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概要情報
事件番号・通称事件名  東京地裁令和3年(行ウ)第187号
田中酸素不当労働行為救済命令取消請求事件 
原告  X株式会社(「会社)」 
被告  国(処分行政庁 中央労働委員会) 
被告補助参加人  Z労働組合(「組合」) 
判決年月日  令和5年1月12日 
判決区分  棄却 
重要度   
事件概要  1 本件は、会社が、組合員の平成27年及び28年賞与、28年職能給について、非組合員に比し低額で支給したこと、28年賞与及び昇給に係る団体交渉に誠実に応じなかったことが、労働組合法(以下「労組法」という。)第7条第1号及び第2号の不当労働行為であるとして、組合が、平成28年8月31日に救済申立てをした事件である。
2 初審山口県労委は、一部の組合員について既払賞与額と考課点等の再査定の結果発生する不足差額の支払及び会社の売上げ等を明記した資料の手交を命じ、その余の申立てを棄却する旨の命令を発したところ、組合と会社の双方とも、これを不服として再審査を申し立てた。
3 再審中労委は、初審命令を一部変更し、平成27年夏季の賞与について救済申立てを却下するとともに、会社に対し、一部の組合員について平成27年冬季及び平成28年各期の賞与額の再算定及び既払賞与額との差額の支払い、組合の求める会社の決算書等の資料の交付、組合に対する文書交付を命じた(本件命令)。会社は、これを不服として、東京地裁に他対し、行政訴訟を提起した。
4 東京地裁は、会社の請求を棄却した。
 
判決主文  1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
 
判決の要旨  1 争点(1)会社による①A1、A2及びA3に対する平成27年冬季賞与の支給、②A2及びA3に対する平成28年夏季賞与の支給並びに③A2及びA3に対する平成28年冬季賞与の支給は、それぞれ労働組合法7条1号の不当労働行為に当たるか
(1)A1、A2及びA3は、いずれも業務に必要な資格を保有し、勤怠状況に特段の問題はうかがわれず、特にA2は平成28年1月にG営業所長への昇進を会社代表者から打診されたこともあるなど、非組合員と比べて能力及び勤務実績に劣るところはないとの一応の立証はされているということができる。

(2) これに対し、会社は、本件各賞与に係る査定結果について、①A1については業務への積極性や他の従業員との協調性が不十分であったこと、②A2については協調性や自主性が不十分であったこと、③A3については顧客対応において積極性が不十分であったことを主張するが、これらの評価の基礎となった本件各賞与の査定期間内における具体的な事実関係について何ら主張立証しない。上記各組合員と非組合員とでは、合計考課点に10点前後、場合によっては20点以上もの格差が存するところ、上記①から③までの事由は、このような格差が生じたことを合理的に説明するものとはいい難い。殊に、A2は会社代表者からG営業所の所長への昇進を打診された点に鑑みると、A2の査定結果が非組合員の従業員の平均よりも低くなる合理的理由はなおさら見出し難い。
 したがって、本件各賞与の査定結果は人事考課として正当なものと認めることはできない。

(3) そして、組合の結成以来、会社と組合の間には、本件を含め複数の労働関係に関する紛争が存在し、会社は複数回にわたって労働委員会に不当労働行為と認定される行為を重ねてきた経緯に照らすと、本件各賞与の支給がされた時点において、会社が組合のことを嫌悪していたものと推認するのが相当である。

(4) 以上を総合勘案すると、本件各賞与の支給については、組合の組合員であることを理由とした不利益取扱いがあると認めるのが相当である。

(5) 以上のとおり、本件各賞与の支給は、A1、A2及びA3が組合の組合員であることを理由とする不利益取扱いであり、それぞれ労働組合法7条1号の不当労働行為に当たる。

