自分らしく生きるための「人生会議」

多職種で連携しながら急性期医療の最前線で診療を行う埼玉医科大学総合医療センター心臓内科の医療従事者のみなさん

自分らしく生きるための「人生会議」

後編

“いざ”という時どう変わる?医療従事者が関わる「人生会議」

特集
2026.06.22

「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」とは、もしものときに備え、自分が大切にしたいこと、望んでいる生き方、そして「もしものとき」にどのような医療やケアを望むかについて、家族や大切な人たち、医療・介護従事者などと前もって話し合っておく取組です。
事故や急病などの「もしものとき」は、いつ、誰に起こるかわかりません。とくに急性期医療の現場では、本人の意思が分からない状態で、短時間で大きな判断が求められることもあります。
後編では、24時間体制で重症患者の治療にあたる埼玉医科大学総合医療センター心臓内科で、多職種が連携しながらどのように患者や家族を支え、「人生会議」に向き合っているのかを紹介します。

急性期医療現場での「人生会議」の重要性

急性期医療の現場では、患者が突然搬送され、短時間で治療方針の判断を迫られるケースが少なくありません。とくに心臓内科では、急性心筋梗塞など生命に関わる病態に対し、1分1秒を争う対応が求められます。

「病状によっては搬送された時点で本人の意識がなく、疾患の特性上、治療の開始までに時間的な制約があるなかで、それまでに本人が家族等とどれだけ価値観や希望を話し合っているかが重要なことを日々感じています」

そう語るのは、心臓内科医の谷昂大さんです。救命を最優先に対応する急性期医療の現場では、まず命を救うための治療が行われます。しかし、急性期の治療の選択や、その後の療養を考える上では、本人がどのような生き方を望んでいるか」や、その思いを共有できているかが大きな意味を持ちます。

心臓内科医の谷昂大さん 心臓内科医の谷昂大さん

心臓内科医の谷昂大さん

同じく心臓内科医の内藤珠美乃さんは、「どのような医療を望むのか、どこで過ごしたいのか。事前に話し合われていることで、本人やご家族にとって納得感のある選択につながると思います」と話します。

人生会議で話し合った内容は、急な事故や病気で治療が必要になった場面で、本人や家族、医療・介護従事者が「その人らしい選択」を考えるための支えにもなっています。

人生会議で変わること 人生会議で変わること

“いざ”という時、本人の意思が支えになる

突然の事故や病気で医療機関に搬送された場合、家族が短時間で重要な判断を迫られることもあります。その心理的負担は非常に大きく、「本人はどうしたかったのか」がわからないまま決断しなければならないケースも少なくありません。

谷さんは、病状によってはじっくり話しを聞く時間がないこともあり、日頃からのACPにおいて話し合われた内容が医療従事者間でも共有されていることが重要といいます。

研究医員であり厚生労働省にも所属する阿部拓朗さんは、「最期を具体的に想像することは難しくても、“どんなことを大切にしたいか”を普段から話しておくことには意味がある」と話します。

「漠然とでも人生観を共有しておくことで、ご家族等が本人ならどう考えるか、どんなことを希望するかを推定しやすくなると思います」

研究医員/厚生労働省の阿部拓朗さん 研究医員/厚生労働省の阿部拓朗さん

研究医員/厚生労働省の阿部拓朗さん

患者と家族に寄り添う、医療従事者の役割

人生会議において、医療従事者の役割は、治療法を提示するだけではありません。患者本人の気持ちを引き出し、家族との対話を支えることも重要な役割です。

看護部で師長を務める藤森未来さんは、「家族に迷惑をかけたくない」という思いから、本音を飲み込んでしまう患者も少なくないと話します。

「自宅で過ごしたいと思っていても、“家族に負担をかけるから”と自宅への退院を躊躇してしまう方もいらっしゃいます。だからこそ普段から家族等と大切にしたいことを共有しておくことが重要です。また、看護師として、病院での日々の会話の中から、その方が本当に大切にしたいことを丁寧に聞くようにしています。例えば、患者本人と家族の意見が異なる場合には、お互いが落ち着いて話せる場を設定し、可能な限りご本人の意思を尊重した選択が出来るように環境を整える努力をしています。」

看護部・師長の藤森未来さん 看護部・師長の藤森未来さん

看護部・師長の藤森未来さん

ACPにおいて話し合われた内容は院内でとどまるものではなく、地域へとつないでいくことも重要です。社会福祉士の福島郁美さんは、患者の意思を医療従事者や地域へつなぐ役割を担っています。「外来では、混雑を気にして医師に遠慮してしまう患者さんもいます。そんな時は、“短時間で伝えられるようにメモにまとめてみませんか”と提案したり、必要に応じて代わりに医師へお伝えするお手伝いを行うこともあります。患者さん一人一人の心理面や社会的背景を踏まえながら支援しています。」

患者本人の意思を、医療従事者や家族、地域へとつないでいくことも、人生会議を支える大切な役割です。

社会福祉士の福島郁美さん 社会福祉士の福島郁美さん

社会福祉士の福島郁美さん

多職種連携で支える、“その人らしい選択”

埼玉医科大学総合医療センターでは、医師、看護師、薬剤師、理学療法士、社会福祉士など、多職種が連携しながら患者支援を行っています。

その中心の一つとなっているのが、退院支援カンファレンスです。退院後の生活や療養方針について話し合う場では、それぞれの職種が患者との関わりの中で得た情報を持ち寄り、「その人らしい生活」をどう支えるかを検討しています。

医師の内藤さんは、「医師は救命のために最大限の医療を行いたいという思いが強くあります。一方で、看護師さんや医療ソーシャルワーカーさんなど、様々な職種の観点から患者さんの本音を共有してもらうことで、患者さんを中心とした治療方針を考えやすくなることがあります」と話します。

心臓内科医の内藤珠美乃さん 心臓内科医の内藤珠美乃さん

心臓内科医の内藤珠美乃さん

また、医療福祉相談室の福島さんは、転院先や地域の医療・介護施設へ情報を引き継ぐ際、“その人らしさ”を伝えることを大切にしているといいます。「治療内容だけでなく、“その人が何を大切にしてきたか”“どんな思いで過ごしてきたか”というプロセスも含めて伝えるようにしています」

患者一人を支えるために、多職種がそれぞれの立場から関わり、情報を共有しながら支援していく。そうした積み重ねが、“本人らしい選択”につながっています。

「人生会議」が支える、これからの社会

高齢化や単身世帯の増加が進み、医療の進歩によって治療も高度化・多様化する中で、急性期治療後の生活や療養を含め、人生の最終段階をどのように支えていくかが、社会全体の課題となっています。

重城健太郎教授は、「人生会議」は一度決めて終わるものではなく、状況の変化に応じて繰り返し話し合うことが大切だと語ります。

「患者さんの病状や気持ちは変化していきます。一度決めたことが絶対ではありません。ご家族や、普段から診ている医師や看護師等と対話を重ねながら、“その時の自分らしい選択”を考えていくことが大切だと思います」

心臓内科教授の重城健太郎さん 心臓内科教授の重城健太郎さん

心臓内科教授の重城健太郎さん

まとめ

人生会議は、特別な人だけのものではありません。
まずは身近な人と、「どんなことを大切にしたいか」を少し話してみる。その小さな対話の積み重ねが、“自分らしく生きる”ことにつながっていきます。