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2010年9月30日 第8回新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム議事録

社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課

○日時

平成22年9月30日(木) 18:00〜20:00


○場所

厚生労働省 省議室(9階)


○出席者

阿式構成員、岡崎構成員、河岸構成員、河崎構成員、栗林構成員、長野構成員、
西田構成員、野澤構成員、野村構成員、広田構成員、渕野構成員、松浦構成員、
松本構成員、三上構成員、三根構成員

○議事

○福田精神・障害保健課長 それでは、定刻となりましたので、ただいまより第8回新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チームを開催いたしたいと思います。
 本日も、構成員の皆様方には大変御多忙のところ御参集いただき、誠にありがとうございます。
 本日の出欠でございますけれども、朝田構成員、柴田構成員、東構成員から御欠席との御連絡をいただいております。
 それでは、早速ですけれども、議事の方に入らせていただきます。議題の(1)でございますが、今回で構成員の先生方からのヒアリングは最後ということになりますが、「構成員からのヒアリング」ということで、本日は前回事務局より御案内いたしました松本構成員、河岸構成員、渕野構成員からヒアリングを行いたいと思います。
 また、先ほど申し上げましたとおり、朝田構成員は本日御欠席でございますので、朝田構成員のヒアリングは次回以降に実施をいたしたいと思っております。
 前回、岡崎構成員から御提案がございました、社会福祉法人ロザリオの聖母会海上寮療養所の上野秀樹先生には本日お忙しい中おいでいただいておりますので、後ほど御発表いただければと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
 では、3名の構成員の皆様方と上野先生には続けてヒアリングを実施させていただき、ヒアリングをさせていただいた後、質疑等の時間をまとめて設けたいと思っておりますのでよろしくお願いいたします。限られた時間内で4名の皆様方からヒアリングを実施いたしますので、大変恐縮ですけれども、お1人15分程度を目安にお願いをしたいと思いますので、よろしくお願い申し上げます。
 それでは、早速でございますけれども、松本構成員からお願いいたします。

○松本構成員 横浜市の介護保険課長の松本でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 それでは、資料に基づきまして御説明申し上げます。資料は、「介護保険事業(支援)計画について〜認知症対策を中心に〜」ということで御説明させていただきます。
 まず最初の方は、この介護保険事業計画の概要についてです。これは行政の計画ですけれども、テクニカルな部分もありますので、その内容を御紹介しながら考えるところについて述べさせていただきたいと思います。
 それでは、4ページの上をご覧ください。こちらが介護保険事業計画の主な内容でして、左側が市町村の介護保険事業計画、右側が都道府県のつくる介護保険事業支援計画です。内容はそれぞれ同じようなものと、別なものが書かれています。
 まず市町村の方の計画を見ますと、基本理念、日常生活圏域の設定、各年度の介護サービスの種類ごとの量の見込みを書く。その下ですが、認知症のグループホーム、地域密着の特養などについて、その定員数を書き込むということになっております。
 一方、右側の都道府県の計画でございますが、こちらは基本理念とともに、圏域の範囲が広くなりまして老人福祉圏域を設定するということと、市町村がそれぞれ見込んだサービス量の見込みを県内で足し上げるというような作業がありまして、そのサービス量の見込み量を書くことになります。
 それから、各年度の圏域ごとの利用定員を設定するということで、広域的な施設、つまり、特養、老健、介護療養型医療施設の定員数を書くということになっております。
 その次の4ページをご覧ください。市町村はどういうふうに見込み量や定員や保険料を設定するかということですが、市町村はニーズを基に自分たちの市町村の介護サービスの見込み量というものを設定して保険料を計算します。その見込み量を県の方に提出しまして、県はそれを足し上げまして、定員数を設定するということになります。
 次に、5ページです。市町村の計画に戻りますけれども、介護保険事業計画は3年をタームにつくることになっておりますので、現在は21年、22年、23年の第4期計画となっています。次は、第5期の計画、24年、25年、26年の、見込み量を人数ベースで書くということになっています。
 あとは、右側の方に特養、老健等々の施設についてもそれぞれの市町村、保険者としてどのくらいの人が利用するかということを書き込むことになっています。保険料については、それぞれのサービスごとの単価に人数を掛けて、1号の高齢者の負担割合、ここでは20%と置いていますけれども、その負担割合を掛けて、あとは全体の被保険者数で除して保険料を設定するということになります。
 続きまして、6ページです。都道府県の計画については先ほど市町村から上がってきたものについて足し上げた上で、(2)で特養、老健、介護療養、特定施設について定員を設定します。
 次に、7ページです。市町村の計画に戻りますが、地域密着型の量を見込みまして、その後に今度は地域密着型の施設系のサービス、ここで言うと地域密着型の特養、地域密着の特定、グループホームの定員を設定します。
 次に、8ページをご覧ください。こちらは指定拒否の仕組みですが、必要利用定員を市町村も都道府県もそれぞれのサービスごとに設定します。前年度の指定数に対して高齢者が増えてきますので、普通は新規指定枠というものをその上に載せるのですが、その新規指定枠を超えてまで申請が上がってきた場合は、指定拒否ができるということです。これは施設居住系サービスのみに行われているものでして、通常の居宅サービスについてはこういうことはありません。これは病院の病床規制と同じような考え方です。病院も医療計画に基づいて整備がされていますが、それと同じような考え方になっています。
 次からは話題を変えて、横浜市の第4期計画、今期の介護保険事業計画について御説明申し上げます。
 10ページをご覧ください。こちらは認知症高齢者の全国ベースの推計です。
 これを見ますと、平成15年のときに推計したデータということでありますので、今は208万人ということでありますけれども、以前出した数字ということになります。
 それで、今のところこの推計を基に市町村は考えておりまして、その次のページは横浜市のデータでございます。こちらは平成20年4月で横浜市の高齢者は67万人、21年度は71万人になっています。その中で認知症のある方を推計しますと、おおよそ5万4,000人くらいではないかということです。これは、あくまでも推計の域を超えていないということであります。
 次のページですが、12ページは「介護分野における支援の一例」ということで、施設、小規模多機能、あるいは他の居宅サービス等々で支えているということです。
 次の13ページですが、こちらは小規模多機能居宅介護についての横浜市の整備目標です。第3期、第4期というところで箇所数とその定員を書いています。平成18年度からこの小規模多機能居宅介護は制度化されたわけですが、横浜市は日常生活圏域150の中に1つずつこの小規模多機能居宅介護を整備していこうということで、26年度までの途中として23年度で96か所を目標にしているところです。
 次の14ページですが、「認知症対応型共同生活介護」、グループホームの箇所数と定員です。こちらの方もかなりの数と定員を見込んでいるところです。
 続きまして、「認知症のお年寄りを支えるための課題」ですが、認知症サポーター等々で知識の普及等の啓発ということも大事ですし、市民も含めてサービス提供事業者、医療機関、地域包括支援センターがそれぞれの役割に応じた取組みを進めて、総合的な支援をすることが必要ではないかと思います。そのために、介護の分野では小規模多機能とかグループホームとか、まずは居宅居住系サービス、あるいは必要に応じて、特養、老健といった施設のサービスも進めていくことが必要ではないかと思います。
 次のページは、認知症高齢者に対する支援の体制のイメージです。こういったことも事業計画には盛り込んでいます。
 その下ですが、認知症高齢者の支援の体制です。
 18ページですが、こちらは横浜市の特養の整備あるいは施設居住系サービスの整備について1番に書かれていて、2番で多様な住まい方への支援を記載しています。。
 まず特養については横浜市は入所の必要性・緊急性が高い方が概ね1年以内に特養に入れるというアウトカムを掲げて、22年度までは年間900床ベースでつくってきました。これは、東京都の整備水準とほぼ同じぐらいです。それで、一定程度の水準に達したので、23年度からは自然増の分だけということで、300床を整備していきます。
 あとは、医療的なケアも重要ですので、市独自で補助金を出しています。グループホーム、特定施設についてはここに書かれているとおりであります。
 そして、住まい系の話は右側に書いています。
 その次ですが、19ページは特養、老健、介護療養、グループホーム、有料老人ホームのそれぞれの整備数、ベッド数を一覧にしたものです。上の特養のところですと、年間900床ベースで整備し、21年度はこれまでの積み残しもあり1,687床整備しました。保険者で、1年間にこれだけ整備したところは多分他にはないと思います。
 最後の話題として、第5期の介護保険事業計画はどうあるべきかということですが、21ページですが、厚生労働省が作成しまして介護保険部会に提出された資料です。第5期計画では盛り込む事項ということで、1番に「認知症支援策の充実」というものが掲げられています。
 次に22ページですが、こちらは私の方で書かせていただきましたけれども、第5期において国はこの参酌標準を廃止して、自治体がそれぞれ考えて施設整備するということになりました。
 例えば3つ目の○ですが、精神病床から退院可能な人について介護保険施設や居住系サービスに移行するということになりますと、保険上は医療保険から介護保険に利用が切り替わるので、介護保険の保険料の上昇は避けられないと思います。第5期は5,000円を超えると言われていますので、更にこの部分が加わるということになります。
 横浜市のような規模の大きな自治体はそれほどの影響はないかもしれませんが、特に病院所在地のある保険者で規模が小さい場合は、退院してそこに居住されることになると保険料に大きな影響を及ぼす可能性があるのではないかと思います。
 その次に、23ページです。ここが今日一番申し上げたかったところですけれども、精神病床に入院されている認知症の方の中に退院可能な方が一定程度いるとすれば、その方が居宅に戻ってどのような訪問サービスを受けるのか。グループホームや高専賃のような住まいが必要な方がどれくらいいるのか。あるいは、老健を経由して在宅に戻られるのか、特養に移られるのか、そういったことをよくよく見て計画というものを立てていかないといけないのではないかと思います。
 これは国と地方自治体と医療機関と介護の事業者、この4者が自然体に任せていてはなかなか退院というのは進まないのではないかと思いますので、この4者の連携や、意識を共有化して、力を合わせて退院可能な方がいれば介護で引き受けていくという具体的な仕組みをこの5期以降に向けてつくっていかなければならないのではないかと思います。
 24ページに、国が作成した第5期の介護保険事業計画の策定のイメージがありますが、一番右の国のところを見てみますと、23年の6月ごろに基本指針の提示とありますので、ここで国が一定程度の考え方を示して、県、市町村に作業が下りてくる。それで、一番左側の市町村でニーズ調査の分析を基にサービス見込み量の設定を行い、24年4月から新しい5期の計画がスタートします。
 在宅サービスの場合は仮に、見込み量を超えて利用者があっても、ある意味で大丈夫ですが、施設居住系サービスの場合は必要利用定員総数という枠がありますので、その枠を計画上、先に決めてしまいますから、後からそれを超えたものがあっても指定拒否ができることになります。したがって、この24年からの3年間については、23年度中に市町村はこの事業計画に、どのくらい退院可能な方を見込むかというようなことが必要になってくるということです。
 25ページ以降は全国のデータを付けさせていただきましたが、これは実は都道府県のホームページから事業計画をコピーして横浜市の方で作成しました。これを見ますと特養の23年度末の計画上の定員は、全国では人口10万人当たり1,679床で、特に関東あるいは近畿圏のところが平均よりも下回っているということです。横浜市の場合は1,944床で、かなりいい線までいっているのではないかと思います。
 続きまして、27ページで老健でございます。こちらは、特養よりももう少しその傾斜がきつくなるということになります。横浜市の場合は、全国平均よりも少し上回る水準になっているということであります。
 最後に、28ページであります。こちらはグループホームですけれども、実は23年度末の計画値を調べたのですが、都道府県の中に計画値を書いていない事業支援計画があって、調べられませんで、途中で断念をしました。ですので、20年度のデータしかありません。20年度のデータを見ると、かなり都道府県ごとに差異があるということが見てとれます。今後、グループホームをどのように整備していくかというのが一つの課題になるのではないかと思います。
 以上でございます。

