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企業の取組
トップの決断と現場の意識改革による飲食業界の働き方改革事例
株式会社銚子丸(千葉県千葉市)

株式会社銚子丸は、1都3県にグルメ寿司チェーン「銚子丸」「銚子丸雅」などを92店舗展開している。創業は昭和52年。従業員は正社員約500人、パート・アルバイト約3,000人を抱える。同社は平成29年から働き方改革に取り組み、残業時間の大幅削減と休日増加を実現した。飲食業界の労働環境のイメージを刷新する取り組みの背景にはトップの決断と現場の意識改革があった。
労働基準監督署の「隠れた残業」の指摘がきっかけ
改革のきっかけは平成28年の労働基準監督署の臨検監督だった。当時、給与には70時間の固定残業代が含まれており、店長は70時間を見込んでシフトを組んでいたため、残業時間が減ることはなかった。
当時社長だった取締役特別顧問は「給与体系や働き方について手を打ってきたつもりだった」というが、労働基準監督署から「隠れた残業がある」と指摘され、是正勧告を受けた。「一店舗査察が入っても大きな問題はないだろうと高をくくっていたが、是正勧告をきっかけに、全部直そうということで働き方改革に着手し始めた。」と振り返る。

まず取り組んだのは、残業時間の可視化だった。正しい打刻ができるようにすることから始め、固定残業時間を45時間まで減らすことを目標とした。しかし、正しい打刻を徹底するのに2年を要したという。現場からは「70時間の残業時間が給料に見込まれているので、45時間に減らすと給料が減る」という声が上がった。会社側は「給料は減らさない。労働時間をきちんと打刻して縮めてくれたら、基本給を上げていく」と説明し、理解を得た。
だが店舗数が多く、従業員も多いため、労務管理が徹底されておらず、当時エリアマネージャーとして数店舗を担当していた現採用担当マネージャーは「店長たちは『労務はできている』と言っていたが、それは『自分は我慢しているから大丈夫』という意味だった」と明かす。店長の長時間労働が常態化していた状況を改め、店長自身が早く帰ることで、他の従業員も帰りやすい雰囲気を作るため、店長の仕事を他の従業員に分散させ、マネージャーが店に入って一緒に働いたりした。教育制度や評価制度も整え、誰もが働きやすい環境を作った。さらに、マネージャー会議や店長会議、階層別の研修で繰り返し指示をし、本社では3000人以上の従業員の出勤・退勤・休憩を毎日確認し、できていない人には理由を確認した。顧問は「正しい打刻をするのに2年かかりました」と語る。

営業時間短縮や店舗休業日の導入「売り上げ」より「休み」を取る
さらに営業時間を短くしたり、正月の大繁忙期には店舗の営業をやめてお土産専門にしたりした。繁忙期はどうしても長時間労働となる。そこで年中無休だった店舗を繁忙期明けに休むことにした。1日休業すると大きな売り上げが飛ぶため、大きな決断だった。当時の営業部長だった執行役員は「働き方改革をやるという時は、私たちも半信半疑だった。」と振り返る。マネージャー会議や店長会議では「繁忙期は営業が稼げるので、そんな時間ではできない、無理だ。」という意見があったという。
しかし、顧問は「労働時間の短縮と売り上げのどちらを取るかという時に、労働時間を取る。」と断言。執行役員は「社長がそれだけの決断をして、それだけの発言をしたことで、現場も『これは何かが変わる』と感じた。飲食チェーンにとって革命のような改革でしたが、トップの決断が大きかった。」と語る。

残業の削減から始まった働き方改革だが、その後、男性育休や勤務間インターバルなど、世の中で話題になるものをその都度組み込んでいった。ワークライフバランスのコンサルタントからの助言で男性育休も導入した。顧問は「男性育休が本当になじむかどうか分からなかった、周りの協力も得られてなんとか根づいた。」と話す。
勤務間インターバルは、コロナ禍でどういう営業時間で、どういう営業をするのが一番効率的なのかを営業部隊と話し合っていた時に、11時開店の21時閉店という形になった。朝は11時開店なら9時から来て、21時閉店なら閉店作業をしても22時には出られる。すると、11時間の間隔が空くので、ここでしか宣言できないと思い、インターバル制度を宣言した。複合商業施設などに入っている店舗は閉店時間などを勝手に決められないが、それ以外は繁忙月で60%台後半、閑散月だと80%台後半に実施できるようになったという。
「お客様を大切にしながら休みを続けていく」
平成15年にアルバイトとして銚子丸に入社したという店長は「当時は長く働くのが当たり前でした。」と振り返る。だが、店長になって改革が始まると「営業に支障が出るんじゃないか、と正直不安を感じた。」と明かす。しかし、業務の段取りや効率化を図ることで、「時間が短くなっても以前と変わらない仕事ができる」と気づいた。さらに、店長の負担軽減のため、仕事を分担するようになった。「仕事を振ることができると、自分の気持ちも楽になりますし、時間も作れるようになります。研修用の動画を活用したのも良かった。」と語る。
さらに、店舗休業制度の導入は大きな変化だった。最初は売上減少への不安があったが、実際に休業日ができてみると、「シフトが作りやすくなった」という。3連休が取れることで、自分の時間ができ、リフレッシュできるようになったといい、「自分の好きなことをやってます。車の運転やドライブが好きなので、外に出かけたりしています。ゲームも好きですし、アウトドア活動もします。」と笑顔を見せる。
給料面での不安はなかったという大橋店長。「むしろ去年からは社員一律で給料アップもしていたので、休みも増えて連休も取れて、なおかつ給料もアップして最高だと思っていました。」と満足げだ。機械化が進んだことで空いた時間を活用し、手間のかかる自家製玉子焼きなども提供できるようになりお客様サービス向上にも繋げているといい、「お客様を大切にしながら、今の休みを続けていくことが一番良い。」と話した。

働き方改革で退職した従業員が復職
顧問は今後の課題が三つあるといい、一つは休日を増やすことだ。特に新卒採用のためには休日が年間120日以下だと見向きもされないという。二つ目は総労働時間の削減だ。繁忙期はどうしても労働時間が長くなるため、どう工夫していくかが課題となる。最後は人件費で、顧問は「最低賃金が上がり、人件費がじわじわ上がっていく。これまで経験したことがない状況で、会社のかじ取りは難しい。」と考えている。
しかし、働き方改革によって、以前辞めた社員が「働き方が変わった」「休みも増えた」という話を聞いて戻ってきた。中には15年前に辞めた社員もいるという。改革の推進には、給与の大幅アップや店舗の協力が不可欠だった。また、コロナ禍でのタッチパネル導入や機械化などのDX推進、教育システムの充実も大きな役割を果たした。これらの取り組みにより、離職率は12%から5.8%に低下し、女性店長の増加や若手の登用など、人材の多様化も進んでいる。
株式会社銚子丸の働き方改革は、トップの強い決断と現場の協力、そして地道な努力によって実現した。今後も引き続き課題を克服し、さらなる働きやすい環境を作っていくことが期待される。
