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第4回中央児童福祉審議会基本問題部会NO4
○部会長 ありがとうございました。
○J委員 印象でいいというお話なので、私も申し上げたいと思います。全く私は素人
でございまして、何ら科学的あるいは統計的なデータというものを持っておりませんか
ら、とんちんかんなことを申し上げるかもしれません。
私自身の育った環境を考えますと、4人兄弟でございました。ただ、小さいときに2
人欠けてしまいましたので、兄と私と2人でございましたが、隣近所、周りじゅうに子
どもがたくさんおりましたから、しょっちゅう泥だらけになって遊びながら育った。そ
れから、祖母もおりましたし、母親は専業主婦でございましたから昔流の感じでござい
ます。その母親は10人兄弟の家に生まれましたが、そのうち2人が夭折したそうでござ
います。ですから、8人はずっと一緒に育った訳ですね。
そういう状態と比べますと、どなたかおっしゃっていましたけれども、今は本当に子
どもの数が1人ないしは2人で、しかも割合隣近所で子ども同士で遊ぶなどという環境
がだんだん少なくなって、F委員でしたか、密室の保育だとか何とかということをおっ
しゃっておられました。
そういうことを考えますと、昔のステレオタイプ的な子育てというものが、必ずしも
子どもの心理にプラスであるということは言えないのではないかという感じは私も持つ
訳でございます。
ただ、是非今、部会長が総括されましたが、ここの委員になっておられる専門家の先
生方は勿論でございますけれども、それ以外にも恐らくいろいろな研究だとか、そうい
ったものがおありになるんじゃないかと思うんです。ですから、事務当局の皆様方にも
そういったものを検索をしていただいて、なるべくいろいろな角度からの研究なり考え
方なりを全部出していただいて、その上で総合的に議論をしていただいたらいいなと、
こういう感じを持っております。
それから、これから言おうとすることを申し上げますと、うっかりすると私の論敵が
現れてしまうかもしれないんですが、ただ、私の一つの心配は今やや社会的価値観、こ
れは私が勝手に言っている言葉なんですけれども、社会的価値観というものがどうも振
れ過ぎる傾向がいつの世の中でもあるのではないか。
例えば、この前も例に出しました言論の自由でございますとか個人的人権、これは非
常に大事な価値でございますが、少しく表現の自由だとか、いろいろなものが振れ過ぎ
るおそれがなきにしもあらずだと思います。今は、そういう意味では働くことそれ自体
は勿論価値があるのでございますけれども、この前も申し上げましたように、育児休業
が利用可能であっても、いろいろな理由であえてそれを利用したくないという考え方の
人もかなり出てきておるようでございまして、少しそういう意味で振り子が振れ過ぎて
いるおそれがなきにしもあらずなのではないかなという気がするんです。
例えば、保育所でなるべく大勢の子どもの中で子ども同士の接触とか、いろいろのイ
ンタラクションがあった方が、社会性なり何なりが発達するという見方、これは分かる
のでございますけれども、しかし、だからと言って、ほとんど母乳もやらずに全く他人
である保母さんに任せっ放しであることが本当にベストなのかどうか。
例えば、お母さんも1年ぐらいは育児休業を取って、お母さんと子どもが一緒になっ
てみんなで集まって子育てをするなどということもあり得るのではないか。そうすれば
、親と子の間のいわゆる濃密なコンタクトもある訳でございますし、母乳も与えること
が出来る。つまり、昔のよさと今のよさが両方ある一時期あるのではないかなというよ
うな感じを、これは飽くまでも印象でございますが持っております。
それから、もう一つの要素は、多分零歳児保育というものを原則といたしますと、た
しか私も保育問題検討会で御一緒させていただいたんですが、今はたしか1人の保母さ
んに3人でございましたか、そういった定員の規定がございます。これは、実際問題と
して非常に大変だろうなという気がするんです。施設の数なり、保母の数なり、それは
大変だろう。ですから、私がさっきちょっと申し上げました、思い付き的なことで恐縮
ですけれども、お母さんも一緒に来て、一緒になって育てるということになりますと、
