概要情報
事件番号・通称事件名 |
東京高裁令和5年(行コ)第319号
不当労働行為救済命令取消請求控訴事件 |
控訴人 |
学校法人X(「法人」) |
被控訴人 |
国(処分行政庁 中央労働委員会) |
被控訴人補助参加人 |
Z組合(「組合」) |
判決年月日 |
令和6年7月18日 |
判決区分 |
棄却 |
重要度 |
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事件概要 |
1 本件は、大学受験予備校を主体とする教育事業を営む法人が、①組合員A2との間で平成24年度出講契約を締結しなかったこと、②組合書記長A1の平成26年度出講契約を非締結とし、同年度春期講習を担当させなかったこと、③上記②を議題として平成26年3月4日に申し入れた団体交渉に応じなかったことなどが不当労働行為であるとして、組合が平成24年8月30日に愛知県労委に救済申立て(平成25年10月、平成26年1月及び同年4月に追加申立て)を行った事案である。
2 初審愛知県労委は、上記1②及び③が不当労働行為に当たるとして、A1を平成25年度と同様の条件で就労させること及びこれに伴うバックペイ並びに文書交付を命じ、その余の申立てを却下及び棄却した。
3 組合・法人の双方が、これを不服として再審査を申し立てたところ、中労委は、本件再審査申立てをいずれも棄却した。
4 法人がこれを不服として、東京地裁に行政訴訟を提起したところ、同地裁は、法人の請求を棄却した。(なお、同日、東京地裁は、中労委の緊急命令申立てを認容した。)
5 法人はこれを不服として、東京高裁に控訴したところ、同高裁は、法人の控訴を棄却した。
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判決主文 |
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用(補助参加によって生じた費用を含む。)は控訴人の負担とする。
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判決の要旨 |
1 当裁判所も、原審と同様、法人の請求は理由がないから、これを棄却するのが相当であると判断する。その理由は、次のとおり補正し(略)、後記2のとおり当審における法人の補充主張に対する判断を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の1ないし6のとおりであるから、これを引用する。
2 当審における法人の補充主張に対する判断
⑴ 法人は、A1が労組法上の労働者に当たるか否かは、団体交渉拒否(労組法7条2号)に関する問題であって、不利益な取扱いや支配介入(同条1号及び3号)については問題とならない旨主張する。
しかしながら、不利益な取扱いや支配介入についても、団体交渉拒否と同様に、A1が労組法上の労働者に当たる場合には適用されるものと解されるから、法人の上記主張は採用できない。
⑵ 争点1(A1が労組法上の労働者に当たるか)について
ア 法人は、①法人においては、講師職講師による業務遂行が主体となっている上、全講師数に占める委託契約講師数の割合はいかようにも変動するものであり、委託契約講師がいなくなっても円滑な業務運営に支障が生ずることはないこと、②委託契約講師について、授業アンケート結果による講師評価を行い、それにより次年度の契約コマ数やコマ単価を決定しているとしても、通常、注文者が行う程度の指示等を超えて、業務の内容及び遂行方法について具体的な指揮命令はしておらず、業務遂行状況を評価し、その結果を次年度の契約条件の提示に当たって利用することは、独立した事業者に対しても当然に行われることであること、③業務遂行の場所や時間は合意により決定されており、講師が一方的に変更できないのは当然であること、④委託契約講師の労働条件が統一的・画一的に取り扱われていることはなく、講師職講師と異なり、コアタイム及び休憩時間の定めもないこと、⑤生徒や保護者には、講義担当者を表示しているところ、講師職講師と委託契約講師を区別したり、委託契約講師が法人の組織の一部であることを表示する目的で表示しているものではないこと、⑥委託契約講師は、委託基本契約を締結したとしても、法人からの提案に応じて委託個別契約を締結して個別業務に従事するか否かは自由であり、契約期間1年の有期雇用契約を締結した段階で労働する義務を負う講師職講師とは全く異なることなどから、委託契約講師が法人の事業組織に組み入れられていたとはいえない旨主張する。
