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企業の取組
ベンチャー特有の長時間労働を脱却。
「やらされる」から「自律的」へ
進化した健康経営と称賛文化の醸成
toBeマーケティング株式会社(東京都中央区)

toBeマーケティング株式会社 のイネーブルメント部の伊東知穂部長(右)と大谷涼子さん(左)
デジタルマーケティングの戦略策定や、マーケティングオートメーション(MA)ツールの導入・活用支援を手掛けるtoBeマーケティング株式会社(東京都中央区)。2015年の創業以来、急成長を続けている同社だが、かつてはITベンチャー特有の長時間労働が常態化し、離職率が3割を超える時期もあった。そこから「従業員の健康がなければ企業も成長しない。」という強い危機感の下、労働時間の厳格な管理と独自の健康支援策を推進。結果として離職率は1桁台まで劇的に改善し、経済産業省の「健康経営優良法人」に9年連続で認定されている。そんな同社の改革の軌跡と独自の取組みについて話を聞いた。
急成長の陰で起きた過重労働。月100時間残業からの転換
2015年6月に創業メンバー2人で産声を上げたtoBeマーケティングは、Salesforce製品の導入支援を軸としたデジタルマーケティング全般のコンサルティングを展開し、着実に事業を拡大させてきた。創業当初から株式上場(IPO)を目標に掲げて急ピッチで企業規模を拡大させてきたが、それに伴い大きな壁にぶつかった。
同社の人事・労務を統括するイネーブルメント部の伊東知穂部長は「20人規模の頃からどんどん人が増え、売り上げも右肩上がりで伸びる中、いわゆるITベンチャー企業特有の過重労働状態に陥っていました。」と当時を振り返る。当時は月100時間の残業となる人も出てくるような状況で、法令順守ができていないばかりか、やる気があるゆえに過度に働けてしまう環境が災いし、体調を崩してしまう社員が出た。「『あんなに元気だった人が具合悪くなってしまうんだ』と痛感しました。このままではいけないという、まさに『待ったなし』の状況でした。」という。
この強い危機感から、同社は2017年に取り組み始めていた健康経営の目標として、新たに「法令順守」と「メンタル不調者を出さないこと」を掲げ、組織の立て直しに乗り出した。
隠れ残業を許さない。システムと「36対策定例会議」による徹底管理
IT業界のコンサルティング業務は、顧客の要望に柔軟に応える性質上、プロジェクトごとに業務量の波が激しくなりやすい。特に年度末などは要注意の時期となる。さらにパソコン1台あればどこでも仕事ができてしまうため、コロナ禍以降に原則テレワーク中心の働き方へ移行してからは、特に「隠れ残業」が発生しやすい環境にあった。そこで同社は、勤怠・工数管理システムを導入し、大谷涼子さんらイネーブルメントチームが中心となって、「パソコンを立ち上げたら必ず打刻する。」というルールの徹底を図った。
しかし、ツールを導入しただけで従業員の意識が簡単に変わるわけではない。同社では、毎週役員が参加する「36(サブロク)対策の定例会議」を厳格に実施している。伊東部長は「毎週の会議でデータを突き合わせ、法定労働時間と実際の労働時間の差が規定を超えそうな社員がいた場合、アラートを出すだけでなく、直属の管理職に対して該当社員への体調確認や面談を速やかに行ってもらうよう具体的な確認をしています。」と話す。
また、「サービス残業(隠れ残業)は絶対に起こさない、未払いを出さない。」という強い姿勢も一貫している。大谷さんは「お客様のためにやってあげたいという気持ちの強い社員ほど、ついサービス残業をしてしまっていた。」と述懐する。だが伊東部長は「申告せずに働くことは決して許されません。もし隠れ残業の兆候が発覚した場合は、パソコンのログと照合して修正してもらい、残業代として正しくお支払いしたうえで、『黙ってやっては駄目。体調不良を起こさないためにも正しく申請して客観的な稼働状況がわかるようにしてください』とお伝えしています。」と語る。
2022年に中途入社し、現在アカウント第2部の部長を務める室橋和貴さんも、この徹底した姿勢に信頼を寄せる一人だ。「デリバリー(納品)の義務があるため、どうしても残業せざるを得ない場面はあります。しかし、会社がそれを頭ごなしに否定するのではなく、正しく申請させたうえできちんと見てくれているという安心感があります。だからこそ、自分たちも時間内でいかに効率よく成果を出すかというマインドに変えることができました。」と話す。
「健康リレー」でのダイエット宣言と、部活動が育む自律的な文化
労働時間の適正化と並行して、同社は社員の心身の健康を支援するユニークな施策を次々と打ち出している。その代表例が、福利厚生として導入された「健康サブスク制度」だ。これは、毎月上限1500円まで、社員個人が行う健康的な取組み(スポーツクラブの利用、健康アプリやサプリメントの購入、健康飲料の補助など)に対して会社が費用を補助する制度である。補助の対象は社員の要望を聞きながら柔軟にアップデートされている。
また、社内のコミュニケーションツールを活用した「健康リレー」も、自律的な健康文化を象徴する取組みだ。これは、社員が日頃実践している自身の健康法やリフレッシュの様子を写真付きでチャットに投稿し、次の担当者を指名してリレー形式でつないでいくものである。
室橋さんは、この健康リレーを通じて自身の「ダイエット」について、日々の食事管理や運動の様子を投稿したところ、他部署の社員からも多くの応援や称賛のリアクションが集まり、モチベーションを維持しながら大きな減量に成功したという。「これまでの30年間、ランニングなんて一度もしたことがなかった。」という室橋さんだが、社内の「ランニング部」にも所属し、定期的に同僚たちと集まって汗を流しているという。

