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概要情報
事件番号・通称事件名  東京高裁令和5年(行コ)第197号
権田工業不当労働行為再審査棄却命令取消請求控訴事件
 
控訴人  株式会社X(「会社」) 
被控訴人  国(処分行政庁 中央労働委員会) 
被控訴人補助参加人  Z組合(「組合」) 
判決年月日  令和5年12月20日 
判決区分  棄却 
重要度   
事件概要  1 本件は、会社と組合との間で行われた、退職金に関する平成30年4月2日の団体交渉(以下「4.2団交」という。)及び一時金等に関する同年7月13日の団体交渉(以下「7.13団交」という。)における会社の対応が、労組法7条2号の不当労働行為に該当するとして、救済申立てがあった事件である。
2 初審兵庫県労委は、4.2団交及び7.13団交における会社の対応は、いずれも労組法7条2号の不当労働行為に該当するとして、誠実団体交渉応諾を命じたところ、会社は、これを不服として再審査を申し立てた。
3 中労委は、会社の申立てを棄却するとともに、初審命令交付後の事情変更等に鑑み、改めて団体交渉の実施を命じるまでの必要性は乏しい等として初審命令主文を変更し、文書交付を命じたところ、会社は、これを不服として、東京地裁に行政訴訟を提起した。
4 東京地裁は、会社の請求を棄却したところ、会社は、これを不服として東京高裁に控訴した。
5 東京高裁は、会社の控訴を棄却した。
 
判決主文  1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用(補助参加費用を含む。)は控訴人の負担とする。
 
判決の要旨  1 当裁判所も、会社の請求は理由がないと判断する。その理由は、原判決を次のとおり補正する(略)ほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1から3までに記載のとおりであるから、これを引用する。
(注)以下、本補正を反映したものである。

2 争点⑴ 4.2団交における会社の対応は、労組法7条2号の不当労働行為に該当するか

(1)退職金の積立基準に関する説明について

 組合からは、あらかじめ、団体交渉の議題として、A1ら3人が特退共に加入するまでの正社員勤続年数が異なることが具体的に指摘され、その理由及び積立基準の内容について質問されていたにもかかわらず、B1社長が、積立基準について、後に変更が必要となるような不正確な説明をしたことは、不誠実な対応といえる。
 そして、その訂正、変更というのも、B1社長が、4.2団交の途中で、掛金払込開始時期について、「1年目以降」を「2年目以降(1年目経過以降)」と訂正した点もさることながら、それ以上に、入社年により扱いが変更された時期を平成22年から平成20年に訂正する必要が生じたり、月額褂金を訂正する必要が生じたりした点は、単なる言い間違いや誤解の域を超えており、余りにも準備不足というほかない。
 以上からすると、4.2団交の席上、B1社長が、積立基準に関して、その後大幅な訂正や変更が必要となる不正確な説明を行ったことは、実質的な交渉の進展を損なう不誠実な対応であったと認められる。
 これに対し、会社は、B1社長は積立基準に関する説明内容を実質的に訂正、変更したわけではないなどと主張するが、その説明内容が大幅な訂正、変更が必要となる不正確なものであったと認められることは上記説示のとおりであり、原審において会社が説明内容を訂正、変更したことを認めていたことからしても、会社の主張は採用することができない。

(2)A1ら3人の特退共の加入時期などについて

 B1社長の4.2団交における積立基準の説明は、上記(1)のとおり、加入時期及び月額掛金のいずれについても不正確なものであった上、組合員が、4.2団交において、A1ら3人の特退共の加入時期が、B1社長の説明した積立基準における加入時期と合致していないことを指摘しても、B1社長は、自らが説明した積立基準どおりに加入していない理由や、人によって特退共に加入するまでの正社員勤続年数が異なっている理由を説明することはなかった。
 そして、組合員から、A1ら3人の加入時期が、B1社長が説明した積立基準どおりではない理由や、特退共に加入するまでの正社員勤続年数が人によって異なっている理由を問われても、これらを説明することのないまま、会社としてできる限りの説明をしている旨を述べ、改めて調査して回答するとの態度は示さなかった。
 このようなB1社長の対応は、組合に対し、A1ら3人に適用された積立基準を理解できるように説明したとはいえず、また、A1ら3人の特退共の加入時期が積立基準どおりになっていない理由について説明したともいえず、その結果、組合は、会社が示したA1ら3人の退職金の金額(特退共の積立金額)の計算根拠を把握することができなかったものであり、不誠実な対応であったと認められる。
 これに対し、会社は、4.2団交においてB1社長がA1ら3人に適用された積立基準等を説明しなかったことをもって不誠実な対応であったと評価することは、会社が継続して団体交渉に応ずる意思があったことや積立基準について調査する意思があったことを無視するものであると主張するが、組合から事前に指摘を受けた上記事項の説明のために必要な準備を4.2団交までに行うことが十分に可能であったにもかかわらずB1社長がこれを行わなかったことは上記説示のとおりであるから、会社の主張は上記判断を左右するものではない。

