II 調査結果の内容


3. 人事戦略

 経営改革とコーポレート・ガバナンスの見直しについては、ふたつの小括に書いたようにそれぞれ要約できる。それでは、本調査のもうひとつの関心事である人事戦略と労使関係についてはなにがいえるか。
 
終身雇用)
 まず、今後の終身雇用のあり方にかんする基本的な考え方では、「原則としてこれらからも終身雇用を維持していく」が33.8%、「部分的な修正はやむをえない」が44.3%、「基本的な見直しが必要である」が17.1%(もっとも多いのが小売業の25.5%)、「現在も終身雇用になっていない」が3.8%(もっとも多いのがサービス業の8.7%)であった。
 このうち、原則的維持と部分的修正を合わせると8割弱(78.1%)になる(図3−1)。この結果からみるかぎり、近い将来、終身雇用慣行が崩壊するとは考えられない。
 
定着率)
 この終身雇用慣行のゆくえについて、いくつかの正社員労働力銘柄別の今後の定着率見通しという点からみてみよう(図3−2)。
 第1に、30歳代前半の大卒男性については、業種計で「高まるだろう」が1割強(12.0%)、「変わらない」が5割弱(47.1%)、「低まるだろう」が3割強(34.3%、製造業44.4%、卸売業41.7%)であった。したがって、やや定着率が低まる可能性がある。
 第2に、30歳代前半の大卒女性の定着率見通しはどうか。「高まるだろう」が24.1%(卸売業38.9%)、「変わらない」が45.5%、そして「低まるだろう」が17.5%であった。むしろ、この労働力銘柄の定着率は高まるかもしれない。
 第3に、50歳代前半の大卒男性については、「高まるだろう」が15.1%(1万人以上で6.0%)、「変わらない」が63.0%、「低まるだろう」が15.4%(1万人以上で18.0%)となっている。この結果からみるかぎり、巨大企業で定着率がやや落ちるかもしれないが、ほとんどめだった動きは見通せない。
 第4に、50歳代後半の大卒男性については、「高まるだろう」が15.1%、「変わらない」が58.0%、「低まるだろう」が19.9%であった。50歳代前半の大卒男性と同じように、巨大企業で定着率がやや落ちるかもしれないが、全体としては大きな変化は見込めない。
 
60歳代の雇用機会)
 それでは、60歳代の雇用機会について企業はどう考えているか。全体では、「60歳定年後の再雇用・勤務延長を進める」が4割(39.4%、運輸通信業69.6%、小売業58.2%)、「特に60歳代の雇用機会の拡大は考えていない」が32.9%、「企業グループとして60歳代の雇用機会を確保・拡大する」が32.5%、「取引先企業などにたいする50歳代での再就職斡旋を促進する」が16.8%、「61歳以上へ段階的に定年延長する」が7.1%などとなっている(表3−1)。
 このように、定年後の再雇用・勤務延長の促進に企業グループとしての雇用機会の確保・拡大を足し合わせると71.9%になる。これまでの実態に比べて――段階的な定年延長という回答こそ少ないが――、60歳代の雇用機会を企業努力を通じて確保・拡大していこうという姿勢がみてとれる。
 
