第1部 1997〜98年の海外労働情勢

トピック:アメリカ
 「AMERlCA UNEQUAL(アメリカの不平等)」

 近年、アメリカでは好調な経済に支えられて雇用失業状況の改善が著しく、失業率は4%台後半に定着するとともに、93年以降1,400万人を超える雇用が創出されており、クリントン政権はこれを同政権の成果として誇示している(図1参照)。

図1 雇用者数及び失業率の推移


 しかし、これに対しては、雇用が伸びているほどには労働者の生活は改善されておらず、むしろアメリカにおける貧富の格差は拡大しているという批判がある。すなわち、1970年代以降アメリカにおいては経済成長の成果が、収入の多い層にのみ配分され、収入が少ない層はかえって経済的に後退したために、アメリカ国民の経済状況は二極分化し、中間層が失われ、貧困層が拡大しており、そのことがアメリカ社会の大きな不安材料となっているという批判である。
 以下、アメリカにおける格差の拡大の状況について概観する。


1 賃金の状況
(1)賃金格差
 成人男性を賃金水準によって10の階層に分類し、その第9十分位数を第1十分位数で割った数値(この数値が大きくなるほど賃金格差が拡大していることを示す)の推移をみると、80年には3.26であったが、90年には3.96、95年には4.35となり、80年代以降賃金格差は一貫して拡大している。(図2参照)

図2 賃金格差の推移(男性の賃金)


(2)賃金上昇率の推移
 実質賃金上昇率(名目賃金上昇率をインフレ率でデフレートしたもの)の推移をみると、70年代半ば以降、ほぼマイナスの伸び率となっており、アメリカの労働者が経済成長の恩恵を十分受けていなかったことが示される。ただし、96、97年とプラスに転じている。(図3参照)

図3 実質及び名目賃金上昇率の推移


2 家計所得及び貧困の状況
(1)家計の所得格差

@ 五分位数による分析
 国民を世帯ごとの所得に基づいて20%ずつの1−5分類に分け、国家の総収入がそれぞれの階層に配分された割合をみると、76年以降、配分収入が増えているのは所得が上位20%の富裕世帯(第5五分位)のみであり、それ以外の所得階層では収入は減少している。(図4参照)また、それぞれの所得階層における平均所得の推移をみると、下位20%の貧困世帝(第1五分位)では67年から96年にかけて22.3%しか上昇していないのに対して、上位20%の富裕世帯では同期問に48.9%上昇しており、所得格差の拡大を示している。

図4 収入階層別所得配分の推移(1976年、1986年、1996年)

A Gini係数による分析
 Gini係数(収入格差を表す。係数が1に近づくほど、格差が大きいことを示す。)の推移をみると、93年以降は上昇は緩やかになっているものの、長期的には68年以降一貫して上昇傾向にあり、収入格差は拡大している。(図5参照)

図5 Gini係数の推移

(2)家計の中位所得
 アメリカの家計の中位所得は、95年に前年比2.7%増の3万5,082ドルとなり、前回の景気拡大期のピークであった89年以来初めて増加に転じ、96年も同1.2%増の3万5,492ドルと増加を続けている。これを人種別にみると、白人家計(非ヒスパニック)が最も所得が高く、96年では3万8,787ドルとなっており、次いでヒスパニック家計(2万4,906ドル)、黒人家計(2万3,482ドル)となっている。
 長期的にみると、全人種の家計の中位所得は、70年代以降伸び悩んでいたが80年代に入って緩やかに増加し、89年にピークとなった。しかし、その後は再び減少し、95年以降増加に転じているものの、89年の水準には至っていない。また、人種別にみると、70年代の終わりから90年代初めにかけて、黒人家計及びヒスパニック家計の中位所得は伸び悩み、白人家計との格差が拡大した。ただし、93年以降、黒人家計の中位所得の伸び率は白人家計の伸び率を大きく上回っている。(図6参照)

図6 家計中位所得の推移

(3)家計の貧困率
 アメリカでは、貧困と分類される家計所得の最低ラインが家族の人員、構成ごとに定められており、政府が定めた「貧困水準」(当該年の必須食料購入額を計算し、それを3倍した額。96年の4人家族の貧困水準所得は16,036ドル。)以下の所得しか得られない層が貧困層とされている。その貧困層に属する国民の総人口に占める割合を示す貧困率を長期的にみると、全人種の貧困率は、70年代は低水準で推移し、73年には11.1%と最も低くなったが、80年代に入り上昇した。その後、94年以降は再び低下し、96年は13.7%となっているが、70年代の水準までは至っておらず、貧困層をめぐる状況は依然として厳しいといえる。これを人種別にみると、黒人、ヒスパニックは全人種平均より大幅に貧困率が高く、96年では白人は11.2%(93年は12.2%)、黒人は28.4%(同33.1%)、ヒスパニックは29.4%(同30.6%)となっているが、黒人の貧困率の低下が顕著である。(図7参照)

