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8 EU報告書等の問題点

厚生科学研究「畜産食品中残留ホルモンのヒト健康に及ぼす影響に関する研究」

平成11年度研究報告

分担研究者:渡邊昌(東京農業大学応用生物科学部)


 1998年JECFA(The Joint Food and Agricultural Organisation/World Health Organisation expert committee on food additives)は食肉中の残留ホルモンにの安全性についてレビューし、消費者にとって安全であると結論した。しかしEUはその後の測定法の進歩や小児、とくに思春期の子供はエストラロジオールに感受性が高いことを指摘し、JECFAの結論は再検討が必要であると主張している。なぜならJECFAの安全性を出した過程にはいくつかの不確定な仮定が使われていたからである。
 それに対して1999年4月30日にScientific Committee on Veterinary Measures relating to Public Health (SCVPH)のレポートが出された。このレポートはカナダのMinister of Agriculture, Fisheries and FoodのサブグループがおこなったEUのSCVPHレポートに対する反論である。本研究ではこの2つの報告書を中心にレビューし、問題点を評価した。

1  EUの骨子となったアンダーソンとスカケベックの論文の要旨は以下のとおりである。

 (Andersson A-M, Skakkebek NE. Exposure to exogenous estrogens in food: possible impact on human development and health. Eur J Endocrinol 1999; 140: 477-485.)
 JECFA(The Joint Food and Agricultural Organisation/World Health Organisation expert comittee on food additives )は1988年食肉中の残留ホルモンの安全性についてレビューし、消費者にとって安全であると結論した。しかしその後の測定法の進歩や小児、とくに思春期の子供はエストラロジオールに感受性が高いことからJECFAの結論は再検討が必要である。なぜならJECFAの安全性を出した過程にはいくつかの不確定な仮定が使われていたからである。
 その結果、以下のような問題点が明らかになった。

(1) 食肉中のホルモンレベルは1970年代、1980年代のラジオイッムノアッセイ(RIA)の方法が使われている。この方法は動物組織中の低レベルのホルモン量を測定するのに適当ではない。

(2) ホルモン代謝産物も生物学的活性をもつが、この点に関してわずかな情報しかない。

(3) 健康な思春期の子供達のステロイドホルモン産生率に関する信頼できるデータがない。このことは今までのガイドラインは、疑問視される子供での産生率をもとに残留ホルモン量の許容量を決めたことになる。

(4) とても低い濃度でのエストラジオールの生物作用を無視している。

 以上の諸点から、ホルモン剤を使用して飼育された食肉の人健康への悪影響をおよぼす可能性を除外することはできない。

1 Introduction

 近年環境中の内分泌撹乱物質としてさまざまなものが問題になっているが、生体内ではエストラジオールは環境中のこれら物質の10,000倍もの活性をもつ。
 米国では50年ほど前から家畜の飼育に性ステロイドホルモンを使用してきた。更に3種のより強い作用をもつ合成ホルモン、ゼラノール(エストロゲン作用)、メレンゲステロール、酢酸トレンボロン(アンドロゲン作用)が広く使われるようになっている。前2者はペレットとして皮下に埋め込まれ、屠殺時まで残っている。メレンゲストロールは子牛の餌に混ぜられる。もっとも広くつかわれているのはエストロゲンでエストラジオール−17β、エストロジオールベンゾエイト、合成ゼラノール等である。その他のホルモン剤はエストロゲンとの組み合わせで使われることが多い。
 しかし、繁殖用の雄牛にはホルモン剤は使われない。それは睾丸の発達を遅らせ、受精率を下げるからである。また繁殖をめざすheiferへの使用も勧められていない。また、採乳用の動物へのホルモン剤使用は米国でも使われていない。ヨーロッパでは食肉生産にホルモン剤使用することは1989年以来禁止されている。
 食肉生産にホルモン剤を使用して良いかどうかをきめる為に次の3点が明らかにされなければならない。

(1) 自然の状態で飼育された動物にくらべて、性ホルモンを使用した動物組織に代謝物も含めて残留ホルモン量が有意に高いか?

(2) 残留性ホルモンおよび代謝物は人の生理的レベルを上回って意味あるものか?

(3) 食肉から摂取される残留ホルモンによっておきるヒトでの生物学的影響について何を知っているだろうか?

