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2. 研究方法

ウシの背根神経節(DRG)の感染性評価に必要な方法を以下に記す。

 (1) 30ヵ月齢未満での屠畜時点で、感染性が有意な水準であった可能性がある個体数の評価
 (2) DRGの感染性の評価
 (3) 骨とともに廃棄されずに食肉にDRGが混入した可能性の評価
 (4) 骨付きで市場に流通し、消費された部位(リブロース、Tボーンステーキ肉など)にDRGが混入した可能性の評価


2.1病原性試験

病原性試験の結果を述べるのが今回の報告書の趣旨ではないので、関連する点のみを以下にまとめる。

 (1) 感染してから32ヵ月を超えて殺処分された個体の脳および脊髄に感染性が検出されている。ただし、これまでのところ感染後26ヵ月の時点では中枢神経系への感染は検出されていない。
 (2) 感染後32ヵ月で陽性結果が出たが、これは最初の臨床徴候が認められる約3ヵ月前のことであった。
 (3) 脳(三叉神経節)や脊髄(中部頚椎および中部胸椎のDRG)に接合している神経組織に感染性が認められた。三叉神経節は頭骨内にあるために特定ウシ臓器(SBM)とされたが、DRGはSBMと定義されていない。しかしながら、脊髄が除去されてからも脊柱に付着している可能性はある。
 (4) 試験の結果は、DRG・脳・脊髄の感染性は同等であることを示している。現時点では、これらの組織を差別化するデータは存在しない。
 (5) 試験は完全なものではないため、新たな結果が出た時点で修正される。

今回の研究に引用される結論

 (1) 中枢神経系 (DRGを含め)には、臨床的症候発現前の3ヵ月間に感染性が有意な水準で認められた。一方、発現9ヵ月前の時点では感染性は検出されていない。ただし安全性について余裕をもって述べるなら、発現前最大9ヵ月迄は感染の可能性がある。
 (2) DRGの感染性は他の中枢神経系組織と同水準であると推察される。


2.2殺処分された感染個体数

1996年4月以降、30ヵ月齢を超えた個体は殺処分され、食用とは分離されている。これは「30ヵ月以上規則(OTMS)」と呼称されている。ほとんどのBSEは30ヵ月齢以上のウシに発生しているため、OTMSは潜伏後期にある可能性が高いウシを対象に殺処分している。

臨床的な症候が発現する9ヵ月前に中枢神経系のみに感染性が有意に認められた場合は、30ヵ月齢未満の感染個体は38ヵ月齢になる前に殺処分しなければ臨床徴候を発現させる。表2.1に1986年から1997年までのBSE発症時月齢を年度別に示す。

表2.1 月齢および年度別のBSE発症数(英国)

発症時月齢 年度 合計
1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997*
31ヵ月齢未満 1 1 6 18 20 14 13 4 2 1 2 0 82
34ヵ月齢未満 2 3 14 35 42 37 22 10 7 2 4 0 178
38ヵ月齢未満 3 12 48 111 274 154 75 35 26 20 11 4 773
41ヵ月齢未満 3 24 87 207 591 616 208 115 76 73 43 21 2,064
45ヵ月齢未満 4 54 232 467 1,267 2,133 674 465 256 236 144 65 5,997
全月齢 12 460 3,143 7,775 14,612 25,856 37,151 33,771 22,910 13,1812 7,375 2,564 169,441
* 1997年10月31日までの集計

表2.1から38ヵ月齢未満で発症した個体数が773頭(全体の0.46%)にのぼることが分り、そのほとんどが1988年から1992年の間に集中していた。さらに38ヵ月齢未満の発症数は全体数と比較すると急速に落ち込んでいることが分る。1994年と1996年で38ヵ月齢未満の発症数を比較すると26頭から11頭に減少している。1997年は10月31日の時点では、同月齢未満での発症数は4頭であるので、確率から計算すると同年の最終発症数は5頭になることが予測され、さらに1998年には3頭に減ると考えられる。

