ホーム > 政策について > 分野別の政策一覧 > 健康・医療 > 医療 > 医療安全対策 > 第11回 記述情報(ヒヤリ・ハット事例)の分析について

第11回 記述情報(ヒヤリ・ハット事例)の分析について

次ページ

第11回 記述情報(ヒヤリ・ハット事例)の分析について

「医療事故防止のためのヒヤリ・ハット事例等の分析に関する研究」研究班

記述情報の収集の概要

1) 収集期間
平成16年2月25日より平成16年5月24日まで

2) 施設数(カッコ内は前回の実績):(6月1日現在)
参加登録施設  249施設 (245)
報告施設数 84施設 ( 80)

3) 収集件数

区分 件数(カッコ内は前回の実績)
総収集件数 1,914件 (1,891)
空白、重複件数 328件 ( 12)
有効件数 1,586件 (1,879)


分析の概要

1) 検討方法について
(1) 専門性を重視した班構成
 分析対象事例の選択および分析について、より専門的な視点から具体的な方策の提案を行うため、以前の記述情報の傾向を加味して、事例分析検討班メンバーを7つの班(「転倒、転落、抑制」「チューブ・カテーテル類」「注射/点滴、輸血」「内服薬/外用薬、麻薬」「検査」「器械操作」「食事・栄養」)に分けて検討を進めていくこととした。これらの班で分析検討してコメントを作成した事例について、さらに、各班の代表並びに副代者と電力及び運輸関係の事故分析を行っているヒューマンファクター分析の専門家による代表者会議で検討を行い、分析対象事例全体の概略とコメントの修正を行うとともに、分析手法に関する検討も行うことにした。分析にあたっては、既存のマニュアル・基準等を元に問題点を指摘し、改善の方策について示すこととした。
(2) 事例の選択方法の変更
 従来の大きな枠組みの中で事例を選択しコメントを行っていくという方法ではなく毎回のテーマを設定し、分析すべき事例を絞り込み、分析対象事例候補として選定し、その中から分析対象事例を決定することとした。
 分析対象候補事例の選定にあたっては、医療安全の観点から様々な指針や手順等が出されているにもかかわらず、それらが実践されていない事例については、基本的に除外した。
 また、極端に情報量が少ない事例についても正確な分析ができないことから、除外とした。

2) 分析の方法
 医療事故を防止する観点から、報告する医療機関が広く公表することが重要と考える事例について、発生要因や改善方策などを記述情報として収集した。
 収集されたヒヤリ・ハット事例より、分析の対象に該当するものを選定し、より分かりやすい表記に修文した上でタイトルやキーワードを付した。
 また、専門家からのコメントとして、事例内容の記入のしかたや記入の際に留意すべき点などを「記入方法に関するコメント」として、また報告事例に対する有効な改善策の例や現場での取り組み事例、参考情報などを「改善策に関するコメント」として述べた。
 さらに、コード化情報として報告されたデータを重要事例情報に付加し、事象そのものや事象の背景をより正確に把握した上で分析を行った。

3) 分析対象事例の選定の考え方
 収集された事例から、分析し公開することが有用な事例を選定した。選定の考え方は以下の基準によった。
(1) ヒヤリ・ハット事例の具体的内容や発生した要因、改善策がすべて記載されており、事例の理解に必要な情報が含まれていること。
(2) 次のいずれかに該当する事例であること。
 ・致死的な事故につながる可能性がある事例(重大性)
 ・種々の要因が重なり生じている事例(複雑性)
 ・専門家からのコメントとして有効な改善策・参考になる情報が提示できる事例(教訓性)
 ・他施設でも活用できる有効な改善策が提示されている事例(汎用性)
(3) なお、個人が特定しうるような事例は除く。

4)  事例のタイトルおよびキーワードの設定
 これまでと同様に、各事例にタイトル及びキーワードを付した。キーワードは以下のリストから選択した。

■発生場所
大項目 分類項目
外来部門 (1) 外来部門一般
入院部門 (2) 入院部門一般
(3) 救急部門
(4) 集中治療室
(5) 手術部門
(6) 放射線部門
(7) 臨床検査部門
(8) 薬剤部門
(9) 輸血部門
(10) 栄養部門
(11) 内視鏡部門
(12) 透析部門
事務部門 (13) 事務部門一般
その他 (14) その他
   ■手技・処置など
大項目 分類項目
日常生活
の援助
(1) 食事と栄養
(2) 排泄
(3) 清潔
(4) 移送・移動・体位変換
(5) 転倒・転落
(6) 感染防止
(7) 環境調整
医学的
処置・
管理
(8) 検査・採血
(9) 処方
(10) 調剤
(11) 与薬(内服・外用)
(12) 与薬(注射・点滴)
(13) 麻薬
(14) 輸血
(15) 処置
(16) 吸入・吸引
(17) 機器一般
(18) 人工呼吸器
(19) 酸素吸入
(20) 内視鏡
(21) チューブ・カテーテル類
(22) 救急処置
(23) リハビリテーション
情報と
組織
(24) 情報・記録
(25) 組織
その他 (26) その他


