第2部 欧米主要国における労働力需給調整システムの現状 労働市場において需給調整を担う事業としては、公共職業安定機関の他に、民間職業 紹介事業や労働者派遣事業がある。英、米等では早くから民間職業紹介事業が認められ てきたが、大陸ヨーロッパ諸国も、1990年代に入り相次いで民間職業紹介機関が広く認 められるようになってきた。労働者派遣事業についても、国によって規制の程度は異な るものの、その利用は伸びてきている。情報を提供する機能としては、最近ではインタ ーネットを利用した労働力需給調整も拡大しつつある。 こうした動きの中で、公共職業安定機関の重要性については、益々重視されてきてい る。それについては、多くの国で失業者に占める長期失業者のウェイトが高いこと、若 年層の失業率が高いこと等への解決策として、従来の失業中の所得保障を中心とした受 動的労働市場政策から、職業紹介、職業訓練、雇用創出といった積極的労働市場政策に 重点が移ってきていることが背景にある。そして、このような状況の下、各国において は公共職業安定機関のサービス向上のための様々な取組を行っている。 今回は、主要先進諸国の中から、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、アメリカ、 カナダ、オーストラリアを取り上げ、公共職業安定機関を中心に民間職業紹介事業、労 働者派遣事業等他の労働力需給調整機関も併せて分析し、各国の労働力需給調整システ ムを概観するとともに、国際機関等の議論も紹介し、今後の労働力需給調整システム、 とりわけ公共職業安定機関の役割について展望した。 1 職業紹介機関の沿革 (1) 公共職業安定機関 公共職業安定機関の提供するサービスは国により様々であり、各国の雇用政策 上の課題、労働力需給調整に関連する諸機関のシステム、財源、公共職業安定機 関の組織と人員等から、どのサービスを優先するか、どのようにサービスを提供 するか、等が決まってくる。しかしながら、概ね各国に共通する公共職業安定機 関の主要な機能としては、情報提供、職業紹介、失業期間中の所得保障、雇用の 助成等が挙げられる。職業紹介における求職活動への支援措置は、有効な積極的 労働市場政策の一つで、各国においては、その早期提供により失業期間の短縮を 目指している。また、公共職業安定機関は、失業給付と積極的プログラムへの参 加を結びつけることにより、失業給付受給者の就労インセンティブの減退の問題 を軽減させることができる。 公共職業安定機関は、@労働省あるいはそれに相当する省庁の一組織であり、 その直接監督下にある(イギリス、カナダ)、A国の機関又は関連機関ではある が、三者構成の管理委員会に責任を持つものによって監督されるある程度の自立 性を持った機関である(ドイツ、フランス)、B中央政府と協力体制を組みなが らも、地方政府が管理運営する(イタリア、アメリカ)、の3つに大別できる。 なお、オーストラリアでは、1998年から公共職業安定機関であるCES(Common wealth Employment Service:連邦雇用サービス)が廃止され、職業紹介業務が 民間委託されている。 (2) 民間職業紹介事業と労働者派遣事業 近年まで、先進諸国においては、職業紹介事業が民間機関に対して禁止されて いる国が多かった。なお、イギリスでは民間職業紹介事業はこれまで禁止された ことはなく、アメリカは1920年、オーストラリアは1947年に解禁されている。ド イツ、イタリアをはじめ大陸欧州各国では1990年代に入り解禁された。一方、労 働者派遣事業についても、従来禁止されていたドイツ、イタリアも、現在では認 められており、事業所数、派遣労働者数とも伸びてきている。 (3) 公共職業安定機関と民間労働力需給調整機関との競合、市場シェア 市場シェアをみる基準としては、@全求人のうち、公共職業安定機関に登録さ れる求人の割合、A全求職者に占める公共職業安定機関登録者の割合、B全採用 数に占める公共職業安定機関の紹介件数の割合、の3つがある。 欧州雇用観測所の資料に基づき1990年代初頭の市場シェアの推計を見てみると (表1)、まず、@の求人件数に占める登録求人割合はアメリカを除くと25〜40 %程度となっている。Bの採用件数に占める割合はアメリカを除くと10〜30%程 度となっている。アメリカは、@及びBのいずれにおいても公共職業安定機関の シェアは低くなっている。 EUの統計に基づき求職活動におけるシェアをみてみると(表2)、欧州では 概ねどこの国でも公共職業安定機関の利用が最も多くなっている。民間職業紹介 サービス(この中には労働者派遣事業も含まれる)を主たる求職方法とする者の 割合は、民間機関による職業紹介が認められているか否かに関わらずどこの国で も低く、むしろ広告、直接応募等他の方法が中心となっている。 2 公共職業安定機関の動向 (1) サービス向上をめぐる動き 先進各国では、高失業とりわけ構造的な失業に対し労働市場における需給調整 の改善が重要なテーマになっているだけでなく、多くの国において行政の効率化 が求められている。