多分20人ぐらいの素人ママさんをプロの保母さんが教えながら育てるなどということが
出来るんじゃないかという気がいたす訳でございます。
本当に単純な印象で申し訳ございません。
○部会長 ありがとうございました。
○D委員 私も子育てをしまして、無認可の保育所から公立の保育所、そしてそのうち
家庭保育を経験した者でございますが、今まで言われている保育に欠けるというのは家
庭保育に欠けるという意味だろうと思うんですが、私は集団保育も必要なんだろうと思
います。
それは、実際に経験しましたけれども、やはり子どもを遊ばせる。しかも、私のうち
の場合も一人っ子でございますから、近所の子どもたちと遊ばせるということはとても
大事なことだと思いました。家内は一番それに苦労しましたけれども、しょっちゅう来
ていただいたり、遊びに行ったり、それを通して親同士のおつき合いもとても大事だと
いうことなんです。
かつて、今の法務大臣が児童家庭局長のときに「遊びというのは子どもの御飯だ」と
おっしゃったと思うんですが、私自身それを実感しながら子育てをしておりました。で
すから、逆に言いますと、どうしても集団保育というのも発達の上で必要なんだろうと
思うんです。ということになると、集団保育に欠ける子どもを預かる保育所という役割
もあるのではないか。つまり、1日預からなくても半日だけでも、あるいは週に何時間
か、そういう役割も保育所に求められていいんじゃないかなという気がします。つまり
、健全な発達の上で恒常的な一時保育というのがあっていいのではないかという気がい
たします。
ですから、そういう意味では、むしろ幼稚園に期待されているようなものが保育所に
あってもいいのではないかという気がします。
○部会長 ありがとうございました。
今、私が正に先生のお話から受けた印象ですけれども、保育所のサービスという意味
で保育サービスという言葉を使ってここには書いてある訳ですが、そうではなくて、子
どもが育つために必要なさまざまな保育サービスというものがある訳ですね。親がやる
のもあるし、隣近所でやるのもあるし、保育所がやるのもあるしということですね。
○D委員 私が申しましたのは、子ども同士の遊び場としての保育所ということでござ
います。
○部会長 そうですね。
ちょっと申し上げますと、全く個人的なことを申し上げて恐縮なんですが、私は今1
人で生活をしているものですから、娘で孫を持ったのが一斉に5日間の休暇に来たんで
す。そうしますと、1人だけしか子どもを持たない、つまり兄弟のない孫が別々に2人
いる訳なんです。それから、3人兄弟で5歳、3歳、1歳というのが1組来ていた訳で
すが、全然違うんですね。おりこうさんは、やはり一人っ子です。よく親がしつけてい
ます。それで、余り乱暴なことはしない。3人兄弟は、とにかくもめにもめている訳で
す。
ところが、3人の子どもを持っている娘が住んでいるある町、ちょうど市長さんがい
らっしゃっていますのである町以上は言いませんが、D委員のおっしゃったような保育
所の使い方をさせてくれる町なんです。保育課長さんからお小言があるかもしれません
けれども、例えば1年間に切符みたいなものを30枚くれるんです。1枚1日ですね。そ
して、あらかじめ言わなければいけないんですが、いつの日に上の子どもの保育園の何
とかに行かなくてはいけないから下の子を頼みますというようなことを言えば1日預か
ってもらえる。しかも、1枚は半日でも1日でも1枚だそうです。したがって、土曜日
は半日だから絶対に使わないそうです。土曜日は、主人が内科の医者なんですけれども
、その大学の内科を休んで半日子どもの世話をする訳です。1日使うときはその1枚を
使うというんですね。これでものすごく助かっておるのと同時に、そこでまた友達が見
つかるということなんです。
1人の子どもの方の親は、私の息子と娘なんですけれども、それぞれに聞きますと、
お友達に出会うために何時は空いているかと電話でお互いが予約をするそうです。それ
で、どちらかの親が遊園地へ連れて行って一緒に遊ばせるというんです。
それを聞いて、3人子どもを持っている次女ですけれども、腹を抱えて笑っています
ね。うちなんか、朝から晩まで隣近所の子どもが来る。私の次女は、下の1歳が3歳か
4歳になるのを楽しみに待っている。一斉に学校に行き始めますでしょう。そうなると
、自分の勉強したことをもう一遍やってみようということを言っていました。