○福田精神・障害保健課長 どうもありがとうございました。続きまして、河岸構成員お願いいたします。

○河岸構成員 よろしくお願いします。私は、家族としての体験からお話をしたいと思います。
 今回お話をする人は私の夫の母で、私は嫁に当たります。
 まず、病歴からお伝えしたいと思います。平成11年の5月、76歳のときに脳梗塞でA病院に救急搬送されました。右半身不全麻痺と言語性疎通不可、意思疎通不明瞭、2週間後誤嚥性肺炎で重篤な状態にまでなりました。
 脳幹部の梗塞と言われまして、特に呼吸とか嚥下関係はなかなか難しいと言われました。多分、一生お水は飲めないだろうと、そのときは言われました。
 それで経管栄養になりまして、言語もほとんど発語などありませんでした。そこで、早期から言語療法を受けました。あとは、身体的なものでは臥床の中での訓練が早期に行われました。
 次のページをお願いします。そこは2か月半で、次にリハビリ期ということで、リハビリのための病院に移ってくださいということで、B病院を紹介されてうまく転院することができました。そこでは非常に積極的なリハビリが毎日ありまして、身体リハビリということで毎日のことでつかまり立ちができるようになり、少しずつ動きが出てきています。両上肢もほとんど上がらなかったのが、上まで上がるようになっていました。
 言語もかなり発語など普通に出てきまして、意思の疎通もとれるようになりました。
 食事の訓練ということで、経管栄養がそのときは主だったんですけれども、少しずつ形態を上げていって、最後の方は全粥きざみが半介助で食べられるようになっていました。
 2か月目に入ったころから、次の病院を探すか、または自宅で看るかというところを提示されました。母は一人暮らしだったので、車いすの状態になったために家を改装するかというところで話し合って、次の病院を探すことになりました。そのときには全く紹介等はありませんで、リストをぽんと渡されて、夫婦共働きだったんですけれども、仕事を休みながら1か月ぐらいいろいろなところを見学し、相談し、また断られたり、こちらの意にそわなかったりというところで、かなり探し回ったことがあります。これが、4ページにあるところです。
 やはり経管栄養をしているというとほとんど断られました。それで、最終的に困り果てて、私は当時埼玉に住んでいまして、埼玉の勤め先の病院は内科も併設していましたので、職員なんですけれども、そこに入れてもらうということでC病院に受け入れられています。そのときに、家を建て直すということになりましたので、6か月間お願いしますということで受け入れてくれました。
 5ページ目です。この辺りの半年間は退院準備ということで、そんなに大きな変化はありませんでした。車いすでも生活でき、介護しやすい家をつくるために待っている状況でした。
 そこで、全て母の生活を中心とした家を建て直しました。例えば、電気のスイッチは車いすの位置でできるとか、シャッターを下ろす位置も全て車いすの位置とか、トイレも車いす用のトイレ、それらを自分で操作できるようにということでつくり直しています。そこで、一緒に住むということで新たな家のローンが発生したということです。
 同時に、身体障害者2級をここで受給しております。
 6ページ目にいきます。平成12年3月に退院と同時に私たち夫婦、そして私たちの家族と一緒に住むことになりました。初めのうちは要介護4度だったんです。自分でつかまり立ちができていました。ところが、だんだん落ちていって要介護5度までいっています。ちょうど平成12年に介護保険が導入された時期と同じで、初めに導入されております。ヘルパーさん、デイケア、ショートステイなどを利用しました。
 ヘルパーさんにお願いしたことは、車いすで散歩、それから買い物をするということで、自分で物を選んで買うというのが非常にリハビリになりました。後半では、シャワー浴などをお願いしました。あとは、食事をつくっていただき、見守りで食べてもらうということになりました。
 デイケアは週に1回から2回、3回と少しずつ増やしていって、後半はずっと週に3回入っておりました。
 ショートステイは、私の仕事の関係で研修などがいろいろありましたので、そこでショートステイを月に1、2回入れていまして、1泊から3泊を定期的に入れてもらっていました。
 次に7ページにいきます。一緒に住むことによって、いろいろないいこともありました。食事は全粥きざみで、一生普通の水は飲めないだろうと言われていて、水分のあるものにはトロミアップを入れていたんですけれども、それがどんどん動きもよくなり、おしゃべりもできるようになって、常食が食べられるようになりました。飲み物も、水が普通にごくごくと飲めるようになりました。
 表情が非常に変わりまして、能面様の顔貌から豊かな表情になって、笑いこけるということもよくありました。
 あとは、買い物が大変刺激になって、そこから季節感とか喜び、それから料理への興味、味を見るとか、そんなことも女性として喜びにつながっていったと思います。
 それから文字ですが、母は書道をかなり行っていまして段も持っていた方だったんですけれども、それが全く麻痺で書けなくなっていたのですが、デイケアにずっと通いながらいろいろな作業をする中で書道ができるようになりました。
 絵を描くというところでは、絵手紙とか塗り絵を随分やりました。
 あとは粘土細工ということで、小物をつくったりしました。これはヘルパーさんとも連携をとって、日常自宅でもいろいろつくってもらったりしていました。
 言語の方は片言から、本当に日常会話が普通になるくらいに、「たちつてと」がうまく言えませんでしたけれども、上手な会話ができるようになっておりました。
 初めの半年間くらいはそんな感じで、いいところがたくさんあって、私たちも一緒に暮らしてよかった、よかったと思っていたんですけれども、同時に認知症がだんだん出てきていました。
 人格の変化、これは非常に目まぐるしいものでした。名前が「あやこ」ですけれども、ひどくなると「荒子」になるんです。本当に目が三角になって怒り出して、物を投げたり、罵倒したり、私たちに出て行けと言ったり、そんなことがよくありました。非常にいいときは上品な「あやこさん」になっていまして、あとは子どものような「あやちゃん」に変わるというくらい、目まぐるしく人格が変わり私たちは本当にびっくりして、どうしていいかわからない状態がここで起こりました。
 それから、判断力の低下とか妄想、拒絶なども同じようにありました。ヘルパーさんが散歩に連れて行くと、生まれ故郷が札幌なんですけれども、例えば札幌に行くからそちらに行かせなさいというふうに突然命令して駅の方に向かわせる。だけど、そうはいかないので、ぐるっと回って帰ろうとすると途中で気が付いて、札幌に行くんだというふうに怒ったり、そんなことがよくありました。当時は、母が手に届く花瓶とか、そういうものは全て上に上げられている状態でした。
 妄想は、誰だれさんがそこにいるとか、何とかと言っているとか、そんなことを時々真顔で言っていました。
 拒絶というのは、総入れ歯なんですけれども、その入れ歯を出さなかったり、出そうとすると私の指をものすごい力でかんだりとか、そんなことがよくありました。
 前も述べましたが、私自身が精神科のナースなのですが、認知症について本当に理解不足で、記憶の障害ぐらいしか実は私は知識がなかったんです。こういうふうに判断力や人格の変化や拒絶や、目まぐるしい感情の易変などもあるということを知りませんで、本当に振り回された状態でした。
 そのときに私が勤めている精神科医にちょっと相談しましたら、薬が非常に有効だということを聞かされまして近くのクリニックに相談に行きました。そのときに処方されたのがグラマリールでした。
 ADLでは、着脱などは全て用意すると初めのころは何とか着ることができていました。ところが、途中、1年くらい経ったころからめちゃめちゃに着だしたり、最後は全く着られない状態になっています。
 入浴は初めから全介助で、排泄も全介助でした。
 そんなことから、家庭の崩壊危機という感じになっていまして、かなり2、3年、家庭自体が荒れている状況でした。いろいろな家族の協力などがなければ本当に介護というのはできませんで、一時は私が看護師ということで、夫の協力なんか要らない、私一人で全部やると言い出したときも実はありました。これは決してよくなくて、本当に話し合ったり、第三者に相談したりというところで、少しずつ修復していったという形です。
 9番目にいきます。「身体合併症」ですが、もともと糖尿病ということで指摘されました。昔はそういう治療は一切行っておりませんでしたけれども、入院と同時に指摘されました。でも、薬を必要とはせず、カロリー制限でいいでしょうということで、私がカロリー制限というところでコントロールしておりました。
 ここに敢えて「便秘」と入れたんですけれども、介護者にとっては便秘とか排泄の問題は非常に大きいもので、排便コントロールが非常に難しかったです。例えば、トイレと言って立たせた瞬間に便がだらだらと出てしまうとか、ちょっと私たちが買い物に出かけると言った瞬間にベッドじゅうが便まみれになっていたり、なかなか便秘で出なかったり、そういうところの苦労は本当に日常茶飯事でした。
 老人性乾皮症というのは、乾燥肌ですね。非常に自分でぼりぼりとかくということで、またそこが悪化するというのを繰り返していまして、軟膏の処置を毎日したり、または皮膚科に行かなければいけなかったりということがありまして、これも敢えて身体合併症に入れさせてもらいましたが、皮膚の処置というのは家族の介護では結構大変なものでした。
 逆流性食道炎は途中からなったものですが、数年経ったころでしょうか、やはり寝ていることが多かったり、かなり背中が曲がり頭が下がっている状態なので逆流性食道炎のなりやすさがあったんだと思います。それで、一時血性のおう吐までありまして1週間の入院をしております。
 後半になって、そのクリニックに通院していたのが往診に変わりました。月に1回の往診というのは、家族にとっては大変うれしいものでした。
 それで「終末期」、10ページにいきます。これは、退院してからちょうど8年半後くらいになります。このときはほとんど発語がなく、言葉そのものは別の名称がでたらめに出るという状況でした。意欲は全くなくて、寝ている時間が本当に増えておりました。
 少しずつ食欲が下がってきまして、平成20年の6月ごろでしたか。静脈血栓を起こしたんだと思います。初めは右足の指がちょっとジュクジュクするようになりまして、そこで発熱などがありまして急きょ入院しました。入院している間にどんどんそこは黒くなって壊死状態になってしまいました。
 そして、D病院に入院して2か月半くらい経ったころ、もうほとんど食欲はなく、1日に1食も食べられない状態でありまして、糖尿病も悪化して1日4回くらい注射をしておりました。
 そういう状態が続いておりましたので、2か月半くらい過ぎたところでE病院に紹介されて転院になりました。このときの連携は、非常に家族にとっては助かりました。病院の方で紹介してくださって、私たちが見学に行き、即決めたという状況でした。それで、終末期についてもそこで説明と了解を得て、転院後2週間後に敗血症で亡くなりました。85歳でした。
 ここで11ページにいきますが、「介護する家族の苦悩」としまして、まず状況を受け入れるまでに大変時間がかかるということです。本人も自分の障害を受け入れることがなかなかできなくて、怒りを持ったりということがあったようです。私たちも、どんどんよくなるということはなく、どんどん悪くなるということと、あとは認知症というもの、または合併症というものを受け入れるのにとても時間がかかりました。
 例えば、夫などは本当に立てない状況なのに無理やり立たせてトイレ介助をして、その方が人間的だ、トイレに座らせるのが人間的だということを強制していて、そこで母をちょっとなじってしまったり、強い口調で言ってしまったりということがあって、本当にイライラ感というのは非常に強くなるもので、そのときにやはり暴力が発生しやすくなるんですね。一回でも手を出すと、これは虐待になるのでということをよく夫婦で話し合ったんですけれども、そういう状況が頻繁に起こりました。
 それと同時に、身体介護が中心でありましたので、介護者、私たち2人とも関節痛と腰痛で限界の状態になったということです。
 それから、精神的な負担は先ほど言いましたように、生活が全て母を中心にしているということで、私たちは子育てをやっと終えたというか、ちょっと自立しかかったところで母を看ることになったので、私たちの生活はどこにいってしまったのかというイライラ感などももちろんありました。
 あとは、ゆっくり過ごすという時間が本当になくていつも時間に追われ、家を空けられないという状況が続いていまして、イライラをぶつけると同時に自分をまた責めてしまう。自責的になってしまう。それを繰り返す日常でした。仕事との両立ということももちろんです。
 それから、家族しかわからないというところでは、他者の言葉にとても傷つきやすくて、例えば一度風邪を引いたときにちょっと兄弟たちに、風邪を引いちゃったんだよと電話をすると、ちゃんと任せているのに何で風邪なんか引かせるんだという言葉に非常にショックを受けてしまう、傷ついてしまうということが日常でした。見通しが立たないという苦悩が本当に大きかったです。
 それで、「介護の経験から」です。知る権利ということで、看護師でもわからないというところでは認知症というのを理解するのはなかなか難しいのかなと思います。今は随分テレビや書物などで一般的には出ていますが、それでもどういう経過をたどるのかという説明はやはり受ける必要があるんじゃないかと思います。
 それから、制度の説明ですね。利用できる施設やサービス、これらも全て申請制度で説明を受けてこちらが申請するという形なので、本当にそのときに応じたサービスなどの説明が欲しかったです。
 私は国立市なんですけれども、初めはおむつに関しては尿漏れパットが1日1枚支給と聞かされて、1日1枚のパットなんかいただいてもしようがないということで断っていたんです。そうしたら、途中からおむつは月に5,000円負担してくれるということがわかりまして、それがわかったのが本当の後半だったんです。説明をその途中に受けることはなく、またはこちらで情報を求めることができなかったということで、この知る権利というのは本当に説明を受けないとなかなかできないものだということを感じました。
 それから、ケアマネージャーです。毎月来てくださってゆっくりとお話を聞いてくださって、これは大変助かったのですが、ケアマネージャーによっては自分の会社の都合を優先する人も中にはいました。例えば、私が日常いるときはなるべく頼まないで私が看るということにしていたので、ヘルパーさんの入る時間が日によって違うんですね。そうすると、ヘルパーさんの給料に響くというんでしょうか。だから、それは困りますという言い方をされて、ヘルパーさんの事業に対して私たちは頼まなきゃいけないんですかと一度聞いたことがあるんですけれども、やはり立場に立ったというところがちょっと欠けていることがありました。
 連携をしてくれるケアマネージャーには本当に助かりました。例えば、ショートステイをお願いするといったときに、ショートステイの枠というものが老健の施設で本当に少ないんです。120床あるとしたら、数床しかショートステイの利用ができないんです。ほとんどずっと利用しっ放しのベッドなんです。どんなに聞いてもそこはうまく説明してくれなくて、後半にやっと聞き出したのが、退所と入所を契約上繰り返しているだけで、ずっと長期にいるというのが現実です。結局、埋めていた方が介護施設は非常に経営的に安泰だということなんでしょうか。ですから、ショートステイをお願いするときはその時間にすぐ電話をかけても埋まってしまうという状況が続いていました。
 それで、途中からケアマネージャーが、ここがだめならばあちらということで3か所と連携をとってくださってショートステイがうまく利用できるようになった。または、急に必要になったときもケアマネージャーが動いてくださったときは本当に助かりました。
 それから、ソーシャルワーカーとしては、転院先のリストをぽんと渡されて家族が動けるかというと、非常にここはつらかったので、やはり病院やそういう施設との連携をとってくださるのは大変助かるので、この辺がうまくできるといいなということを感じました。
 最後になります。家族の希望としては、ソーシャルワーカーの増員を病院や介護施設などはたくさん入れてほしい。しっかりと聞いてほしいと思います。また、入院や在宅までの今後に向けた説明を具体的にしてほしかった。それから、病院間の連携ができると本当に家族としては助かります。
それから、先ほど言いましたケアマネージャーの教育ですね。
 あとは、老人保健施設での受け入れ期間、これは前回、前々回にショートステイとミドルステイという説明を受けましたが、ミドルステイができたら非常に家族は在宅でも半々で看ることができるのではないかということを思います。制度やサービスの提供の申請制度ということでは、やはりいち早く説明を受け、そこを申請するというところの手順を示していただければ家族は動きやすいんじゃないかと思いました。
 以上です。長くなりました。

