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重要事例情報の分析について

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重要事例情報の分析について

1 重要事例情報の収集の概要

1) 収集期間
平成14年 8月27日より平成14年 11月25日まで

2) 施設数
参加登録施設 265施設
報告施設数 89施設

3) 収集件数
区分 件数
総収集件数 583件
空白、重複件数 92件
有効件数 491件

2 分析の概要

1)分析の方法

 医療事故を防止する観点から、報告する医療機関が広く公表することが重要と考える事例について、発生要因や改善方策などを記述情報として収集した。収集されたヒヤリ・ハット事例より、分析の対象に該当するものを選定し、より分かりやすい表記に修文した上でタイトルやキーワードを付した。
 さらに、専門家からのコメントとして、事例内容の記入のしかたや記入の際に留意すべき点などを「記入方法に関するコメント」として、また報告事例に対する有効な改善策の例や現場での取り組み事例、参考情報などを「改善策に関するコメント」として述べた。
 なお、今回は、全般コード化情報として報告されたデータを重要事例情報に付加した上で分析を行った。これにより、事象そのものや事象の背景をより正確に把握することができた。

2)分析対象事例の選定の考え方

 収集された事例から、分析し公開することが有用な事例を選定した。選定の考え方は以下の基準によった。
 (1)  ヒヤリ・ハット事例の具体的内容や発生した要因、改善策がすべて記載されており、事例の理解に必要な情報が含まれていること。
 (2)  次のいずれかに該当する事例であること。
発生頻度は低いが、致死的な事故につながる事例
他施設でも活用できる有効な改善策が提示されている事例
専門家からのコメントとして有効な改善策が提示できる事例
専門家からのコメントとして参考になる情報が提示できる事例
 (3)  個人が特定しうるような事例は除く。
 (4)  今回は、毎回報告事例の多いチューブ・カテーテル類に関連する事例の9例を分析事例とした。また、患者の特定や識別(identification)に、関連する事例も報告数が増えていることから、異なる場面毎に4例を分析事例とした。

 なお、報告された事例にはモノ(薬剤、機器等)の特性を主な要因として指摘する事例も含まれていた。これらは、「モノを改善することで、ヒトの認知的負荷の軽減や、記憶の混乱の誘発防止につながり、ヒューマンエラーを防止することが出来る」という観点から、当検討会においても有効な知見やコメントが得られると判断して事例を検討することとした。

3)事例のタイトル及びキーワードの設定

 これまでと同様に、各事例にタイトル及びキーワードを付した。キーワードは以下のリストから選択した。

■発生場所

大項目 分類項目
外来部門 (1) 外来部門一般
入院部門 (2) 入院部門一般
(3) 救急部門
(4) 集中治療室
(5) 手術部門
(6) 放射線部門
(7) 臨床検査部門
(8) 薬剤部門
(9) 輸血部門
(10) 栄養部門
(11) 内視鏡部門
(12) 透析部門
事務部門 (13) 事務部門一般
その他 (14) その他

■手技・処置など

大項目 分類項目
日常生活の援助 (1) 食事と栄養
(2) 排泄
(3) 清潔
(4) 移送・移動・体位変換
(5) 転倒・転落
(6) 感染防止
(7) 環境調整
医学的処置・管理 (8) 検査・採血
(9) 処方
(10) 調剤
(11) 与薬(内服・外用)
(12) 与薬(注射・点滴)
(13) 麻薬
(14) 輸血
(15) 処置
(16) 吸入・吸引
(17) 機器一般
(18) 人工呼吸器
(19) 酸素吸入
(20) 内視鏡
(21) チューブ・カテーテル類
(22) 救急処置
(23) リハビリテーション
情報と組織 (24) 情報・記録
(25) 組織
その他 (26) その他

4 分析結果及び考察

1)収集された重要事例情報の概要

 (1)全体の概要

 3ヶ月間の報告期間で収集された件数は583件で、うち491件が有効な報告であった。
 改善策として有効な対策が検討されている事例が前回以上に多く見られた。
 報告数が比較的多かった事例として、手技・処置区分別に見ると以下のような事例が挙げられる。与薬、チューブ・カテーテル類、転倒・転落に関する事例が依然として多く、全事例の5割以上を占めている。

与薬(点滴・注射)に関する事例 84件(17.1%)
チューブ・カテーテル類に関する事例 73件(14.9%)
転倒・転落に関する事例 65件(13.2%)
与薬(内服・外用)に関する事例 54件(11.0%)
調剤に関する事例 35件( 7.1%)

