第1部 1997〜98年の海外労働情勢

トピック:オランダ
 「オランダ・モデル」と呼ばれる好調な労働市場

 オランダでは、労働市場の好調が続いている。失業率は顕著に低下しており、97年は前年より0.9ポイント低下して5.8%(OECD見込み)であった。この傾向は98、99年も継続すると予測されている。他の多くのヨーロッパ諸国、とりわけドイツ、フランスと比較して好調なパフォーマンスは、「オランダ・モデル」と呼ばれ、近年注目を集めている。
 以下では、OECDによるオランダの経済審査(97年)やオランダ政府の資料等により、このように近年非常に注目される動きを示しているオランダの労働市場や経済・社会の構造改革について概観する。

図1 失業率の推移

1 雇用・失業の動向と特徴
 オランダでは、失業率が2けたを記録していた80年代初頭以降、90年代初期の経済後退に対応して失業率が上昇した一時期を除いて、顕著に失業率が改善している(図1)。94年に7.6%になった後、95年7.1%、96年6.7%、97年5.8%と低下している。これは、同じヨーロッパ大陸諸国である近隣のドイツ、フランスが10%以上の失業率を示しているのと対照的な結果となっている。
 雇用の特徴としては、全雇用者数に占めるパートタイム労働者の割合が高いことが挙げられる(表1)。96年には36.5%とOECD諸国中で最高水準であった。82年以降に創出された雇用の3分の2以上はパートタイム雇用となっている。また、これと関連して、過去10年間に女性の労働力率が急速に上昇しており、95年には59.1%と主要先進国(米58.9%、英52.8%、独48.2%、仏47.9%。ILO「Yearbook of Labour Statistics」により算出。)と比べて最も高くなっている。
 一方、失業の特徴としては、長期失業者の割合の高さがあり、全失業者に占める1年以上失業している長期失業者の割合は96年に49.0%と、他のヨーロッパ諸国(英39.8%、独48.3%、仏39.5%。英仏は96年、独は95年の数値。OECD「Employment Outlook」。)と比較して高くなっている。


表1 各国のパートタイム労働者の割合の推移


2 経済、社会の構造改革の歴史的背景
 オランダ経済は、70年代から80年代初頭にかけて、生産性の伸びを超える大幅な賃上げ、2回のオイル・ショック等により深刻な景気後退に陥り、インフレの亢進、生産と雇用の伸びの鈍化、失業率の2けた台への上昇、社会保障関連予算の膨張等が起こった。他のヨーロッパ諸国と比べても特に危機的な同国の経済状況は、「オランダ病」と呼ばれた。
 このように経済再建に向けた取組の開始に一刻の猶予もないことが明らかになったことから、その改革プロセスは80年代早期に開始された。すなわち82年に誕生したキリスト教民主党、自由民主党の中道右派連立政権は、財政支出の抑制、社会保障制度の見直し等の経済政策の主要な方針転換を行い、構造改革に乗り出した。その中で、労働市場の構造改革は、「ワッセナーの合意」により開始された。

 「ワッセナーの合意」は、82年、賃金上昇率の抑制について政労使が合意したものである。70年代から80年代初頭にかけての大幅な賃上げが失業率の上昇につながったとの反省によって、政府のイニシアティブにより実現した。同合意では、賃金上昇率の抑制のほか、パートタイム雇用の創出、早期退職制度、及び労働時間短縮を通じて雇用を促進するプログラムの実施が約束されるとともに、今後も政労使がソーシャル・パートナーとして対話し協調していくことが確認された。この賃金の抑制策及び労使のコンセンサスを重視する手法は、「オランダ・モデル」の土台となるものである。なお、「ワッセナー」とは、この合意が形成された地名で、アムステルダム近郊にある。


3 労働市場の構造改革
 オランダでは、80年代初頭以降、「ワッセナーの合意」にみられるような労使間のコンセンサスの形成をキーワードとし、@賃金調整政策、Aパートタイム労働者の雇用促進、B社会保障制度改革を中心とした、労働市場の柔軟性を高めるための構造改革を行ってきた。OECDも、オランダは、労使と協調し、社会的一体性を脅かすことなく、コンセンサス形成を通じて構造改革を導入した好事例として取り上げている。

(1)賃金の調整政策
 上述のように、82年、賃金上昇率の抑制について政労使間の合意が結ばれ(「ワッセナーの合意」)、この合意を労使が履行していくことによって、実質賃金はその後ほぼ横ばいで推移している(図2)。
 一方、政府は、その賃金政策において、国民所得の増加を異なる広い階層にできるだけバランス良く分配するために、労使との協議等を通じて、賃金の調整を図ってきた。これにより、賃金格差の拡大も抑制されてきた。


