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2015年の高齢者介護
〜高齢者の尊厳を支えるケアの確立に向けて〜


目次

I はじめに

II 高齢者介護の課題
 (1) 介護保険施行後の高齢者介護の現状
 (2) 問題を解決しあるべき姿の実現に向けて
 (3) 実現に向けての実施機関

III 尊厳を支えるケアの確立への方策
 1  介護予防・リハビリテーションの充実
 2  生活の継続性を維持するための、新しい介護サービス体系
 (1) 在宅で365日・24時間の安心を提供する
 (2) 新しい「住まい」
 (3) 高齢者の在宅生活を支える施設の新たな役割
 (4) 地域包括ケアシステムの確立
 3  新しいケアモデルの確立:痴呆性高齢者ケア
 4  サービスの質の確保と向上

IV おわりに

補論
 1  わが国の高齢者介護における2015年の位置づけ
 2  ユニットケアについて
 3  痴呆性高齢者ケアについて

参考図表



I.はじめに

 ○  わが国の高齢者介護は、人口の高齢化が緒についたばかりの1963(昭和38)年に老人福祉法が制定された以降の歩みをみても、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、その時代、時代の要請に応えながら発展してきた。

 ○  2000(平成12)年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、このようなわが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。

 ○  介護保険法施行後3年が経過し、最初の保険料の見直しと介護報酬の改定という制度運営のワン・サイクルが終了した現時点において、介護保険制度の下における高齢者介護の課題を整理し、これからの高齢者介護とそれを支える社会について新たな次元を切り拓くために提言を行うことは、時宜を得たことと考える。

 ○  本研究会は、「平成16年度を終期とするゴールドプラン21後の新たなプランの策定の方向性、中長期的な介護保険制度の課題や高齢者介護のあり方」について検討するよう、厚生労働省老健局の求めに応じ、本年3月に設置されたものであり、関係者からのヒアリングや集中討議、現場視察等を含め、10回にわたって議論を重ねてきた。

 ○  本研究会では、引き続き人口の急速な高齢化が進むことを踏まえ、高齢者介護のあり方を中長期的な視野でとらえる必要があることから、わが国の高齢化にとって大きな意味を持つ「戦後のベビーブーム世代」が65歳以上になりきる2015年までに実現すべきことを念頭に置いて、これから求められる高齢者介護の姿を描くこととした。

 ○  その姿を描くに当たっては、これからの高齢社会においては「高齢者が、尊厳をもって暮らすこと」を確保することが最も重要であることから、高齢者がたとえ介護を必要とする状態になっても、その人らしい生活を自分の意思で送ることを可能とすること、すなわち「高齢者の尊厳を支えるケア」の実現を目指すことを基本に据えた。

 ○  本報告書は、「尊厳を支えるケアの確立」のため、求められる施策をとりまとめたものであるが、その前提として、介護保険制度を持続可能なものとしていくことが必要である。この3年間の実施状況を見ると、高齢者の増加のスピードを大幅に上回ってサービスの利用が伸びており、この事態が続けばこれからの介護保険財政は極めて厳しい状況に直面することが予想される。

 ○  そこで、自らの尊厳保持のため、自助の努力を尽くし、さらに、地域における共助の力を可能な限り活用することにより、結果において公的な共助のシステムである介護保険制度の負担を合理的に軽減させるなど、広い見地からフォーマル・インフォーマル、自助・共助・公助のあらゆるシステムをこれまで以上に適切に組み合わせながら、これからの高齢社会において「高齢者が尊厳をもって暮らすこと」を実現していくことが、国民的課題である。

 ○  本報告書が、このような課題を考える際の素材として活用され、国民の老後の安心をもたらす高齢者介護の実現に寄与することを心から期待する。


II.高齢者介護の課題

 ○  わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。

 ○  人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じであり、また仮に、痴呆の状態になったとしても、個人として尊重されたい、理解されたいという思いは同じである。

 ○  そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。

 ○  介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。

 ○  介護保険制度がスタートしてから3年が経過した今日、制度本来の理念に沿って所期の成果をあげているか、新たに顕在化した問題は何か等について、これまでの実施状況を踏まえて検証を行い、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。

(1)介護保険施行後の高齢者介護の現状

 (介護保険の実施状況から見えてきた課題)
 ○  介護保険制度が施行されて3年後の2003年(平成15)4月には、各市町村で初めての介護保険料の見直しが行われ、また、国においても介護報酬の改定を行うなど、制度導入後のひとつの節目を越えた。介護保険制度の実施状況を見ると、この3年間で、介護サービスの利用者数は大きく伸び、特に在宅サービスの利用者数は倍増した。介護サービスの事業者数も大きく伸び、サービスの提供体制は充実をみている。(図表1-11-2図表2-12-2

 ○  また、介護保険制度の導入により、要介護認定を受ければ、行政を介することなく、利用者がいつでもサービスを直接利用することができるようになり、サービスは利用しやすくなった。私たちにとって介護サービスは確実に身近なものとなっている。(図表3

 ○  一方で、これらの介護サービスについて、その人の状態に応じた適切なサービスが提供され、高齢者の自立支援を促し、尊厳ある生活の継続を可能とするものとなっているかどうかを検証する必要がある。
 また、介護保険は高齢者の自立を社会全体が共同して支える仕組みであり、その公的な性格を十分に踏まえ、制度を維持するために必要な節度とモラルを利用者・事業者双方が持つことが求められる。(図表4

 ○  以上のような諸点を考慮に入れて、介護保険制度の実施状況を検証すると、新たに見えてきた高齢者介護の課題がある。

 (要介護認定者の増加・軽度の者の増加)
 ○  介護が必要な状態にならないための予防事業などの取組は多くの市町村で行われているが、この3年間の要介護認定者数は、高齢者数の伸びを上回る勢いで増加している。その中でも、要支援・要介護1という軽度の者の増加が著しい。また、都道府県別に要介護認定者の出現率(高齢者に占める割合)を見ると、重度の者(要介護4・5)については概ね3〜4%程度であるのに対し、軽度の者(要支援、要介護1)については概ね4〜10%と大きなばらつきが見られる。(図表5図表6図表7

 ○  軽度の者の増加については、介護保険では、だれもが介護を受けられるようになり、早い段階からの介護サービスの利用が可能となったことが要因のひとつと考えられる。ただ、軽度の者の出現率が重度の者に比べて都道府県間のばらつきが大きいことは、単に制度の普及が進んだためだけとは言い切れず、その要因についてさらに詳細な検証が必要である。

 ○  また、介護保険制度では、定期的に要介護認定の更新が行われるため、被保険者の要介護状態の変化を時系列的に把握することができる。このデータを分析すると、要介護2以上の中・重度に比べて、要支援・要介護1の者は要介護度が「改善」した割合が少ない状況にある。特に要支援は、介護保険制度上、「介護が必要となるおそれのある状態」と位置付けられ、保険給付の対象とすることにより、介護が必要となる状態になることを予防することを目指しているが、所期の効果が得られていない状況にある。(図表8

 ○  こうした現状を踏まえると、健康でいきいきとした高齢期を送るため、自助努力や共助の仕組みも含めて介護予防が十分に行われているかといった問題や、要介護状態になった場合のリハビリテーションのあり方などについて、今一度検討を加える必要がある。

 (在宅生活が支えられない)
 ○  介護保険は在宅重視をひとつの目的に掲げており、実際のサービス利用についても先に述べたように在宅サービスの伸びが著しい。しかしながら、一方で、特別養護老人ホームの入所申込者が急増しているとの指摘がある。

 ○  介護保険制度では、行政による入所の必要性の判断を経ることなく、自由に申し込みができるようになったため、すぐには入所の必要がない高齢者もいわば予約的に入所申し込みを行っている実態がある。例えば、利用希望者の実態に関する健康保険組合連合会の調査では、入所申込者のうち施設スタッフから見て入所が必要と判断できるケースは3割に過ぎず、約6割は在宅生活の継続が可能(うち2割は家族が入所を希望している)なケースであるとされている。(図表9

 ○  他方、高齢者自身は、多くが在宅での生活の継続を希望している。虚弱化したときの住まいの形態に関して内閣府が行った調査では、高齢者の6割は介護が必要になっても現在の自宅での生活を継続することを望んでおり、施設入所を希望するものは2割に満たない。(図表10

 ○  また、介護サービスの利用実態を見ると、軽度の者は在宅サービスの利用が多い一方、重度の者は施設サービス利用が半数を超える状況にある。
 高齢者本人が在宅での生活の継続を希望している現状とあわせ見ると、要介護状態が重くなってもできるだけ在宅生活を続けていくことが望ましいが、重度の者で在宅での生活を送ることができているのは、半分以下の状況にあり、現在の在宅サービスは、すべての要介護者の在宅生活を支えるまでには至っていない。(図表11

 ○  高齢者が最期を迎える場所を見ても、かつての自宅での死亡に代わり、近年は医療機関での死亡が増加し、8割近くとなっている。一方、内閣府の調査によると、「万一、治る見込みがない病気になった場合、最期は何処で迎えたいか」という質問に対して、「自宅」の割合が約半数を占めている。(図表12

 ○  以上のような介護サービスの利用の実態、高齢者が最期を迎える場所の状況を見ると、在宅生活を希望する高齢者が在宅生活を続けられない状況にあることが分かる。

 ○  また、高齢者が住み慣れた環境の中で、最期まで尊厳を保持してその人らしく生活を営むことを可能としていくためには、在宅の介護サービスと在宅の医療サービスとを適切に組み合わせて、施設と同様に安心感の継続できる環境を整備していくことが重要である。

 (居住型サービスの伸び)
 ○  一方で、介護保険制度が始まって、新たな介護サービスの動きが起こっている。これは現在の介護サービスの体系を考え直す契機ともなりうるものである。

 ○  そのひとつが、居住型サービスともいうべき形態のサービスの利用の伸びである。介護保険制度で新たに特定施設入所者生活介護(以下「特定施設」)というサービス類型が創設されたが、後で述べる痴呆性高齢者グループホームと同様、利用が伸びている。特定施設は、介護サービスを提供する体制の整っている集合住居であり、現在、一定の設備・人員を有する介護付有料老人ホームとケアハウスが対象となっている。(図表13