社内の「ランニング部」にも所属している室橋和貴さん
伊東部長は「健康経営はともすれば会社からの『やらされている感』が出がちですが、社員同士の自発的なリレー形式にすることで、組織の中に『自分もやってみよう』という前向きな意識が芽生えました。」と手応えを語る。現在、この健康リレーは2周目に入っており、社内ではほかにも写真部や、伊東部長の有資格を生かしたワイン部など、運動に限らない多様なコミュニティが心身のリフレッシュと円滑なコミュニケーションに一役買っている。
互いをたたえ合う「Award制度」でリモート下の孤独感を解消
同社は全部署でのテレワークやバーチャルオフィスを早期から導入し、柔軟なハイブリッドワークを推進しているが、リモート環境特有の「孤独感」や「日々のプロセスが見えにくい」という課題にも直面していた。過去には、チャットツール上で感謝(タコスの絵文字)を送り合うピアボーナス制度を導入したものの、従業員任せではなかなか習慣化にまで至らなかったという経緯がある。
そこで、より会社の意図を明確に反映させ、組織の称賛文化を醸成する取組みとして、ここ2年ほど前から全社員参加型の「Award(アワード)制度」へと舵(かじ)を切った。年に2回オンラインで開催されるこの表彰式は、大きく「部門推薦協議枠」と、全社員が他薦で1人を選び「推しコメント」を添えて投票する「全社投票枠」に分かれて設計されており、受賞者には具体的な賞金も授与される。

アカウント第2部の部長を務める室橋和貴さん
室橋さんは、プレイヤーとして前線で成果を出しつつ、マネジメントも兼務する中で、実際にこのAwardで「リーダーシップ賞」を2度受賞した経験を持つ。「リモートワーク環境下では、どうしてもプロセスが見えづらく、結果だけで判断されがちです。そのため『自分の働きを周囲はちゃんと見てくれているのだろうか』という不安を抱くこともありました。しかし、Award制度を通じて、メンバーや他部署の仲間から推薦され、称賛されることで、強烈に自己肯定感が上がりました。」と室橋さんは語る。また、「ほかの部門の人がどんな新しい取組みをしているのかを知ることができるため、会社全体への帰属意識やワクワク感が高まり、モチベーションの向上に深くつながっています。」と制度の効果を実感している。
離職率は3割超から1桁台へ。健康経営がもたらした企業価値の向上
これらの多角的な取組みを継続した結果、同社の組織状態は驚くべき好転を遂げた。「以前はせっかく採用しても人が定着せず、離職率が3割を超える厳しい時期もありました。特に過重労働が深刻だった2019年頃は離職率が34%にものぼり、会社が立ち行かなくなるのではないかという危機感もありました。」と伊東部長。しかし、コロナ後のテレワーク移行と、働きやすさの改善が継続的に効いてきたことで、現在の離職率は1桁台へと大幅に低下した。残業時間が削減され、休暇が適切に取得しやすくなったことで、室橋さんのように新しくランニングを始めたり、資格取得のための勉強に時間を使ったりと、自分自身への投資やリフレッシュに時間を使える好循環が生まれている。心身の余裕が生まれたことで、一時期増えていたメンタルヘルス不調者の数も確実に減少している。
また、同社が獲得してきた「健康経営優良法人」の認定実績は、対外的な信用力の向上という面でも大きな資産となっている。伊東部長は「特に採用の現場において、求職者の方々だけでなく、ご家族や周囲の方々にとっても『安心して働ける環境が整っている会社』であるという強力な安心材料になっています。知名度の低いベンチャー企業であっても、この公的な認定があることで格段に信頼していただけるようになりました。会社の認知度や対外的な信用度を上げるうえでも、非常に大きな成果です。」とその意義を強調する。
今後の課題について、伊東部長は「健康経営優良法人を目指して頑張る過程で、実際に会社がどんどん健康になっていくのを肌で感じてきました。ツールや働く環境がどれだけ変化しても、基本は『人』にあります。何か突飛で新しいことを始めるというよりは、今ある健康施策や定例会議、Award制度を形骸化させることなく、一生懸命にやり続け、継続していくことが何より重要です。」と結んだ。
経営トップの危機感からスタートし、客観的なシステム管理と、社員同士の称賛の仕組みを両立させてきたtoBeマーケティング。従業員の健康を事業成長の基盤と位置づける同社の健康経営は、IT業界における持続可能な働き方の一つの実践モデルを示している。
