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新型インフルエンザ対策検討会

新型インフルエンザ対策報告書

平成9年10月24日



新型インフルエンザ対策検討会委員名簿

氏名   所属・職名
  加 地 正 郎 久留米大学医学部名誉教授
小 池 麒一郎 (社)日本医師会常任理事
堺 春 美 東海大学医学部小児科助教授
菅 谷 憲 夫 日本鋼管病院小児科部長
鈴 木 重 任 東京都立衛生研究所長
鈴 木 宏 新潟大学医学部公衆衛生学教授
田 代 真 人 国立感染症研究所ウイルス第一部長
中 川 久 雄 (社)細菌製剤協会常任理事
根路銘 国 昭 国立感染症研究所ウイルス室長
廣 田 良 夫 九州大学医学部公衆衛生学助教授
山 崎 修 道 国立感染症研究所長

◎は座長 (50音順)


目 次

I.はじめに

II.定義

III.総論―新型インフルエンザの危機

1.新型インフルエンザ出現の助走過程

2.新型インフルエンザ出現理論

3.新型インフルエンザの予測震源地

4.新型インフルエンザの出現様式

5.新型インフルエンザが出現した場合の影響

IV.各論

1.対策の必要性6

2.事前の準備

(1)感染症情報の収集、分析及び還元

[1]新型インフルエンザ発生動向調査の考え方
[2]発生動向調査体制の確立
ア.国内の発生動向調査
イ.世界規模の発生動向調査
(2)ワクチン
[1]基本的考え方
[2]ワクチンの供給体制の整備
ア.ワクチン生産を進める上での問題点
イ.ワクチン生産体制の整備
ウ.単味ワクチン
エ.検定期間の短縮化
オ.緊急増産の可能性
カ.緊急輸入の可能性
[3]ワクチンの計画的接種の準備
ア.政府による購入・管理の基本的考え方の整理
イ.予防接種実施計画の策定
ウ.副反応監視体制の検討
エ.予防接種の補償責任の検討
[4]ワクチンの開発研究
[5]ワクチン株の系統保存庫の整備
(3)予防内服薬
[1]基本的考え方
[2]有効性・安全性と供給体制
[3]政府による購入・管理
[4]指針の作成
[5]予防内服薬に対する今後の方向性
(4)情報の提供

3.新型インフルエンザウイルスが出現した場合の対応(行動計画)

(1)行動計画の流れ

(2)新型インフルエンザウイルスの確認と発生地周辺における感染拡大及び健康被害の状況の把握

[1]ウイルス分離患者に関する臨床・疫学情報
[2]実験室診断の情報
[3]第一次疫学的調査
[4]WHO、CDC等関連機関や国内外のワクチン製造企業の動き
[5]新型ウイルスに関する実験
[6]第二次疫学的調査
(3)対応体制の確立

(4)国内における感染の有無や拡大状況の把握

[1]国内での新型インフルエンザウイルス捕捉のための発生動向調査体制の強化
[2]国内における感染拡大の状況把握〜監視
(5)ワクチン接種
[1]汎流行におけるワクチン接種の基本的考え方
[2]行動計画におけるワクチンの緊急生産と計画的接種
ア.必要量のワクチンを如何に短期間に供給するか
イ.段階的にしか供給されない限られたワクチンを如何に効率的・効果的に必要とする集団に優先して接種するか
ウ.予防接種による健康被害を最小限にとどめるとともにその補償体制を如何に確立するか

(6)予防内服薬

[1]汎流行における予防内服薬の基本的考え方
[2]行動計画における予防内服薬及び治療薬の供給と計画的投与
[3]副作用の監視
(7)医療供給体制の確保
[1]必要となる超過医療需要の想定
ア.想定1:国民の25%が罹患発病すると想定した場合
イ.想定2:アジアかぜ流行時と同規模の患者数が発生すると想定した場合
[2]超過医療需要に対応できる医療供給体制の確保
[3]汎流行時の医療供給体制の確保に向けて
ア.情報の収集と情報網の確保
イ.都道府県、日本医師会、病院団体等との連携
ウ.必要な診療機能の確保(外来・入院)
エ.救急患者の搬送体制の確保
オ.医療従事者の確保
カ.医薬品の確保
キ.医療に対する外国からの支援
ク.その他
(8)情報の提供・公開
[1]基本的考え方
[2]報道機関への対応
[3]一般国民に対して
[4]医療機関に対して
(9)感染予防の徹底
[1]インフルエンザウイルスの感染予防
[2]インフルエンザ罹患患者における細菌合併症の予防対策
(10)対策の評価と蓄積



I.はじめに

インフルエンザは、人類に最も身近な病気である「かぜ症候群」を構成する感染症の中において、症状の重さや肺炎等の合併症の問題に加えて、A型インフルエンザに特徴的なインフルエンザの大(汎)流行(以下、汎流行)や健康被害の大きさから、研究者や保健医療関係者のみならず一般の人々の関心を引きつけてきた病気である。特に1918年(大正7年)から始まったスペインかぜ、1957年(昭和32年)のアジアかぜ、1968年(昭和43年)の香港かぜ、1977年(昭和52年)のソ連かぜと、今世紀に入ってからも繰り返し汎流行が起こり、その度に我が国を含めた世界各国において死亡者数や罹患者数の面から甚大な健康被害と社会活動への影響を引き起こしている。
このインフルエンザの周期的な汎流行の原因として、A型インフルエンザウイルスの不連続変異による「新型インフルエンザウイルス」の出現が挙げられているが、近年、世界各地におけるインフルエンザ汎流行に向けての国際会議等において、数年中に新型インフルエンザウイルスが出現する可能性が指摘されている。新型インフルエンザウイルスが人の世界に流行を始めたときには、その被害は甚大なものになることが予想されることから、汎流行に備えた事前の準備や、実際に汎流行が発生したときの行動計画を事前に策定しておくことなどを通じて、被害を最小限に抑えることが求められる。米国、英国等においては、そのような観点からの対策の検討が進められている。しかし、我が国においては、政府による発生動向調査体制が主として汎流行の中間期である通常規模のインフルエンザ流行に備えて整備されてきたのみであり、またワクチン供給については、通常の流行期に想定される市場の需要を個別のワクチン製造企業が事前に予測して、需要量を生産・供給している状況に過ぎず、新型インフルエンザの汎流行に備えた検討と準備がこれまで十分になされてきたとは言い難い。
このようなことから、本検討会は、新型インフルエンザウイルスの出現と汎流行発生時に備えた対応を迅速かつ効果的・効率的に実施するための我が国独自の対策を検討することを目的として本年5月に設置され、今般、計9回の検討会での審議の結果を報告書として取りまとめたものである。本検討会はインフルエンザに関する基礎、臨床、疫学等の専門家により構成されており、議論の中心として技術的・専門的な内容に重点を置いて審議を続けてきた。したがって、今後さらに公衆衛生審議会伝染病予防部会等での審議において、感染症対策全体としての観点からの検討及び社会的な観点からの検討が加えられ、我が国における新型インフルエンザ対策のとりまとめがなされることを期待したい。
なお、本検討会の開催中に、香港において新型インフルエンザウイルス(H5N1)が人から分離されたとの報告がなされた。現在、世界保健機関(WHO:World Health Organization)のインフルエンザ研究協力センターである米国疾病管理センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)や日本の国立感染症研究所と中国政府が連携を図りながら香港を含む中国南部での発生動向調査を続けているが、本検討会としてもその動向・結果に重大な関心をもってきたところであり、今後とも事態の解明に応じて検討を進める必要がある。


II.定義

本検討会においては、新型インフルエンザ対策を検討するに当たり、いくつかの専門用語について理解の統一を図るための定義を資料1のとおり整理したので参考にされたい。


III.総論―新型インフルエンザの危機

1.新型インフルエンザ出現の助走過程

1968年(昭和43年)に出現した新型のA型インフルエンザウイルス(H3N2)が香港かぜの流行を起こしてから既に約30年が経過しているが、1993年(平成5年)9月にドイツで開催された国際会議”The 7th European Meeting of Influenza and its Prevention”(以下第7回ヨーロッパインフルエンザ会議)、1995年(平成7年)12月米国で開催された国際会議”Pandemic Influenza: Confronting a Re-emerging Threat”での報告・宣言をはじめとして、国内外の専門家から「人の世界において流行する新型インフルエンザウイルスが早ければ数年のうちに出現する」との警告が出されている。この新型インフルエンザウイルス出現の根拠として、まず第一に出現の周期の問題、すなわち過去において10年から40年の周期で新型ウイルスが出現していることがあげられる(資料2)。第二に、近年の状況がこれまでにウイルスが不連続変異を起こした場合と類似していること、すなわち、ウイルスの地球全体への伝播速度が遅くなり、過去においては1〜2ヶ月の間に世界に拡がっていたものが、最近では6ヶ月程度を要しているが、これはウイルス抗原の連続変異の程度が低下し、ほとんどの人が現在まで流行を繰り返している香港型(H3N2)やソ連型(H1N1)ウイルスに対する抗体を持つに至った結果、連続変異によってはもはや大きな流行が起こり得ないといったことが原因と考えられる。こうした状況から、ウイルスの不連続変異による新型出現の可能性が予想され、それによる汎流行が危惧されている。現在は、既に新型インフルエンザウイルス出現の「助走過程」に入っていると言われている。