 ○  また、2001(平成13)年の高齢者居住法の制定など関連制度の整備により、高齢者が安心して生活できる居住環境を実現するための仕組みが整えられた。このように、高齢者の賃貸住宅に対する居住ニーズへの制度的な対応も行われつつあり、従来の自宅と施設の間の居住形態を選択することの可能性も拡がっている。

 ○  特定施設の利用の伸び、高齢者の居住に関する制度的対応から見ても、高齢者の要介護期の暮らし方として、居住型サービスへの関心が一層高まっていくことが考えられる。

 ○  在宅生活を希望する人が多いにもかかわらず、介護が必要となった時に、その希望に応えて在宅生活を続けることが困難な現状や、これまでの一般的な住居と異なるいわば安心できる機能の付加された居住型サービスに対するニーズが高まっていることを考えると、個々人が送ってきた生活を尊重し、その継続性を確保するための、新しいサービス体系のあり方についてさらなる検討が求められていると言えよう。

 (施設サービスでの個別ケアへの取組)
 ○  さらに、特別養護老人ホームにおけるケアの提供のあり方についても、変化が起こっている。個々の入所者の状態に応じた個別ケアを提供する試みとして、入所者を小グループごとに分けてスタッフを配置し、在宅に近い居住環境を整えてケアの個別性を高める「ユニットケア」の取組が進んできた。2002(平成14)年度からはユニットケアを行う施設を対象とする国の整備補助が行われている。
 また、従来の施設においても、施設内の設備等を工夫することにより、個別ケアに向けた試みも始まっている。

 ○  これまでの自宅か施設かという介護サービスの体系に加え、自宅から移り住む「住まい」で介護サービスを受けるという新たな分野が広がってきていること、集団ケアが一般的な施設サービスにおいて、個別ケアの取組が進んできていることは、介護保険施行後3年を経て、個人の生活、暮らし方を尊重した介護が広がりつつあることを示しており、そうした観点からも介護サービスのあり方を見直すことが求められている。

 (ケアマネジメントの現状)
 ○  介護保険制度により新たに導入されたものにケアマネジメントがある。これは、高齢者の状態を適切に把握し自立支援に資するサービスを総合的、計画的に提供するための仕組みであり、介護保険制度の中核となるものである。しかし、高齢者の状況を判断するアセスメントが十分でないため適切で効果的なサービス提供が行われていないとの指摘がある。実態としても、一種類のサービスのみのケアプラン作成が半数にも上り、必要なサービスが適切に提供されているのか疑問が残る。また、サービスを提供する担当者などが介護の方針を設定し共有する場であるケアカンファレンスの開催も十分に行われておらず、担当者が同じ認識の下で、総合的に自立支援のためのサービス提供が行われているかについても疑問がある。(図表14図表15-115-2

 ○  また、高齢者の抱える問題は介護の分野に限られない。例えば、家庭問題など介護以外の問題を抱える高齢者については、介護サービスの総合調整を行うケアマネジャーだけでは問題を解決しようとしても難しい。

 ○  こうした現状を踏まえ、生活の継続性の確保のためのサービスの検討とあわせて、地域における様々な支援のあり方についても、課題意識を持って見ていく必要がある。

 (求められている痴呆性高齢者ケア)
 ○  介護保険制度では、高齢者の心身の状態に関する詳細なデータをもとに要介護認定が行われるため、要介護高齢者の心身の状態について様々な分析を行うことができるが、痴呆の影響について分析を行ったところ、要介護高齢者のほぼ半数は痴呆の影響が認められる(痴呆性老人自立度がII以上)ことが分かった。また、介護保険制度の実施状況を見ると、痴呆性高齢者グループホームの事業所数は、この3年間で10倍以上と急増している。
図表16

 ○  痴呆性高齢者グループホームの利用の伸びは、痴呆性高齢者ケアに対する切実なニーズの現れということができる。痴呆性高齢者ケアは、未だ発展途上にあり、ケアの標準化、方法論の確立はさらに時間が必要な状況にあるが、尊厳の保持を図るという視点から見ても、痴呆性高齢者に対してどのようなケアを行っていくべきかが、高齢者介護の中心的な課題であると言える。

 (介護サービスの現状)
 ○  介護保険制度導入以後、介護サービス事業者数は大きく増加した。しかし、利用者がそれを選ぶために必要となる情報は十分に提供されていない。例えば、事業者が提供するサービスの良し悪しを判断する材料ともなる第三者評価については、一部の自治体等で行われているが、その手法は様々であり、すべてのサービスをカバーするに至っていない。

 ○  また、前述のように要介護高齢者のうち痴呆の影響が認められる者(痴呆性老人自立度がII以上)がほぼ半数に及ぶにも関わらず、意思を十分に表明できない高齢者等を支援するため、介護保険制度導入と同時期に開始された成年後見制度については、利用しにくいとの意見がある。

 ○  介護サービスの内容については、国民健康保険団体連合会へ寄せられる苦情件数を見ても、サービスの質や具体的な被害・損害に関するものが4割程度に上っており、質の向上が大きな課題である。サービスの質を高め、安心できる内容とするためにも、それを支える従事者の資質の向上、人材育成が大きな課題である。(図表17

 ○  サービス事業者については、不正請求などによる事業者の指定取消件数も増加している。
 介護保険制度は事業者間の競争によりサービスの質を高めるため、在宅サービスについては、基本的には法人形態を問わず参入可能とされているが、サービス選択のための情報が利用者に十分提供されていないこと、そもそもサービスの量が選択できるほど豊富にないことなどから、劣悪なサービスの提供を淘汰するには至っていない。また、不正を行う事業者について都道府県は指定取消権限があるといっても、市場から迅速に排除するための効果的手段は不十分である。(図表18

 ○  以上に掲げる現状から見ても、介護サービスの質の確保と向上について、この際、様々な課題を整理し、その対策を講じていくことが必要と考えられる。

(2)問題を解決しあるべき姿の実現に向けて

 (高齢者介護の課題)
 ○  これからの目指すべき「高齢者の尊厳を支えるケア」を確立していくためには、高齢者介護の現状を踏まえ、そこから導かれる課題を明らかにした上で、高齢者介護のあるべき姿の実現に向けて、その課題を解決するための具体的な方策を講じていかなければならない。

 ○  本研究会としては、(1)で述べてきたように、介護保険施行後の高齢者介護の課題から、「尊厳を支えるケアの確立への方策」として
  (1)  介護予防・リハビリテーションの充実
  (2)  生活の継続性を維持するための、新しい介護サービス体系
  (3)  新しいケアモデルの確立:痴呆性高齢者ケア
  (4)  サービスの質の確保と向上
の4点を取り上げることとした。

 ○  これらの4点は、構造的にも相互に関連するものであることに留意する必要がある。例えば、要介護高齢者のほぼ半数が痴呆の影響が認められる者(痴呆性老人自立度がII以上)であることから、これからの高齢者介護は痴呆性高齢者対応でなければならないが((3)「新しいケアモデルの確立:痴呆性高齢者ケア」)、そのためには、(2)「生活の継続性を維持するための、新しい介護サービス体系」が必要になるし、それぞれのサービスには(4)「サービスの質の確保と向上」が必須である、という具合である。また、そもそも介護サービスとは自立支援に資するものでなければならず、要介護にならないことも含め、(1)「介護予防・リハビリテーションの充実」が必要になるのである。

 ○  「尊厳を支えるケアの確立」に向けて、具体的な方策を講じていくことが求められる。言うまでもなく、介護保険制度は、その中で中心的な役割を果たすことが期待される制度であるが、あらゆる課題すべてが介護保険制度で解決されるものでないことにも留意すべきである。

 ○  わが国の高齢化は人類史上例のない未踏の領域であり、その対応は社会全体で取り組むべきことは多言を要しない。高齢者自身の取組である自助、人々の支え合いである共助(介護保険制度もまさに共助の一つである)、地方自治体の取組などの公助を適切に組み合わせ、活力ある高齢社会を築いていく必要がある。

(3)実現に向けての実施期間

 ○  これらの課題への対応については、現在の高齢者介護の体系、ケアのあり方の転換も必要となり、一朝一夕に実現できるものではなく、実現に向けての一定の実施期間が必要である。本研究会では、高齢化が一段と進む節目である、いわゆる団塊の世代が高齢期に達し、少なからず高齢者像が変化・多様化していくと考えられる2015(平成27)年までを実現のための実施期間とすることを提唱したい。

 
【補論1】 わが国の高齢者介護における2015年の位置付け

 ○  言うまでもないが、これらの課題は早急な解決が求められるものであり、可及的速やかに着手し、2015年に向けて順次その実現を図っていくべきである。特に、今後予想されている介護保険制度の見直しに当たっては、本提言の実現に向けて、必要な措置が講じられることを期待したい。


III.尊厳を支えるケアの確立への方策

1.介護予防・リハビリテーションの充実

 (介護予防を進める視点)
 ○  長生きをして幸せに生きることは人類の夢である。介護が必要な状態にはならない、たとえ介護が必要となってもできるだけ軽い状態で最期まで自分らしく生きていくことは、私たちの共通の願いである。

 ○  今後、一層高齢化は進んでいくが、高齢期イコール要介護期ではなく、むしろ大部分は介護を必要としない高齢者である。高齢者自身が健康づくりや介護予防に取り組むことにより、介護を必要としない、あるいは、介護を必要とする期間をできるだけ短くし、自分の能力を活かし地域社会に積極的に参加することを可能とすることは、より自分らしく生きがいのある充実した人生を送ることにつながる。

 ○  特に、これからの高齢者は、介護が必要な状態にできるだけならないようにするため、高齢期に入る前から、心身の健康についての知識を深めることを含めて健康づくりに努め、十分に備えておくことが必要である。

 ○  また、このような取組によって、元気な高齢者が増加していくことにより、高齢者自身が、地域社会での助け合いの仕組みの主体となることが可能となる。介護に要する費用が過度に増大することを防ぎ、負担を少しでも適正なものとするためにも、介護保険制度のみに頼るのではなく、高齢者自らが介護予防に取り組むとともに、高齢者相互の助け合いの仕組みを充実させていく必要がある。

