労働委員会関係裁判例データベース

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概要情報
事件名 新国立劇場
事件番号 東京地裁平成18年(行ウ)第459(第1事件)・499号(第2事件)
原告 第1事件原告・第2事件参加人 財団法人新国立劇場運営財団
第2事件原告・第1事件参加人 日本音楽家ユニオン
被告 国(処分行政庁:中央労働委員会)
判決年月日 平成20年7月31日
判決区分 一部取消・棄却
重要度  
事件概要 X組合は、Y財団が、①X組合のX1組合員を合唱団員の契約メンバーに合格させなかったこと、②X組合が申し入れたX1の次期シーズンの契約更新に関する団体交渉にX1と雇用関係にないとの理由で応じなかったことが不当労働行為であるとして、東京都労委に救済を申立てた。東京都労委は、X1の不合格措置については不当労働行為に該当しないとして申立てを棄却し、団体交渉拒否については不当労働行為に該当するとして、団交応諾及び文書交付等を命じたところ、Y財団及びX組合が中労委に再審査を申立てた。中労委は、初審命令を維持し、Y財団及びX組合の各再審査申立てを棄却した(以下「本件命令」という。)。
  本件はY財団及びX組合が、本件命令不服として、その取消しを求めて提訴した事案である。
判決主文 1 中央労働委員会が中労委平成17年(不再)第42号事件について平成18年6月7日付けでした再審査申立棄却命令を取り消す。
2 第2事件原告・第1事件参加人の請求を棄却する。
3 訴訟費用(参加費用を含む)は、第1事件・第2事件を通じて、これを2
分し、その1を第1事件被告・第2事件被告の負担とし、その余を第2事件
原告・第1事件参加人の負担とする。
判決の要旨 1 X1は労組法上の労働者であるか
(1)諾否の自由
 契約の形式上は、基本契約だけでは契約メンバーは個別の公演に出演する義務はなく、個別契約出演契約を締結することにより個別の公演に出演する義務が生じる仕組みになっている。
 基本契約の実質的な内容や運用をみると、契約メンバーがY財団が主催する以外の公演に出演することなど他の音楽活動を行うことは自由であり、現実に契約メンバーは他の公演に出演等をしている。
 基本契約の締結に際しても、出演公演一覧の全公演に確定的に出演できる旨の申告や届出も要求されていなかった。
 個別公演に出演出来る回数が少ない場合には、契約メンバーとなるのが困難ではあるが、予め全公演に出演ができないことを明示している者でも、Y財団はその意向によって契約メンバ―にすることがあり、契約メンバーと基本契約を締結することは、一定の水準以上の合唱団員の確保を目的にしたものであることが窺える。
 基本契約を締結した契約メンバーが個別公演の出演を辞退する例が多いシーズンには7名あったり、出産育児以外の理由により一シーズンに3演目を辞退した者もあるが、その際にも、申告や届出は要求されず、個別公演の出演を辞退したことを理由に制裁を受けた例はなく、翌シーズンの契約について特に不利な取扱いをされた者もなかった。なお、契約メンバー及び公演の回数からみると、契約メンバーが個別公演の出演を辞退する例はかなり少ないといえるが、Y財団が主催するような水準のオペラ等の公演が常時行われているとは考えられないから、契約メンバーがY財団主催の個別公演の出演を辞退することは、もとより少ないと推測されるのであって、個別公演の出演自体がかなり少ないことをもって、実際上は辞退ができないに等しいということはできない。
以上のような基本契約と個別公演出演契約の仕組みや、契約メンバーの個別公演出演等の実態に照らせば、基本契約は、Y財団が、契約メンバーに対して、そのシーズンの出演公演一覧の公演について、個別公演出演契約締結の申込みをすることを予告するとともに、個別公演出演契約に共通する契約内容を予め定め、これを契約メンバーに了解させておくことを目的とするものであり、契約メンバーにとっても、個別公演に出演する機会が保障されるところに基本契約の意義があると認められる。基本契約の締結によって、契約メンバーは個別公演出演を予定し、スケジュールを調整することになり、Y財団は、契約メンバーの出演を確保することが予定、期待できることになる。しかし、このように契約メンバーが個別公演に出演することが予定、期待されることは事実上のものというべきであり、契約メンバーにとって、個別公演に出演すること、すなわち個別公演出演契約を締結することが、法的な義務となっていたとまでは認められない。
  以上のとおり、契約メンバーはY財団と基本契約を締結しただけでは、個別公演に出演する法的な義務はなく、個別公演出演契約を締結する法的な義務はないというべきであるから、契約メンバーには基本契約締結により労務ないし業務を提供することについて諾否の自由がないとは認められない。
(2)指揮監督関係の有無
  Y財団は、シーズン前の9月ないし10月に新国立劇場における公演日程を決定し、各個別公演の稽古等の確定した日程については、その稽古の行われる月の前々月の月末までに決定し、提示していたこと、歌唱技能の提供の方法や提供すべき歌唱の内容について指揮者、音楽監督の指揮があったこと、基本契約上、稽古に欠席、遅刻等をすれば報酬が減額されることが規定されており、実際にも、契約メンバーが遅刻、早退、欠席等の稽古への参加状況について一定の監督を受けていたことが認められる。
しかし、契約メンバーは個別公演に出演しない限り、上記のような指揮監督を現実に受けることはないから、上記指揮監督関係は、個別公演出演契約を締結して初めて生ずるものである。個別公演出演契約の締結は基本契約に基づく義務であるとは認められないから、基本契約だけでは契約メンバーは上記のような指揮命令を受けることはない。
  この点を措くとしても、個別公演ごとに出演契約を締結する外部芸術家についても、公演及び稽古の時間的場所的拘束が契約メンバーと同じようにあったことが認められ、外部芸術家の場合にも、歌唱技能の提供の方法や提供すべき歌唱の内容について指揮者、音楽監督の指揮があったこと、リハーサルへの参加状況に応じた契約金の減額あるいは契約の解除が契約上も定められており、不参加について一定の監督がされていたことは同様と認められる。
  そうであれば、契約メンバーが、業務遂行の日時、場所、方法等について指揮監督を受けていることは、オペラ公演が多人数の演奏、歌唱、及び演舞等により構築される集団的舞台芸術であることから生じるものと解されるから、契約メンバーが上記のような指揮監督を受けることが労組法上の労働者であることを肯定する理由とはならないというべきである。