○福田精神・障害保健課長 どうもありがとうございました。では、続きまして渕野構成員よろしくお願いいたします。

○渕野構成員 渕野です。資料をご覧ください。私は、認知症における精神科医療についてということで、医療人としての話をしたいと思います。
 認知症、昔は痴呆という言葉でしたけれども、まず1ページ目をご覧ください。これまでの経緯というものをちょっとおさらいしたいと思います。
 我々精神科医療というのは、認知症に関わって大変長うございます。ここに書いてありますように、昭和63年に当時の老人性痴呆疾患治療病棟というものができました。最初はモデル事業で私のところも参加しましたけれども、8か所で始めたのが昭和63年になります。そのときに既に重度痴呆患者、デイケアというのも同時に新設されておりました。ということは、つまり今日まで20年以上にわたって我々精神科医療では認知症に深い関わりを持ってきたということが言えると思います。
 その次の平成元年に老人性痴呆疾患センター、今の認知症医療センターが新設されております。この経緯はいろいろなものがありまして、後でまた出てきますけれども、平成17年に運営が中止されましたが、その前の平成12年に介護保険制度が施行されました。我が国の高齢者対策の中心が認知症だということで、介護保険制度ができた当時は認知症も困ってはいたんですけれども、さほど社会的な現象までにはなっていなかったように思います。介護保険ができてすぐくらいから、いわゆる主治医意見書も認知症に合わないじゃないかというようなことがだんだん出てきまして、グループホームが出てきたりと、こういうふうにどんどん改定が進みました。
 今は認知症の福祉、介護の中心になっています地域包括支援センターもまだ4年くらいしか経っていないんです。平成18年にできています。こういうセンターに最近では高齢者の虐待の問題とか、それから若年認知症とか、非常に難しい課題を押しつけるというわけではないんですけれども、機能が増えてきているという状況で、介護側、福祉側も大変限界にきている状況だと思います。
 それで、平成20年に「認知症の医療と質を高める緊急プロジェクト」、これは当時、舛添大臣だったと思うんですけれども、招集されまして報告書が出ました。この辺りから、非常に医療としての認知症対策というものをもう一度見直そうという機運が高くなったように思います。
 次に、2ページ目の上をお願いいたします。現在、精神科病床においてどのくらいの認知症患者さんがいるかといいますと、平成17年の患者調査で5万2,000人くらいでした。最近の一番新しい平成20年のデータも出ていますけれども、医療に関わっている認知症患者は38万人くらいだという数字でしたが、精神科以外のいわゆる一般科の病院にも認知症の方は入っているわけですから、一般科、精神科を合わせて8万人くらいが入院されている。そのうちの5万人が精神科関連の病院に入院しているという現状です。
 先ほどの資料でも200万人以上ということでしたけれども、考えてみますと200万人のうちの100万人は在宅なんです。それで、医療が38万人くらいです。ただ、ダブっている人もいますので、それほど医療の中に多く入ってはいない。やはり、介護中心なのかなと。ちょうど介護保険制度ができてから、認知症対策というのは医療というよりも介護、福祉の方にどうもシフトしていったように思います。
 我々のそういう専門病棟があることは、多分医療人でさえ知らなかったのではないか。我々精神科医は当然知っていますけれども、一般の先生方が認知症の専門病棟が精神科の病床の中にあるということすら知らなかった人も多かったように思います。
 それから、認知症のセンターですけれども、できた当初は広告規制がありまして、我々は広告することができないということもありまして、世の中の人に知らせることすらできなかったという状況もあります。
 5万人の認知症患者さんが今、入院しているわけですけれども、この2の下を見ていただきますと、専門病棟と言われる病棟があります。今年から名称が認知症治療病棟という病棟になりましたけれども、日精協の調べでは大体関連で2万6,000床、介護保険のいわゆる認知症の療養病棟というものがあるんですけれども、これは来年の3月で終わりになります。それで、介護保険でいくのか、医療に戻るのかということで、結局医療に戻る方の方が多いようで今は1,000ベッドちょっとくらい残っています。多分、医療の方にいかれるのではないかと思います。
 次に、3ページの上を見てください。これは、最初ですね。いわゆる昭和63年にできた「老人性認知症疾患治療病棟の基本的考え方」というものは今でもあるわけです。平成18年の「老人性認知症疾患治療病棟入院料」ということで文言を見ていただきますと、最初の基本的な考え方からだんだん「急性期に重点を置いた」という言葉が出てきたり、平成20年に至ってはそれまで本当は寝たきり等の状態にない人、大体8割は歩行可能である人というふうな基準があったかと思いますけれども、それがいつの間にかなくなってきまして、平成20年には「ADLにかかわらず」という文言が入ってきました。
 これは、やはり退院がなかなかできない。慢性進行性ですので、当然ADLが落ちてくる。外に出そうとしても施設等がいっぱいで入れない。そういう状況で、動ける人よりも動けない人の数がだんだん増えてきた。それで、苦肉の策でこの文言が入ったと思うんですけれども、急性期に重点を置いた集中的な入院医療を行う人で、重度の認知症患者でADLは問わないというふうな文言になっています。これは、現在もそうです。そして今、病棟の名前が認知症治療病棟という病棟になりました。
 3の下ですけれども、「認知症治療病棟への入院について」ということで私が考えたことを書いています。
 まず、専門的診断は当然、福祉系にシフトしていったがために診断が十分できていないまま、認知症があるということだけが数的に増えていったんだと思います。やはり診断というのは大切であるということです。
 それから、人様々ですけれども、発症して15年くらいの経過があるかと思いますが、重症度の分類、発症して何年くらいで今どのような状況で、あとどのくらい経ってくるとだんだんADLが下がってきてどういうふうになるということを、医療人としてはしっかりその御家族の方に説明するべきだろう。本人からの同意がなかなか難しいケースが多いので、その辺はきちんと説明をしないといけない。先ほどの河岸さんの報告にもありましたけれども、やはりきちんとした説明を望むということが大事だと思います。
 入院理由を明確化し、著しい精神症状及び行動異常が軽減すれば早期退院へ導く。この基本的な考え方は、我々もそうです。
 ただ、最初の入院のときのいわゆる幻覚、妄想が激しくて、人をたたいたり、暴言、暴力があるということで入ってきましても、後で言いますけれども、3か月くらいでしょうか、何か月がいいとは言いませんが、だんだん落ち着いたときにさっと退院させないと、今度は入院している目的理由が違ってくるんです。当然、身体合併等が増えてきますので、体の方が悪いから入院しているということで最初の目的と変わってしまう。特に精神科は長く入院しているとよく御批判を受けるのは、そういうところなのかなと思っております。
 医療保護入院を原則とする。それから、必要最少量の薬物療法、環境調整などの非薬物療法を行う。先ほどの話でも、やはり家族で看ているというのは非常に負担が大きくて、環境的なものというのは非常に大事なので、この環境調整は私は特に大事だと思っております。精神科の病棟の中の雰囲気というのは、皆さんいろいろ考え方はあるでしょうけれども、我々に言わせると、大変な患者さんがその病棟に入ってきても、薬物などを使用しなくてもその病棟の中にいますと看護師さん、それからその雰囲気で少し落ち着いてきたりします。当然精神科をやっておりますから、看護師さんなども専門ですので、入っているだけでも非常に落ち着いてくるということは我々が経験することです。
 それから、4ページ目をお願いします。先ほどの何日という話ですけれども、今回の診療報酬は90日から60日に変わってしまいました。急性期ということを考えたのでしょうか、この60日ではやはりちょっと短過ぎるように思って、私としては前回の90日くらいは希望しておきたいと思います。皆さん方の意見の中でも、3か月くらいというのが出ていたようにも思いました。
 それから、やはり退院促進をしていくのであれば、重度認知症の患者デイケアというものをもっと充実すべきだと思います。この一番上の「ランクM」というのは、平成20年に突然出てきました。認知症のデイケアというのはもうなくなる。いわゆる介護保険のデイサービス、デイケアと何ら変わらないじゃないかという御批判をいただいた時期があったかと思います。それで何とか残したんですけれども、では重症である証拠をということでランクMを突然使ったということのようです。しかし、これは介護保険のランクMですので、精神症状その他等をいろいろ考えれば、重度であればということは専門医がきちんと判断すればいいことではないかと思います。
 この重度認知症デイケアは人的配置とか、非常に基準も大変ですし、または個別ケアを中心にやっておりまして非常にいい結果が出ております。これは今、我々もアンケートを取り直して、またいろいろ示すことができるかと思っておりますけれども、病棟を退院した後の大変重要な受け皿といいますか、資源ということになるかと思います。
 後でも話しますけれども、若年認知症の方の話があまり出てこなかったかと思いますが、若年認知症の人のいわゆる専門のデイケアというふうなことも今後考えなければいけないかと思っております。
 その次です。5ページ目で、「老人性認知症疾患センターの経緯」と書いてあります。先ほども言いましたけれども、平成元年に立ち上がりましたセンターは150か所までできました。空床確保料、それから緊急対応等がありましたけれども、最初は精神保健福祉課所管でしたが、財政的な面等がありまして、あるいは介護保険制度が平成12年にできたということがありまして、平成14年に老健局へ計上されています。国のねじれと同じように、許可をするのは精神保健福祉課で、お金を払うのは老健局というねじれた状況がずっと続いていきました。
 平成17年に、老健局もとうとうこの事業を廃止いたしました。それで、平成18年に精神保健福祉課が少し見直しをするということで、150か所にアンケートを取りましたところ、非常にセンターのばらつきが大き過ぎたんです。それではいけないということで私たちも検討しましたけれども、平成19年にいろいろな検討会を持ちまして、平成20年に認知症疾患医療センターということで、新たに医療に重きを置いたセンターということで連携を保つわけですけれども、新しい形でスタートしました。
 それが下の図ですけれども、平成20年は1億円ちょっとの予算でしたが、あまり進展しないし、各都道府県においては以前あったものと何も変わらないじゃないか。どうしてまたこういうものをやるんだという県の考え方があったんですけれども、事業が中止になったのが150か所ありましたので、多分そのために150という数字が出ていると思うんですが、なかなか進みませんでしたけれども、先月ぐらいで82か所できたということです。
 ただ、82か所の内訳を見ますと、精神科のいわゆる民間精神科病院が6割、国公立が4割という比率になっています。この基幹型を増やすというのは、今年の4月から突然出てきた言葉です。なぜ基幹型を増やさなければいけないのかというのは私もいまだに疑問ですけれども、診断という面で国公立、いわゆる基幹型になりますと精神病床と一般病床の両方を持っていなくてはいけないとか、それから3次救急、いわゆる救命救急センターのような事業をしていないといけないとか、非常にハードルが高くなりまして、我々民間精神科病院ではなかなか取ることができない。