 手技・処置区分に横断的に、手書きの指示の誤読、伝達不十分、記載の誤りといった「医療従事者間の連絡・伝達ミス」に関する事例が依然として多かった。また、患者の特定や検体の識別(identification)に関する事例も多く報告された。
 発生要因については、「思い込み」「多忙だった」「確認不足だった」と分析する事例が依然として多く見受けられ、適切な改善策を導き出すための原因究明ができていない事例もあった。そのため、改善策として「確認の徹底」「マニュアルの遵守・整備」をあげる事例が多く、「確認作業を増やすこと」で対応しようとする事例や、職員は作業手順の変更を遵守するという前提でマニュアルの改訂を改善策としている事例も目立った。
 改善策については、作業プロセス全体のなかで、その行為が必要かどうか、安全性を高める業務の合理化が必要かどうか等のシステム改善の視点で検討した事例が少なかった。職種や部門の視点にとらわれず組織横断的な視点により、改善策を立案するよう留意するべきである。

 (2)与薬に関する事例

 与薬に関する事例としては、処方に関連するものが多く見られたが、改善策としては注意喚起などに留まっており、システム的な改善策を立てるに至っていない。
 未投与や誤投与、点滴速度の間違いについては、「いつもと同じと思った」「体重増加時はラシックスのはずと思った」など「思い込み」により、指示簿の確認を怠る事例が多い。このように「思い込み」や「個人の記憶」に頼ること自体がリスクであり、認知によるエラーに対する改善策が「確認の徹底」では再発予防になりにくい。このため指示簿と照合して与薬することを訓練したり、認知ミスが誘発されやすい作業や状況、組織体制の検討などが必要である。
 名称・外観が類似した経口剤と注射剤を取り違えた事例が報告され、薬剤によっては患者の死亡につながる場合もあり、ヒューマンファクターを考慮した製品改善を期待したい。
 薬剤の自己管理に関連して、聴覚障害のある患者さんが間違って薬を飲んだ事例が報告された。セルフケア能力のアセスメントにおいては、リスクアセスメントの観点を強化することが有効ではないか。

 (3)チューブ・カテーテル類、転倒・転落に関する事例

 せん妄や痴呆等の意識障害による自己抜去等、患者の状態に起因すると分析されている。与薬や注射等のように手順の見直しが事故予防になるわけでなく、リスクアセスメントの他に常時観察、抑制の安全な方法、チューブ類の使用安全性、患者周囲の環境整備が対策としてあげられていた。
 挿管チューブの抜去については、既に専門家の分析がなされ再発防止の視点が提示されているが、依然として報告が多い。「大丈夫だろうと思った」、「抑制が不十分」などが要因として挙げられており、その対策は「確認」、「十分な抑制」などであり、システマティックな具体策は示されていない。根本的に挿管の必要性や抜去時期について検討すべきである。
 また、術後のせん妄による自己抜去やチューブ切断の事例も報告された。術後のせん妄は起こりうることであり、ある程度は予測可能である。患者が生命に関わる危険行動がある場合には、防止策として、セデーションについても検討する必要があるのではないか。その際には、患者・家族に対する説明のあり方についての検討も重要である。
 転倒・転落については、依然として患者本人の自発的行動によるものが多い。ただし事例には睡眠薬が影響していると思われる転倒もあり、転倒転落のリスクを十分に考慮した上で処方する必要がある。

 (4)医療従事者間の連絡・伝達ミスに関する事例

 医療従事者間の連絡・伝達ミスに関する事例としては、口頭指示の聞き間違いや、伝達不十分で受け手の解釈が異なっているなどの事例が見られた。やむを得ず口頭指示を受ける際のルール作りを検討する必要がある。
 連携ミスによりヒヤリ・ハットが発生している事例も多いが、他者の発見により、早期にヒヤリ・ハットに気がつく場合もある。この際どのようにして発見できたのかその状況詳細を明らかにして、参考とすべきである。