この点、補正後の原判決第4の2⑵において説示するとおり、法人の上記主張は採用できない。すなわち、①については、委託契約講師よりも講師職講師が多く、委託契約講師数の割合が年度ごとに変動するものであるとしても、平成22年度から26年度までは3割から4割弱で推移しており、委託契約講師がいなくなっても法人の円滑な業務運営に支障が生ずることがないとは認め難い。②については、委託契約講師について、業務遂行状況を評価し、その結果を次年度の契約コマ数やコマ単価決定に反映させていることは、業務の内容及び遂行方法についての具体的な指揮命令とまでは認められないとしても、事業の円滑かつ確実な遂行のため、組織的に労働力の質を確保することを目的としたものということができる。③については、委託契約講師は、業務遂行の場所や時間が法人との合意により決定され、講師が一方的に変更することができないことは、業務の性質上、やむを得ない面があるとしても、委託契約講師が質的にも量的にも法人の事業の円滑かつ確実な遂行を担っていることを裏付ける事情ということができる。④については、委託契約講師は、コアタイム及び休憩時間の定めがないとしても、その労働条件はおおむね統一的・画一的に取り扱われていたものとうかがうことができる。⑤については、生徒や保護者に対し、委託契約講師と講師職講師を区別することなく表示していることは、対外的にも委託契約講師が講師職講師と異なることなく法人の事業の遂行を担っていることを表示しているものと認めることができる。⑥については、委託契約講師は、法人からの提案に応じて委託個別契約を締結して個別業務に従事するか否かの自由を有しているとしても、年度ごとに委託基本契約を締結する以上、委託個別契約の締結が前提とされており、講師職講師と同様、法人の事業を遂行できる労働力を1年間を通じて確保することが目的とされていたものといえる。
以上のとおり、法人の上記主張はいずれも採用できない上、法人が講師について年度ごとに出講契約の契約形態を選択させる制度を導入し、これにより格別不都合が生じていなかったこと自体、委託契約講師が法人の事業の遂行に不可欠な労働力を恒常的に供給する者として、法人の事業組織に組み入れられていたことを裏付ける事情ということができる。
イ 法人は、①委託契約講師と委託基本契約を締結するに当たって取り交わす基本契約書が共通かつ定型の内容であったとしても、契約の重要な要素となる業務量や業務代金等を除き、共通の取引基本契約書を用いることは、独立した事業者との契約においても通常あり得ること、②委託契約講師との出講契約における次年度のコマ単価、出講コマ数及び具体的な担当コマは、法人と各講師との協議の上、合意により定まるものであることなどから、法人が委託契約講師との契約内容を一方的かつ定型的に決定していたとはいえない旨主張する。
この点、補正後の原判決第4の2⑶において説示するとおり、基本契約書が、全国の委託契約講師において共通かつ定型の内容であることは、出講コマ数やコマ単価等が講師ごとに決められるとしても、なお法人が委託契約講師との契約内容を一方的かつ定型的に決定していることを裏付ける事情ということができる。また、出講契約における次年度のコマ単価、出講コマ数及び具体的な担当コマ(時間割)が、法人と各講師との協議の上、合意により定まるものであるとしても、全体のコマ数については、法人が経営判断により決定する上、出講コマ数及び時間割についても、各講師に対する照会の回答から確認した出講可能曜日や時間帯に講師評価も加味して、法人が決定して各講師に提示しているものであり、各講師が法人との協議の上で変更することは困難といえ、次年度のコマ単価についても、講師評価の結果等を踏まえて法人が一方的に決定しているものであって、いずれも各講師の意向が反映される余地は乏しいものであったといえる。実際、委託契約講師が法人からの委託個別契約の打診を拒否した事例は、ごくわずかであり、講師が異議を述べた事案においても、結果的にはおおむね法人の意向に沿った合意がされており、委託契約の内容に講師側の意向が十分に反映されていたとは認め難い。
したがって、法人の上記主張は採用できず、委託契約講師の契約内容は、法人が一方的かつ定型的に決定していたといえる。
ウ 法人は、①委託契約講師のレギュラー授業及び講習への出講は、各コマへの出講が仕事の完成ないし委任事務の終了であること、②講師が都合により遅刻した場合に報酬を減額することはなく、講師が自らの裁量により進度調整のための補講を行っても別途報酬を支払うことはないこと、③レギュラー授業に係る報酬について給与所得として所得税の源泉徴収をしたのは、国税庁の指導に従った所得税法上の所得区分にすぎず、委託契約講師を労働者と認識したものではなく、このことをもって私法上の契約の法的性質を決することは相当でないことなどから、委託契約講師の報酬は、労務対価性を有しない旨主張する。