 基幹型をつくれば、当然診断等は非常にCT、MRI、スペクト、さらなるいろいろなものをするかと思うのですけれども、その辺はいいにしましても、身体合併に関してはなかなか難しいのではないか。後でも出てきますけれども、総合病院の精神科で身体合併を診るということもあるのですが、精神症状が強い場合はなかなか受けてもらえないという現実もあります。それから、総合病院の精神科の入院施設がなくなったところも多々あると聞いております。
 一応センターの運営事業の図はこういう形で、地域との連携をとりなさいということですけれども、地域包括支援センターにも連携担当者が配置されるということになっていますが、いわゆる普通の認知症疾患医療センター150か所、地域包括支援センターというのは全国で4,000か所以上あるんです。各県で100万くらいの都市だと50か所ぐらいで、そのうちの1か所だけを指定して我々のセンターと連携をとると言っても、これは難しいと思っております。いわゆるサポート医とかかかりつけ医さんにもっと協力していただいて、センターに結び付けていただいたり、あるいはセンター以外の我々民間精神科病院で認知症を専門にやっている病院は多々あるわけですから、そういうところと連携をとるということがよろしいかと思います。
 6番目、「認知症に関する専門医」ということです。ちょうど舛添さんのプロジェクトのころからマスコミが注目し始めて、認知症専門医なる言葉が非常にマスコミの中で盛んに使われるようになりました。その当時は、認知症専門医というのはどこにもいなかったわけです。学会認定はあったわけですけれども、認知症の専門医だということで標榜しているものはなかなかなかった。
 これが現在の認知症あるいは認知症関連の専門医の一覧でございます。認知症疾患医療センターができるときに専門医という言葉が入ってきていて、老年精神医学会、認知症学会の専門医であること、それから認知症の臨床を5年以上やっている精神科医であるということ、その文言がありましたけれども、ご覧のように老年精神神経学会は779人です。実は平成21年は790人くらいいたんですけれども、退院不足と、専門医でなくていいというふうなことで減ったという不思議な現象になっているということです。認知症学会の方は突然、専門医制度が発足したようでして、2年くらい前から急に専門医制度になった。
 その下の認知症臨床専門医、これは我々の協会が昨年よりつくりました。やはりこういうことをきちんとしておかないといけないということでつくって、まだ現在は48名です。
 その下には、いろいろな関連の学会の人数を書いています。老年病専門医が1,528名、精神科の精神神経学会は過渡的時期が今年の8月で終わってもう一回あるんですけれども、一応1万312人です。ただ、全員が認知症とか老年精神医学に興味を持っているわけではありませんので、その辺は減ってくると思います。それから、神経内科がこれくらいです。だから、非常に専門の医師が少ないということも現実的にはあるので、この辺も御理解していただきたいと思います。
 6番目の下は、「認知症高齢者の支援体制」です。これは、私が前からこう考えていつもこれを使っているんですけれども、介護福祉系の窓口は地域包括支援センターでやろう。そうしますと、精神科医療系はどこになるのか。この認知症疾患医療センターが一番窓口としては国民に受け入れられやすいんじゃないか。精神科病院といいますと非常に偏見等があって、どうして認知症は精神科に行かなければいけないのかと言われるケースがありますので、認知症疾患医療センターを精神医療の窓口に据えるということは非常にスムーズな流れになりやすいのではなかろうか。
 そして、この後ろにいろいろ書いていますけれども、認知症の治療病棟は精神医療の中にもあります。それから、デイケアもあります。そして、よく危機的介入、いわゆる興奮して刃物を持ったりとか、自傷他害があるようなケースは一般の精神科救急医療のレベルで対応していけば問題はないわけです。その辺を国民がどうとらえるかという問題はあるかもしれません。
 そして、認知症治療病棟も約20年にわたってやっておりますけれども、非常に内容が変わってきました。それは、先ほども言いましたように、「ADLにかかわらず」という文言が入るようになった。つまりは、身体合併が非常に大きな問題となっていますので、この身体合併を何とかしなければいけない病棟が出てくるだろう。それを私は高度認知症病棟と名付けていますけれども、これは一つの案です。やはり動ける方と動けない方、あるいは身体合併の強い方をきちんと分けて診なければいけないと思います。
 7番目の「身体合併症対策」、これは以前、河崎先生も出したかと思いますけれども、日精協で調査したものです。認知症の治療病棟を持つ299病院、精神科の中に認知症治療病棟を持っている病院は400病院くらいありますが、その300病院近くからの回答でした。やはり我々精神科医だけでは無理だということで、内科医を雇っているのが7割の病院になります。それから、経管栄養、挿管、IVH等、いろいろな手技をやっているということもわかりました。
 骨折等は整形外科などで一応手術はしてくれるんですけれども、1日で帰ってきたりします。要は、手術が終わって覚めたら戻されるということですけれども、我々はきちんとその後を取って治療につなげています。
 それから、やはり皆さんが拒む理由の7割近くがこのように書いていますけれども、精神症状があるとどうしても敬遠されがちだということです。精神病棟がないと受け入れられないということです。
 総合病院の精神科もだんだん閉鎖が見られたりしておりますし、受け入れが今後ますます困難になるので、身体合併を我々はやっていかなければいけないなと思っております。
 精神科の身体合併症管理加算350点は付いておりますけれども、やはり疾患に偏りがあったり、7日というのは無理ではないかということです。
 その下は、私が考えています「高度認知症病棟(案)」というものがあります。これは、ご覧ください。やはり認知症の程度がかなり重症になっていまして、いわゆるターミナルに近付いてきて身体合併があって、なおかつ点滴等を引き抜いたり、大声で介護抵抗というものはあるわけでして、何とかこの辺の病棟を整備していかなければいけないだろう。
 それから8番目、「若年認知症対策」です。朝田先生は今日御欠席ですけれども、若年認知症に関して朝田先生は特に積極的にやられていますが、ここに書いていますように、老年期の認知症の場合とは全く違うということです。介護保険の中ではなじまないといいますか、アルツハイマーの若年は介護保険を使うことはできるんですけれども、当事者、家族の方に言わせると、若年の認知症専用の支援体制はもうないと言い切っております。全国に3万8,000人いて、精神科病院に4,000人いると言われています。
 この中には頭部外傷、いわゆる高次機能の障害の方等も入っておりますけれども、介護保険による認知症のデイサービスなどを使おうとしても、地域密着のいわゆるデイサービスというのは同じ地域でないといけないですね。違う地域でいい若年認知のそういうものがあるよと言ってもいけないということもあります。
 それから、施設がないということですね。若年認知症の方を入院させるとなると、施設はほとんど入れてくれないのではないでしょうか。そうしますと精神科の病棟になるんですけれども、精神科の認知症の病棟の中に入ったとしても御高齢の方が多いですから、非常に活動性が高いとなると、ではどういうふうに見ていくかということで我々にも難しい問題があります。
 やはり専門医を始め、専門のコメディカルのスタッフの育成が必要です。
 それから、認知症疾患医療センターも役割の一つに若年認知症対策という言葉が入っております。先ほどの地域包括支援センターも入っておりますので、この問題は今後大きなことになっていくのではないかと思います。
 「精神科医療における認知症への支援」ということをここに書いていますけれども、専門医による早期診断、それから鑑別診断、これはできると思いますが、終末期までずっと継続して関わっていくということがやはり大事だと思います。診断だけつけて、はい終わりというのではなくて、その後、いかに医療を上手に使いながら、そして薬物でも環境でもいいですから、うまくコントロールしながらターミナルに向かっていく。
 その間の経済的支援、通院医療費の公費負担制度だとか、成年後見の診断書だとか、障害年金の受給、それから生命保険の高度障害認定の診断書、一般の先生方はなかなか面倒だということもあるのですけれども、精神科の医師はこういう書類書きはしょっちゅうしておりまして得意でありますので、是非こういうものを利用することによって経済的支援に結び付ける。
 それから、家族に対する介護負担の軽減とメンタル面でのケア、ここがやはり家族などにとっては重要だと思われます。
 それから病名告知と心理教育、それから地域包括支援センターや医療機関からの要請に対して医師がそんなに行けませんし、少ないですから、PSW等を訪問するシステムをつくって、それを診療報酬などに反映することができれば介護、福祉の人だけで悩まずに済むと思いますので、是非こういう制度をつくるのはいいのではなかろうかと思っております。
 最後の2つは、数年前に私が多分老健局からもらったといいますか、見た資料だと思うんですけれども、非常に興味深かったので今日は出しました。
 やはり高齢の方々が増えまして、皆さん最期はどうするのかという大きな問題があるんですけれども、日本というのは昭和50年の半ばぐらいを境に、上のように亡くなる場所が逆転するんですね。医療の進歩とともに、それから核家族ということで病院と診療所で亡くなるのが当たり前という時代に入っています。欧米で高福祉と言われているところによく視察に行きましたけれども、あそこは高負担ですから、当然高負担があるから高福祉なんですが、入っている方々を見ますとチューブなどは誰も付けていないんです。そして、食べなくなったら神様がお迎えに来て神に召されるんだという意識なんです。
 こういった意識、いわゆる宗教的な問題とか文化の違いでしょうけれども、今の日本人で神様が迎えに来ますから何もしませんというと病院には非難ごうごうなわけでして、今ちょうど8割くらい病院で死ぬとか、診療所で死ぬという考え方がありましたけれども、最近はどうも少しずつ家族に看取られて自宅で亡くなりたいという方も増えてきたようであります。
 だから、この辺の考え方を変えないといけない。これは、生きること、死ぬこと、死生観ということですけれども、今、日本人の死生観というものをもう一度考え直す時期なのかなと。それは、今の子どもの教育辺りから考え直さないと、我々というよりも今の子どもが次世代になったときに親がどこでどういうふうに亡くなっていくのかということも考えなければ、この問題はなかなか解決していかないのではなかろうかと思います。
 最後に、今後の看取りの場所です。現在、2010年は年間120万人くらい亡くなっているわけです。それで、あと20年経ちますと160万人が年間に亡くなると予測されております。医療機関はこれ以上増えない。医療機関はネットを減らせとかいろいろ言われておりますし、介護施設も今、特養が41万、それから老健施設が30万ちょっとくらいでしょうか。介護施設も、少し増えるとしても知れています。やはり自宅で何とか最期を迎えてほしいという希望があるようですけれども、1.5倍くらいがせいぜいではなかろうか。
 そうしますと、このその他の47万人はどこで亡くなるんだろうと、非常に私は危惧するんですけれども、何とか最期のいい看取り方というものですね。日本は高齢社会に当然よその国よりも非常に早いスピードでなっておりますので、諸外国のお手本になるような高齢者対策というものができればと思っております。以上です。