 (5)患者の特定や検体の識別(identification)に関する事例

 患者の特定や検体の識別(identification)に関する事例としては、「思い込み」で間違えてしまったものが多いが、IDがカタカナ表記であったためにエラーを誘発している事例や、電話のみによる指示でエラーが発生している事例が見られた。また、職員がフルネームで名前を呼んで確認しても違う患者が「はい」と返答して間違った事例や、患者確認用のリストバンドが間違っていた事例などが報告されている。
 患者や検体の確認は複数の手段で確認できることが望ましい。カタカナだけでなく漢字とカタカナを併用する、氏名だけでなく生年月日を確認する、電話でなくFAXで伝達する、可能であれば病院職員から確認するだけでなく患者自身に名乗ってもらうなど確認の重要性と院内の状況を踏まえて合理的で適切なしくみを検討する必要がある。他の分野において開発されている識別のための技術について導入を検討することも有効であろう。

 (6)その他注目すべき事例

 その他に、参考になると考えられる事例として以下のような事例が挙げられた。
人工呼吸器に関するヒヤリ・ハット事例
学生による機械の操作ミス、記録物の紛失に関するヒヤリ・ハット事例
情報システムに関連したヒヤリ・ハット事例
患者が離院した事例
調理室の職員によるヒヤリ・ハット事例
 人工呼吸器の事例では、人工呼吸器装着中のチューブ抜管の事例が報告された。これらは検査やケアにおいて人工呼吸器や身体を動かす際に発生しており、検査部門や放射線部門等を中心に、関連するすべての部署で安全な移動のための基本事項を研修する必要がある。
 学生による機器の操作ミス、記録物の紛失に関するヒヤリ・ハット事例が報告された。学生が単独でできる看護技術、あるいは指導者の指導のもとで実施できる看護技術を明確化するべきである。また、学生による記録物の取扱いについて教育指導する際には、なぜ徹底する必要があるのか(Know-Why)、過去にどのような事例が発生したのかなどを説明することによって、当事者意識を高めるよう工夫することや、学生の実習記録には患者名、住所を書かないよう指導することなどが必要である。
 情報システムに関連した事例では、院内の各部門のシステムの連携が不十分であったためにエラーを引き起こした事例が見られた。各病院で、院内の情報システムの連携状況を把握・分析し、連携が不十分な部分に対する適切な対応を行うことが必要である。そのためにも、情報システムを統括的に管理する担当者を設置することが望ましい。
パソコンの入力が関連した事例として、情報処理端末からの誤入力による指示が見逃され実施してしまうケースなどが見られている。パソコンを使用した情報管理法について、入力内容のチェック機能や警告システムの導入、確認方法などを検討する必要がある。

 (7)まとめ

 前回報告後に収集されたヒヤリ・ハット事例の分析を行った。報告件数は前回の約半分となっているが、詳細な報告事例は増加している。
 報告数が多い事例は前回と同様であるが、有効な改善策が検討されている事例が、前回以上に多く見られた。医療安全対策ネットワーク整備事業を通じて、ヒヤリ・ハット事例の分析および改善策の質がさらに向上しつつあることがうかがわれる。
 さらに、収集事例を専門的な立場から分析した。今回からは可能な範囲で全般コード化情報とリンクさせることで、これまで以上に詳細な分析や有効な改善策の提案につなげることができた。
 医療従事者全体で事故を防止するという姿勢を持って、医療の主体者である患者に十分な説明を行い、ともにヒヤリ・ハット防止に取り組むことは、より安全で安心な医療機関づくりに資するものである。

2)今後の課題

 前回と同様に、収集事例の中には次のとおり記載の改善が必要なものが見られている。現場の分析への取り組みを支援するため、「分析事例集」の作成および活用、分析のための教育用ツールの開発などが必要である。
  ・  事例の具体的な内容についての記述が不足している、あるいはあいまいで、事例の状況が分からないもの。改善策についての記述も不足している、あるいは改善策の具体的な内容が不明な事例。
  ・  要因を「確認不足」「大丈夫だと思った」「思い込み」としており、なぜそうせざるを得なかったのかという背景要因の分析がなされていない事例。
  ・  改善策についての記述が不足している、あるいは改善策の具体的内容が分からないもの。
  ・  組織的な背景や要因を分析しておらず、改善策が「確認の徹底」など個人の努力や責任に帰するような表面的なものになっているもの。
 「記載用紙」のフォーマットについては、現在ヒヤリ・ハット事例検討作業部会で進められている検討を引き続き行い、記入者がより報告しやすい形式に変更していく必要がある。
 これまで個別の事例に対して分析を行ってきたが、分析を重ねてきたことで事例が集積されてきている。分析や対策の検討に個々の事例を横断する統一的な視点が求められており、検討班としても、次回以降対応を検討する必要がある。


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