2 争点(2)ア 会社が、3月3日付け申入れ及び6月6日付け申入れに対し、B3のみ又はB2及びB3を出席させたことは、労働組合法7条2号の不当労働行為に当たるか
 団体交渉における交渉担当者は、少なくとも、交渉事項に関して合意達成へ向けて誠実に協議することができる程度の実質的な交渉権限を有することが求められると解すべきである。
 B2及びB3は、平成27年合意で決算書等の提示を約したにもかかわらず、平成28年1月22日の団体交渉において、会社代表者の意向を理由として決算書等の提示を拒否し、同年2月1日及び同月24日に開催された団体交渉においても同様の対応に終始したものと認められる。以上の事実によれば、B2及びB3は、自ら平成27年合意で約した決算書等の提示について、会社代表者との間で基本方針すら共有しないまま交渉に臨んでいたと認めるよりほかない。このようなB2及びB3は、団体交渉の議題事項に関し、決定権限はもとより、上記の程度の実質的な交渉権限すら有していなかったものということができる。
 そうすると、3月3日付け申入れ及び6月6日付け申入れに対し、実質的な交渉権限を有していないB3のみ又はB2及びB3を出席させた会社の対応は、誠実交渉義務に反するものであり、労働組合法7条2号の不当労働行為に当たる。

3 争点(2)イ 会社が、7月14日開催予定の団体交渉の場に、B3のみを出席させたことは、労働組合法7条2号の不当労働行為に当たるか
 7月14日開催予定の団体交渉に会社が担当者として出席させたB3に実質的な交渉権限がなかったことは、上記3と同様であって、誠実交渉義務に反する対応といわざるを得ない。
従前から会社側の担当者として組合との団体交渉に出席してきた会社取締役のB2が事前の告知なく欠席した上、その理由について説明もなかったのであるから、組合が会社の交渉態度に不信感ないし疑問を抱くのは当然であると考えられる。
 加えて、単独で出席したB3に実質的な交渉権限がなかったことも踏まえれば、会社がB2の欠席理由を説明しなかった理由はどうあれ、交渉に入らなかった組合の対応に問題があるとはいえず、これを組合による団交拒否と見るのは相当でない。
 以上からすると、7月14日開催予定の団体交渉に対する会社の対応は、労働組合法7条2号の不当労働行為に当たる。

4 争点(2)ウ 会社が、8月10日付け申入れに対し、団体交渉を開催しなかったことは、労働組合法7条2号の不当労働行為に当たるか
 前記2及び3で説示したとおり、会社が実質的交渉権限を有しないB2及びB3のみを団体交渉の担当者として出席させ、団体交渉が成立しない事態が相次いだことを踏まえれば、組合が会社代表者の団体交渉への出席を要求したことには、相応の理由があるというべきである。
 そうすると、会社が当該要求を無意味な前提条件であるとして団体交渉の開催に応じなかったことは、正当な理由のない団交拒否というほかなく、労働組合法7条2号の不当労働行為に当たると認められる。

5 争点(3) 本件命令の主文第2項から第5項までに掲げられている救済方法は、中労委の裁量権を逸脱又は濫用した違法なものであるか
(1) 不利益取扱いに対する救済方法について
 会社は、組合員差別をしていないとの意思に基づいて、正しく組合の組合員の考課点の査定及び賞与額の算定をしたのであるから、本件命令が主文第2項及び第3項において考課点の下限を指定して組合の組合員について再査定を命じたことは、会社の意思に反する行為を強制することにほかならず、憲法18条後段が禁止する「意に反する苦役」に当たり、かつ、中労委の裁量権を逸脱又は濫用したものであり違法であると主張する。
 しかし、労働組合法による不当労働行為の救済制度は、憲法28条による団体交渉権等の保障を実効的にするための立法政策であり、使用者に対し、不当労働行為の結果を是正するため必要かつ合理的な措置を命ずることに伴って一定の負担が生じることは、憲法の許容するところである。そもそも、本件命令主文第2項及び第3項の命ずる再査定が、組合の組合員に対する不利益取扱いを是正するために必要かつ合理的な措置であることは明らかである。
 その他、本件命令主文第2項及び第3項に掲げられる救済方法が中労委の裁量権を逸脱又は濫用したものと認めるに足りる事情は見当たらない。
 したがって、上記救済方法は、憲法18条後段に違反するものではなく、また、中労委の裁量権を逸脱又は濫用したものということもできない。

