ひきこもり——誰もが生きやすい社会へ—当事者が参加し社会とつながる、新しい支援のかたち

2025年に全国6カ所で行われたひきこもりVOICE STATION全国キャラバンの事務局を務めた東善仁さん(左)と山森彩さん(東京・渋谷で行われた「ひきこもりVOICE STATIONフェス」の会場にて)

【特集】ひきこもり——誰もが生きやすい社会へ——

後編

当事者が参加し社会とつながる、新しい支援のかたち

特集
2026.05.11

ひきこもりは特別なことでも甘えでもありません。なんらかの生きづらさをかかえて立ち止まる期間が長引き、社会的に孤立したり、周囲との関係が希薄になったり——。そうしたひきこもりの状態は誰にでも起こりうるものです。本特集では、一人一人が安心して暮らせる社会をつくるために、ひきこもりへの理解を深め、支援のあり方を考えます。後編では、「ひきこもりVOICE STATION」の取り組みを取り上げ、当事者が参加し社会とつながるための新しい支援のかたちを紹介します。

当事者のリアルな声に触れられる多彩なコンテンツ

現在、生きづらさをかかえてひきこもり状態にある人は、全国で約146万人いると推計されます(内閣府の調査より)。生きづらさの理由は人それぞれで、ひきこもりを一括りに語ることはできません。

一人一人がどのような思いをかかえているのかを広く共有することで、誤解や偏見をなくし、地域に暮らす誰もが生きやすい社会をつくろうと厚生労働省が5年前にスタートしたのが、情報プラットフォーム「ひきこもりVOICE STATION」です。

当事者の声を、社会に開く発信のかたち 当事者の声を、社会に開く発信のかたち

「ひきこもりVOICE STATION」のウェブサイトには、全国の相談窓口や当事者会、家族会などの情報、居場所づくりの事例集など充実した情報に加え、当事者や経験者のリアルな思いに触れられる多彩なコンテンツが掲載されています。

ドキュメンタリー「VOICES」では、ひきこもりの経験者たちが当時の思いや、社会と再びつながっていった過程を語ります。ひとつひとつの言葉から、誰もが生きることに精一杯向き合っていることがわかります。

ひきこもり経験者が詠み、俳人の夏井いつきさんが選定した「ひきこもごも俳句」には、当事者の心情がよく現れています。ひきこもり当事者や経験者、家族の体験談をもとにしたショートムービー「こもリアル」は、YouTubeでも公開され共感を呼んでいます。

全国を巡回するキャラバンが対話の場に

ウェブサイトでの情報発信だけでなく、リアルな場での対話と交流の場となっているのが全国を巡回するキャラバンです。これまで22都市で開催されており、2025年度は6カ所(神奈川、高知、秋田、新潟、奈良、大分)で実施。ひきこもり当事者・経験者や家族、支援者及び地域の方々が集い、パネルトークやワークショップが行われました。

VOICE STATION事務局メンバーとして、25年度の全国キャラバンの運営を担った東善仁さんと山森彩さんに、運営を通じて見えてきたものを聞きました。

ひきこもりVOICE STATION事務局の山森彩さん ひきこもりVOICE STATION事務局の山森彩さん

ひきこもりVOICE STATION事務局の山森彩さんは、ひきこもり経験者の体験談を入り口に理解を深めていったと言います。

「これまで地域のコミュニティづくりなどには関わってきましたが、ひきこもり支援は新しい領域でした。以前は、ひきこもり状態になるのは精神的な困難やトラウマをかかえている方が多いというイメージをもっていました」と山森さんは語ります。でもひきこもり経験のある林恭子さんの著書で、当事者は「生き埋めにされた状態のような苦しさ」であることを知って、山森さん自身もそうした気持ちの経験があると思い当たったそうです。「ひきこもり経験者の話を入り口に、少しずつ理解を深めていきました」



ひきこもりVOICE STATION全国キャラバンではひきこもり体験者や家族、支援者がパネルトークを行ってその思いを語ったほか、ワークショップを実施しました(左は全国キャラバンin神奈川、右は全国キャラバンin高知での様子)。

東さんと山森さんが担ったのは、パネルトークとワークショップの運営です。「各地域で活動するアンバサダーと協力しながら登壇者を選定し、テーマを設定していきました。その過程で特に意識したのが心理的な『安全性の確保』です。当事者が安心して参加できる(不安を抱かない)よう、言葉の選び方ひとつにも気を配りました」(山森さん)

