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厚生統計の今後の在り方についてNO3
5.統計調査の総合解析等について
厚生統計は、世帯面、施設面等にわたる各種統計調査により、保健、医療、福祉など
国民生活の基盤となる政策分野に対して、それぞれ必要な統計情報を提供してきたが、
総合的な施策の推進に資する観点からは、更に有益な情報を提供することが必要である。
このためには、必ずしも新しい統計調査の実施を必要とせず、既存の複数の調査結果
を結合して分析することにより新しい有益な視点や情報を引き出す工夫をもすべきであ
る。
こうした観点から、保健、医療、福祉に関わる新たな指標の開発に向けての検討を行
った。まだ、様々な検討を行わなければならず検討過程であるが、その状況を以下のと
おり報告する。
なお、このような各種統計調査の結果を総合した分析のためには、統計調査間で調査
項目及びその定義、調査の精度並びに調査の周期及び時期等の統一がとれていることが
望ましいので、今後、保健、医療、福祉に関わる統計について、分野横断的に活用しや
すい統一のとれた統計体系の整備を目指すことが必要である。
(1)健康に関する新たな指標の開発
我が国の平均寿命は年々伸長しており、現在では、世界でもトップクラスの長寿国と
なっている。平均寿命の伸長に伴った高齢者の増加は、加齢に伴う様々な障害や疾病へ
の対応を迫っており、今後は単なる長命ではなく、「生活の質(QOL : Quality of
Life)」を考慮に入れた施策の推進が必要となっている。
こうした観点から、健康という側面からみた寿命、すなわち国民が平均的にどのくら
いの期間、病気や他人の介助等がなく、生存できるかという指標を考えることができな
いか検討を行った。つまりは、その指標を総合的な政策目標の一つとして活用し得るの
ではないか、との発想である。
ただし、この指標は、加齢に伴う様々な障害や疾病を予防する観点から評価されるべ
きものであって、病気や介助が必要となった状態における施策が別途整備されるべきで
あることは言うまでもない。
(1)健康とは
まず、健康について、世界保健機関(WHO)は「健康(Health)とは、完全な
身体的、精神的及び社会的安寧の状態であり、単に疾病または病弱でないというこ
とではない。(WHO憲章前文)」と定義し、身体、精神及び社会の3つの側面か
らとらえるものとしている。
したがって、この指標もこれら3つの側面からとらえた指標として開発すること
が望ましいことは言うまでもない。しかし、社会面における健康についてはその定
義からいっても社会的に一致した結論を得ることは困難であり、精神面における健
康については、算定に必要な年齢別の精神的な健康度に関するデータを既存の調査
結果から得ることは困難であるので、これらの側面を織り込んだ指標を開発するこ
とは難しいという結論に達した。
(2)考え方と算定方法
このため、今回の検討においては、健康を身体的側面からのみとらえることとせ
ざるを得なかったものである。
1) 健康については、全く快適な健康状態から病気で入院して動けない状態など本
来、健康の程度には様々な段階があり、健康か非健康だけでは割り切れないもの
であるが、データの存在を考慮して、ここでは日常生活動作(ADL)における
介助の有無で考えてみることとした。
また、疾病に罹患している状態は健康でないと言えようが、これを寿命の視点
から考慮するためには、疾病ごとにその疾病による当該期間をデータとして把握
する必要がある。しかしながら、こうした疾病に罹患している期間についての
データは把握されておらず、当面、疾病について織り込むことは困難であるとの
結論に達した。したがって、通常長期にわたって継続すると考えられるADLの
状態を基準と考えてみることとしたものである。
しかしながら、身体的側面からとらえる場合、疾病期間及びそれに関する期間
も健康でない期間ととらえるべきであると考えられるので、何らかの方法でこの
期間を推計することも検討課題というべきであろう。
2) ADLについては「入浴」、「歩行」、「着替え」、「食事」、「洗面・歯磨
き」及び「排泄」の6項目のデータが得られており、特定の項目に重点を置くと
いう考え方もあり得るが、ADLが日常生活を様々な側面から総合的にとらえて
要介助の状態を判断するよう設計されていることに鑑み、項目間に軽重を付ける
ことは適当でないと判断した。
3) したがって、この指標を算定するには、介助を必要とするADLの項目数に着
目し、a介助を必要とする項目が一つもない状態、b一つでも介助を必要としな
い項目がある状態、cいくつかの項目についてのみ介助を必要とする状態のいず
れかを健康の基準とすることが適当である。
aからcまでのいずれを採用するかについては、この指標の用い方と関わるの
で、更に検討することが必要である。
