今、若者の献血が必要な理由
日本の血液事業は国民の善意による献血で支えられています。しかし近年、10代から30代の献血者数が減少し、将来の安定供給への懸念が高まっています。少子高齢化が進み、献血可能な人口は減り続ける一方で、医療現場での血液需要は増加する見込みです。若年層の献血離れは、私たちの医療と社会にどのような影響を及ぼすのでしょうか。前編では、厚生労働省 医薬局 血液対策課の職員とともに献血を取り巻く現状と課題、そして血液事業の歴史的な転換点を振り返りながら、若者の献血がなぜ重要なのかを考えます。
若者の献血離れの現状——身近でなくなった献血
献血者数の推移を見ると、10代、20代、30代のいずれの年代でも減少傾向が続いています。たとえば20代の献血者数は、平成21年度に約113万人いましたが、令和6年度には約66万人と、15年間で4割以上減少しました。一方で、50代から60代の献血者数は増加しており、現在の献血は年齢層の高い世代に支えられている状況です。
若年層(10~30代)の献血者数は減少傾向にある一方で、50~60代の献血者数は増加。現在の献血は高年齢層に支えられている状況が見て取れる(出典:厚生労働省)。
「若年層の献血が減っている背景には、少子化による人口減少があります。加えて、医療現場では400ml献血の需要が高まっていますが、400ml献血は男性で17歳以上、女性で18歳以上という年齢制限が設けられているため、以前は盛んだった高校での献血が減少してきました」と、厚生労働省 医薬局 血液対策課 課長補佐の金子健太郎さんは説明します。
さらに新型コロナウイルス感染症の影響で、学校や企業での集団献血の機会も減少。若者が献血に触れる機会そのものが減りつつあります。「高校時代に献血を経験しておくと、大人になってからも身近に感じられますが、その機会が少なくなっています」と、血液対策課 献血推進係の村本紗央理さんは指摘します。
血液事業のあゆみ——「売血」から「献血」へ
日本の血液事業には、安全性の向上と安定供給の確保を実現するための長い歴史があります。その転換点の1つとなったのが、1959年に発生した「黄色い血」問題です。当時、民間の血液銀行では有償で血液を集める「売血」が行われていました。しかし、生活に困った人が短期間に何度も売血を繰り返した結果、血液中の赤血球が回復せず、血漿部分だけが目立つ「黄色い血」が社会問題となったのです。
転機は1964年に訪れます。駐日アメリカ大使のライシャワー氏が暴漢に襲われ、輸血を受けた際、売血由来の血液によって肝炎に感染する事件が発生。これを受けて政府は同年8月21日、「献血の推進について」を閣議決定し、献血による血液確保へと大きく舵を切りました。
1974年には、輸血用血液製剤のすべてを献血で賄う体制が確立されました。一方で、血液の血漿(けっっしょう)成分から作られる医薬品である「血漿分画製剤(けっしょうぶんかくせいざい)」は、売血由来、輸入血漿由来の製品が多数を占める状況でした。こうした状況の中、1980年代に、「血漿分画製剤」のうち、海外から輸入された非加熱血液凝固因子製剤によるHIV感染問題が発生。約1,400人が感染し、国と製薬企業の責任を問う訴訟へと発展、この教訓から血液製剤の国内自給の重要性が改めて認識されました。
1990年には有料採血が完全に廃止され、2003年には血液製剤の安全性の向上、献血による国内自給の原則・安定供給の確保、血液製剤の適正使用の推進、血液事業の運営に係る公正の確保及び透明性の向上を基本理念とする「血液法(安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律)」が制定されました。
「過去に深刻な問題がありましたが、今は国、自治体、日本赤十字社、製薬メーカー、医療関係者が連携して安全な血液を安定的に供給する体制が整っています。しかし、これは国民の皆さんの献血へのご協力があってこそ成り立つものです」と金子さんは語ります。
日本の血液事業は「売血」から「献血」へと転換し、安全性を確保してきた歴史がある
血液は代替できない医薬品——輸血用血液製剤と血漿分画製剤
献血で集められた血液は、大きく分けて二つの用途に使われます。一つは「輸血用血液製剤(ゆけつようけつえきせいざい)」で、白血病やその他のがんの治療、手術・出産時に大量出血が起こった場合に用いられる全血製剤、赤血球製剤、血漿製剤、血小板製剤があります。もう一つは前述の「血漿分画製剤」で、血液中の血漿成分からタンパク質を取り出して製造されます。
