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概要情報
事件番号・通称事件名  広島地裁令和4年(行ウ)第22号
エス・アイ・エヌ不当労働行為救済命令取消請求事件 
原告  特定非営利活動法人X(「法人」) 
被告  広島県(代表者兼処分行政庁 広島県労働委員会) 
被告補助参加人  Zユニオン(「組合」) 
判決年月日  令和5年3月27日 
判決区分  全部取消 
重要度   
事件概要  1 本件は、①法人が、組合に加盟している申立外A1組合の組合員A2を解雇したこと、②法人の理事長がA2に対し、A1組合の組合員資格があるかなどと発言し、同組合からの脱退強要を行ったこと、③A1組合の執行委員長A3を解雇したこと、④A3に配置転換を命じたことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
2 広島県労委は、①及び③について労組法7条1号及び3号に該当する不当労働行為であると判断し、法人に対し、(ⅰ)A2及びA3に対する解雇がなかったものとしての取扱い、原職又は原職相当職への復帰、バックペイ、(ⅱ)文書交付を命じ、(ⅲ)その余の申立てを棄却した。
3 法人は、これを不服として広島地裁に行政訴訟を提起したところ、同地裁は、法人の請求を認容し、救済命令の一部(前記(ⅰ)及び(ⅱ))を取り消した。
 
判決主文  1 処分行政庁が、広労委令和3年(不)第3号及び第5号併合事件について、令和4年6月3日付けでした命令のうち主文第1項及び第2項を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とし、補助参加によって生じた費用は被告補助参加人の負担とする。
 
判決の要旨  1 争点⑴ A2解雇の不当労働行為該当性

(1) A2解雇の合理性、相当性について

ア A2は、視覚障害者をはじめとする重度障害者の働く場・社会参加の機会の充実を目的とする事業を営む就労継続支援施設であって、広島市から供与される報酬(税金)と同施設を運営する法人の会員から支払われる入会金及び会費を収入源とするC1から、平成30年11月23日以降、約2年もの間、総額50万2200円の通勤手当を不正に受給した。C1は、特定非営利活動法人の運営する事業所である上、当時、障害者の就労継続支援施設としての事業を運営していくためには職員を増やすべきところを、収入の少なさからあきらめざるを得ない収支状況にあったといえるから、その収入の性質からしても、上記受給は「法人に重大な損害を与えた」と評価するに足りる行為といえる。
 また、A2は、本件不正受給が本来許されないものであることを認識しながら、通勤手当が減額される事情を秘して本件通勤手当を受給し続けたといえる。そうすると、法人が、本件不正受給が就業規則の「故意又は重過失により災害又は営業上の事故を発生させ、法人に重大な損害を与えたとき」に該当すると判断したことについては十分な理由がある。

 そして、A2がC1の管理者としてその会計処理や従業員業務の管理を行っており、特に金銭面の透明性や従業員の模範となることが求められる立場にあったこと、A2は、懲戒委員会において反省していることが懲戒処分選択の有利な情状となる旨の説明を受けていながら、反省はしておらず、本件不正受給額の返還や降格願の提出は反省の態度の顕れではない旨弁明し、反省の態度を全く示していないことからすれば、法人が、A2との雇用関係を継続しても本件不正受給のような悪質な行為が繰り返される可能性があるため、A2との信頼関係は破壊されるに至ったと考えるのも無理はない。
 A2には懲戒委員会における弁明の機会を与えられていることや退職勧告による自主退職の機会も付与していることも踏まえると、法人がA2を解雇することが相当性を欠くとまではいえない。

イ 広島県労委は、法人がA2の転居の事実を知っていながら本件不正受給に対して何ら対応することなくこれを黙認した旨主張する。
 しかしながら、A2は、C1の管理者として、従業員の生活の本拠地や通勤手段を取りまとめるという通勤手当支給事務との関係で責任のある立場にあったのであるから、A2が正当な通勤手当の支給を申告するものと法人が信頼することも相当である。そうすると、法人がA2の転居を把握しながら本件不正受給について何ら対応しなかったことをもって、法人がこれを黙認したことにはならないというべきである。


