II 調査結果の内容


2. コーポレート・ガバナンス

 日本のコーポレート・ガバナンスはどこまで変わろうとしているか、いくつかの観点からそれを確かめてみよう。
 
経営理念からみた優先的ステークホールダー)
 まず、日本の経営はどのステークホールダー(利害関係者)の利益を優先させようとしているのか。
 そのため、つぎのふたつの場面を想定してもらい、どのように行動するかを尋ねてみた。(A)「貴社の経営パフォーマンスが中長期的にみた平均的な経営状況からめだってよくなった場合を想定してください。貴社の経営理念に照らして、その収益を何に優先的に配分しますか」と問い、優先度の高いものを3つまで選んでもらった。それとは逆に、(B)「貴社の経営パフォーマンスが中長期的にみた平均的な経営状況からめだって悪くなった場合を想定してください。貴社の経営理念に照らしてどのような手段を講じますか」と問い、同じように優先度の高いものを3つまで選んでもらった。
 その結果、(A)については、従業員の給与・賞与を増やす(83.9%)、株主への配当を増配する(78.8%)のふたつが突出して多く、ついで役員報酬を増やす(44.2%)となっている。継続的取引先との取引を先方に有利な条件に切り替える(17.1%)、メインバンクとの取引条件を銀行に有利なように切り替える(3.5%)といった回答は少ない(図2−1−1)。
 では、(B)はどうか。従業員の給与・賞与を削減する(84.2%)、役員報酬を削減する(84.2%)が同率で並ぶ。そしてその後に、株主への配当を減配・無配にする(60.7%)となっている。また経営陣が交代する(26.8%)という回答のほうが、再就職先の確保のないまま従業員を整理する(8.6%)よりもめだって多い(図2−1−2)。
 したがって、ここからみるかぎり、日本の経営を従業員優遇・株主冷遇などと決めつけることはできない。業績のよいときには、経営者に先立って従業員と株主が利益にあずかり、逆に業績が悪くなれば、従業員とともに経営者が自らの報酬をカットする。株主配当を減らすのはその後のことといった経営行動が、少なくとも経営理念としては浮かび上がるからである。
 
安定株主)
 株主との関係についていえば、第1に、安定株主の「いる」企業が85.4%、「いない」企業が8.6%あった。
 第2に、安定株主が「いる」企業について、その安定株主比率(すべての安定株主が保有する株式数の合計を発行済みの株式総数で除したもの)を尋ねたところ、平均は68.6%という高い値になった。この安定株主比率が70%を超える企業が全体の43.3%ものぼった。とくに運輸通信業やサービス業の安定株主比率が高く、それぞれ82.0%、81.2%であった。また上場企業の53.3%にたいして、非上場企業の安定株主比率は9割(89.4%)と高かった。
 第3に、最近3年ほどのうちに、財務戦略として安定株主の確保に努めたという企業が全体の半分(48.5%)あった。とくに金融保険業の場合には、その比率が7割(70.8%)に達した。また今後の方針として、安定株主の確保をあげた企業が5割(50.4%)あった。金融保険業ではその比率は72.2%と高い。
 
株の持ち合い)
 この安定株主のなかには、互いに株を持ち合っているような企業がふくまれる。
 第1に、最近3年ほどのうちに、株の持ち合いをどうしてきたか(表2−1−1)。持ち合いを解消してきたというところが14.3%、特に解消してきたということはないが44.6%、一部ではむしろ株の持ち合いを進めてきたが9.1%、もともと株の持ち合いはないが32.3%であった。サービス業や運輸通信業では、もともと株の持ち合いはないという回答が53.9%、42.9%という高い値になっている。前項もふくめていえば、株の持ち合いが少ないぶんだけ、安定株主比率が高いといった関係がみとめられる。また企業規模が小さくなるほど、非上場企業ほどもともと株の持ち合いはないという回答(それぞれ56.5%、64.5%)が多かった。
 第2に、これからの株の持ち合いについては、現状程度でよいが48.1%、現状より減らしたほうがよいが44.9%と回答は二分された。減らしたほうがよいとした回答は卸売業(69.6%)、金融保険業(54.2%)でめだった(表2−1−2)。
 第3に、株の持ち合いを減らす、あるいは株の持ち合いは必要ないという理由はなにか。資産効率を高め、連結株主利益率などを改善するため(63.4%)、グローバル・スタンダードにあった経営に変革していくため(47.7%)という回答がめだった。金融保険業では、そうした回答がいずれについても業種平均を上回った。
 第4に、最近3年ほどのうちに、非効率的な持ち合い株の解消を進めてきたという企業は2割強(21.9%)にとどまった。しかし、今後については43.8%の企業が解消を進めていくと答えている。
 このように、本調査対象企業のうち、もともと株の持ち合いがないところが3割にのぼるが、持ち合いのあるところでは、卸売業や金融保険業などを中心に株の持ち合い解消が進む可能性がある。
 したがって、前項(安定株主)も視野に入れていえば、株の持ち合いは商社や銀行などを中心にある程度解消していくものとみられるが、それは安定株主が必要ない、あるいはなくなることを意味しない。
 