だから、今、保育所という機能の話だけをしていたのでは前へ進まないんじゃないか
。いろいろな年齢、いろいろな家庭構造、家族構造、いろいろな親の職業構造の中で、
保育というものが必要な時期に必要なものが与えられるためにどうしたらいいのかとい
うことではないか。だから、保育所の保育サービスというのも多面的な多様な保育サー
ビスを用意出来ればいいのではないか。今、私が申しましたのはある政令都市なんです
けれども、30枚持っているんです。これは、言ってもよろしいんでしょうか。
○保育課長 むしろ、今の部会長からのお話の点でございますけれども、固定的に従来
お父さん、お母さんの就労といったことで保育に欠ける子どもが保育所を利用するとい
う古典的といいますか、従来型の保育ということのみならず、正に子どもの育ちにとっ
て保育所がどういう機能を提供出来るんだろうか。
そういう発想に立ちまして、これはちょっと役所の言葉になってしまって恐縮でござ
いますけれども、市町村が措置をするということには当てはまりませんが、例えば一時
的保育事業というものがございまして、月水金の午前中だけお母さんの仕事の関係で保
育に欠ける状態が生ずる、こういったことは、現在の措置制度では対象にはならない訳
でございますけれども、例えばそういったお子さんでございますとか、今回一時的保育
事業の関係の要件を少し緩和をいたした訳でございますけれども、例えば過疎地のよう
なところで子どもが触れ合う関係といったものが少なくなっておるような場合に、一時
的な保育という仕組みを使って、体験保育といったようなことをやって、先ほど部会長
のお話にもありましたように、そこで友達をつくるといったことがありうるわけです。
それから、第1回の部会で申し上げました地域子育て支援センターということでござ
いまして、これは正にそういうスペースの用意もさせていただいておりますけれども、
御家庭、地域でお子さんを育てておられて、密室育児という言葉も出ましたが、そうい
ったお母さんに対する支援でありますとか、それから従来の保育という概念から外れる
訳でございますけれども、子育てサークルですね、お母さん方がそこへ来て仲間をつく
って一緒になって保育をするというようなこととかを念頭に置いております。
一時的保育あるいは地域子育てセンター事業、どちらも緊急5か年事業のメニューで
ございまして、推進をさせていただいておるところでございます。
○部会長 J委員、いかがでございましょうか。今のようなことですので、可能性があ
るそうでございます。
○J委員 もう一言言わせていただいていいでしょうか。
たしか、保育問題検討会のときも申し上げたと思うんですけれども、企業とか官庁な
どでやはり育児休暇、これは女性に限らず男性が取ることも私は大いに結構だと思いま
す。それからこの前、I委員からお話があったときに私も、水曜日はパパの日なんてい
うのがあったらいいじゃないかということを、これは大まじめで申し上げたんですけれ
ども、私はちょっとこれから利用するには手遅れかなと思っておりますが、いずれにし
ましても、そういうふうに母親であれ、父親であれ、育児休業をとることがキャリア形
成上マイナスになるような企業社会ではいけないだろうと思うんです。私は、どうもそ
の辺にも相当問題があるんじゃないかという気がします。
だから、キャリア形成上マイナスになるから育児休業を取りたくても取らないとか、
それも余りにも企業戦士的な考え方だなと思っておりますけれども、しかし、やはり現
実の問題としてそういうものがなきにしもあらずなので、その辺の社会的なシステムと
いいますか、慣行といいますか、特に企業社会におけるそういうものを変えていかなけ
ればならないのではないかと思います。
かなり昔と比べますと変わってきていると思います。アメリカの会社などで、大分前
に担当のセールスマンに連絡をとって、向こうから堂々と今、彼はバケーション中だか
ら連絡がとれないという返事が来てびっくりしたことがもう20年以上前にある訳でござ
いますが、日本の企業も最近はバケーションというものが堂々と、今、連絡をとれない
ということの理由として、ほぼ通るような雰囲気に変わってきているんじゃないかと思
うんです。ですから、いい変化の方向にあると思うので、仕事に打ち込むために子育て
をしない方がいいみたいな、振り子が振れ過ぎないように意見がまとまってほしいなと
