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補論2 ユニットケアについて


1. この補論の趣旨
 本論では、施設において個別ケアを実現するための手段であるユニットケアの趣旨について述べ、また、既存の特別養護老人ホームにおいてユニットケアを導入するための改修を行う場合に1ユニット分の定員を本体建物から減らして、その1ユニットはサテライト型の入所施設として街の中に整備することにより、施設の一部を小規模・多機能サービス拠点とし、人的・物的資源を在宅の高齢者にも提供できることについて述べた。

 このように、ユニットケアは施設機能を地域へ展開させていくきっかけとなりうる。
 とはいえ、まずは施設内でユニットケアを適切に行うことが重要である。「個別ケアを実現するための手段」というユニットケアの本質を理解し、適切に行うことにより、将来ユニットごとに地域へ展開していく際にも、地域の中で一人一人の個性や生活のリズムに沿ったケアを提供することができる。

 しかし、ユニットケアに取り組み始めたばかりの施設では、「施設を仕切ること」「入所者を分けること」で目的を果たしたと考え、実際のケアは従来と変わらず集団的・画一的にケアを行っている事例もあると指摘されている。
 形式的に入所者を少人数の集団に分けるだけでは、ユニットケアの目指す「個別ケア」は実現されない。ユニットケアが急速に広まりつつある中、ユニットケアの目指すものが何であるか、改めて確認しておきたい。

2. ユニットケアの目指すもの
(ユニットケアの原点)
 1994(平成6)年、ある特別養護老人ホームの施設長が、数十人の高齢者が集団で食事を摂る光景に疑問を抱き、少人数の入所者と共に買い物をし、一緒に食事を作り、食べるという試みを始めた。そして「一緒に過ごす、ごく普通の家庭の食卓にこそ意味がある」ということに気づいた。
 次に、「住み慣れた地域で暮らせるような策を」という発想から、民家を借り上げ、入所者に日中そこで過ごしてもらう「逆デイサービス」を始めた。
 そうした取り組みを重ねた結果、やがて職員から「4つのグループでそれぞれの家のような生活を」という提案があり、定員50名の施設を4つのグループに分け、グループごとに職員を配置し、利用者が起きてから寝るまで、同じ職員とともに生活する形態を採り入れた。こうして我が国におけるユニットケアの本格的な歴史が始まったと言われる。
 この事例からも分かるように、「介護が必要な状態になっても、ごく普通の生活を営むこと」に、ユニットケアの原点がある。

(ケアとハードウエア)
 「ごく普通の生活」とは、一人一人の個性が生き、それぞれの生活リズムに沿って営まれる生活であり、かつ、社会の中に自分が位置づけられ、他の人との人間関係の中で営まれる生活である。
 こうした生活を施設の中で営めるようにするために必要なことは、施設全体で一律の日課を設けないこと、流れ作業のように業務分担して行う処遇(特に入浴に顕著である)を行わないことである。また、入居者同士の人間関係を把握し、自然な形で相互のコミュニケーションが図られるように、リビング(少人数の入居者が交流し、共同で日常生活を営むための場所。居宅の居間に相当する)での位置関係、会話の工夫等に留意することである。
 こうして、スタッフにとっては、主にリビングで入居者とコミュニケーションを図りながら、一人一人の心身の状況・生活習慣・個性などを具体的に把握し、その上でその人のリズムに沿った生活と、他の入居者との交流を支援することが業務となる。

 こうしたケアを行うためには一定のハードウエアの構造が必要であることを実証した研究がある。
 2000(平成12)年から2001(平成13)年にかけて(財)医療経済研究機構が実施したユニットケアに関する研究において、個室・ユニット化が入所者に様々な影響を及ぼすことが示された。

