、資本は持たない、自分の労務だけで働いているというような人たちはたくさんいるわけです。そのような自分の労務の供給だけをして、資本を持たない働き方をしている人たちの場合に、5年保障されるのに、たまたま労働者概念に当たるというだけで短縮するというのには合理性がないのではないか。これがシンプルな結論です。

○佐藤委員 はい、分かりました。

○岩村座長 よろしいですか。では安藤委員、どうぞ。

○安藤委員 資料3と資料4のそれぞれについて、是非反対のお立場から議論を教えていただければと思ったのです。まず、伊藤先生には古川先生がおっしゃっている、ほかの労働債権とのバランスの話。例えば、事業主でない個人が労働契約を締結した労働者の場合には、賃金請求権が5年というのが、1ページ目の下のほうに、古川先生の資料にございますね。古川先生の提出された資料に対して、伊藤先生だったら、これについてどう反論するか。また、反対に伊藤先生の資料に対して、例えば古川先生であれば、この実務上、書類の管理が難しいであるとか、幾つかのお互いにそれなりに納得感のあるものを出していただいているので、是非お互いがどのように考えているかを教えていただきたいと思います。お願いします。

○岩村座長 本格的にやると大論争になって、この時間内では終わらないと思いますので、簡潔にお願いします。言いたいことはたくさんおありだというのは私もよく知っておりますが、簡潔にお願いいたします。

○伊藤弁護士 では、まず伊藤のほうから資料3に対してということで。確かに(2)で、いわゆる家事使用人等のケースが出ています。それについては今般5年になってしまうというわけですが、それはある意味ではそのひずみの部分なのだろうと、私は考えています。つまり、もともと労基法が家事使用人については適用しない、そういったところまでは、要するに踏み込まない。先ほどから何度も申し上げていますが、刑罰法規であり、取締法規なものですから、そういったような家事使用人とか、ここにあるようなベビーシッター、家庭教師みたいな家庭内のようなところの法律関係にまで踏み込んで取り締まらないということから、実は労基法から適用除外ということで抜いてしまっているわけです。要するに、現行116条だったと記憶していますが、そういった形で抜いてしまっているものですから、そのために今般、いわゆる短期消滅時効というのが廃止される結果として5年、10年のほうの一般債権の時効になってしまっています。これは、だからある意味ではその部分においてひずみが出てしまっているので、本来であればそこについての手当てをするかどうかという問題があるところだとは思います。

 ですけれども、実際にはこういった家事使用人その他の人たちというのが、要するに社会全体で見たときに非常にその数という意味では、通常の労働者と比べるとはるかに少ない状況なので、ひずみがあるものの社会的な影響としては何とか甘受できる程度の状況かなというふうに思っています。

 それからもう1つは、ついでで申し上げますが、この請負契約等々です。どういう契約形態を取るかということは、正に当事者の判断によってなされているわけです。実際に請負契約でやっていたけれども、何かが起きたときに実は労働者なのだ、労働者性があるのだと言って、争われた事件。有名なのは神奈川南労基だったかな、要は、自らトラックを所有して物を運搬、運送する方が、いわゆる事故を起こしてしまった。労働者であれば労災に当たる事故を起こしてしまった途端に、労災保険が適用されない、労災が支給されないというのがおかしいのだということで、自分は労働者だという形で訴えられている。最終的にはそのケースは労働者とは認められないということで、労災保険法上の労働者と労基法上の労働者は一応イコールだという前提の中で、そういう判断がなされました。同じように働いているかもしれませんが、どういう法形態で、どういう形で働くかというのは、正にその方個人の判断に委ねられている部分で、その結果として法律の適用が違ってしまうということ自体、これはもう正にやむを得ないところだろう、正にその本人の選択の結果ということだろうと考えております。