血漿分画製剤には、血友病患者に使用される血液凝固因子製剤、重症感染症や免疫機能が低下した場合に使用される免疫グロブリン製剤、やけどや出血により循環する血液量が低下した時に使用されるアルブミン製剤などがあります。現在、献血で集められた血液のうち、約55%が血漿分画製剤の原料として、約45%が輸血用として使われています。
「血液は人工的に作ることができず、保存期間も短い。献血でしか得られない、かけがえのない医薬品です」と村本さんは強調します。輸血用血液製剤の有効期間は、血小板製剤で採血後6日間、赤血球製剤でも28日間と限られており、継続的な献血協力が不可欠なのです。
献血された血液は、輸血だけでなく様々な医薬品の原料としても使われている。近年は免疫グロブリン製剤の需要増により、血漿分画製剤の割合が高まっている
人口構造の変化と迫りくる需給ギャップ
献血の将来を見据えると、人口減少から深刻な課題が見えてきます。推計ではありますが、日本赤十字社のデータでは献血可能年齢(16~69歳)の人口は、2025年に約7,781万人ですが、2045年には約6,277万人にまで減少する見込みです。一方で、高齢化に伴い、がん治療や手術での輸血需要は増加が予想されます。
「特に需要が伸びているのが、血漿成分から作られる免疫グロブリン製剤です」と金子さん。免疫グロブリン製剤は、医療現場での適用範囲の拡大により必要量が年々増えています。
「10年後、20年後を考えると、今の若い世代にもっと協力いただかないと、本当に血液が足りなくなる可能性があります」と金子さんは警鐘を鳴らします。
若者献血を増やすには——国や学校での取り組み
厚生労働省では、若年層に献血を身近に感じてもらうため、中学生、高校生、大学生それぞれに向けた啓発ポスターやテキストを全国の学校に配布しています。文部科学省とも連携し、学校現場での献血理解の促進を図っています。また、夏には「愛の血液助け合い運動」、冬には「はたちの献血キャンペーン」を全国で展開しています。
中学生向け献血啓発テキスト(左)と大学生等を対象とした献血への理解を促すポスター(中央)、「はたちの献血」キャンペーンポスター(右)(写真提供:厚生労働省)
令和8年2月には、若年層への意識啓発と社会への積極的な参加を促すことを目的として、小・中・高校生を対象とした「献血普及啓発ボランティアによる活動発表会」を開催しました。
「献血普及啓発ボランティアによる活動発表会」(写真提供:厚生労働省)
また、全国各地には、若年層に献血に興味を持ってもらうことや、献血協力者を増やすことを目的として活動している学生献血推進ボランティア団体があります。大学、短期大学及び専門学校の学生で構成されており、若年層への献血啓発に大きな役割を担っています。
全国各地で開催されている献血推進イベント。若年層に献血を身近に感じてもらう取り組みが広がっている(写真提供:厚生労働省)
献血は、全国の献血ルームや献血バスで手軽にできます。村本さんは「献血ルームはきれいで、献血ルームによっては、漫画も読めますし、お菓子ももらえます。最初はそれが目的でもいいんです」と語ります。
全国の献血ルーム(東京の献血ルームfeel(左)、大阪の阪急グランドビル24献血ルーム(中央)、広島県の献血ルーム「ピース」(右))ではリラックスして献血できる環境が整っている(写真提供:日本赤十字社)
「献血可能人口が減少する中、若い世代の協力が得られなければ、将来、医療に必要な血液を確保できなくなる恐れがあります。将来にわたり患者さんに安全な血液を安定的に届けるため、継続的な献血への協力が必要不可欠です」——金子さんの言葉には、切実な思いが込められています。日本赤十字社のウェブサイトで最寄りの献血ルームや移動献血の会場を確認できますので、ぜひ一度、訪れてみてください。
まとめ
若年層の献血は、将来の医療を支える重要な社会貢献です。少子高齢化が進む中、今の若い世代の協力なしには、安定的な血液供給は維持できません。献血は、未来の誰かの命を救う行動であり、私たち一人ひとりができる、持続可能な社会づくりの一歩なのです。
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