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3. アイルランドにおけるBSE

3.1 概況

ウシ海綿状脳症(BSE)の最初の症例がアイルランドで記録されたのは1989年で、英国でこの疾病が初めて確認された3年後であった。その後7年間は、発生数は年間14例から19例とかなり低い水準を維持していた。しかし1996年からその数が増加し始め、2000年には145例に達し、同年12月31日までの累計は580例となった。BSE発生数の推移は図3.1に示すとおりである。発生数の増加はもちろん懸念されているが、英国における昨年の発生数が1,270例(1999年の2,274例からは減少)で、2000年末時点の累計が17万7,611例に上ることに比較すると、依然はるかに低水準である。

図3.1 アイルランドにおけるBSEの発生数

図3.1 アイルランドにおけるBSEの発生数


3.2 屠殺されたウシの感染性

DRGのリスクを評価するためには、食肉用に屠殺されるウシの中で、感染性が有意水準に達しているものの数を推定する必要がある。あるウシがどの段階で「有意の」感染性を持つようになるか判断するためには、感染後にBES病原体が増殖する経過を理解しなければならない。英国MAFFはこのようなデータを収集するため、病原性実験を行った。

BSE病原性実験
BSE病原性実験の当初の結果はWells他の論文(1998年)で明らかにされた。この実験の目的は感染因子の時空間的発達や、BESに曝露されたウシにおける病原性学的変化を把握することである。実験では40頭のウシがBSEの履歴のない農場から選ばれ、そのうち4ヵ月齢のウシ30頭に対しBSEに感染したウシから収集した脳100gが経口的に投与された。残りの10頭は無処置対照群とされた。感染から2ヵ月後、感染したウシ3頭と対照群の1頭を屠殺し、各種組織を収集し分析に用いた。疾病の臨床徴候が現れるまでこの作業を4ヵ月間隔で繰り返した。感染した3頭の組織はプールされ、合計44の各種組織が試験された。試験にあたっては、組織を混合・均質化し、これを20匹のR111実験用マウスの脳に直接接種した。このマウスを使ったのは、BSE感染因子に対して反復性の反応を示すことがすでに明らかにされていたからである。

本研究に関係するこの実験の主な結果は以下のとおりである。

感染因子は感染後32ヵ月以上経過して屠殺されたウシの脳および脊髄から検出された。感染後26ヵ月までは、中枢神経系(CNS)に感染因子は発見されなかった(26ヵ月から32ヵ月の間は1頭も屠殺しなかった)。

最初の陽性反応から3ヵ月後の感染後35ヵ月で、臨床徴候が初めて確認された。

感染因子は感染後32ヵ月の段階で、脳(三叉神経節)や脊髄(中部頚椎および中部胸椎のDRG)に密接に関連する神経組織からも検出された。前者は頭蓋骨の中にあるため、特定危険部位の定義に含まれるが、後者は含まれない。

実験の結果は、DRGの感染性は脳や脊髄と同程度であることを示している。

要するに本病原性実験では、中枢神経系に有意の感染性が存在することが、臨床症状が現れる3ヵ月前には確認されたが、9ヵ月前には確認されなかった。以前のリスク評価では臨床症状が現れる前1年間は「有意の」水準の感染性が存在すると仮定されており、本研究でも同じ仮定を使うこととする。また、臨床症状が現れる前1年以内に検出された感染因子は、臨床例の場合と同一と仮定する。実際には、感染因子は時間の経過とともに増加するため、この仮定には注意が必要である。

アイルランドにおけるBSE感染モデル
農業食料・地方開発局(DAFRD)は、アイルランドにおけるBSE感染モデルの作成を、コークにあるアイルランド国立大学コークカレッジ(UCC)統計学部に委託した。感染しているウシの数と屠殺された感染しているウシの数を推定するため、モデルには感染の進行に関するデータが使われた。2000年における結果は表3.1のとおりである。

モデルは暦年ベースで作られているため、臨床症状が現れるまでの1年間に屠殺されるウシの数を推定することができない。その代わりに臨床症状の発現と同じ暦年内に屠殺された数(BSE-0)、発現前の1年間に屠殺された数(BES-1)、発現前の2年間に屠殺された数(BSE-2)を推定する。つまり2000年12月に屠殺され、 2001年1月に症状の発現が予測されるウシはBSE-1に分類される。BSE-0に分類されるのは、臨床症状の発現まで0ヵ月から12ヵ月のもので、BSE-1に分類されるのは1ヵ月から24ヵ月のものということになる。今回の評価には有意の感染性を持つウシの数としてBSE-1の数値を使う。BSE-1にはBSE-0の数が含まれる。

表3.1 感染しているウシの推定屠殺数(2000年)

年齢 感染している
ウシの全頭数
BSE-0 BSE-1 BSE-2
全年齢 157 37 79 116
36ヵ月齢未満 0 0 0 0
36〜48ヵ月齢 45 1 11 25
48ヵ月齢以上 111 36 68 91

このモデルで使われている屠殺されたウシの総数は、表2.1に示すCMMSに届けられた数とは若干異なっている。このモデルでは、中央統計事務所家畜調査で算定された数字を採用している。同調査では各暦年、各年齢グループの家畜の数を公表しており、その数から屠殺(および処分)数を計算することができる。このように屠殺数は全く異なる方法で算出されているが、総数が近似(6%の差異)しているという事実により、データが検証されている。

モデルの成作者の助言に従い、平均値がxの場合、結果に対する95%範囲を平均値の2分の1から2倍にまで適用する。結果が0の場合95%範囲は0から3と推測される。

このモデルから得られた重要な結果は、36ヵ月齢未満のウシについては臨床症状が発現する前の1年間に屠殺されるケースがないと予測されることである。国内消費用に屠殺されるウシの大多数、および高級牛肉としてリブ肉やTボーンステーキに加工されるウシは36ヵ月齢未満のものであろう。UCCモデルの予測は、36ヵ月齢未満で屠殺されるウシには感染性がないことを示している。モデルによる期待値はゼロであるが、確率論的評価では36ヵ月齢未満であってもかなりの感染性を持つウシが、最大3頭屠殺される可能性(確率は低い)があることが示されている。

モデルの結果では、臨床症状発現前の1年間に屠殺されるウシの数(BSE-1)は2000年の79頭から2001年には38頭、2002年には20頭に減少すると予測している。したがって関連するリスクレベルも低下することになる。このような結果が得られるか、現状を監視することが重要である。


3.3 拠り所となる条件

屠殺された感染しているウシの数の推定値を第2.1項の屠殺数と組合せると、2000年に国内消費向けに屠殺されたウシの中で、臨床症状発現まで1暦年以内であったウシの数を予測することが可能になる。これを表3.2にまとめた。その結果2000年に国内消費用に屠殺されたウシで、BSEの臨床症状の発現まで1暦年以内であったものは1頭未満であると推定された。

表3.2  BSEの臨床症状発現前の1暦年間に屠殺されたウシの推定数(2000年、国内消費用)

年齢 国内消費用に
屠殺された
ウシの数
屠殺された
全頭数に占める
割合
臨床症状発現の1暦年前に屠殺
されたウシの数
      ウシ全体 国内消費用
36ヵ月齢未満 195,400 14.8% 0 0
36〜48ヵ月齢 7,535 3.2% 11 0.35
48ヵ月齢以上 2,769 0.8% 68 0.57
総計 205,704 10.9% 79 0.93


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