図7 貧困率の推移

3 賃金格差拡大の原因
 以上のような、70年代半ばから90年代にかけてのアメリカにおける賃金を中心とする格差の大幅な拡大について、[1997年大統領経済報告」によると、その主な原因は技術革新の影響が最も大きく、次いで国際貿易、実質最低賃金の低下、労働組合組織率の低下、移民の増加等であるとしている。
 これらの原因について、専門家による分析は以下のとおりである。

(1)技術革新
 70年代以降のコンピューターの発達等技術革新の進展に伴って、企業ではコンピューターに精通した高技能労働者に対する需要が高まり、従来の低技能労働者の仕事はコンピューターに代替されるなど減少することとなった。このような技術革新は、高技能労働者の生産性を相対的に高めたために、企業は高賃金ではあるが高技能の労働者をより多く雇うようになり、低技能労働者の就労機会は失われていった。

(2)国際貿易
 経済のグローバル化の進展により、アメリカ市場への途上国からの輸入品が増加し、また、企業は安い労働コストを求めて生産拠点を海外に移転したために、途上国からの輸入品と競合するアメリカ産品への需要が低下した。その結果、アメリカの低技能労働者の職は失われ、賃金は低下し、未熟練の外国人労働者とも競合しなければならなくなった。このように国際貿易の進展により、専門性の高い高技能労働者への需要が高まる一方で、低技能労働者は賃金の低下あるいは失業という状況に直面することとなった。

(3)実質最低賃金の低下
 81年から90年4月までの間、アメリカの最低賃金は時間当たり3.35ドルに据え置かれていたため、インフレの上昇を勘案すると実質的な価値はこの間に44%も減少した。その後、91年4月に時給4.25ドルに引き上げられたものの、90年代初期における実質最低賃金は70年代のそれを下回っており、このような最低賃金の価値の低下が、最低賃金レベルの階層の賃金水準の低下をもたらし、賃金格差が拡大することとなった。

(4)労働組合組織率の低下
 労働組合は、組合員の賃金を上昇させることにより賃金格差を縮小させる役割を果たしてきたが、組合員数の減少によりその賃金上昇圧力が低下し、賃金格差が拡大した。

(5)移民の増加
 合法移民及び違法移民はアメリカ人労働者と比べて学歴が低く低技能である場合が多く、このような移民の流入により70年代の終わり頃から低技能労働者が大幅に増加したために、これらの労働者の賃金が低下した。

(6)その他
 経済構造の変化によって雇用が比較的高賃金業種である製造業から比較的低賃金業種のサービス産業へ移行し、またパートタイム労働や派遣労働などの臨時雇用者の拡大により賃金の不安定性が増した。


4 格差を是正するための政策
 連邦政府は「1998年大統領経済報告」においても示されたように、技術革新、経済成長の成果をアメリカ国民が等しく享受し、所得格差・賃金格差を是正するためには人的投資が必要であるとして、すべての国民に対する教育訓練の実施や医療保険の拡大、福祉改革による就労機会の拡大等を優先すべき政策と位置づけている。

(1)教育
 97年財政均衡法では、教育に対して最も多くの投資をすることとされており、初等・中等教育及び高等教育以上の教育の質の向上と機会の拡大を目指している。とりわけ、近年、大卒者の賃金が高卒者の賃金に比べて急激に伸びていることから、高等教育以上の教育が重視されている。さらに、技術革新に適応する高度な技能を身に付けるために、労働者の教育訓練の機会を拡大していくとしている。

(2)医療
 政府は、国民に対する医療を促進するために医療保険の適用を拡大するとしており、97年財政均衡法においても、メディケイド(貧困者を対象とした公的医療保険制度)等によって、今後5年間で500万人の子供に医療保険を提供するために、州政府に総額240億ドルの補助金を支給することが合意されている。

(3)福祉改革
 政府は、国民が福祉に依存することなく適度な生活水準を維持できるような福祉制度を目指しており、就労意欲の促進を図ることと地域社会による協力を組み合わせた政策によって福祉受給者の自立を図ろうとしている。

参考文献: アメリカ労働省「Employment and Earnings」
アメリカ商務省
「1996年米国人口統計調査(所得部分、貧困部分)」
「Survey of Current Business」
OECD「Employment Outlook1996」
Sheldon Danziger「AMERlCA UNEQUAL」
「1997年度大統領経済報告」
「1998年度大統領経済報告」



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