ウ 広島県労委は、懲戒委員会の設置前に、A2が本件不正受給相当額を法人に返還したのであるから、生じた損害は補填された旨主張する。
 しかしながら、A2は、本件不正受給について事情聴取を受けた後に返還しているにすぎないのであるから、かつ、法人は、A2が本件不正受給相当額を返還していることをA2に有利な情状として斟酌して退職勧告をすることとしているのであるから、当該返還行為を考慮してもなお、A2解雇が相当性を欠くことにはならない。


エ 広島県労委は、懲戒委員会の開催(令和3年3月9日)がA2に通知されてから同委員会が開催されるまでの期間が4日と短かったことから、十分な弁明の機会が与えられていたとはいえない旨主張する。
 しかしながら、懲戒委員会の開催以前に行われた令和3年1月27日の所長会議や同年2月9日のB1前理事長らとの面談の際にも、A2が本件不正受給について説明する機会が設けられており、懲戒委員会が唯一の弁明の機会であったということはできないから、広島県労委が主張する事情をもって、A2に十分な弁明の機会が与えられておらず、A2解雇が相当性を欠くということはできない。


オ よって、A2解雇は合理性、相当性を欠くことが明らかであるとまではいえず、この点から、法人の反組合的意思又は動機を推認することはできないというべきである。


(2) 法人側の言動等の事情から、A2解雇に関して法人に反組合的意思又は動機があったと認められるか

ア 広島県労委は、B1前理事長やB2理事長の従前の発言やB4理事の本件審理における証言に照らすと、法人が本件組合の組合活動について嫌悪していたことは明らかである旨主張する。
 しかしながら、B1文書は、A2個人の行動を列挙することによりA2の解雇が相当であるとの考えを示したものにすぎないといえるから、B1前理事長が組合活動を嫌悪していたと認めることはできない。
 また、B2文書は、これまでの経過に関する所感として、具体的に列挙し、末尾において、それらのエピソードが生じた時期として「組合設立以降」と記載しているものにすぎないから、同記載をもって、B2理事長が組合活動を嫌悪していたと認めることはできない。
 B4理事の証言も、本件組合の結成後、A3が当時赤字だった視リハ事業の廃止を訴えるとともに、A2及びA3が当時黒字だったC1の独立採算制を目指すという法人の理念に反する姿勢が見られたことから、本件組合がA2及びA3の派閥作りのために結成されたと思っている旨証言するものであり、本件組合の活動ではなく、A2及びA3個人の言動や態度を問題にしたものであるといえるから、同証言をもって、B4理事が組合活動を嫌悪していたということはできない。


イ 広島県労委は、法人が本件組合の組合活動が活発化している中で約2年余り放置していた本件不正受給を問題視し、拙速に懲戒委員会を設置・開催して短期間のうちにA2解雇に及んだことから、法人が本件組合の組合活動を嫌悪してA2を解雇したといえる旨主張する。
 確かに、令和2年11月17日以降、法人と本件組合は、賞与の金額や処遇改善加算分の取扱いに係る議論を行い、双方の見解が対立していたことが認められる。しかしながら、組合活動の存在とこれによる本件組合と法人の見解の対立のみをもって、法人が組合活動を嫌悪していたとまではいえない。
 また、法人が本件不正受給問題を約2年余り「放置」し、「拙速」に懲戒委員会を設置・開催したと評価するに足りる事情は認められない上、令和3年4月15日には職員配置状況等を広島市に報告しなければならない法人としては同年3月中にA2の処遇を決めなければならなかったとの事情があったことが認められるから、本件不正受給問題発生から約2年余り後にA2を解雇したことや、事情聴取から解雇までが2か月弱、懲戒委員会設置から解雇までが13日であったことをもって、法人が組合活動を嫌悪していたということはできない。