 ○  その際、これまで地域社会における高齢者相互の助け合いの担い手は女性が主であったが、今後は地域社会での助け合いの仕組みに、性別を問わず地域に住む高齢者が積極的に参画することが望まれる。

 ○  社会参加、社会貢献、就労、生きがいづくり、健康づくりなどの活動は、介護予防につながるものである。介護予防の推進という観点からは、介護予防を広い概念として捉え、こうした様々な活動を社会全体の取組として進めていくことが必要である。

 (リハビリテーションの意義)
 ○  リハビリテーションは、単なる機能回復訓練と捉えられがちであるが、本来の意味は「権利・資格・名誉の回復」である。つまり、障害のために人間らしく生きることが困難な人の「人間らしく生きる権利の回復」であって、単にこれまでできていたことをできるようにするという過去の生活への復帰ではなく、より積極的に将来に向かって新しい人生を創造していくことである。

 ○  リハビリテーションは、生命・生活・人生のすべての側面に働きかけ、その人の持つ潜在能力を引き出し、生活上の活動能力を高めていくことであり、それにより豊かな人生を送ることも可能となる。

 (介護予防・リハビリテーションの現状)
 ○  このような観点から見ると、現在の介護保険でのリハビリテーション、市町村で行う健康づくりや介護予防の事業については、以下のような現状にあり、本来の介護予防・リハビリテーションの効果が得られていない。
 (1)  健康づくりや介護予防について理解を深める必要があること(要介護になるまで特段の努力をしなかったり、いったん要介護状態になると改善することがないとあきらめてしまうことがある。)
 (2)  どのような生活習慣を持った人が要介護状態となるリスクが高いのか、そういった人にどのようなサービスを提供すれば介護予防や要介護状態の改善に効果があるのかが整理されていないこと
 (3)  要支援者や軽度の要介護者用のサービスメニューが用意されていないこと(要支援者に対しては予防給付が行われることとなっているが、要介護者に対する介護給付と同一のサービスメニューであり、利用できる上限が異なっているのみである。)
 (4)  介護を受ける前の医療のリハビリテーションと、介護のリハビリテーションとが必ずしも一体となって提供されておらず、十分に機能していないこと

 (具体的方策)
 ○  現在、提供されているサービスが有効に機能しているかどうかを検証し、老人保健事業や介護予防事業、要支援者に対する予防給付のあり方、医療保険や介護保険におけるリハビリテーションとして提供されている従来のサービスのメニューを見直し、真に予防に効果がある新たなプログラムを開発し、要介護度のステージ等に応じた要介護状態の悪化の防止や軽減のための施策の体系を構築すべきである。

 ○  具体的には、要支援者に対する予防給付について、要介護者と同一のサービスメニューではなく、より介護予防、リハビリテーションを重視した別途のサービスやサービスの重点化を検討すべきである。また、軽度の要介護状態についても同様に考えるべきである。

 ○  障害の原因となる脳卒中などの急性期疾患の予防は重要であり、また、急性期から回復期への速やかな移行がその後のリハビリテーションの内容・個人の機能障害の回復に大きく寄与すると言われている。

 ○  リハビリテーションについては、急性期から回復期にかけての医療分野と、維持期での介護分野とが、いわば川上と川下の関係で相互に連携しあう体制を構築し、これらが地域において一体的に提供される必要がある。

 (介護サービスの提供について)
 ○  リハビリテーションについては、より高齢者の心身機能や日常生活における様々な活動の自立度を高めてから、自立していない活動について他の介護サービス等で補うといったリハビリテーション前置の考え方に立つ必要がある。

 ○  この場合のリハビリテーションは、WHOが2001(平成13)年に策定したICF(国際生活機能分類)の考え方を踏まえ、日常生活における様々な活動の自立度の向上を重視した個別のプログラムに基づいて提供され、特に施設でのリハビリテーションは自宅復帰の可能性を常に考えたものでなければならない。たとえ、生活機能の障害が重度になっても、改善の可能性を求めて、自立に向けた取組を行うことが求められる。

 2003(平成15)年4月に策定されたリハビリテーション実施計画書は、ICF(International Classification of Functioning, Disability and Health)の考え方を参考にしたものであり、今後より一層の普及が必要である。

 ○  このような介護予防・リハビリテーションのあり方については、今後とも、その具体策について、さらに詳細な精査・研究により明らかにしていくことが必要である。

2.生活の継続性を維持するための、新しい介護サービス体系

 (可能な限り在宅で暮らすことを目指す)
 ○  通常、私たちは自宅で生活をしている。自宅とは、私たち自身が主人公である世界である。自宅であれば、介護が必要になった時でも、人は、自分自身で立てたスケジュールに沿って日常生活を営むことができる。朝何時に起きるかは自分の自由であるし、食事を摂るか摂らないか、何を食べるかも自分自身で決めることができる。(手助けさえあれば)買い物に出かけることもできる。家族や友人たちとおしゃべりをし、夜更かしすることもできる。自宅の良さとは、介護が必要になった時でも、介護のために自分の生活や自由を犠牲にすることなく、自分らしい生活を続けることができる点にある。
 日常生活における自由な自己決定の積み重ねこそが「尊厳ある生活」の基本であり、在宅での生活であれば当たり前のことである。
 だからこそ、多くの人は自宅での生活・在宅での介護を望むのである。

 ○  しかし、介護が必要になった時、様々な事情から、住み慣れた自宅を離れ、家族や友人たちとも別れて、遠く離れた施設へと移る高齢者も多い。そのような人たちは、これまでの人生で培ってきた人間関係をいったん失い、新しい環境の中で再び築くことを強いられることになる。心身の弱った人がそうした努力を強いられることは大変な精神的負担を伴う。それでも、現在の在宅サービスだけでは生活を継続できない、あるいは介護を受けるには不便な住環境であるといった理由から、在宅での生活をあきらめて施設に入所していくのである。

 ○  確かに、施設には、昼夜を通して常に職員が施設内にいて、転べばすぐに起こしてくれるし、トイレの介助もすぐに対応してくれる。「365日・24時間の安心感」を手に入れることができるという長所がある。この「安心」はとても重要であり、現状の在宅ケアではなかなか実現できない施設の持つ大きな機能である。
 しかし、自分の住み慣れた土地を離れて入所するケースが多いため、その人が長年にわたって育んできた人間関係などが断たれ、高齢者にとって最も大切な生活の継続性が絶たれてしまう場合が多い。
 また、現在の施設では、個室に入っている人はまだ少なく、4人部屋等に入っている人が多い。そして、他人と一緒に起床・就寝、食事、入浴、レクリエーション等、施設の決めた日課に沿って集団的に行動して日々が過ぎ、家で暮らしていたときのように自分自身で生活のリズムを決めることは難しい。
 このような生活の中で、入所者は、施設の中で自分の役割、存在意義を見失い、自立への意欲や人生に対する関心を失っていくのではないかと思われる。
 また、痴呆性高齢者の中には、このような環境の下では症状が悪化する場合があるという問題点も指摘されている。

 ○  私たちが目指すべき高齢者介護とは、介護が必要になっても、自宅に住み、家族や親しい人々と共に、不安のない生活を送りたいという高齢者の願いに応えること、施設への入所は最後の選択肢と考え、可能な限り住み慣れた環境の中でそれまでと変わらない生活を続け、最期までその人らしい人生を送ることができるようにすることである。

 ○  さらに、施設に入所した場合でも、施設での生活を限りなく在宅での生活に近いものにし、高齢者の意思、自己決定を最大限尊重したものとするよう、施設におけるケアのあり方を見直していくことが必要である。

(1)在宅で365日・24時間の安心を提供する: 切れ目のない在宅サービスの提供

 (小規模・多機能サービス拠点)
 ○  在宅生活を望む多くの要介護高齢者が、施設への入所を決断せざるを得ないという現実の背景には、在宅では365日・24時間の介護の安心を得ることが極めて困難である、という点がある。
 「家の中で転んで起き上がれなくなっても、誰にも気づかれないのではないか」「夜、急にトイレに行きたくなっても、一人ではトイレに行けない。手助けをしてくれる人もいない」という、何かあっても対応してくれる人がいないことへの不安は大きい。

 ○  この課題を解決するためには、在宅に365日・24時間の安心を届けることのできる新しい在宅介護の仕組みが必要である。本人(や家族)の状態の変化に応じて、様々な介護サービスが、切れ目なく、適時適切に在宅に届けられることが必要である。
 すなわち、日中の通い、一時的な宿泊、緊急時や夜間の訪問サービス、さらには居住するといったサービスが、要介護高齢者(や家族)の必要に応じて提供されることが必要であり、さらに、これらのサービスの提供については本人の継続的な心身の状態の変化をよく把握している同じスタッフにより行われることが望ましい。
 このためには、切れ目のないサービスを一体的・複合的に提供できる拠点(小規模・多機能サービス拠点)が必要となる。

 このような「通う」「泊まる」「訪問を受ける」「住む」というサービスの形態は、現在でも「通所介護」「短期入所」「訪問介護」「グループホーム」等として介護保険のメニューとなっているが、このような複数のサービスを利用するとしても、それぞれ担当するスタッフは別々であり、利用者にとっては(特に痴呆の場合)混乱をきたす。スタッフの側も、利用者の心身の状態の短期的な変化や、中長期にわたって軽度から徐々に重度化していく過程を把握することは難しい。

 ○  さらに、こうした一連のサービスは、安心をいつも身近に感じられ、また、即時対応が可能となるよう、利用者の生活圏域(例えば中学校区あるいは小学校区ごと)の中で完結する形で提供されることが必要である。そのためには、小規模・多機能サービス拠点は、利用者の生活圏域ごとに整備されていることが必要になる。

 地域密着型の在宅サービスを実践する試みとして、宅老所と呼ばれる取組がある。宅老所には小規模・多機能サービスを実践しているものも多くあり、それらの中には、医療サービスなど地域の他のサービス資源を活用しながらターミナルケアまで実践しているところもある。
 このような在宅での生活を支える小規模・多機能サービス拠点の発展可能性・地域のケアネットワークの中での位置付け等について、さらなる研究が必要である。