「みらい新聞」が生んだポジティブな効果

25年度には新しい試みとして、地域でのアクションを具体的にイメージできるような成果物をつくるワークショップを実施しました。題して「みらい新聞」。地域にこんな居場所があれば誰もが生きやすくなるというアイデアを膨らませ、それを新聞というかたちで紹介するという試みです。

「当事者・家族の会などは切実な思いを吐露する場となっていて、気持ちが沈んで帰ることもあるとか。でもこのワークショップでは前向きな気持ちで帰れました、という感想をいただいて、実施して本当に良かったと思いました」と東さん。



全国キャラバンのワークショップでは、ワクワクする居場所についてみんなで考え、「みらい新聞」にまとめました(写真はその一部)。気が向いた時だけ自由に利用できる居場所を求めていることがわかります。

キャラバンの運営を通じて東さんと山森さんが強く感じたのは、「ひきこもりの人」という一括りの存在はいないということでした。東さんはこう語ります。「それぞれに異なった人生があるんですよね。そこに目を向けないと、本当にその人に寄り添うことはできないと感じました」

全国キャラバンでは登壇した経験者や家族から出て良かったという声が多く聞かれたと言います。「ひきこもり状態から少し回復した方が登壇することもあります。そうした人と出会うことで、当事者や家族が孤立しない力にもなる。気にかけてくれる人が社会にいると感じられるだけでも、心強いのではないでしょうか」(東さん)

事務局の東さん 事務局の東さん

事務局の東さんは、「当事者を孤独にしないことが大事」だと言います。「だから今回のキャラバンのように、地域に出向いていって、関心をもつ人が一堂に会するだけでも意味があることだと思っています」

さまざまな取り組みの集大成となったのが、1月24日に東京・渋谷で開催された「ひきこもりVOICE STATIONフェス」です。ステージではひきこもりVOICE STATIONのクリエティブプロデューサーである宮本亞門さんをファシリテーターに、「こもリアル」の監督・出演者・原作者によるトークショーを開催したほか、全国キャラバンが行われた地域とオンラインでつなぎ、ワークショップで生まれたアイデアをシェアしました。展示フロアでは、各地で制作した「みらい新聞」も展示されました。

ひきこもりVOICE STATIONフェスでの様子 ひきこもりVOICE STATIONフェスでの様子

「ひきこもりVOICE STATIONフェス」では宮元亞門さん(中央)をファシリテーターに山田ルイ53世さん、まいきちさん、「こもリアル」の監督・出演者らが登壇し、ひきこもり当事者がかかえる生きづらさについて語り合いました。

選択肢がたくさんある、支え合う未来へ

キャラバンの運営を通じて、東さんと山森さんが強く感じたのが、「選択肢を増やす大切さ」でした。選択肢がたくさんあれば、協力者も自然と増えていきます。1人ですべてを決める必要はなく、誰かに頼ったり、力を借りたりしてもいいでしょう。たくさんの道の中から自分の行く道を定めることが大切になるのです。

「支援の場や地域の中で、こんなのもあるよ、あんなのもあるよ、とたくさんの選択肢が示される雰囲気をつくれたらいいと思っています。本人が決められる環境を地域づくりの現場でどうつくっていくかが、私たちに問われていると感じます」(山森さん)

選択肢が豊富であるということは、頼れる先がたくさんあるということです。「依存先は多ければ多いほどいい。ひとつのところでうまくいかなくても、別のところなら悩みにならないこともあります。依存は悪い意味で使われがちですが、依存する場所がたくさんあるほうが生きやすいですよ」(東さん)

ひきこもりへの理解を深め孤立を防ぐには、当事者の声に耳を傾け、ひきこもりを「誰か」の問題ではなく、「私たちの問題」として受け止めることが第一歩です。たくさんの頼れる先があって、「それでいいんだよ」と言い合える社会になれば、誰もが少し楽に生きられるのではないでしょうか。

まとめ

厚生労働省が運営する「ひきこもりVOICE STATION」は、当事者・経験者の声を社会に共有し、理解を深める重要な働きを果たしています。ウェブサイトでの情報発信をはじめ、全国を巡回するキャラバンでは、パネルトークやワークショップを通じ、当事者・経験者や家族、支援者をはじめ地域のみんながリアルな思いをシェアしました。大切なのは選択肢を増やし、頼れる場所をたくさんつくること。ひきこもりを私たち「みんなごと」「社会ごと」の問題としてとらえることから、支え合う社会は始まります。

◾️もっと知りたい方へ

ひきこもりVOICE STATION(instagram)