2  残留ホルモン量:

 1988年のJECFA報告ではRIA法による値であり、多くの検体で検出限界すれすれの値であった。しかも方法により値のばらつきが大きく、信頼性にかける。JECFAの結論でもエストラジオール、エストロン、プロゲステロン、テストステロンの残留量はすべて高かった。しかし、これらレベルは妊娠heiferよりは低かった。参考値としてしめされた値はテストステロンでは雄牛の値が、エストラジオールやプロゲステロンは妊娠中のheiferの値が使われた。
 妊娠していない動物でエストロゲン値があがる意味はーー妊娠が遅い雌牛はもっともホルモンレベルが高くなる。家畜にホルモンを使用することは食肉中にホルモンとして残るのみでなく、屎尿から排出されるホルモンによって環境が汚染され、水源にも入る可能性がある。

3  ヒト、特に思春期の子どもの性ホルモン産生:

 ガイドラインでは少年の場合、エストラジオールが6μg/日、プロゲステロン150μg/日、少女のテストステロンは32μg/日とされている。一日産生率(PR)は代謝クリアランス率(MCR:24時間に血漿中のホルモンが排除されるのに必要な血清の量)と血漿中のホルモン量から下記の式によって計算できる。

PR(μg/day)=plasma concentration(μg/ml) x MCR(ml/day)

