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5. リスク評価

5.1 全般的手法およびリスクの尺度

DRGに存在する感染因子によるアイルランド国民に対するリスクは、前述した仮定を単純に表現した「イベントツリー」とデータを結びつけて評価した。

リスクは、感染因子の予測摂取量をヒト経口 ID50の単位を使って表す。最悪のケースの仮定は、1 ヒト経口 ID50への曝露による感染の可能性が50%、同様に0.1 ヒト経口 ID50への曝露が5%の可能性を生じる場合である。この予測は、摂取量と感染の可能性には線形線量反応関係があり、安全な閾値は存在しないという仮定に基づくものである。これは非常に悲観的見方であり、特に非常に低レベルの曝露に対してそれが顕著である。

リスクについては2種類の尺度を使用するが、第一は、全般的社会的リスクである。これはアイルランド全国民が2000年1年間に摂取した感染単位(infectious unit)の総数から求められる。第二の尺度は個人的リスクであり、これは個人の1年間の予測摂取量をヒト経口 ID50値で表したものである。Tボーンステーキを週に1回以上食べる人(全人口の2%)の個人的リスクの最大値が査定され、牛肉を週に1回以上食べる人(全人口の67%)の個人的リスクの平均値が推定された。

5.2 イベントツリー

DRGの感染因子への曝露を評価するためのイベントツリーを図5.1に示す。イベントツリーの出発点は、2000年にアイルランドで国内消費用に屠殺されたウシ全頭のDRGに存在する全感染因子である。この中央値は8 ヒト経口 ID50と推定されるが、第95百分位数の範囲は0.05から1400である。この値は、表3.2で示す2000年に国内消費用に屠殺された、有意の感染性を持つウシの数にDRGの量および中枢神経系組織の感染濃度(第4.3項参照)を掛け合わせて算出される。中央値は図5.1のイベントツリーに示すとおりである。

イベントツリーの最初の分岐は第2.2項で取り上げた、脊柱に沿って肉を切り取る事象を反映したものである。この確率は、ウシの当該部分におけるDRGの割合を表している。つまり31個のDRGのうち4個(13%)がフォアリブ部分にある。次の分岐は、脊柱が付いた状態でリブ肉として売られるフォアリブ部分やTボーンステーキとして売られるサーロイン部分の割合を考慮したものである。これらの確率は第2.3項で述べた処理場からの調査結果を基にしている。

最後の分岐は、摂取されるDRGの割合を考慮したものである。骨なしの切り身の場合、この値は処理業者が肉から骨をとり除く割合であり、骨付きの場合は推定摂取割合である。これらについては、いずれも第2.4項で検討した内容である。

図 5.1 DRGに関するイベントツリー

図 5.1 DRGに関するイベントツリー
評価時点 2000年 ケース1 骨付き

イベントツリー右側の4つの欄は、結果の算出方法を示している。第1欄は各分岐路の確率、つまり分岐路上のすべての枝(イベント)における確率の積である。第2欄は分岐路における感染単位の総数を示し、この値は第1欄の確率と全インプット感染因子(total input infectivity)の積である。第3欄は摂取される感染因子量である。この数値は第2欄の数値と同一となるが、感染因子がヒトに摂取される場合にのみ存在する。第4欄は各分岐路における感染因子の総摂取量の割合を示したものである。

図5.1に示された値は一定点(シングルポイント)値であり、以下のシミュレーションの結果とは異なるものである。同結果では、イベントツリーにおける数値化の方法についても説明する。

5.3 リスク評価

イベントツリーは、入力パラメータの不確実性を反映させるために確率論的リスク評価手法を使って作成されたものである。各変数を数値の分布として定義し、結果についてはモンテカルロ・シミュレーション(Crystal Ball, Decisioneering 社)を使って何度も計算した。入力データに使われる値は付録1に示す。シミュレーションは、ラテン超方格法を使って1万回繰り返し実施した。

5.4 結果

牛肉から骨をとり除く際、肉とともに骨から切り取られるDRGの量について対立仮定を立て、2つの主要なケースについて評価を実施した。いずれのケースも骨付き・骨なしで販売されている牛肉を対象とした。また、ケース1では、骨付き肉から摂取されるDRGを表すのに使う値の範囲の感度を検定するため、さらに2つのケースを準備した。評価の結果は表5.1に示すとおりであり、それぞれのケースについて社会的リスク、最大個人リスク、平均個人リスクの中央値を示している。また表5.2では、結果の分布における第95百分位数の範囲も記載する。