2.新型インフルエンザ出現理論

A型インフルエンザウイルスが不連続変異を起こして、新型のウイルスが人の世界に突然に現れる最も有力な説として、トリの世界のインフルエンザウイルスが直接的又は間接的に人の世界に入ってくるということが挙げられる。その理由として、Scholtissekらは、RNA-RNAハイブリダイゼーションの手法を用いて、アジアかぜウイルス(H2N2)の8本の分節遺伝子のうち、5本がスペインかぜウイルス(Hsw1N1)の子孫から、残りの3本がトリのインフルエンザウイルスから供給されていることを明らかにした。また香港かぜウイルス(H3N2)は、6本が前年まで流行していたアジアかぜウイルス(H2N2)から、残りの2本をトリのインフルエンザウイルスから得ていることが明らかにされている。さらにShortridgeらは、中国南部のブタからインフルエンザウイルスを数多く分離して抗原分析した結果、ヒトの香港型ウイルスに関係があることを報告している。資料3は、これらのウイルスのHAとNAの遺伝子塩基配列の変化を数値化し、ウイルス毎の進化速度と時間帯を計算して図式化した進化系統樹である。ヒトの香港かぜウイルスがブタのインフルエンザウイルスから分岐してきたこと、二つのウイルス(香港かぜウイルス、アジアかぜウイルス)が遠くトリのインフルエンザウイルスに起源を持っていることが示されている。

3.新型インフルエンザの予測震源地

トリやブタと人が密着して生活している中国南部が、アジアかぜ、香港かぜといった過去2回の汎流行の震源地であったが、新型インフルエンザ発生の震源地としては現在でも中国南部が第一の候補と考えられている。しかし、中国以外でもヨーロッパ、米国、日本など世界のいずれの地域においても新型インフルエンザが出現する可能性は否定できない。

4.新型インフルエンザの出現様式

新型インフルエンザウイルスのどのような型が、どのような過程を経て出現して人の世界に侵入してくるかについては、未だ十分解明されていないが、現在のところ、三つの可能性が指摘されている。
第一の可能性は、人間の世界に登場してくる新型ウイルスは必ずしも新しいものとは限らず、ある限られた抗原型が一定の周期で循環するという抗原循環説である。この推論によると、次に出現してくる新型は、スペインかぜウイルスまたはアジアかぜウイルスの再来となる。
第二の可能性は、今まで人の世界に出現したことのないトリの世界に潜んでいる12種類の新型予備群ウイルス(H4〜H15)の中の一つが、ブタの体内でヒトインフルエンザウイルスと遺伝子交雑を起こし新型として人の世界に登場してくるものである。
第三の可能性は、種の壁を越えてトリのインフルエンザウイルスが人の世界に直接に侵入してくるものである。近年までは、トリのインフルエンザウイルスが哺乳類に侵入することはないと考えられていたが、最近アザラシからH7N7、H4N5等が、鯨からH13N2、H13N9が、またミンクからH10N4が分離されている。
どのような過程を経て、どのような新型が人の世界に出現するとしても、トリのインフルエンザウイルスとヒトのインフルエンザウイルスが遺伝子交雑を起こして登場することが考えられ、新型インフルエンザの発生動向調査としてその局面を捉えることができるかどうかがポイントとなる。

5.新型インフルエンザが出現した場合の影響

1918年に始まったスペインかぜの際には、世界中で約2500万人以上が死亡し、我が国においても約50万人が死亡したとされており、社会活動にも甚大な被害・損失を与えたことが記録されている。
1993年(平成5年)にベルリンで開催された第7回ヨーロッパインフルエンザ会議では、新型インフルエンザウイルスによる汎流行が発生した場合、国民の25%が罹患発病すると仮定して行動計画を策定するよう勧告が出されている。この仮定(全国民の25%が新型インフルエンザに罹患)に基づいて、健康被害を試算すると、我が国では合計で約3200万人の患者が発生することになる。また、人口動態統計によるとインフルエンザを原死因とする死亡者は約1200人(平成7年)と報告されているが、インフルエンザの流行による超過死亡は、専門家によると数千人から1万人程度と推定され、さらに汎流行の際には最低でも3万から4万人に達する可能性があると考えられている。
また、社会に及ぼす影響について、アジアかぜの際の新聞報道を見ると、「警察署での仕事(捜査等)に支障を来したこと」、「電話交換手が足りずに電話を自粛したこと」、「裁判官、弁護士が病欠し裁判が延期されたこと」等が報道されている。また、アジアかぜの際の英国の資料では、流行の最初の4週間の間に医療従事者の12%から20%が休み、最大では医療従事者の約3分の1が休むなど、医療提供機能が大幅に低下したことによる混乱が報告されている。
スペインかぜ、アジアかぜ、香港かぜの汎流行の時と比較すると、現在の医療供給体制は質・量ともに大幅な改善が図られ、また衛生環境も向上している一方で、人口の高齢化や基礎疾患を有する患者の増加、都市への人口集中など生活環境も大きく変化してきていることから、新型インフルエンザによる汎流行が発生した際にはかなりの被害がでることを想定しなければならない。

IV.各論

1.対策の必要性

新型インフルエンザウイルスが出現した場合、直ちにそれが汎流行を起こし得るものか判断することは難しいが、人の世界において初めて出現したウイルスの場合には、ほとんど全ての人が感受性を持っている(免疫を持たない)ことが想定されるので、病原性や感染力によっては、過去のスペインかぜ、アジアかぜ等に相当する汎流行を起こす可能性を考えて検討を進めなければならない。近年、新興・再興感染症による健康被害に対する危機管理の重要性が叫ばれているが、新型インフルエンザもまさに再興感染症の性格を備えており、患者数や死亡者数といった健康被害の問題と社会経済的損失の問題を考えたとき、a)汎流行による死亡者数及び重症者数を最小限にとどめること、b)汎流行による社会機能の低下等を極力抑止すること、を目的とした新型インフルエンザに対する危機管理対応を事前に確立しておくことの重要性が確認される。さらに、その危機が近い将来に起こる可能性が危惧されていることを忘れてはならない。
この汎流行に備えた対策については、通常のインフルエンザ対策の延長線上での事前に準備しておくべき内容と、実際に汎流行が起こりつつあるときの行動計画に分けることができる。各論においては、事前の準備として発生動向調査、ワクチン、予防内服薬の問題を取り上げ、関係者が検討しておくべき内容と方向性を可能な限り具体的に言及している。行動計画においては、実際に発生した状況を想定した対策の流れの中に、具体的な検討課題を時系列的に配置して整理した。このように新型インフルエンザの汎流行に備えた対策を事前に検討・準備し、危機管理として十分に対応できるようにしておくことが必要である。なお汎流行時に最善の対応ができるかどうかは、例年起こっている通常のインフルエンザの流行に適切に対処し得る体制を有しているかどうかにも大きく依存することに注意しなければならない。

2.事前の準備

(1)感染症情報の収集、分析及び還元(以下、発生動向調査)

[1]新型インフルエンザ発生動向調査の考え方
新型インフルエンザ対策における発生動向調査の担うべき役割として、新型インフルエンザウイルス出現の早期把握と流行規模の把握の二つが挙げられる。新型インフルエンザの発生動向調査の基本は、通常に行われている発生動向調査であり、その延長線上に新型インフルエンザ発生動向調査が存在することを忘れてはならない。この観点から、現行のインフルエンザ発生動向調査を概観してみると、目的に応じた様々な種類のものが整備・実施されていることがわかる。インフルエンザに関する情報が得られる発生動向調査としては、a)伝染病予防法に基づく届出伝染病としてのインフルエンザ患者の届出、b)厚生省結核・感染症発生動向調査事業における定点方式でのインフルエンザ様疾患患者の捕捉と病原体の採取及び血清検査、c)伝染病流行予測調査による病原体と血清の疫学調査が挙げられる。さらに日本独自のものとして、学校保健法に基づく学校や学年、学級の閉鎖に関する調査があるが、これは学童におけるインフルエンザの流行規模の評価にも用いることができる。
これら現行の発生動向調査事業を基本とした上で、新型インフルエンザウイルスの発生動向調査をどのように構築していくかを考えると、第一に現行の厚生省結核・感染症発生動向調査事業の充実・強化を通じた病原体発生動向調査及び患者発生動向調査の整備が必要となる。病原体発生動向調査では、インフルエンザウイルスについて、人が保有するウイルスのみならず、トリ、ブタ等が保有するウイルスの収集・分析を強化することにより、各ウイルスの進化の速度と方向性及び新型ウイルスの出現を監視していく必要があり、新型インフルエンザの発生動向調査の基本となるものである。また患者発生動向調査は、インフルエンザ様疾患の流行状況を把握するものであるが、新型が出現した場合には、その影響評価や感染拡大状況のモニタリングを行うことができるようにしていかなければならない。この2種類の発生動向調査が両輪となり、新型インフルエンザの発生動向調査が構築される。
これらの発生動向調査体制は、調査のための定点医療機関を設定し、その医療機関を受診する患者を対象にウイルス学的、血清学的、疫学的な検索を実施することにより行われることから受動的発生動向調査と分類される。しかし、新型インフルエンザの場合には、このような観測定点における受動的発生動向調査のみならず、周辺地域の病院の入院患者、老人福祉施設入所者、保育園児等や一般住民をも対象として発生動向調査していく積極的発生動向調査が重要な役割を担う。積極的発生動向調査は、受動的発生動向調査で把握した新型インフルエンザが実際に、その地域でどの程度拡大しているのか、感染力がどの程度であるのかを評価するために用いられ、汎流行対策を事前の準備段階から実際に行動に移す判断の際に重要な資料を提供することになる。
なお、インフルエンザは我が国では冬に流行するのが常であると考えられているが、これは新型ウイルスが出現していない通常の流行の場合であり、過去の汎流行の歴史を振り返ってみると、スペインかぜでは7月から翌年の1月まで、アジアかぜでは7月から翌年の2月まで、香港かぜでは5月から12月にかけてと、いずれも冬ではなく春から夏にかけて流行が始まっている。従って新型インフルエンザを念頭に置いた発生動向調査は、冬季に限定せず年間を通じて実施していく必要があり、この点でも通常の発生動向調査の延長として新型インフルエンザの発生動向調査を行うことの重要性がある。

