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禁煙とたばこ依存症治療のための政策提言

禁煙とたばこ依存症治療のための政策提言

世界保健機関



世界保健機関
スイス、ジュネーブ


21世紀たばこ規制の推進に向けて

禁煙とたばこ依存症治療のための政策提言
公衆衛生ツール



世界保健機関
2003年



WHOライブラリ刊行物目録データ

禁煙とたばこ依存症治療のための政策提言
(21世紀たばこ規制の推進に向けて)

1.禁煙−方法 2.禁煙−基準 3.喫煙−心理 4.喫煙による疾病−治療法 5.喫煙による疾病−薬物療法 6.プログラム評価 7.保健計画ガイドライン I.世界保健機関 II.シリーズ

ISBN 92 4 156240 4(NLM分類:WM290)


(C)世界保健機関2003年、増刷2004年

無断複写・転載禁止。
世界保健機関の刊行物は下記より入手可。

Marketing and Dissemination
World Health Organization
20 Avenue Appia,
1211 Geneva 27
Switzerland
(電話:+41 22 791 2476;ファックス +41 22 791 4857;電子メール:bookorders@who.int

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本刊行物で用いられた呼称や資料は、国、領土、都市、地域、またはそれらにおける政府の法的地位や国境および境界についての世界保健機関の意見を示唆するものではない。地図上の点線は、完全な合意が得られていないため、おおよその境界線として表示している。

本刊行物における特定の企業またはメーカーの製品への言及は、それらの製品が、言及されていない同様の性質を持った他の製品に優り、世界保健機関がそれらを提言または保証することを意味しているわけではない。過失脱漏を除き、個々の製品名は頭文字を大文字で表記することで区別している。

世界保健機関は、本刊行物に含まれる情報が完全かつ正確であることを保証するものではなく、その使用の結果生じる損害に対する賠償責任はない。本刊行物に表出された意見については、それぞれ著者のみがその責任を負うものである。

印刷:フランス

この日本語翻訳版は、厚生労働科学研究費補助金(第3次対がん総合戦略研究事業)「効果的な禁煙支援法の開発と普及のための制度化に関する研究」(主任研究者:大島 明)の平成16年度の研究の一環として作成しました。
【翻訳作業に携わった者】守田貴子・中村正和・増居志津子(大阪府立健康科学センター)、守谷まさ子(京都府学校薬剤師会)、大島 明(大阪府立成人病センター)



目次

謝辞
略語一覧表
まえがき
概要
1章 禁煙を支える環境
表I 禁煙とたばこ依存症治療に関する包括的戦略のための幅広い政策枠組み
2章 各国の視点
各国の取り組み
共通の課題
3章 たばこ依存症の治療と禁煙方法
根拠
行動療法
医師のアドバイス
自助教材
行動および心理的介入
マスコミによる広報キャンペーン
電話による禁煙相談(Quitline)とインターネット・サービス
懸賞つき禁煙キャンペーン(Quit & Win)
禁煙場所の拡大
薬物療法:たばこ依存症と離脱症状
薬剤の効果
ニコチン置換薬
既存のニコチン置換療法の種類
投与方法の改良
ニコチンの安全性と毒性
次世代の薬物療法
肺吸入器
たばこ依存症治療のための非NRT製剤
塩酸ブプロピオン
クロニジン
ノルトリプチリン
結論
4章 国内事情や利用可能な資源に合わせた禁煙戦略の選択
表II 禁煙及びたばこ依存症治療の包括的な戦略−実現への行動計画
5章 禁煙とたばこ依存症治療の今後の進展
今後の進展の必要性
医療従事者のトレーニング
6章 WHOの役割、協力機関、およびたばこ規制枠組条約の規則(FCTC)
WHOたばこのない世界構想(TFI)
7章 主要な情報源
WHOとニコチン・たばこ研究学会(SRNT)のデータベース
連携プロジェクト
コクラン共同計画
8章 禁煙とたばこ依存症治療のための政策提言
付録
 付録I  メイヨ・クリニックの推奨
 付録II  2002年6月14〜15日に開催された、禁煙のための世界政策に関するWHOモスクワ会議参加者リスト



