ひきこもり支援においては、安心して過ごしながら、ゆるやかに社会とつながることができる居場所づくりが大切。「あなたのまんま」(奈良市)は、幼稚園だった場所をリノベーションしたコミュニティスペースを活用し、自分のペースで参加できる体験を提供している。
大事なのは、「安心できる居場所」と「ゆるやかな出番」を地域でつくること
ひきこもりは特別なことでも甘えでもありません。なんらかの生きづらさをかかえて立ち止まる期間が長引き、社会的に孤立したり、周囲との関係が希薄になったり——そうしたひきこもりの状態は誰にも起こりうるものです。本特集では、一人一人が安心して暮らせる社会をつくるために、ひきこもりへの理解を深め、支援のあり方を考えます。前編では、厚生労働省が2025年に作成した「ひきこもり支援ハンドブック〜寄り添うための羅針盤〜」の策定にも携わった専門家に話を聞きました。
背景にあるのは病気や障害ではなく「生きづらさ」
「ひきこもり」と聞いてどのようなイメージを抱くでしょうか。ひきこもりは「特別なこと」や「甘え」「怠け」だと考える人もいるかもしれません。でも学校や職場にうまくなじめなかったり、体の不調で気力が湧かなかったりして、逃げ出したくなった経験は誰にもあるはずです。長期的ではないけれど、自分が「プチひきこもり」状態だったことに思い当たる人も多いでしょう。
人によっては、こうした立ち止まりの状態が長く続き、周囲との関わりをもつのを避けるようになり、社会的に孤立することがあります。長年、生きづらさをかかえる子どもやひきこもりの支援に携わってきた白梅学園大学名誉教授の長谷川俊雄さんは、「ひきこもりを一律的に定義するのは難しい」と言います。背景にある「生きづらさ」の内容は人それぞれで、子どもから大人まで幅広い年齢層に及ぶからです。また自室や自宅からほとんど出ない人から、自分の趣味の用事であれば外出できる人まで、その姿は一様ではありません。
50人に1人がひきこもり状態という現状
内閣府が2022年度に実施した「こども・若者の意識と生活に関する調査」によると、15〜64歳の50人に1人、約146万人がひきこもり状態にあると推計されています。
注目すべきは、40歳から65歳の中高年層が増えている点です。90年代には若年層の問題と考えられていましたが、十分な支援を得られなかった当事者が高齢化し、親も年を重ね、80代の親が50代となったひきこもりの子どもを支える「8050(はちまるごーまる)」問題が顕在化しています。またこの調査では、約半数が女性であることも明らかになりました。従来の調査では「主婦(夫)」や「家事手伝い」が含まれておらず、可視化されてこなかったためです。
ひきこもりの多様性を尊重する「社会モデル」
これだけ多くの人がひきこもり状態にあるとされるなか、支援のあり方はどのように変わってきたのでしょうか。
ひきこもりという言葉が社会問題として注目されるようになったのは90年代後半のこと。当初は病気や障害など個人の特性が背景にあるという考えから、精神保健や医療の視点に基づく支援(医療モデル)が進められてきました。
しかし長谷川さんは当事者たちと向き合うなかで、別の視点を得たと言います。「ひきこもり状態の人たちの背景にあるのは病気や障害に限りません。社会とは何か、働くとは何かを真剣に考えている人たちの姿が見えてきました。彼らは人間関係で傷ついたり挫折したりするなかで、自身の安心・安全を守るために『退避=ひきこもる』という選択をしていたのです」
長谷川さんが検討委員会委員長を務め、厚生労働省が2025年1月に公表した「ひきこもり支援ハンドブック〜寄り添うための羅針盤〜」は、ひきこもり支援の大きな転換点となりました。「誰ひとり取り残さない社会をめざすのであれば、定義をなくしていかなければいけません。ひきこもりの人たちは多様であり、多義的です。共通点があるとすれば、生きづらさをもっていることです」と長谷川さんは言います。医療による支援の対象に当てはまらないこの多様な背景をもつ人たちが取り残されないよう、生きづらさの状況をつくっている社会の側が取り組む必要性(社会モデル)を明確にしました。