 高齢者の生活圏域で必要なサービスを完結させるという観点は非常に重要であり、後述する地域ケアの確立を考える上でも、地域の様々なサービス資源を高齢者の生活圏域を単位に整備し、結び付け、その中で(施設サービスまで視野に入れて)必要なサービスが切れ目なく提供できる体制を実現していくという視点が必要である。
 市町村の策定する介護保険事業計画においても、単にサービスの数量的整備目標を掲げるだけでなく、「サービス圏域」という概念を導入し、それぞれの圏域単位で必要なサービスの提供が完結するようなきめの細かい取組を進めることが望ましい。

(2)新しい「住まい」: 自宅、施設以外の多様な「住まい方」の実現

 (住み替えという選択肢)
 ○  要介護状態になった時に自宅での生活の継続を困難にするもう一つの要因は、「住まい」である。
 家屋の構造が要介護者の生活に適さず、自宅に住み続けることが物理的に困難である場合や、一人暮らしである等の理由から日常生活の面などで自宅での生活に困難や不安のある高齢者の場合、適切な介護サービスを利用することができたとしても、そうした自宅での生活を続けることは困難である。

 ○  このため、例えば、バリアフリー、緊急通報装置などハードウエアの機能を備え、同時に生活支援や入居者の状態に応じた介護ニーズへの対応などのソフトウエアの機能も備えた、高齢者が安心して住める「住まい」を用意し、自宅で介護を受けることが困難な高齢者に対して、住み替えという選択肢を用意することは、重要な課題である。

 このような新しい「住まい」に求められる要件として、以下のようなものが想定される。
 バリアフリーの構造を備えている。
 緊急通報装置等が各部屋に設置されている。
 日常的な安否確認や生活上の相談に応じるサービスがある。
 入居者に対して必要なケアマネジメントを迅速に提供できる体制が整っている。
 住まいに介護サービスが附帯しているか、又は外部の事業者と提携していることにより、入居者が介護を必要とする時には365日・24時間いつでも迅速に介護サービスを提供できる体制が整えられている。

 ○  このような新しい「住まい」への住み替えの形としては、大きく分けて
 (1)  例えば、高齢の夫婦や一人暮らしの高齢者が、要介護状態になる前の段階で、将来要介護状態になっても再度の住み替えをしなくても済むように、必要になったら介護サービスが提供されることが約束されている「住まい」に早めに住み替えを行うという場合と、
 (2)  要介護状態になってから「自宅」同様の生活を送ることのできる介護サービス付きの「住まい」に移り住む場合
が考えられる。

 (早めの住み替え)
 ○  前者の「早めの住み替え」に対応するものとしては、現行制度では高齢者向け優良賃貸住宅やシルバーハウジング等の高齢者向け住宅、有料老人ホームなどが該当する。これらの住宅では、バリアフリー仕様や緊急通報装置、LSA(ライフサポートアドバイザー:生活援助員)の配置といった、日常生活上の安心を得るための仕組みが備えられており、介護サービスについては必要に応じて外部の在宅サービスを利用するという形態が一般的である。
 今後、高齢単身世帯、特に女性の単身高齢世帯や高齢夫婦のみ世帯が増加していくことを考えると、このようなタイプの住宅へのニーズは増大していくものと考えられ、上記以外にも様々な形の「高齢者向け住宅」を積極的に整備していくことが必要である。

 ○  さらに、「早めの住み替え」の目的は、最期まで住み替えた先の住宅に住み続けることであり、これらの住宅に、いざという時に必要な介護サービスが適時適切に提供されるようにすることは非常に重要である。
 これらの住宅に住む人に対する介護サービスの提供の方法には様々なやり方があり、住宅自体に介護サービス提供機能を付帯させる方法もあるし、(1)で述べたような小規模・多機能サービス拠点を併設したり、外部の介護サービスと提携する方法もある。
 いずれにしても、要は「365日・24時間の安心」が確保できるような介護サービス提供体制が用意されていることが重要である。

 (要介護になってからの住み替え)
 ○  また、要介護になってからの住み替えについては、現在の介護保険制度では、痴呆性高齢者グループホームや特定施設が用意されている。
 これらの類型は、いずれも自宅から住み替えて介護を受けながら生活するというものであり、住居サービスと介護サービスとが一体的に提供されているが、施設自体は「住まい」として位置付けられ、介護サービスは「在宅サービス」とされている。
 したがって、住居費用や食費を含めた日常生活に係る費用は入居者が自分で負担し、介護保険制度は介護費用部分をカバーしている。

 ○  現在、この特定施設の対象となるのは、一定の要件を備えた介護付有料老人ホームとケアハウスのみである。
 しかしながら、早めの住み替えを行う場合であっても、要介護状態になってから住み替えを行う場合であっても、高齢者の求める「安心」を実現するためには、これらの「住まい」にきちんとした介護サービスが提供されることが重要なのであり、現在の特定施設の仕組みを積極的に活用し、「住まい」の形や介護サービス提供形態の多様化を図ることにより、様々な形の「住まい」に対しても、特定施設のような形で介護サービスを提供していく仕組みを考えていくべきである。

 (社会資本としての住まい)
 ○  このような新しい「住まい」のあり方を検討する際には、ケアの受け皿として、また、人間の尊厳が保持できる生活空間として、最低限求められる水準が確保されていることが必要である。劣悪な住環境、仕切り一つの個室まがいの空間では、尊厳ある生活を送ることは困難である。
 例えば、最低居住水準の考え方などを参考に、あるべき住まいの水準を示していく必要がある。

 最低居住水準とは、第8期住宅建設5箇年計画で示されている、健康で文化的な住生活の基礎として必要不可欠な住宅の水準のことである。例えば、中高齢単身世帯では住戸専用面積で一人当たり25平方メートルとなっている。

 ○  北欧等早くから福祉に取り組んできた国では、「福祉は住宅に始まり住宅に終わる」と言われているという。
 これまでわが国では、福祉サービスの視点から住宅を考えるという視点は必ずしも意識されてこなかったが、これからの高齢社会では、このような新しい「住まい」を含め、「住まい」を必要な社会資本として整備していくことが望まれる。

 「介護を受けながら住み続ける住まい」という観点では、新たな住まいを整備するだけでなく、既存の住宅資源を活用するということも重要である。
 現在でも、民家改造型のデイサービスセンターやグループホームがあり、高齢者にとってなじみのある過ごしやすい住空間として、特に痴呆性高齢者のケアの面では非常に効果的であるとされている。施設が行うサテライトケアについては後述するが、その場所としても古い民家を改造して利用するケースは多くあり、「生活の継続性を確保しつつケアを受けながら住み続ける場所」としての既存の民家の持つ力は大きい。
 また、空き家を活用して地域の高齢者の集いの場とすることは、地域を活性化し、空洞化の防止につながるという利点もある。
 さらに、新たな住宅や施設の整備には多額の費用が必要であることを考えれば、財政的な観点から見ても、既存資源である民家の活用は非常に重要である。

(3)高齢者の在宅生活を支える施設の新たな役割: 施設機能の地域展開、ユニットケアの普及、施設機能の再整理

 (施設機能の地域展開―施設の安心機能を地域に広げる)
 ○  24時間介護スタッフが常駐し、緊急時にも対応できるという、365日・24時間の安心を提供する施設機能は、在宅の高齢者にとっても有用な資源である。特別養護老人ホームは、これまでも、通所介護事業所や在宅介護支援センターを併設したり、地域交流スペースを設けて介護教室を開催したりするなど、その機能を入所者以外の人々にも提供してきた。
 また、ボランティアの受入れなどを通じて施設を地域に開放し、入所者と地域住民との交流を図っているところもある。

 ○  今後は、こうした取組を広げるとともに、さらに一歩進んで、施設の人的・物的資源を地域に展開し、在宅サービスの拠点を施設外に設けて地域の高齢者を支援すること、例えば、サテライト方式により、各地に通所介護の拠点を設け、積極的にその機能を高齢者にとって身近な地域で提供することが求められる。

 サテライト方式とは、地域の公民館や民家などを施設が借り上げ、施設職員がそこに出向いてサービスを提供する方式であり、一種の出張(出前)サービスである。

 ○  将来的には、このようなサテライト方式の通所介護拠点を強化し、利用者のニーズに応じて訪問機能や宿泊機能、さらには居住機能も備えることが考えられる。これにより、特別養護老人ホームが、その持てる機能を地域に展開し、小規模・多機能サービス拠点を各地に普及させていくことになる。

 ○  こうした拠点を整備することにより、在宅の要介護高齢者も、施設のバックアップを受けた在宅サービスを利用できるようになる。さらに、施設に入所することになっても、地域での在宅サービスの利用を経ての入所となるので、これまで利用してきた在宅サービスとの連続性、入所前の地域とのつながりを維持した状態で生活を継続することができる。

 ○  施設の問題点は、入所により、これまでの生活の継続を犠牲にせざるを得ない(介護を受けるために生活を犠牲にしなければならない)という点にあることは既に述べたとおりである。
 とするならば、様々な事情から施設入所を選択せざるを得ない場合でも、可能な限り高齢者の生活の継続性が維持されるよう、在宅サービス利用から施設入所に至る過程を通じて、生活の連続性とケアの連続性が確保されているようにすることが非常に重要であり、施設機能のバックアップを受けた地域の小規模・多機能サービス拠点は、在宅での生活と施設での生活との間に断絶が生じないよう、その隙間を埋める仕組みとして大きな役割を果たすことが期待できる。

 (ユニットケアの普及―施設において個別ケアを実現する)
 ○  施設は、常時の見守りと、必要に応じた臨機応変の介護を提供することによって、入所者に365日・24時間の安心を提供してきた。しかしながら、多くの要介護高齢者を一堂に集めて処遇するという施設の性格上、入所者には集団生活の中でケアを提供せざるを得ない面があったことは否定できない。
 入所者の尊厳ある生活を保障するという意味でも、施設には今まで以上に入所者の生活環境を重視し、外の社会とのかかわりを保つことができるようにするための取組が求められている。
 すなわち、入所者一人一人の個性と生活のリズムを尊重した介護(個別ケア)を行うということである。

 ○  個別ケアを実現するための手法として、特別養護老人ホームでは、「ユニットケア」を導入する施設が増えつつあり、そうした特別養護老人ホーム(小規模生活単位型)が制度化されたところである。また、老人保健施設や介護療養型医療施設でも、ユニットケアを自主的に実施する施設が現れてきている。