謝辞

 本提言書は、2002年6月14〜15日に開催された、禁煙のための世界政策に関するWHOモスクワ会議を受けて作成されたものである。会議の目的は、各国の様々な状況、文化、医療制度、資金力を考慮して、禁煙とたばこ依存症治療のための政策提言を作成することであった。この会議は3つの部分から構成され、第1部では各国の禁煙活動状況についての発表が行われた。ここでは、国民医療制度の範囲内で国民禁煙プログラムを作成していく上での主な障害や問題点が取り上げられた。第2部では、広報キャンペーン、懸賞つき喫煙キャンペーン、電話やインターネットの禁煙支援プログラム、禁煙区域の設置、行動療法、ニコチン置換治療と薬物療法、禁煙治療の浸透、医療従事者の教育、将来の研究ニーズや能力開発等の、様々な禁煙推進方法についての発表が行われた。第3部はワークショップ形式で行われ、各国で異なるたばこ規制の政治的優先度や資源の多寡を考慮しつつ、禁煙とたばこ依存症治療に関するメイヨ・クリニックの推奨を実行に移すための方策に焦点が絞られた。

 この会議は、同会議の議長も務めたWHOたばこのない世界構想(TFI)(本部:ジュネーブ)のヴェラ・ダ・コスタ・エ・シルバ博士、ネジュマ・マクレイ氏、アンネミーケ・ブランズ氏、ソニア・ホアン氏、WHOヨーロッパ事務所(コペンハーゲン)のハイク・ニコゴシアン博士、パツィ・ハリントン氏、ガリナ・カーン氏、WHOモスクワ事務所のミッコ・ヴィエノーネン博士とディリアラ・スニャコワ氏らが組織委員となって開催された。開催にあたっては、フィンランド外務省国際開発協力省(FINNIDA)の厚意により資金が提供され、さらにロシア連邦保健省より開催地が提供された。

 この会議に専門知識と画期的なアイデアをもたらしてくれたすべての参加者に感謝の意を表したい。禁煙とたばこ依存症治療に関する包括的な枠組みを含め、会議のための参考資料を作成してくれたパツィ・ハリントン氏とナターシャ・ヘレラ博士には、特別の謝意を捧げる。また、第3章において、たばこ依存症の効果的な治療法を科学的根拠に基づいて見直してくれたジャック・E・へニングフィールド氏とレジナルド・V・ファント氏にも、多大な感謝を捧げる。ジャック・へニングフィールド氏の研究は、WHOたばこのない世界構想およびロバート・ウッド・ジョンソン財団イノベーター賞から支援を受けた。両氏ともピニー・アソシエーツ氏から追加支援を受けている。その他、会議には参加できなかったが、この文書の作成にあたって貴重な意見を与えてくれたマーティン・ロウ博士とアン・マクニール氏をはじめ、すべての専門家の尽力にも心からの感謝を捧げる。

 たばこのない世界構想(TFI)の地域アドバイザーとそのグループは、禁煙とたばこ依存症治療における各国の担当部門および担当者を特定し、その参加を促すうえで非常に大きな役割を果たした。特に、チャールズ・マリンゴ博士(AFRO)、アルマンド・ペルーガ博士(AMRO/PAHO)、ハイク・ニコゴシアン博士(EURO)、ファティマ・エル・アワ博士(EMRO)、サワト・ラマブート博士(SEARO)、およびアネット・デービッド博士(WPRO)の尽力には心から感謝の意を表したい。

 本書の旧版の編纂に当たったネジュマ・マクレイ氏が、今回もまた編纂の労を取ってくれた。さらに、WHO本部(スイス、ジュネーブ)の非伝染性疾病および精神衛生(NMH)クラスター事務局を拠点とするたばこのない世界構想(TFI)のヴェラ・ダ・コスタ・エ・シルバ博士とアンネミーケ・ブランズ氏が、総括と最終的な仕上げを行ってくれた。最終草案を練り上げてくれたダグラス・ベッチャー博士、プーナム・ダヴァン博士、マージョリー・グランジョン氏、レイアウトおよびフォーマット作成担当のロサーヌ・セラン氏、カバーデザイン担当のイザベル・グーダル氏、編集担当のプラヴィーン・バーラ氏とアリソン・ロウィ氏、さらに特別な援助を与えてくれたジョイ・アドリアーノ氏、リジー・テクソン氏、エドワード・オルシェウスキー氏にも、ここに感謝の意を表したい。



詳細情報の問い合わせ先

WHO Regional Office for Africa
(AFRO)