○福田精神・障害保健課長 どうもありがとうございました。では、上野先生お願いします。

○上野参考人 私、海上寮療養所の精神科医の上野と申します。
 皆さん、海上寮と言っても御存じないと思いますが、千葉県の旭市にあります199床の精神科の病院です。旭市といいますのは、銚子の隣です。人口は6万人くらいなんですけれども、市内に大きな精神科の病棟を持つ医療機関が3つありまして、旭中央病院と京友会、そして我々になっています。我々の病院はちょっと変わっていまして、199床全部が開放病棟なんですね。
 私の方では認知症に対する精神科の訪問診療をさせていただいておりまして、それを中心に今日はお話をさせていただきたいと思います。
 最初の方は、認知症の関する概論みたいなことを書いてしまったんですけれども、まず1ページ目は「認知症の定義」ということで、「いったん正常に発達した知的機能が持続的に低下し、複数の認知障害があるために社会生活に支障を来すようになった状態」ということです。3ページに移っていただいて、認知症というのはそういうわけで病名ではなくある状態像なんですね。その状態というのはどういう状態かというと、脳の神経細胞が死滅してしまって社会生活に支障を来すような認知機能障害を生じた状態ということで、こういった認知症の原因となる病気がたくさんあるということになります。
 3ページ目の上の方に幾つか病名が挙がっているんですけれども、70種類ぐらいあると言われていて、日本で多いのはアルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症、あとは血管性認知症ですね。それらを合わせて8割ぐらいということになるんですけれども、認知症の原因となる病気の違いは、神経細胞が死んでいってしまう原因になります。
 それから、もう一つポイントになりますのは、認知症の症状を2つに分類するというのが大切になるんですけれども、認知症の症状として中核症状とBPSDというのがあります。中核症状というのは、認知症というのは神経細胞が病的な原因で死滅してしまう病気なので、神経細胞が死んでしまうことによる直接的な症状ですね。記憶が障害されたり、判断力が低下したり、自分の周りのことがわからなくなったり、言葉が出なくなったりとか、そういった症状です。
 あとは、そういった症状がある方が、周囲の環境に反応して出してくる症状を認知症の行動・心理症状と言いまして、英語の頭文字を取ってBPSDというふうに言います。それは、例えば軽い認知症機能障害がある方が、自分の記憶力の低下とか判断力の低下に不安を抱いたり、将来を悲観してうつうつとしたりとか、認知症が進行すると記憶障害、物忘れが進行するんですけれども、自分が忘れるということも忘れてしまうんですね。
 ですから、普通の人であれば何かをなくしてしまったり、しまい忘れたとすると、自分がしまい忘れたんじゃないかと思うんですけれども、認知症の方はそういったことがあった場合に自分が忘れるという意識がないものですから、誰かが盗ったんじゃないかということでいわゆる物盗られ妄想のようなものを生じたり、それによって興奮をしたり、場所がわからなくなって徘徊をしたり、そういった症状が出てくるということです。
 次の4ページに移ります。「中核症状とBPSD」ということで、認知症があれば神経細胞は死んでいっていますので、中核症状は程度の差はあれ全ての患者さんに見られます。認知症が進行するということは、神経細胞がどんどん死んでいってしまうということなので、中核症状は病気が進行するとともに悪化していきます。
 でも、BPSD、以前は周辺症状と言われていた認知症の行動・心理症状が見られない患者さんもいるんですね。病気の重症度とは比例しません。認知症が非常に進行すると頭の神経細胞がほとんどなくなってしまって、何も反応しない。無言、無動で寝たきりの状態になったりするんですけれども、そうなってしまえば例えば精神症状や行動障害は出てこないというようなことになります。
 今まで、認知症のBPSDに関しましては結構一緒くたに議論されていたと思うんですけれども、5ページのちょっと上の方を見ていただいて、治療面から私は2つに大きく分類した方がいいんじゃないかというふうに提案したいんです。一つは純粋な心因反応としてのBPSDですね、これは、認知機能障害がある方が周囲の環境に反応して出てくる症状のことを言います。ですから、これは例えば環境を調整したりとか、薬物療法ではない非薬物療法的なアプローチで改善することが多いんですね。現在、介護保険制度で認知症の高齢者に関しましてはケアマネジメントのシステムが非常にうまくいっていると思うんですけれども、介護保険を申請してケアマネを関与させたりとか、介護保険サービス、デイサービスとかショートステイなどを利用することで、こちらの純粋な心因反応としてのBPSDはかなり改善することが多いです。
 それで、こちらの本当に純粋な心因反応としてのBPSDは精神科医療の出番は少ないんです。後でちょっと触れますけれども、従来、福祉関係者の方の中で認知症の方に対する精神科医療を拒否される方が結構多くて、私が例えば訪問診療などをやっていても、施設のスタッフとか施設長さんなどは訪問診療に私を呼んでいながら認知症への精神科医療を否定するような発言をされたりするのでちょっと困惑することがあるんですが、そういった方は多分、この純粋な心因反応としてのBPSDと、精神科医療が不可欠であるようなBPSDを混同されているんじゃないかと私は思っています。
 5ページの上の方ですけれども、もともとの精神疾患ですね、高齢者に多い妄想性障害と言われる統合失調症圏の障害です。それから、私が診療を行っている地域は銚子とか旭とか漁師町が多いものですから、かなりアルコールの関連障害が多いんですね。アルコール依存症とか、アルコール精神病の方たちです。
 あとは、もともとの人格障害で、我々は例えば自分の性格的な弱点がある場合にいろいろとそれをカバーするように生活していると思うんですけれども、認知症になってそういったことができなくなって、もともとの性格傾向が非常に先鋭的に出てくるようになって問題になってくるような場合とか、そういったものとの関連が認められるBPSDとか、あとは内服している薬物に誘発されたBPSDというのはかなりあります。
 それから、BPSDとは違うんですけれども、認知症の方ではせん妄状態を起こしている場合がかなり多いんですね。後で出てきますけれども、私が松沢病院というところで認知症の病棟を持っていたときには、入院患者さんの7、8割は何らかの形でせん妄状態を生じていらっしゃいました。今も訪問診療させていただいて、BPSDが問題になっている方のやはり6、7割の方にはせん妄状態がかぶさっているんです。
 こういった下の3種類ですね、もともとの精神疾患との関連が認められるBPSDとか、内服している薬物に誘発されたBPSDとか、あとはせん妄状態に関しましては私の方では精神科医療の介入と関与が不可欠なのではないかと思います。
 そういうことで、認知症のBPSDに関して精神科医療が必要だということでお話を続けさせていただきます。
 7ページ目に飛ばさせていただいて、「私と認知症診療」です。平成16年4月から平成19年3月まで、こちらにいらっしゃいます岡崎院長の下で都立松沢病院に勤務させていただいて、3年間認知症の精神科専門病棟を担当させていただきました。その後、現在の海上寮療養所に移りまして、平成21年4月から物忘れの外来を開設させていただいて、平成21年11月から認知症に対する精神科の訪問診療を開始しています。
 東京都立松沢病院ですけれども、私が持っていた病棟は総ベッド数が30床の病棟だったんです。東京都の行政的医療である認知症疾患の方を入れるベッド数が25床と、あとは精神科枠5床というのがあって、この5床の枠に関しては私がいた3年間ほぼ同じ方が入っていまして、統合失調症の慢性期の方が入っていたんです。そういうわけで、認知症の方が使える病床数は25床でした。
 それで、8ページ目に移ります。私が担当していた3年の間に、177名の認知症の患者さんを入院加療しました。25床の病棟でしたので、平均入院期間は約5か月間ということになります。大体どういったところから入院されていたかというと、8ページの下の方ですね。これは、ある年度の入院前にどこから入院されたかということですけれども、この年度は59人の入院がありまして、自宅からが36人だったんです。精神科のない一般科の病院からのBPSD治療目的での転院が10名、老人保健施設とか特別養護老人ホームとか有料老人ホームとか、認知症対応のグループホームからの入院が全部で11名です。精神科病院というのは、都立松沢病院の中の精神科救急病棟から、刃物で誰かに切りつけたとか、いわゆる警察官通報事例になって認知症だったということがわかった方が認知症の病棟に転移してきたのが2名という形になっています。ですから、自宅からの入院患者さんが6割ぐらいを占めていました。
 同じ年の転帰なんですけれども、大体平均の入院期間5か月間を経て皆さんどこへ帰られたかというと、自宅へ帰られた方は10%だったんです。施設に退院された方が58%、病院に帰られた方が24%、亡くなった方が8%でした。
 これをざっくりと分析しますと、皆さんBPSDの治療目的ですね、精神症状、行動障害の治療目的で入っていらっしゃいますので、それらが比較的良好にコントロールされたケースというのが、自宅へ帰られた方、施設へ退院できた方が7割ぐらい。ADLが低下せず、御家族も受け入れに積極的で自宅へ帰られた方が約1割です。
 精神症状のコントロールがあまりうまくいかずに、もしくは都立松沢病院の場合は合併症の病棟があるんですね。内科とか外科とか合併症の病棟がありまして、民間の認知症の治療病棟で引き受けられないような結構重い身体合併症の方も入っていましたので、身体合併症のために継続的に医療的管理が必要となったケースが24%ですから1/4ぐらい。
 亡くなった方というのは、結局ほとんどが精神症状のコントロールができなかった方なんですね。亡くなるまで在院していただいたケースが約1割というような形になります。
このとき松沢病院の病棟は非薬物療法的なアプローチはあまりやっておりませんでしたので、精神科の薬物療法によって精神症状が比較的良好にコントロールされたケースが7割ぐらいあったというような形ですね。
 「早期退院のために」ということで、10ページに移ります。早期退院のために我々がどんなことをやっていたかと言いますと、入院の前から積極的なケースワークをやっていたんですね。入院前からというのはどういうことかと言うと、入院する前から基本的に認知症の治療病棟には3か月間しか入院できないというようなことを御家族に理解していただいて、その了解をいただいたケースで入院をしていただくような感じですね。入院中も、精神症状が落ち着きましたら本当に早目に御家族の方を呼んで、こちらのケースワーカーも適切な退院先を探して退院を働きかけるというようなことをやっていました。
 皆さん御存じのとおり、松沢病院と言うと都内でもかなり重い精神症状がある方がたくさん入院していますので、松沢病院から退院された方と言いますと、例えば施設とかも入院を嫌がるといいますか、素直にあまり受け入れてくれない場合も結構ありました。ですから、退院先に対して、もし状態が悪化したら最優先で再入院させるというようなことを確約して退院していただいていました。
 でも、実際に私が177例の退院をさせたんですけれども、3年間で再入院したケースは2、3例だったです。
 この入院の経験から私が思いましたのは、入院をさせると、その下に「精神科病棟への入院のデメリット」というふうに書いたんですけれども、精神科病院に入院させられたということに反応してBPSDが増悪する可能性があるんですね。認知症の方は完全に訳がわからなくなっているわけではないので、自分がどこに入院させられたかというのはわかります。それで、高齢者の方などは精神科医療に対して拒否とか拒絶感が強い方が多いので、精神科病院に入院させられたということがわかるとそれに対してかなり反応してしまう方が多かったです。反応して悪化すると、ちょっと薬物療法を強くしなくちゃいけないとか、ADLが低下したりとかということで、あまり精神科病棟へ入院させることはよくないという印象がありました。