図2 実質及び名目賃金上昇率の推移


(2)パートタイム労働者の雇用促進
 オランダはOECD諸国の中で最もパートタイム労働者の割合が高くなっている。政労使は、82年以降の新しい経済政策の初期段階から、既にパートタイム労働の促進に焦点を合わせていた。パートタイム労働者とフルタイム労働者は、社会保障、労働法上の取り扱い、雇用期間等において均等待遇が原則とされた。政府は、パートタイム労働者を雇用する事業主への補助金の支給、政府機関におけるパートタイム労働者の雇用等により、パートタイム労働者の雇用促進を図った。多くの事業主は、業務量の変動に合わせて労働力を調整できる柔軟性の増大という観点からこれを歓迎し、一方、労働者側も、明らかに他の多くの加盟国よりも余暇と家族生活を志向している社会文化的な価値観を反映し、パートタイム労働を歓迎していると言われている。また、パートタイム労働の増加は、サービス業の急速な成長と関連し、主に女性によって充足される新しい雇用を創出した。結果として、女性の労働力率が上昇し、複数の勤労者がいる世帯数が増加したことから、賃金上昇率の抑制がより受け入れられやすくなった。このようなパートタイム労働の普及が、良好な労働市場の一因と言われている。

(3)社会保障制度改革
 オランダにおける80年代の社会保障制度改革は、就労可能な年齢にある者は誰もがまず就労する機会を与えられ、失業、病気、高齢、障害等により就労が困難になったときにはじめて、社会保障制度の適用対象者になること、すなわち本当に必要性のある者のみが社会保障給付を受給するとの原則の下に実施された。同改革の目的は、社会保障予算を削減すること以上に、長期失業者や障害者等の社会保障給付受給者の就労へのインセンティブを高め、雇用機会を与えることにあった。
 85年に失業給付及び障害給付の給付水準が前職賃金の80%から70%に削減され、91年及び95年には、これらの受給資格要件の厳格化が図られた。96年には社会保障給付申請者数が初めて減少し、97年も同様に減少傾向にある。


4 労働市場の更なる柔軟化をめぐる最近の動き
 政府は、雇用形態の多様化が進展する中で、95年以降、労働市場の柔軟化を更に進展させるとともに、それによって必要な労働者保護が損なわれることがないように、両者間の適切なバランスを保つことを目的として、@「労働時間法」の制定(95年)、A「労働市場の柔軟化及び雇用の安定に係る法案」の議会提出(98年中成立予定)などの新しい施策を展開している。

(1)労働時間法の制定
 95年には、1919年に労働法が制定されて以来の労働時間制度の大幅な改正が行われた。労働時間法の改正にあたっては長期間にわたる議論があったが、95年6月に法案が議会に提出され、同年12月に可決され、96年1月から施行された。
 今般の改正は、労働時間の標準的な規定を設けた上で、さらに労使合意によりこれを弾力化することができる点が特徴として挙げられる。すなわち、労働時間法では、法定労働時間、休憩、休日労働、深夜労働、時間外労働等について、法定の上限とともに協議規定上限を設け、労使の合意があれば協議規定上限の範囲まで柔軟に労働時間を編成することができることとなった。一方で、労働者保護も拡充されており、女性及び若年者の危険業務、深夜労働についての特別な規定が設けられている。

(2)労働市場の柔軟化及び雇用の安定に係る法案の議会提出
 97年3月、労働市場の柔軟化及び雇用の安定に係る法案が議会に提出された。同法案は、労働市場の柔軟性と雇用の安定のバランスの取れた雇用関係の推進を目的としたものであり、@解雇規制の緩和、A派遣労働者等の新しい雇用形態による労働者の法的地位の強化、B労働者派遣事業に係る許可制の廃止を柱としており、98年中の成立、施行が予定されている。
 解雇規制の緩和の主なポイントとしては、事業主都合により雇用契約を終了させる場合の告知期間が現行の6ケ月前から4ケ月前に短縮されること等が挙げられる。
 新しい雇用形態による労働者の法的地位の強化のポイントとしては、@契約期間が不定の派遣労働契約や3回以上更新された派遣労働契約を終了させるとき、派遣元事業主は当該労働者に事前に契約終了の告知を行うとともに、公共職業安定所に雇用終了の許可を受けることが必要とされること、A明示的な雇用契約を結んでいない労働者であっても、規則的に(毎週、又は少なくとも月20時間)3ケ月以上同一の事業主の元で就労したとき、雇用契約があったものとみなされること、B事業主の求めに応じて不定期に短時間就労する契約労働者(on-call worker)に対して、事業主は当該労働者の1回の就労につき少なくとも3時間分の賃金(3時間就労したか否かにかかわらず)を支払わなければならないこと等がある。
 また、労働者派遣事業に係る制度の改正については、労働者派遣事業に係る許可制の廃止のほか、派遣期間の制限(現行6ケ月)が廃止されることになっている。

参考文献: OECD「Economic Surveys Netherlands 1996、1997」
OECD「lmplementing the OECD Jobs Strategy:Lessons from Member Countries' Experience」
OECD「Economic Outlook62(96.12)等」
OECD「Employment Outlook 1997」
OECD「Hitorical Statistics 1960-1995」
ILO「Yearbook of Labour Statistics 1997」
オランダ労働社会省「Social and economic aspects of the Netherlands」
同「Part-time work in the Netherlands」
同「Info Bill on Flexibility and Security」
同「Info Arbeidstijdenwet(ATW),a new regulation for both trade and industry and the government」
International Relations Services「European lndustrial Relations Review 1996.1」


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