4) 指標を算定する方式としては、a サリバンの方法(年齢別の健康な状態とそう
でない状態を一時点でとらえてそれぞれの年齢人口に占める割合を基にして算定
する)、b ロジャースの理論を応用した方法(健康な状態とそうでない状態の間
の年齢別遷移確率を作成し算定する)の2つの方法が考えられるが、bの方法に
必要な健康の状態が年齢別にどのように遷移しているかについてのデータを既存
の調査により把握することは困難である。一方、aの方法に必要な一時点におけ
る健康である状態についてのデータは、既存の調査結果を駆使することにより収
集可能であることから、サリバンの方法を採用することが現実的である。
(3)指標の名称
この指標は、諸外国において「Healthy Life Expectancy」と総称されているもの
の一つであり、直訳すれば健康寿命と訳されるものであるが、今回検討した作成方
法が、身体的側面、特にADLにおける介助の必要性という観点からみたものであ
ることから、指標に関する誤解を生じさせないよう、例えば「平均ADL自立期
間」とでも名付けることが適当であろう。
(4)今後の課題
今回の検討では、算定の基本的考え方を整理したが、今後、この方法に従って、
意味するところが誤解されないものが計算できるか、指標としてどのように使うこ
とが適当かを検討することが必要である。このような場合、指標の実体的意味につ
き誤解のないようにすることが極めて大切であることは言うまでもなく、基礎とな
るべき各種調査におけるデータの定義や精度の検証に十分注意することが必要であ
る。
(2)「地域保健福祉指標(仮称)」の開発
地域における保健福祉政策を地域の実情に沿った形で行うには、まず、その地域の保
健福祉の状況を客観的に把握することが必要である。そのための方法として、各地域に
おける保健福祉に関するデータを収集し、それらのデータから全国平均や他の地域の保
健福祉に関する水準の比較ができるような総合化指標を作成することが有効である。更
に、算定された指標の値を各地域に還元することも考えられる。
(1)地域ごとの指標化
高齢者の健康状況や病院・社会福祉施設等への入院・入所の状況など、年齢構成
に依存して値が大きく変動する指標を全国平均や他の地域と比較可能とするために
は、年齢構成の違いが与える影響を除去する必要がある。そのためには、地域間の
死亡状況を比較する指標である標準化死亡比(SMR)の手法を応用することが有
効である。また、地域的な特性を分析するためには、SMRの手法により算定され
る指標の値を地図上に表して視覚的把握を容易にすることも有効である。
更に、上記の方法により求められる複数の指標間の相関係数を算定することによ
り、指標同士の関係の深さをとらえることができ、地域の特徴を分析する場合には、
分析の効率化のため相関が小さい項目を探し出すことができる。これらの理由から
相関係数を算定することも重要である。
(2)一人当たりの指標化
一人当たりの指標を作成する際、単純に人口を使用することはよく採られる方法
である。しかし、例えば在宅要介護者に対する各種サービス利用量・供給量など特
定の人に対するサービスなどを指標化するには、単に人口で除するのではなく、当
該サービスを必要とする者一人当たりで作成することが地域間で比較する上で適当
である。
また、地域ごとのデータを地域間で比較するにあたり、算定された数値のみで単
純に比較するだけでは、その後の分析には不十分であり、かつ危険である。そのた
め、地域ごとに算定された数値が他の地域の数値と比べて著しく大きい、または小
さいというような、いわゆる「離れ値」であるかどうかを検出し、また、「離れ
値」についてはなぜそのような値が出ているのかを考察する必要がある。「離れ
値」であるかどうかを見極めるには例えば、分布の状況を簡素に表す「箱ひげ図」
を利用することなどが、非常に有用な手法である。
(3)総合化していく一つの手法
1) 総合化指標を作成するに当たり、単純に全項目を足しあげるのではなく、項目
の寄与度の大小を織り込んで足しあげることを可能とする手法である主成分分析
を用いることが有効である。また、主成分分析により求められた寄与度が高い項
目だけを足しあげる手法を用いることも、総合化の手法に幅を持たせることとな
り、このような点からも主成分分析は有効な手段といえる。
2) しかしながら、項目にウェイトを付け総合化指標を作成するためには、それぞ
れの項目に最も適正なウェイトを付ける必要があり、なお慎重な検討が必要であ
る。
3) 指標の散布図を描くことによる地域間の比較、全国値との比較は、それぞれの
地域が図のどこに位置するか視覚化して表現できることにより、地域の特徴付け
ができる。更に、それぞれの地域では、今後どの方向を目標とすべきかという政
策の方向性について議論するための基礎データにもなりえるものと考えられる。