株主広報活動と機関投資家の関心)
 安定株主は機関投資家が大部分を占めるが、この10年ほどのうちに、経営にとってこれら機関投資家とのあいだに円滑な意思疎通のパイプを維持していくことが重要な課題となってきた。株主広報活動(Investor Relations)が重視されるようになった。
 第1に、機関投資家などにたいする定例化した業績説明会を開いているか。「開いている」が3割強(32.3%)、「開いていない」が半数以上(54.2%)あった。業種別では、卸売業、電気・ガス・水道・熱供給業のちょうど半数の企業が開いている。逆に、サービス業では15.8%と開催率が低い。また企業規模では、大きな企業ほど業績説明会の開催率が高い(1万人以上の企業では70.0%)。
 第2に、開いている場合、いつごろから開いているのか。「80年代」が2割(20.2%)、「90年代前半」が3割弱(27.8%)、「90年代後半」が4割強(44.4%)となっており、株主広報活動は90年代になって普及したことがわかる。
 第3に、業績説明会に出席するのは誰か。証券会社(97.3%)、投資顧問(86.5%)、金融関係研究機関(70.9%)、生命保険会社(65.9%)、銀行(64.1%)の5つがめだつ。
 第4に、業績説明会に出席する機関投資家のうち、外国人投資家はどれほどの割合を占めているか。外国人投資家の割合は1割以下という回答が4割(41.3%)とめだって多い。
 第5に、その開催頻度などについては、年に2回が7割弱(66.4%)ときわだって多い。また、1回2時間というところが同じく7割弱(66.8%)にのぼった。
 第6に、主催者側からは誰が出席しているのか。担当役員(87.9%)、担当部門の部長・室長(70.0%)、代表取締役会長・社長(55.2%)であった。
 第7に、上記の証券会社、投資顧問などの出席者の具体的属性についてみると、証券アナリスト(96.0%)、機関投資家アナリスト(86.1%)、機関投資家ファンドマネージャー(66.4%)などに回答が集中している。
 第8に、では、かれらアナリストやファンドマネージャーの関心はなにか。企業の経営戦略(86.1%)、主要商品の事業動向にかんする詳細情報(63.7%)、経常利益(61.0%)の3つであり、大きく乖け離れて、4位に連結株主資本利益率(30.5%)がくる。しかし興味深いことに、これらアナリストやファンドマネージャーは日本的雇用制度の変革(0%)といったことにはまったく関心がなく、企業の社会的責任遂行(0.9%)や取締役会や監査役会の制度改革(2.2%)にたいしても、さらには株式配当性向(10.9%)や株価変動(8.1%)についてもほとんど関心を寄せていない(図2−2)。
 このように、アナリストやファンドマネージャーにとって日本の雇用制度や経営組織の改革といったことは関心の外にあり、かれらにとって肝心な問題は(それら制度がどうであれ)企業の経営戦略、主要商品にかんする詳細情報などについて有益な情報を入手しうるかどうかという点にある。ということはまた、かれらが機関投資家の意向を代弁あるいは代表しているとすれば、機関投資家にとって日本の雇用制度がどうなっていくか、あるいは経営組織がどう変わっていくかなどといったことはどうでもよい――、ということになる。
 