 ○  ユニットケアは、集団処遇に疑問を持った施設職員や、痴呆性高齢者グループホームが痴呆性高齢者ケアに効果を発揮している状況を見た施設職員が、施設での試みとして、入所者をいくつかの小グループごとに分けて個別にケアを行うことにより産み出したものとされる。

 ○  ユニットケアは、在宅に近い居住環境で、入居者一人一人の個性や生活のリズムに沿い、また、他人との人間関係を築きながら日常生活を営めるように介護を行う手法である。その実現のためには、個性や生活のリズムを保つための個室と、他の入居者との人間関係を築くための共同生活室というハードウエアが必要であり、同時に、小グループごとに配置されたスタッフによる一人一人の個性や生活のリズムに沿ったケアの提供(生活単位と介護単位の一致)というソフトウエアが必要となる。
 ユニットケアとは、ソフトウエアとハードウエアが相俟って効果を発揮するものであり、そのどちらが欠けても効果的なケアを行うことは難しい。

 ○  国は、特別養護老人ホームについてはユニットケア型の施設整備を原則としている。
 現時点では、既存の特別養護老人ホームのほとんどは従来型のハードウエアであるが、これらの施設においても、ハード面での制約がある中で、ソフト面でのさまざまな工夫によってこれを補い、個別ケアを実現しようとする努力が数多く行われている。このような動きについても積極的な支援が行われるべきである。

 諸外国においても、施設のあり方については、できるだけ在宅に近い生活環境としていくことを目指していく方向にある。例えば、オランダにおいては、大規模施設の中で入居者を小グループに分け、それぞれのライフスタイルに応じたケアを行う取組が近年広がりつつある。
 また、ケア付きの高齢者住宅を、在宅と施設の中間に位置するものとして展開している国も多い。

 
【補論2】 ユニットケアについて

 ○  例えば、既存の特別養護老人ホームにおいてユニットケアを導入するための改修を行う場合に、1ユニット分の定員を本体建物から減らし、その1ユニットはサテライト型の入所施設として街の中に整備して、これに通所介護、訪問介護等の機能を付加することにより、施設の一部を(1)で述べた小規模・多機能サービス拠点とすることも考えられる。
 その場合は、小規模・多機能サービス拠点の普及を推進していく観点から、このような多機能化されたサテライト型施設の入所部門を本体施設と共に1つの施設として運営することが可能となるよう制度面でも検討を行うべきである。
 ユニットケア型への改修の際、施設によっては、敷地面積の制約等のために定員を減らさなければならないケースもあると考えられる。この方法はそうした問題点を解決する方策としても有効である。

 いくつかの実践例が示唆するように、ユニットケアは、施設機能を外部に展開していくきっかけとなりうる。例えば、民家を借り、日中、入居者をユニットごとそこへ送迎し、住民との交流を図りながらケアを行うという取組を行っている事例(逆デイサービス)や、施設全体をユニット化し、将来的にはユニットごとに外へ分散していこうという構想を持つ施設がある。

 (介護保険3施設の機能の再整理―共通の課題とそれぞれの役割)
 ○  介護保険制度においては、特別養護老人ホーム、老人保健施設及び介護療養型医療施設が介護保険施設として位置付けられている。
 特別養護老人ホームは、1963(昭和38)年に制定された老人福祉法を根拠とする介護施設であり、この40年間で約5,000施設、定員34万人分が整備されてきている。老人保健施設は、1987(昭和62)年に老人保健法で規定された施設であり、病院から家庭に復帰を促進する中間施設として構想・制度化され、今日まで約3,000施設、26万人分が整備されている。わが国の高齢者介護の歴史を振り返ると、高齢者向けの介護施設の整備が進んでいないこともあって、要介護高齢者が医療機関への入院によって対応されてきた。いわゆる老人病院は1980年代以降、様々な変遷を経て、その一部が介護療養型医療施設として介護保険に移行してきた。現在、病床数は、約14万床となっている。

 ○  介護保険制度施行後3年の間に、特別養護老人ホーム、老人保健施設、介護療養型医療施設の入所者の平均要介護度は、徐々にではあるが確実に上昇してきている。介護保険制度は在宅重視の考え方に立っており、今後とも在宅ケアの充実が進むことが考えられることから、施設入所者の重度化は引き続き進行していくと考えられる。

 ○  今後の介護保険3施設に共通する機能・役割を考えると、前述の施設機能の地域展開/在宅支援・連携機能の強化、個別ケアの推進という2点に加え、より重度の要介護者を受け入れ、これらの人々に適切なケアを提供する、という機能がますます重要になっていくものと考えられる。

 ○  このような重度の要介護者への対応という機能を果たしていくためには、ターミナルケアへの対応も視野に入れながら、施設職員の専門性や質の向上、職員の能力や経験年数に応じた体系的な研修の実施、ケアの提供体制の強化といった取組が求められる。

 ○  他方、3施設それぞれの機能分担についてはかねてより議論があり、それぞれの果たすべき機能と実態とが合っていないのではないかとの指摘もなされている。

 ○  3施設の担うべき機能としては、大きく、(1)日常生活の中で、自立した生活を支援する機能、(2)在宅生活への復帰を目指してリハビリテーションを行う機能、(3)長期にわたる療養の必要性が高い重度の要介護者に対してケアを行う機能がある。前記のような共通の課題を踏まえつつ、3施設が、それぞれの機能を生かしてどのようなサービスを行っていくのかということが、今後の検討課題である。

 ○  特別養護老人ホームにおいては、既にユニットケアが制度化されており、一人一人の個性や心身の状態に対応した生活支援を行う施設と位置付けることができる。

 生活を支援するということは、その人が入所前に営んできた生活を、入所後も同様に営めるような環境を作るということであり、潜在機能の活用が、その基本となる。それによって、その人が自分の存在意義や役割を認識しながら、意欲を持って生活することが可能になる。
 過剰な介助の積み重ねは、人の潜在機能を急速に衰えさせることに注意しなければならない。一人一人の潜在機能を活用することが肝要であり、時間をかければ自分で食事をとることができる人に対し、職員が食べ物すべてを口まで運んで食べさせることは、施設側から見れば短時間で食事を終えることができ、効率的だと考えられるかもしれないが、食べさせられる人にとっては、まだ動く手を動かす機会が奪われることになる。

 ○  老人保健施設は、本来、リハビリテーションを行い、在宅復帰を目指す施設としての役割を担っている。
 しかし、老人保健施設を退所する人のうち、自宅に復帰する人は41%であり、56%が、特別養護老人ホーム・他の老人保健施設・医療機関等の施設へ移っている。(平成13年介護サービス施設・事業所調査)
 そのため、老人保健施設には在宅復帰を支援する機能を一層果たしていくことが求められ、例えば、リハビリテーション機能や在宅復帰を支援する機能を適切に評価する仕組み(在宅復帰率など)を導入することも検討すべきである。

 ○  介護療養型医療施設は、医療ニーズの高い要介護者を受け入れる施設であり、介護保険の導入によって医療保険から介護保険へ移管されたものである。
 介護療養型医療施設は、他の介護保険施設と比較して重介護・重医療の高齢者を対象としており、ケアの方法は他の施設とは異なるものであるが、在院患者の平均入院期間は、長期間にわたっており、介護が、一人一人のこれまでの生活の継続を重要な要素とすることを踏まえると、介護療養型医療施設においても、療養環境の一層の向上を進めることが求められる。(図表19

 老人保健施設、介護療養型医療施設についても、生活環境、療養環境の改善は目指すべき方向であり、実際にユニットケアを導入している事例もある。

 (施設における負担の見直し)
 ○  また、施設に関しては、在宅との負担の均衡をどのように図っていくかという課題もある。

 ○  特別養護老人ホームの入所申込者が多いことには様々な要因があるが、介護保険制度の施行によって入所の仕組みが変わり、市町村の入所判定を要することなく、各施設に直接自由に申し込めるようになり、複数の施設への申込み、すぐには入所の必要がない予約的申込みといった実態が生じていることのほか、自己負担の点で、在宅に比べて割安感のあることも、大きな要因である。
 2.(生活の継続性を維持するための、新しい介護サービス体系)の冒頭で、高齢者が自宅で介護を受けることを望みながらも家を出て施設に入所するという現状があることについて述べたが、その背景には、このような施設の割安感という事情もあると考えられる。

 ○  在宅と施設が、それぞれ互いの長所を取り込み、両者の機能が接近していくと、高齢者にとっては、同じ心身の状態ならば、どこであろうと同じ内容の介護を受けることができるようになる。
 今後の介護保険がそうした方向に進むならば、同じ内容の介護であれば、どこで受けても、低所得者に配慮しながら、利用者負担の考え方も同じとする方向で考えていく必要がある。
 ユニットケアを行う特別養護老人ホームでは、既に、居住費用は自己負担となっている。他の施設についても、在宅との均衡に配慮した見直しを行っていくべきである。


(4)地域包括ケアシステムの確立

 ○  これまで、一人一人が住み慣れた街で最期までその人らしく生きることを保障するための方法として、現在の在宅サービスを複合化・多機能化していくことや、新たな「住まい」の形を用意すること、施設サービスの機能を地域に展開して在宅サービスと施設サービスの隙間を埋めること、施設において個別ケアを実現していくことなどについて述べてきた。
 このようなサービス基盤が整備された際においても、要介護高齢者の生活をできる限り継続して支えるためには、個々の高齢者の状況やその変化に応じて、介護サービスを中核に、医療サービスをはじめとする様々な支援が継続的かつ包括的に提供される仕組みが必要であることには変わりはない。

 (ケアマネジメントの適切な実施と質の向上)
 ○  これらの支援のうち、介護保険による介護サービスについては、介護支援専門員(ケアマネジャー)が中心となって、高齢者のニーズに合致するよう、高齢者の状態を踏まえた総合的な援助方針の下に必要なサービスを計画的に提供していく仕組み(ケアマネジメント)が、介護保険制度の創設により導入された。