こうした状況下にあって積極的労働市場政策をより効率的に 実施するため、今回取り上げた国においては公共職業安定機関のサービス向上の ための様々な取組を行っている。 (2) 地域の実情にあったサービスの提供体制の整備 労働市場政策については、全国斉一的な制度となっている国が大半であるが、 地方自治体の関与も徐々に進んでおり、自治体の中には公共職業安定機関のみな らず民間労働力需給調整機関をもその政策実現のパートナーとしているケースも ある。アメリカでは、従来より公共職業安定機関は州の機関であり、連邦の基準 は示されるが、州によって提供されるサービス等も異なっている。イタリアでは 1997年の改正により職業紹介及び積極的労働政策に関する任務及び権限が国から 州及び県に委譲されている。カナダでは、人的資源省の管轄により、連邦で統一 的な制度運営がなされているが、1996年の雇用保険法改正により州政府の要請に よる積極的労働市場政策に係る事務の移管が行われている。ドイツでは、全国斉 一的な制度になってはいるが、実際のプログラムの運営等に当たっては、各地域 あるいは各安定所レベルに一定の裁量が与えられ、地域の実情に即した運営が可 能となっている。 (3) 民間労働力需給調整機関との協力体制の整備 これについては、各国ともまだ目立った動きは見られないが、ドイツでは、民 間職業紹介機関は求人・求職に関する統計を連邦行政機関に報告すること等が義 務付けられている。イタリアにおいては、新しく設立される情報システムにおい て、公共職業安定機関のみならず民間機関(民間職業紹介事業及び労働者派遣事 業)も求人情報の提供が義務付けられている。 3 インターネット等を通じた労働力需給調整 各国においては、インターネット等情報システムの整備、これを通じた情報提供 等が進んでいる。公共職業安定機関においてその業務遂行のためにインターネット 等の活用を積極的に図っている国がみられるほか、民間業者によるインターネット による情報提供が拡大している国もある。 アメリカ、カナダなどでは、各種求人情報サイトが存在する中で、求人数、アク セス数等も公共職業安定機関のサイトが圧倒的分量を誇っている。公共職業安定機 関の業務に及ぼす影響でみても、ドイツでは連邦雇用庁がSIS(求人情報システム )によりインターネットを通じた求人情報の提供を開始して以来、求人を公共職業 安定機関に届ける企業数が大幅に増加するなどの効果が見られる。 政府自らが有する求人情報をインターネットで提供するだけでなく、オーストラ リアのように、より広く民間労働力需給調整機関の有する情報も併せて提供する取 組を行っている国もある。 これらの情報へのアクセス手段として、個人の有するコンピュータや公共機関内 の設備の他、よりアクセスの機会を増やすため、ショッピングセンター、駅等に端 末の設置を進めている国もある。 4 労働力需給調整システムの展望 民間職業紹介事業、労働者派遣事業等様々な形態の民間機関の労働力需給調整シ ステムへの参入は、各国において程度の差こそあれ進展している。また、新聞広告 やインターネット等他の媒介の存在も大きい。特に、近年における民間業者のイン ターネットによる求人情報サービスの発達は目覚ましく、今後も更に拡大していく ものと考えられる。このような状況の中で、労働市場において公共職業安定機関が 占めるシェアは必ずしも大きくない。しかしながら、今回取り上げた国の中では、 オーストラリアを除き、公共職業安定機関を否定し民営化するという動きはみられ ない。公共職業安定機関は、求人者、求職者に対して無料のサービスを公平に利用 できるよう提供することにより、全ての国民に対して職業選択の自由を実質的に保 証するための制度的基盤である。さらに、公共職業安定機関は、長期失業者や障害 者等就職困難者に対する紹介など、民間労働力需給調整機関のみでは充足が困難な 分野での役割が大きい。また、近年積極的労働市場政策の重要性が益々注目される 中で、公共職業安定機関の重要性は今後更に高まっていくものと考えられる。 こうした中で、今回取り上げた国々においても公共職業安定機関の機能を高める ため、様々な取組が行われている。また、労働市場の構造変化、働き方の多様化が 進展する中で、労働市場全体のより一層の需給調整機能の強化が必要となっている。 今後、民間の労働力需給調整機関についても、その特長を生かし十分な役割を果た すことができるようにすることが重要であり、公共職業安定機関と民間労働力需給 調整機関が相まって労働市場全体の需給調整機能の強化が図られるべきである。民 間の労働力需給調整機関との関係についても、両者の特性や手法の違い等を踏まえ つつ、労働市場全体のより一層の需給調整機能の強化に向けた円滑な協力関係の構 築が必要となっている。 今回取り上げた国々における、公共職業安定機関を中心とした労働力需給調整シ ステムをめぐる現状、特に公共職業安定機関の機能を高めるための取組、インター ネットの積極的な利用等は今後の労働力需給調整システムのあり方を検討していく ためには、大いに示唆に富んだ情報を含んでいるものと思われる。