3 分析結果及び考察

1)収集された記述情報の概要
(1) 全体の概要
 3ヶ月間の報告期間で収集された件数は1,914件で、うち1,586件が有効な報告であった。
 前回に比べて報告件数は23件ほどの増加であったが、削除事例が増加したことで、有効事例としては293事例の減少となった。
 報告内容の記述についても情報量・内容ともに充実した事例が増加している。この事はヒヤリ・ハット事例報告への組織的な定着・浸透が伺える。
 発生件数割合が高い手技・処置は、以下のとおりである。与薬やチューブ・カテーテル類、転倒・転落に関する事例は依然として発生割合が高い。
これらの中では、「与薬(点滴・注射、輸血)」に関する事例の報告件数が前回の415件より減少した一方、「与薬(内服・外用、麻薬)」「チューブ・カテーテル類」「転倒・転落、抑制」の件数が増加している(前回データ:与薬;215件,チューブ・カテーテル;202件,転倒・転落;217件)。
また、「食事、栄養」「器械、器械操作」は前回より減少している。

与薬(点滴・注射、輸血)に関する事例 335 (21.1%)
与薬(内服・外用、麻薬)に関する事例 277 (17.5%)
転倒・転落、抑制に関する事例 241 (15.2%)
チューブ・カテーテル類に関する事例 288 (18.2%)
検査に関する事例 153 ( 9.6%)
食事、栄養に関する事例 69 ( 4.4%)
器機および器機操作に関する事例 37 ( 2.3%)
(%)は、その他186件を含む全事例に対する割合

 上記の分類の他、「その他」の中には、処置に関連した事例、外傷を起こした事例、離院・離棟、安静度が守られない事例、職員対応に関した事例などが含まれていた。

(2) 今回のテーマに関する事例について
 今回のテーマは「チューブ・カテーテル類」とした。
 テーマ決定の理由は、毎回、多くの事例が報告されていること、チューブの種類によっては命に関わる事故となる場合があることがあげられた。

 全体総括
1.チューブ・カテーテル関連事例の記述情報の傾向
 チューブ・カテーテル類(以下チューブ類とする)には、中心静脈カテーテルやスワンガンツカテーテル等循環動態をモニターするために血管内に留置するもの、気管内挿管チューブや気管カニューレなど気道を確保し呼吸の補助のためのもの、胸腹腔ドレーンや脳室ドレナージチューブ、腸管の減圧のためのカテーテルや膀胱留置カテーテルなど浸出液や老廃物などを排出するためのもの、栄養及び水分などを注入するために消化管内に留置するもの等、その目的によってさまざまな種類のものがある。
 今回、報告された記述情報におけるヒヤリ・ハットの傾向は、従来報告されているチューブ類に関するエラーおよびヒヤリ・ハットの実態と同様であった。記述情報として報告された事例の中でも、与薬関連、転倒・転落関連についでチューブ類のヒヤリ・ハットが多かった。
 エラー発生状況については、チューブ類の抜去、接続部分のはずれ、閉塞の順で多かった。チューブの種類別では、中心静脈カテーテルが最も多く、以下ドレーン類・気管内チューブ・気管カニューレ、膀胱留置カテーテル、胃チューブの順であった。
 本検討班では、今回報告された、288件のチューブ・カテーテルに関連する事例を、以下のような視点から分析し、抽出した19の事例についてコメントを付して情報を提供することにした。