いう感じを、実は私は持っております。
○部会長 どうぞ、K委員。
○K委員 いつぞやここで24時間保育をやってみましたということを申し上げましたけ
れども、昨年、年末保育をやってみまして感じますことは、24時間保育、年末保育とい
うけれども、保母さんは大変だなということを思いました。
同時に、そういうことをしていると、本来お子さんと母親との会話の時間、触れ合い
の時間を長くしなければならないのをかえって短くしておるのではなかろうか。働く母
親の勤務条件を更に厳しくしていないか。こう考えますと、ちょっとやり切れぬ気持ち
になる訳でございまして、保育の仕事というのは何と難しいものか。深くて広いなとい
うふうに感じまして、企業とのかかわりとか、あるいは労働政策とか、そういうものを
多面にやらなければいかぬということを思います。
私が今年是非やりたいことは、妊婦さんに保育所へ来ていただいて乳児と触れ合う、
そんなことをやってみたいと思っているんです。そういう多様なことは、私はやはり市
町村がやるべきであると。私は市長でありますから、格好のいいことを言うように聞こ
えたら大変困るのでありますが、市町村が現場の責任を持つ以上は、結構自由にいろい
ろなことをやらなければいかぬと思っておるんです。これをやらなかったら分権と言え
るかなというようなことまで考えました。
しかし、そうはいいましても、お国の方はナショナルミニマムはきちっと保障してく
ださって、それは国が責任を持つんだから市町村はしっかりやりなさいということでな
かったらいけないというふうに思います。最低基準というのは現実に法律で定められて
おる訳でありますけれども、この最低基準というのは1948年に定められてもう50年たち
ますが、ほとんどはそのままなんですね。ですから、やはり時代の変化にかんがみまし
て、ナショナルミニマムそのものも変えてくださらないといけないなということをつく
づくと思っております。
簡単に3つほど申し上げますけれども、例えば延長保育をやる。保育時間というのは
もともと8時間と決まっていますが、8時間を超えて保育をしたら、それは措置であり
ませんということを国はおっしゃって、措置費を交付しないで補助金でおあげしますと
言う訳です。私にしますと、現実にサービスを受けるのはお子さんであって、お子さん
の立場に立ったら、時間外の1時間であれ、2時間であれ、それは措置ではないでしょ
うかと言いたいのであります。このことが1つあります。
それから、定数の基準ということで、もともとは家庭は未満児、即ち乳飲み子を保育
所へ預けなかったと思います。その当時の定数というものがずっと今日まで続けられて
きておりまして、本当でありますと、もうこのごろは零歳児から2歳児までの保育とい
うのは定着しておりますから、それに合わせて定数というのも時代に合わせて変えてい
くべきではなかろうかということを思います。
それから、もう1つは徴収基準というのがありまして、先ほど御説明がありましたけ
れども、未満児を仮に2人持っていますと、やはり負担は高いと、本当にそう思います
。高いなということを感じまして、これはやはり軽減をしていただきたいものだと思う
んです。
お国の立場からいきますと、徴収基準というものを高く改めて、そして措置費を抑え
ぎみにしたらお金は要らぬということなる訳でありまして、先ほど来の御議論もありま
したけれども、やはり昨年の直接入所の議論に入っていくような気がしまして、それよ
りもお子さんの幸せという視点で議論をさせてほしいものだと、私はそう思っておるん
です。
○部会長 ありがとうございました。
それでは、C委員どうぞ。
○C委員 今の御意見に近いものもございますけれども、今日の議論で一番最初にこの
表題に出されておりますが、保育所・保育サービスを選択出来るようにすることのため
にどのように考えるべきかということで、出された資料とこれとの関連で考えますと、
皆様の議論の中にもありますが、今日の費用徴収の問題に焦点がいってしまったために
、子どもの対象論の議論が十分でなかったのかなと思って聞いていたのは、保育に欠け
るというところに焦点がいって、その保育に欠けるとはということで、女性の就労の問
題で費用徴収の問題も含めて考えるという御説明があったのですけれども、今の皆様の
