本社工場の製造現場。50年以上受け継がれてきた安全文化に基づき、危険箇所と作業者を物理的に隔離する安全柵を設けている。(古林工業株式会社提供)
“基本に忠実に”——古林工業が受け継ぐ安全文化
毎年7月1日から7日まで実施される「全国安全週間」は、昭和3年の創設から一度も途切れることなく続き、今年で99回目を迎えます。令和8年度のスローガンは「多様な人材 全員参加 みんなで育てる安全職場」。
後編では、令和7年度(2025年度)の「安全衛生に係る優良事業場、団体又は功労者に対する厚生労働大臣表彰」(以下、厚生労働大臣表彰)優良賞を受賞した古林工業株式会社(大阪府大阪市)の取り組みを紹介します。技術部部長代理で中央安全衛生委員会主任管理者の谷原さんに聞きました。
全国安全週間と厚生労働大臣表彰
全国安全週間は6月を準備期間、7月1日から7日を本週間と位置づけています。事業場でのパトロール・教育訓練・広報活動に加え、講習会の開催や、事業場間でワークショップを通じた好事例の共有も実施要綱に掲げられており、優れた取り組みを業界全体へ広げることも週間の目的の一つです。
本週間では厚生労働大臣表彰が行われます。安全衛生活動の水準が特に優秀で他の模範と認められる事業場・団体・個人を顕彰する制度で、受賞事例の社会への発信を通じて、より多くの事業場の安全水準向上を後押しする役割も担っています。
「従業員の命が一番大事」
古林工業株式会社は1919年(大正8年)の創業で、主に鋼管および鋼板製管継手を製造しています。本社工場(大阪市)には112名が勤務し、ベトナム人労働者14名を含む多様な人材が働いています。
受賞の報を受けた際、社員からは「何十年積み重ねてきたことが評価された。純粋に嬉しい」という声が上がる一方、「継続してくださいというプレッシャーも感じる」という声もあったといいます。喜びと同時に、これからも続けることへの覚悟を新たにした瞬間でした。「従業員の命が一番大事だよ——それが皆、心に銘じて働いています」と谷原さんは言います。
古林工業の生産現場には見過ごせないリスクが潜みます。プレス機では金型への挟まれが最大の危険で、最悪の場合、死亡や重篤な障害につながります。切削加工機では指先などの部位欠損が、コンベアでは巻き込みが、フォークリフト作業では衝突や荷崩れによる挟まれが重大な事故につながり得ます。
フォークリフトが行き交う本社工場の通路。警報灯を床面に照射し、歩行者への接近を知らせる(古林工業株式会社提供)
谷原さんは「プレス機は最悪、死亡災害や重篤な障害が発生する恐れがあります。切削加工機については過去には実際に起きた災害もあります」と話します。
こうしたリスクに対し、中央安全衛生委員会のメンバーが毎月1回、工場内を巡回し「ヒヤリ・カモシレカード」で危険箇所を記録・共有します。全国安全週間期間中と年末には社長みずからがパトロールを行い、改善提案制度では安全性の向上も募集テーマに含めています。
中央安全衛生委員会メンバーによる月次パトロール。「ヒヤリ・カモシレカード」で危険箇所を記録し、社内で共有して改善につなげる(古林工業株式会社提供)
自社設計の設備が多い同社では、設計段階から安全を作り込む「安全設計基準」も重要な役割を担います。指が挟まれる可能性のある箇所は隙間25ミリ以上、腕は100ミリ以上と定め、危険部位と作業者の物理的な隔離を最優先とします。「危険箇所と作業者を隔離することを一番念頭に置いています」と谷原さんは語ります。
自社設計の設備に「安全設計基準」を組み込み、作業を自動化する機器を導入。挟まれなどのリスクを排除している(古林工業株式会社提供)
50年続く安全の仕組み
古林工業の安全文化には、半世紀を超える積み重ねがあります。社内スローガン「安全でゆとりある快適な職場をつくる」は50年以上前から掲げられ続け、優先順位は「安全第1・品質第2・生産第3」と定めています。
同社が安全活動に本格的に取り組み始めたのは、昭和47年(1972年)の労働安全衛生法の施行がきっかけです。当時の現場では、上から指示を待つのではなく、作業員自らが安全グループを組み、専門書を購入して研究し、自分たちの現場に合ったKYT(危険予知トレーニング)のやり方を手探りで作り上げていきました。その積み重ねが、今日まで続く安全文化の土台となっています。
