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概要情報
事件番号・通称事件名  東京地裁令和3年(行ウ)第186号
田中酸素(平成30年団交拒否)不当労働行為救済命令取消請求事 
原告  X株式会社(「会社)」 
被告  国(処分行政庁 中央労働委員会) 
被告補助参加人  Z労働組合(「組合」) 
判決年月日  令和4年8月22日 
判決区分  棄却 
重要度   
、  1 本件は、会社が平成31年賞与を議題とする団体交渉に応じないことは、労働組合法(以下「労組法」という。)第7条第2号の不当労働行為であるとして、組合が、30年12月14日に山口県労委に対し、救済申立てをした事案である。
2 初審山口県労委は、代表取締役社長出席の上、誠実団交応諾、平成29年及び30年の売上げ、利益等を明記した資料の団体交渉における手交を命じ、その余の申立てを棄却する旨の命令を発した。
3 会社は、これを不服として再審査を申し立てたところ、中労委は、初審命令のうち、会社の団交出席者及び団交における手交資料について一部を変更する旨の命令を発した。
4 会社は、これを不服として、東京地裁に行政訴訟を提起したところ、同地裁は会社の請求を棄却した。
 
判決主文  1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用(補助参加によって生じた費用を含む。)は原告の負担とする。 
判決の要旨  1 争点1 本件団交申入れに会社が応じなかったことが労組法7条2号所定の「正当な理由」のない団体交渉拒否に当たるかについて
(1)会社が本件団交申入れに応じなかったことが労組法7条2号所定の団体交渉拒否に当たるかについて
 本件団交申入れにおいては「平成31年賞与について」が議題とされたことが認められるが、かかる事項は、会社の従業員である組合の組合員の労働条件その他の待遇に関する事項であるから、使用者である会社において団体交渉に応諾することが労組法によって義務付けられている事項(義務的団交事項)に該当するものと認められる。
 また、組合において規律を踏まえた交渉の体制を確立したことが確認できない限りは、団体交渉の開催日時の調整にも応じられない旨の意向を示し(本件通知)、団体交渉の開催に向けた対応をせず、現に団体交渉は実施されなかったことが認められる。以上の諸事情に照らせば、会社は、義務的団交事項を議題とする本件団交申入れに対し、A1のB1社長に対する本件暴行に端を発した労使間の対立が解消されない限り団体交渉には応じない旨を明らかにしたものといえるから、会社が本件団交申入れに対応しなかったことは、労組法7条2号所定の団体交渉の拒否に当たるものと認められる。

(2) 会社による団体交渉の拒否が「正当な理由」(労組法7条2号)に基づくものといえるかについて
ア 会社は、A1によりB1社長に対する本件暴行及びB2所長に対する暴行があったこと、組合において本件暴行がB1社長のでっち上げである旨の記事を組合機関紙に掲載して不特定多数の者に流布したこと、A1がB1社長及びB4代理を上記の理由で告訴するなどしたこと、これに対し、組合が反省と謝罪等の誠意を示さないまま本件団交申入れに及んだことを踏まえれば、会社が、組合において規律を守り正常な交渉ができる状態にあることが確認できない限りは団体交渉を実施し得ないと判断したことには相当性、合理的があるといえるから、会社が組合との団体交渉を拒否したことには「正当な理由」(労組法7条2号)がある旨を主張するので、以下検討する。

イ 使用者の判断のみによって団体交渉を拒否し得るものとすると、団体交渉の再開が専ら使用者の意図ないし意向に委ねられることとなり、これは団体交渉拒否を不当労働行為として禁止する労組法7条2号の趣旨にそぐわないものというべきである。
 したがって、使用者が、過去の団体交渉において労働組合ないしその組合員による暴力的言動や有形力の行使があったことを根拠として、それに対する陳謝を求め、将来において同様の対応をしない旨の保証などがない限りその労働組合との団体交渉を拒否するという対応をすることが許容される余地があるとしても、当該対応が正当の理由があるものとして不当労働行為を構成しないのは、労働組合やその組合員が、団体交渉の席上その他労使間の折衝の場において、主体的ないし能動的に暴力的言動や有形力の行使を繰り返すなど、将来行われる団体交渉の場においても同様の暴力的言動や有形力が行使される高度の蓋然性が認められる場合に限られると解するのが相当である。

