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概要情報
事件番号・通称事件名  東京高裁令和5年(行コ)第42号
田中酸素(平成27年賞与等)不当労働行為救済命令取消請求控訴事件 
控訴人  X株式会社(「会社」) 
被控訴人  国(処分行政庁 中央労働委員会) 
被控訴人補助参加人  Z組合(「組合」) 
判決年月日  令和5年11月22日 
判決区分  棄却 
重要度   
事件概要  1 本件は、会社が、組合員の平成27年及び28年賞与、28年職能給について、非組合員に比し低額で支給したこと、28年賞与及び昇給に係る団体交渉に誠実に応じなかったことが、労組法7条1号及び2号の不当労働行為であるとして、組合が、平成28年8月31日に救済申立てをした事件である。
2 初審山口県労委は、一部の組合員について既払賞与額と考課点等の再査定の結果発生する不足差額の支払及び会社の売上げ等を明記した資料の手交を命じ、その余の申立てを棄却する旨の命令を発したところ、組合と会社の双方とも、これを不服として再審査を申し立てた。
3 再審中労委は、初審命令を一部変更し、平成27年夏季の賞与について救済申立てを却下(主文第1項)するとともに、会社に対し、一部の組合員について平成27年冬季及び平成28年各期の賞与額の再算定及び既払賞与額との差額の支払い(主文第2項)、組合の求める会社の決算書等の資料の交付、組合に対する文書交付(主文第3項)を命じた(以下「本件命令」という。)。
4 会社は、これを不服として、東京地裁に行政訴訟を提起したところ、同地裁は、会社の請求を棄却した。
5 会社はこれを不服として、東京高裁に控訴したところ、同高裁は、会社の控訴を棄却した。
 
判決主文  1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
 
判決の要旨  1 当裁判所も、会社の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、原判決を次のとおり補正し(略・注)、当審における会社の補充主張に対する判断を後記5のとおり加えるほか、原判決「事実及び理由」第3の1ないし7に記載のとおりであるから、これを引用する。
(注)
 本判決においては、争点について、原判決の争点⑴~⑶の3点に争点⑷~⑹の3点が追加され、6点とされた。

2 争点⑷ 本件命令の主文第2項中のA1に関する部分は、A1と会社との間の訴訟上の和解の成立により取り消されるべきか

 会社は、A1は、令和5年3月22日、別件A1訴訟において、会社との間で、A1が会社に対して雇用契約に関連していかなる請求もしないことを確認し、「本件に関して」と限定せず、A1と会社との間には何らの債権債務が存在しないことを相互に確認するとの和解をしたから、本件命令の主文第2項においてA1を賞与の支払義務の対象に加えるのは、裁判上の和解の既判力に抵触して不適切であり、取り消されるべきであると主張する。
 しかしながら、取消訴訟における違法性判断の基準時は処分時であり、そのことは初審命令に対する再審査の申立てに対して中労委がした命令についても異ならないから、処分時に適法であった救済命令を処分後の事情に基づき違法であるとして取り消すことはできないものと解される。
 したがって、本件命令後に、組合の組合員の1人と会社との間で本件命令に関連する裁判上の和解が成立したとしても、本件命令自体を違法として取り消す余地はないというべきである。
 この点を措くとしても、労働委員会の救済命令(労組法27条の12)は、労働者の団結権及び団体行動権の保護を目的とし、これらの権利を侵害する使用者の一定の行為を不当労働行為として禁止した同法7条の規定の実効性を担保するために設けられたものであるから、労働組合は、組合員に対する不当労働行為による組合活動一般に対する抑圧的、制約的ないしは支配介入的効果を除去し、正常な集団的労使関係秩序を回復・確保するため、救済を受けるべき固有の利益を有するものと解される。
 もっとも、労働組合の求める救済内容が組合員個人の雇用関係上の権利利益の回復という形を取っている場合には、たとえ労働組合が固有の救済利益を有するとしても、当該組合員の意思を無視して実現させることはできない。
 これらの点を考慮し、当該組合員が、積極的に、その権利利益を放棄する旨の意思表示をし、又は労働組合の救済命令申立てを通じてその権利利益の回復を図る意思のないことを表明しない限り、労働組合は、個人の権利利益の回復という形を取った救済方法を求めることができるというべきである。
 これを本件について見るに、A1は、別件A1訴訟において、会社との間で、A1が会社との間で締結した雇用契約が令和3年2月28日限りで終了したことを認め、同雇用契約に関連していかなる請求もしないことを確約し、一般的な清算条項を含む裁判上の和解をしたことが認められるが、それ以上に、平成28年2月末に定年退職する前の雇用契約に基づく平成27年冬季賞与に関する権利について、積極的に、その権利利益を放棄する旨の意思表示をし、又は労働組合の救済命令申立てを通じてその権利利益の回復を図る意思のないことを表明したと認めるに足りる証拠はない。
 したがって、会社の上記主張は、採用することができない。