ひきこもり支援ハンドブックでは、ひきこもり支援のめざす姿は、本人が自分の意思によって生き方を「自律」的に決定することだとしています。ひきこもりに至った背景や心情は多様であることから、本人の意思や回復力を抜きにした支援では前に進むことがむずかしいからです。
長谷川さんは言います。「従来の『自立』では、就労や社会参加といったゴールを重視していました。でも一部の人しかこのゴールに到達できないとしたら、ひきこもり状態にある人の中で優れた人とダメな人という階層をつくることになってしまいます。一方の『自律』では、周囲がゴールを押し付けるのではなく、本人が自分で決めて歩んでいくプロセスを重視しています。一人一人の尊厳を尊重した支援の仕方を考えていかなければなりません」
安心・安全な居場所の重要性
さらにひきこもり支援ハンドブックは、当事者が安心して過ごし、社会とのつながりをもてる「居場所づくり」の大切さにも触れています。たとえば奈良県奈良市で月2回開かれる「あなたのまんま」は、まさに何もしなくても安心していられる居場所となっています。幼稚園をリノベーションしたコミュニティスペースで社会とゆるやかにつながるイベントを開催しているほか、小上がりのスペースでは思い思いに過ごすことができます。
奈良市で開催されている居場所「あなたのまんま」では、地域住民との交流やヨガなど体を動かす活動などが行われています。
(提供:あなたのまんま)
あなたのまんま運営委員会代表の大竹靖子さんは言います。「自分のペースで過ごせる、安心できる場所づくりを心がけています。それぞれがこの居場所から羽ばたいていけるよう、ハイキングや卓球、ヨガなど体を動かすことや料理などを行っているほか、地域の人を招いた交流イベントも企画しています」。また親だけの会も毎月開催しており、家族にとっても安心できる居場所として機能しています。
あなたのまんまでは、居場所だけでなく、ひきこもり状態にある人が社会に出ていく準備となるよう、地域の中で無理なく参加できる「ゆるやかな出番(役割)」づくりにも力を入れています。高齢者が多く住む地域の困りごとを助ける「きづな屋」です。「きずな」ではなく、「きづな」と名付けたのは、気持ちをつなぐという意味をこめたから。電球の交換から粗大ゴミの搬出、キッチンやお風呂の掃除まで、地域の人のさまざまな要望に応えて喜ばれることで、ひきこもり状態にある人たちの自己肯定感が高まる効果があると大竹さんは言います。
ひきこもりが長期化するとあきらめや孤独、自己肯定感の低下が起こり、意欲の消失につながることがあります。こうした状況を防ぐためにも、安心して過ごせ、ゆるやかな出番を見つけることができる地域の居場所はとても大事になってきます。
あなたのまんまでは、社会に出ていく準備となる「ゆるやかな出番」をつくるべく、地域の困りごとを手助けする「きづな屋」を運営。さらにもう一歩のステップとして、ならコープと連携し就労サポートを行っています。(提供:あなたのまんま)
リアルとオンラインでつながる新しい支援のかたち
地域の居場所づくりが重要である一方で、ひきこもり状態にある本人や家族からは、こうした支援に関する情報が少ないという声も聞かれます。厚生労働省ではひきこもり当事者や家族、支援者の声を広く共有し、ひきこもりは誰にでも、どの家族にでも起こりうるものとして、地域で暮らす一人一人の理解を図るべく、2021年度に「ひきこもりVOICE
STATION」を始動。その活動は全国キャラバンやフェスなどリアルイベントの開催や、ショートドラマ制作など広がりをみせています。
後編では、「ひきこもりVOICE STATION」のさまざまな活動を紹介するとともに、2025年度の全国キャラバン運営に携わったスタッフに思いを聞きました。
まとめ
ひきこもりは特別な問題ではなく、誰にでも起こりうる生きづらさの現れです。大切なのは多様な背景、生きづらさをかかえる人々を広く支援対象としてとらえ、本人の意思を尊重し、継続的に寄り添うこと。安心して過ごせる居場所をつくり、地域でゆるやかなつながりを育むことが、誰もが生きやすい社会につながります。
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