月齢別の生存率の予測がDonnelly他によって実施されている(1997年)。これはウシ統計(cattle census)および全国乳業記録(National Milk Records)に基づくもので、結果を図2.1に記す。

図2.1 年齢別の生存確率

図2.1 年齢別の生存確率

データからは24ヵ月齢での生存率59%に対して、30ヵ月齢では36%の生存率に低下することが分る。すなわち、24ヵ月齢時点で生存していたウシの39%が30ヵ月齢になるまでに屠殺されている。また、38ヵ月齢での生存確率は32%であるので、30ヵ月齢から38ヵ月齢の間にさらに11%が屠殺されている。ただし、これらのデータはOTMS導入以前のものであるので、30ヵ月齢と38ヵ月齢の間に屠殺されていた個体は現在では30ヵ月齢になる前に屠殺されていると言える。今回の研究目的を考慮して、24ヵ月齢時点で生存していたウシの46%が30ヵ月齢までに屠殺されていると考える。

屠殺時に24ヵ月齢から30ヵ月齢の間にいた個体には、38ヵ月齢まで生存した個体と同率の感染リスクがあると仮定すると、有意な感染性があり、24ヵ月齢から30ヵ月齢の間に屠殺された個体の数は以下の計算式で導き出される。

24ヵ月齢時に生存していた個体数  =   N
30ヵ月齢までに屠殺された個体数  =   0.46×N
38ヵ月齢時に生存していた個体数  =   (1−0.46)×N
38ヵ月齢未満のBSE発症数  =   I
個体ごとのBSE発症率(38ヵ月齢未満)  =   I÷(1−0.46)N
30ヵ月齢未満での感染率  =   I×0.46N÷(1−0.46)N
 =   0.85×I

すなわち、30ヵ月齢時に有意な感染性がある個体の予測数は、30ヵ月齢から38ヵ月齢時にBSEを発症した個体数の85%である。

結論 OTMSの導入後、食用に屠殺される個体で感染しているのは1997年で4頭、1998年で3頭と考えられる。データによると、24ヵ月齢より以前に屠殺された個体には感染のリスクはほとんどない。


2.3 中枢神経系組織の感染性

BSEを発症した個体の組織の感染性(感染の可能性)は、ID50 (50%感染量)で示される。これは曝露集団の50%を感染させる用量(各個人が必要とする量)を意味し、より少量で感染する場合や、より多く摂取しても感染しない場合があることを含んでいる。

2.3.1 ウシへの感染量

農漁業食糧省(MAFF)の中央獣医学研究所では、BSE感染脳を経口摂取したウシに作用する量を同定する実験を実施中である。1997年4月時点での情報に基づき、「この実験の現時点での最良の推定値は、BSE感染脳がウシに臨床的に作用する経口ID50である約1gであり、今後も実験は継続していく。」と海綿状脳症諮問委員会(SEAC)が勧告した。前述のとおり、実験は現在も進行中であるので、より多くの感染例が発生した場合は経口ID50も変更される。SEACとのさらなる協議後、慎重な見解でのウシの経口ID50の平均値は0.1gと仮定された(1g当り10経口ID50)。

感受性試験用に、最大量1gが決定された。最小量はこのデータからは明らかではないものの、0.01gの90パーセンタイルが決定された。

2.3.2 ヒトへの感染量

BSEのヒトへの感染性は、種間障壁のためにウシよりも低いと考えられる。両者の種間障壁に関する実験的データは存在しないので、SEACは等確率で10、100、1000、それ以上の値、およびそれが1になる1%未満の確率を使用した 確率論的不確定性(probabilistic uncertainty)分析法を推奨した。この研究のイベントツリーには最良推定値が必要とされるので、SEACが推奨した相対的見込み値で最も悲観的な10を使用した。