(3)報酬等
   報酬は個別公演に出演し、稽古に参加した場合に支払われるものである。個別公演出演契約を締結することが報酬支払の前提になっていて、基本契約を締結しただけでは、報酬が支払われることはない。
 他方、契約メンバーの労務ないし業務である個別公演出演をみると、シーズンの開始前に翌シーズンの公演日程が決定され、基本契約締結に当たっては、当該契約メンバーが出演する予定の公演の時期、回数も決定されている。契約メンバーは基本契約締結の際に決定された公演以外の公演に随時出演を求められるようなことはない。
  以上のように、契約メンバーは基本契約を締結しただけでは報酬が支払われることはなく、他方で、出演することが予想されている公演は予め決まっていて、予定された公演以外に随時出演を求められることはないのである。
このような契約メンバーが置かれた地位は、例えば、基本契約を締結した場合には、出演の有無に関わらず毎月一定の報酬が支払われるが、他方で、出演の予定が予め決定しておらず、たとえ事実上の義務であったとしても、いつでも出演を求められる可能性が継続されているような場合と比較すると、指揮命令、支配関係は相当に希薄というべきである。
(4)基本契約の内容の決定等その他の事情
 基本契約の内容については、Y財団が一方的に決定していた。しかし、契約の内容を一方当事者が決定することは労働契約に特有のことではなく、これが直ちに法的な指揮命令関係の有無に関係するものではないから契約メンバーが労働者であることを肯定する理由とならない。
 X1は公演と稽古を合わせると年間約230日の時間的拘束を受けていたが、この点も、法的な指揮監督関係の有無と関係するものではないから、拘束日時の多寡や長短は労組法上の労働者性の判断基準とはならない。
 なお、労組法上の労働者であるかどうかは、法的な指揮命令、支配監督関係の有無により判断すべきものであり、経済的弱者であるか否かによって決まるものではない。
(5)結論
 以上の検討のとおり、契約メンバーは基本契約を締結するだけでは個別公演出演義務を負っていない上、個別公演出演契約を締結しない限り、個別公演業務遂行の日時、場所、方法等の指揮監督は及ばず、基本契約を締結しただけでは報酬の支払はなく、予定された公演以外の出演を事実上であっても求められることはないなど指揮命令、支配監督関係は希薄である。
 したがって、契約メンバーがY財団との間で基本契約を締結したことによって、労務ないし業務の処分についてY財団から指揮命令、支配監督を受ける関係になっているとは認められず、X1は労組法上の労働者に当たるということはできない。
2 団交拒否について
 X1は労組法上の労働者とは認められないから組合のY財団に対する本件団交申入れは、その趣旨としてX1の将来の処遇等その労働条件の改善等を含むものであったか否かにかかわらず、義務的団交事項について団体交渉を求めるものではない。したがって、その余の点について検討するまでもなく、本件団交申入れに対するY財団の対応が不当労働行為に当たるとしてY財団に対して団交応諾及び文書交付等を命じた救済命令は、違法である。
3 X1に対する不合格措置について
 X1は労組法上の労働者と認められないから、本件不合格措置について、不当労働行為であると解する余地はない。したがって、本件不合格措置は不当労働行為に当たらないとして組合の救済申立てを棄却した労働委員会の判断は、その結論において正当であるから、その取消しを求める組合の請求は理由がない。

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顛末情報
事件番号/行訴番号 命令区分/判決区分 命令年月日/判決年月日
東京都労委平成15年(不)第56号 一部救済  平成17年 5月10日 
中労委平成17年(不再)第41号・第42号 棄却  平成18年 6月 7日 
東京高裁平成20年(行コ)第303号 棄却  平成21年 3月25日 
最高裁平成21年(行ツ)第191号・第192号 上告棄却 平成23年1月25日
最高裁平成21年(行ヒ)第226号・第227号 上告受理 平成23年1月25日
最高裁平成21年(行ヒ)第226号・第227号 破棄差戻し 平成23年4月12日
東京高裁平成23年(行コ)第138号 一部取消・棄却 平成24年6月28日
 
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