3 争点⑸ 本件命令の主文第2項及び第3項は、本件各賞与の支払請求権の時効消滅により取り消されるべきか

 会社は、中労委が本件命令主文第2項及び第3項で再査定及び差額支払を命じた平成27年冬季賞与、平成28年夏季賞与及び平成28年冬季賞与について、令和5年7月3日の当審第1回口頭弁論期日において控訴準備書面を陳述することにより、弁済期から2年ないし3年の経過により完成した消滅時効を援用するとの意思表示をしたから、本件命令の主文第2項及び第3項は取り消されるべきであると主張する。
 しかしながら、前記のとおり、取消訴訟における違法性判断の基準時は処分時であり、本件命令を処分後の事情に基づき違法であるとして取り消すことはできない。
 また、労働組合は、組合員に対する不当労働行為による組合活動一般に対する抑圧的、制約的ないしは支配介入的効果を除去し、正常な集団的労使関係秩序を回復・確保するための公法上の権利として、救済を受けるべき固有の利益を有するものと解されることは、前記のとおりであるところ、会社が組合の組合員に対する賞与の支払債務の消滅時効を援用したとしても、これによって組合が上記の固有の利益を行使することができなくなるとも解されない。
 したがって、会社の上記主張も、採用することができない。

4 争点⑹ 本件命令の主文第2項及び第3項中のA3に関する部分は、A3が組合員たる地位を喪失したことにより取り消されるべきか

 会社は、A3は、平成30年5月31日、何らの異議も留めず会社を退職したことにより、組合の組合員たる地位も喪失したものと認められるから、A3が組合の組合員であることを前提として賞与の支払を命じることは違法であると主張する。
 しかしながら、組合規約3条は、組合員を会社従業員に限定していないことが認められ、A3が、組合の組合員資格を喪失したと認めるに足りる証拠はない。
 加えて、A3が、退職前の本件各賞与について再査定を受け既払賞与額との差額の支払を受ける権利について、積極的に、権利を放棄する旨の意思表示をし、又は組合の救済命令申立てを通じてその権利利益の回復を図る意思がないことを表明したとの主張立証もないから、組合固有の救済の利益が失われることはないというべきである。
 したがって、会社の上記主張も、採用することができない。

5 当審における会社の補充主張に対する判断

(1) 争点⑴について

ア 会社は、賞与の査定結果に係る外形的格差は、中労委独自の基準であって、合理性がなく、査定全体を客観的に考察したものとは認められないなどと主張する。
 しかしながら、本件命令及び原判決は、組合の組合員が当該組合員であることの故をもって不利益取扱いをされたか否かを判断するに当たり、会社の用いている賞与の査定方法を前提として、組合員及び非組合員のそれぞれにつき一次査定と二次査定の合計考課点を比較し、結果として組合員であるA1、A2及びA3の査定結果について外形的格差が認められたことから、その合理性の有無についてさらに検証するため、中労委に対し、把握し得る限りで各組合員が非組合員と比べて能力や勤務実績が劣らないことの立証を求め、これが奏功すれば、会社に対し、人事考課の正当性など外形的格差に合理的理由があることの反証を求めるとの枠組みを用いているところ、かかる判断枠組みは、主張立証責任の分配に配慮しながら各組合員の能力や勤務実績に基づく賞与の査定が適切にされたか否かを検証する一つの的確な方法であって、合理性がないということはできない。
 また、その判断枠組みの組合の組合員への具体的なあてはめについても、会社の反論を十分検討した上で判断しており、査定全体を客観的に考察したものではないなどということもできない。
 したがって、会社の上記主張は、採用することができない。

イ 会社は、中労委は、A4について組合員差別がなかったと判断しており、会社が同じ基準で査定を行っている他の組合員についても、組合員差別は認められないと主張する。
 しかしながら、同じく組合の組合員であっても、営業職であるA1、A2及びA3と工場勤務職であるA4とでは職種等が異なり、その査定の際の考慮要素等は異なるから、A4と非組合員との間で外形的格差が認められなかったからといって、非組合員との間で外形的格差が認められたA1、A2及びA3について、労組法7条1号該当性を否定する根拠とならないというべきである。
 したがって、会社の上記主張も、採用することができない。

ウ 会社は、二次査定において、所長又は所長代理等の役職を占める者(以下「本件加算対象者」という。)については、特別な事情があって重要な戦力として加算しているものであり、非組合員従業員であっても減算されている者もいるから、本件加算対象者を除いて、従業員を全体として観察すれば、組合員であるが故に不利益な取扱いをしているという実態はないと主張する。
 しかしながら、本件加算対象者も、組合の組合員と同様、会社の査定制度の適用対象であったのであり、査定結果の比較対象から除外することを相当とするような同質性を欠く集団であることを認めるに足りる証拠はないことは、前記1で引用する原判決「事実及び理由」第3の2⑴ウにおいて説示したとおりである。
 したがって、会社の上記主張も、採用することができない。