(2) 団交拒否に対する救済方法について
ア 決算書等の交付について
 会社は、中労委が、団交拒否に対する救済方法として、会社に対して平成26年及び平成27年の決算書等を組合に交付することを命じたこと(本件命令主文第4項)は、組合との間で決算書等の交付を約した平成27年合意が労働協約として成立していないことから、会社に法的義務のない行為を強いるものであり、かつ、組合が独自に会社の売上げ利益について把握していることから、会社の決算書等を組合に交付する必要性はないことから、中労委の裁量権を逸脱又は濫用したものであると主張する。
 しかし、労働委員会は、不当労働行為に対する救済方法を決定するに当たり広範な裁量権を有するものと解されるところ(最高裁昭和52年2月23日大法廷判決参照)、労働委員会は団交拒否に対する救済方法として新たに一定の義務を課すことも許されるから、平成27年合意が労働協約として効力を有していないからといって、本件命令が定める上記救済方法が中労委の裁量権を逸脱又は濫用したものということはできない。
 そして、団体交渉の担当者であるB2及びB3は、平成27年合意により、組合に対して決算書等を提示することを約したにもかかわらず、その後は会社代表者の意向を理由に提示を拒み続けており、かかる会社の対応は労使間の信義則に反することも踏まえれば、正常な団体交渉の実現を図るため、救済方法として会社の決算書等の提示を命ずることには合理性がある。
 したがって、中労委が、救済方法として会社に対し平成26年及び平成27年の決算書等を組合に提示するよう命じたことは、中労委の裁量権を逸脱又は濫用したものということはできない。

イ 文書交付について
 会社は、中労委が、会社に対して、不当労働行為の再発防止を誓う文書を組合に交付することを命ずること(本件命令主文第5項)は、団交拒否に対する救済方法として過剰である上、当該文書においては不当労働行為に当たる行為が特定されていないことから実効性に乏しいとして、このような救済方法は中労委の裁量権を逸脱又は濫用したものであると主張する。
 しかし、以上に認定した会社の組合に対する度重なる不当労働行為の経緯に照らすと、会社に対し不当労働行為の再発防止を誓う文書を組合に交付させることは必要かつ合理的な措置であるということができる。
 また、本件命令主文第5項に掲げる文書においては、不当労働行為に当たると認定された行為について、組合による団体交渉の申入れの議題及び日付又は団体交渉の日付が記載されており、会社及び組合において具体的にどの行為を指すのか十分に認識し得るものであるから、不当労働行為の特定を欠くということはできない。
 したがって、会社の上記主張はいずれも採用することができない。

ウ 以上によれば、本件命令主文第4項及び第5項が掲げる救済方法は、いずれも中労委の裁量権を逸脱又は濫用したものとは認められない。

(3) 小括
 以上のとおり、本件命令主文第2項から第5項までに掲げる救済方法はいずれも違法とはいえない。

6 会社のその余の主張について
 会社は、組合は労働組合法2条及び5条2項の規定に適合しないことから、本件救済の申立ては却下されるべきであったとも主張する。その趣旨は明らかではないが、これを山労委及び中労委による資格審査における判断の誤りを本件命令の違法事由とする趣旨に解するとしても、そのことのみを理由として救済命令の取消しを求めることはできないから(最高裁昭和32年12月24日第三小法廷判決参照)、会社の上記主張は失当である。

7 結論
 よって、会社の請求はいずれも理由がないから、これらを棄却する。
 
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顛末情報
事件番号/行訴番号 命令区分/判決区分 命令年月日/判決年月日
山口県労委平成28年(不)第2号 一部救済 平成31年3月28日
中労委平成31年(不再)第15号・同第16号 一部変更 令和3年3月17日
東京高裁令和5年(行コ)第42号 棄却 令和5年11月22日
 
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