年齢・勤続と能力)
 年齢・勤続にともなって能力がいかに推移するかについては、調査票には6つの模様図を示し、大卒事務職、大卒営業・販売職、大卒研究開発・技術職それぞれに、年齢・勤続とともにその職業能力はどのように変化するか、もっともよくあてはまる模様図をひとつ選んでもらった。
 ちなみに、模様図1、模様図3、模様図5、模様図6はそれぞれの形状は違っているが、年齢・勤続ともに(とくに「能力の低い人」の)職業能力が右肩上がりで推移するというものであり、その意味でこれらを合計した値がひとつの問題になる。他方、その対極にあるのが模様図2であって、「能力の高い人」もまた「能力の低い人」も一定年齢後は能力がともに低下する山型の形状をしている。したがってその回答が多ければ、年功賃金などに(同一職種にとどまるかぎり)重大な影響の生じうる可能性があることを示唆している。模様図4は、「能力の高い人」は右肩上がりで上昇するが、「能力の低い人」の職業能力は一定年齢でピークに達し、その後は屈折的に下降していくというものである。
 第1に、大卒事務職の場合、「模様図1」が13.6%、「模様図2」が8.7%、「模様図3」が31.4%、「模様図4」が20.0%、「模様図5」が8.6%、「模様図6」が4.1%、「その他」が13.6%であった。また、模様図1+模様図3+模様図5+模様図6=57.7%となる(表3−2−1)。
 第2に、大卒営業・販売職の場合、「模様図1」が9.7%、「模様図2」が6.8%、「模様図3」が33.8%、「模様図4」が20.0%、「模様図5」が6.8%、「模様図6」が2.8%、「その他」が20.1%となっている。模様図1+模様図3+模様図5+模様図6=53.1%となる(表3−2−2)。
 第3に大卒研究開発・技術職の場合には、「模様図1」が6.1%、「模様図2」が13.5%、「模様図3」が24.3%、「模様図4」が21.6%、「模様図5」が6.2%、「模様図6」が1.9%、「その他」が26.4%と分布する。したがって、模様図1+模様図3+模様図5+模様図6=38.5%、模様図2+模様図4=35.1%になる(表3−2−3)。
 第4に、模様図1から模様図4までの場合、一定年齢後に能力プロフィールの形状が変化する。その一定年齢は「大卒事務職」で平均35.7歳、「大卒営業・販売職」が35.4歳、「大卒研究開発・技術職」でも35.4歳となっている。平均35歳がひとつの屈折点になっているらしい。
 このように、いずれの職種についても模様図2のような山型の能力プロフィールを示すという見方が1割前後の比重を占めている。また、模様図4のような一定年齢以降に人材格差が上下方向に拡大するという見方がどの職種についても2割を占める。これら模様図2や模様図4の見方がよく事実を言い当てているとすれば、少なくとも年功秩序を維持することが難しいだろう。さらに、同じ大卒でも研究開発職の場合には、事務職や営業販売職に比べてそのキャリア形成や処遇に問題が生じやすいように思われる。
 
【模様図】
 
抜擢人事)
 この模様図2や模様図4は抜擢人事(調査票には、「同期でもっとも昇進の早い者が上位年次の者がまだ就いていない役職に先に昇進すること」と定義している)の必要を示唆している。
 第1に、本社の課長への昇進にさいして、こうした抜擢人事はどれほど行われているか。「かなり頻繁に行われている」が1割強(11.7%)、「ある程度は行われている」が5割(49.0%)、「あまり行われていない」が27.0%、「まったく行われていない」が1割(10.3%)という結果であった。
 第2に、本社の部長への昇進でも回答結果は似通った分布を示している。すなわち、「かなり頻繁に行われている」が1割、「ある程度は行われている」が5割(51.7%)、「あまり行われていない」が26.5%、「まったく行われていない」が1割であった。
 第3に、本社の取締役への昇進についても、課長昇進、部長昇進の回答分布とほとんど変わらない。「かなり頻繁に行われている」が1割、「ある程度は行われている」が4割強(44.8%)、「あまり行われていない」が29.0%、「まったく行われていない」が1割強(12.9%)であった。  このように、抜擢人事はある程度行われているが、必ずしも一般的ではない(表3−3)。
 
