虐待の課題から見えた「死にたい」気持ち
思春期世代に寄り添うために

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2024.02.21

interview
企画・制作 朝日新聞社メディア事業本部

認定NPO法人3keys代表理事

森山誉恵(もりやま・たかえ)さん

慶應義塾大学在学中に始めた児童養護施設での学習ボランティア活動をきっかけに2009年、学生団体「3keys」を設立。2011年にNPO法人化し、代表理事に就任。こどもたちが生まれ育った環境によらず、必要な支援が届けられるよう、こどもたちに寄り添ったセーフティーネットづくりや情報発信、こどもの現状について学ぶセミナーなどの支援活動を展開。全国子どもの貧困・教育支援団体協議会理事などを務める。

10代の死因の第1位は自殺です。若い世代の自殺者数もコロナ禍で増加して以降、高止まりを続けています。複雑な思春期世代の「死にたい」気持ちにどう向き合えばいいのか。こどもの権利を尊重するNPO法人3keys(スリーキーズ)代表理事で、こどもたちの安心や安全を保障する事業を展開する森山誉恵さんに聞きました。

生きづらい気持ちが、一言に集約された「死にたい」

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日本の自殺者数は1990年代後半から2011年まで年間3万人を超えていましたが、その後2万人台になり、減少が続いていました。しかし、コロナ禍が本格化した2020年に上昇に転じ、中でも若い世代の自殺者が増えています。2024年1月に厚生労働省が発表した2023年の暫定値では、小中高生の自殺者数は507人で、過去最多だった514人(2022年)に次ぐ水準となり、深刻な状況が続いています。

なぜ、10代の自殺者は減らないのでしょうか? 「はっきりとした原因を示すのは難しいですが、『生きていてもしかたない』『自分には生きる価値がない』といったこどもたちの声が驚くほど多く寄せられます。こうした自己肯定感を持てない社会の影響はあると考えています」と森山さんは指摘します。

森山さんたち「3keys」は、深刻な悩みを抱えながら誰にも相談できないこどもたちのために、自分自身で適切な相談機関などを見つけることができる10代向け支援サービス検索・相談サイト「Mex(ミークス)」を2016年からスタートさせました。今では年間約190万人が利用するサービスに成長しています。

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全国の支援機関を掲載しているポータルサイト「Mex」のトップページ

サービスの開始当初は、虐待や貧困などの理由で、親からの支援が期待できないこどもたちの利用を想定していました。しかし、目の当たりにしたのは、親に頼れないこどもたちにとって、虐待や貧困の問題は当たり前の日常のため、そもそも悩みとして認識されていないという実態でした。一方、サイト内で検索されているキーワードはいじめや、 親や先生からの暴言・無視が上位にあり、「死にたい」といった心身の不調を訴える声もとても多かったそうです。

「虐待やいじめ、性被害など様々な被害を受けているこどもたちは、自分が被害者であるという自覚があまりありません。むしろ『自分が悪いから』『自分が出来損ないだから』と思って我慢したり、そんな自分を変えようと思うが変えられない現実から『自分には価値がない』と考えたりするようになります。そうした生きづらさが集約された言葉が『もう死にたい』なのだと感じました」

「死にたい」といった声が寄せられた場合、当初は相談窓口などにつなげる対応をしていましたが、そこからほとんどの相談者が窓口へは向かわず、「Mex」からも離脱してしまうという課題が明らかになりました。相談=解決には必ずしもならない。「生きづらさを抱える10代にとっては相談窓口より、家から出て過ごせる場所の情報や、学校を安全に休める方法を求めていることを知りました」と森山さんは振り返ります。

「気持ちをはき出すこと」「自分の居場所があること」の重要性

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そこで10代の思いを考慮して、「Mex」に「気持ちをはきだす」という新たなコーナーを設けました。名前も連絡先も不要。自由に思ったことを書いて送信すれば、内容は消えてしまい、自分でも読み返すことはできません。

「Mex」のスタッフは内容を確認していますが、ページには「返信はしていません」との表示もあります。理由は相談を勧められたり、返事やリアクションが返ってきたりすること自体に、怖さを覚えるこどもたちが少なくないからだそうです。その背景には、これまで勇気を出して相談しても報われなかったこどもが数多くいるからだろうと森山さんは推測します。身近な大人に助けてもらえなかった経験がある子ほど、「相談してもどうせまた説教される」「否定される」と考え、そもそも相談をしない傾向があります。

「ここではネットの掲示板やSNSとは違い、何を書いても他者からの干渉や攻撃を受ける可能性はありません。他人の目を気にしないで、日記のように自分の気持ちをはき出すことは、気持ちを落ち着かせるために有効です。誰かに聞いて欲しいわけではないけれど、誰も聞いていないのは嫌だ……といった相反する、アンビバレントな気持ちを抱きがちな10代の思いを受け止められる場所になれば」と森山さん。毎月100件ほどの書き込みがあるそうです。

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また、「Mex」に寄せられた声などを元に、「死にたいって思っちゃダメなの??」といった記事や動画も提供しています。「専門家の監修を得ながら、相談しなくても読むだけで役立つコンテンツを目指しています。ここでこどもたちが安心して読んだり、書いたりするアクションを起こせる場にしたい。自分の気持ちを言葉にすることで、しんどい思いが少しでも軽くなって欲しいと思っています」

さらに、こどもたちのリアルな「居場所」として、東京都内で「ユースセンター」を運営しています。特徴は非交流・非プログラム型。利用者同士やスタッフとの交流は求めず、プログラムやイベントもありません。目的がなくてOK、何かを強要されることもなく、こどもたち自身が好きなことをして、ゆっくり過ごせる場所です。

心身の変化が著しい思春期は、不安定であることが当たり前の時期です。生きづらさを感じたり、「死にたい」という思いを抱いたりすることは決して特別なことではありません。しかし、今の社会にはそういった思春期特有の思いを健全に発散したり、受け止めたりする機能が少ない、と森山さんは考えています。

「こどもたちに今必要なものは、静かに安全に自分の心身の変化に向き合えるような場所や時間なのではないでしょうか。思春期支援の研究では、一概に相談や直接の支援につなげるのではなく、相手の状況に合わせてステップを踏む必要が指摘されています。まずは見守りから始めること。遠回りにも思えるかもしれませんが、10代の自殺防止対策には重要な視点だと考えています」

大人自身が行動を見直し、「こどもが生きやすい」社会へ

思春期世代の「生きづらさ」に大人たちはどう向き合えばいいのでしょうか。森山さんはまず、こどもたちの置かれている状況を正しく知り、こども目線で考えていくことではないかと提言します。

「こどもの問題を、親のせい、学校のせいにして済ませていませんか。社会の一人ひとりが自分の行動を振り返ってみる必要があります。こどもに勉強を無理強いしていないか、学校の先生に罵声を浴びせていないか、電車内で舌打ちをしていないか……。そんな行動を見直すことが、こどもが生きやすい社会へと変容していくきっかけになるのでは」

10代に向けては「やはり安全な場所で自分の気持ちをはき出して、自分の変化と丁寧に向き合うことを大事にして欲しい」と話します。「大人たちはすぐ前向き、とかポジティブにさせたがりますが、『しんどいよ』と言って少しでも楽になるならそれで十分。うまく思春期を乗り切って欲しいです」

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