情報開示)
 株主広報活動の一部ともいえる、企業からの投資関連情報の開示についてみておこう。
 第1に、最近3年間の実績でいうと、アメリカ企業会計基準による開示(5.2%、1万人以上の企業では28.0%。以下も同じ)、アナリスト・機関投資家・格付け機関などへの情報提供の充実(44.6%、82.0%)、一般株主への経営情報・財務情報の開示強化(42.6%、68.0%)、株主資本配当率・配当目標の開示(32.8%、44.0%)、連結子会社等の範囲見直し・時価評価導入など企業会計基準の見直し(39.6%、66.0%)が大企業を中心にして進められた。
 第2に、これらのそれぞれについて、今後の取り組み予定があるとした企業の割合は、アメリカ企業会計基準による開示(28.1%)、アナリスト・機関投資家・格付け機関などへの情報提供の充実(57.0%)、一般株主への経営情報・財務情報の開示強化(62.8%)、株主資本配当率・配当目標の開示(47.4%)などとなっており、いずれについても今後の取り組み予定が最近3年間の実績を大きく上回っている。アメリカ企業会計基準による開示をふくめて、大企業を先頭にこれからさらに投資関連情報の開示が進むものとみられる。
 
財務戦略)
 財務戦略の実績と展望については、第1に、最近3年間の実績でいうと、「銀行借り入れから社債発行への切り替え促進」が2割強(22.8%、電気・ガス・水道・熱供給業で58.3%)、「銀行借り入れから株式発行への切り替え促進」が6.8%、「非効率的な持ち合い株の解消促進」が2割強(21.9%)、「安定株主の確保」が5割弱(48.4%、金融保険業では69.9%)、「自己株償却の促進」が1割強(11.2%)、「資産流動化の促進」が3割強(32.3%)という結果であった。
 第2に、それぞれについて今後の取り組み予定がどれほどあるか。「銀行借り入れから社債発行への切り替え促進」が26.2%、「銀行借り入れから株式発行への切り替え促進」が14.1%、「非効率的な持ち合い株の解消促進」が43.8%、「安定株主の確保」が50.4%(金融保険業が71.2%)、「自己株償却の促進」が30.7%、「資産流動化の促進」が57.5%となっている(図2−3)。
 したがって、全体的な傾向としてめだつのは、ひとつには、銀行借り入れから社債発行あるいは株式発行への切り替え促進、つまり間接金融から直接金融への相対比重の変化である。もうひとつは、一方で安定株主(そのなかにはもちろん銀行もふくまれる)を確保しながら、資産の流動化、非効率的な持ち合い株の解消、自己株の償却などを進めていこうという企業の基本的な姿勢である。
 
役員人事)
 ここで、企業経営に視野を転じてみよう。まず、役員人事の実態はどうなっているか。
 第1に、新社長の人選には大株主・親会社の意向が強く働くとしたものは全体の4割(39.4%)、またそのことが望ましいとする回答が3割強(33.6%)あった。これらの回答は企業形態によって大いに異なる。企業グループの子会社・関連会社の場合には、9割以上(91.7%)がそうした実態にあると回答した。もっとも、それが望ましいとみる子会社・関連企業(53.8%)は現状に比べてめだって少ない。
 第2に、副社長以下の人事については社長の意向が強く働くという回答は4分の3(75.9%)を占め、またそれが望ましいとするものは減少しているものの、6割(62.0%)を超えた。
 第3に、社長をふくむ役員人事に創業者やその親族の意向が強く働くとしたところが2割強(22.0%)、それが望ましいとする回答が17.4%あった。
 第4に、社長をふくむ役員人事にはメインバンクの意向が強く働くとした企業はわずかに3.5%、それを望ましいとする企業は17.4%であった。
 第5に、常勤監査役(外部監査役を除く)には取締役経験者がなることが多いとした企業は約半数(51.4%)、しかしそれが望ましいとするところは34.9%にとどまった。
 第6に、社長や副社長などの経営首脳については、しばしば抜擢人事があるとした企業は15.1%、そうした抜擢人事が望ましいというところは6割(59.6%)とめだって増えている。
 第7に、社長や副社長などの経営首脳については、通算何年といったおよその任期が決まっているとした企業は3割(30.6%)、そうした役員定年制が望ましいとする企業が5割(55.2%)を超えた(表2−2)。
 したがって、役員人事のあり方をめぐる現状と望ましさの差異に注目していえば、社長のもつ強い人事権についてはいますこし抑制を加えること、常勤監査役に取締役経験者が就くようなことを少なくすること、役員定年制を定着させること、経営首脳の抜擢人事を進めるべきことなどが示唆されている。
 
