概要情報
| 事件番号・通称事件名 |
東京地裁令和6年(行ウ)第65号
日本港運協会不当労働行為救済命令取消請求事件
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| 原告 |
X法人(「法人」) |
| 被告 |
国(処分行政庁 中央労働委員会(「中労委」))
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| 被告補助参加人 |
Z1組合、Z2組合 (併せて「組合」) |
| 判決年月日 |
令和7年9月16日 |
| 判決区分 |
棄却 |
| 重要度 |
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| 事件概要 |
1 本件は、法人が、平成28年度以降、組合との産業別最低賃金(法人と組合との労働協約に基づき、法人に加盟する使用者と同使用者に雇用され、組合に加入する港湾労働者との間に適用される最低賃金のこと。「産別最低賃金」)に関する団体交渉において、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(「独禁法」)に抵触するおそれがあるとして、組合の要求に回答しないことについて、救済申立て(「本件救済申立て」)があった事案である。
2 初審東京都労働委員会(「都労委」)は、本件救済申立てのうち、平成31年2月9日以前の団体交渉に係る申立ては却下するとともに、同月19日付けの団体交渉申入れ(「本件団交申入れ」)にかかる団体交渉(「本件団体交渉」)において、法人が産別最低賃金に関する組合の要求に回答しないこと(「本件回答拒否」)は労組法7条2号の不当労働行為に該当するとして、誠実団体交渉応諾、文書交付及びそれらの履行報告を命じた。
3 法人は、これを不服として、再審査を申し立てたところ、中労委は、申立てを棄却した。(「本件命令」)
4 法人は、これを不服として、行政訴訟を提起したところ、東京地裁は、請求を棄却した。なお、同地裁は、本判決日の前日、中労委が申し立てた緊急命令を認容している。 |
| 判決主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用(補助参加によって生じた費用を含む。)は原告の負担とする。 |
| 判決の要旨 |
1 争点⑴(本件団体交渉において、法人は労組法27条の救済命令の被申立人及び名宛人とされる「使用者」に該当するか)について
⑴ 法人と組合との間では、平成24年11月21日、「協定書・確認書集」(「本件基本労働協約」)が締結され、賃金・労働条件・合理化問題等いずれか一方で提案された全ての議題についての団体交渉で合意に達した事項については労働協約としての効力を持ち、その労働協約は原則として、港湾で働く全ての港湾労働者に対して適用されることとなっていること(本件基本労働協約4条、5条。ただし、産別最低賃金については、同7条3項1号所定の適用地域内の港湾で、組合に加盟し、船内荷役作業員等のいずれかの作業に従事し、満18歳の要件を満たす労働者作業員に限定している。)や、法人はこの労働協約を遵守する義務を負うだけでなく、本件基本労働協約の履行に当たって、会員事業者を責任もって指導する義務も負っていること(本件基本労働協約6条)、それにより、会員事業者の労使が自発的に合意事項を遵守する状況を作り出しているとみられる。このような本件基本労働協約に基づく法人と会員事業者、港湾労働者との関係に鑑みれば、法人は組合に所属する労働者の直接の雇用主ではなくとも、雇用主である会員事業者に対して、雇用する労働者との間の労働条件について指導し、具体的な影響を与えることができる地位にあると認められるから、組合に所属する労働者に対しても、その基本的な労働条件等について雇用主と同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にあるものと評価できる。
したがって、法人は本件団体交渉において、救済命令の被申立人及び名宛人とされる労組法7条の「使用者」であるといえる。
⑵ア これに対し、法人は、本件基本労働協約の内容としても、法人は会員事業者に対し指導をすることができる地位にとどまるとして「使用者」該当性
を否定する。しかし、上記⑴のとおり、本件基本労働協約の内容に鑑みれば、法人は、組合に所属する労働者に対しても、その基本的な労働条件等について雇用主と同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にあるものと評価できるから、法人の上記主張は、採用することができない。