この点、補正後の原判決第4の2⑷において説示するとおり、委託契約講師は、その労務終了時点をいつとみるかはともかく、その報酬額は、出講した月間コマ数に1時限当たりのコマ単価を乗じた額と定められていたところ、上記報酬の定め方からすると、報酬は仕事の完成の対価というよりも時間的拘束の代償というべきものとなっていたことが認められる。また、講師が都合により遅刻した場合に報酬を減額することはなく、講師が自らの裁量により進度調整のための補講を行っても別途報酬を支払うことがないのだとしても、その当否はともかく、上記報酬の定め方からすると、上記事情をもって直ちに委託契約講師への報酬の労務対価性を否定することはできない。さらに、その経緯はともかく、委託契約講師のレギュラー授業に係る報酬について給与所得として所得税の源泉徴収をしていたというのであるから、上記諸事情も併せ考慮すると、委託契約講師への報酬は、労務提供に対する対価としての性質を有するものとして支払われていたというべきである。
したがって、法人の上記主張は採用できない。
エ 法人は、委託契約講師は、法人からの担当コマ及び出講コマ数の提案を承諾するか否かの自由を有しており、基本的にこれに応ずる義務があったとはいえず、委託契約講師が法人からの委託個別契約の打診を拒否する事例が少数であったのは、法人が各講師の希望を確認して、これに添うように出講を依頼していたからにすぎない旨主張する。
この点、法人と委託契約講師との出講契約における次年度のコマ単価、出講コマ数及び具体的な担当コマが、法人と各講師との協議の上、合意により定まるものであるとしても、前述のとおり、担当コマ及び出講コマ数について、各講師の意向が反映される余地は乏しいものであったといえ、委託契約の内容に講師側の意向が十分に反映されていたとは認め難い。
したがって、法人の上記主張は採用できない。
オ 法人は、①講師ガイドブック等は、講師に対する一応の目安を定めたものにすぎないこと、②集団的に一定のレベルを保った授業をするため、所定のテキストを使用させることは当然であること、③各講師は、枚数制限はあるものの、独自に作成した補助プリントを使用でき、テキストの内容を効率よくかつ分かり易く教えるための創意工夫については完全に講師の自由であること、④レギュラー授業及び講習への出講や講演会等での講演における業務遂行の場所及び時間は、法人との合意により決定されるものであり、法人が一方的に指定するものではなく、これらを除く各業務は、業務遂行の場所も時間も指定されていないことなどからすれば、法人が委託契約講師を指揮監督していたということはできない旨主張する。
この点、補正後の原判決第4の2⑹において説示するとおり、法人は、業務の性質によるところがあるというものの、講師ガイドブック等により、授業を行うに当たっての詳細な手順及び服務規律を示しており、委託契約講師に対しても、これに基づく業務の遂行を求めていたものであり、また、委託契約講師のレギュラー授業及び講習への出講や講演会等での講演における業務遂行の場所及び時間は、法人が一方的かつ定型的に決定していたことは、前述のとおりであって、これらを除く各業務につき、業務遂行の場所や時間が指定されていなかったのだとしても、これをもって法人が委託契約講師を指揮監督していなかったということはできない。
したがって、法人の上記主張は採用できない。
カ 小括
以上に加え、法人における委託契約講師が独立の事業者としての実態を備えていたとは認め難いことを総合考慮すれば、法人との間で平成25年度出講契約を締結して委託契約講師として業務を行っていたA1は、法人との関係において、労組法上の労働者に当たると認めることができ、他に上記判断を左右するような事情は認められない。
⑶ 争点2(法人がA1と平成26年度出講契約を締結しなかったことが労組法7条1号及び3号の不当労働行為に該当するか)について
ア 法人は、A1との出講契約は業務委託契約であり、契約締結自由の原則からして、A1と平成26年度出講契約を締結すべき法的義務を負うことはないから、同契約を締結しなかったことは、労組法7条1号所定の不利益な取扱いに当たらない旨主張する。
しかしながら、上記⑵のとおり、A1は労組法上の労働者に当たるものと認められるところ、法人の上記主張は前提を異にするものである上、A1が平成26年度出講契約を締結することにつき、合理的期待を有しており、法人が上記出講契約を締結しなかったことは、A1と法人との間の継続的な契約関係において行われた不利益な取扱いに該当することは、補正後の原判決第4の3⑴アにおいて説示するとおりであり、法人の上記主張は採用できない。
イ 非締結理由①ないし④について
(ア) 非締結理由①