2.今回の分析の視点と考察
1)チューブ類に関する業務プロセスのアルゴリズムからみた分類
 医療現場で使用されるチューブ類にはさまざまなものがある。しかし、それらのチューブ類の挿入目的は“必要なものを体内に取り入れ不要なものを排出する”ことである。従って、この目的達成のために適切にチューブ類の管理を行いエラーの発生を防ぐことが重要だと考えられる。
 この“取り入れる”または“排出する”目標を達成するためのチューブ類の管理業務のプロセスのアルゴリズムを(図1)明らかにし(都立保健科学大学川村班による図を一部改変)、この過程のどこでエラーが発生しているかを明確にしてその対策を検討した。
 チューブ類の管理業務のプロセスは、(1)医師の的確な指示、(2)患者の現在の状態の把握、(3)現状に合わせた行動計画の立案と修正 (4)現に実施する行動の確認、(5)行動の実施 (6)実施結果の確認の6段階と考えられる。この、各段階で目標達成に向けて適切に管理されているかどうかをモニターし修正することによってエラーを防止することが可能になると考えられる。
 ヒヤリ・ハットを予防するためには、それぞれの段階において行われる業務を的確に実施し、さらにそれを確認することが重要である。また、目標達成に向けて適切に管理されていないと判断される場合には、前段階へ戻って業務のプロセスを見直し計画の修正を行う。また、医師との協議によって、チューブ類の挿入の判断そのものを検討することも必要と考えられる。

2)事例発生に関与した職種
 チューブ類の管理のプロセスの各段階において、事例の発生に関与したと考えられる職種は主に看護師と医師である。看護師のみが関わった事例の場合でも、当事者である看護師個人の問題だけでなく、看護師間の業務分担やルールの不明確さ、お互いのコミュニケーションの不適切さによるものがその背景要因として見られた。また、看護師と医師が関わった事例では、医師と看護師、その他の職種間のコミュニケーションが不十分であったり、ルールの不備などによりエラーが発生したと考えられる事例が見られた。エラー発生の要因としては、担当者個人の問題というよりも、病院の設備やマンパワーの不足、あるいは機器(緩みやすい接合部分や間違えやすいコネクターなど)に問題のある事例が見られた。
 産科・新生児領域は、帝王切開や切迫早産など緊急事態が発生する可能性が昼夜を問わず存在しており、予測が困難なために一時的にマンパワーが不足する事態も起こることから、ヒヤリ・ハット発生のリスクが高い職場である。この領域で、新生児に酸素を補給しようとして、チューブを吸引側に接続した事例が発生している。このようなリスクの高い現場で使用する機器については、酸素と吸引の接続部の形状を変えて接続できないようにすることが原則である。機器の買い替えは直ちにできないこともあり、その場合には、色を変える、タグを付けることによってエラーを発見しやすくする等、二重三重の防護壁を設置する必要がある。
 その他、業務開始前の機器の点検を業務に組み込むことや、使用直前にチューブの先端に手を当てて酸素が出ていることを確認するなどの「確実な実施手順」の明確化と「手順を遵守する文化」を醸成する必要がある。

3)侵襲の大きさと報告件数
 気管内挿管チューブのエラーは、チューブ類に関する事例の中でも直接患者の生命に関わる可能性が高い。また、胸腹腔ドレーンや消化管減圧チューブなども抜去された場合の侵襲が大きい。このような事例でエラーが発生した場合には、迅速で適切な対応が求められる。また、これらの事例は事故として取り扱われることが多いと考えられ、ヒヤリ・ハットの記述情報として報告される事例は少ないものと考えられる。わずかであるが小児科領域で報告された事例があり、現場においてもアクシデントの事例として深刻なものが存在している可能性があり、少ない事例であっても、十分検討して重大な結果に至らないように情報を共有することが重要と考えられる。他にも、胃チューブが気管に誤挿入されているにもかかわらず確認せずに栄養剤を注入してしまう場合や、経管栄養物を静脈ラインに誤って注入してしまった事故事例としてマスコミに報道された事例もあるが、これらも、当然ながら今回の「ヒヤリ・ハット」事例には報告されては来ない。
 疾患別では、頭頚部外科の手術後に留置されたチューブなどが自己抜去された場合には、周辺の組織に与える侵襲が非常に大きいため、特別な注意が必要といえる。
 一方、意識レベルの低下やせん妄のあるケースでの自己抜去も多い。これらの中には、抑制していたにもかかわらず自己抜去されてしまった事例がある。報告された事例の中には、抑制の方法や実施基準が決められていないのではないかと推察される事例があった。急性期の患者で、生命の危機にかかわるチューブ類を挿入している場合、抑制が必要になる場合があり得る。その場合の患者や家族へのインフォームドコンセントについての基準や抑制の実施の基準及び、抑制した場合の管理基準の設定が必要と考えられる。この基準に従って、適切に管理することにより、自己抜去による事故と抑制による事故の防止に努める必要がある。今後、特に急性期の病院において適切なチューブ類の管理に関する基準や手順の作成が必要と考えられる。