議論の中にもありますように、子どもが育つ土壌の中で就労の動機も変わってまいりま
したし、それから就労の形態の多様性という母集団の問題も変わってまいりましたし、
それよりも何よりも子どもが育つ条件に変化が起こってきている。そういうことから、
保育に欠けるというのを就労だけで見ていっていいのかどうかということが1点目にあ
ると思うんです。それから、2点目は保育に欠けるというだけではなくて、保育を必要
とするという群が非常に広がってきている訳です。
というのは、つい1週間ほど前の朝日新聞にも、公園デビューをする1、2歳児の子
どもの様子が論説の中に出てきたと思いますが、正に社会問題化してきている状況を無
視して、働くということだけで絞るのも危険性がある。そういう意味では、母集団とし
ては保育に欠けるというのと、保育を必要とするという条件の中で保育所の位置づけを
考えないと、この議論は非常に矮小化してしまう危険性があると思うんです。ですから
、その辺りを見ながら、子どもが育っていく条件に対する社会的支援のありようという
ことを見ていく必要がある。
就労の形態が多様化しているということから、私はひとり親家庭のことを割に専門に
やってきているので、2人働きが社会的な常識になっていく今の時代で、2人働きとい
うものが多様性を持ってきている。これは、女性の高学歴の問題とか、多様な生き方の
問題とか、そこの認知でいろいろな今、議論が出ていますけれども、それらを含めてニ
ーズというよりもディマンドとして母集団が変化してきているということをきっちり押
さえて、そこに対応している施策を考えていかないと、非常にための議論といいますか
、費用徴収だけの問題に矮小化してしまう危険性がありますので、そこの最初の仕組み
のところを是非お考えいただかないと問題が狭まってしまう可能性があります。
○部会長 それでは、今日かなり時間が経過いたしましたが、その間に私自身こういう
ふうに思ってこの席に座っていました。
というのは、保育所はいかにあるべきかという議論ではなくて、いわんや徴収をどう
するかというような話ではなくて、子どもか育つということについて支援の一つの機関
、あるいは方法としての保育所についてさまざまな御意見があった。したがって、保育
所問題あるいは保育問題の総論を今日はやっているんだというふうに理解をいたしてお
ります。したがって、ただいまC委員から御注意いただきましたようなことも踏まえま
して、議論の柱を次回のときに改めて整理いたしまして、そしてお示しをし、議論を進
めていただくということにしたいと思います。
L委員、いかがでしょうか。
○L委員 女性の自己実現あるいは超高齢社会に向かってダブルポケットでなければ家
計が支えられないという状況の中で、保育園をもう少し自由に使えるような部分という
ものを増やしていかなければいけないんじゃないかというふうに思います。
それから、印象としては、私はよく講演に行くんですけれども、最近増えてきたのが
幼稚園のお母さんから児童虐待をしてしまうんですというような相談を受けることが多
くなってきました。私に言うぐらいですからそれほど深刻ではないと思うんですが、や
はり密室育児は問題を生みます。幼稚園で専業主婦だからよい子育てが出来ているとい
うことは、もうなくなってきているんだなというふうに思います。ですから、専業主婦
でも保育園に零歳、1歳、2歳、体験的に遊びにいけるような、もうちょっと地域に開
かれた保育園というものを増やしていく必要があるんじゃないかなというふうに思うん
です。
緊急保育5か年対策で地域の子育て支援センターということもある訳ですが、なかな
か数が増えなくて、いつまでもモデル事業というような位置づけではなくて、タイムス
ケジュールを決めて時代が本当に必要としているものだ、地域の中での子育てのたまり
場は子どものためと、それから親自身のためにも必要なんだというような位置づけで強
化していっていいのではないかというふうに思います。
そういう意味で、保育に欠けるではなくて、保育を必要としている時代の保育所はど
ういうふうにあったらよいかということを考えていったらいいのではないかという気が
いたします。
NO5に続く
問い合わせ先 厚生省児童家庭局企画課
担 当 朝浦(内3113)
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