 このケアマネジメントとは、個々の要介護者の心身の状況や置かれている環境や希望に合致したケアを総合的かつ効率的に提供するための仕組みであり、ケアマネジャーが中心となって、以下の手順により実施される。
(1)  要介護高齢者の状況を把握し、生活上の課題を分析(アセスメント)した上で
(2)  総合的な援助方針、目標を設定するとともに、(1)に応じた介護サービス等を組み合わせる(プランニング)。
(3)  (1)及び(2)について、ケアカンファレンス等により支援にかかわる専門職間で検証・調整し、認識を共有した上で(多職種協働)、ケアプランを策定し、
(4)  ケアプランに基づくサービスを実施するとともに、継続的にそれぞれのサービスの実施状況や要介護高齢者の状況の変化等を把握(モニタリング)し、ケアの内容等の再評価・改善を図る。

 ○  しかしながら、制度施行後の状況を見れば、このケアマネジメントが必ずしも十分にその効果を発揮していない。十分な効果を得るためには、ケアマネジメントの各過程が着実に実施されることが最低限の条件であるが、ケアマネジャーの中には、これらの過程を適切に実施していない者も少なくなく、高齢者のニーズに合致しないサービスが提供されている事例も見受けられる。

 ○  利用者・家族がケアマネジメントの策定過程(プロセス)に参加することが重要であり、制度的にもケアプラン策定には利用者の合意が必要である。ケアカンファレンスはケアプランに対する利用者・家族への説明と合意の場として極めて重要なものであるが、ケアマネジメントが十分に行われていない現状では、ケアマネジメントに対する利用者・家族の理解は必ずしも十分とは言えない。

 例えば、アセスメントを十分に実施せず、高齢者の希望のみを聴取してサービスを組み立てる傾向(いわゆる「御用聞きケアマネ」)、ケアカンファレンスを実施せず、サービス担当者がケアの総合的な方針の統一認識等がないまま各サービスが提供されている傾向、サービス提供期間中のモニタリングを実施せず、漫然とサービス利用を続けさせていく傾向も見られる。
 また、特に初回時のケアマネジメント(アセスメント)は極めて重要であり、この段階で適切かつ十分なアセスメントが行われないと、それ以降のプロセス全体がうまく機能せず、利用者の心身状態に合致したケアを提供することができない。

 ○  現在このような状況にあるケアマネジメントを立て直すには、ケアマネジャー自身の資質の向上とともに、
(1)  ケアマネジメントに必要なプロセスが確実に実施されるための標準化
(2)  介護以外に生活上の問題を抱える高齢者のケースや困難事例への支援など、ケアマネジャーが本来果たすべき機能を十分発揮できる環境整備
(3)  ケアマネジャーの中立・公正の確保
を進めていくことが必要である。

 ○  さらに、要介護高齢者の生活を支えるという観点からは、在宅サービスの調整のみならず、在宅サービス利用から施設入所にいたる過程でのサービスの連続性の確保、施設からの退所・退院者への在宅サービスの切れ目ない提供確保など、高齢者の状態の変化に対応して様々なサービスを継続的・包括的に提供していくことが必要であり、また、例えば在宅での終末期を尊厳を持って送ることができるためには、適切なケアとともに、疼痛緩和など適切な在宅医療・看護による支援が不可欠である。地域において、施設・在宅全体を通じたケアマネジメントを適切に行うことが必要である。

 (様々なサービスのコーディネート)
 ○  介護保険の介護サービスやケアマネジメントが適切に行われたとしても、それのみでは、高齢者の生活を支えきれるものではない。
 高齢者の中には、介護が必要な状態であることに加え、医療が必要であるケース、高齢夫婦二人暮らしで介護をしている人に精神的負担が大きくかかっているケース、目が不自由である等の身体障害を併せ持っているケース、家族との関係に問題を抱えているケースなど、様々な社会的支援を必要とする人も多い。

 ○  このような場合は、ケアマネジャーだけで問題を解決しようとしても難しいことがある。かかりつけ医から情報を得たり、民生委員に依頼し、家族と接触して悩みや苦労を聞いてもらい、家族の精神的負担を軽減したり、身体障害者福祉センターの相談員と共に訪問して日常生活上のニーズを把握したり、保健所の保健師の協力で精神面でのケアを行ったり、といったように、専門機関や近隣住民と連携して、介護の周辺にある問題を解決することが必要になる。

 ○  例えば、入院患者の退院に際して、入院先の医療機関、かかりつけ医、ケアマネジャー、訪問看護ステーション、ホームヘルパー、ソーシャルワーカー等が会議を開き、現在の身体の状態、家庭の状況について情報を共有し、退院後の在宅でのケアについて話し合っておくことにより、日常生活への復帰を円滑に支援することができる。
 退院支援と長期フォローアップ、急性期病院から地域の受け皿へ返すための地域における受け皿づくり・支援体制のシステム化を急ぐ必要がある。

 ○  また、介護サービスの利用を誰に相談してよいのか分からない、という住民もいるであろう。
 自治体の中には、薬局・薬店等の協力を得て「まちかど介護相談所」といった看板を掲げ、客からの介護相談を受ける体制を整えているところがある。こうした自治体では、店に介護保険サービス・介護保険以外のサービスのリーフレットや市内の事業者一覧等の資料を備え付け、協力店に対して、市内の各種サービスの内容・利用手続きに関する説明会を開くなどしている。

 ○  そのほか、例えば高齢夫婦二人暮らしで夫が要介護状態であり、妻が介護を行っている世帯であって、夫は妻以外の人から介護を受けることを拒み、妻も夫の介護は自分がすべきものだと思っているようなケースでは、ケアマネジャーが関わろうとしても全く受け入れてもらえないことがある。
 このような場合、例えば、妻が親しくしている近隣住民に依頼して、その人と一緒に訪問してみる。そして、日々の介護の苦労や悩み事を聞いた上で、まずは月1回の通所介護の利用を勧めることから始め、徐々に利用回数を増やしていく、といった方法が採られる。
 こうしたケースでは、介護サービスを利用し始めてからも、近隣住民による訪問を継続し、妻の精神的負担を軽減させる努力を続ける必要がある。

 ○  このように、介護以外の問題にも対処しながら、介護サービスを提供するには、介護保険のサービスを中核としつつ、保健・福祉・医療の専門職相互の連携、さらにはボランティアなどの住民活動も含めた連携によって、地域の様々な資源を統合した包括的なケア(地域包括ケア)を提供することが必要である。

 ○  地域包括ケアが有効に機能するためには、各種のサービスや住民が連携してケアを提供するよう、関係者の連絡調整を行い、サービスのコーディネートを行う、在宅介護支援センター等の機関が必要となる。

 在宅介護支援センターは1990(平成2)年に制度が開始され、社会福祉士や介護福祉士といった福祉関係職種と、看護師や保健師といった保健医療関係職種とが配置され、生活上の支援を望む高齢者に対して総合的な相談対応などを行うことにより、わが国におけるケアマネジメントの先駆的役割を果たしてきた。
 この十数年の間に箇所数も増え、現在までに約8300箇所が整備されている。しかし、介護保険制度の施行に伴い、その多くが居宅介護支援事業所を併設して自ら介護保険サービスのケアマネジメントを行うようになったことから、居宅介護支援事業所との役割分担が不明確になっているなど厳しい指摘も多い。
 在宅介護支援センターが地域包括ケアのコーディネートを担うためには、その役割を再検討し、機能を強化していく必要がある。

 ○  また、重度の慢性疾患があって同時に要介護度も高いといった重医療・重介護の高齢者の場合であっても、医療を含めた多職種連携による地域包括ケアが提供され、365日・24時間の安心が提供できているような地域であれば、かかりつけ医による訪問診療、訪問看護、訪問介護、ショートステイなどの医療保険・介護保険によるサービスを組み合わせることによって、ターミナルケアが必要な状態に至るまで在宅での生活を支えることが可能になる。
 なお、高齢者介護における口腔ケアについては、介護関係者からは必ずしも重視されてこなかったが、低栄養、転倒、誤嚥性肺炎の予防にも有効であり、地域包括ケアの観点からも留意すべきである。また、高齢者の食生活の改善という観点からは、長期栄養管理という視点でのアプローチも重要である。

3.新しいケアモデルの確立:痴呆性高齢者ケア

 ○  「身体上又は精神上の障害」により要介護状態にある高齢者がその有する能力に応じ自立した日常生活を行うことができるようにすることが高齢者介護の目的であるが、現状においては、精神上の障害による要介護状態についての取組は、遅れていると言わざるを得ない。具体的には、痴呆性高齢者のケアの確立が問題であり、この分野の取組を推進することは、高齢者のケアモデル全体を新たな次元へと進展させることに他ならない。

 ○  先にも述べたとおり、要介護認定のデータに基づけば、要介護高齢者のほぼ半数は痴呆の影響が認められ(痴呆性老人自立度がII以上)、施設の入所者については8割が痴呆の影響が認められる(詳細は補論を参照)。このように、要介護高齢者の相当部分が痴呆性高齢者であり、これからの高齢者介護を考えていく上で、痴呆性高齢者対応が行われていない施策は、施策としての存在意義が大きく損なわれていると言わざるを得ない。

 (痴呆性高齢者を取り巻く状況)
 ○  介護サービスの利用が可能であっても、痴呆性高齢者が地域の一員として生活を送ることは、現状においては、次のような事情から容易ではない。
(1)  介護保険、特にケアマネジメントの導入により、身体機能の障害に対するケアは、移動、食事、入浴などの身体介助としてある程度体系だった対応ができつつあるが、痴呆については、系統的・組織的なケアへの挑戦がようやくグループホームという形で始まったところであり、施設・在宅を通じた介護の現場で広く展開するには至っていない。むしろ、先進的な事業所と取組が遅れている事業所の格差が広がりつつある。
(2)  本人が周囲を正しく認知できないことにより、不安や混乱を来してしまい、家族等との人間関係を保つことが困難なことが少なくない。このため、適切なサービスの活用が進みにくいという特徴がある。また、行動障害や身体合併症のために、介護サービスの利用を断られる場合すらある。
(3)  高齢者の家族の痴呆に関する知識と理解は十分とは言えず、徘徊など何らかの行動障害が生じるなど、相当重度になるまで治療や介護の必要性に気づかない、あるいは目をそむけたり、放置してしまいがちである。高齢者が元気であった時期を知る家族にとっては、軽度の段階ほど、痴呆の状態を受け入れることは精神的に負担である。
(4)  専門職も含め、地域の人々の痴呆に対する認識が十分に浸透しておらず、本人や家族を支えきれていない。そればかりか、無理解に基づく言葉や対応が、本人や介護家族にダメージを与え、状態や関係増悪の一因となってしまう事態もしばしば起きている。

