労働委員会関係裁判例データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  東京高裁平成28年(行コ)第88号
東海旅客鉄道株式会社不当労働行為救済命令取消請求控訴事件 
控訴人  静岡県(同代表者処分行政庁・静岡県労働委員会) 
控訴人補助参加人  Z1労働組合(「組合」) 
控訴人補助参加人  Z1労働組合Z2地方本部(「Z2地本」、「組合」と併せて「組合ら」) 
被控訴人   Y株式会(「会社」) 
判決年月日  平成29年3月9日 
判決区分  原判決取消 
重要度   
事件概要  1 会社が、静岡支社管内の4運輸区に設置されているZ2地本の掲示板に掲出された掲示物4枚を撤去したことは不当労働行為であるとして、救済申立てがあった事件である。
2 静岡県労委は会社に対し、文書手交を命じ、その余の申立てを棄却した。
3 これを不服として、会社が、静岡地裁に行政訴訟を提起したところ、同地裁は、静岡県労委の救済命令を取り消した。
4 これを不服として、静岡県が、東京高裁に控訴したところ、同高裁は、原判決を取り消した上で、会社の請求を棄却した。  
判決主文  1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審を通じて、被控訴人の負担とする。  
判決の要旨  第3 当裁判所の判断
1 判断の枠組み等について
  この点に関する当裁判所の判断は、以下のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」第3の1及び2(1)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 24頁25行目末尾に行を改めて以下のとおり加える。
 「 そして、当該掲示物の掲出が組合らの正当な組合活動として許される範囲を逸脱したか否かを検討するに当たっては、掲示板が設置されているのがどのような場所であり、掲示物が対象としている読者が主としてどのような者か等の事情や当該掲示物が掲出された当時の会社と組合らとの労使関係の状況、掲示物が掲出されるに至る経緯や動機、掲示物の記載内容が輸送の安全性や顧客へのサービスその他の会社の中心的業務に対する一般的信頼性、信用性にかかわる性質のものか、組合に対する関係で問題となる性質のものか、当該記載内容が上記信用、名誉にどの程度影響を与えるものか等の具体的事情が考慮されるべきである。」
4 本件掲示物が「職場規律を乱す」ものといえるかについて
(2) 苦情処理会議制度は、組合員が労働協約及び就業規則等の適用及び解釈について苦情を有する場合にその解決を図るための制度であり、291条、292条において会議の原則非公開及び秘密の漏えい禁止を定めている趣旨は、会議において苦情を申告した者のプライバシーや人事管理上秘匿すべき事項が開示される可能性があること、こうした内容が公にされることになれば、委員や関係者がこれをおそれて会議において自由な発言や建設的な議論をしにくくなり、苦情処理制度の運営に支障が生ずるおそれがあること等にあるものと解される。
  そして、苦情処理会議で明らかにされた減率適用事由等が「秘密」とされる理由は、A個別の社員の評価や査定項目に関わる会社の人事管理上秘匿すべき事項であること、B当該社員のプライバシーに関する情報であること、C苦情処理会議の委員や関係者が上記情報の漏えいのおそれを危惧して自由な発言を差し控えるなどの事態を防止して、同会議で建設的な議論が行われるようにすることにあると解されるから、本件掲示物とこれらの利益との関係、本件掲示物によるこれらの利益の侵害の内容・程度について検討する。
ア 前記利益Aとの関係
(ウ) 会社は、具体的な減率適用事由が公開されると、減率適用事由に該当する非違行為だけを発生させなければ問題ないという誤った認識が蔓延してそれ以外の遵守事項が徹底されず、各職場において管理者が適切な指導行為をちゅうちょする事態となれば業務指示の遵守を全うすることができなくなり、ひいては会社の最大の使命である安全・安定かつ快適な輸送サービスの提供を全うできないという支障を生じさせるおそれがあると主張する。
  会社の業務遂行に当たって社員が遵守すべき事項は、その職務内容や職務遂行の際の状況等に応じて広範かつ多岐にわたるものと考えられるところ、仮に、具体的な減率適用事由が相当程度網羅的な形で列挙されて示されているような場合には、これを限定列挙として、そこに掲げられていない事項については遵守する必要がないとの誤った認識を生じさせる可能性は否定しきれない。