役員処遇などの改革)
 すでにこうした改革の動きは始まっており、今後さらにそれに拍車がかかる可能性がある。
 第1に、取締役の人数の削減については、最近3年ほどのうちに「実施した」が3割(29.7%)、「検討中」が24.6%であった。実施率は金融保険業で5割(47.9%)にのぼった。
 第2に、執行役員制度の導入については、「実施した」が5.4%、しかし「検討中」が3割(29.1%)ほどに達した。実施済みプラス検討中の数字でみると、卸売業や金融保険業などでその値が高い。
 第3に、外部取締役の導入では、「実施した」が約2割(19.3%)、「検討中」が14.2%であった。
 第4に、相談役・顧問制度の廃止や見直しにかんしては、「実施した」が1割(11.2%)、「検討中」が26.2%であった。実施済みプラス検討中の数字では、卸売業(55.6%)と金融保険業(42.5%)がめだつ。
 第5に、役員定年制の導入については、「実施した」が4割(44.1%)、「検討中」が16.1%であった。卸売業での最近3年間の実施率は66.7%と高かった。
 第6に、業績査定による役員報酬格差の拡大については、「実施した」が1割強(12.8%)であったが、「検討中」としたところが34.6%にのぼった。実施済みプラス検討中の数字では、この項目についても卸売業が75.0%と高かった。
 第7に、ストックオプション制の導入では、「実施した」が5.4%、「検討中」が19.0%であった。この項目についても卸売業(「実施した」が8.3%、「検討中」が33.3%)がめだつ。
 第8に、常務会など経営首脳会議の改廃を実施したところが23.9%、「検討中」が21.4%であった。合わせると、「予定なし」(50.0%)とほとんど変わらない(表2−3)。
 これらが示唆しているのは、役員の少数精鋭化と業績査定による処遇の強化ということである。
 
小括)
 日本のコーポレート・ガバナンスの現状と今後の展望について、どういうことがいえるか。
(イ)  経営理念からみた優先的ステークホールダーとしては、まず従業員と株主、その後に経営者がくる。その意味で、従業員重視・株主軽視あるいは従業員優遇・株主冷遇などということはできない。
(ロ)  株の持ち合いについては、もともと持ち合いはないというところが3割ほどあった。株の持ち合いがあるところでは、現状維持と解消(卸売業や金融保険業では解消派が多い)がほぼ均等の比重をもっている。
 安定株主については、「いる」企業が85.4%、「いない」企業が8.6%あった。安定株主が「いる」企業における安定株主比率(すべての安定株主が保有する株式数の合計を発行済みの株式総数で除したもの)は、平均68.6%という高い値になった。また、今後の方針として、安定株主の確保をあげた企業が50.7%あった。
 したがって、この株の持ち合い解消は今後ある程度進むとしても、それは安定株主が要らないということにはならない。むしろ、株の持ち合い解消が進むぶんだけ、安定株主を必要としているとみなされている。
(ハ)  その安定株主は機関投資家とかなり重なる。この10年ほどのうちに、多くの企業が株主広報活動に積極的に取り組むようになった。その一環として、年に2回、1回2時間程度の業績説明会が開かれている。会社側から担当役員や担当部長・室長、さらには代表取締役などが、また機関投資家側からは証券アナリスト、機関投資家アナリスト・ファンドマネージャーなどが出席する。
 もっとも、かれらアナリストやファンドマネージャーの主たる関心は経営組織や雇用慣行の改革といったことにはなく、もっぱら経営戦略、主要商品の詳細情報、経常利益といったことがらにむけられている。
 このほか、最近では一般株主向けもふくめ株主にたいする各種の情報開示が進められており、今後さらにその進展がみこまれる。
(ニ)  財務戦略については、間接金融から直接金融への比重の変化が生じている。また、安定株主を維持しながら(そのためにも)、資産の流動化を進め、非効率的な株の持ち合いを解消し、自己株を償却していこうといった動きがみとめられる。
(ホ)  経営を担う役員制度などについていえば、現状では、社長が強力な役員人事権をもっている。常勤監査役(外部監査役を除く)には取締役経験者がなることも少なくない。また社長の人選には大株主や親会社の意向もある程度働いている。さらに、経営首脳の任期制も浸透してきている。他方、メインバンクの役員人事権はほとんどない。また役員抜擢人事も多くない。
 しかし、これからは、社長の強い役員人事権を抑えながら、役員の抜擢人事を進め、経営首脳の任期制や役員の定年制を導入していこう、また取締役経験者が常任監査役になることを少なくしていくことが望ましい、と考えられている。
 こうした動きとパラレルに、今後は役員の少数精鋭化が図られ、業績査定による報酬管理が浸透していく可能性がある。



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