 (痴呆性高齢者の特性とケアの基本)
 ○  痴呆性高齢者は、記憶障害が進行していく一方で、感情やプライドは残存しているため、外界に対して強い不安を抱くと同時に、周りの対応によっては、焦燥感、喪失感、怒り等を覚えることもある。徘徊、せん妄、攻撃的言動など痴呆の行動障害の多くは、こうした不安、失望、怒り等から惹き起こされるものであり、また、自分の人格が周囲から認められなくなっていくという最もつらい思いをしているのは、本人自身である。こうしたことを踏まえれば、むしろ痴呆性高齢者こそ、本人なりの生活の仕方や潜在する力を周囲が大切にし、その人の人格を尊重してその人らしさを支えることが必要であり、「尊厳の保持」をケアの基本としなければならない。

 ○  痴呆性高齢者ケアは、高齢者のそれまでの生活や個性を尊重しつつ、高齢者自身のペースでゆったりと安心して過ごしながら、心身の力を最大限に発揮した充実した暮らしを送ってもらうことができるよう、生活そのものをケアとして組み立てていくものである。いわゆるリロケーションダメージ(転院などで生活の場が変わることによる悪影響)など環境の変化に適応することがことさら難しい痴呆性高齢者に配慮し、生活の継続性が尊重されるよう、日常の生活圏域を基本とした介護サービスの体系整備を進める必要がある。さらに、痴呆の症状や進行の状況に対応できる個別の介護サービスのあり方や安心感を与えるような周囲のかかわり方を明らかにして、本人の不安を取り除き、生活の安定と家族の負担の軽減を図っていかなければならない。

 (痴呆性高齢者ケアの普遍化)
 ○  コミュニケーションが困難で、環境の影響を受けやすい痴呆性高齢者のケアにおいては、環境を重視しながら、徹底して本人主体のアプローチを追及することが求められる。このことは、本来、痴呆性高齢者のみならず、すべての高齢者のケアに通じるものである。痴呆性高齢者グループホームが近年実践してきている、「小規模な居住空間、なじみの人間関係、家庭的な雰囲気の中で、住み慣れた地域での生活を継続しながら、一人一人の生活のあり方を支援していく」という方法論は、グループホーム以外でも展開されるべきである。

 ○  要介護高齢者の中で、今後、痴呆性高齢者がますます多数を占めることも合わせて考えれば、これからの高齢者介護においては、身体ケアのみではなく、痴呆性高齢者に対応したケアを標準として位置付けていくことが必要である。

 ○  2.(生活の継続性を維持するための、新しい介護サービス体系)で述べた「小規模・多機能サービス拠点」、「施設機能の地域展開」、「ユニットケアの普及」といった動きは、まさに痴呆性高齢者に対応したケアを求めるという観点から産み出されてきた方法論であり、これらの方策の前進がさらに求められるゆえんは、このように痴呆性高齢者対応のケアの確立が必要であるからである。

 ○  また、介護サービスを担うすべての事業者及びその従事者に対し、研修等を通じて痴呆に関する十分な知識と理解の習得を促し、専門性と資質の確保・向上を図ることが必要である。

 (地域での早期発見、支援の仕組み)
 ○  今後の痴呆性高齢者ケアにおいて、強調されるべきもう一つの事項は、早期発見の重要性である。痴呆を早期に発見し、適切な診断とサービスの利用により早期に対応することができれば、徘徊等の行動障害の緩和が可能な場合が多く、在宅での生活をより長く続けることが可能である。

 ○  しかしながら、現状においては、痴呆性高齢者が自分から進んで医療機関を受診したり、サービス利用を申請したりすることは極めてまれであり、周囲がその症状を発見することにより、初めてサービス利用につながる。特に独居高齢者を考えた場合には、地域での早期発見と専門家に気軽に相談しやすい体制が重要となる。そのためには、かかりつけ医等専門職が痴呆に関する知識を有していることはもちろん、地域の住民全体に痴呆に関する正しい知識と理解が浸透し、住民が「痴呆は何も特別なことではない」という意識で痴呆性高齢者と家族を支える存在となることができることが必要である。

 ○  さらに、痴呆性高齢者に対するケアが必要となった場合の地域の関係者のネットワークによる支援と連携の仕組みを整備することで、本人や家族の地域生活における安心を高めていくことが必要である。なお、痴呆性高齢者については、ケアの問題以外にも経済的被害などの権利侵害を受けやすいということが指摘される。地域での生活の支援に関連して、こうした問題についても議論が必要である。
 
【補論3】 痴呆性高齢者ケアについて

4.サービスの質の確保と向上

 (高齢者による選択)
 ○  介護保険の施行で介護サービスの利用が「措置」から「契約」になった。このことは、高齢者が自分自身の生活を自ら組み立てていく一環として、介護サービスについても、自分自身に適したものを自ら選択・決定することを意味する。
 今後高齢期を迎えるいわゆる団塊の世代以降の高齢者にとっては、このような仕組みは自然なものであり、むしろ当然のものとして受け止められるであろう。

 ○  措置から契約への転換に合わせて、介護保険制度ではサービス提供主体のあり方についても大きな変化があった。特に在宅サービスについては原則として主体規制が撤廃され、人員要件等一定の基準をクリアすれば民間事業者やNPO法人でも介護サービスを行うことが出来ることとし、市場における公正な競争の下、利用者の選択によってサービスが提供される仕組みとした。

 ○  このような仕組みの下では、事業者間の競争を通じてより良いサービスが選択され、全体として介護サービスの質が高まることが期待されるが、このような「サービスの質による競争」が正常に機能するためには、何よりもまず利用者において適切な選択が行われることが前提であり、そのためには、利用者が適切な選択・決定をする際に必要かつ十分な情報がなければならない。

 ○  「自分自身の状態に関する客観的な情報」を利用者本人が把握できるようするとともに、地域における介護サービスの内容に関する客観的で適切な情報が利用者本人に提供されることが必要である。

 (サービスに関する情報と評価)
 ○  しかしながら、現在、介護サービスの質を示す「自立支援の効果」については、未だ評価を行う具体的な尺度は研究段階にあることから、サービスの質に関する客観的な情報は十分提供されているとは言い難い状況にある。

 ○  質に関する情報が不足している状況では、利用者が適切な選択を行うことは難しい。また事業者にとっても自らのサービスの質の水準が認識できないこととなり、利用者の選択による質の競争や事業者自身の質の向上のための自己努力が十分になされないのではないかと考えられる。

 ○  このような状況を踏まえれば、介護サービスによる自立支援の効果の評価(アウトカム評価)の手法の確立等を行い、評価結果を利用者に開示することにより、質の高いサービスを提供する事業者が選択され、事業者自身にも質の改善を促していく仕組みの構築が求められる。具体的には、現在、痴呆性高齢者グループホームについて実施しているような外部評価の仕組みを他のサービスにも早期に導入することが必要である。なお、評価を受けたかどうか、また、評価結果を公表するかどうかも利用者がサービスを選択する際の判断材料になるものである。

 (サービスの選択等の支援)
 ○  介護保険制度においては、利用者が自らサービスやその内容を選択することが前提となっているが、現状では、これらの選択に際して、高齢者本人ではなく、同居の家族が相当の支援、代行をしているケースが少なくない。サービスやその内容の選択と決定に当たって、利用者の意思が正確に反映されることが必要であるが、今後は、高齢者のみの世帯、独居の高齢者が増えていくことが考えられ、近親者等による選択・決定の支援すら受けられないケースが増えることに対応していく必要がある。

 ○  利用者のサービスの選択を支え、適切なサービス利用を確保するため、介護保険制度ではケアマネジメントが導入された。ケアマネジメントは、専門的な見地からサービスの調整を行うものであるが、そのサービス選択の支援に当たっては、利用者の立場に立って公正に行われることが必要である。

 ○  また、サービスやその内容に関する意見については、利用者自らが表明することが必要であるが、その個性や周辺の人との関係から表明しにくい状況にある者も少なくないのではないかと考えられる。現在、利用者と事業者の間をつなぐ「介護相談員の派遣」が市町村において実施されているが、特に、今後は、このような利用者の意思・意見を上手に引き出したり、その表明を支援するといった機能につき、地域住民(ボランティア、NPO等)も活用しながら、充実していくことが望まれる。

 これらの取組のほか、自治体等における苦情処理なども重要な役割を果たすこととなる。利用者はサービスの「消費者」でもあることから、自治体等での対応においては、必要に応じてその消費者行政担当部門とも連携を図り、消費者保護制度の活用を含めた適切な対応をとることが重要である。

 ○  さらに、痴呆等により意思決定能力自体が不足する場合が問題となる。現在、成年後見制度など本人の意思決定を補完する仕組みが設けられているが、これらをさらに利用しやすくすることが求められる。特に、これらの仕組みを必要とする高齢者を把握しやすい市町村の取組を充実していくことが重要である。また、成年後見人が手術等の医的侵襲行為について同意ができないことなど制度的な課題についても、さらなる議論が必要とされる。

 (ケアの標準化)
 ○  また、現在の介護サービスの内容については、現場の経験等のみに基づいて提供されているものが少なくなく、「ケアの標準化」が十分なされていない。「ケアの標準化」は、個々の要介護高齢者の状況に的確に応じた効果的なケア(根拠に基づくケア)の提供・選択を可能とするなど、個別ケアを推進していく上で必要なものであり、サービスの全体的な水準の確保・向上に寄与するものである。このような「ケアの標準化」のためにも、高齢者ケアを科学的アプローチにも耐えうる専門領域として確立していくことが求められる。