4)事前の予測可能性
 チューブ管理上のトラブルが起こる可能性を予測できたにもかかわらず、気づかないまま抜去された事例や、気づいていながら適切な対応を行なわなかったために抜去に至ったものなど、予測していながらトラブルが起きている事例も多く見られた。例えば、患者が睡眠中であったので、緩んでいた抑制帯をそのまま放置した事例や、モニターのアラーム音量を下げていて患者の状態の変化に気がつかなかったという事例があった。当該患者や周辺の患者への気遣いの結果であると考えられるが、チューブ類挿入の目的を理解し、事前に事故によって生じる最悪の結果を予測すれば、このような安易な対処は行なわれないものと考えられる。特に後者は非常に危険な事例であり、離床センサーをPHSと連動させるアラームシステムの導入をしている場合などには、音量を下げないことは原則とする必要がある。本来の目的は、これによって、危険な状態をすぐに察知できるようにすることだからである。音量を下げなければならない理由がある場合には、これに応じた他の対策が必要である。
 一方、全く予測しないままトラブルを生じている事例もある。多くは夜間や勤務の交替時間におけるトラブルなどで、人的要因が背景にある事例である。また予測された事例でも、人的要因があるにもかかわらず、“頻回に病室を訪問する”や“十分な観察を行う”など、実現不可能な現実性のない計画によって、予測どおり抜去されると言う事例も多く見られている。
 河野氏は表2のように、危険を伴う作業遭遇数を減らすこと、多重の防護壁を設けるなどの戦略的エラー対策が必要と述べている。チューブ抜去が直接生命にかかわる重大事故につながるチューブがある一方で、“患者が抜去した時が抜去時期だ”という考えで、抜去の判断をしないまま挿入を続けるチューブがあり、これらのチューブの管理を行なう看護師や医師自らがチューブ抜去の危険性への認識が薄れたり、それぞれのチューブの目的や危険性の判断をする余裕もないまま、問題のないチューブの管理に気を取られて重大なチューブ類の抜去に至るという本末転倒の現象が生じることになる。
 従って、まず業務プロセスの最初の段階である医師のチューブ類の挿入の必要性に対する的確な判断が最も重要と考えられる。“抜去しても良いから放っておいて良い”というチューブのために看護師のエネルギーを使わないことと、抜去しても良いチューブであっても医療者の誰もいないところでの自己抜去による危険性は常にあることを認識して、医師が適切な判断と指示を下すことが最も重要なことと考えられる。
 また、発生頻度の少ない事例についても、記述情報として本事業へ報告するなど、情報の共有化を推進することと、これ等の情報を活用して、トラブルが発生した際の対処方法について基準を定めるなどの準備が必要と考えられる。

5)痴呆・せん妄患者の自己抜去事例について
 意識レベルの低下やせん妄のある患者、痴呆のある患者の事例など、患者の認知レベルに問題のあるケースにおいては、自己抜去事例が非常に多い。また、これらのケースでは、患者に説明をして理解を得ることは困難と考えられるために、危険なチューブ類を抜去するか、それとも適切な薬剤を用いた鎮静あるいは抑制帯の使用により患者の自由を制限することで自己抜去を防ぐのかの選択が重要と考えられる。もちろん、方法は二者択一というわけではなく、同じ患者であってもこれらを状況に応じて臨機応変に使い分けることが必要である。抑制が必要な場合には、この判断を現場に任せるのではなく、家族へのインフォームドコンセントや、管理の手順について、病院としてガイドラインを作成し、適正に管理できるシステムを作っておくことが必要である。このような患者の場合、重要なことは状況の変化に即した対応である。特に引継ぎの時間帯や夜間の業務が集中する時間など要員が少なくなる時間帯において、状況変化が生じる場合を想定して、適切に管理できる体制を組織として作り上げておくことが重要と考えられる。
 また、抑制の成否は、事例に応じた適切な処方・指示にかかっているが、これらはまだまだ医師の専門や経験により左右される部分が大きい。今後は、適切な抑制方法や術後せん妄期間の短縮方法などのより一層の検討とマニュアルの整備が望まれる