 また、精神科病院は生活の場ではないんですね。例えば、食事などにしても上げ膳・据え膳ですし、清掃も病院の方でしてしまいますから、ご本人の残された能力を生かすような病棟運営ができないというのが、一番残念だったことです。結局、私が担当していたときの松沢病院の病棟運営は薬物療法が中心で、非薬物療法的なアプローチがなかったものですから、入院中の方は昼間とか、ほとんど何もやることがないんです。だから、そのためにADLが低下してしまったりということがありました。
 また、認知症の専門病棟であれば問題ないんですけれども、普通の精神科の病棟に認知症の方を入れる場合、認知症の方と統合失調症の方を混在させることによる不都合がかなりあります。うちの病院で、1例だけ認知症の方を入れたことがあるんです。その方はアルツハイマー型の認知症で65歳ぐらいの方なんですけれども、長谷川式で18点ぐらいあった方なんです。でも、ちょっと徘徊が激しかったものですから入院していただきました。長谷川式で18点ぐらいありますので、かなり周りのことはわかるんです。
 それで、入院されましたら、うちの病院は慢性期の統合失調症の方がほとんどなものですから、その方が、「ここに一緒にいる人たちは何か変だ。とても怖くてしようがない」というようなことをかなり訴えていたんです。また、もともと入っていらっしゃる統合失調症の方にとっては、認知症の方が入ってくると、自分の部屋がわからなくて人の部屋に入ってきて人の荷物なんかを勝手に動かしたりしていましたので、「何でこんな人を入れるんだ」という形で不満が多かったんですね。そういうことで、混在させることによる不都合がありました。
 次のページです。松沢病院の認知症病棟をやっている中で、現在海上寮で行っている訪問診療をやるアイデアが出てきました。それはどういうところから出てきたかと言うと、認知症のBPSDの治療目的で、精神科のない一般科の病院から転院を3年間で多分30例ぐらい受けたと思うんですけれども、その受けたケースの多くがちょっとした精神科的な薬物療法で精神症状が改善したことが多かったんです。こういったケースなどを見ると、精神科がない他の一般科の病院への訪問診療ができれば精神科の病棟へ入院させる必要がなかったのではないかと、強く思いました。
 11ページの下ですけれども、高齢者、特に認知症がある方の中には医者嫌いとか病院嫌いの方が意外と多くて、特に精神科の医療に対する拒否反応が強いので、精神科の医療への外来受診が困難なことが多いです。それで、やはり精神科に受診できない患者さんの自宅へ訪問診療ができれば、在宅生活を続けて支えることができるんじゃないかと考えました。
 では、12ページです。私が松沢病院の認知症病棟をやっていたときに思ったのが、精神科医のいない一般科の病院とか施設に精神科医療を外付けして認知症のBPSDに対応したい。あとは、精神科の外来を受診することが困難なBPSDのある認知症の高齢者の方に往診して精神科医療を提供することで、その人の本来の生活の場での人生を支えたいというふうに強く思いました。
 12ページの下の図をちょっと説明しますと、上にBPSDというのがあります。これは、もし在宅でBPSDが出た場合、介護保険を申請しまして、例えばケアマネとかヘルパーとかその他の介護保険サービスを使うと、最初に申し上げた純粋な心因反応としてのBPSDは右の方、改善へ向かうことが多いんですね。でも、改善しないということになると精神科の医療の適応になります。
 ここで、BPSDを持っている認知症の高齢者の方が通院可能かどうかというのが大きな問題になって、特にBPSDのある認知症の高齢者の方は医者嫌い、病院嫌いの方が多くて、特に精神科医療に外来受診することが非常に難しいことが多い。「どうしよう、どうしよう」というふうに困っている間にBPSDをこじらせてしまって、左の方で爆発してしまって精神科へ入院させざるを得なくなる。
 通院可能でありますと、精神科の外来医療は認知症のBPSDに対してかなり有効ですので改善へ向かったりとか、改善しない場合は入院させなくちゃいけないんですけれども、施設入所であった場合も改善しないときは精神科へ入院させなくてはいけないというような形で、左側のこの爆発して入院という部分が今まで意外と多かったんです。
 では、次の13ページです。これで精神科の認知症の高齢者に対する訪問診療ができるとどうなるかというと、最初のBPSDは同じなんですけれども、ケアマネ、ヘルパー、介護保険サービスで「純粋な心因反応としてのBPSD」は改善へ向かいます。でも、改善しない場合で通院が不可能な場合、でも訪問診療があれば精神科の外来医療を受けることができますので、かなりBPSDが改善する可能性が高くなる。
 施設入所した場合も、精神科の外来医療を受診するのはやはりかなり負担になるんですね。それはなぜかと言いますと、例えば施設に入っていらっしゃる場合、普通の内科とか外科とかの受診だったらいいけれども、御家族が精神科病院への外来受診は体裁が悪いからやめてくれとか、受診する場合でも長い待ち時間を待合室で待っていられないとか、認知症の方の目の前でお医者さんとその認知症の方がどういう困った症状があるかということを話すわけにはいかないので、その状態をお医者さんに話す人と、その間、御本人をみている人と複数で受診しなくちゃいけないとか、かなり負担が多いんですね。
 でも、施設への訪問診療ができればそういった負担も改善して、かなり精神科の外来医療の敷居が下がるんですね。それで、私としましては精神科への入院というものを相当程度減らせるんではないかと思いました。
 そういうことで、海上寮では認知症の方に対する精神科訪問診療を去年の11月から開始しました。個人宅への訪問診療と施設関係への訪問診療をやっているんですけれども、現在、施設関係は急性期の病院が1か所とリハビリの病院が1か所と、病院関係は2か所ですね。特別養護老人ホームには3か所行っています。それで、養護老人ホームに1か所、認知症対応のグループホームに5か所行っています。
 実際の実数ですけれども、平成21年の4月から今年の8月までで大体160名の患者さんをみました。平均年齢78歳で、男女比が1対2と、女性の方が2倍多いんですね。訪問診療したケースは160名中97名、うち施設に入所されている方が61名ですので、在宅で訪問診療したケースは40名ぐらいという形になります。9月は新しい患者さんが30名ぐらいいらっしゃいましたので、190名ぐらいに現在のところはなっています。
 うちの現在の訪問診療の体制ですけれども、医者は私1人なんですね。それで、看護師が1名と精神科のPSWが1名、事務員が1名の体制でやっています。新患数が徐々に増加していまして、現在は月に30名前後の新患の方がいらっしゃっています。
 次のページですが、これが新患数の推移です。うちの病院で平成21年の4月から物忘れ外来を始めたんですけれども、全然患者さんがいらっしゃらなかったんです。それは、うちの病院の方がもともと結核の療養所としてスタートしまして、昭和30年代に精神科の病院になったんですね。実際に受診される高齢者の方にとっては肺病の病院、御家族の方にとっては精神科の病院というところで、いずれにせよ、行ったが最後まともに帰ってこられないんじゃないかというようなスティグマがあって、毎月1人か2人の患者さんしかいらっしゃらなかったんですけれども、11月から訪問診療をさせていただくようになって、非常に順調に患者さんの数は増えています。
 この訪問診療で、BPSDや治療が必要なせん妄状態を改善するための必要条件があります。それは、何らかの形で薬物療法が可能であることですね。これは、家族・介護者が薬物を投与することができることという条件なので、本当に完全な単身者で拒否が強かったりすると、幾ら訪問診療をやったとしても対応できないということがあります。
 それでは、次のページです。現在まで、今月末で190例ぐらいだったんですけれども、精神科の入院医療が必要だったケースは3例のみなんです。それはどういうケースかというと、今、言った必要条件が満たされなかったもの、拒薬と拒食のために家族が薬物療法が不可能であった激越型うつ病の61歳女性のケース。それから、老年期精神病と血管性認知症が合併していた72歳女性のケース。それから、せん妄状態による激しい暴力があって、強制的な医療が必要だったケースですね。これはアルツハイマー型認知症で、脳血管障害によるせん妄状態が激しかったケースです。
 そういうわけで、190例の中ではかなりBPSDが重いケースもたくさんありました。例えば、切れ味鋭い刃わたり20センチ以上の包丁で奥さんのことを毎日のように脅して、家族がいつ傷害事件が起こるかもわからないというふうに相談にきたケースなども、訪問診療で薬物療法をすることでかなり落ち着きまして、在宅生活の継続が可能になっています。
 あとは、72歳のアルツハイマー型認知症の方で、道路に物を投げたりとか、人の家の前で新聞紙を丸めて火を付けたりという方がいたんですけれども、その方も訪問診療で薬物療法を行うことで、現在も在宅での生活を継続されているというような形で、かなり重い精神症状、行動障害がある方でも訪問診療で在宅生活を支えることが可能になっています。
 このように精神科の病棟への入院が少ない理由ですが、地域性がかなり大きく影響していると思うんです。これは千葉県の田舎の地域で、独居の老人が比較的少なくて家族の介護力に余裕がある場合が多いです。また、結構、家屋敷のスペースに余裕があって、少々のBPSDではあまり事例化しないことが多いというような地域性があります。
 あとは、我々医療機関側の、入院をさせずに外来を支えるという強い意志ですね。それが精神科病棟への入院を少なくしている要因の一つだと思います。
 次のページです。「医療機関側の入院させずに外来で支えるという強い意志」ですけれども、これは物理的にはうちの病院が199床の全開放病棟で認知症の方を入れるには適さないということもあるんですが、家族と介護者を全力で支えるというようなことをやっていることも理由の一つかと思います。家族・介護者は、とりあえずそれまで大変な思いをしているかもしれないけれども何とか支えてきたわけなので、さらにちょっとした支えがあったりとか、少しでも状態が改善すれば、在宅生活が続けられることは結構多いんです。
 私が、ひとつやってみてよかったサービスがあります。これは、携帯電話なんですね。こちらの携帯電話なんですけれども、これは特別なものじゃなくて私の個人的な携帯電話なんですが、こちらの電話番号を受診された家族と介護者の方全員にお教えしているんですね。そうすると、例えばBPSDで非常に困っていた御家族の方が何らかの形で24時間365日、相談する先があるということで、介護者の方に精神的な余裕が出てくるんです。そうすると、介護されている高齢の認知症の方の精神状態がかなり落ち着くんです。
 これは自分個人の電話なので番号を教えることに関しては非常に抵抗があったんですけれども、実際に多分100人以上に教えていると思うんですが、あまり電話はかかってこないです。認知症というのは、本当に普通の人がかかるんです。だから、家族は普通の方なので常識を守った電話しかしてこないです。今までで一番時間的に遅かった電話でも午後8時ぐらいです。休日とか祭日はほとんどかかってきませんし、平日であっても多くかかってくるときで1日10本ぐらいです。だから、全然負担にならないんです。
 でも、例えば外来で処方して1週間後に様子をみるということになると、その1週間の変化がすごく大きいんですね。だから、その前に私の方に連絡をしていただいて薬の調節をする。そうすると……。