Medical School, C Ward
Parirenyatwa Hospital
P.O. Box BE 773
Belvedere, Harare
ZIMBABWE
Tel: + (1-321) 733 9244

WHO Regional Office for the
Americas/Pan American Health
Organization (AMRO/PAHO)

525, 23rd Street, N.W.
Washington, DC 20037
U.S.A.
Tel: +1 (202) 974-3000

WHO Regional Office for the
Eastern Mediterranean (EMRO)

WHO Post Office
Abdul Razzak Al Sanhouri Street,
(opposite Children’s Library)
Naser City, Cairo 11371
EGYPT
Tel: + 202 670 2535
WHO Regional Office for Europe
(EURO)

8, Scherfigsvej
DK-2100 Copenhagen
DENMARK
Tel: + (45) 39 17 17 17

WHO Regional Office for South-
east Asia(SEARO)

World Health House,
Indraprastha Estate
Mahatma Gandhi Road
New Delhi 110002
INDIA
Tel: + (91) 11 337 0804または11 337 8805

WHO Regional Office for the
Western Pacific(WPRO)

P.O. Box 2932
1000 Manila
PHILIPPINES
Tel: (00632) 528 80 01



略語一覧表
  DOH (Department of Health) -保健省
ETS (environmental tobacco smoke) -環境たばこ煙
FCTC (Framework Convention on Tobacco Control) -たばこ規制枠組条約
NGO (Nongovernmental Organizations) -非政府組織
NRT (nicotine replacement therapy) -ニコチン置換療法
OTC (over the counter) -市販薬
PHC (primary health care) -プライマリーケア
SRNT (Society for Research on Nicotine and Tobacco) -ニコチン・たばこ研究学会
TFI (Tobacco Free Initiative) -たばこのない世界構想
WHO (World Health Organization) -世界保健機関
WNTD (World No-Tobacco Day) -世界禁煙デー



まえがき
 たばこの消費と、それに関連した死亡や疾病は、いまや加速度的に増加している。この流れを変えるためには、包括的なたばこ規制への投資を進めていくほか方法はない。

 1999年5月24日、世界保健総会(WHA: World Health Assembly)は、たばこ製品の世界的な増加と拡大を食い止めるための方策を打ち出した。たばこの販売促進やスポンサー活動、たばこ製品の違法取引、たばこ税、および農業の多角化に取り組むための新たな法的枠組みとして、たばこ規制枠組条約(FCTC)を求める決議が全会一致で承認されたのである。FCTCは、2003年5月の第56回世界保健総会で採択される見込みである。FCTCが採択されれば、各国がそれぞれのニーズに合うようFCTCを調整手段として活用しつつ、国境を越えた密輸や広告、販売促進およびスポンサー活動などの諸活動に妨害されることなく、公衆衛生政策を進められるようになる。

 禁煙とたばこ依存症治療について、WHO のFCTC最終草案本文では、次のように述べている。本条約の加盟国は、「紙巻きたばこやその他たばこを含む一部の製品が、依存症を引き起こし、それを維持するよう作られていること、これらに含まれる多くの化合物や、排出される煙が、薬理活性、毒性、変異原性、発がん性を有していること、さらにたばこ依存症が主要な国際疾病分類でひとつの疾病として他の疾病とは別に分類されていることを認識し、各国の状況や優先事項を考慮に入れつつ、科学的根拠とベストプラクティスに基づく適切な包括的かつ統合的なガイドラインを作成し、それを広く周知させるとともに、禁煙の推進とたばこ依存症の十分な治療のために効果的な対策をとること」に合意した。

 FCTCがWHO加盟国によって承認されると、非常に重要な活動が本格的に開始されることになる。条約の常として、その条約に関する活動の多くは、採択後に国際レベルから国または準地域レベルへと移行することになる。また採択後には、多くの加盟国が条約を批准し、実行に移せるよう支援しなければならない。この支援には、技術的支援も含まれる。条約の実行能力の構築も、条約実施計画の一部に組み込む必要がある。したがって、2003年5月のFCTC採択をもって、この歴史的なプロセスの序章は終了するものの、同時に新たな一章の幕が開かれることになるのである。

 たばこのない世界構想(TFI)は、FCTC採択後の法律、科学、政治、および具体的な措置に関する技術的支援の要請に応えるため、現在、各国向けの様々なガイドラインの作成に積極的に取り組んでいる。これらのガイドラインの目的は、たばこ規制対策を策定しようとしている国々のニーズに合った、科学的根拠に基づいた参考資料を提供することである。