[2]発生動向調査体制の確立

ア.国内の発生動向調査

現行の厚生省結核・感染症発生動向調査事業が、新型インフルエンザの発生動向調査としても有効に機能し、政府が汎流行対策を効果的・効率的に実施できるようにその充実・強化に努めることが必要である。そのためには、まず第一に、新型インフルエンザウイルスを早期に捕捉していくための病原体発生動向調査の強化が挙げられる。具体的には、既知のインフルエンザウイルスを検出できる検査体制を都道府県等の各地方衛生研究所に整備し、定点から集められた検体の検査を迅速・正確に行うとともに、既知の抗インフルエンザウイルス抗体や抗原を用いた検査機材では捉えられない検体を検知し、さらに詳細な血清学的検索を実施するためにその検体を国立感染症研究所に迅速に送致することが重要である。国立感染症研究所における分析の結果、新型インフルエンザウイルスの可能性がある場合には、緊急調査班を現地に派遣して、周辺地域における感染拡大の状況等を把握するために積極的発生動向調査を実施することになる。以上の流れを遅滞なく進めるためには、国立感染症研究所と地方衛生研究所との密接な連携が重要であり、普段から国立感染症研究所においては、地方衛生研究所の職員を対象とした研修会の開催、定期的な刊行物(病原微生物検出情報:IASR)の配布、必要な情報交換等を通じた連携づくりに努めていかなければならない。
第二に、厚生省結核・感染症発生動向調査事業の患者発生動向調査を強化しておくことが必要である。現在の患者発生動向調査においては、全国に約2400カ所の定点が設けられているが、小児科を標榜している定点が多く対象が小児に偏っている等の問題点が指摘されている。インフルエンザに関しては小児のみならず国民全体について、特にインフルエンザに罹患した場合に重症化しやすい特定の集団についての健康評価を的確に行えるよう制度の改善が求められる。さらに、現行の制度では、時系列的変化の定性的評価(ある感染症が昨年等と較べて流行しているかどうか)はできるが、国民への健康影響の定量的評価(具体的に何人位の患者が一定期間に発生したか、一時点で何人の患者がいるか)に活用できないといった欠点を内包している。このため、今後の患者発生動向調査体制の強化に当たっては、罹患や死亡等の頻度の把握・分析に活用できる疫学指標を整備するとともに、インフルエンザが健康影響全般に与える影響を総合的に評価する必要性から、超過死亡を評価指標として考えていくことも重要である。
第三に、動物のインフルエンザに関する発生動向調査体制の確立が求められる。過去に人の世界で汎流行を起こした新型インフルエンザウイルスが、トリの世界のインフルエンザウイルスを祖先に持ち、ブタにおける感染を経るなどして人の世界に侵入してきたことが明らかにされている。このように、トリについては、人の世界で流行するインフルエンザウイルスの祖先の宿主として、またブタについては、新型インフルエンザウイルスが構成される遺伝子交雑の場所として重要視されている。従って、トリやブタの世界におけるインフルエンザウイルスの動向を監視していくことが、将来の人の世界において流行する可能性のあるウイルスを事前に捕捉することに繋がり、ひいては流行の際の病原性や感染力の評価、ワクチンの緊急増産体制の整備を図っていくためにも重要である。
第四に、各種のインフルエンザウイルスに対する国民の抗体保有状況を把握するための感受性調査を進めていく必要がある。この感受性調査については、一義的には通常期のインフルエンザ対策におけるワクチン効果の判定やワクチン接種を要する特定集団の把握を目的としていると考えられるが、新型インフルエンザウイルスの出現への対応や汎流行の第1波、第2波、第3波等に適切に対処していく資料として活用していく重要性が指摘されており、汎流行対策としても一定の重要性を持った発生動向調査の一つと考えることが出来るであろう。

イ.世界規模の発生動向調査

現在、世界におけるインフルエンザ対策のネットワークの中でWHOがインフルエンザ研究協力機関として指定している4カ所、豪州血清研究所(CSL、ビクトリア)、米国疾病管理センター(CDC、アトランタ)、英国国立医学研究所(NIMR、ロンドン)、日本の国立感染症研究所(NIID、東京)が中心となって活動している。WHOでは、これらのWHO研究協力センターを中心とした発生動向調査の連携組織を構築することにより、新型インフルエンザの発見に対して迅速に対応が取れる体制の構築を図っている。国立感染症研究所でも積極的に連携組織づくりに協力参加するとともに、普段から中国等周辺諸国に対して技術支援を行うことにより、新型インフルエンザウイルスの出現が想定または疑われる場合には、迅速に情報収集できる体制を確立しておくことが必要である。今般、香港で発見された新型インフルエンザウイルス(H5N1)についても、我が国の国立感染症研究所を含むWHOのインフルエンザ研究協力機関が中心となって、香港を含む中国南部での発生動向調査を実施しており、今後の調査結果が注目されている。
また人、ブタ、カモやニワトリ等のトリが密着して生活している中国南部が、新型インフルエンザウイルス出現の可能性が最も高い候補地として想定されており、現在までWHOを中心として、中国南部の数カ所に定点を設定して患者及び病原体の発生動向調査、ブタとトリを対象とした病原体発生動向調査を実施するための作業が進められており、我が国の積極的な技術支援が期待される。

(2)ワクチン

[1]基本的考え方

欧米ではインフルエンザワクチンの有効性は疑う余地の無いものと広く認識されており、通常の流行期や汎流行の場合を問わず、インフルエンザ対策の中心に予防接種が位置づけられている。一方、我が国においては、ワクチンの有効性について、有効あるいは無効と結論づける多くの報告が出され、一般国民はもとより医療関係者においてさえもどのように判断するべきか迷わせる状態が続いてきた。このようにインフルエンザワクチンの有効性を判断することが困難な原因として、研究の背景環境、調査手法、結果を評価するための指標等の疫学研究上の技術的な問題があったこと、研究が実施された年のインフルエンザの流行規模とその期間、ワクチン株と流行株の合致度、調査対象集団のインフルエンザへの暴露と事前の抗体保有率との関連性といった点が明確にされず議論されてきたというインフルエンザの特殊事情があったことが挙げられる。このため本来であれば、ワクチンの有効性の評価について科学的には意味をなさない研究報告についても、完全に否定されることなく、一般国民に誤解を与え続けてきたことが指摘されている。
言い替えれば、有効か無効かという提示された結果のみに目を奪われて、調査方法の妥当性を議論しないまま単なる水掛け論が展開されてきたと言えよう。
従来の報告の主要な問題として、以下の2点が挙げられる。第1の問題点は、接種群と非接種群の間で比較する結果指標(インフルエンザ様疾患の発病)などが、インフルエンザ以外の「かぜ」で大きく希釈されていることであり、このためにワクチンの有効性を検出できなかったと考えられるものが多い。
第2の問題点としては、調査対象者の感受性を考慮していないことがあげられる。一般に過去のインフルエンザウイルスへの暴露経験が多くなるに従って自然活動免疫を蓄積していくので、調査対象者の中に既に有効な抗体を保有している者が含まれることになり、その結果、接種群と非接種群の間で感染率や発病率の差を検出しにくくなる。これは調査対象者を抗体陰性の者だけに制限することが困難であるという、インフルエンザワクチンに関する特有の研究環境があり、このため抗体やウイルス分離などのデータを用いない調査では第1の問題点と相まって、調査結果を更に不鮮明なものとしている。
このような調査研究上の重大な欠点は、インフルエンザを「かぜ」の一型として把える我が国特有の背景があるため、インフルエンザと「かぜ」を混同しがちなこと、またそのためにインフルエンザがウイルス感染症であるという認識が希薄になりがちであることに起因すると思われる。一方英語圏の国々では"flu"はひどい"cold"ではないという理解があることにより、研究に際してはインフルエンザ様疾患を厳密に定義することにまず関心が払われた経緯がある。このような我が国特有のインフルエンザに対する疾病概念は、単にワクチンの有効性に関する理解を滞らせたのみならず、インフルエンザという疾病自体の重要性をも看過させてきたと言えよう。
今般、本検討会においては、我が国におけるインフルエンザワクチンの有効性の評価についての混乱に対して一定の科学的結論を導きだすために、国内外の報告について慎重に検討を行った。まず欧米においては、インフルエンザワクチンは有効であるとの評価が確立されており、疫学的評価に耐える数多くの報告がなされている。これらの結果に基づき、CDCの報告は、a)65歳未満の健常者では発病の相対危険が0.1から0.3(有効率:70%〜90%)、b)一般高齢者では肺炎やインフルエンザでの入院の相対危険が0.3から0.7(有効率:30%〜70%)、c)老人福祉施設等の入所者では発病の相対危険が0.6から0.7(有効率:30%〜40%)、肺炎やインフルエンザでの入院の相対危険が0.4から0.5(有効率:50%〜60%)、死亡の相対危険が0.2(有効率80%)であると要約している。一方、国内においては、三つの論文が海外においても一定の疫学的評価が認められているが、いずれにおいてもワクチンは有効であるとの結論が導き出されている。すなわち、1968年から69年の流行期に男子高校生を対象とした研究論文では、感染の相対危険がA型(H3N2)に対して0.2(有効率80%)、B型に対して0.57(有効率:43%)との結果になっている。また1988年から89年の流行期に小学校児童を対象とした研究論文で、A型(H1N1)の主流行期のインフルエンザ様疾患の発病の相対危険が0.33(有効率:66%)という結果を得ている。さらに1992年から93年の流行期に喘息児童を対象とした研究論文で、感染の相対危険がA型(H3N2)に対して0.32(有効率:68%)、B型に対して0.56(有効率:44%)との結果が報告されている。このように、インフルエンザワクチンについては、国内外ともに臨床疫学的見地に立った専門家の間においてその有効性が確認されているが、国内においては必ずしも医療関係者や国民の間に有効性についての理解が浸透しているとは言えない状況にある。
他方、ワクチン接種の一般的な副反応については、接種部位の腫れ、かゆみなどの局所反応や発熱、頭痛、倦怠感などの全身反応が接種者の5%から20%に出現するとの報告があるが、ワクチン成分に対するアレルギー、ギランバレー症候群等の医療が必要とされたり障害が残るような健康被害は、予防接種健康被害救済制度の資料に基づいて計算すると、100万人に0.36人と極めて低い頻度となっている。
さらに欧米では、医療関係者が予防接種を受ける一義的な理由として、自らが高齢者等の罹患した場合に重症化しやすい集団に対する感染源にならないことが挙げられており、このような予防接種に対する認識の相違についても理解する必要がある。厚生省においては、国民一般や医療関係者に対してワクチンに対する正しい理解と評価のために資する情報提供を続けていくとともに、さらにワクチンに対する国民の信頼性を高めることを目的として、我が国の高齢者等の罹患した場合に重症化しやすい集団に対するインフルエンザワクチンの有効性と安全性の評価に関する研究を進めていく必要がある。