ウ これを本件についてみると、本件暴行(平成29年2月22日)から本件団交申入れ(平成30年11月16日)までは1年8か月の期間が経過しているところ、その間、A1の粗暴な振る舞いが継続していたということはなく、また、組合においても団体交渉の申入れを会社に拒絶され続けたことに対して、暴力的言動をもって対応した形跡はないこと、会社がA1のB2所長に対する暴行(平成24年8月24日)以降も組合の団体交渉の申入れに応じており、その際、A1ないし組合による暴力的言動があったことはうかがわれないことからすれば、本件暴行が組合のストライキの機会に近接して行われたものであることなどの事情を十分考慮しても、本件団交申入れ後に実施される会社と組合の団体交渉の場において組合側の出席者が暴力的言動あるいは有形力の行使に及ぶ高度の蓋然性があったとまでは認め難いものといわざるを得ない。
 したがって、会社が本件団交申入れに係る団体交渉を拒否したことについて「正当な理由」があったとは認められず、会社の主張は採用することができない。

(3) 会社のその余の主張に対する判断
 会社は、本件団交申入れに係る団体交渉の拒否について「正当な理由」の存在を否定することは、「いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない」と定める労組法1条2項ただし書を無視ないし軽視するものである旨を主張する。
 しかしながら、労組法1条2項ただし書は、労働組合による正当な争議行為は刑法35条所定の正当行為として刑事免責の対象となる旨を規定した同条2項本文の解釈として当然の事柄を注意的に明らかにした規定であって、これは、団体交渉拒否を内容とする不当労働行為の成否とは次元を異にする事柄である。また、会社が本件団交申入れに係る団体交渉を拒否したことに「正当な理由」があったと認め難いことは前記⑵において認定し説示したとおりである。
 したがって、会社の上記主張は採用することができない。

(4) 小括
 以上のとおりであるから、本件団交申入れに対する会社の対応は、労働組合である組合との団体交渉を「正当な理由」なく拒否したものといえるから、労組法7条2号所定の不当労働行為に該当するものと認められる。

2 争点2 会社の従業員ではないA1が代表者を務める組合との団体交渉を拒否することが労組法7条2号所定の不当労働行為を構成するかについて
 労組法7条2号は、使用者が団体交渉義務を負うのは、その団体交渉が自己の雇用する労働者の代表者によって要求される場合(自己の雇用する労働者に関する事項についてのものである場合)であることを明らかにした規定であり、労働組合が団体交渉を行う相手方である使用者は、当該組合の組合員中にその使用者が雇用する労働者が含まれていなければならないということを「使用者が雇用する労働者の代表者」という文言で表したものであるから、同号所定の「使用者が雇用する労働者の代表者」とは、代表される労働者が当該使用者に雇用されていれば足り、当該代表者が使用者に雇用されていることまでは要しないものと解すべきであるところ、組合の組合員には会社の従業員が含まれていること、本件団交申入れに係る議題は当該会社の従業員の労働条件に関する事項に該当するものであることが認められる。
 また、同法6条にいう労働組合の代表者とは、通常は、組合規約等に基づき組合大会などにおいて選出された執行委員長などの代表者をいうところ、A1が組合の組合規約に基づき執行委員長に選出されたものではないとか、その選出の有効性に疑いを生じさせる事情は見当たらない。
 以上によれば、組合は使用者である会社が雇用する労働者を組合員とする労働組合であり、A1はその代表者に当たり、本件団交申入れは、A1が組合を適法に代表して行ったものと認められるから、会社は、本件団交申入れに関し、組合を相手方とする団体交渉義務を負っていたといえるのであって、このことは、A1が本件団交申入れ時点で現に会社の従業員であったか否かによって左右されるものではない。したがって、会社の上記主張は採用することができない。