 たばこのない世界構想(TFI)は、たばこ規制の取り組みを国や州、地域レベルの既存の医療制度に組み込み、既存の状況や責任プロセスと連携させた方が長続きすると考えている。国レベルで医療従事者の意識を高め、継続していくことが可能なたばこ規制プログラムの開発を推進するために、保健行政機関がきわめて重要な役割を果たすことが期待されている。このように体系的なアプローチをはかることは、各国の様々なたばこ規制への取り組みが、他部門で受け入れられる基盤を作ることにもなる。

 たばこに関連する短・中期的な死亡率を引き下げる唯一の介入法は禁煙であることが、科学的に実証されている。喫煙防止に重点を置く対策は、短期的にはたばこに関係する罹患率や死亡率の改善にさほど効果をもたらすことはない。これは、喫煙防止対策は、既存の喫煙者に効力がないからである。2002年6月14〜15日にロシア連邦保健省が主催した禁煙のための世界政策に関するWHOモスクワ会議の参加者は、禁煙にむけての個人に対するアプローチ(行動療法や薬物療法など)もさることながら、喫煙者の禁煙のための努力を励まし、支えていく環境を作り出ださねばならないと強調した。従って、たばこ依存症の治療は、課税や価格政策、広告規制、情報の普及、および公共場所の禁煙化による非喫煙者の保護といった対策とともに、包括的なたばこ規制政策の一環として行う必要がある。

 この禁煙とたばこ依存症治療についての政策提言は、先進国と発展途上国双方の専門家が、科学的根拠に基づいた包括的なたばこ規制戦術の一環として作成したものである。我々は、各国がこの政策提言を実行するよう推奨する。現在、たばこの消費とそれに関連する死亡や疾病は加速度的に増加しているが、この提言を実行することによって、最終的にその流れが変わることを心より願う。

ヴェラ・ルイザ・ダ・コスタ・エ・シルバ、MD、PhD
たばこのない世界構想(TFI)プロジェクト・マネージャー
WHO非伝染性疾病・精神衛生(NMH)クラスター事務局