法人は、施設管理権に基づき、組合に対し、講師室での就業に関するコアタイム以外の組合文書の手渡しを制限しているところ、非締結理由①(A1が、平成25年8月8日に法人の2校舎の各教務室内で、法人の許可なく「労働契約法改正のポイント」と題する文書(本件文書)を法人職員に配布した行為について、同月23日付け書面で法人が行った厳重注意に対し、組合を通じてその撤回を求め、非を認めないこと)は、法人がA1と平成26年度出講契約を締結しない理由として合理性を有する旨主張する。
この点、A1による本件文書の配布行為は、法人の構内の職場規律を乱すおそれがなく、また、生徒に対する教育的配慮に欠けることとなるおそれのない特別の事情が認められ、法人の施設管理権を違法に侵害したものとはいえず、非締結理由①は、法人がA1と平成26年度出講契約を締結しない合理的な理由とは認められないことは、補正後の原判決第4の3⑴イ(ア)aにおいて説示するとおりであり、法人の上記主張は採用できない。
(イ) 非締結理由②
法人は、非締結理由②(A1が、平成24年11月、B社の校舎の講師室において「A2ユニオン・弁護士学習会」を表題とするビラを無許可で不特定多数人に配布し、B社から厳重注意を受けたこと)は、A1が非締結理由①について非を認めないことと相俟って、今後も施設管理権の侵害を繰り返すとの危惧を法人に生じさせるものであり、A1と平成26年度出講契約を締結しない理由を補強する事情として合理性を有する旨主張する。
この点、法人は、A1が上記ビラ配布行為をした後、同人と平成25年度出講契約を締結しており、法人においても上記ビラ配布行為が直ちに出講契約の非締結理由となるようなものではないとの認識を有していたものとうかがうことができ、これがA1と平成26年度出講契約を締結しない理由を補強する事情とはならないことは、補正後の原判決第4の3⑴イ(ア)bにおいて説示するとおりであり、また、非締結理由①は、法人がA1と平成26年度出講契約を締結しない合理的な理由とは認められないことは上記(ア)のとおりであって、法人の上記主張は採用できない。
(ウ) 非締結理由③及び同④
法人が主張する非締結理由③(A1が、組合の機関紙(2010年11月号)において、法人が運営する教室の塾生の人数を開示し、受託業務者として秘密保持義務に違反しただけでなく、事実と相違する情報を流したこと)が、A1と平成26年度出講契約を締結しない合理的な理由とは認められないこと、また、非締結理由④(A1が、平成25年10月、法人の中学模試におけるトラブルに関し、トラブルと無関係な生徒もいる中、「もし、この成績表が偽物と判断され、君たちが不利になったら、おれが嘱託甲と嘱託乙を殺してやる」と、むしろ生徒に不安を与えるような私的発言をしたこと)に係る事実が認められないことは、補正後の原判決第4の3⑴イ(ア)c、dにおいて説示するとおりである。
(エ) 以上のとおり、法人が主張する非締結理由①ないし④は、いずれもA1と平成26年度出講契約を締結しない理由として、合理性を欠くものと認められる。
そしてA1は、法人における生徒数や受験傾向の変動にもかかわらず、法人との間で約24年間にわたり出講契約の締結を繰り返していたものであり、再契約につき合理的期待を有していたといえるところ、A1の組合における活動状況や、A1及び組合と法人との対立関係等からして、法人は、A1の組合活動を嫌悪する不当労働行為意思に基づき、A1が組合の組合員であること又は正当な組合活動をしたこと故に、平成26年度出講契約を締結しなかったものといえ、労組法7条1号所定の不当労働行為に当たるものと認められる。また法人は、組合の中心的人物であるA1を法人から排除することにより、組合の組織及び活動を弱体化させる不当労働行為意思に基づき、A1と平成26年度出講契約を締結しなかったものといえ、労組法7条3号所定の不当労働行為に当たるものと認められる。
⑷ その他、争点3(法人がA1に平成26年度春期講習を担当させなかったことが労組法7条1号及び3号の不当労働行為に該当するか)、争点4(法人が組合から平成26年3月4日に申し入れられた団体交渉に応じなかったことが労組法7条2号の不当労働行為に該当するか)及び争点5(救済内容の適法性)に関して法人が主張する事情は、当裁判所の判断を左右しない。
3 結論
以上によれば、法人の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却する。
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その他 |
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