BSE感染個体の全脳を経口摂取した場合のヒトへの感染性の最良推定値は、1g当り1ヒト経口ID50である。信頼範囲は0.0001から10である。

背根神経節(DRG)の感染性は脳および脊髄と同水準と考えられている。標準的な屠体のDRGは30gである。一つの屠体につき約60のDRGが存在する。


2.4 DRGの処理

屠殺後の屠体は背割りされ、脊髄は特定ウシ臓器(SBM)として除去される。DRGはせき髄とともには除去されず脊柱に付着して残存する可能性がある。その後DRGがどの様に処理されるかは枝肉の処理に左右される。

農漁業食糧省の獣医学者および家畜委員会(MLC)の熟練屠殺者による屠体調査では、DRGは脊柱に密着しているため、通常の脱骨作業では除去されないという見解が出された。商業的圧力という見地に立つと特に真実味がある。脊柱は機械的回収肉(MRM)への使用を禁じられ、1997年8月以降はSBMとして定義された。

英国内ではほとんどの牛肉が骨なしの状態で消費者に販売される。リブロースやTボーンステーキ肉など骨付きで販売された場合は、DRGが残存している可能性がある。ステーキハウス等のレストランで肉を取り扱う場合は、骨からDRGが除去されるように切り分けられる可能性はほとんどない。しかしスープをとるために骨が使われる可能性はある。家庭ではより骨の近くまで切り分けられることが多いものの、DRGだけが除去されることはないであろう。Tボーンステーキ肉の場合は、骨まで食べ尽くさない限りDRG消費の可能性はない。

DRGの処理を評価するために、まず脊柱の長さに応じた肉の切り分け方を考える必要がある。主要な部位としては、首肉、肩肉、リブロース、サーロイン、ランプ肉の5つがあり(MLC、1980年)、首肉、ランプ肉、肩肉は骨なしで販売されることが多い。

サーロインには6つの腰椎と3つの胸椎が含まれる。すなわち、全30の椎骨の30%にあたる9つの椎骨、DRGが含まれることになる。サーロインは骨なしであるヒレステーキとサーロインステーキ、また、Tボーンステーキにもなる。骨付きのサーロインローストになることもあるが、一般的ではない。

リブロースは4つの肋骨と椎骨、すなわち13%のDRGを含む。リブロースは骨付きまたは骨なしリブロースト、ボンレスハムやステーキ肉になる。骨付きで販売された場合、一般には脊柱の骨は除去され、肋骨のみが付いているはずである(Stone他、1990年)。つまり、DRGも除去されているはずである。外食産業の90%、肉屋とスーパーマーケット等の70%がリブローストから脊柱を除去していると考えられる(MLC、1997年)。

英国内で骨付きで販売される肉は全体の5%であると考えられている。これには脚およびすね、上部肋骨、胸部などの部分肉も含まれる。骨付き肉でDRGによる懸念が考えられるのは脊柱が含まれている可能性があるTボーンステーキ肉とリブローストである。

家畜委員会(MLC)のデータから、年間600万個のTボーンステーキ肉が販売され、屠体数に換算すると約30万頭分になることが分る。英国内で屠殺される最上級牛は約225万頭であるので、その13%がTボーンステーキ肉になっている。

小売店用のリブロース1万2,000トン分が7kg単位(屠体約86万頭分)、外食産業用の同1万3,000トン分が8kg単位(屠体約81万頭分)で扱われている。リブロースの約30%が輸入肉に頼っているので、英国産肉の27%が小売用のリブロース、25%が外食産業用、残りの48%が骨なしの部分肉になる。

以下はDRGへの曝露の可能性評価のための推測である。これらは評価に基づくものである点を強調しておく。

 (1) 食肉が骨から分離された場合、DRGの99%が脊柱に付着していると考えられる。これは食肉処理場や肉の小売販売業者でも同様である。前述の数値は控えめなものであり、実際には食肉処理場等ではDRGが100%残存していると考えられる。
 (2) 家庭用または外食用に販売される骨付き肉については、5%のDRGが摂取される可能性がある。


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