III まとめ


1.経営とコーポレート・ガバナンス 〜変化と持続〜

 包括的な経営改革が進められ、コーポレート・ガバナンスの見直しも行われている。本調査によれば、経営およびコーポレート・ガバナンスに関わる改革として少なくとも5つの動きが注目される。
 
5つの改革)
 第1に、自己責任経営の明確化と企業グループとしての連結経営の強化が同時に進められていることである。
 このうち、企業グループの連結経営の強化に関わる改革として、たとえば役員の少数化や会議の集約化をともなう経営トップの意思決定のスピードアップ、財務部門の強化、関連企業の整理・統合、持ち株会社の創設、企業グループ人事管理の進展などがあげられる。また、自己責任経営の明確化には「小さな本社」の構築、執行役員制度の導入、社内分社化・子会社化、取締役経験者が常任監査役になることの抑制、さらに社内分社・子会社における労働条件決定の親会社からの自立性といった内容がふくまれよう。
 その逆に、社内分社化・子会社化といっても、資金調達、投資決済、役員人事などの面で社内分社のみならず子会社も親会社から必ずしも自立的でないのは、企業グループとしての連結経営の強化によるものである。
 では、この自己責任経営の明確化と企業グループとしての連結経営の強化がめざしているものはなにか。その象徴的な表れといってよい社内分社化・子会社化の目的(市場の変化に敏感に対応するため、既存事業部の整理・再編のためであった)から類推すれば、要するに、企業(グループ)としての市場競争力を強めていくことであり、それによる企業(グループ)としての発展的成長が大きな経営改革の目的ということになるだろう。
 第2に、自己責任経営の明確化と企業グループとしての連結経営の強化という基本設計に関連して、いま役員制度・運用および経営執行組織のありようが問い直されている。
 ひとつは、役員の業績主義的少数精鋭化であり、いまひとつが経営執行組織の集権的効率化である。このうち、前者にはたとえば経営首脳の任期制、役員の定年制、執行役員制度の導入、役員抜擢人事の促進、業績査定による役員報酬格差拡大、ストックオプション制の導入といったことがあり、また後者には常務会など経営首脳会議の改廃、「小さな本社」の構築、持ち株会社の創設といった内容がふくまれる。
 第3に、重視する経営指標にも注目すべき変化が生じている。全体的にはたとえば製造業、サービス業、小売業、建設業がそうであるように、売上高から経常利益へといったシフトがおきている。しかも、この経常利益重視という経営の姿勢は、機関投資家の主要な関心とよくフィットしている。
 他方、金融保険業を除けば、株主資本利益率を重視する企業はまだまだ少数派にとどまる。
 第4に、間接金融から直接金融への変化が生じている。最近3年間の実績に加えて、今後の取り組み予定まで視野にいれていえば――間接金融の消滅ということではないが――、たしかに銀行借り入れから社債発行へあるいは株式発行へといった流れを観察することができる。とくに社債への関心は強い。
 第5に、株主とのインターフェイスという点でも多くの努力が払われている。たとえば、非効率的な株の持ち合い解消、資産の流動化、経常利益の重視、自己株の償却がその例である。
 しかし同時に、安定株主の存在は重要であり、そのために機関投資家にたいする業績説明会の開催がこの数年のうちに活発化した。また一般株主向けもふくめた投資関連情報の開示も進められている。
 
持続的側面)
 コーポレート・ガバナンスをふくむこれらの変革がめざしているものは、すでにみたように企業(グループ)としての市場競争力の高度化であり、その成果である企業の成長と繁栄であり、ひいてはステークホールダーへの利益還元であるといってよい。ということは、上記5つの改革にもかかわらず、これからも大切にされるだろう持続的側面があるということであろう。では、なにが変わらないのか、あるいは変えないというのか。
 第1に、優先的ステークホールダーという点では、従業員と株主、その後に経営者がくる。従業員重視・株主軽視ということではない。この構図はこれまでもみられたものである。
 第2に、非効率的な株の持ち合い解消は進めるが、それは安定株主が要らないということではない。これからも安定株主を大切にしていこうという姿勢ははっきりしている。
 では、どのようにしてか。ひとつは、投資関連情報の積極的開示のほか、たとえば機関投資家にたいする業績説明会の開催など株主広報活動の活発化を通じてである。いまひとつには、もっと根本的にすでにみたような企業の繁栄にもとづく利益還元によってである。
 第3に、その機関投資家など安定株主の関心は、機関投資家アナリスト・ファンドマネージャーの関心から類推するかぎり、企業の経営戦略、主要商品の詳細情報、経常利益などに注がれている。機関投資家は経営組織や雇用慣行などの制度的改革にはほとんど関心がない。そうした改革は経営者が判断すべきことがらであるとみなしている。かれらの関心はそうした制度装置を用いて(あるいは制度改革によって)いかなる経営パフォーマンスが達成されるかにある。
 子会社にたいする親会社からの発言といったことを別にすれば、株主は雇用慣行をふくめた経営制度・行動にかんして一般的に発言しないというこの基本的姿勢は、これまでも支配的なものであった。
 第4に、外部取締役の導入状況(最近3年間で「実施した」が19.3%、「検討中」が14.2%)および社長の強い役員人事権についての回答結果(「あてはまる」が75.9%、「望ましい」が62.0%)から推察すると、これからも内部昇進型役員が支配的な比重を占め、その選考にあたっては依然として社長が大きな影響力を発揮していくと考えられる。
 したがって、経営理念としての優先的ステークホールダー、安定株主との良好な関係、「発言しない」安定株主、内部昇進型の役員輩出パターン、社長の強い役員人事権といったことがらについては――経営組織、意思決定機関、役員人事・制度管理、経営指標、コーポレート・ガバナンス、株主広報活動などの改革にもかかわらず――、急激な変化が生じるとは考えられない。



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