(1)  まず、6人部屋の特別養護老人ホームにおいて入所者がとる行動を調査したところ、日中の12時間の間に入所者同士の会話が全くない部屋が全体の3分の1あった。また、窓側、中央、廊下側のベッドにいる入所者は日中の80%以上、90%以上、70%の割合で、同室者に対し背を向けた姿勢を取っていることが分かった。このことから、多床室の入所者は互いに交流するどころか、むしろ関わりを避けて生活していることが明らかになった。

(2)  次に、多床室から個室に建て替えられた施設について、建て替え前後の状況を比較したところ、個室化された後は、日常生活動作能力(ADL)の高低にかかわらず、入所者が自分の家具、日常生活用品、小物を個室に持ち込み、絵や写真を飾るなどして個人的領域が形成される現象がみられた。
 また、ベッド上の滞在率が減少する一方、リビングの滞在率が増加し、個室化は居室への閉じこもりを惹き起こすのではなく、むしろリビングに出て他人との交流を促す効果があることが分かった。
 その他、一人当たり食事量が増加し、排泄についても、ポータブルトイレの設置台数が減るなど、入所者の生活が大きく改善することが分かった。
 一方、介護スタッフについては、居室や廊下の滞在時間が減少し、リビングにおける滞在時間が増加した。それと共に、身体介助中心のケアから、余暇を過ごしたり交流を図ったりといったケアへと、質的な変化が見られた。

(参考1) 特別養護老人ホームの建て替えによる入所者・介護スタッフの変化
 1.入所者の生活上の変化
  ○ベッド上の滞在率 67.7% 40.2%
  ○リビングの滞在率 16.7% 42.8%
  ○日中に占める睡眠時間 42.3% 22.5%
  ○日中に占める食事時間 7.6% 11.3%
  ○一人当たり食事量 1463Kcal 1580Kcal
  ○ポータブルトイレ設置台数 29台 14台

 2.介護スタッフの行動の変化
  ○居室の滞在率 39.2% 18.0%
  ○廊下の滞在率 9.2% 4.9%
  ○リビングの滞在率 9.4% 37.5%
  ○直接介助の時間 46.2% 33.1%
  ○余暇・交流の時間 20.3% 24.1%

(参考2) 従来型の特別養護老人ホーム、ユニットケア型の特別養護老人ホームにおける居室の配置例

従来型の特別養護老人ホーム、ユニットケア型の特別養護老人ホームにおける居室の配置例の図

 こうしたタイムスタディの他に、同研究においては、共用空間の在り方が入所者の生活に与える影響についても言及されている。
 すなわち、個室化をしても、直線的な廊下に沿って一列に個室が並んでいる平面構成(図1)では、隣同士のなじみの関係が形成されにくく、入所者は廊下の端にある大きな空間で行われる集団プログラムに参加するか、あるいは個室に閉じこもるかという、二極化した生活に陥りがちである。一方、いくつかの個室がまずリビングのような小さな共用空間を共有し、それを介してさらに公共性の高い共用空間へと連結していく空間構成(図2)であれば、入所者はまず気の合う幾人かの隣接した入所者となじみの関係を形成し、その上でさらに大きめの人の輪の中で次第になじみの関係を作り上げていくことが可能になると指摘されている。