6)留置の適応の見直しの必要性
 「気管内挿管チューブの留置を不十分な抑制で継続」し、自己抜去に至った事例がいくつかある。今回の情報のみからは詳細不明な部分もあるが、気管内挿管チューブの自己抜去後にSPO2がほとんど低下していなかったり、「自己抜去後はそのまま様子を見る」という指示が出ていたりする事例がある。医療スタッフの立場からすれば、気管内挿管チューブの抜去を行った後はしばらくの間SpO2や患者の状態変化を慎重に観察する必要があるため、医療スタッフの数が少なくなる週末や夜勤帯にかけての指示は避けたいという医師の考えがあるが、夜間や週末の要員の少ない中で必要性の明確でないチューブ類の事故抜去を防ぐためのケアを強いられる事を考えると、診断治療の責任者である一人一人の医師が的確な判断をすることが求められる。
 報告された事例の中でも、適応のないチューブを自己抜去できないまま、挿入され苦痛な日々を送っている患者があることが推察され、今後の課題と考えられる。
 また、術後に動脈ラインを「とりあえずヘパリンロックして留置しておく」という事例があるが、直接動脈にカテーテルを挿入している危険性を考えると、事例ごとに使用の可能性と抜去の危険性を考えて医師が判断し的確な指示を出すべきではないかと考えられる。

7)小児患者における特殊性
 小児患者においては、(1)年齢によっては認知レベルが低く治療への協力が得られにくい、(2)スキントラブルを避けるため強固な固定をしない、(3)発達上のデメリットから敢えて抑制をしない、(4)気管カニューレにカフのないものを使用している、などの特殊な事情があり、気管カニューレはもちろん輸液ラインの自己抜去でも、最初から想定して治療しており、「ヒヤリ・ハット」事例としてカウントされない場合も多い。しかしながら、成人と同様に重大な結果を招く事例もあり、小児患者におけるチューブ類の管理については、現場で適切な基準を作成しておく必要がある。また、専門的な検討も行う必要がある。

3.まとめ
 今回の分析から、チューブ・カテーテル類のエラー防止のために、現場において各種文献やこれまでの記述情報の分析事例を参考にして、以下の取り組みを推進することが必要と考えられた。
(1)医師がチューブ類の挿入と管理にかかわる適切な判断と指示を行うこと
 具体的には
  (1)チューブ留置の適応の再検討と約束指示の見直し
  (2)適切な抑制や術後せん妄のコントロールによって、チューブトラブルの頻度を下げる
(2)チューブ類の管理にかかわる基準や手順の整備をすること
 具体的には
  (1)チューブの種類・目的などに応じた管理基準や手順を整備し、看護スタッフが誰でも適切に管理できるようにしておくこと
  (2)小児患者におけるチューブ管理に関する基準や手順を別に整備しておくこと
  (3)意識レベルに問題のある患者へのチューブ挿入を行う際の基準と手順の整備しておくこと
  (4)チューブ類管理の安全性を保つために必要な場合の抑制とこれに関する患者・家族へのインフォームドコンセントに関する基準や手順を作成しておくこと
(3)医療従事者、特に医師と看護師間のチューブ類の管理に関連する適切な情報交換とコミュニケーションの見直し
  (1)カンファレンス、相談、記録の確認、約束指示、連絡体制の整備により情報の共有を図る
  (2)円滑なコミュニケーションが行なえるチームの風土の育成
(4)「珍しい」事例やエラー防止のための「独自の工夫」の報告、トラブル発生時の対応法の検討などに関する情報の共有

 以上に加え、人的要因が背景にある事例も多いことから、夜間の要員数も含めて組織的に体制整備を行うことが必要と考えられる。
 また、今後説得力のある疫学研究の推進(「ヒヤリ・ハット発生頻度の記述疫学的研究」や「エラーに関連する職場環境、労働条件に関する研究」など)も必要と考えられる。

文献
1)Fraser GL, Riker RR, Prato BS, Wilkins ML. The frequency and cost of patient-initiated device removal in the ICU. Pharmacotherapy 21: 1-6, 2001
2)川村治子.ヒヤリ・ハット11,000事例によるエラーマップ完全本.医学書院、2003
3)医療安全対策ネットワーク整備事業(ヒヤリ・ハット事例収集事業)、第8回集計結果、厚生労働省ホームページ
4)河野龍太郎.誤薬を防ぐシステムづくり - ヒューマンファクター - 工学の視点から、EBNursing 4:68−74、2004
5)記述情報の分析に関する班会議 事務局作成資料.2004.9.7