新人事処遇)
 もうすこし、人事処遇の細目に立ち入ってみよう。
 第1に、つぎの14項目のうち、実施率が高いものから順にあげていくと、(1)人事考課における評価結果の本人への開示(38.4%、卸売業55.6%)、(2)本社スタッフの大幅スリム化(32.3%)、(3)40歳代での取締役就任(26.8%、小売業50.9%、従業員規模1,000人未満43.5%)、(4)ライン部課長の中途採用(26.4%、サービス業43.5%、1,000人未満も43.5%)、(5)一般職でのフルタイムの年契約社員の採用(17.7%、小売業36.4%)、(6)法定外福利厚生費の大幅削減(15.1%)、(7)企業グループ事業部門や社内分社でのグループ・分社業績にみあった賃金決定(13.2%)、(8)女性管理職の計画的育成(12.5%)、(9)文系大学院卒の新規採用(11.7%)までが回答率10%以上のものである。しかし、(10)確定拠出型年金(3.8%)、(11)一般社員の年俸制(3.2%)、(12)会社派遣でのMBA取得者の優遇(2.2%)、(13)退職金の前払い制(1.9%)、(14)役員候補者の30歳代後半での実質的な絞り込み(1.6%)といった諸項目の実施率はきわめて低い。
 第2に、今後3年間でこれら人事処遇はそれぞれどれほど浸透するだろうか。「かなり進む」という回答は順(()内番号は上記の実施率と同じ)に、(1)29.3%、(2)28.0%、(7)11.6%、(5)10.7%、(6)10.4%、(10)8.0%、(8)7.0%、(3)5.9%、(4)4.9%、(11)4.3%、(13)1.6%、(14)1.4%、(12)0.7%、(9)0.6%と並ぶ。このほか、「3年までの有期雇用契約の拡大」(4.2%)、「改正労働基準法による裁量労働制の導入」(13.5%)といった結果になっている。逆に、今後3年間で「あまり進まない」とみられているものに、「会社派遣でのMBA取得者の優遇」(74.3%)、「文系大学院卒の新規採用」(74.3%)、「役員候補者の30歳代後半での実質的な絞り込み」(68.3%)、「退職金の前払い制」(64.8%)、「一般社員の年俸制」(58.8%)、「3年までの有期雇用契約の拡大」(56.5%)、「ライン部課長の中途採用」(52.2%)などがある(図3−3)。
 
企業年金)
 企業年金制度にかんして、どういう動きがみられるか。第1に、この数年のうちに「実施した」ものとしては、「運用委託先の変更」(26.7%)、「年金積立金不足分の企業による補填」(25.8%)、「特別勘定など運用方法の見直し」(18.8%)、「年金保険料の増額」(15.7%)、「予定利率(保証利回り)の引き下げ」(13.0%)がめだつが、年金給付額の削減(3.2%)を行った企業はごく少なかった。企業年金制度の廃止に踏み切ったという回答はゼロであった。
 このように、この数年をとってみると、長期にわたる極端な低金利という悪条件のもとで、企業は運用先や運用方法を変えるとか積み立て不足分を補填するとか、企業年金制度を維持するため懸命な努力を払ってきた。
 第2に、「検討中」の項目としては、予定利率(保証利回り)の引き下げ(45.7%)、特別勘定など運用方法の見直し(36.2%)、年金積立金不足分の企業による補填(33.6%)、年金給付額の削減(32.8%)、年金保険料の増額(29.0%)、運用委託先の変更(28.6%)、企業年金制度の廃止(7.1%)となっている(表3−4)。
 ここ数年の取り組みに比べてみれば、より企業年金制度改革への姿勢をもちはじめているようにみえる。
 
総額人件費)
 一般的に総額人件費を抑えようという企業の姿勢はこの数年のうちにかなり強まった。  第1に、総枠設定を行っている企業は全体の4割強(41.2%)あった。とくに小売業ではその比率は65.5%にのぼった。
 第2に、総枠設定をしている場合、それをなにに準拠させているか。多かった順に、「売上高比率」が53.2%、「前年度実績プラス生産性上昇率」が36.6%、「労働分配率」が30.6%、「同業他社の動向」が28.5%などとなっている。売上高が伸びればあるいは生産性が上がれば、総額人件費も多くなるという図式である。
 
企業グループ人事管理)
 すでにみたように、一方では分権的な自己責任経営が明確化され、他方では企業グループとしての連結経営が強調されている。そのことは人事戦略にも現れている。ここでは、後者の連結経営に関わるいくつかの点にふれてみよう(図3−4)。
 第1に、企業グループあるいは連結子会社を包含した総人員計画があるか。「ある」が2割弱(17.1%)、「検討中」が36.4%、ふたつを合わせると5割を超える。
 第2に、「連結子会社をふくむ中核企業役員の計画的育成を行っている」が6.5%、「検討中」が38.8%、合計すると45.3%になる。
 第3に、「企業グループあるいは連結子会社による企業年金制度がある」という回答が2割(19.4%)、「検討中」が14.9%、合わせると34.3%になる。
 第4に、中核企業による連結子会社の採用・配属人事など一元的管理が行われているところが12.8%、「検討中」が28.0%、したがって合計40.8%になる。
 これらの結果からみるかぎり、企業グループ連結経営のため企業グループ人事管理も今後かなり進展していくものとみられる。
 