概要
 現在、世界の喫煙人口は13億人を超えている(World Bank, 1999)。そのうち5分の4は、低中所得国の国民である。このままたばこを野放しにしておくと、21世紀には10億人がたばこによって死亡し、その5分の4を低所得国の国民が占めることになる。また、今後20年以内にたばこ依存症は、世界的な早世あるいは障害生存年(疾病や障害の負担の比較指数である「障害調整生存年(DALY)」により計測したもの)の唯一最大の原因となる可能性がある。現在の統計数字を見ると、成人喫煙者に禁煙を促さないかぎり、今後30〜50年の間にたばこに関連する死亡者数を減らすことができる見込みはない。この数字こそ、WHOのたばこ規制枠組条約(FCTC)の重要性を雄弁に物語っている。FCTCが批准されれば、同条約は世界の成人喫煙率を減らすための法律や政策の枠組みとなる。禁煙の圧力を強化するための措置には、たばこ税の引き上げ、たばこ製品の広告禁止、禁煙場所の拡大などが挙げられる。
 たばこ製品には依存性があるため、禁煙するため支援が必要な喫煙者は多いと考えられる。禁煙や「たばこ依存症治療」の支援には、禁煙の動機付け、助言と指導、カウンセリング、電話やインターネットによる支援、適切な薬物療法などを含む様々な手段が含まれる。これらはすべて、喫煙者がたばこの使用をやめ、後々の再喫煙を避けられるよう、励まし、手助けすることをねらいとしている。このような介入が成功するかどうかは、より幅広い包括的なたばこ規制戦略の中でこれらを活用して、相乗効果を生み出せるかどうかにかかっている。
 禁煙とたばこ依存症治療の健康に対する有益性、その効果、および費用対効果については、確固とした証拠がある。たばこ依存症はWHOの国際疾病分類第10版(WHO, 1992)によって疾病と認められており、その治療は安全かつ有効である。しかし、費用対効果の高いたばこ依存症治療法があるにもかかわらず、多くの国の公衆衛生部門は禁煙支援プログラムに投資をしないばかりか、喫煙者に禁煙しようという意志を起こさせ、禁煙を支援するためのインフラ開発にさえ投資していない。さらにほとんどの国では、治療の提供、医療従事者のトレーニング、禁煙療法の幅広い利用に関する教育と情報が限定されており、資金源も乏しく、標準的な医療に組み込まれることもきわめてまれである。また、禁煙は公衆衛生の優先課題と見なされておらず、政府や機関の作業計画の中で、たばこ規制戦略の重要課題として取り組まれているわけでもない。禁煙に対する具体的な介入のほか、禁煙のための努力を周囲が支援し、喫煙者に禁煙しようという意志を起こさせるような環境づくりもまた、禁煙政策の一部とは見なされないことが多い。
 このような状況を背景として、WHOたばこのない世界構想(TFI)によるフォーラムは開催された。この会議は、各国の様々な現状や文化、医療制度や資金力を考慮しつつ、禁煙とたばこ依存症治療の分野で進歩を促すための方策を検討し,提言することが目的であった。本提言書も、この会議に基づいて作成されている。現在、喫煙の普及とたばこ煙による受動喫煙を減らすために、たばこ規制に関する世界的な政策を作成しようという国際的な取り組みが行われているが、そんな中で様々な方策が検討された。この会議は2002年6月、モスクワでロシア連邦保健省の主催で開催された。会議開催の運営資金はフィンランド外務省国際開発協力省(FINNIDA)から提供された。
 会議の参加者は31名で、その中には禁煙政策の実施に様々な経験を持つブラジル、カナダ、ドイツ、中国の香港特別行政区、ロシア連邦、セーシェル、タイ、フィリピン、ベネズエラ、カタールの代表者も含まれていた。さらにWHOの本部や地域事務所のスタッフのほか、カナダ、フィンランド、香港(中国特別行政区)、スペイン、英国、米国などの国際的な専門家や科学者も参加し、禁煙とたばこ依存症治療に関する現在のベストプラクティスについて発表した。
 この会議は、加盟国はじめ市民団体や科学界からの参加を得て、世界中の喫煙者の禁煙を促進する戦略開発に貢献することを目的としたものであった。特に費用対効果の高い様々な介入法の範囲で、先進国と発展途上国が共に利用できるような仕組みを作ることに主眼を置いていた。
 会議では、禁煙促進を支援する環境を作り出す必要性が力説された。喫煙者数を減らす計画の柱としては、地域社会を基盤とした禁煙プログラムの開発とともに、たばこ税の引き上げ、たばこ製品の広告禁止、たばこのない環境政策、喫煙者を啓発し、たばこ製品の入手機会を減らすための教育やマスコミによるキャンペーンが取り上げられた。さらに、禁煙に取り組むためにプライマリーケアを利用することの是非、このような介入のコストを下げる方法等の問題も協議された。