5.4.1 ケース1

ケース1では、精肉店で脱骨する際、DRGの1%が切り取られ、肉とともに摂取されると想定している。ケース1.1は骨付きで、そしてケース1.2は骨なしで販売される牛肉全体を表している。骨付きで販売される場合、摂取されるDRGの量は第2.4項で説明したとおり、5%から95%の範囲と推定される。この範囲の感度は、別の2つのケースで検定する。その際、ケース1.3では摂取されるDRGの量を5%とし、ケース1.4ではこれを95%とする。

表5.1 結果概要

ケース 骨を除いた肉のDRG 骨付き肉から摂取されるDRG 骨付きで販売された肉か 社会的リスク2000年における総ID50 平均個人リスク1人当たり年間ID50 最大個人リスク1人当たり年間ID50 骨に起因する割合
        中央値 中央値 中央値  
1.1 1% 5〜95% はい 0.6 2.10-7 7.10-6 89%
1.2 1% 該当なし いいえ 0.08 3.10-8 該当なし 0%
1.3 1% 5% はい 0.1 5.10-8 1.10-6 46%
1.4 1% 95% はい 1 4.10-7 1.10-5 94%
2.1 0.1% 5〜95% はい 0.5 2.10-7 6.10-6 99%
2.2 0.1% 該当なし いいえ 0.008 3.10-9 該当なし 0%

ケース1.1では、DRGに存在する感染因子が原因で、アイルランド国民が摂取する感染因子の総量の中央値は0.6 ヒト経口 ID50、第95百分位数の範囲は0.003から110と推定されている。これは、2000年の1年間に牛肉を食べた人全員が、0.6 ヒト経口 ID50の感染因子を摂取したとモデルが推定したことを意味する。この量はDRG全体の感染因子の約7%に相当する。この仮定では、摂取された感染因子の約90%は骨付き肉に起因すると推定している。

リスクは多くの消費者に及んでおり、牛肉を定期的に食べる人(牛肉消費調査によると、対象者の67%は週に1回以上牛肉を食べている。第2.3項参照)の平均個人リスクは、1人当たり年間2×10-7 ヒト経口 ID50、第95百分位数の範囲は1×10-9から4×10-5と推定される。Tボーンステーキを頻繁に(週に1回以上)食べる人の最大個人リスクは1人当たり年間7×10-6 ヒト経口 ID50であり、第95百分位数の範囲は4×10-8から1×10-3と推定される。

平均個人リスクの中央値は受け入れ可能と考えられる範囲内である。しかし、値の範囲は最大許容可能限度に迫る程広がっている。これについては図5.2で対数表示による「リスク展望(Risk Perspective)」尺度に平均個人リスク値の分布を表している。

ケース1.2はケース1.1と仮定は同一であるが、販売される牛肉がすべて骨なしである点が異なっている。感染因子の総摂取量の中央値は0.08 ヒト経口 ID50と推定され、平均個人リスクの中央値は3×10-8 ヒト経口 ID50に低減する。モデルでは、骨付き牛肉の販売を禁止することにより、社会的リスクおよび平均個人リスクを1桁近く低減させることが可能であると予測している。

a) ケース1.1 平均・最大個人リスク

平均・最大個人リスクのグラフ

b) ケース1.2および2.2 骨なしで販売される全牛肉

骨なしで販売される肉全体のグラフ

図5.2 感染因子摂取の個人的リスク
(1人当たり年間ヒト経口 ID50値)


表5.2 リスク評価結果および範囲

ケース 骨をとり除いた牛肉のDRG 骨付き牛肉から摂取されるDRG 骨付きで販売された肉か 社会的リスク2000年の総ID50 平均個人リスク1人当たり年間ID50 最大個人リスク1人当たり年間ID50
        中央値 95%範囲 中央値 95%範囲 中央値 95%範囲
1.1 1% 5-95% はい 0.6 3.10-3 110 2.10-7 1.10-9 4.10-5 7.10-6 4.10-8 1.10-3
1.2 1% 該当なし いいえ .08 5.10-4 14 3.10-8 3.10-10 5.10-6 該当なし    
2.1 0.1% 5-95% はい 0.5 3.10-3 100 2.10-7 1.10-9 4.10-5 6.10-6 3.10-8 1.10-3
2.2 0.1% 該当なし いいえ .008 5.10-5 1 3.10-9 2.10-11 5.10-7 該当なし    

