第3節 今後の課題
(構造変化と長期雇用慣行)
- 雇用・失業情勢は厳しい状況を続けているが、今後についても、その改善は通常景気の回復より遅れる上に、構造的・摩擦的失業率のさらなる上昇が懸念されており、人々の失業に対する不安はかつてないほど高まっている(第66図)。
- 長期雇用慣行は理念的には2つの側面を持っている。一つは高校、大学等を卒業して企業に就職し、そのまま1つの企業や企業グループの中で仕事を続けるというライフスタイ ルを意味し、もう一つは、雇用を長期的な戦略の下で捉え短期的な景気の波に対する調整弁としないという企業の方針を意味している。
- この2つの側面は互いに関連を有しているが、全く同じではない。例えば、前者は一律的な労働条件や能力開発と保守的な行動を生みやすいが、後者はそうしたこととは直接の因果関係はない。むしろ、雇用が保障されているということが、多様な発想と思い切ったチャレンジを可能にするとともに、技術革新や事業転換によって生じる新しい仕事に対する柔軟性や適応力を発揮させる側面がある。
(長期雇用慣行の利点と欠点)
- 長期雇用慣行の仕組みは、社会的には、雇用の変動を小さくし経済全体の安定をもたらす一方で、産業構造の迅速な転換を阻害するおそれがある。また、企業、労働者双方にメリットとデメリットがある(第67表)。
- 雇用安定のコストの観点からみると、長期雇用慣行主体の場合は、基本的には企業が雇用維持のコストを負担するが、外部労働市場中心の場合は、失業増加のコストを失業者と社会が負担することになる。経済全体のコストとしては、前者では、当面の雇用不安の高まり方は小さいが、収益の回復の遅れ等により景気回復が遅れ、結果的に雇用が悪化する可能性がある。また、入職抑制中心の雇用調整は、倒産等による失業者や労働市場への再参入者にとっては就職が難しい状況が続く。一方、後者では、一時的に雇用不安が大きくなる可能性が高く、雇用不安が消費の減退を通じて、景気後退の悪循環を招くおそれがある。しかし、企業の事業再構築のスピードアップや労働者が失業中に新しい職業能力を身につけて新規発展産業に再就職することにより、構造調整が促進される可能性がある。
(長期雇用慣行の変化と雇用維持の考え方)
- 長期雇用慣行の動向をみると、安定成長期を通じて平均勤続年数は長期化しているが(第68図)、年齢階級別コーホートでみると、団塊の世代及びその直後の世代までは長期化が進んでいるが、その後はあまり変化していない。
ただし、今後は緩やかに変化していくものと考えられる。まず、若年層の転職意識の変化や就業形態の多様化等が大きな影響を与える。さらに、少子化が進むため、構造変化をこれまでのように労働市場の入口と出口のみで十分に調整することは難しくなり、従来以上に転職の役割が高まることとなる。加えて、期待成長率の低下や経営面のグローバル化が長期雇用慣行を弱める方向に働くことも考えられる。
- しかし、一方で、企業、労働者とも長期雇用慣行への支持は現在でも高い(第69図)。また、チームワークが重要な仕事や積み重ねが必要な職業能力については長期雇用慣行は 今後も大いに有効であり、特に従業員の雇用の安定・維持を重要視し、それを通じた従業 員のモラールアップや柔軟性の確保をてこにして企業の成長を図っていく考え方は、企業 にとっても我が国の経済社会全体にとっても重要であり、安易な雇用調整は企業に対する 信頼を低下させて、人材の確保に支障をきたすおそれがある。また、マクロの観点でみると、雇用システムは、その国の置かれた状況や国民性と密接に関連しており、この点で、我が国と、労働市場が流動化し、容易に雇用調整を行っているアメリカとが全く同じ雇用システムとなる必然性はない。
(長期雇用慣行の緩やかな変化への対応)
- 長期雇用慣行の緩やかな変化に対応して雇用の安定を図っていくためには、円滑な労働移動を支援することが重要である。そのためには、まず第1に、職業能力開発について1つの企業の中でのみ機能を発揮するものではなく、エンプロイアビリティの向上を重視する必要がある。第2に、職業紹介のシステムについて、官民が互いに連携しつつ効率的・効果的な労働市場が整備されていくことが望まれる。また、失業を経ない労働移動を促進していくことが重要である。さらに、年金制度等について転職に対する中立性の観点からの検討も必要となってくる。第3に、セイフティネットの整備が重要である。雇用におけるセイフティネットの基本となる雇用保険制度の整備を図るとともに、職業紹介制度を整備しつつ離職者に対する職業訓練を充実させることが重要である。第4は新規産業・企業の育成と企業の新規事業展開の促進による雇用の創出が重要であり、また、ミスマッチ失業を減少させるためにも適度な経済成長の維持が重要である。第5に、様々なタイプの労働者についての労働市場の整備や雇用管理、労働条件の改善を進めることが重要である。
(雇用維持努力の支援)
- こうした長期雇用慣行の変化への対応は、いずれも中期的な視点からの対応であり、直ちに着手する必要があるが、すぐに効果を発揮するものではない。また、経済と生活の安定や労働生産性向上努力等の観点からみると、長期雇用慣行の変化は不況期ではなく好況期に進むことが望ましい。これに加え、現下の厳しい雇用・失業情勢に対応するため、長期雇用慣行を踏まえた企業の雇用維持努力を支援することも不可欠である。その際に、特に対策の必要性が高い層への重点的な対応と構造変化を阻害しないことが重要である。
(中年層への配慮が重要)
- 中年層は、元来、欧米でも安定性向が強く転職率は低い(第70表、第71図)。我が国でもこれまでは失業率が低く雇用が安定していたが、現在はこれまでにない厳しい状況に置かれている。中年層の雇用不安を解消するためには、エンプロイアビリティの向上や再就職しやすい労働市場の整備、新たな雇用の創出を着実に進めることはもちろんであるが、それだけでなく、中年層のこれまで培ってきた能力をいかす方策が必要であり、企業あるいは企業グループ等それまでの職場・仕事とのつながりを保った形での活用が重要である。
- とはいえ、1つの企業や企業グループで引き続き働くのであっても、個別性、自律性を重視した働き方を要求され、能力開発もこれから長く続く職業生涯を見通して、個人個人が意識的に専門性、柔軟性を求めることが必要である。また、転職者についてもできる限りそれまでの能力・キャリアがいかせるかたちで再就職することが望ましい。こうしたことはホワイトカラーだけではなくブルーカラーについても大きな課題である。
(職業能力開発の充実)
- 職業能力開発の課題としては、まず第1に、我が国全体としての職業能力開発投資の確保・増強が重要である(第72図)。第2に、次々に変化しつつ高度化していく人材や能力へのニーズに対応した職業能力の開発が重要である。そのためには個人個人が職業生涯設計に基づいた自律的な努力をすることが重要である。第3の課題は職業能力の体系及び評価の整備である。エンプロイアビリティの向上のためには、社内だけでなく社外にも通用しうる能力について、その体系や評価が示されている必要がある。また、目指す能力及び能力開発の成果を適正に評価できるシステムの整備が重要であり、労働者に対して自主的な能力開発に係るきめ細かな情報提供や相談等を受けられる体制の充実が必要である。第4の課題は、若年層の職業能力開発である。適職選択の支援により不必要な転職の減少を図るとともに、転職してもキャリアが積み重なっていくことが重要である。
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