(図1) 個室化しても共用空間が貧しければ交流は生まれにくい。
 
  (図2) 個室が小グループを形成し、段階的な共用空間があれば、交流が生まれやすい。
図1 図2

 以上のように、ユニットケアを行うためには、個室とリビング等の共用空間で構成されるハードウエアの構造が必要であることが示された。

 これらの実践や研究から、ユニットケアを行うには、適切なケアとそれを生かすためのハードウエアの両方が必要であるといえる。すなわち、
一人一人の個性と生活リズムを生かすケアと、そのための場としての個室
入居者が相互に社会的関係を築くことを支援するケアと、そのための場としてのリビング
ということである。
 また、少人数のグループ構成とするのは、少人数とすることにより一人一人の個性やニーズを具体的に把握することを可能にするとともに、入居者が互いに人間関係を築くことができるようにするためである。
(参考文献)
「介護保険施設における個室化とユニットケアに関する研究報告書」(医療経済研究機構、平成13年3月)
「普及期における介護保険施設の個室化とユニットケアに関する研究報告書」(医療経済研究機構、平成14年3月)
3. 制度化されたユニットケア
(小規模生活単位型特別養護老人ホームの制度化)
 2002(平成14)年度から、ユニットケア型の特別養護老人ホーム(小規模生活単位型特別養護老人ホーム)に対応した施設整備費補助金が設けられた。同年度に新設で国庫補助対象とされた特別養護老人ホームのうち84施設がユニットケア型であった。今年度はこれまでに166施設がユニットケア型の国庫補助対象とされており、これは定員数では全体の約9割に相当する。今年度中には更に30程度の施設が対象となると見込まれている。
 また今年度から、ユニットケア型の特別養護老人ホームについて、従来型よりも高い介護報酬が設定された。

(ユニットケアの運営基準)
 更に、国は本年4月、ユニットケアの運営基準を省令と通知で示した。そこには、上述の実践と研究の成果が端的に表現されている。
(1)  ユニットケアの定義
 まず、ユニットケアを「居宅に近い居住環境の下で、居宅における生活に近い日常の生活の中でケアを行うこと、すなわち、生活単位と介護単位を一致させたケア」と定義している。
 そして、ユニットケアを提供するに当たっては「入居者が相互に社会的関係を築き、自律的な日常生活を営むことを支援」する、すなわち、「入居者が、その有する能力に応じて、自らの生活様式及び生活習慣に沿って自律的な日常生活を営むことができるようにするため・・・入居者の日常生活を支援」し、「各ユニットにおいて入居者がそれぞれの役割を持って生活を営むことができるよう配慮」することを求めている。

(2)  入居前の生活との連続性
 その際、スタッフが留意すべきこととして「入居者へのサービスの提供に当たっては、入居前の居宅における生活と入居後の生活が連続したものとなるよう配慮することが必要であり、このため職員は、一人一人の入居者について、個性、心身の状況、入居に至るまでの生活歴とその中で培われてきた生活様式や生活習慣を具体的に把握した上で、その日常生活上の活動を適切に援助」することを求めている。

(3)  入居者同士の社会的関係
 また、「入居者が相互に社会的関係を築くことを支援するという点では、単に入居者が家事の中で役割を持つことを支援するにとどまらず、例えば、入居者相互の間で、頼り、頼られるといった精神的な面での役割が生まれることを支援することにも留意する必要がある」としつつ、「入居者相互の信頼関係が醸成されるよう配慮することが必要であるが、同時に、入居者が他の入居者の生活に過度に干渉し、自律的な生活を損なうことのないようにすること」とも述べ、入居者同士が適度な距離感を保ちながら人間関係を築けるような配慮をスタッフに求めている。

4. ユニットケアのソフトウエアを支える体制
 ユニットケアは、実践と研究の蓄積を経てようやく制度化されたばかりであり、今はごく一部の先進的な施設ばかりが目立っているが、むしろ重要なことは、続々と開設されるユニットケア型のハードウエアを備えた施設において、本来の目的にかなうユニットケアが行われるかどうかという点である。
 ユニットケアにおいては、スタッフは少人数の単位で行動するため、スタッフ間の情報共有・意見交換の機会を意識的に設けなければ、一人一人のスタッフが孤立してしまう危険がある。こうした事態を防ぐためには、施設長や各ユニットのリーダーがまずユニットケアの理念をよく理解した上で、常に相互のコミュニケーションを図り、スタッフ同士の連携や、スタッフの意識・技術を高める研修などの機会を充実させる必要がある。
 また、国においては、ユニットケアを一部の先駆的取り組みにとどめてはならず、ユニットケアの標準を示し、人材育成の手法を確立することによって、一般のスタッフでもユニットケアを行うことができるようにすることが求められる。


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