  しかし、本件各掲示板はいずれも更衣室やトイレ等の付近に設置されており、本件掲示物の読者としては、組合らの組合員のほか、主に社員等会社関係者が想定されるところ、期末手当については、本件賃金規程145条において勤務成績により増減するものとされており、勤務成績の評定が勤務実績、勤務態度等を総合的に勘案して行われるものであることは周知の事柄であって、本件掲示物の読者として想定される者らにとっても同様であると考えられる。そして、本件掲示物に記載された上記①〔列車の45秒早発〕②〔徐行箇所の抜粋失念〕の事象及び(a)〔列車の1分早着〕(b)〔8日間の日勤と再教育等〕の事実については、その内容等に照らし、本件掲不物を見た管理者を含む社員においても、減率適用事由ないしその周辺事情として勤務成績の評定において考慮され得べき事情であると受け止めるのが通常であると推認される一方で、個別的に具体的な減率適用事由が明らかにされることにより、それ以外の事項については遵守する必要がないとの誤解を生じるとは考え難いといわざるを得ない。
(エ) また、会社は、苦情処理会議の内容が記載された本件掲示物の掲出により具体的な減率適用事由が公開されると、管理者と社員との間であつれきが生じて職場内の信頼関係が失われ、管理者による指導が困難となるなどして、人事管理制度そのものが形骸化するおそれが生じると主張し、証拠によれば、かつて、具体的な減率適用事由が掲示物によって公表された結果、当該事由に係る指導を行った管理者が特定されて、当該部下社員から非難の言葉を浴びせられたことがあったとうかがわれる上、証拠によれば、本件掲示物の掲出により、複数の管理者が何らかの心理的抵抗を感じた旨供述しており、これらは会社の上記主張に沿うものということができる。
  他方で、苦情処理会議で説明された減率適用事由について組合側の委員が苦情を申し出た本人に伝えること自体は会社においても容認しているのであるから、上記減率適用事由を伝えられた当該社員と当該事由に係る管理者との間で何らかのあつれきが生じる可能性があることは否定し難い。
  また、会社が労働審判や訴訟の場で明らかにした減率適用事由を記載した掲示物については、会社において撤去を行っていないことがうかがわれるところ、上記掲示物の場合でも、当該社員と当該事由に係る管理者との間であつれきが生じる可能性があるという点では、苦情処理会議に出席した組合側の委員から苦情を申し出た本人に伝えられる場合と同様である(掲示物により広く周知されることになる分だけ、あつれきが生じる可能性が大きいともいえる。)と考えられる。それにもかかわらず、会社が上記掲示物を撤去しなかったのは、上記掲示物が、228条には該当するものの、苦情処理会議での説明内容が記載されているものでなく、291条、292条違反の問題がなかったため、謙抑的に対応したからであるというものである。
  そうすると、個別の事案における具体的な減率適用事由が公開されることにより管理者と社員との間であつれきが生じ得るとしても、そのこと自体は会社においてもある程度織り込み済みの事態であるということができる。
(オ) 以上のとおり、会社にとって、具体的な減率適用事由につき人事管理上秘匿すべき事項としてこれを非公開とする利益を有しているものの、本件のような場合に、これが公開されることにより生じる具体的な不利益の程度はさほど大きなものとはいえない。
イ 前記利益Bとの関係
(ア) 本件掲示物には、本件会議において会社から説明のあった減率適用事由等のうち、①列車の45秒早発の事象、②徐行箇所の抜粋失念の事象、(a)列車の1分早着の事実及び(b)8日間の日勤と再教育等の事実といった当該組合員のプライバシーに属する事柄が記載されているところ、本件掲示物には、当該組合員の氏名や、当該組合員が上記減率適用事由等を公表することにつき同意をしている旨の記載はない。なお、A1は、自らの年末手当に係る減率適用事由の不当性を訴えるために、本件掲示物の発行責任者としてその作成に関与しているのであるから、同人のプライバシー侵害の問題は生じない。
(イ) 会社は、本件掲示物を見た者が、非公開であるはずの苦情処理会議の内容が公開されてしまうものであると誤認し、自身のプライバシーが侵害されるとの危惧を抱いて、自らが苦情申告をすることをちゅうちょするおそれがあり、苦情処理会議制度の適切な運用を著しく妨げることになる旨主張する。
  しかし、本件掲示物は補助参加人Z2地本が所属組合員の受けた年末手当に係る減率適用事由の不当性を訴えるものであるところ、組合が苦情処理会議で知り得た所属組合員のプライバシーに属する情報を当該組合員に無断で公開することは通常考えられない。また、本件掲示物の読者として想定されるのは社員等であるところ、本件掲示物を見た他の組合の組合員等の社員においても、当該組合員の了解を得た上で本件掲示物に掲載されているものと理解するのが一般的であると考えられる。
(ウ) そうすると、本件掲示物を見た社員がプライバシーを侵害されるとの危惧を抱いて苦情申告をすることをちゅうちょするおそれがあるとまでは直ちに認めることができず、これにより苦情処理会議の運用が阻害される具体的なおそれは小さいものというべきである。
ウ 前記利益Cとの関係
(ウ) 他方で、本件掲示物における減率適用事由の一部とその関連で言及された周辺事象の記載の仕方は、時期や場所を特定して具体的な作業ミスの内容を明らかにするようなものではなく、簡潔な項目的記載であって、かつ、当該組合員からの問題提起ないし意見表明の形をとっている(もとより、本件会議におけるやり取りを具体的に生々しく再現しているものでもない。)。