[2]ワクチンの供給体制の整備
ア.ワクチン生産を進める上での問題点

現行の不活化インフルエンザHAワクチンは、受精後10日前後の発育鶏卵の尿膜腔内でウイルスを増殖させ、その後に遠心分離法等を用いてウイルスの濃縮・精製を行った後、さらにエーテルを加えてウイルスを分解し、HA画分を採集し、安定化剤を添加してワクチン原液が製造される。製造企業から製品として出荷される前には、自家試験が行われるが、さらに国立感染症研究所による国家検定が実施され、合格したものが製品として出荷されることになる。これらの全工程を合わせると、通常6ヶ月から8ヶ月が必要とされるが、あらかじめ時間的に余裕を持ちうる通常のインフルエンザ流行に備えたワクチン生産の場合と異なり、汎流行発生時のワクチン生産においては、この期間をいかに短縮し、大量のワクチンを効率的に生産できるかが汎流行対策の最大の課題となる。現行の発育鶏卵を用いたワクチン製造において、生産期間を短縮していく方策の一つとして、検定期間の短縮が挙げられており、実際に1957年(昭和32年)のアジアかぜの流行に際しては、政府による検定期間の短縮化が決定されている。一方、汎流行を想定した場合のワクチン需要量の確保のための量的な隘路として、発育鶏卵の確保を始めとするワクチン生産体制全般の確保・稼働が課題となっているが、特に発育鶏卵の確保がワクチンの緊急増産に向けての大きな問題とされている。すなわち、通常のワクチンの生産・供給量と汎流行で必要と想定される供給量との乖離が非常に大きいことが、ワクチンの緊急増産に向けての大きな問題となっている。

イ.ワクチン生産体制の整備

1980年代の半ばから、我が国のインフルエンザワクチンの出荷量は減少の一途を辿り、さらに1994年(平成6年)に行われた予防接種法の改正においてインフルエンザの予防接種が任意接種になったこと等により、ワクチン需要量の減少が続き、このため製造を中止する企業や生産設備の縮小を検討する企業が出現し、その結果、ワクチン出荷量の減少が続いている。この傾向は、欧米におけるワクチン製造企業からのワクチン出荷量の大幅な増加に対して正反対である。通常期のインフルエンザ対策におけるワクチン生産体制の縮小は、今後予想される新型インフルエンザの出現に際して、新型インフルエンザに対応すべきワクチンの緊急増産の大きな障害となると予想されることから、需要量のワクチン確保に向けた普段からの生産体制の整備と緊急時の生産工程の再整備、さらに新型インフルエンザウイルスに予想される強い感染力に見合った病原微生物による危険への対策の必要性等の検討が求められる。

ウ.単味ワクチン

汎流行の中間期に生産されている通常のワクチンは、次の期の流行株を事前に予測して、3抗原型から4抗原型を入れたものが準備されている。新型インフルエンザウイルス出現の際には、国民が免疫を有していない新型インフルエンザウイルスの抗原1種類のみを含有するワクチン(単味ワクチン)を大量にかつ短期間に緊急に生産することについて、その可能性と問題点、対応等について十分に検討しておく必要がある。また、現在インフルエンザワクチンは任意接種となり、個別接種に対応して1ml製剤が生産されているが、汎流行時には、集団接種も実施されること、製造工程が短縮され、保管管理・流通の面でも利点のある10ml製剤についても検討する必要がある。なお、エーテル処理した現行のHAワクチンを用いても、生産効率や有効性において全粒子ワクチンと比べて大きな差はないと考えられることから、生産される単味ワクチンは、安全性の面からも現行のHAワクチンとすることが適当である。

エ.検定期間の短縮化

ワクチンの生産工程において、製造企業による自家試験と国立感染症研究所の国家検定の2つの段階がある。現在、標準的な国家検定の期間は80日なっており、自家試験と合わせて約110日程度を要している。汎流行の際には、緊急にワクチンを生産しなければならないことから、品質の低下を招来しない範囲において検定期間の短縮化を実施する必要があり、事前にその方法について国立感染症研究所を中心に検討しておく必要がある。

オ.緊急増産の可能性

新型インフルエンザウイルスの出現に際しては、全国民が抗体を保有していないことから、全ての人が感受性を持つことが想定されるので、流行の規模に合わせたワクチン需要量の確保が重要な課題として挙げられる。当検討会の審議においては、通常の作業日程の中で現在ワクチン生産を行っている5社の設備能力を最大限に発揮できた場合の年間供給可能量として、10,000リットルから20,000リットル(2000万〜4000万回分)の試算が示されている。但し、このような大量のワクチンを生産するためには、a)ワクチンを生産するウイルス株の増殖性が高いこと、b)単味ワクチンとしての生産を行うこと、c)生産に必要な発育鶏卵が適宜確保されること、d)ワクチン製造に必要な人材、製造・試験設備が十分に確保・稼働できること、といった前提条件が満たされる必要がある。これらの4つの前提条件についての検討をさらに進めるとともに、流行の規模に合わせた需要量の試算、製造能力の物理的限界から需要量が時間的に間に合わない場合の段階的生産量の試算等、事前にさまざまな条件下でどの程度の緊急増産が可能であるかについて、厚生省関係部局、国立感染症研究所とワクチン製造企業が協力して検討しておく必要がある。

カ.緊急輸入の可能性

汎流行時の新型インフルエンザの型は、全世界同一であることが予測され、国内で生産するインフルエンザワクチンを原則使用するにしても、汎流行の際には様々な状況が予測されることから、海外からのインフルエンザワクチンの緊急輸入についても考慮するべきであり、関連する課題についても検討する必要がある。

[3]ワクチンの計画的接種の準備

ア.政府による購入・管理の基本的考え方の整理

新型インフルエンザの流行時においては、過去のアジアかぜでの経験に見られるように、実際の供給量が需要量に追いつかない局面も想定しておかなけらばならない。アジアかぜの際には、厚生省より都道府県に対して予防接種実施計画の策定を指示し、その計画に基づいて政府が買い上げたワクチンを各都道府県に配布している。新型インフルエンザのワクチンが計画的に生産・供給され、生産されるワクチンが効果的・効率的かつ迅速に接種されるように、政府におけるワクチン購入と管理の必要性及び問題点、対応方針について事前に検討しておく必要がある。

イ.予防接種実施計画の策定

ワクチンの接種に当たっては、高齢者や基礎疾患を有する者等の罹患した場合に重症化しやすい集団への接種は当然のこと、国民全体が社会生活を維持していくため必要な職域集団への接種も検討対象としなければならない。段階的に生産されるワクチンが効率的に接種されるように、接種に当たっての優先集団の検討を行う必要があるが、本検討会においては、その前提条件としてワクチン接種を勧めるべき集団について、米国、英国等で行われている議論を踏まえ、さらに我が国の実情、国民感情も視野に入れて検討した結果を資料4に示したので、参考にされたい。この問題については、さらに公衆衛生審議会伝染病予防部会等において、広く国民的な理解と協力が得られるように審議を深められることが期待される。なお、接種回数については、基礎免疫を全くもたない新型ウイルスに対しては、2回接種により十分な免疫を得ることが原則である。

ウ.副反応監視体制の検討

インフルエンザの汎流行時におけるワクチンの緊急増産においては、検定期間の短縮化等、時間的かつ量的の両面において通常のワクチン生産の場合と大きな違いがあることが考えられる。従って現行の副反応監視体制の更なる強化を図り、実際に汎流行が発生してワクチン接種を行う際に速やかかつ確実に副反応を捕捉することが、接種を受ける国民、接種する医療従事者等の理解と安心を得る上から必要である。
なお、従来より予防接種の副反応については、ワクチン接種後に重篤な症状を呈した例についてのみ個別に検討が行われてきたが、予防接種副反応に関しては、非接種者における同様の症状発現にも着目した比較調査を必要に応じて実施することが望ましい。

エ.予防接種の補償責任の検討

現行の制度では、インフルエンザの予防接種は法律に基づく予防接種ではなく、任意の接種となっていることから、健康被害が発生した場合には、通常の医薬品と同じく「医薬品副作用被害救済制度」に基づいて対応することになっている。しかし、インフルエンザの汎流行時においては、予防接種法第6条に基づく「臨時の予防接種」として、現行の予防接種における対象疾病にインフルエンザを政令で追加指定し、臨時の予防接種としての適用を行った場合には、予防接種法に基づく健康被害の救済措置に基づく対応が図られることになる。この「臨時の予防接種」としての実施のための要件は、予防接種法の施行令第2条に定められているが、新型インフルエンザの汎流行の際に「臨時の予防接種」の該当になるかどうかについて迅速な判断が求められる。
緊急に配布されるワクチンの接種に当たって、接種に伴って発生する健康被害等に対して、接種を受ける国民一人一人、また医師が安心して接種できるように、補償責任の検討を事前に行う必要がある。

[4]ワクチンの開発研究

現行の発育鶏卵を用いたHAワクチンでは、卵の確保がワクチン生産量を左右する大きな要因となっており、また発育鶏卵の必要量が十分確保されている条件においても、生産までには最低でも90日程度必要といった時間的な面も特に汎流行を想定した場合の大きな問題となっている。今後のワクチンの開発研究においては、組織培養分離ウイルスの使用や高増殖性ウイルス作出法の確立といった現行の発育鶏卵増殖ワクチン生産の改良に加えて、組織培養増殖ウイルスワクチン、DNAワクチン、人工膜ワクチン、遺伝子組換えワクチン等の発育鶏卵に頼らないワクチンの生産方法の開発が必要である。また、将来的には現行の皮下接種に較べてより簡便に投与でき(例:経鼻ワクチン)かつ免疫効果にも優れ有効性が明らかなワクチン等の開発が求められる。