3 争点3 本件救済命令が採用した救済方法の適法性について
(1) 救済方法の適法性について
ア 救済方法①(会社に対し、組合との団体交渉に応諾し、当該団体交渉にB1社長又はその議題について実質的交渉権限を有する者を出席させて誠実に対応することを命ずるもの)について
 会社と組合は、平成21年協約において、団体交渉につき、「会社及び組合の責任者は、決定権限を持つものとする。」、「合意文書は団体交渉の場にて要旨を書面にして双方の責任者が署名する。速やかにこれをそのまま成文化し、双方の代表者が著名押印する。」旨の合意をしたことが認められるところ、かかる合意内容を合理的に解釈すれば、平成21年協約は、会社及び組合の双方に対し、団体交渉においては、議題について交渉する権限だけではなく、当該議題について労働協約を締結することの可否やその内容についても実質的に判断し、決定し得る権限を有する者を出席させることを義務付けることを合意した趣旨であると認められる。
 しかるに、B3部長及びB4代理は、平成27年12月28日に実施された組合との団体交渉において、「会社は、決算が決定次第、組合に対して決算書(売上げ、利益、人件費など)及び基本給の総額、社員人数を提示する」旨の合意を含む平成27年合意書に署名押印したものの、その後の団体交渉において、B1社長が承諾しないなどという理由で組合に上記の文書ないし資料を提示することを拒絶し続けたことが認められるのであって、そうすると、会社においては、平成28年12月28日に実施された組合との団体交渉及び平成27年合意書の作成に関しては、平成21年協約に反し、団体交渉の議題について労働協約を締結することの可否やその内容について実質的に判断し、決定し得る権限を委任しないままB3部長及びB4代理を団体交渉に出席させていたものと判断せざるを得ない(なお、会社は、本件訴訟において、B3部長及びB4代理は交渉権限しか有していなかった旨を自認している。)。

 したがって、救済方法①は、平成21年協約を踏まえ、会社において団体交渉において合意に達しながら労働協約の締結に至らないといった事態を生じさせないことを企図し、もって、会社と組合との実質的な団体交渉の実現を確保する趣旨で採用されたものとして合理性を有するといえるから、救済方法①を採用した中労委の判断に裁量権の逸脱又は濫用があるとは認められない。したがって、会社の上記主張は採用することができない。

イ 救済方法②(会社に対し、組合が提出を求めた資料の一部である平成29年及び平成30年の決算書のうち売上げ、利益、人件費及び賞与が記載された部分並びに平成29年及び平成30年の基本給の総支給額及び賞与支給人数を明記した資料(以下「決算書等」という。)を団体交渉の場で組合に手交することを命ずるもの)について
 会社と組合は、少なくとも平成21年協約により、組合員の賞与及び昇給を会社の決算を踏まえて団体交渉により協議することを合意していたといえるが、その場合、実質的な労使間の交渉を実施するには組合において会社の決算資料の内容を確認することが必要、不可欠であるといえる。この点、平成27年合意書については、B1社長の署名押印を了した文書が作成されておらず、それゆえ、労働協約の締結には至っていないといわざるを得ないが、これは、前記アにおいて認定し説示したとおり、会社が平成21年協約にに反し、B3部長及びB4代理に対し交渉権限のみを付与しただけで団体交渉に出席させていたことに起因するものであるし、会社において、本件団交申入れに応じて決算書等を手交することが不可能であったことを認めるに足りる的確な証拠はないことも踏まえると、会社が、本件団交申入れに対し、平成27年合意書と同内容の労働協約が有効に締結されていないという理由で決算書等の資料の提出を拒否したことは、労使間の信義則に著しく反するものといわざるを得ない。
 以上のような組合との団体交渉における会社の対応等を全体としてみれば、救済方法②は、会社に組合との団体交渉における誠実交渉義務を尽くさせることを企図し、もって、会社と組合との実質的な団体交渉の実現を確保するという趣旨で採用されたものとして合理性を有するといえるから、平成27年合意書に係る労働協約が締結されていないことを踏まえても、救済方法②を採用した中労委の判断に裁量権の逸脱又は濫用があるとは認められない。したがって、会社の上記主張は採用することができない。