KYT研修の風景。大判の用紙に作業のリスクを書き出し、チームで議論しながら対策を考える。この手法は50年前、作業員自らが専門書を手に試行錯誤しながら作り上げた(古林工業株式会社提供)
現在、新入社員や途中入社の社員が配属された際には、その作業場・設備で実際に起きた過去の災害事例を照らし合わせながら安全教育を行っています。事故のない職場では、リスクを自分ごととして実感しにくくなりがちです。だからこそ、過去の事例を通じた「仮想体験」が、危険への感覚を鋭く保ち続けるための重要な手立てとなっています。
継続のカギは、仕組みと個人の両輪です。毎年7月の全社安全大会では社長訓示・優秀職場表彰・労働基準監督署の安全講話が行われ、大会後のTBM(ツールボックスミーティング)で一人ひとりが内容を振り返ります。個人レベルでは「する・しない運動」として、各自が年間の安全目標を食堂に掲示し、年4回、上司ではなく自分自身で評価して翌年の目標を決める取り組みも続けています。
今年度のスローガンが示す「多様な人材」への対応も、この職場では日常のこととして根付いています。
高齢者や女性が増える現場では、重量物を持ち上げる際の負荷を軽減する揚重補助装置を2025年に導入しました。また、リスクアセスメントで改善効果を数値として確認しています。床面の凸凹補修など転倒予防の対策も継続しており、働く人の変化に合わせて環境を整え続けています。
揚重補助装置(電動バランサー)を使い、重量のある鋼製部品を扱う検査工程。装置が部品の重さを支えることで、持ち上げ動作による身体負荷を軽減する。高齢者・女性の増加に対応して昨年導入した(古林工業株式会社提供)
14名のベトナム出身労働者に対しては、スマートフォン翻訳の活用と日本語・ベトナム語を併記した手順書を整備。餅つき大会など日本の文化を体験する機会もつくり、すべてのメンバーがお互いに声をかけ合えるコミュニケーションの土台を育んでいます。
安全文化の浸透のコツについて谷原さんは、「基本に忠実に——目新しいことに頼るだけではなく、安全衛生の基本的なところを守って積み上げていくことが第一。社内の皆が口をそろえる意見です」と語ります。
工場で催される餅つき大会。日本人社員とベトナム出身の技能実習生・特定技能者が一緒に杵を握る。日本の文化を共に体験する場が、日常の声かけの土台になっている(古林工業株式会社提供)
評価を受けた、日々の安全活動
今回の記事で紹介した北日本電線 槻木事業所と古林工業は、いずれも工場として期間を定めずに操業を続ける「無期事業場」です。工期が定まった建設現場などの「有期事業場」はその期間だけ無災害であれば候補に挙がりやすい一方、無期事業場は長年にわたって安全衛生活動を継続し、水準を維持し続けることが求められます。
評価されるのは休業災害ゼロの実績だけでなく、リスクアセスメントの実施、危険体感教育、総合パトロールによる安全管理の定着など、日常の積み重ねの総体です。両社の受賞は、その難しさを乗り越えてきた実績そのものが認められた結果といえます。
安全活動を職場の外へ
北日本電線 槻木事業所と古林工業に共通するのは、「継続こそが力になる」という信念です。仕組みや現場の特性は異なっても、働く人の命を守るために日常の積み重ねを大切にしてきた姿勢は同じです。
古林工業では以前から、同業・他業種を問わず他社との交流を大切にしており、互いの工場を見学し合って意見を出し合う取り組みをずっと続けてきたといいます。「同じ社会で働く仲間として、安全に過ごせることを目的にしたい」と谷原さんは語ります。
一社の50年の積み重ねを、同じ現場で働く人たちへ広げていく——それは、表彰制度が優良事例の横展開を目指す精神とも重なります。安全な職場づくりは、業種や規模を超えた、すべての働く人に共通する課題です。
まとめ
「基本に忠実に」——古林工業が50年かけて積み上げてきたこの言葉は、あなたの職場でも今日から実践できる指針です。特別な設備も予算も必要ありません。まず一つの習慣から始めることが、安全文化の第一歩になります。
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