(4)今後の課題
1) 地域の指標を作成し比較することから、その基礎となるデータの精度が問われ
ることとなる。まずは、都道府県レベルで地域の指数の比較ができるよう、統計
調査の精度を上げるとともに、それぞれの調査の精度をそろえていく必要がある。
2) 地域の保健福祉施策の水準を表す指標としては、高齢者に関するもの、児童に
関するものなど様々なものが考えられる。そのような総合的な指標を作成するた
めには、地域の保健福祉の状況を的確に表す分野としてどのようなものを採択す
るか、またその中で基礎データとして何を取捨選択するかについて、更に検討が
必要である。また、それぞれの分野について総合化された指標を更にウェイト付
けし、多分野にわたる指標を総合化することについては、それぞれの分野にウェ
イト付けをするという厚生行政全般に関わる問題が新たに生じるため、別途検討
する場が必要である。
(3)その他
(1) 厚生省は平成8年12月より1人1台パソコン体制とし、それに伴ったハード面
での整備を行ったところと聞いている。これにより、既存の統計データを迅速に入
手し、加工していくことが各分野の担当者個人の単位で行うことができるなど、指
標の算定業務への取組みにおいて高度化・効率化に資するものと期待している。
(2) 国民医療費は、医療機関における傷病の治療に係る費用を中心に推計しているも
のであるが、我が国の医療に係る費用の全体の把握、国際比較等の視点から、現在
把握している費用のほかに、その周辺部分の費用を明らかにすることが求められて
いる。
このため、現在推計されている国民医療費の周辺にある費用を推計することにつ
いて検討を行ったが、推計すべき費用の範囲、データの把握可能性、推計精度の確
保等についてなお検討すべき課題が多く、今後ともこれらの課題を引き続き検討す
る必要がある。
6.情報通信基盤の活用
近年における情報通信技術の進歩は著しいものがあり、統計情報を活用する国民の側
でも、また、統計情報の作成に当たる国などの機関の側でも、パソコンの配備やネット
ワークの整備といった情報基盤の強化が見られる。
こうした状況の中で、統計情報の収集作成については調査票、統計情報の提供につい
ては報告書といった紙を媒体とした情報伝達がなお主流となっている。
今後は、統計情報の迅速かつ的確な収集と提供のため、社会的に広く展開している情
報基盤を積極的に活用することが必要となっていることから、本協議会では、統計情報
の収集の側面と提供の側面から情報通信基盤の活用について検討した。
なお、厚生統計における情報通信基盤の活用については、現在行財政改革の大きな流
れの中で進められている規制緩和の一環である申請等の負担軽減、地方分権の推進、更
には国の情報公開の動きと密接な関連を有すると考えられるので、情報収集に当たって
の国民の負担軽減、プライバシーの保護等に十分留意しつつ進めることが必要である。
(1)統計情報の収集の側面
厚生統計にかかわる情報は、市区町村、世帯、施設、事業所等で発生し、保健所、福
祉事務所などの機関又は都道府県を経由して厚生省に報告され、審査、集計、解析が行
われるが、現在は、厚生省における審査・集計の段階で初めてデータの電子化が行われ
ている。このため、調査票などの通信運搬に多大の時間を必要とし、これが統計情報の
解析・公表までの期間の短縮を困難としている原因の一つとなっている。
このことを解決するためには、厚生統計にかかわる情報をできるだけ発生源に近いと
ころで電子化し、オンラインなどの形で迅速に厚生省に集約するシステムを構築するこ
とが必要である。
オンラインによる統計情報の収集を行うためには、発生源、経由機関及び厚生省のそ
れぞれの段階における情報基盤の整備、この間をつなぐ回線の整備並びにデータの入力、
審査及び集計をできるだけ容易に行うことができる統計報告業務処理のためのソフトウ
ェアの開発が必要である。
情報基盤の整備については、厚生省においては平成8年12月から厚生省本省のすべ
ての職員が厚生省LANに接続されたパソコンを利用する環境が整っており、発生源又
は経由機関である地方公共団体においても徐々に整備が進みつつある。
オンライン回線の整備については、すでに厚生省と都道府県を結ぶ厚生行政総合情報
システム(WISH)が整備されており、厚生省及び都道府県の保健統計担当部局とは
情報交換が可能となっているが、都道府県の社会福祉統計担当部局及び市区町村につい
ては、今後、オンライン接続の拡充が望まれる。
統計報告業務処理のためのソフトウェアについては、人口動態統計について、平成6
年からの市区町村の戸籍事務のコンピュータ化の開始に併せて人口動態統計業務のコン
ピュータ化も可能となり、現在、250市区町村においてこのシステムの導入が行われ
ている。また、その他の統計業務については、地方公共団体における入力により、厚生