ウ よって、広島県労委が主張する法人側の言動等からも、法人が反組合的意思又は動機を有していたと認めるには足りず、そのほかに同意思又は動機を有していたと認めるに足りる事情はない。


(3) 以上より、A2解雇に係る法人の不当労働行為の意思は認められない。
 また、A2解雇は、本件不正受給が悪質なものであったにもかかわらず、A2に反省の態度が見られず、信頼関係が破壊されたこと等を主な理由としてされたというべきであり、本件組合への嫌悪が決定的な動機となってされたものとは認められない。
 よって、いずれにしても、A2解雇が不当労働行為に当たるということはできない。


2 争点⑵ A3解雇の不当労働行為該当性

(1) A3解雇の合理性、相当性

 ①本件配転命令は、令和3年3月17日付けのA2解雇に伴いC1のサービス管理責任者にB4理事を充てざるを得ず、その結果、他に唯一サービス管理責任者の資格を持つA3をC2に配置する必要性があったための措置であったこと、②法人は、同年4月5日の組合との団体交渉や同月21日の協議において、いきなり配転を行うと職場の状況や利用者の混乱を招くというA3の意見を尊重して、本件移行期間を設けることを合意し、職員の異動に関する周知文書をC1の利用者及びその保護者に対して配布していたこと、③同年3月の配置転換の内示及び同年4月1日の本件配転命令に反対し、法人側の説得等を受けて一度は本件配転命令を前提とする本件移行期間について合意したA3が、再び本件配転命令に従うことを拒否し、法人が繰り返し説得を続けたにもかかわらず、さしたる合理的理由も述べないまま、本件配転命令を明確に拒絶し続けたこと、④法人には、A3をC1のサービス管理責任者にしたまま、C2のサービス管理責任者を別途雇用するだけの資金的余裕がなかったこと、⑤本件配転命令後のA3の地位は従前と同様、就労継続支援B型事業所のサービス管理責任者であり、C1とC2の距離も約1.5キロメートルと近接していることなどの事実や事情が認められる。
 これらの事実や事情を踏まえれば、A3の強硬な本件配転命令拒否の態度を受けた法人が、雇用関係の基礎となる信頼関係が破壊されたとして、A3を通常解雇とすることが合理性、相当性を欠くとまではいえない。また、A3から弁明を聴取する懲戒委員会の開催直前に懲戒権者の心証を同委員会の委員であるB3理事やB5弁護士に伝えたことが同委員会の公正性に疑問を生じさせる不適切なものであったといえるとしても、同事情をもってA3解雇が相当性を欠いていたとはいえない。


(2) 以上のとおり、A3解雇は合理性、相当性を欠くことが明らかであるとまではいえず、この点から法人の反組合的意思又は動機を推認することはできないところ、法人側の言動等から法人が反組合的意思又は動機を有していたと認めることができないことは、前記1(2)と同様である。
 また、仮に、法人側の言動等から法人が本件組合を嫌悪していたことが否定できないとしても、前記(1)で説示したところによれば、A3解雇は、A3がさしたる理由もなく本件配転命令を強硬に拒否し、雇用関係の基礎となる信頼関係が破壊されたこと等を主な理由としてされたというべきであり、本件組合への嫌悪が決定的な動機となってされたものとは認められない。
 よって、いずれにしても、A3解雇が不当労働行為に当たるということはできない。


3 結論

 よって、その余の点について判断するまでもなく、A2解雇及びA3解雇が不当労働行為に当たることを前提にされた本件救済命令は違法であるから取り消すこととする。
 
その他   

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顛末情報
事件番号/行訴番号 命令区分/判決区分 命令年月日/判決年月日
広島県労委令和3年(不)第3号・同3年(不)第5号 一部救済 令和4年6月3日
広島高裁令和5年(行コ)第9号 棄却 令和5年11月17日
 
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