○福田精神・障害保健課長 上野先生、恐縮ですけれども、残りのディスカッションの時間があるので、申し訳ないですが、あと数分でまとめていただけますか。

○上野参考人 はい、すみません。
 ということで、医療機関側に強い意志があると、かなり激しい精神症状がある方であっても支えることができるのではないかと思います。
 あとは、うちの法人で新しい試みをしていまして、18ページの下です。障害者向けのグループホームを利用して、BPSDの激しい認知症高齢者の方に宿泊サービスを提供し始めました。これは、うちの法人に自立支援法に基づく障害者向けのグループホームが13か所、総定員61名あるんですけれども、それで介護保険サービスで、例えばショートステイを断られたようなちょっと激しい精神症状がある方の宿泊サービスを始めました。
 これによるメリットは、介護保険の限度額を気にする必要がなくサービスを利用できるということと、介護保険のショートステイなどを使うとその施設が提供するサービスしか受けられないんですけれども、障害者向けのグループホームを利用した場合は御本人のニーズに応じたサービスの組合せを自由に提供できるということがあります。
 でも、デメリットもありまして、自立支援法を利用しますので税金が100%投入されることになり、自治体の財政を圧迫するというようなことがあります。
 最後のページですけれども、当法人では激しい精神症状や行動障害のために介護保険を利用したショートステイを断られてしまった認知症の高齢者の方や、精神障害者や知的障害者のグループホームの処遇のノウハウが生かされるようなケースで宿泊サービスを利用していただいています。
 以上です。

○福田精神・障害保健課長 どうもありがとうございました。
 それでは、残りの時間、予定された時間からするとちょっと短いんですけれども、御意見、御質問をいただければと思います。
 念頭に置いていただきたいのは、後ほど御説明しますけれども、皆さんのプレゼンテーションと皆さんの御意見を踏まえて次回以降の論点整理に使わせていただきますので、同じことの繰り返しはできるだけ避けていただいて、新しい点とか、今日のいろいろな取組みについての具体的な御質問といった点で御質問いただければと思います。
 野村構成員、お願いします。

○野村構成員 ありがとうございます。私も町内で認知症の方の相談を受けたことがありまして、お嫁さんがおしゅうとめさんを介護していましたが、部屋の中に垂れ流しをするんですね。かなり長いこと介護なさっていて、どこに相談していいかわからなかったんですが、ひどくなってから保健所とか何かに行ったんですけれども、結局は精神病院の病棟に入院しました。
 その入院するまでに彼女は相当消耗していて、だんなさんと並んで歩くとお母さんと息子さんのように見えるんですね。それぐらいお嫁さんが白髪になって、大変な思いをして介護をしていらっしゃって、入院した後、しばらくしてそのお嫁さんは亡くなってしまわれました。
 今、そういう状況の方はたくさんいらっしゃると思うんです。ですから、できるだけ早く相談があったらすぐに対応してあげて、今、上野先生からお話があったように訪問をしてあげて、薬物療法も含めて軽い状態の間に家でみていかれるような対応をできるだけ早くしてあげなければいけないんじゃないかと私は考えます。
 入院というと、そこに入れっ放しという状況に多分なりがちなお話をたくさん聞いておりますから、もし入院するのであればよほど厳しいルールを設けて、本当に必要なくなったらすぐに退院できるように、そのためには地域に自宅以外の住まいをたくさんつくらなければいかぬだろうということを考えます。
 それから、最後にどこにも行き場がなくて精神病院の病棟で亡くなるときには、末期がんのホスピスというような制度はありますけれども、最後に本当にきちんと尊厳をもって亡くなるようにするにはどうしたらいいか、これをやはり検討しなければいけないのではないかと思います。病院に入って治るあてもなく、治療を受けていながらそこで死んでいくというのは、あまりにも尊厳がなくなっていくような死に方ではないかと思います。簡単ですが、以上です。

○福田精神・障害保健課長 ありがとうございます。その他、御意見いかがですか。
 では、長野構成員お願いします。

○長野構成員 論点整理ということなので発言させてもらうのですが、今後の議論の中で、今は全部話題を出しているにしても右往左往しているなと思うのは、やはり地域で支えるということを基本としながら、そのツールとして介護保険のサービスだったり、特養だったり、精神科病院であったり、訪問診療があるという位置づけにしていかないときりがないというか、施設をどれだけつくるんだとか、どこでみるんだとかという話からは全くニーズにこたえられなくて、地域で支えるツールとしてどんなものがどんな量必要でどんなことが必要なんだという議論にきちんとしていかないと、そういう論点整理をしないと水掛け論になってしまいそうな気がしています。
 それから、今回話題提供をいただいていて、議論するべきことの内容はたくさんあると思うんですけれども、今日でこれを切ってしまうとちょっと後が大変だなと思っていまして、もし可能であればこれまでのことに関しても議論が出尽くせるような機会があると、私自身はいいかなと思います。以上です。

○福田精神・障害保健課長 基本的には、今までいただいたものを踏まえて、どういう意見がどういうふうに出てきたかということを整理させていただいて、その中で尽くされているか、尽くされていないかということを次回以降議論させていただいてと、そういう段取りを踏もうと思っています。
 ただ、事務局で一定の整理をした上で構成員の皆様方に効率的に議論をしていただきたいということもありまして、今までのところでできるだけまだ尽くされていない点ですとか、それから漏れている点を中心に御意見をいただければという趣旨でございますので、当然のことながら後ろの方も漏れていれば議論を続けていただくという形で考えておりますので、よろしくお願いしたいと思います。
 河崎構成員、お願いします。

○河崎構成員 日精協の河崎です。今、長野委員の方からは、一応論点の整理のために地域で支えるということをまず基本にして、それを実現するためにどういうようなそれぞれの役割を果たしていくべきなのかという御提案だったというふうに理解いたしました。
 それはもちろん、認知症を取り巻く環境を、ここでのいわゆる医療の部分と、あるいは厚労省の中でも老健局等が中心にやっている介護の部分、その辺の全般的な話に多分波及していくんだろうと思うんです。
 今回のこの検討チームの第2ラウンドの認知症に関しては、最初に厚労省の方から3つの論点が示されたと私は思っております。ですので、その3つの論点をどういうふうに今回のまとめの中に盛り込んでいくのか。あるいは、その論点に沿ってどうまとめていくのかというところは、ある程度この構成員が共通の認識を持つべきなのかなと。これは、最初のときに発言させていただいたことと基本は一緒のスタンスでございます。
 それと、もう一点よろしいでしょうか。先ほどの上野先生の御発表で幾つか教えていただきたいところがございます。
 1点目は、先生が15ページのところで、訪問診療でBPSDやせん妄状態を改善するための必要条件ということで、やはり薬物療法が必要なんだということをここでは先生はおっしゃっていただいているのかなというふうに私は理解したんですが。

○上野参考人 そうですね。

○河崎構成員 ここで先生が薬物療法とおっしゃるのは、具体的にはどういうような薬物療法なのか。ちょっと御経験を教えていただければと思います。

○上野参考人 具体的には、今まで内服している薬物がBPSDを誘発している場合がありますので、そちらを調整することですね。内科薬とか、特にアリセプトとか、そういったものの調節と、あとは環境の調節、ケアの仕方のアドバイスですね。
 それでよくならない場合、大体第1選択にしているのは抑肝散とか、第2選択でグラマリールとか、それで効かないとセロクエル、もしくはリスパダールのようなものを使います。
 使い方としては、やはりいきなりたくさんの量を出しますと副作用が出てしまって非常に拒否が強くなったりもしますので、絶対副作用が出ないだろうなというような少量からスタートして、副作用の出方を見ながら調節していくような形になります。
 私が、精神科医療が必要だというふうに最初に申し上げたのは、やはりBPSDの中で環境の調節とかケアの仕方で改善する純粋な心因反応としてのものもあるけれども、そういった精神科の薬物療法が不可欠なものがあるというのは、そういう意味なんです。

○河崎構成員 そうされますと、先生のこのデータの中で、先生が訪問診療の必要性という形で訪問されて診療なされている方たちは、純粋な形の心因反応の方たちはもう既に除外をした方たちに対して行っているという認識でよろしいですね。

○上野参考人 はい、そういうことです。

○河崎構成員 それで、そういう方たちに対してはやはり適正な薬物療法は不可欠なものであるという理解でよろしいでしょうか。

○上野参考人 そうです。

○河崎構成員 ありがとうございます。

○福田精神・障害保健課長 広田構成員、どうぞ。

○広田構成員 ちょっと体調が悪いんですけれど、今日は心の健康構想会議VS日精協という感じで伺っていました。
 まず最初に、横浜市の松本委員ですね。認知症高齢者等の支援推進体制、行政はすぐ体制をつくるのが好きなんですが、認知症の患者さんにしろ、私たち一人ひとりの住民は体制の中で生きているのではなくて、体制の中で活動しているのではなくて、収まり切らない。収まり切らないからこそ、本当に認知症に手をかけなければいけない状態が警察にありますよということを何回も言っていますけれど、是非認知症のお年寄りを支えるための課題のところの予防ですね。普及啓発の中に予防を入れていただいて、支援をただ単に認知症だけではなく、全ての病気や障害や……。
 一昨日でしたか、児童相談所の職員さんとラジオで対談しましたけれど、そういうふうな社会の中でいろいろな課題を抱えている人全てを支えるような優しい社会づくりをしない限り、何々のための体制です、はいこちらの体制ですと言っても、結局いつも言っているように24時間やっているのは救急と消防と警察で、結局そこにいっちゃうということですから、障害者の方も横浜は体制と言っていますが、体制に収まらないのが人間だということですから、そこは体制に収まらないで、お金のない時代ですから、お金をかけないで国民一人ひとりが社会に貢献するという意味で、是非優しい社会ができるような支援推進にしていただきたいというのが松本委員に対してです。
 それから、河岸委員に対しては本当に頭が下がる思いで伺わせていただきました。それと、私も母を看ていましたけれど、外野がうるさくて、大変だったと思います。
 先日、私の叔父が入院しまして、私は明後日から九州、韓国に行くんですけれど、誰もいないということで、私が呼ばれて家族として医者から説明を聞いたんですが、御本人は認知症になっていませんと言いながら、要するにインフォームドコンセントを患者にしてくれていないんですね。つまり、肺の在宅何とかで酸素をしないとだめだと言いながら、先生、それをしないと在宅で死んじゃうよと言っていただけたんですかと言ったら、これからしますと言うから、それは医者の役割としてインフォームドコンセントしていただきたいと言ったんです。
 それがこの場にふさわしいかどうかは別として、今日マスコミの皆さんもたくさん見えているけれども、入院から在宅までの今後に向けた説明に関しては、家族と医者だけに任せないで御本人をきちんと中心に据える。自己選択、自己決定、自己責任ですよ、先生と言ったんですけれども、そういう形で御本人を中心に据えて、御本人がどんな暮らしを退院後にしたいかということを、これはただ単に認知症の予備軍だけではなく、全ての患者にこの国の医療機関でするべきだと私は思いました。
 そして、河岸さんのお宅はこの高齢の方が認知症になったときにはどなたが御家庭にいらっしゃったんでしょうかということを後でお答えいただきたい。高齢のこの方が、最後にほんのちょっとだけ病院に行ったじゃないですか。その前のところは御家族で看ていらっしゃったわけですね。いろいろあったということだけれども、どなたかつきっきりで看ていた方がいらっしゃるんですか。それとも、福祉のサービスを使ったんですかという質問です。
 それから、渕野先生に伺いたいのは、認知症を精神科に呼び込もうというふうに私は読み取っちゃうんですけれど、確かに精神科は嫌なんですよ。私は、被害者だから。それを変えるためには、やはり社会的な入院の開放をして精神科病床を削減して、精神科の医療に安心してかかれるようにきちんとマンパワーをつけたりして、24時間利用できる精神科の医療とか、総合病院に精神科を入れるとか、いろいろなことをやって誰もが何の病気になっても安心してかかれるように精神科をしなければいけない。精神科の底上げを図ることが必要なんですけれど、さっきのお話を聞いていると、わざわざ国民がすごく嫌がるものを認知症治療病棟へ持っていくのを認知症療養医療センターから行かなければいけないのか。
 それから、精神科救急で刃物を持っている認知症の人といったとき、これは警察が24条で搬送するのか。救急隊は恐らく行ってくれないんですけれど、私は警察の現場や救急隊の現場に行っていると、症状で刃物を持つのではなくて感情で刃物を持っている人が9割以上なんですね。そういうものを精神科救急が、いわゆる認知症であれ何であれ、感情であるものを治療する必要があるのかということで、非常に精神医療の被害者として危惧しています。この場合の刃物はどういうことですかということです。
 それから、上野先生のお話はすごくよかったんですけれど、かかってくる電話は常識の範囲内の電話ですが、先生のお話は常識の範囲を超えた長さだったということで、事務局はお頼みするときに、きちんと広田和子に言うように時間を厳守するように言っていただきたいということと、今日は率直に伺って松沢病院の多過ぎるベッドよりも、千葉県ののどかな田舎で訪問をやった方が認知症にぴったりだよと、こういうお話でしょうか。それとも、都会でも先生がやっていらっしゃる訪問というのは可能なんでしょうかということをお聞きしたいということです。