○岩村座長 では中山弁護士、どうぞ。

○中山弁護士 今の請負の関係は古川先生も御指摘され、それから鹿野先生も、労働契約以外でも継続的契約関係があるのではないかということです。例えば請負の報酬債権なのかもしれません、純然たる請負契約の例で書かれているということで理解しましたけれども、請負契約の場合は請負会社の労働者が日々就労していても、請負報酬債権は発生しないですよね。典型的なのは請負によるその成果物、それに対して払われる。こういう対応関係がありますから、したがって報酬債権というのは成果物に瑕疵があったかどうかとか、いろいろな問題も賃金債権とは違ってありますよね。そういうのと比べると、日々労務を提供して、それに対応して賃金債権が継続的に発生するわけですから、その権利行使も非常に容易と言ってはあれですが、通常分かりやすいし、早期決済の必要性がより強いと思うのです。ある意味では、請負契約の報酬というのは一回性ですけれども、労働契約の場合、その期間、ずっと在籍している間、日々そういう賃金債権の発生、それから支払いによる消滅が出ていますから、その辺の取引決済上の大きな違いがあると思います。

 それから(2)の古川先生の御意見の事業主でない個人のというのは、伊藤さんがおっしゃったとおりです。もう1点、これは2ページに、使用者の権利行使との整合性というので、使用者の懲戒権とか、解雇権ですか、これとの関わりで整合性という立て付けになっております。私は、賃金債権等の消滅時効の期間をどうするかという問題と、使用者の持っている懲戒権とか解雇権、これの整合性を図る必要性、関連性というのは希薄であろうかと思っております。以上です。

○岩村座長 ありがとうございました。では、よろしければ古川弁護士、水口弁護士のほうでお願いできればと思います。

○古川弁護士 まず伊藤先生の御意見に対して、刑事罰との関係が指摘されました。問題は、刑事罰を科す場合には確か私の記憶では刑法総則で時効が決まっている。ですから、今回の民法の時効の問題とは連動しない。それをごちゃごちゃにするのは誤りであろうというのが1点目です。

 それから2点目、「知った時から」という主観的要素が入ることが、その刑事罰、行政取締りとの関係で御指摘がありましたが、刑事罰の場合に主観的要素が問題になるのは使用者の行為だけであって、労働者の主観的要素は問題になりません。そこについても、ごちゃ混ぜにしているのではないかと考えます。

 それから3点目、記録が膨大になるという御指摘です。この点につきましては今回の民法改正の際に運送であるとか、宿泊であるとか、そういうようなものも皆5年になっています。当然それについては膨大な記録を取るわけです。労働に限って、特別負担が重くなるというのはおかしな議論ではないのか。また、民法改正の過程でこれらの各事業者からのその負担を軽くするために短期消滅時効を残すべきだという意見は、私の見た限りでは見当たりませんでした。ですから、殊更に労働だけを取り上げるのはおかしいのではないか。これが3点目です。

 それから最後、中山弁護士が、請負の場合はロングタームで完成の引渡しだというふうにおっしゃるのですが、現実にはチラシの広告の版下作りであるとか、壁紙を貼るとか、そういうような12日の単位での生産という仕事がたくさんあります。ですから、ロングタームだという御主張は現実から懸け離れた議論だろうと思います。以上です。

○岩村座長 では水口弁護士、どうぞ。

○水口弁護士 労基法は刑罰法規だからという、民法とは違うというのは、鹿野先生が確か指摘されたと思います。賃金請求権等がまず基本ですが、これは民法の世界、労働契約法の世界の民事上の請求権として成立するわけですね。ところが、一般債権と違って、保護が強いからこそ労基法での保護をしているということになります。したがって、民事上の請求権の一般の債権として時効が、民法改正されれば当然労基法も、その民事上の権利を保護するためにどうするかという発想に立つべきですので、民事法と刑事法が違うから時効は別だというのは、これは論理的には私は成り立たないのではないかと思っています。

2点目ですが、先ほどの古川先生で尽きている、記録の保存なのですが、今はもうPDFですよね。私の小さな事務所でさえPDFで、どんどんどんどん保管をしています。事業主が様々な資料をIT技術を活用して保管できないと言うのは、何か明治時代の民法を改正しようとしている今の現代に通用しないのではないかというのが、私の素朴な意見です。