 たばこ規制のためのインフラや資源は国によって様々だが、禁煙政策やたばこ規制支援プログラムを実施するうえでの共通の課題や機会についても話し合いが行われた。また、各国の禁煙政策やたばこ規制の支援プログラムを作成するにあたって、何が大きな障害となっているかも特定された。大きな障害の例としては、医療従事者への教育が不十分であり、禁煙活動の担い手になろうという意欲がない、資源や政府の財政援助がない、薬物療法のための製剤の入手・利用が困難である、薬物療法にかかる費用を保険会社が負担する仕組みがない、禁煙介入を行う部門間の調整がされていない、そしてさらに重要なことには、禁煙介入が全体的なたばこ規制政策に組み込まれていない、などが挙げられる。
 この協議では、メイヨ・クリニックが1999年に出した推奨(付録I)の改訂版が基盤として用いられた。その結果、各国の医療制度のインフラや、たばこ規制の優先度、および活用できる人的資源や資金の多寡による、禁煙政策やプログラムの優先度の違いが浮き彫りになった。
 効果的な禁煙とたばこ依存症治療の科学的根拠をレビューして、行動療法と薬物療法はたばこ依存症の治療に大きな効果があることが明らかとなった。効果が高く、費用対効果の高い治療法が多くの権威ある団体からレビューされており、その結果、すべての医療従事者や医師が患者に対して常に禁煙介入を行うべきだということが提唱されている。
 根拠に基づく薬物療法では、個人に応じて様々な選択肢がある。たとえば、さまざまな剤形(ガム、トローチ、パッチ、点鼻スプレー、口内吸入器)のニコチン置換療法やブプロピオンなどがある。一般に、この根拠に基づく治療法を用いると、禁煙を長期継続できる確率はほぼ2倍になることが知られている。行動療法にも大きな効果があり、薬物療法の成功を大幅に高めることができる。様々な行動療法と薬物療法に効果があることが証明されているが、これらの療法は対象となる個人や集団によって、その効果、受容度、費用対効果、費用が大きく異なるため、どれかひとつの方法だけを取り上げ、他は除外するというやり方は勧められない。
 個々の喫煙者を支援し、その喫煙行動を変えさせることは重要な目標だが、喫煙を促進し、継続させている環境要因に取り組まない限り、大きな影響力は望めない。従って、個人に対する行動療法や薬物療法は、集団に対する介入と一対にして考えるべきである。マスコミのキャンペーン、懸賞つき禁煙キャンペーン、電話相談などの公衆衛生的アプローチも、社会的規範に変化をもたらし、禁煙を促進するのに重要な役割を果たすことが期待できる。マスコミのキャンペーンは、喫煙の健康に対する影響と禁煙のメリットについて知識を深めることができるだけでなく、禁煙に対する態度を改め、強化し、行動するきっかけを与え、喫煙行動に影響を与えることにもつながる。電話による禁煙相談は、費用が安くて利用しやすく、効果の高い人気の禁煙プログラムで、包括的な禁煙プログラムの中の一環として重要な役割を果たしている。懸賞つき禁煙キャンペーンは、地域の団体や医療サービスと連携した画期的な宣伝方法を用いて、約20%の禁煙率を達成している。職場の禁煙化は、喫煙しない状態を当たり前にするという重要な長期目標を推進するための、費用対効果の高い公衆衛生的アプローチである。公衆衛生的アプローチは、最小限のコストで多くの人に影響を与えることができる。
 人的資源と資金は、その介入対象が集団であるか個人であるかに関係なく、禁煙やたばこ依存症への介入を維持していくうえで、なくてはならないものである。医療従事者を教育・トレーニングし、禁煙やたばこ依存症治療の方法を提唱・提供できる能力を構築することは、成功を確実にするために欠かせない。禁煙政策を重要な政治課題とするには、たばこの普及を抑える政策立案者、医療従事者、研究者の果たす役割がきわめて重要である。また、たばこ依存症治療を受けることができ、それをすぐ利用できるようにするには、国際社会の果たす役割も重要となってくる。国際社会は情報を提供し、浸透させる場を提供するほか、ガイドラインの作成やベストプラクティスのレビューを行い、資金を募り、禁煙やたばこ依存症治療の分野の研究・学術機関との提携を確立することで、活動の支援をすることができる。
 最後に、国家レベルでの禁煙介入やたばこ依存症治療の機会を増やし、それらの利用範囲を拡大するために、各国政府は集団および個人に対する効果的な禁煙介入に政治的な関与を深め、さらに多くの援助資金を出す必要がある。政府は禁煙を持続させるため、禁煙政策と禁煙プログラムをその他の基本的な医療に組み込む必要がある。しかも、それを様々な政策を用いた包括的なたばこ規制戦略という大きな枠組みの中で行う必要があるのである。
 禁煙戦略を実行するうえで、各国をどのように支援していけばよいのだろうか。2日間の会議では、この件に関して各国から発表があったほか、専門家による議論や協議も行われた。そこから得られた経験や教訓をもとに、会議の参加者は一連の提言を作成した。以下に記したものは、短・中期的に公衆衛生をさらに改善していきたいと考える政府、NGO、医療従事者が、第一に考えるべき要素である。