 例えば、利用者の状態像の評価を適切に行うためのアセスメント手法の開発や、サービス行為の違いによる自立支援の効果の違いを分析・評価していく研究等が求められる。

 (介護サービス事業者の守るべき行動規範)
 ○  前述のように、介護保険制度は、多様な事業者の参入を認め、通常私たちが利用する様々なサービス同様、利用者が介護サービスを選択し、市場(における契約)を通じて購入(利用)することとしている。

 ○  しかしながら、同時に、介護サービスは人間の尊厳や人権に関わるサービスであり、かつ介護保険は高齢者・現役世代・事業主・国・地方公共団体など、様々な主体が保険料や税という形でその財源を重層的に支えている公的社会保障制度である。
 とすれば、このような制度の下で事業活動を行う事業者には、営利・非営利を問わず、自らが参入している介護サービス市場が公的な財源によって賄われる共助のしくみであることから要請される、公益性の高い行動規範の遵守が求められるべきであり、自由の中にも公益性の高い仕組みの一翼を担っているという自覚が求められる。

 ○  要介護高齢者の増大によって、介護サービス市場は今後とも拡大し、民間事業者の果たす役割も増大していく。「公的制度と公的財源によって支えられた市場」である介護サービス市場の特性にふさわしい事業者の行動規範、適切な事業経営のあり方、経営モデルの確立が強く求められる。

 例えば、通常の民間市場であれば、企業の市場への参入・退出は自由であり、より収益性の高い分野を求めて資本を移動させ、非効率な事業部門を廃止したり売却したりすることは企業として当然の行動である。また、事業の一部を分離して分社化・子会社化したり、持ち株会社を設立したり、事業部門全体を売買することもできる。しかしながら、介護サービスの場合、利用者にとっては一定の質の下にサービスが安定的・継続的に提供されることは極めて重要なことであり、事業者側の都合で事業が廃止されたり経営主体が交代すれば、利用者に大きな不利益をもたらす危険がある。例えば、有料老人ホームの入居者にとって、経営主体の交代は、経営方針の変更や事業内容の変更につながる可能性が大きく、ホームでの生活に大きな影響が生じる可能性があるが、現実には利用者の意向とはかかわりなく、ホームの売買が行われている。

 (劣悪なサービスを排除する仕組みの必要性)
 ○  市場における競争が適正に行われ、利用者による選択が十全に機能していれば、利用者が良い事業者を選択し、劣悪な事業者はおのずから淘汰されていく。しかしながら、利用者側にサービスに関する適切な情報がないこと(情報の非対称性)やサービスの提供量の不足などにより、現状では競争による淘汰が十分に行われているとは言い難く、事実、最近の取消事例の増加に見られるように劣悪な事業者による問題事例は跡を絶たない。

 ○  また、そもそも高齢者介護サービスの世界では、利用者は要介護高齢者であり、情報の非対称性、身体的精神的な要因などから、サービス提供者と常に対等な立場で対峙し、サービスを選択していくことが難しい。そのような中で問題のある事業者を放置することは、利用者である高齢者に回復不能のダメージを与えることとなりかねない。 利用者保護の観点から、このような事業者については、市場の競争による淘汰を待つまでもなく、迅速に市場から排除することが必要である。

 ○  現在は、都道府県による指定取消処分があるが、指定取消は介護保険事業に関する処分であって事業の実施それ自体を規制するものではなく(任意(保険外)の事業として実施することは可能であり、そもそも任意で行っている事業については処分の効果は及ばない)、法人そのものや法人の経営者に対する処分ではない。また、保険者である市町村には不正請求の返還命令権限があるが、事業者指定の権限が都道府県にあることから、事業者に対してサービス面に関する関与(規制)を行うことは予定されていない。

 ○  良い事業者を適切に評価しつつ、劣悪なサービス提供を改善させ、問題のある事業者を迅速に市場から排除できるよう、効果的な査察の仕組みを開発するなど、制度的な対応を用意する必要がある。

 (介護サービスを支える人材)
 ○  介護サービスは、基本的には人が人に対して提供するサービスである。従って、介護サービスを支える人材が介護サービスの質を左右する鍵であると言って過言ではない。介護保険施行後、サービスの提供量が増加し、また、ユニットケアの普及などにより介護サービスを担う人材に求められる質の水準も高度化していく傾向にあり、これまで以上に、介護サービスを支える人材の資質の確保・向上は重要な課題である。

 介護サービスの提供に当たる従業者の要件等については、現在、各サービスの指定基準において定められている。しかしながら、その内容は、ほぼ制度施行前のものを引き継いでおり、基本的には最低基準が定められているに過ぎない。また、医療関係職種を除けば、介護サービスの従事者には特段の資格要件や義務的研修は求められていない場合がほとんどで、現任者に対しても任用資格と連動するような体系的研修の仕組みも用意されておらず、総じて任用後の後の継続的な資質向上の道筋や仕組みは構築されていないのが現状である。

 ○  このような状況の下、在宅サービス・施設サービスを問わず、介護サービスの提供に当たる職員については、優秀な人材を確保し、また育成していくことが求められる。このためには、介護現場に高い魅力を持たせること、適時適切な教育研修の体系化とそれを受ける機会の確保、スキル向上の仕組み、従業者としての要件化などを図るべきである。例えば、現場で介護に従事する者が、教育研修の場で学んだ知識を現場での実践に生かし、かつ、現場の実践を理論の発展に生かすことができるような環境の整備も重要である。

 ○  また、人材の育成に当たっては、単に知識が豊富なだけではなく、介護が高齢者を対象とする対人サービスであることからも、人と共感できる豊かな人間性を備え、介護の本質的な理念を体得できるような人材を育てていくように配慮しなければならない。

 (保険の機能と多様なサービス提供)
 ○  介護保険は、高齢者の自立支援のための「ニーズ」に対して標準的な水準のサービスを保障するものであり、介護保険で給付されるサービスがカバーする「高齢者の介護ニーズ」とは、「利用者が主観的に求めるもの」ではなく、要介護認定やケアマネジメントを通じた利用者の状況等に関する専門的評価に基づいた「自立支援に必要なもの」でなければならない。

 ○  他方、今後、個々の高齢者の生活様式や嗜好の多様化などにより、「より手厚い介護」や「より良い居住環境」が希望されたり、「より多様な生活支援サービス」が求められることも多いと考えられる。
 現在でも、特定施設では、利用者の負担により手厚い介護の利用が可能であり、また、手厚い対応を求める利用者に対して保険給付を上回る水準のサービスを提供する事業者も現れている。利用者保護の観点からは、介護保険の対象となるサービスと対象外のサービスとの区分を明確にし、保険外部分についての費用負担等について適切な情報提供がなされることが必要であるが、サービス市場や、ボランティアの助け合いの場の形成など、個人の様々な要求に応えられる環境の整備を進めていくことが求められる。


IV.おわりに

 (持続可能な制度の確立)
 ○  わが国の高齢化は、本報告書が実施期間とした2015年を越えても進展し、これに伴って介護サービスに要する費用も増大していく。
 介護保険制度施行後の3年間で、介護給付費は高齢化の進展を上回る伸び率で急激に増大しており、この傾向が続くならば、将来、国民の保険料負担は、相当程度高い水準になることが避けられない。また、現行の仕組みを前提とすれば、国・地方を通じた厳しい財政状況が続く中で、急増する介護サービスに要する費用が、財政上極めて重い負担となっていくことが強く懸念される。(図表20

 ○  高齢者の尊厳を支える介護を具現化していくためには、介護保険制度を中心とする高齢者介護の仕組みを、給付と負担のバランスが確保された、将来にわたって持続可能なものとしていくことが不可欠である。

 ○  本報告書では、様々な新しい提案を行っているが、もとより、このために介護に係る費用を増大させることを意図するものではない。より高いサービス水準を目指す以上、国民の側に応分の負担が生じることは避けられないが、研究会としては、本報告書の諸提案を実効あるものとし、将来においても若い世代を含めた社会全体が活力あるものとなるよう、介護保険制度により提供されるサービスメニューの見直し・保険給付の重点化等をあわせて検討しつつ、限りある財源・社会資源の最適な配分を行っていくことを強く望むものである。

 ○  また、その際には、介護保険制度が指向する地方分権の考えをさらに進め、全国的な公平性の確保にも配慮しつつ、より効率的な保険運営が行えるよう、地域の実情に応じて保険者が独自性を発揮できる、より柔軟な仕組みを検討することも必要であると考える。

 ○  国においては介護保険制度施行後5年を目途とする制度見直しに向けて検討が開始されたところであり、本研究会としては制度の持続可能性に関わる部分については問題提起にとどめた。将来にわたって持続可能な制度の確立に向け、関係者による検討の場で今後議論が深められ、制度改正の機会において具体化されることを期待したい。

 (あるべき高齢者介護の実現のために)
 ○  本報告書では、2015年までにあるべき高齢者介護を実現することを高い目標として掲げたが、本論で指摘したように、高齢者の自立の支援、尊厳を保持しつつ最期まで暮らしていける社会の構築に向けて、課題は山積している。

 ○  あるべき高齢者介護の実現に向けてケアの在り方の転換等を図っていくために、2015年までに残された時間は少なく、直ちに取り組まなければならない課題も多い。とりわけ、サービスの提供に関わる事項については、ハード面の整備、人材の育成など、早急に着手し、将来を見据えて計画的に取り組んでいくことを求めたい。ゴールドプラン21の終了後の新たなプランの策定に当たっても、本報告書の示すビジョンの趣旨を体して取組を進めていくべきである。

 ○  2015年、さらにはそれ以降を見通した時、わが国の高齢化の進展は、人類社会が初めて経験する未知の領域である。このような超高齢社会における介護の問題は、私たち一人一人にとって人生の最期をどのように迎えるかという生き方に関わる問題であると同時に、福祉、医療、住宅等広範な分野を包摂した社会そのものを私たちがどのように築いていくかという問題でもある。

 ○  それゆえに、あるべき高齢者介護の実現のため、研究会が目指したところは、最終的には、社会全体が、この報告書で示した理念を共有し、そこに暮らす個々人が尊厳を持ってその人らしい生活を送ることができる社会の実現にある。

 ○  本報告書を契機として高齢者介護に関する議論が専門家のみならず国民の間で幅広く進められることを期待するとともに、高齢者介護という社会全体の課題に私たちすべてが当事者として参加していかなければならないことを強調したい。


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