3点目、「知った時」です。知った時の意義は、先ほど私口頭で、法制審部会での議論も含めて御紹介をいたしましたが、実務的に考えれば中山先生もおっしゃったとおり、賃金等請求権というのは弁済期が大体全部決まっています、就業規則でほとんど分かっているわけですね。ですので、まず5年の間に来たものについては、その知ったのがいつかなんて考える必要はありません。5年を過ぎたときに、なぜ5年を過ぎて来たのか。それは知った時からなのだということであれば、そのときチェックをしていけばいいだけの話ですね。

 一番典型的に考えられるのは、名ばかり管理職で、いや、ほかの同僚が裁判で争って、名ばかり管理職違法だというのを知ったというふうになれば、知った時と言えるかもしれませんけれども、そういうことが争いになるかもしれませんけれども、実務的には5年を過ぎたときに、知った時というのは具体的に先ほど述べたような事情があるかどうかを判断すればいいだけです。労働基準監督官がそれで判断できないとなれば、次は民事上での決着をつければいい。これは今実務はそうですね。賃金請求権があるかないか、監督署で結論が出なかった場合には、これは民事上で裁判で結論をつけているわけですから。そういうことで、知った時による主観的時効の起算点が不明確になるというのは、実務的にはそんなことはそんなに滅多に起こらないことだし、起こったとしても判断できることだと思います。以上です。

○岩村座長 ありがとうございます。申し訳ありませんが、双方の主張はここまでということにさせていただきたいとは思います。ほかにはいかがですか。

○八代弁護士 先ほど水島委員のほうから古川先生の意見に関して、短期消滅時効に関しては労働条件なのかどうかということがあり、古川先生は労働条件だとおっしゃいましたが、私は違うのではないかと思います。労働条件だとすると、それは労働契約書に書けとか、通知書に書けという話です。しかし、時効について書面に書いているところはないわけです。消滅時効自体は労働条件のみならず、契約条件でもないと思っています。古川先生の意見書によれば、「万が一」と書いてありますが、短縮する旨の特別な規定を設けることに全員賛成なのか、渋々賛成なのか分かりませんが、そういう発想はおありになる。その場合別に特別法でなくて、労働条件でもないので切り下げる云々の議論はなくて、労基法で何年と書く現在の形でよろしいのではないかと思っています。

 もう1点は、先ほど安藤委員が議論されていた、書類の保存だけを言えば電子データでいいではないかということですが、ただそこは先ほど議論したように、書類を見たら払ってなかったというのは、ほとんど実例ではない。実務上の紛争は、書類ではない、あるいは記録ではない部分に残業の未払いがあったかどうかということが争われるということを勘案していただきたい。ですから、書類の保管はどんな小さな企業だってやっているんだ。だから、当然誰でもできるじゃないかと言うのは、書類の保存、保管はできても、先ほど言ったような実務上の争いはそこで起きているのではないということを考えると、5年、10年というのはどうなのだろう。そこを勘案していただきたいと思います。以上です。

○岩村座長 ありがとうございます。ほかにはいかがですか。では森戸委員。

○森戸委員 また中山弁護士、八代弁護士、先ほどおっしゃったようなことに関連して素朴な質問です。前提として残業代請求、例えば2年分が5年分になったら大変だというのはもちろん分かるのですが、さっきからのお話だと、正に記録がはっきりしない、つまり、この労働者が本当に残業していたのかしていなかったのか分からないよねというときの、その立証責任の負担みたいなのが、事実上その使用者側にあるというような前提でお話になっているのかというのを、確認したいのです。つまり、私の理解だと、確かに5年だから5年分請求と来て、でも、5年だと昔すぎて残業していたかどうか分からないよねとなったら、その請求は認められないのではないかと思ったのですね。であれば、5年になったら負担が大変ですというのは記録があれば、記録は保存しておけるとすれば、記録でないところは、それは本当は残業していたのに出てこなければ問題ですが、しかし、それがその使用者にとって昔のことすぎて分からないというのが、どういうふうに負担になるのかなというのが、ちょっと見当外れだったらすみませんが思ったものですから、御意見いただければ。