 ・ 禁煙への取り組みを効果的で持続可能なものにするため、禁煙政策を包括的なたばこ規制政策の一環に組み入れる。
 ・ たばこ製品の入手機会を減らし、たばこへの社会的な容認度を低下させ、多くの情報を与えるなど、周囲が禁煙を支え、禁煙しやすい環境を作る。
 ・ すべての喫煙者に、効果的なたばこ依存症治療を提供する。
 ・ 加盟国は、科学的根拠に基づくたばこ依存症治療のための国家政策ガイドラインを作成する。
 ・ 他の医療介入と比較した禁煙介入のメリットと費用対効果について、医療従事者、行政担当者、政策立案者の認識を高める。
 ・ プライマリーケア、地域、または全国レベルのすべての医療従事者に、効果的な禁煙介入ができるよう研修を行う。
 ・ 新たな提携関係を結んで、効果が実証されている治療の実施への参加を増やし、金銭的・技術的な投資をすることが必要である。

 WHOのたばこ規制枠組条約(FCTC)が加盟国によって承認されると、非常に重要な作業が本格的に開始されることになる。加盟国に対しては、その条約を批准し、実行に移せるよう支援しなければならない。この支援には、技術的支援も含まれる。TFI(たばこのない世界構想)は、FCTC採択後の法律、科学、政治、および具体的な措置に関する技術的支援の要請に応えるため、現在、各国向けの様々なガイドラインの作成に積極的に取り組んでいる。これらのガイドラインの目的は、たばこ規制対策を策定しようとしている国々のニーズに合った、科学的根拠に基づく参考資料を提供することである。この「禁煙とたばこ依存症治療のための政策提言」もその活動の一環として作成されたものである。

科学的根拠
 2003年には、喫煙による死亡者数が約500万人にのぼると推定されている(WHO, 2002)。現在、死亡者の10人に1人が喫煙によって死亡しており、2030年までにこの割合は6人に1人、すなわち年間1,000万人が喫煙によって死亡すると試算されている。これは他のどんな原因による死亡者数より多く、また年間の肺炎、下痢性疾患、結核、および出産合併症による予想死亡者数を合わせた数よりも多い。このままでは、現在の人口のうち約5億人が喫煙によって命を落とすことになり、その半数は働き盛りの年代で、寿命より20〜25年も早く死亡することになるのである。
 たばこ製品には依存性があるため、禁煙するのに支援が必要な喫煙者は多いと考えられる。様々な集団調査によれば、単純に比較することはできないものの、毎年、喫煙者の約3分の1が禁煙を試みており、しかもそのほとんどは補助手段なしに禁煙を試みている。意志の力だけで長期間(12ヶ月以上)の禁煙ができる喫煙者は、ほんのわずか(1〜3%)しかいない(Fiore et al., 2000)[訳注1]。
 禁煙やたばこ依存症治療を推進するメリットは、すぐに目に見える形で現れる。世界で行われている取り組みの多くは児童や青少年の喫煙開始の防止に主眼を置いたものだが、喫煙開始の防止と同時に現在の喫煙者を治療することで、長期的な効果があるばかりでなく、短期的にもはるかに大きなメリットを期待することができる。世界銀行によると、今後50年間の予測された死亡者数の大半は現喫煙者の志望によるものであり、子供に対する喫煙防止対策はここ30年間は世界の喫煙関連疾患による死亡率には反映されないだろうとしている(World Bank, 1999)。しかし逆に言えば、2020年までに成人の喫煙を50%減らすことができれば、約1億8,000万人がたばこに関連した死を免れることができるのである。対照的に、2020年までに青少年の喫煙開始を50%減らしても、たばこに関係した死を免れることができるのは2,000万人にすぎない。以上より、喫煙開始の防止戦略とともに、青少年層と成人層の両方で禁煙を推進するための公衆衛生政策が必要なことは明白である。


References

Fiore MC, Bailey WC, Cohen SJ, Dorfman SF, et al. (2000). Treating Tobacco Use and Dependence: Clinical Practice Guideline. Rockville, MD. United States Department of Health and Human Services, Public Health Service.

World Bank (1999). Curbing the Epidemic: Governments and the Economics of Tobacco Control. Washington, DC, The International Bank for Reconstruction and Development, World Bank.

World Health Organization (2002). The World Health Report. Reducing Risks, Promoting Health Life.Geneva, WHO.

World Health Organization (1992). International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems (10th Revision). Geneva, WHO.



[訳注1] 引用されているFioreらの文献によると、アメリカにおいて「1991年において禁煙を試みた1700万人の喫煙者のうち、1年後禁煙している割合は約7%に過ぎない」と述べられており、本文に示されている禁煙率(1-3%)とは異なる。おそらく文献引用の誤りか引用する数字の誤りと考える。しかし、英米での調査結果を報告した以下の文献によると、禁煙を試みた者のうち1年後の禁煙率は2-3%と報告されており、本文の数字とほぼ一致する。(“Nicotine Addiction in Britain: A Report of the Tobacco Advisory Group of the Royal College of Physicians” Royal College of Physicians of London 2000, “Healthy People 2010” U.S.Department of Health and Human Services 2000.)

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