[5]ワクチン株の系統保存庫(以下保存庫)の整備

ブタ、トリ等から分離されたインフルエンザウイルスは、将来の人の世界における新型インフルエンザウイルスとして出現する可能性がある。したがって、ブタ、トリ等からの分離された代表的なウイルスを増殖能の高いものに変換した上で系統的な保存庫として保存しておく体制を整えれば、新型インフルエンザウイルスが実際に出現した際には、保存庫に保存したウイルスを用いて、診断機材を速やかに作成し、血清学的発生動向調査等に供するとともに、迅速にワクチン生産に供することが可能となる。

(3)予防内服薬

[1]基本的考え方

ウイルス感染症に対する化学療法の開発は、ウイルスの特性から細菌感染症の場合と較べて大きく遅れているが、抗ヘルペス薬のアシクロビルを始めとしていくつかの抗ウイルス薬が既に実用化されている。A型インフルエンザウイルスに対してもアマンタジン、リマンタジンといった抗ウイルス作用を有する薬が諸外国において開発・実用化されており、当検討会において審議を行った。
1964年(昭和39年)に米国で開発されたアマンタジンは、A型インフルエンザ感染症に対する予防内服薬、治療薬として1966年(昭和41年)の承認以降、今日に至るまで米国等で用いられているが、同時にパーキンソン病の治療薬としても使用されてきた。日本では1971年(昭和46年)に抗A型インフルエンザ治療薬としての承認が得られていたが、その後輸入業者から承認取り下げの申請がなされ、現在は、抗インフルエンザ薬としての適応承認はなく、パーキンソン治療薬及び脳梗塞に伴う意欲自発性低下に対する薬として使用されている。
本検討会において、海外におけるA型インフルエンザに対するアマンタジン等の予防内服薬、治療薬としての評価を行ったところ、一定の有効性について確認され、副作用についても重篤な副作用が発生する率は低く、精神神経系及び消化器系の副作用についても使用を中止することによって回復することが確認された。我が国における今後の使用に当たっては、既にパーキンソン病や脳梗塞に対してのみ適用承認がなされているといった状況を踏まえながら、さらに副作用等の安全性の問題、使用の際に予測される薬剤耐性(新型インフルエンザウイルスのアマンタジン等に対する感受性及び耐性獲得)の問題について検討する必要がある。
インフルエンザの汎流行時の対策も通常の流行期の場合と同様にワクチン接種が大原則であるが、汎流行の初期にはワクチン生産が間に合わない可能性があり、その場合には予防内服薬が人の感染対策として現在のところ唯一取り得る方策であるといった点を考慮しなければならない。さらに、ワクチン生産・供給が開始された後でも、a)卵アレルギー等でワクチン接種ができない人がいること、b)ワクチンの需要量に生産量が追いつかない可能性があること、c)緊急時にワクチン接種しても、抗体価が感染防御に十分な程度まで上がるのに10日以上かかること等から、ワクチンによるインフルエンザ対策を補完するためにアマンタジン等の予防内服薬の使用を検討する必要がある。なお、リマンタジンについては米国においてもデータ不足の面があるとされ、かつ我が国では使用経験がないことから今後さらに検討が必要である。

[2]有効性・安全性と供給体制

アマンタジンの予防内服の効果については、既に欧米で多くの研究報告がなされている。これらを総説した報告によると、一般の健康成人や小児においてA型インフルエンザの発症を50%から90%程度を予防しうるとされている。しかし、その一方で10%から20%の割合で幻覚、せん妄、睡眠障害等の精神神経系の副作用、悪心、嘔吐、食欲不振等の消化器系の副作用、まれに悪性症候群等が報告されており、特に、アマンタジンの大部分が腎臓から尿中へ排泄されるという性質から、高齢者、腎疾患患者、血液透析患者等ほど、副作用出現の可能性が高くなると考えられ、このような場合には投与量を少なくするなど慎重な配慮が必要である。

[3]政府による購入・管理

アマンタジンは、A型インフルエンザウイルス感染症に有効とされ、流行に備えて前もって備蓄をしておくことが不可能なワクチンとは異なり、5年間は保存することができることから、政府における事前の購入・管理を通じた備蓄が考えられる。しかし、本剤は、既に我が国において抗パーキンソン薬として広く診療現場で用いられており、その使用量は米国の5〜6倍と言われている現状等を踏まえながら、政府における新型インフルエンザに備えたアマンタジンの購入・管理の必要性について慎重に検討を進める必要がある。

[4]指針の作成

アマンタジン等の予防内服薬を予防目的又は治療目的で普及することを考えたとき、a)アマンタジンは経口薬であり、ワクチン接種よりも簡便に用いることができること、b)パーキンソン病や脳梗塞に対する治療薬として既に診療現場で広く用いられており、医師が処方するに当たっての抵抗感が少ないこと等から、汎流行が予想される際には、ワクチンの代替として、アマンタジンの処方が急速に広まることが考えられる。一方、アマンタジンの投与によりA型インフルエンザウイルスが薬剤耐性を獲得する可能性のあること、高齢者において副作用の発現頻度が高いことが報告されていることから、抗A型インフルエンザ薬としての普及に当たっては、インフルエンザ対策においてアマンタジン等の予防内服薬はワクチンを補完するものに過ぎないといった基本的考え方、治療薬としての使用方法、副作用や薬剤耐性の面からの注意事項等を盛り込んだ使用に当たっての指針を作成しておく必要がある。

[5]予防内服薬に対する今後の方向性

現在、抗A型インフルエンザ薬としての適応承認を有しないアマンタジン等の予防内服薬の取扱いについて、汎流行や通常の流行期を想定してどのような方向性で考えていくかかが重要な問題である。まず、汎流行に際しては、前述したように、インフルエンザ対策の基本であるワクチン接種が必然的に一定の制約を受けることから、アマンタジン等の有効性、副作用の問題を考慮しながらも、緊急に使用できるような配慮が必要である。その際に診療現場で安心して使用されるための前提としては、インフルエンザ治療薬としての薬事法上の承認を受けること及び保険適用となるために薬価収載されることが考えられる。また健康保険の対象とならない予防的投与のあり方についても整理する必要がある。
一方、汎流行の中間期における通常の流行を想定した場合には、ワクチン接種の制約が汎流行の場合と較べて著しく少なく、緊急承認の必要性も低いことから、薬事法上の承認に向けての製造企業の自主的判断を尊重しつつ、仮に承認申請が出された場合にあっては、迅速・適切な判断が求められるが、その適応対象を単なる「インフルエンザ様疾患」ではなく、血清学的検査等で「A型インフルエンザ」であることが認められたものに限るといった限定適応についても検討する必要がある。また、現在アマンタジンは、輸入に頼っている状態であり、緊急輸入の可能性や必要性、緊急確保を含む政府の管理について事前に検討しておく必要がある。
今後の新型インフルエンザ汎流行対策としてアマンタジンやリマンタジンだけでなく、効果が高く、副作用が少なく、さらに価格が安い抗インフルエンザ薬の研究開発が進められることが望まれる。

(4)情報の提供

通常のインフルエンザの流行と流行の間の時期(以下、汎流行中間期)から、ワクチンの有効性や汎流行に関する情報(特に後述の行動計画の中の「(8)情報の提供・公開」に記した内容)等についても国民に提供していくことにより、実際に汎流行が発生した際には、国民の間に混乱が生じないようにする必要がある。

3.新型インフルエンザウイルスが出現した場合の対応(行動計画)

(1)行動計画の流れ

新型インフルエンザウイルスが発見されてからの対応については、事前に準備された流れ図と実施指針に基づいて段階的・計画的に実施されることが必要である。本検討会においては、専門的な見地からの行動計画案の段階的な流れ図を作成し、資料5に記したので参考にされたい。なお、実際に汎流行が予想される場合にあっては、各項目のさらに具体的な検討について、予想される様々な事態を想定して緊急に検討・整備することが必要である。

(2)新型インフルエンザウイルスの確認と発生地周辺における感染拡大及び健康被害の状況の把握新型インフルエンザウイルス発見の第一報が入手された場合には、それが本当に新型インフルエンザウイルスであるか否かを至急確認する必要がある。特に海外発信の情報については、現地に専門家を派遣し、確認作業を行うことが最も重要な第一段階となるが、我が国においては、WHOのインフルエンザ研究協力機関である国立感染症研究所がその役割を果たすことになる。この段階において、現地で収集すべき情報としては、[1]ウイルス分離患者に関する臨床・疫学情報、[2]実験室診断の情報、[3]第一次疫学的調査、[4]WHO、CDC等関連機関や国内外のワクチン製造企業の動きがある。特に新型インフルエンザウイルスの確認に当たっては、検体の検査途中にニワトリ等からのウイルス混入の可能性を常に念頭に置きながら調査を行う必要がある。

[1]ウイルス分離患者に関する臨床・疫学情報

まず患者に関する情報としては、患者の診療録情報が基礎情報となり、性別や年齢、症状の経過、死亡者で解剖がなされていた場合にはその結果から臨床像を把握する必要がある。
[2]実験室診断の情報

次に実験室診断に関する情報は、検体が得られた研究室の設備(安全キャビネットの有無、ウイルス分離の場所等)、ウイルス分離前後における研究室内での取り扱い状況(卵による汚染、ウイルス分離時の訪問者、ピペット操作、研究室への職員の出入りの状況等)、検査の方法・結果(ウイルスの分離と増殖の方法等)等について確認する。