○中山弁護士 主張立証責任は基本的には残業代を請求する労働者のほうにあると思います。ですから、そこは同じかと思います。今消滅時効は2年ですから、それで2年前のものについて残業代請求をして、主張立証責任は労働者側だから、請求する場合には、自分の在籍中の労働時間記録を自分で保存していたり、いろいろなメモを付けていたり、そういうところで証拠で出してくるのです。

 もちろん使用者側は反証ができるかということになるのですが、今時効が2年なので、基本なところで2年までは仕方がない、労働時間関係記録等の保存も考慮しているのですが、これがもし5年になったときに、労働者側からそういった資料が出たときに、これの正否も含めて、使用者側で当時の担当者に事情を聞くなりしないと、到底事実の咀嚼もできない。それから反論も十分にできない。こういうことになるだろう。そんなに長期間経過後に証拠も含めて簡単にいかないでしょうし、それを全部使用者側で保管しておくことも困難です。先ほど記録は膨大だと言っても、それは今はPDFにすればいいじゃないかと言われますが、それは弁護士事務所みたいな組織なら別ですが例えば1万人、2万人、企業なら従業員数も多い。そして異動もありますね。それから退職者が毎年出ている。そのような企業で、それを全部取っておく、そこで検索はどうするかとか、それをどうやって管理するのかと言ったって、なかなかそれ困難でしょう。

○岩村座長 では八代弁護士。

○八代弁護士 今の森戸委員のお話でおっしゃるとおりです。私も答弁書で、それは労働者の主張立証責任である、全部出してこいという。でも、最近判決をもらったのですが、裁判所はそれだけでは通らなくて、向こうで何か手帳でつけていたものにも反証をしてくれ。2年の時効だって結構大変、結構というかかなり大変です。平成何年の何月何日に、朝来て、何とかやったと言う反証といったって、朝は何時に来たのかどうか。本人は来ていると言っているといったときに、こちらは来たかどうか。少なくとも反証しなくてはいけないというレベルになっている。判決では裁判所が細かく見て、週だか月だかで1時間とか40分はあっただろう、そういう認定になっているというのが現実です。ですから、主張立証責任だけで言って、現状2年ですから、2年間について全部請求する労働者でやってくれと言っているだけでは現実には対応しきれない。少なくとも反証、例えば今の例で言うと、その日朝来ることはなかったんだとか、そういう話までしておかないといけない。本人尋問で、いや、私は9時の始業でしたけど毎日朝の8時には行ってましたと言われて、いやーそうですかなんて言っているとだめ。だから、今の2年の消滅期間でも、声を強めて言いますけれど、大変なんです、それは。

○森戸委員 よく分かりましたけれど、ただ、伺っていると、それは経営弁護士が大変になるというふうにおっしゃっているようにも。

○八代弁護士 いやいや、そうではなくて。要するに反証として、材料として何があるのかというのは、法律論ではないので現場の事業所の人なり、何かのデータでやるので、そこは法律家が法律論を交わすところではなくて、例えば2年前の何月何日にどうしてたんだというような話です。中山弁護士も言ったように、ではその当時の上司は誰なのだ、そしたら転勤でいませんとか、退職ですとか。ですから現場が大変なのです。正直今の2年でも結構厳しい。こういう席でそういうことを言ってどうなのかとは思いますが、率直に申し上げさせていただきました。

○岩村座長 よろしいですか。ほかにはいかがですか。

 それでは今日はお忙しい中、わざわざお越しを頂きまして、5人の弁護士の先生方には厚く御礼を申し上げます。今日頂いた御意見は、今後のこの検討会における議論に生かしてまいりたいと存じます。本当に今日はどうもありがとうございました。

 それでは今日は予定としては以上ということになっております。次回は、諸外国における賃金等の請求権の消滅時効について、有識者の方からヒアリングをさせていただきたいと考えております。日程について、事務局から御説明を頂きたいと思います。よろしくお願いいたします。

○猪俣労働条件政策課課長補佐 次回の日程については3月中旬を目途に調整中です。確定次第、開催場所と併せまして追って御連絡いたします。

○岩村座長 これをもちまして、第2回の賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会を終了とさせていただきたいと思います。委員の皆様のみならず、先生方、本当にお忙しい中、ありがとうございました。では終了とさせていただきます。


(了)

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