○福田精神・障害保健課長 わかりました。では、順番にということで、松本構成員に対しては意見という整理ですね。

○広田構成員 反論があればお願いします。

○福田精神・障害保健課長 では、御意見があればお願いします。

○松本構成員 どれをもって体制かということもありますが、要は具体的な仕組みをつくらないと、ただ単に頑張りましょうと言っているだけではすまないのかという意味で申し上げたものです。
 資料の24ページをご覧いただければと思いますが、受け入れる側の介護保険事業計画で言えば、在宅で受ける、あるいは施設居住系で受けるにせよ、一応23年の9月がある意味でデッドラインになっています。ですので、ある程度この時期までに、関係者が連携して共有意識を持って、どういう方々をどこで、どういう形で受けていくのかというところを、自治体が理解をして実施しないといけないのではないかと思います。次は平成27年という話になりますので、検討する時間というのはそう長くないということを申し上げたいと思います。

○広田構成員 せっかくですから松本委員にお話ししておきたいのは、横浜市民として体制の中で評判が悪いのは実は区役所なんですよ。8時45分とか8時半ごろから始まって5時15分で、いろいろなところのジャンルで区役所が一番評判が悪いから、こういうことをやるんだったらまず区役所を10時ごろまで開けてからやる覚悟で出した方がいいと思います。

○福田精神・障害保健課長 横浜市に対するものではないので、そこのところはまた別の機会にということで。
 あとは、河岸構成員への御質問がございましたので、福祉サービスを利用したのかどうかとか、そこら辺をお願いします。

○河岸構成員 あらゆるものを利用して、基本は夫婦で看たということです。デイサービス、ショートステイ、ヘルパーさん、往診ということです。

○広田構成員 福祉を利用している間、うちに家族がいない時間帯があったということですか。

○河岸構成員 家族がいない時間帯はヘルパーさんが入っている、またデイサービスということです。

○広田構成員 了解です。ありがとうございます。

○福田精神・障害保健課長 では、渕野構成員。

○渕野構成員 話の中で刃物が出たんですけれども、私が特に言ったのは、一般の人でも興奮したりとか、ガラスを割ったりとか、いろいろしたときには警察に電話しますよね。どうかしてほしい。

○広田構成員 そうですか。私は、どうしたんですかと聞きますけれども。

○渕野構成員 そうですか。多分、警察に電話したりする方が多いと思いますので、それを言っただけのことです。
 あとは、その後の精神科の疾患かどうかなどというのはそれから先の問題で、たまたま大変な状況になったときに警察を呼んだりするということを言いたかった。それだけです。

○福田精神・障害保健課長 では、上野先生の方から、環境がなせるわざなのかとか、東京でも適用可能なのかということです。

○上野参考人 時間に関しては、本当に申し訳ありませんでした。ちょっと気づかなかったものですから。
 都会で可能か、田舎のみのものなのかということですけれども、私の場合、松沢病院勤務時代に認知症訪問診療ができればいいんじゃないかなと思ったんです。ですから、松沢のような世田谷の都会の中でも、もし訪問診療ができれば、例えば外来受診できないためにいきなり入院させざるを得なかったケースもあるんです。でも、そういった方でも7割は薬物療法でよくなっていたんです。なので、例えば、私が行って何らかの形で薬物療法ができれば、その方たちは入院する必要がなかった。
 あとは、精神科のない内科とか外科の一般科の病院にいらっしゃる方、そして私のところへBPSD治療目的で転院されてきた方のかなりの部分は、本当にちょっとした精神科薬物療法、先ほど申し上げたグラマリールの投与とかリスパダール少量の投与で、ほとんどADLも低下することなく改善していたんです。ですから、そういったケースに関して、私がもし訪問診療ができれば、かなり精神科の入院は減らせる可能性があると思います。
 都会だと、多分スペース的な問題があるんです。うちの地域は、例えば広い屋敷の中に別棟に高齢者の人たちが住んでいる。だから、その人が夜間騒いでいても別に大した問題じゃないとか、そういうようなことがあるんですけれども、都会だと隣近所がすごく近いので、ちょっとでも夜間に騒いでいたりするとすぐに事例化してしまうというのがありますし、あとは単身者が多いという困難さはあります。
 私の経験ではやはり精神科の病棟に認知症の患者さんを入院させちゃうと、退院させるのは本当に容易じゃないんです。
 だから、私が1つ強調したいのは、もう精神科の病棟に認知症を主傷病とする方が既に5万人以上入院されているので、どうやって退院させるかを議論するのはすごく大切だと思うんです。でも、その前に精神科に入院させない工夫が必要で、私が今まで1年間やってかなり可能だというような目途がつき始めているので、こちらをいろいろなところで検討していただいて全国で広めれば、どうやって退院させるかを検討させる前に、入院させないことで精神科の病床へ認知症の患者さんがたくさん入ってしまうという事態を防ぐことができるんじゃないかとすごく思うんです。

○広田構成員 訪問はお金のかかる話だから私はあれですけれども、是非先生にお願いしたいのは、全国へ行っていろいろな人がいるけれども、やたらと騒がないこと。さっきの支援じゃないけれども、やたらと騒がない日本列島にしよう。いろいろなことがあって人間じゃないかと、そっちの方が先だと思いますけれども。

○福田精神・障害保健課長 その他、予定の時間は既に10分ほど過ぎておりますけれども、いかがですか。

○岡崎構成員 上野先生のお話の中で電話番号を教えるという話がございましたけれども、これは認知症の治療に限らず精神科治療全般についてもいえることだと思います。私も電話を教えることを原則としてきて、上野先生ともそういう話をしたことがあったと思います。教育や研修の中では教えるなという教育をしていることも多いんですけれども、実践の経験からどうもそうではないんじゃないか、ほとんど教えても、11時以降にかけてくる方は統合失調症の方の場合もいないですね。
 認知症の場合は余計そうだと思いますけれども、いつでも電話をして主治医や担当者と連絡できる安心感というのは非常に重要な機能として働くと思います。そこに保険の点数をどうするかという問題もあるかもしれませんけれども、そういう決意が医療機関に広がっていけば、かなり医療資源の効率的な活用というものができるのではないかとかねがね思っていることなので、上野先生の実践の報告を聞いてそこのところは合点がいきましたというか、いい話だなと思いましたので、発言させていただきました。

○福田精神・障害保健課長 その他、御意見、御質問はよろしいですか。
 では、西田構成員どうぞ。

○西田構成員 先ほど長野先生のお話にもありましたけれども、今日の上野先生のお話をお伺いしまして、地域でしっかりと支えていけるということは非常に強く認識しました。190例のうち3例のみが入院だったということで、多くがこういった24時間365日対応の在宅訪問医療サービスによってかなり地域でしっかりと支えられるということが理解できましたけれども、そういったものをこれからどういうふうに普及していくかということが非常に重要で、それとの関係でこれからの精神科の認知症入院医療の在り方ということを検討していく必要があると思いました。
 そこで、1点、先生に御質問ですけれども、今後こういった利用をする方が増えていくと思うんですが、そのときにチーム医療と言いますか、どれぐらいのチームのメンバーないし人材がいれば、よりよいサービスが提供できるかということで、チーム医療について少し御意見をお聞かせいただければと思います。

○上野参考人 どうもありがとうございます。今、うちの地域は銚子市民病院が休止されたりということでお医者さんが全然来てくれないんです。それで、うちの病院も常勤医は3人しかいなくて、今の訪問診療に避けるお医者さんというのは私1人が限界なんですね。
 ですから、本当はお医者さんが複数いて診療ができれば非常に充実したサービスができると思うんですけれども、今のところ医者が私1人、そして看護師、PSW1名という体制でどうやっていくかという形になるのですが、基本的に認知症の御本人を最初に診察して、例えば神経学な所見を取ったり、様子をきちんと観察したり、それはすごく大切なんですけれども、その後の対応に関しましては、私が行って毎回、毎回御本人と面接をしたりという必要性は必ずしもないんです。
 というのは、認知症の方は認知機能障害がある程度ありますと毎回初対面だったりして、例えば精神療法的なアプローチというのはあまり効果がない。ですから、医者の実際の診察というのを本当に必要最小限にすれば、今は190例ぐらいですけれども、多分倍ぐらいになっても私1人で大丈夫なんじゃないかと思っています。
 それで、今1つ問題なのは施設関係で、施設には十何か所か行っているんですけれども、こちらの方は2週間に1回ぐらい行って全員を診ているんです。そちらの方でかなり時間を取られてしまって、そこら辺が問題となっているんですけれども、私が思いますに、医者が私の病院のように1人だけであったとしても、私の分身となるような見立ての能力などを持った看護師だとかPSWを育てれば、私の代わりに様子を見に行くとかという形で、かなりよいサービスが提供できるのではないかと考えています。

○福田精神・障害保健課長 ありがとうございます。

○三根構成員 上野先生の御発言は、治療的なことができる患者さんは通院で、できない環境にある方を先生が訪問されているということだと思うんですが、すばらしいと思います。
 その中で私が感じることを付け加えさせていただくと、私は訪問はしていないんですけれども、代わりに訪問看護を利用したり、あるいは介護保険施設でのサービスを利用したり、電話番号は教えていませんけれども、1人で全部荷を背負うのは大変ですので、いろいろ分散しながらやっていっているわけですが、その中で早期に外来に来ていただく、あるいは外来医療を受けるということがなかなか入院まで至らない道のりになるのかなという気はずっと感じております。何も精神科医がそうそう認知症の患者さんを入院させるわけじゃなくて、何とか外来で頑張って、どうしようもないケースだけは入院になっているということは御理解していただきたいと思っております。
 それから、次回からいろいろな議論が始まると思うんですけれども、今まで1つ感じたのが、ここにお集まりの方はある地域で言うなればスーパーマン的な方々ばかりで、必死にいろいろなことをやっておられたりする。あるいは、先進的なことをやっておられたりする方々も多いと思うんですけれども、日本全国平均的にどんなことがあったら非常にいい治療体制ができるのかというようなことで、やはり一番は基本的に平均的なところを念頭に置いて議論すべきじゃないかと思います。意見です。

○福田精神・障害保健課長 どうもありがとうございました。その他、御意見、御質問ございますでしょうか。
 それでは、今までのプレゼンテーションと意見を踏まえまして整理したものを次回以降にいろいろ出させていただいて、更に当初示した3つの論点を踏まえて、よりきめ細かい議論をしていくということで考えております。
 では、今後の日程につきまして事務局の方から御説明いただければと思います。

○本後課長補佐 日程につきましては10月14日の木曜日の18時から、場所は本日と同じくこちらの省議室ということで予定をしております。よろしくお願いいたします。

○福田精神・障害保健課長 それでは、大変長時間にわたりましてありがとうございました。
 以上をもちまして閉会といたしたいと思います。どうもお疲れ様でございました。


(了)
<照会先>

社会・援護局障害保健福祉部
精神・障害保健課企画法令係

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