[3]第一次疫学的調査

患者の発生場所における第一次疫学的調査については、確認された新型インフルエンザ患者以外にも新型インフルエンザ患者が発生していないか確認するため、新型ウイルスが分離された患者の発症前10日前までに遡って家族を始めとする周囲との接触状況、家族の罹患状況とウイルス分離の有無、ウイルスが分離された患者が発生した地域の病院でのインフルエンザ様疾患の発生状況と新型ウイルスに対する抗体価上昇の有無の確認、ウイルスが分離された患者の学校あるいは所属する集団(会社等)のインフルエンザ様疾患の発生状況や必要に応じた新型ウイルスに対する抗体価上昇の有無の確認、さらに周辺情報、地域におけるインフルエンザ疾患に関する情報等の入手・確認を行う。

[4]WHO、CDC等関連機関や国内外のワクチン製造企業の動き

さらに、現地政府、WHO、CDC等の関係機関から可能な限り多くの情報を収集し、それらを突合することにより、より情報の精度を高める。

以上を通じて新型インフルエンザウイルスが人から分離されたことの確認がなされた場合には、次に新型ウイルスの病原性や感染力、実際の地域での感染拡大や健康被害の状況をさらに詳細に把握するための[5]新型ウイルスに関する実験、[6]患者発生場所における第二次疫学的調査を行う必要がある。

[5]新型ウイルスに関する実験

実験室での研究として、可能な限り現地より検体(分離ウイルス)を得た上で、病原体の取扱いに関する法的な取扱いを遵守しつつ、ウイルス分離と病原性や感染力の把握を目的とした感染実験、ワクチン製造に向けてのウイルスの増殖能の検査、アマンタジン等の薬剤感受性検査等、実験室における新型ウイルスに関する詳細な分析が必要である。

[6]第二次疫学的調査

実験室での評価に並行して、現地での第二次疫学的調査においては、第一次疫学的調査の対象をさらに拡大した患者発生動向調査と病原体発生動向調査の実施を行い、地域における感染拡大の状況と健康被害の有無の把握に努めなければならない。これらの結果は、日本における健康被害の予測、ワクチンの緊急生産の開始等、行動計画を始動させるか否かを最終的に判断するのに不可欠な情報である。

なお、現地に派遣された調査団は、現地関係者と情報交換を行うとともに必要な技術支援を行う。新型インフルエンザウイルスが確認された後、必要な情報は、新型インフルエンザウイルスによる被害がどの程度拡大しているかであり、そのためには、広範囲な血清学的発生動向調査や堅固な手法に基づいた患者調査及びその解析が必要となる。前述の第一次、第二次の現場における疫学的調査を実施する際には、ウイルスが発見された国の政府に対して調査活動の開始を正式に依頼することになるが、基本的には、WHOが窓口になって現地政府との交渉が行われ、日本はそのインフルエンザ研究協力機関としての国立感染症研究所が中心となって技術援助を行うことになる。現地政府が十分な技術・組織を有しない場合には、WHOや米国CDCと協力して、血清学的発生動向調査の実施に対して協力することにより、正確な情報を迅速に得ることが可能になる。

(3)対応体制の確立

得られている情報と講ずるべき対策に応じて、適切な段階・規模の対策本部の設置が必要となる。資料6に当検討会が想定するいくつかの段階に応じた会議等について記したので参考にされたい。
新型インフルエンザ対策のための対応体制は、新型インフルエンザウイルスの発見と感染拡大の状況に応じて設置される。すなわち、日本以外の国で新型インフルエンザウイルスが分離確認された場合(第1段階)では、省内に既設されている健康危機管理調整会議を開催し、その対応を検討することが重要であり、併せて緊急疫学調査と並行して専門家による会議の場における流行予測の可能性を中心に検討を行う。
次に、海外で感染拡大が確認された場合(第2段階)には、健康危機管理調整会議と専門家の会議において、新型インフルエンザウイルスの日本への侵入の可能性と時期の推測、国民や医療関係者への汎流行の可能性についての注意喚起を実施するとともに、全国の地方衛生研究所に新型インフルエンザウイルスを判定するため必要な情報・検査機材を提供し、日本での分離検出体制を確立するとともに、新型インフルエンザウイルスに対するワクチン生産のための検討に着手する必要がある。さらに厚生省結核・感染症発生動向調査事業の体制を強化し、定点以外の診療機関においてもインフルエンザ様疾患患者の報告を求めるとともに、可能な限り各地方衛生研究所における血清学的診断を行える体制を整備する。
次に日本国内で新型インフルエンザウイルスが分離確認された場合(第3段階)においては、厚生省内に新型インフルエンザ緊急対策本部を設置し、関係省庁や日本医師会等の関係団体との協議を通じて、日本国内で感染拡大が生じた場合の対応体制の確認、対応の具体的発動、汎流行宣言等の検討を行う。
最後に、国内での地域的流行が確認されるなど、日本国内における汎流行の可能性が高まった場合(第4段階)には、政府における関係省庁新型インフルエンザ対策危機管理会議(仮称)の開催や関係閣僚会議の開催を通じて、省庁横断的な対策の取り組みを緊急に決定することが必要となる。

(4)国内における感染の有無や拡大状況の把握

[1]国内での新型インフルエンザウイルス捕捉のための発生動向調査体制の強化
全国の地方衛生研究所には、普段から既知のウイルス及び血清抗体を型別に捕捉できる検査資材が配布されているが、地方衛生研究所に集められた検体で既知のどの型とも反応しないインフルエンザウイルスの検出や血清抗体の検出が新型インフルエンザウイルス捕捉の第一歩となる。その場合には、国立感染症研究所から配布される新型インフルエンザウイルスの検査資材を用いた検査を行うとともに、すみやかに検体や分離ウイルスを国立感染症研究所に送付し、検知された抗体に対するウイルスの同定、分離ウイルスの抗原分析を実施する。さらに家族や病院関係者、周辺地域の住民における新型インフルエンザウイルスに対する抗体の保有状況を調査することにより、感染拡大の傾向を把握するといった一連の積極的なウイルス学的・疫学的調査が必要となる。併せて、新型インフルエンザの拡大状況を把握するために、新型インフルエンザウイルスが発見された地域及びその周辺の病院にて、過去にインフルエンザ様疾患が発生・流行していなかったかについての調査を行い、その地域におけるインフルエンザ様疾患の流行状況を把握し特段の感染拡大の傾向がないかどうか解析する。なお、インフルエンザ様疾患を呈した患者が追跡可能である場合には、再度抗体を測定することにより罹患の状況を確認することが重要である。

[2]国内における感染拡大の状況把握〜監視
前述の発生動向調査体制の強化による監視に合わせて、日本での新型インフルエンザ対策を実施していくために必要な情報を集めるとともに、その評価を行うために2つの監視集団を設定する。第一の集団は、インフルエンザ発病を監視するための集団であり、広範囲な地域、集団を設定する(発病監視集団)。第二の集団は、健康影響に関する詳細な情報を得るとともに、併せて血清学的、ウイルス学的情報をも収集する集団であり、特定の地域、限定された集団を設定する(精密監視集団)。発病監視集団の調査では、集団中の住民に対する積極的な監視、あるいは集団中の病院・診療所等を定点とした受動的な監視を実施し、発病率、重篤度などに関する情報の収集・分析を行う。一方、精密監視集団では、悉皆調査により血清学的発生動向調査及び患者発生動向調査を実施する。このような積極的監視により、ワクチン接種率、ワクチンへの抗体応答、ワクチンによる副反応、検査結果に基づく発病率や死亡率、基礎疾患の影響等に関する情報を収集、分析する。

(5)ワクチン接種

[1]汎流行におけるワクチン接種の基本的考え方
インフルエンザワクチンは、インフルエンザに対する最大の防御手段であり、インフルエンザの汎流行の際には、できるだけ速やかに新型インフルエンザウイルスのためのワクチンを生産・供給し、高齢者等の罹患した場合に重症化しやすい集団が予防接種を受けることによりインフルエンザによる重篤な合併症や死亡を予防し、健康被害を最小限にとどめるとともに、社会機能を確保することが重要である。なお、予防接種の一般的考え方として、副反応の頻度は非常に低いが、出現する可能性は皆無ではなく、最終的には、個人個人が自分の判断で、接種するかどうかを決定することが基本である。したがって、厚生省は各個人が判断するために必要な正確な情報を提供していくとともに、副反応による健康被害が生じた際には速やかに救済することが望まれるが、汎流行の際は医薬品副作用被害救済・研究振興機構法に基づく医薬品副作用救済制度に加えて、予防接種法に基づく臨時の予防接種としての取扱いの必要性、問題点についても検討しておくことが必要である。

[2]行動計画におけるワクチンの緊急生産と計画的接種
前述した新型インフルエンザウイルスによる汎流行が発生した場合に向けての「2.事前の準備、(2)ワクチン」がインフルエンザ対策におけるワクチン戦略の基本的な考え方を示したものであるが、実際に汎流行による危機が発生した段階において、国民を新型インフルエンザによる健康被害から防ぐためのワクチンを用いた具体的な戦術が必要となる。この戦術の要点は、a)必要量のワクチンを如何に短期間に供給するか、b)段階的にしか供給されない場合には限られたワクチンを如何に効率的・効果的に必要とする集団に優先して接種するか、c)予防接種による健康被害の未然防止と補償体制を如何に確立しておくか、の3点と考えられる。以下は、事前の準備等に記載された内容と一部重複するところがあるが、実際に汎流行が発生しつつある状況を想定した具体的行動の着手を念頭において再整理したものである。
なお、汎流行の発生が予想される場合にあっても、国民が混乱に陥ることなく、新型インフルエンザ流行の状況やワクチン接種に関する情報が得ることができるような積極的な情報提供・広報が不可欠である。同時に、ワクチンに対する不信感から必要な対象者がワクチンを受けないといった事態が生じないようにワクチンの有効性等に関する必要な情報提供も併せて行わなければならない。