イ また、法人は、独禁法8条4号の禁止行為に該当するおそれがあるため現実的かつ具体的な支配力を行使することができないから、「使用者」に該当しない旨を主張する。しかし、後述のとおり、従前の産別最低賃金についての団体交渉の態様を前提とする限り、独禁法に違反するおそれがあるとは認められないから、法人の上記主張は、採用することができない。
ウ さらに、法人は、平成30年2月19日付けで会員事業者に対して「ご通知」と題する文書を交付したことで(「本件通知」)、法人と会員事業者との間の産別最低賃金についての交渉権限及び妥結権限の委任関係は終了しており、本件回答拒否の時点では、組合に所属する労働者の労働条件について現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にはなかった旨を主張する。
しかし、本件通知の文書の記載内容からすると、本件通知は、飽くまでも、法人と組合との間の団体交渉の対応の仕方を会員事業者に報告するものでしかなく、交渉権限や妥結権限の委任関係を終了させる意思表示であるとは読み取れない。また、他に、法人と会員事業者との間の委任関係が終了していたと認めるに足りる証拠はないから、法人の上記主張は、採用することができない。
2 争点⑵(本件回答拒否が労組法7条2項の不当労働行為に該当するか)について
⑴ 本件回答拒否により、法人が組合との間の団体交渉を拒んでいるといえるかについて
ア 本件団交申入れにおける交渉の対象となっている事項は、平成31年度産別最低費金であり、労働契約における最も基本的な条件の一つである賃金に関するものである。これに加え、本件基本労働協約57条3項において、産別最低賃金についての規定が置かれていること、前記1のとおり、本件団交申入れの時点でも、法人と会員事業者との間の産別最低賃金についての交渉権限と妥結権限の委任関係は継続していると認められる。また、法人が、組合に対し産別最低賃金についての統一回答を行うためには、各会員事業者の産別最低賃金についての意向等の情報収集・情報交換活動(「情報活動」)をし、会員事業者間で情報交換、調整及び統一回答の内容についての合意(「調整等」)をした上で、法人において統一回答の内容とすべき産別最低賃金額を取りまとめて決定すること(「取りまとめ等」)、また、情報活動及び調整等と併せて「本件準備行為」)が必要であるが、後述のとおり本件準備行為が独禁法に違反するものではないとみられる。これらのこと等からすると、法人が、組合に所属する労働者の直接の雇用主ではなく使用者団体であることを踏まえても、本件団交申入れにおける交渉の対象となっている事項は組合に所属する労働者の労働条件その他の待遇又は法人と組合との間の団体的労使関係の運営に関する事項であって、かつ、法人が決定することができるものと解される。
したがって、本件団交申入れにおいて団体交渉の対象となっている事項は、法人と組合との間における義務的団体交渉事項であるといえ、法人が正当な理由なく組合との団体交渉を拒むことは許されない。
イ そして、本件団体交渉において、法人が組合に対して述べている内容は、結局のところ、産別最低賃金という本件団交申入れの対象となっている事項について、法人としての回答はしないという意思の表明と回答しない理由を一方的に述べるものでしかなく、本件団体申入れの対象となっている事項については何らの交渉をしていないものといわざるを得ないし、誠実に交渉したものともいえない。
ウ したがって、本件回答拒否は、法人が組合との間の「団体交渉をすることを…拒」んだ(労組法7条2号)ものといえる。
⑵ 本件回答拒否に「正当な理由」があるといえるかについて
ア 法人は、本件団交申入れに対し、使用者団体である法人が産別最低賃金についての統一回答をすること及び統一回答をするに当たっての本件準備行為が、独禁法3条若しくは8条1号又は4号に違反するおそれがあり、違法行為を避けるための本件回答拒否には「正当な理由」(労組法7条2号)がある旨主張する。
しかし、独禁法を所管し、同法45条により、同法の規定に違反する行為があった場合には調査し、一定の措置をとる権限を有する公正取引委員会(「公取委」)は、法人と組合の従前の団体交渉の具体的経過を踏まえた上で、少なくとも本件回答拒否時点及び本件訴訟の口頭弁論終結時に近接する時点において、一般に労働法制により規律されている分野については独禁法の問題とはならないと考えており、かつ、本件団交申入れへの統一回答や本件準備行為についても独禁法違反とはならないと回答している。
したがって、本件団交申入れに対する統一回答や本件準備行為が独禁法に違反する行為であると判断されるおそれが具体的なものであるとは認められないから、独禁法違反を理由とする本件回答拒否は「正当な理由」があるとはいえない。