表1 チューブ・カテーテル類関連のエラーおよびヒヤリ・ハットの実態調査

報告者 報告年 調査対象 チューブ類事例数(頻度) 考察

Fraserら 2001 USA ICU入院患者36名 10名(28%)が延べ42回自己抜去 88%が経管栄養チューブと血管内カテーテル(主に不穏による)

川村 2003 日本 ヒヤリ・ハット11148件 700例(6.3%;経管栄養を除く) 注射・内服の与薬関連事例についで多い

厚労省 2004 日本 ヒヤリ・ハット12909件 1803例(14.0%)



表2 戦略的エラー対策

1. 危険を伴う作業遭遇数を減らす
2. 各作業におけるエラー確率を減らす
3. 多重の確認ステップおよびエラー検出策を設ける
4. 不測のエラー発生に備える

河野龍太郎:誤薬を防ぐシステムづくり - ヒューマンファクター - 工学の視点から、EBNursing、4(2):68−74、2004 を一部改変



図1 チューブ類の挿入から管理までの業務プロセス

図1 チューブ類の挿入から管理までの業務プロセス
文献5)を一部改変



記述情報検討班 名簿

  (五十音順・敬称略)

秋山 剛 NTT東日本関東病院医療安全管理室

伊藤 恵子 名古屋大学医学部附属病院リスクマネージャー

稲村 美代子 独立行政法人 国立病院機構 関門医療センター 医療安全管理者

井上 彰啓 大津市民病院医療安全推進室 参事

内田 宏美 鳥取大学医学部保健学科 教授

梅沢 昭子 東北大学医学部附属病院医療安全管理室

大井 利夫 上都賀厚生連上都賀総合病院 名誉院長

兼児 敏浩 三重大学医学部附属病院医療安全管理室

釜 英介 東京都立松沢病院 リスクマネージャー

河野 龍太郎 東京電力株式会社 技術開発本部
 技術開発研究所ヒューマンファクターグループ 主席研究員

川村 博文 広島県立保健福祉大学

北沢 直美 東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科博士後期課程

黒山 政一 北里大学東病院 薬剤部

桑原 安江 京都大学医学部附属病院副看護部長総括リスクマネージャー

小沼 利光 済生会向島病院 臨床検査科長

小橋 元 北海道大学医学部予防医学老年保健医学分野

坂口 美佐 九州大学大学院医学系学府医療経営・管理学専攻専門職大学院

坂田 修一 NTT東日本関東病院 薬剤部主任

佐々木 久美子 日本看護協会会員サービス部医療・看護安全対策室長

佐相 邦英 財団法人電力中央研究所 社会経済研究所
 ヒューマンファクター研究センター

佐藤 景ニ 静岡市立静岡病院臨床工学科 技師長

佐藤 ミヨ子 東京大学医学部附属病院 栄養管理室長

重森 雅嘉 財団法人鉄道総合技術研究所人間科学研究部

嶋森 好子 京都大学医学部附属病院 看護部長・院長補佐

清水 秀行 帝京大学医学部附属市原病院 薬剤部

鈴木 正彦 山梨大学医学部附属病院 薬剤部

力石 陽子 日本赤十字社事業局看護部 看護教育課

長瀬 啓介 京都大学医学部

西海 真理 国立成育医療センター看護部 臨床教員(小児専門看護師)

新田 章子 順天堂東京江東高齢者医療センター

畠中 泰司 横浜市立大学医学部附属病院リハビリテーション課 課長補佐

番場 和夫 水戸済生会総合病院 薬剤部

古田 典子 聖母病助産師

増田 一孝 滋賀医科大学医学部附属病院 放射線部技師長

宮本 敦史 大阪大学大学院医学系研究科外科学講座

杢代 馨香 元武蔵野赤十字病院看護師

柳川 達生 練馬総合病院 副院長

山内 豊明 名古屋大学医学部 保健学科教授

由井 尚美 全国社会保険協会連合会 看護部部長

綿引 哲夫 横浜市立市民病院MEセンター


【川村班】 事例の整理ととりまとめ

川村 佐和子 東京都立保健科学大学 看護学科教授

酒井 美絵子 東京都立保健科学大学 看護学科助教授

横井 郁子 東京都立保健科学大学 看護学科助教授


主任研究者 全体討議に参加
班代表者 同上
班副代表者 同上


次ページ

ホーム > 政策について > 分野別の政策一覧 > 健康・医療 > 医療 > 医療安全対策 > 第11回 記述情報(ヒヤリ・ハット事例)の分析について

ページの先頭へ戻る