省にオンラインによる統計報告を行うためのソフトウェアの開発が進められていると聞
いている。
オンラインによる統計報告の実現は、統計調査を迅速化し、正確さを確保する上で効
果がきわめて大きいので、プライバシー保護の観点からの安全性の確保に十分留意しつ
つ、できるだけ早く情報基盤や回線の整備を進めるとともにシステムの開発、普及に努
めることが必要である。
統計報告の電子化、オンライン化の基盤を整備することは、単に通常の統計情報収集
だけでなく、将来的には事業主体での日常業務の電子化が進むことにより、即時的な業
務統計情報の取得や、収集情報をそのままデータベース化する等により概数として早期
の利用を図るなど様々な活用が可能となるので、こうした活用についても視野に入れた
検討が必要である。
(2)統計情報の提供の側面
(1)情報提供の媒体
統計調査の結果は、従来、報告書という紙を媒体として国民に提供されてきたが、
社会全体の情報基盤の整備に伴い、統計情報を国民が十分に活用するには、電子化
された情報提供を進めることが必要となっている。
厚生省では、平成8年12月からインターネットにホームページを開設し、公表
した統計情報の一部を国民がインターネットを通じて取得できる体制を整えたとこ
ろであり、地方公共団体などについては、前述のWISHネットワークを通じてオ
ンラインによる統計情報の取得が可能となっている。また、厚生省の保有する統計
情報について更に加工・解析する地方公共団体などについては、統計法の手続きを
経て磁気テープ等でのデータ提供も行っている。更に、CD−ROMによる統計調
査報告書の出版が「平成5年患者調査」について行われたところである。
このような電子化された情報提供の推進は望ましいことであり、今後、インター
ネットを通じて提供する統計情報のデータベース化やCD−ROM出版の拡充など
国民の厚生統計情報へのアクセスの改善に努めることが必要である。
(2)統計情報利用の利便性の向上
上記のような電子化された統計情報を活用する前提として、情報の所在を検索す
る便宜が図られる必要がある。この点については、統計審議会の「統計行政の新
中・長期構想」に基づき統計情報の所在を案内するシステムが計画されているほか、
国の情報一般についての国民向けの行政情報所在源案内(クリアリングシステム)
についても整備の計画が進められているので、着実な推進を期待する。なお、こう
したシステムの整備に当たっては、情報所在源の検索と情報の取得を切り離さず、
検索後そのまま情報にアクセスできるような利便性についても配慮すべきと考える。
また、オンラインによる情報取得では、通信回線の速度が遅い場合に取得に要す
る時間が相当程度長くなるという欠点をもっているので、提供する情報を例えば帳票
ごとに細分化するなど必要な情報を細かく選択できるような利便性も考慮されるべき
である。
更に、各種の情報をクロスして処理する等のニーズに対応することも必要であり、
この意味でも、提供する情報をデータベース化し、併せてキーワードで検索できるよ
うな利便性の高いシステムとすることが必要である。
(3)新しい技術の活用
情報通信技術の進展は急速であり、開発された新しい技術を速やかに厚生統計の
活用に生かすことにも留意する必要がある。
例えば、近年各種の情報処理分野への応用が進んでいる地理情報システム(GI
S)では、個人、世帯、施設、事業所といった個別の情報を地図の上に正確に位置
付けることができるので、統計情報を視覚的に把握することが可能となるとともに、
調査区ごとの調査客体のぶれや調査区の特性等を考慮した分析が可能となり、統計
調査の活用範囲の拡大を図ることができる。
今後とも、このような新たな技術の開発や応用化の動向を注視しつつ、導入の可
能性を検討すべきである。
III 今後の検討課題
各統計分野ごとの今後の検討課題に加え、各分野に共通の検討課題として介護保険制
度の導入に関連する厚生統計の見直しが挙げられる。
当初、介護保険制度の具体化の状況を踏まえつつ、本協議会としても検討する予定で
あったが、平成8年度においても、介護保険制度の詳細な事項が未確定であったため、
具体的な検討に取りかかることができなかった。
今後、本制度の成立を踏まえると、更に調査項目、調査対象等を横断的にとらえ高齢
者介護の施設の実態、それに関連する在宅サービスの実態等の全体像を把握する必要性
から、厚生統計の各分野に横断して派生する諸課題について、できるだけ早期に見直し
の検討に着手することが必要と考えられる。
なお、以上において提言してきた内容を実現するためには、厚生省における統計情報
部門の機能強化が求められ、そのための体制整備を早急に図る必要がある。
NO4に続く
照会先
厚生省大臣官房統計情報部管理企画課
課長補佐 廣瀬滋樹
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