(2) 会社のその余の主張に対する判断
ア 会社は、組合に対し、①本件団交申入れがされた後(令和3年2月)に平成30年までの賞与支給額の一覧表を、②本件救済命令が発せられた後(令和3年5月8日)に決算書等の書面を交付したから、救済方法②を採用する必要はなかった旨を主張している。
 しかし、上記①の点について、会社は、本件訴訟に至るまで上記の主張や資料の提出をしていなかったことがうかがわれ、直ちに会社が平成30年までの賞与支給額の一覧表が実際に組合に交付されたとまでは断定し難いものといわざるを得ないから、本件救済命令が上記①の資料の手交を命じたことが中労委の裁量推の逸脱、濫用であるとは認められない。
 また、上記②の点は、本件救済命令の発令及び命令書の交付後の事情であって、本件救済命令の違法性の有無に関する判断を左右するものとはならないというべきである。したがって、会社の上記主張は採用することができない。

イ 会社は、組合が提出を求める決算書等の資料の詳細については団体交渉の場の質疑を通じて明らかにすることができるのであるから、団体交渉に際して決算書等を提示する必要はなく、中労委が救済方法②を採用したことには違法がある旨を主張する。
 しかしながら、平成21年協約及び平成27年合意書において決算書等の提示を会社に義務付ける合意がされたのは、団体交渉事項である賞与や昇給の算定資料となる決算書の確認が必要であったためであると推察されるから、決算書等の内容を組合に説明することはもとより、決算書等を組合に交付することが前提とされていたものと認めるのが相当である。
 したがって、会社が指摘する事情を踏まえても、中労委が救済方法②を採用したことに裁量権の逸脱又は濫用があったとはいえず、会社の上記主張は採用することができない。

ウ 会社は、本件救済命令に係る命令書を受領した後の令和3年5月6日、同命令に沿った対応をするため、組合の組合員に対して電話で団体交渉を打診したが組合からの団体交渉の申入れはなかったとして、組合には本件団交申入れに係る団体交渉をする意思はないものといえるから、救済方法①及び②を採用した本件救済命令には裁量権を逸脱又は濫用した違法がある旨を主張する。
 しかしながら、会社の主張する事情は、いずれも本件救済命令の発令及び命令書の交付後の事情であって、本件救済命令の違法性の有無に関する判断を左右するものではない。したがって、会社の上記主張は採用することができない。

4 以上によれば、本件団交申入れに対する会社の対応が労組法7条2号所定の不当労働行為を構成するとした本件救済命令の判断は正当であり、本件救済命令が定めた救済方法①及び②も相当であって、会社のその余の主張も前記1ないし3の会社の不当労働行為の成否及び本件救済命令の救済方法の適法性についての認定判断を左右するに足りるものとは認められない。したがって、本件救済命令は適法である。


第4 結論
 よって、会社の本件請求は理由がないからこれを棄却する。 
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顛末情報
事件番号/行訴番号 命令区分/判決区分 命令年月日/判決年月日
山口県労委平成30年(不)第1号 一部救済 令和元年8月22日
中労委令和元年(不再)第40号 一部変更 令和3年3月17日
東京高裁令和4年(行コ)第265号 棄却 令和5年2月15日
最高裁令和5年(行ツ)第207号・令和5年(行ヒ)第225号 上告棄却・上告不受理 令和5年9月8日
 
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