(3)就業規則や根拠規定の開示について

 上記(1)のとおり、B1社長の積立基準に関する説明は、団交の途中でも訂正が必要なほど不正確であった上、上記(2)のとおり、組合員が、B1社長の説明した積立基準がA1ら3人の加入時期と齟齬していること、特退共に加入するまでの正社員勤続年数が人によって異なっていることを指摘し、その理由を質問しても、B1社長から回答がなかったことからすれば、組合が、積立基準の根拠文書を確認しようとすることは当然であるといえる。
 そうであるにもかかわらず、B1社長は、積立基準の根拠文書の内容はおろか、その存否さえ明らかにしようとしなかったのであって、B1社長の対応は、自らの主張の論拠を説明し、組合の理解を求める姿勢を著しく欠いており、不誠実なものというほかない。
 このことは、4.2団交当時に組合において会社の就業規則等の有無等について相応の情報を有していたとしても異なるものではなく、また、B1社長において組合による組合活動の材料に利用されることを危惧していたとしても異なるものではない。

(4)計画上の掛金について

 B1社長は、4.2団交において、「計画上の掛金」という概念を提示し、実際の掛金(積立金額)が「計画上の掛金」を上回っていることを理由として、A1ら3人の入社時に遡る退職金の支給についての組合の要求には応じない旨回答したにもかかわらず、その「計画上の掛金」とは何か、どのように計算されるのか、実際の掛金(積立金額)とずれが生じたと言うがそれはなぜか、B1社長が説明したA1の「計画上の掛金」の金額が、B1社長が説明する積立基準と全く整合していないのはなぜか、A1の「計画上の掛金」の計算根拠は何かといった点を、何ら説明しなかった。
 組合の要求を拒絶する根拠として「計画上の掛金」という概念及びその金額を提示するのみで、自ら提示した積立基準とも整合しないその金額について、算定根拠を全く説明しないという場合、これを理解することは客観的に困難というほかはないから、これをもって、B1社長が、会社の主張の論拠を説明したものとは評価し難い。
 したがって、B1社長が、4.2団交において、自ら提示した積立基準と齟齬する「計画上の掛金」という概念及び金額を提示するのみで、金額の計算根拠について説明することなく、組合の要求を拒んだことは、不誠実な対応であったというべきである。
 これに対し、会社は、4.2団交においてB1社長はA1の「計画上の掛金」の計算根拠について積立基準に基づく説明を行ったと主張するが、この説明内容と、A1が正社員になった時期に社員となった者に適用される積立基準としてB1社長が説明した内容が整合しなかったことは上記説示のとおりであるから、会社の主張は採用することができない。

(5) 小括

 以上のとおり、4.2団交において、B1社長が、退職金の原資となる特退共の積立基準について不正確な説明をしたこと、A1ら3人の退職金について積立基準どおりに積み立てられていない理由等を説明しなかったこと、積立基準の根拠文書の開示を求められ、その存否を明らかにすることさえ拒絶したこと、さらに、「計画上の掛金」という概念及び金額を提示して組合の要求を断ったが、その金額は自ら説明した積立基準とも合致しないものであったにもかかわらず、算定根拠について何ら説明しなかったことは、誠実交渉義務に違反する不誠実な対応であり、労組法7条2号の不当労働行為に当たる。

3 争点⑵ 7.13団交における会社の対応は、労組法7条2号の不当労働行為に該当するか

(1) 交渉議題について

 7.13団交を迎えるに当たり、会社と組合との間には、未解決の交渉議題が多数あったため、組合が、交渉議題を絞り、団交を効率的に行おうとしたことは、合理的な対応であるといえる。
 そして、組合は、7.13団交に先立ち、会社に対し、団交の議題について3回照会したが回答がなかったため、組合は、団交の前日、交渉事項として、①平成30年夏一時金、②平成29年冬一時金及び③「6月の工程表について改善を求める申し入れ」の3点の議題を指定した。
 しかるに、B1社長は、このことを了知していながら、7.13団交において、それまでに提示されていた議題について、上記3点以外のものも含めて、申入れのあった順に回答をし、組合員から、制止されても、回答を続けた。
 B1社長のかかる対応は、議題を絞って効率的に団体交渉に臨もうとする組合の意向を殊更無視して、交渉を混乱させる態度であって、組合との合意形成を図ろうとする姿勢を欠き、円滑な交渉の進展を損なう誠実交渉義務に違反する不誠実なものと評価せざるを得ない。
 これに対し、会社は、7.13団交において組合が交渉事項として指定した3点以外の議題についてB1社長が回答した時間はわずか5分程度であり、これによって組合が指定した議題について議論する時間が無くなったわけではないと主張するが、上記説示のとおり、議題を絞って効率的に団体交渉に臨もうとする組合の意向を殊更無視する対応をB1社長が行ったこと自体が円滑な交渉の進展を損なう不誠実なものと評価されるべきものであるから、会社の主張は上記判断を左右するものではない。