ア.必要量のワクチンを如何に短期間に供給するか
新型インフルエンザウイルスの出現が確認された場合にあっては、WHO等による汎流行警戒宣言が出されるか否かにかかわらず、国立感染症研究所とワクチン製造企業が協力し分離ウイルス又はワクチン株の系統保存庫を用いて、新型インフルエンザウイルスの抗原性を変化させることなく発育鶏卵での増殖性の高いウイルスやワクチンの力価測定用の参照ワクチン等を作出するなど、ワクチン生産に向けての作業を速やかに開始する必要がある。併せてワクチン製造会社においては、直ちに関係機関の協力を得て、最大限入手可能な発育鶏卵の確保に努めるとともに、ワクチン生産に必要な設備・人材等の可能性を検証し、新型ウイルスの流行に備えたワクチン緊急生産体制の再確認を行う。
実際にワクチンの緊急生産が決定された後には、その時点における発育鶏卵の確保状況やワクチン生産のための設備・人材の確保状況等に鑑みながら、段階的なワクチン生産可能量を明らかにしていく必要がある。

イ.段階的にしか供給されない限られたワクチンを如何に効率的・効果的に必要とする集団に優先して接種するか
段階的に供給されるワクチン量が明らかになった段階で、資料4に示したワクチン接種の優先集団別の計画的接種が必要である。この場合、政府によるワクチンの一括購入又は製造企業への協力依頼による管理と供給が重要であり、その時のワクチン生産可能量と需要量の両者を比較しながら、どちらの方法でワクチン管理・供給を行うかについて決定しなければならない。また、ワクチンの配分については、特定優先集団を最優先して、他の優先集団をその後に残すといった考え方ではなく、優先集団毎の人数等を考慮に入れた上での按分比を用いた供給を行う必要があり、その按分比率についても実際のワクチン生産可能量と需要量の両者を比較しながら、迅速に決定しなければならない。これらのワクチン接種に当たっては、予防接種法に基づく「臨時の予防接種」としてインフルエンザの予防接種を位置づけた場合には、接種の対象者等が都道府県知事によって指定されることから、その発動の必要性についても迅速に決定する必要がある。
以上をもって、供給計画の立案と平行して、各都道府県におけるワクチン接種体制(集団接種、個別接種)の整備を行い、その整備の進捗状況に併せてワクチン製造企業から都道府県へのワクチン配備を行うものとする。

ウ.予防接種による健康被害を最小限にとどめるとともにその補償体制を如何に確立するか
実際にワクチン接種が開始されるに当たって、健康被害の発生を防止するための事前の予診等の徹底はもちろんのこと、副反応監視の徹底を図り、接種ワクチンの副反応の発生状況を時系列的に把握することとする。さらに、予防接種法に基づく「臨時の予防接種」の場合であっても、通常の「任意の予防接種」の場合であっても、健康被害が発生した場合の対応を迅速に行う必要がある。

(6)予防内服薬

[1]汎流行における予防内服薬の基本的考え方
アマンタジン等の予防内服薬・治療薬は、汎流行時においても、決してワクチンに代わるものではなく、あくまでもワクチンの補完的な使用が必要であり、無計画な乱用や、予防内服薬の投与を行っているからワクチン接種は不必要であるといった誤解が生じないように注意する必要がある。

[2]行動計画における予防内服薬及び治療薬の供給と計画的投与
新型インフルエンザウイルスが出現した場合には、速やかに病原ウイルスについてアマンタジンに対する感受性実験を行い、新しいウイルスに対しても効果を示すかどうかの確認を速やかに行う。またその時点で抗インフルエンザ薬としての薬事法上の承認がなされていない場合にあっては、製造企業・輸入企業の協力を得て、最新の有効性や副作用に関する情報を踏まえながら、承認の可能性及び必要性を検討する。さらに、予防的に投与する場合にあっては、需要量の政府買い上げと投与対象者への計画的配分等を検討しなければならないが、既にパーキンソン病患者等に対する治療を目的としてアマンタジンが流通していることも踏まえた上で、最終的な判断を行わなければならない。
アマンタジンが新型インフルエンザウイルスに感受性を示し、なおかつ薬事法上の承認が得られている場合にあっては、事前に作成された指針に従って治療及び予防内服がなされることが必要である。特に予防内服にあたっては、a)卵アレルギー等でワクチン接種のできない者に対する使用、b)ワクチンが不足する間の使用、c)ワクチン接種後に抗体が上昇するまでの間の使用、等について疫学的状況の判断を踏まえながら、ワクチン接種の場合と同様に投与群を計画的に選択する必要がある。
なお、アマンタジンの使用に当たっては、薬剤耐性ウイルスの出現が指摘されており、アマンタジンに耐性のウイルスを速やかに検知できる体制が必要であることから、使用機関おいては、投与群の監視を行うことによって耐性獲得についての検索を実施する。

[3]副作用の監視
アマンタジンには、精神神経系や消化器系等の副作用が報告されていることから、ワクチンの副反応監視と同様に、アマンタジンの副作用の監視を実施する必要がある。

(7)医療供給体制の確保

[1]必要となる超過医療需要の想定
新型インフルエンザによる汎流行が発生した場合には、通常の医療需要に加えて超過医療需要が生じることになり、その規模に応じた医療体制を確保していく必要がある。本検討会においては、以下に示す2つの状況を想定して超過医療需要を推定し、必要な医療体制の確保のための検討を行ったが、この試算は一つの例示であり、この試算以外にも様々な想定・仮定に基づく計算を続けていくことが必要である。
なお、以下の2つの想定に共通していくつかの仮定を設けなければならない事項があるが、本検討会においては、一つの参考としての数値を算出するため、合理的と考えられる範囲においての仮定を行った。

a)汎流行の期間… 新型インフルエンザウイルスが日本に上陸して流行を来したアジアかぜと香港かぜの例を参考に、36週間と仮定した。
外来診療で対応すべき患者については、平均外来診療期間を1週間と、入院診療で対応すべき患者については、平均入院診療期間を2週間と仮定した。
平成2年に実施された厚生省患者調査によるとインフルエンザ患者の「入院:外来比」は、「1:6」であったことが明らかにされている。患者調査は特定の一時点における有病率(数)を把握することを目的として調査モデルが設定されていることから、この「1:6」をそのまま罹患率(数)3200万人に当てはめることはできず、「b)罹病期間」に準じて補正すると、汎流行期間中の発生したインフルエンザ患者の「入院:外来比」は「1:12」であると仮定される。
b)罹病(診療)期間… 外来診療で対応すべき患者については、平均外来診療期間を1週間と、入院診療で対応すべき患者については、平均入院診療期間を2週間と仮定した。
平成2年に実施された厚生省患者調査によるとインフルエンザ患者の「入院:外来比」は、「1:6」であったことが明らかにされている。患者調査は特定の一時点における有病率(数)を把握することを目的として調査モデルが設定されていることから、この「1:6」をそのまま罹患率(数)3200万人に当てはめることはできず、「b)罹病期間」に準じて補正すると、汎流行期間中の発生したインフルエンザ患者の「入院:外来比」は「1:12」であると仮定される。
c)入院患者:外来患者比… 平成2年に実施された厚生省患者調査によるとインフルエンザ患者の「入院:外来比」は、「1:6」であったことが明らかにされている。患者調査は特定の一時点における有病率(数)を把握することを目的として調査モデルが設定されていることから、この「1:6」をそのまま罹患率(数)3200万人に当てはめることはできず、「b)罹病期間」に準じて補正すると、汎流行期間中の発生したインフルエンザ患者の「入院:外来比」は「1:12」であると仮定される。

ア.想定1:国民の25%が罹患発病すると想定した場合
前述したように、ヨーロッパインフルエンザ会議の報告において、「各国はインフルエンザ汎流行の際には国民の25%が罹患発病するとの想定のもとで行動計画を策定すべきである。」とされており、この仮定を我が国の場合に当てはめると3200万人が罹患発病することになる。但し、この3200万人は一度に全員が発病して、一度に全員が転帰(治癒、死亡等)に向かうといった性質のものではなく、汎流行期間を通しての人数であることに注意しなければならない。前述の仮定a)、b)、c)に基づいて医療需要を算出すると、3200万人の罹患発病者の中で、入院診療が必要な患者は約250万人、外来診療が必要な患者は約2950万人が汎流行の全期間を通して発生することになる。これらの患者が汎流行の期間を通してどのような頻度で発生するかを仮定することは非常に難しいが、まず流行期間中の罹患発病頻度の推移が標準正規分布と同様の曲線を描くと仮定した場合、最大時には、入院患者が約32万人、外来患者が約190万人に達することになる。また罹患発病分布が全期間を通して均等と仮定した場合、全期間中、常に入院患者が約14万人、外来患者が約80万人となる。したがって、一時点において想定できる超過医療需要は、入院で14万人から32万人、外来で80万人から190万人が考えられる。

イ.想定2:アジアかぜ流行時と同規模の患者数が発生すると想定した場合
アジアかぜにおける正確な患者数は不明であるが、本検討会においては、学童のみでも約260万人の推定患者数が報告されており、国民全体では1000万人以上が罹患したと想定される。この数を用いて試算すると、汎流行の全期間を通して入院診療が必要な患者は約80万人、外来診療が必要な患者は約960万人が発生することになる。さらに発生頻度について、罹患発病頻度の推移が標準正規分布と同様の曲線を描くと仮定した場合、最大時には、入院患者が約10万人、外来患者が約61万人に達することになり、全期間を通して均等と仮定した場合、常に入院患者が約4万人、外来患者が約27万人となる。したがって、一時点において想定できる超過医療需要は、入院で4万人から10万人、外来で27万人から61万人が考えられる。