最大個人リスクは、さらに曝露の程度が高い比較的小規模の集団(Tボーンステーキを週に1回以上食べる集団)がないので、リスク等級が2桁強低減される。

第3部では、アイルランドにおけるBSE感染のUCCモデルが、3歳未満のウシの場合、BSEの臨床症状発現前の1暦年間に屠殺されるケースは存在しないと予測したことを明らかにした。これは、国内消費の95%を占める3歳未満のウシを屠殺する場合には、リスクがないことを示唆するものである。しかし、確率的評価ではこの年齢のウシが発現前の1暦年間に屠殺される確率も低いながら存在すると推定されている。その結果、3歳以上で屠殺されたウシによる全体的リスクは93%となる。したがって、ウシ全体ではなく、3歳以上のウシを骨付きで販売することを禁止することで、90%超のリスク低減を実現できる。

高齢ウシの肉をリブ肉やTボーンステーキとして販売する可能性は低いが、それを確認するデータがないので、評価には含めない。この点が確認されると、リスクレベルをさらに低減することができる。

ケース1.3と1.4は、骨付き肉に含まれ摂取されるDRGの割合に関する仮定の感度を検定するために設けられた。ケース1.1は第2.4項で示したとおり、正規分布で第95百分位数の範囲が5%から95%である。これらについては、分布の極値の単一値をDRGが摂取される割合として使用しており、ケース1.3の場合は5%、ケース1.4の場合は95%である。その結果、社会的リスクの値はケース1.1の場合が0.6であったのに対して、ケース1.3では0.1、ケース1.4では1となった。骨付き肉から摂取されるDRGの割合の範囲は、ほぼ1桁の開きがある。ケース1.1について第95百分位数の範囲で比較すると、4桁の開きがある(3.10-3から110)。このように、摂取されるDRGの割合の不確実性は、感染性の不確実性と比べると比較的小さい。

5.4.2 ケース2

第2.4項では、通常の脱骨作業により、肉とともに骨から切り取られるDRGの割合は0.4%であるとする研究があるが、本研究では従来からの1%を使用することを述べた。この数値はケース1で使われている。ケース2では肉とともに切り取られるDRGはわずか0.1%であると仮定して、同仮定の感度を検定する。

表5.1および5.2では、骨付きで販売される肉を表すケース2.1の結果がケース1.1に非常に類似していることが明らかである。骨付き肉については、肉とともに切り取られるDRGの割合の値を変えてもあまり差異が生じない。これは、リスクの90%以上が切り身の骨から発生しているためである。しかし、ケース2.2をケース1.2と比較したところ、牛肉が骨付きで売られていない場合、仮定におけるこのような数値の変更により、リスクが1桁低減する。これは、骨付き牛肉の販売を停止することにより、さらに大幅なリスクの低減が可能であることを意味する。現実の状況はケース1とケース2の間と考えられる。

5.4.3 感染しているウシからの曝露

第3.3項では、2000年に国内消費用に屠殺された感染しているウシは約0.9頭(すべて3歳以上)であることを述べた。したがって、国内の食物連鎖の中に感染しているウシが少なくとも1頭入り込んだ可能性がある。リスク評価におけるもうひとつの手法は、感染しているウシから生産された牛肉製品を摂取した人の感染因子に対する曝露の検討である。

DRGの平均重量は0.5gである。モデルでは感染しているウシの1個のDRGに存在する感染因子の中央値は0.1 ヒト経口 ID50、第95百分位数の範囲はゼロないし22と予測している。詳しい結果によると、全DRGの72%が持つ感染因子は1 ヒト経口 ID50に満たない。ウシ一頭から切り取られるTボーンステーキの半分にしかDRGは存在せず、したがって、有意のBSE感染性を持つウシから切り取られた1枚のTボーンステーキを食べることによって、1 ヒト経口 ID50を超える感染因子に曝露されるリスクは約14%である。

ある1頭のウシが有意の感染性を持つ可能性は、屠殺された感染しているウシの予測数(0.9)を国内消費向けに屠殺された全頭数(20万5,700)で割ることで算出され、その確率は4×10-6となる。1枚のTボーンステーキが1 ヒト経口 ID50を超える感染因子を含む可能性は、7×10-7(約100万分の1)と推定される。これは、第5.4.1項に示した平均個人リスクの中央値よりもわずかに大きい値である。1年間にTボーンステーキを50枚食べる場合のリスクは約3×10-5で、これはケース1.1の最大個人リスクの約4倍に相当する。


6. 参考文献


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