イ また、法人は、国交省からの指摘及び公取委に関係する弁護士への相談結果、公正取引委員会競争政策研究センター「人材と競争政策に関する検討会報告書(平成30年2月15日)」(「検討会報告書」)の内容等を踏まえると、本件回答拒否をした当時、本件団交申入れに対する統一回答や本件準備行為が独禁法に違反し、課徴金等の制裁を受ける可能性があると考えたことには合理的な理由があったため、本件回答拒否には、そのリスクを回避するという「正当な理由」があった旨も主張する。そのため、以下において、本件回答拒否当時に、法人が統一回答や本件準備行為が独禁法に違反し、課徴金等の措置を取られるリスクがあると考えたことに合理的な理由があったといえるかを検討する。
(ア)国交省からの指摘について、国交省は独禁法を所管する行政庁ではなく、独禁法に違反する行為について調査等をする権限が与えられていないことに加え、法人は、国交省のどの部署の者から、どのような形で、具体的にどのような行為がどのような理由から独禁法に抵触するおそれがある旨の指摘をされたのかといったことについて、本件回答拒否の前後で、組合に説明をしておらず、本件訴訟においても、何らの主張立証もしていない。
また、法人は、本件で独禁法に違反するおそれについて相談をした弁護士が具体的にどのような人物であるか、公取委とどのような関係であるのか、弁護士の見解の根拠等について、本件回答拒否の前後で、組合に説明をしているとはいえず、本件訴訟においても何らの主張立証もしていない。
(イ)検討会報告書においても、労働法制により規律される分野は原則として独禁法の問題とはならないとされ、その例として集団的労働関係における労組法上の行為が挙げられる一方、独禁法上の問題となるのは、労働法制の制度趣旨を潜脱するような例外的な場合に限るとされている。
この点、法人は港湾運送事業者を会員とする事業者団体であり、組合は港湾運送の業務に従事する労働者を組合員とする労働組合の労組法の規定に適合する連合組合であること、本件団交申入れは産別最低賃金を対象としていることから、本件団体交渉は、まさに検討会報告書でも例示されている集団的労働関係における行為であり、他方において、本件団体交渉が労働法制の制度趣旨を潜脱するような例外的な場合に該当することを示すような具体的な事情は認められない。
そのため、検討会報告書の内容を踏まえても、本件回答拒否時点で、公取委が法人と組合との間の産別最低賃金についての交渉を独禁法の問題とするおそれが、平成27年度までと比べて高くなっていたと考える具体的な根拠があったとはいえない。
(ウ)法人と組合との間では平成27年度までは、30年以上にわたり産別最低賃金についての団体交渉が行われ、労働協約も締結されてきたこと、少なくとも平成29年12月時点で、公取委も法人と組合との間の産別最低賃金についての団体交渉及び労働協約締結の状況について把握していたにもかかわらず、その後も法人及び会員事業者に対して産別最低賃金に採る団体交渉についての調査等は何ら行われていないことも踏まえると、本件回答拒否時点において、本件団交申入れに対する統一回答や本件準備行為が独禁法に違反し、課徴金等の制裁を受ける可能性があると考える合理的な理由があったとはいえない。
そうすると、独禁法違反を問われるおそれがあることを理由として、本件回答拒否をすることに「正当な理由」があったとは認められない。
なお、法人は、本件回答拒否により組合に生じる不利益が小さかったとも主張するが、上記のとおり、独禁法違反に問われる具体的なおそれがあったと考える合理的な理由は認められないから、組合に生じる不利益の大小にかかわらず、本件回答拒否について「正当な理由」が肯定されるものではない。
ウ したがって、本件回答拒否について、「正当な理由」(労組法7条2号)があったとは認められない。
⑶ 小括
以上によると、法人は、組合との間の「団体交渉を正当な理由なく拒」んだといえ、法人による本件回答拒否は、労組法7条2号の不当労働行為に該当する。
3 争点⑶(救済方法の選択に関する判断に裁量権の逸脱・濫用があるか)について
本件回答拒否時点及び本件訴訟の口頭弁終結時において、本件団交申入れに対して、法人が統一回答をすること及び本件準備行為が、独禁法に違反する具体的なおそれがあったとも、そのように考えることに合理的な理由があったとも認められないことから、本件回答拒否に正当な理由があったとは認められない以上、都労委がした、本件団交申入れに対し、独禁法に抵触するおそれがあるとの理由で回答を拒否してはならない旨の初審命令が労働委員会に認められた裁量権を逸脱・濫用したものであるとはいえず、これを維持した中労委による本件命令も同様に裁量権を逸脱・濫用したものであるとはいえない。
4 結論
よって、法人の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。 |
| その他 |
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