デジタル技術を入り口に、戦争の記憶を「自分事」にする一歩を

広島を訪れる小中高の修学旅行生に向けた平和学習プログラムなどの企画運営に携わっている山口晴希さん。平和記念公園にて。

【戦後80年特集】私たちが受け継ぐ「戦後80年」 ── 語り、つなぎ、未来へ ──

第2回 デジタル化

デジタル技術を入り口に、戦争の記憶を「自分事」にする一歩を

特集
2025.08.12

2025年、日本は戦後80年を迎えます。先の大戦を体験された方の高齢化が進む中、この大きな節目は先の大戦の記憶や教訓を次世代に引き継ぎ、未来へとつなぐ新たなステージの始まりでもあります。本特集では、既に継承活動に活発に関わる若い世代に光を当てます。3回シリーズの第2回は「デジタル化」がテーマ。広島県広島市で若者向けの新しい平和教育に取り組む山口晴希さんをご紹介します。

デジタル技術で広島の記憶をバーチャルに再現

現実世界の空間にデジタル情報を重ね合わせるAR(拡張現実)と言えば、これまでにないバーチャルな体験を生む新たな技術として、エンターテインメントや観光など幅広い分野で注目されています。それを生かして、世界中どこでも広島や平和について考えるきっかけを作れないか——そんな発想から生まれたのが、学習アプリ「ヒロシマの記憶AR」です。

スマートフォンやタブレットでアプリを開くと、仮想空間に飛び出してくるのが広島市街の3Dマップ。そこからバーチャル体験ツアーが始まります。地図上についたポイントをタップすると、戦争当時の建物や平和の象徴である折り鶴が3Dで浮かび上がったり、戦争体験者が描いた絵や当時の町や人々の暮らしを伝える歴史映像が流れたり。さまざまなコンテンツを通じて、広島の昔と今をたどることができます。

アプリ「ヒロシマの記憶AR」のイメージ画像

アプリ「ヒロシマの記憶AR」では、平和記念公園とその周辺の3Dマップが画面上に浮かび上がり、白いポイントをクリックすると、その場所に関連したさまざまなコンテンツが現れます。

コロナ禍で若者に戦争の歴史をどう伝えるか

このアプリは、広島市を拠点に平和教育などに取り組むNPO法人ピース·カルチャー·ビレッジ(PCV)がアメリカの会社と共同開発したもので、リリースされたのは2021年。当時、世界を揺るがした新型コロナウイルス感染症の蔓延が開発のきっかけでした。「修学旅行や観光で現地を訪れることが難しくなる状況の中で、どうしたら若者をはじめ幅広い層に広島の歴史を伝えられるか、模索する中で生まれました」と、PCVの平和共育事業統括ディレクターを務める山口晴希さんは言います。

コンテンツの中でも印象的なのが、3Dホログラムによって立体的に映し出された被爆者の女性が、自分の体験や平和への思いを語る場面。まるで目の前で語りかけているような感覚になるといった感想が、利用者から寄せられているといいます。

ARアプリで平和学習

PCVでは同じくコロナ禍で、VR(仮想現実)を活用したツアーも開始(現在は他の団体が運営)。参加者はガイドとともに平和記念公園内を歩きながら、要所要所でVRゴーグルを装着。体験者の証言や史料をもとに、焼け野原になる前と後の町の様子が再現され、まるでその場にいるような仮想体験をしたり、戦後の再生へ向かうストーリーにも触れることができます。「新しいテクノロジーを使うことで、多くの人が興味をもつきっかけを作ることができる。そこから、より深い学びにつなげていきたい」と、山口さんは語ります。

VRを活用したガイドツアーの写真

VRを活用したガイドツアーでは、被爆当時の広島をバーチャルに体験しながら平和記念公園を巡ります。

触れた歴史を「自分事」に変えるためのプロセス

重要なのは、テクノロジーを入り口にして触れた戦争の記憶を、いかに「自分事」にするか。そのためには体験したことを振り返ったり、平和について他の人と語り合う時間をもつことが大事だと、山口さんは言います。

PCVが行っている学生向けの教育プログラム「ピースダイアログ」では、正解がある問いではなく、考えるための問いを参加者たちに投げかけます。「広島の過去を自分事にするために、『想う時間』と呼ぶプロセスを設けています。当時の人たちの暮らしを具体的に想像し、自分たちの日常と比べてみる。そうすると、当時も今と変わらない毎日があったことに生徒たちは気付きます」と山口さん。

「このステップを踏むことによって、当時の日常と自分自身の日常を重ね合わせることができるのです。当時も今の私たちと同じ賑やかな暮らしがあった。それが失われることの怖さや悲しさを、自分に結びつけて考えてほしい」

広島で生まれ育った山口さんにとって、戦争や平和について考える機会は小さい頃からありましたが、怖いイメージが先立って積極的に学ぶことはありませんでした。そんな山口さんが広島の歴史について考えるようになったのは、大学時代に外国を一人で旅していた時のこと。「世界の人たちが広島のことを知ってくれているのに、私は自分の言葉できちんと伝えることができず、悔しかったんですよね。それが今も私の活動の原点となっています」

平和学習プログラムの活動風景

平和学習プログラムでは、参加者との対話などを通じて広島の記憶を自分事にするための「想う時間」を大切にしているという山口さん(中央)。

次世代がそれぞれのフィールドで平和文化を築く

近年は戦争の史料や証言を後世に残し、生かすため、デジタル化の取り組みが各地で進んでいます。その背景には、先の大戦を体験された方が年々減っている状況があります。戦後80年を迎える中、彼らが語ってきた言葉を途絶えさせてはいけないと、山口さんは強く感じています。「証言を次世代につなぐためには、若者たちが活動に携わる機会を増やすことがとても重要です。私たちの活動に参加した人たちが、それぞれのフィールドで平和文化を築いていくことで、証言が受け継がれていく。そのお手伝いを今後も続けていきたい」

PCVでは、平和の継承を担う「ピースバディ」の育成にも力を入れています。ピースバディとは、修学旅行で訪れる学生たちをガイドしたり、平和を考えるワークショップでまとめ役を務める若者たちで、これまでに約170人が養成講座に参加。現在は60人ほどが活動しています。

プログラムに参加した若者たちから、楽しかったと言われるのが嬉しいと山口さんは言います。「平和学習が楽しいはずはない、という意見もあるかもしれません。でも、楽しいというポジティブな感情から次の一歩が生まれる。だから私は、とても大事なことだと考えています。きっかけは何でもいいんです。デジタルツールもそのひとつ。他にも、スポーツを入り口としたツアーなども新たに企画しています。きっかけとなる種を蒔き続けることを、これからも大事にしていきたい」

まとめ

デジタル技術は、若者が戦争の記憶に触れる入り口として有効なツールです。しかし活用する際に重要なのは、そこで得た体験について振り返り、対話して自分事にすること。記憶の継承には、入り口づくりと自分事にするプロセス、その両方が必要です。