小括)
 ここで、人事戦略について小さなまとめをしておこう。
(イ)  これからの終身雇用のあり方については、部分的修正という意見が4割強ともっとも多かったが、それに原則的維持の3割強を加えると8割弱になる。したがって、近い将来、終身雇用慣行が崩れるなどということはできない。
 労働力銘柄別の定着率見通しからみても、労働力の流動化といったシナリオが思い描かれているわけではない。
 さらに、60歳代の雇用機会にかんしても、段階的な定年延長という考え方こそ少ないが、定年後の再雇用・勤務延長か企業グループとしての60歳代の雇用機会確保・拡大のいずれかを考えている企業が合わせて7割以上にのぼる。特に60歳代の雇用機会の拡大は考えていないという企業は全体の3割強にとどまる。
(ロ)  大卒事務職、大卒営業・販売職、大卒研究開発・技術職別にみた年齢・勤続にともなう職業能力プロフィールについていえば、右肩上がりで推移するものの一定年齢後、「能力の高い人」と「能力の低い人」との格差が拡大するという企業が最も多く、事務職、営業・販売職で3割を占めている。
 しかしながら、いずれの労働力銘柄にかんしても、35歳前後で「能力の高い人」「能力の低い人」を問わず下がりはじめるという見方(山型プロフィール)がほぼ1割、同じ35歳前後で「能力の高い人」は上昇していくが、「能力の低い人」は下がっていくという見方が2割を占めた。これらの場合(とりわけ前者)には、年功昇進・賃金は成り立ちにくいだろう。
 なお、大卒研究開発・技術職にかんしては、大卒事務職や大卒営業・販売職に比べて山型プロフィールという見方が多かった。
(ハ)  「同期のもっとも昇進の早い者が上位年次の者がまだ就いていない役職に先に昇進する」という抜擢人事は、本社の課長、部長、取締役いずれについても、ある程度行われているという回答が5割前後を占めたが、頻繁に行われているという回答は1割にとどまった。あまり行われていない、まったく行われていないを合わせると4割前後になる。したがって、抜擢人事が活発に行われているとみることはできない。
(ニ)  新人事処遇ということでは、評価結果の本人開示、本社のスリム化、「若い」取締役の抜擢、ライン部課長の中途採用、フルタイム有期契約社員の採用、法定外福利厚生費の大幅削減などについてある程度の動きが生じている。
 逆に、近い将来「あまり進まない」とみられているものに、会社派遣でのMBA取得者の優遇、文系大学院卒の新規採用、役員候補者の30歳代後半での実質的な絞り込み、退職金の前払い制、一般社員の年俸制などがある。
(ホ)  企業年金については、この数年のうちに運用先や運用方法の改善、積立金不足分の補填などを行った企業がそれぞれ2〜3割あった。それでも、年金額の削減を行ったところはほとんどなく、企業年金制度を廃止した企業は皆無であった。
 しかしこれからは、こうした運用上の改善といった水準を超えた制度改革への動きが出てくる可能性がある。
 ちなみに、確定拠出型年金をすでに導入済みという企業は全体の3.8%、また今後3年間でその導入が「かなり進む」という意見は8%にとどまった。
(ヘ)  総額人件費管理にかんして、総枠を設定しているところが4割ほどあった。その設定を売上高あるいは前年度実績プラス生産性上昇率などにリンクさせ、したがって売上高や生産性が上がれば人件費総枠も増える、といった運用を行っている企業が多い。
(ト)  今後の成長見通しもふくめていえば、新人事管理という意味で企業グループ人事管理の成熟ぶりが注目される。
 「実施した」と「検討中」を合わせると、企業グループあるいは連結子会社を包含した総人員計画、連結子会社をふくむ中核企業役員の計画的育成、中核企業による連結子会社の採用・配属人事などの一元的管理について、その回答率がすべて4〜5割になる。また企業グループあるいは連結子会社による企業年金制度にかんしても、実施したあるいは検討中が3分の1にのぼる。



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