(2) 会社の業績等の資料の提示を拒んだことについて

 会社は、一時金に関して、必要に応じて論拠や資料を示すなどして誠実に対応する義務があるところ、7.13団交において、B1社長は、一時金の根拠となる会社の業績等の資料を口頭で読み上げ、組合員から、読み上げている資料を文書で提示するよう求められても、提示を拒んだまま、読み上げを続け、B1社長と組合員との間で、B1社長が読み上げた項目と数値の対応関係や、数値自体についての確認が何度も繰り返された。
 また、従来は、会社が組合に一時金の根拠となる会社の業績等の資料を提示して書き写させていたことからすれば、B1社長において、読み上げている資料を、組合員に対し団交の場で提示し書き写させることに支障があったとは認められない。
 以上から、B1社長が一時金の根拠となる会社の業績等の資料の提示を拒んだことは、会社の論拠とした事実を組合が確認することを妨げるものであり、会社の立場について組合の理解を求め、労使合意を目指す姿勢をうかがうことはできず、不誠実な交渉態度である。
 このことは、B1社長において提示した資料の情報が組合によって公表又は開示されることを危惧していたとしても異なるものではない。

(3) 製造原価等の説明について

 7.13団交において、B1社長は、組合員から、製造原価には賃金以外に何があるのか、営業利益が黒字であるのに、経常利益が赤字になったのはなぜか、特別損失は何かとの質問を受けたが、これに具体的に回答しなかった上、組合員が質問を繰り返すと、「是々非々で判断する」との噛み合わない回答を述べるのみであった。
 B1社長の上記対応からは、組合の理解を求める姿勢は何ら見い出すことができないのであって、不誠実な対応である。
 これに対し、会社は、7.13団交において製造原価の内訳は議題となっておらず、B1社長がその内訳の全てを把握しているとは限らないことや、会社の経営事情に関わる事柄を軽々に開示することはできないことからすると、B1社長が製造原価等に関する質問に団交の場で即時に回答しなかったことをもって不誠実な対応であったと評価すべきではないと主張するが、上記のような理由を説明することなく「是々非々で判断する」との回答を述べるにとどまったB1社長の対応を踏まえれば、会社の主張は上記判断を左右するものではないというべきである。

(4) 平成30年夏一時金の仮払について

 組合は、平成30年6月25日、会社に対し、同年夏一時金として基準内賃金の3.0か月分を支給すること等について団体交渉の開催を求める要求書を提出したところ、会社は、同年7月2日、同一時金については、「現行基本給×1.3ヶ月」により算定した額とすること、同月20日に仮払により支給することとし、後日交渉が解決した場合には、妥結内容に基づく支給額から仮払をした額を差し引くものとする旨の回答書(以下「7.2回答書」という。)を送付した。
 他方で、7.2回答書には、後日交渉が解決した場合には妥結内容に基づく支給額から仮払をした額を差し引くものとする旨記載されていたことからすれば、7.2回答書は、7.13団交及びその後の団交において、会社の提示額以上の額で妥結することがあり得ることを前提としたものであったといえる。
 また、交渉妥結前に仮払金を受けとったからといって、その後、組合が会社と金額を交渉できなくなるということはなく、会社が組合員に仮払をする旨通知することは、会社の従業員である組合員にとって、利益になることはあっても、不利益になることはない。
 したがって、7.2回答書をもって、会社が、会社の提示額から一切譲歩するつもりがないことを示したものとはいえないし、7.13団交やその後の団交において、組合と誠実に交渉するつもりがないことを示したものとも認めることはできない。この点の中労委の主張は採用できない。

(5) 小括

 以上のとおり、7.13団交において、会社が、組合が指定した交渉議題以外の議題について組合の抗議にもかかわらず説明を続けたこと、一時金の根拠となった会社の業績等の資料を団交の席で提示せず、口頭での説明に固執したこと、製造原価等に関する組合の質問に具体的に回答しなかったことは、いずれも誠実交渉義務に違反する不誠実な対応である。
 会社の上記対応は、労組法7条2号の不当労働行為に当たるというべきである。
 他方で、会社による一時金の仮払の通知は、誠実交渉義務に違反するとは認められず、不当労働行為に該当するとはいえない。

4 以上によれば、会社の請求は理由がない。

5 結論

 よって、会社の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却する。 
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顛末情報
事件番号/行訴番号 命令区分/判決区分 命令年月日/判決年月日
兵庫県労委平成30年(不)第2号・30年(不)第7号 全部救済 令和1年9月10日
中労委令和元年(不再)第49号 棄却 令和3年8月4日
東京地裁令和3年(行ウ)第501号 棄却 令和5年6月22日
 
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