  また、前記のとおり、本件掲示物に記載された減率適用事由等は、その内容等に照らし、本件掲示物を見た管理者を含む社員において、減率適用事由ないしその周辺事情として勤務成績の評定において考慮され得べき事情であるとの受け止め方をされるものである。
  さらに、①列車の45秒早発の事実は、会社の業務用掲示に「事故速報」及び「早発事故について」として具体的な事実経過等とともに掲出されており、(b)8日間の日勤は乗務員の勤務予定の確認表に記載されており、徐行箇所の抜粋失念の場合に2時間の教育を受けることは事前に職場の業務用掲示で明らかにされていたものであって、これらの事象が本件掲示物の発行責任者として記載されているA1についてのものであると理解する読者もある程度存在していたものと考えられる。
  こうした事情は、前記(イ)で指摘した本件掲示物に記載された減率適用事由等の秘密としての保護の必要性を減殺する方向に働くものということができる。
(エ) そして、苦情処理会議における会社側からの減率適用事由に関する説明は、作業ミス等の非違行為があった都度管理者から注意や指導がされており、そのことを苦情申告した社員本人は承知しているはずであるとして、その記憶を喚起して、社員本人に確認してもらうことを目的として行われており、減率適用事由の全てが開示されるわけではなく、そのうちのいくつかが例示されるにとどまるもので、その例示の際も、具体的な非違行為の発生日時・場所等も必ずしも詳しく明らかにされないことがあるとうかがわれるところ、こうした苦情処理会議での説明の在り方に加えて、前記(ウ)の認定説示にも鑑みれば、本件掲示物が掲出されることによる苦情処理会議の委員や関係者に対する具体的な萎縮的効果の程度は必ずしも大きいものとはいえない。
エ 組合活動としての正当性
(ア) 本件掲示物は、全体として、Z2地本が組合員の受けた期末手当の減率適用事由につきその不当性を訴え、当該組合員が本件専任社員制度において差別的取扱いを受けること、ひいてはこのような理不尽な取扱いが他の社員にも適用されるのではないかと危惧し、組合活動の一環としてこれに抗議するとともに今後も闘っていく決意を示すものである。
(イ) 組合らは、高齢者雇用安定法の施行に伴い導入された定年後の再雇用制度である本件専任社員制度に反対の姿勢を示し、本件専任社員制度における不利益取扱いに結び付く期末手当の減額が不当にされていることに対する抗議運動を呼び掛けてきたものであるところ、労働者の労働条件については本来義務的団交事項に属するものであり、平成16年の専任社員制度の導入直前の平成15年頃から組合らの組合員で減率適用を受ける者が増えたとの事情があったことを踏まえると、会社による組合らの組合員に対する差別的取扱いが実際にあったのかどうかは別にして、組合らが不当な差別があると受け止めて抗議運動をすること自体には組合活動としての正当性が認められる。
  そして、不当な期末手当の減額を訴えて組合らの組合員その他の社員の理解と共感を得るためには、その不当性を具体的に示すために減率適用事由を明らかにすることには一定の必要性があるということができる。
5 まとめ
  以上のとおり、本件掲示物は人事管理上秘匿すべき事項に該当する本件会議で説明された具体的な減率適用事由等を記載したものであるところ、人事管理上秘匿すべき事項が公開されること自体から生じる管理者と社員との間のあつれき等の弊害の程度はさほど大きいとは認められず、本件会議で説明された減率適用事由が公にされることによる苦情処理会議の委員や関係者に対する萎縮的効果ないしこれに起因する運用上の弊害については、これを軽視することはできないものの、必ずしも大きなものとまではいい難い。これに対し、本件掲示物の掲出は、組合らの組合活動としてその目的において正当であり、その記載内容が291条、292条に反するものであるものの、その不当性の程度は、著しいものとはいえない。
  前提事実及び前記認定事実を踏まえて、これまでの検討してきたところを総合考慮すれば、本件掲示物については、「職場規律を乱す」ものという本件撤去要件を充足するものとまでは断じ難く、仮にその記載内容の一部がこれに該当するとしても、これを掲出する行為を全体としてみれば、組合らの正当な組合活動として許容され得る範囲を逸脱するものではないと解するのが相当である。そして、会社は、このような内容の本件掲示物を撤去することを当然認識しているのであるから、その反組合的行為の意思も推認されるというべきである。
  そうすると、会社による本件掲示物の撤去は不当労働行為に当たるというべきであるから、本件命令に誤りはない。 
その他   

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顛末情報
事件番号/行訴番号 命令区分/判決区分 命令年月日/判決年月日
静労委平成25年(不)第1号 一部救済 平成26年8月28日
静岡地裁平成26年(行ウ)第22号 全部取消 平成28年1月28日
最高裁平成29年(行ヒ)第253号 上告不受理 平成29年9月12日
 
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