[2]超過医療需要に対応できる医療供給体制の確保
新型インフルエンザによる汎流行が発生した場合、インフルエンザの罹患は一般国民に限らず、対応する医療供給側の医療従事者も一定の割合でインフルエンザに罹患することが想定される。この医療サービス機能の低下も計算した上で、汎流行時の医療供給体制の確保を行う必要がある。
平成5年の医療施設調査・病院報告の結果を参考にまず入院機能を検討してみると、空床数{病床数×(1−病床利用率)}は、病院一般病床が約24万床、病院結核病床が約2万床で合計26万床となる。また一般診療所では総数で約26万床を有しており、在院患者数約11万人を差し引くと約15万床が空床とされている。以上のことから入院需要の対応を数的な面で検討すると、想定1の超過入院需要(一時点で14万人から32万人)であっても対応できることになるが、a)実際にインフルエンザ患者が入院する病棟は小児科、内科等が中心になること、b)これらの病床が各病院・診療所において予備用として取り扱われている(すぐには稼働できない)可能性があること、c)実際の汎流行の場合には医療従事者がインフルエンザに罹患して病床稼働率の減少が想定されること、d)新型インフルエンザが各都道府県や二次医療圏の病床密度に応じて流行するとは限らないこと、等から、実際の汎流行の場合には、その流行の状況を随時勘案しながら、適切な対応を図ることが必要となる。
また外来機能を検討してみると、病院の1日平均外来患者数が225万人(精神病院、伝染病院、らい療養所を除く)、一般診療所の1日平均外来患者数が約433万人と両者を合計して658万人となっている。想定1の外来超過需要(1時点で80万人から190万人)の場合で、外来患者が1週間の間に毎日受診すると仮定すると、最大で現在の外来需要の130%の外来需要が生じることになり、さらに医療従事者のインフルエンザ罹患による診療機能の低下やインフルエンザ患者が受診する診療科を考えると、活動できる外来診療機能は現在の150%以上の対応を図らなければならない可能性も想定される。
さらに問題を複雑にする要因として、インフルエンザ患者の診療は小児科や一般内科、また合併症等への対応から、必要な診療科としては、呼吸器内科、循環器内科が中心となっており、これに救急医療サービスが加わる。肺炎合併症は特に、高齢者、慢性疾患、妊婦等に多いことから、これらの集団に対して医療サービスを提供している機関の需要も高まることが予測される。また通院できない高齢者等に対する往診サービスや在宅医療サービスの強化が必要となってくる。

[3]汎流行時の医療供給体制の確保に向けて
必要な医療を確保するために以下の活動が必要とされる。なお、我が国では、1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災以降、その経験を生かして各都道府県において災害対策計画が作成されている。これらの災害対策計画は、地震等の災害の発生を想定したものであり、広域で発生する感染症の汎流行を想定したものではないが、基本的な考え方に共通点が見いだされることから、各都道府県において参考にされたい。

ア.情報の収集と情報網の確保
特定の医療機関に患者が集中して、医療機関が機能不全に陥ることのないように、患者の発生状況のみならず、外来患者数や空床等医療機関の状況について把握し調整を行う必要がある。

イ.都道府県、日本医師会、病院団体等との連携
医療体制の確保において最も重要なのは、医療供給側の関係各団体との連携であり、国は都道府県、日本医師会等と十分な連携を図りながら供給体制を講じていく必要がある。

ウ.必要な診療機能の確保(外来・入院)
前項では、一定の仮定のもとに超過医療需要、医療供給側の体制を想定試算したが、実際の汎流行の際にはインフルエンザ患者の発生状況を時系列的に解析しつつ、必要な入院機能、外来機能の効率的確保と効果的提供に務めることが重要である。また、積極的な在宅サービスの活用が望まれる。

エ.救急患者の搬送体制の確保
合併症等の発生に伴い必要となる救急搬送が確保されるように、関係機関の間で十分な連携をとる必要がある。また、搬送に従事する職員がインフルエンザに罹患することのないように、積極的にワクチン接種や予防内服薬の使用を考慮する。

オ.医療従事者の確保
医療体制の確保には、医師、看護婦を初めとする医療従事者の確保が前提となる。そのため、医療従事者がインフルエンザに罹患することのないように、積極的にワクチン接種や予防内服薬の使用を考慮する。また、必要に応じて医療関係者等のボランティアの活用を考慮する。

カ.医薬品の確保
医療機関において、必要な医薬品等が不足することのないように、ワクチンやアマンタジンと同様に、政府や都道府県の間で調整を行うことが考えられる。

キ.医療に対する外国からの支援
汎流行の期間中日本においてインフルエンザの流行が発生している際には、周辺諸国を含む世界中で流行が発生していることから、焦点のある震災の際のように外国からの支援を期待できる可能性は考えにくい。一方、ワクチン供給を輸入に頼っている国が多いことから、我が国から諸外国への前向きな支援・協力についても、汎流行対策の国際的取り組みの観点から積極的に検討すべきである。

ク.その他
インフルエンザの汎流行を想定して、国のみでなく、各都道府県単位、各二次医療圏単位での対応の検討はもちろんのこと、一つの医療機関においても汎流行によって様々な機能低下が予想されることから、インフルエンザ汎流行を想定した事前の検討と行動指針の策定が重要であり、各段階の連携がとれた医療供給体制の構築が不可欠である。

(8)情報の提供・公開

[1]基本的考え方
汎流行が発生した場合には、国民が混乱に陥らないように、また医療機関において適切な診断治療がなされるようにするため、一般国民や医療関係者に対する情報の提供・公開は非常に重要であり、それぞれの受け手に対して適切な手段で、適切な内容の情報が、適切な時期に還元されることが重要である。

[2]報道機関への対応
汎流行の際には、情報発信源を一元化した上で、正確な情報を適時に報道機関に対して提供することが重要であり、受動的に問い合わせに応えるのではなく、専門の報道担当官から、注意喚起(汎流行警戒)、汎流行宣言、汎流行終息宣言等に合わせた適切な情報を提供していくことが必要である。

[3]一般国民に対して
新型インフルエンザウイルスに関する情報、健康被害・社会経済的被害の拡大に関する情報を、正確で判りやすい形で提供・公開する必要がある。特に、実施されている対策の内容を正確に伝えることにより、国民が混乱に陥らないようにすることが重要になる。例えば、予め各都道府県が利用できるように広報資料を用意するなどの対応が考えられる。また情報提供・公開の手段として、インターネットや電話等の積極的な活用が望まれる。

[4]医療機関に対して
各医療機関が適切に診断治療を行うためには、正確な情報提供・公開が必要である。そのため、新型ウイルスの性状、その診断、治療等に関する情報、流行に関する情報等を日本医師会等を通じて各医療機関に適宜還元することが重要である。

(9)感染予防の徹底

[1]インフルエンザウイルスの感染予防
インフルエンザウイルスの伝播は、飛沫・飛沫核による。ウイルス排泄は、発症直前から成人で発症後5日間、小児で7日間とされているが、発病3日目までの期間が最も伝染力が強いとされている。
インフルエンザの予防手段としては、流行期間中に人混みを避ける、発病した人を外出させない、などの方法により、感染経路を絶ち流行の拡大を防止することが重要である。そのための具体的方策としては、学校の臨時休業、工場・職場の勤務時間の短縮ないし休業、時差出勤による通勤混雑の回避などが、感染を受ける機会を減らすことに役立つと考えられる。
但し、インフルエンザウイルスは強い感染力を有するため、そのような方策のみで予防目的を達成することは困難であり、最善の予防手段がワクチン接種であることに変わりがない。一般的な予防法としては、マスクを着用するとともに過労、睡眠不足といった不摂生を避け、十分な栄養や休養をとって健康的な日常生活を送るといった常識的な心がけが必要である。なお、一般的な感染症対策として手洗いの励行等が挙げられるが、ライノウイルス等によるかぜには有効なことから、日常生活のなかでかぜの予防と併せて勧められるものである。
特殊な対策としては、院内感染と家族内感染の予防がある。院内感染対策としては、医療従事者へのワクチンの投与、罹患した場合に重症化しやすい集団に焦点を当てた接触制限、予防内服薬の指針に基づく使用が重要である。また、患者の取り扱い方として、新型ウイルスの感染力、病原性に応じて、個室、陰圧空調設備のある病室等に収容することが考えられる。特に、高齢者の施設では、医師を含む医療従事者や面会者に注意をし、特に従事者についてはワクチンの積極的な接種による予防を考慮すべきである。また、そのような施設での従事者が、インフルエンザに罹患した場合には、積極的に休暇をとり、施設内の入院・入所患者等に伝播させないよう努める必要がある。家族内感染対策としては、罹患すると重症化しやすい者の同居家族(例:乳児の母親)へのワクチン接種の勧奨や多数の人の集まるところへ乳児等を連れていかないといった対応が重要である。

[2]インフルエンザ罹患患者における細菌合併症の予防対策
インフルエンザの合併症の起因菌として代表的な細菌は肺炎球菌、インフルエンザ菌、ブドウ球菌である。これらの細菌合併症への対応の原則は、一般の予防と同様に早期発見・早期治療である。なお、細菌合併症予防を目的とした化学療法剤による予防内服は必要と判断される場合に限って実施すべきものであり、その濫用を避けることが重要である。特に高齢者を含む罹患した場合に重症化しやすい集団への対策の一つとして、肺炎球菌ワクチンの接種も今後検討する必要がある。また、老人の肺炎は非典型的な肺炎像を呈することが少なくないことに診療上注意を要する。

(10)対策の評価と蓄積

汎流行終息宣言後、当該流行に関する疫学、ウイルス学、ワクチン学、免疫学、病理学、臨床医学などの広範囲な知見を記録、整理及び保存する。さらに実施された対策の評価を行い、適宜当該報告書に書かれている記述について見直しを行うことにより、より良い汎流行対策を策定することが重要である。



資料1 新型インフルエンザ対策を検討するに当たっての用語の定義

資料2 インフルエンザAウイルスの亜型とその流行

資料3 香港型インフルエンザの進化系統樹

資料4 ワクチン接種の優先集団

資料5 新型インフルエンザ対策の流れ

資料6 


 問い合わせ先 保健医療局結核感染症課
    担 当 葛西、野村、横尾(内2376、2373、2377)
    電 話 (代)[現在ご利用いただけません]


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