⑵ 争点⑵について

ア 会社は、実質交渉権限と妥結権限は区別して論じられるべきであり、B2及びB3は、平成21年1月以降、実質的な交渉権限を持ち、平成21年協約等を成立させてきたものであって、労務管理に知識のあるB1総務部長代理を団交担当責任者にすることに特段の支障はないと主張する。
 しかしながら、B2及びB3が平成27年合意で決算書等の提示を約束したにもかかわらず、その後の団体交渉において決算書等の提示を拒否し続けたところであり、B2及びB3は、自ら平成27年合意で約した決算書等の提示について、会社代表者との間で基本方針すら共有しないまま交渉に臨んでいたと認めるよりほかはなく、実質的な交渉権限すら有していなかったというべきであることは、原判決「事実及び理由」第3の3で認定説示するとおりである。
 したがって、会社の上記主張も、採用することができない。

イ 会社は、平成27年合意は、会社代表者が署名押印しておらず、会社に対して効力を生じないなどと主張する。
 しかしながら、平成27年合意は労働協約としては成立していないとしても、会社が平成21年協約にいう「決定権限」を委任したと主張するB2及びB3が団体交渉に臨み、一連の交渉を経て、B2、B3及びA5が署名押印して成立した合意であるから、会社が、組合から決算書等の提出を求められたにもかかわらずこれを拒否することは、労使間の信義則に照らし許されないというべきである。
 しかるに、会社代表者は、B2及びB3の報告にもかかわらず、客観的な会計情報である決算書等の開示によりいかなる具体的支障が生ずるおそれがあるのかについて説明するよう指示することもなく、営業秘密を除く決算書等の開示すら拒絶するよう指示し続けた結果、B2及びB3としては、その後の団交申入れにおいて、賞与支給額に関連した決算書等の提示という交渉事項に関し、社長が拒否しているという形式的な回答をするしかなかったことが推認されるから、B2及びB3は、団体交渉の議題事項に関し、決定権限はもとより、実質的な交渉権限すら有していなかったというべきである。
 したがって、会社の上記主張は、実質的な交渉権限を有しない者を出席させたことが労組法7条2号の不当労働行為(団交拒否)に当たるとの認定判断を左右するものではない。

ウ 会社は、決算書を開示できないとしたのは、組合が、組合ニュースと称して、不特定多数の者に決算内容を誇張・歪曲して流布し、会社の信用が毀損されるのを心配したためであり、合理的かつ相当な理由があるなどと主張する。
 しかしながら、組合が、法令により作成され株主又は債権者が閲覧請求権を有する計算書類上の情報について、営業秘密を除く決算書等の提示を受けることにより、会社の信用を毀損する具体的なおそれがあったことを認めるに足りる証拠はないし、会社としては、平成27年合意で約束した決算書の提示をしないのであれば、少なくとも論拠を示してその理由を説明するなどの努力をすべき義務があるのであって、これをしていない以上、団体交渉における誠実交渉義務に違反するというべきである。
 また、組合が、上記各団交申入れの当時、会社に提示を要求した決算書等の内容を知っていたことや、賞与支給額に関する団体交渉に支障がなかったことを認めるに足りる証拠もない。
 したがって、会社の上記主張も、会社の行為が労組法7条2号の不当労働行為(団交拒否)に当たるとの認定判断を左右するものではない。

⑶ 争点⑶について

 会社は、労働委員会や裁判所が、会社の査定が誤っていると判断するなら、自ら判断権者としてあるべき査定の判断を下せばよく、会社が自信を持って実施した査定のやり直しを命ずることは、憲法18条後段による「その意に反する苦役」を強制することにほかならず、本件命令主文第2項及び第3項は中労委の裁量権の逸脱又は濫用に当たると主張する。
 しかしながら、労組法による不当労働行為の救済制度は、憲法28条による団体交渉権等の保障を実効的にするための制度であり、不当労働行為の結果を是正するために必要かつ合理的な措置を命ずることに伴い、使用者に一定の負担が生じることは、憲法の許容するところである。のみならず、本件命令主文第2項及び第3項の命ずる再査定は、会社に対し、人事上の裁量権を認めつつ、その限界を示した上で再度の査定を命じるものであって、中労委が事案に応じてこのような救済を命じることは、中労委の裁量の範囲内であると解される。
 したがって、本件命令第2項及び第3項が会社に再査定を命じることは、「その意に反する苦役」を禁止した憲法18条後段に反するとはいえないし、中労委の裁量権の逸脱又は濫用に当たるということもできない。

6 結論

 以上によれば、会社の請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当である。よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却する。
 
その他   

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顛末情報
事件番号/行訴番号 命令区分/判決区分 命令年月日/判決年月日
山口県労委平成28年(不)第2号 一部救済 平成31年3月28日
中労委平成31年(不再)第15号・同第16号 一部変更 令和3年3月17日
東京地裁令和3年(行ウ)第187号 棄却 令和5年1月12日
 
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