 健康な少年、少女のMCRに関してはいままで報告がない。アイソトープで標識したホルモンを与えるという倫理的問題もある。1960年代、1970年代には成人男女に関して少数のMCRのレポートがだされた。また、先天性副腎過形成とアンドロゲン抵抗性の2名の思春期児のテストステロンのMCRが報告された。しかしこれら病的状態のホルモン値は著しく異常であり、健康な思春期のこどもの状態を反映するものではない。JECFAの報告でPRの参考文献とされたものは上記疾患を有するものであり、健康な思春期の子どもの参考値としうるものではない。また、MCRについては成人の値を使用していると思われる。その結果少年のエストロジオールのPRとして100μg/日とされる(表6)。この値には疑問が多い。まずMCRは身体の大きさが関係していて、特に体表面積に比例する。成人女性にくらべ3,4歳の少女は30−50%の体表面積なのでJECFAの試算は2,3倍PRを過剰に見積もっている。また血清中の結合たん白質、主として肝における代謝酵素活性も問題である。血漿中の大部分のエストラジオールはSHBGと、またテストステロンはTeBGと結合している。フリーのステロイドホルモンがクリアランスをうけるのでMCRはSHBGに結合したホルモンの分画と反比例する。つまり、SHBGのレベルが高かったり、結合能が強いとMCRは低くなる。血漿からステロイドホルモンが肝細胞にとられるとミクロゾームでリダクターゼによって代謝される。
 甲状腺ホルモンとアンドロゲンはリダクターゼ活性を高める。SHBGの低いこととあわせ、このことは男性のMCRを低くする要素である。また、子どもはSHBGが高いので体表面積で補正してもMCRは2-4倍低くなる。
 思春期の子どものテストステロンとエストラジオール値は検出限界値に近いか下回る。それでも最新のデータでは思春期まで加齢とともに高くなることが発見された。このエストラジオールのPR値は0.04μg/日であり、いままで考えられていた値の100分の1程度である。少年におけるエストラジオールのPRが0.04μg/日とすると、1%の増加は0.4ng/日となる。JECFAの1988年の報告では食肉のエストラジオールレベルは5−100ng/kg無処置の肉にくらべて高いとされる。また、エストロン値も高かった。他の代謝産物も報告書にはなかったが存在していたらしい。1日100gの肉を食べるとすると、エストラジオール0.5−10ng/日とることになり、それにエストロゲン活性をもつ代謝産物が加わる。経口摂取されたうち、どれだけが体内に取り込まれるかが問題である。エストラジオール、エストロンは10%程度と低いが、硫酸エストロン、エチニル・エストラジオールは60%と高い。以上のことから、思春期前の少年にとって食肉由来のエストラジオールは1日に産生する量の1%以上となる可能性が十分ある。
 性ステロイドホルモンが成長や成熟、生殖機能に果たす役割は昔から知られていたが、それは大人や思春期のレベルであって、思春期前のテストステロンやエストラジオールの役割については良く知られていない。
 低エストラジオールの作用はターナー症候群の臨床試験から得られた。骨端線の成長に関して2相性の作用を示し、高濃度ではかえって成長を阻害した。エチニル・エストラジオールを100ng/kg/日5週間与えたところ成長速度が増加したが、それ以上の高用量では成長率は増えなかった。
 この100ng/kg/日は40kgの子供では一日4μg/日になり、これは思春期の子供の再計算されたPRを上回るし、食肉から摂取されるであろう量より多い。エストラジオールの吸収率は10%程度、エチニル・エストラジオールのは60%位であるが、25−50ng/kg/日という低濃度のエチニル・エストラジオールでもターナー症候群の少女の成長を促進した。3−5週という短い処置でもこの効果はみられる。
 低濃度長期の量・反応関係はほとんどわかっていない。クラインらの超高感度の測定法によると、5.5−10.5歳の思春期前の少女は0.6±0.6pg/ml、4.5−13歳の少年は0.08±0.2pg/mlであった。この値は極めて低いが少女のほうが8倍高く、なぜ少女の方が発育が良いのかを説明できる。エストロゲンの骨の成長と成熟に対する2相性の作用により、高濃度のエストロゲンは成熟をもたらし、は骨端を癒合させ、直線的成長を停止させる。このようにエストラジオールが少女時代に高濃度であることは、早熟と早い骨端の成熟をもたらす。思春期前の大変低濃度の範囲内での血清エストラジオールの小さな変化ですら意味ある生物学的変化をもつ。
 低濃度のエストロゲン治療の研究から臓器が異なるとエストロゲン感受性も異なることが示された。ターナー症候群の少女では低濃度エストロゲンによる成長は顕著であるが、高濃度エストロゲン投与にみられるような膣や乳腺の発育、月経の開始、SHBGの変化等はおきない。
 健康な閉経後の婦人でもエストロゲン刺激の徴候はいくつかの臓器にみられるのみである。これら婦人の血中濃度は平均8pg/mlであるが、膣、子宮内膜、子宮筋の濃度はそれぞれ198、655、149pg/gであり、非常に効率的なエストラジオールの蓄積がおきる。乳腺腫瘍組織もエストラジオールの濃度が血清中より高い。
 血液中のエストラジオールはこれら組織のエストラジオールの唯一の源ではない。硫酸エストロン、エストロン、エストラジオールは容易に転換する。子宮内膜、膣、乳腺腫瘍組織におけるエストロゲン代謝の研究からこれら組織は効率的に硫酸エストロンやエストロンからエストラジオールをつくることがわかった。したがってエストラジオールのみでなく、これら代謝物の評価も必要である。
 エストロゲンの発がん性や催奇形性は動物実験やDESを与えられた女性で示された。しかし、この際のエストロゲン濃度は生理的濃度を著しく上回る。低濃度ではこの作用は可逆的、つまり閾値があるのであろうか?ターナー症候群の場合、組織は異なった感受性をもっているので異なった組織に特別の閾値を適用できた。膣や内膜の変化は形態学的なものであるが、シグナル伝達系や細胞増殖に関連した遺伝子変化も形態と同様に重要な変化である。形態学的変化には生化学的変化が先行している。生化学的変化は複雑で、量・反応関係に関する知識は乏しい。乳癌由来のMCF7細胞に10の−14乗(10fg/ml)という低濃度のエストロゲンをくわえることにより特別な遺伝子を活性化した。この濃度は細胞1個あたり10−100分子のエストロゲンがある濃度で、このような少数個の分子でも遺伝子変化を起こすことを示した。また、エストラジオール欠乏状態にしておくと10の−14乗から−15乗モル濃度でMCF7細胞の増殖を刺激する。
 最近シーハン等は内因性のホルモンと同じ作用をもつ外因性のホルモン投与はNOAELをきめる基礎となっている閾値の概念がもてないのでないかと指摘した。エストラジオール誘導の亀胚の性可逆性は、エストロゲン作用の閾値を内因性のものがこえている場合、外因性エストロゲンの閾値は存在しない。
 以上のことから低濃度ではあるが過剰の曝露のある集団にどのような変化が起こりうるであろうか?初経がわずかに早くなる。最高身長に達する年齢がわずかに若くなる。エストロゲン関連がん(主として乳癌)が増える。等である。生化学的変化ははっきりとした副作用が現れねば認められないだろう。
 ここ数10年乳癌は西欧諸国で増加している。がんの原因はほとんど分かっていないが、遺伝的素因と環境要因の両方がある。今世紀に入って西欧諸国での初経年齢も低下している。現在、この傾向は栄養状態が改善されたからと考えられている。エストロゲン刺激作用による乳房や恥毛の発達は米国の少女で7歳で黒人が27.2%、白人で6.7%である。以前の比較しうる信頼できるデータはない。野生動物やヒトの生殖の問題がおきているが集団のデータから証明するのも困難である。少数の例は事故によりかなり多量の曝露がおきた場合である。
 もう一つ関連した重要な現象にホルモン・インプリンテイング(ホルモンによる刷り込み)がある。これは成熟中のクリテイカルな時期にホルモンレセプターに作用する影響は、後になって成長や反応性に決定的な役割を果たすという説である。ラット周産期に一回のDESやアリルエストレノール投与により、終生子宮のエストロゲンレセプターの数が減り、肝ミクロゾームの酵素活性の変化によりテストステロンへの反応性が変わる。
 また、雌幼ラットに一回のテストステロン注射が、終生続くエストロゲン反応性を変化させる。決定的な時期に一回でも生理的濃度を上回るホルモンあるいはその類似体が与えられると発達する臓器への影響やホルモンへの反応性が変わってしまうのである。
 生理的濃度内での微妙な変化でも、後に働くであろう臓器のホルモン感受性を微妙に変えるという可能性も考えられる。

4  内因性ステロイドホルモンと合成ステロイドホルモンの違い

 いままで述べてきたことは内因性のステロイドホルモンの話であって、家畜に使用されている合成ステロイドホルモンは以下のとおりのいくつかの異なった部分がある。

1) 多くの合成ステロイドホルモンはSHBGへの結合能が低く、血漿中ではフリーの形で生物活性が高い。内因性ステロイドホルモンは98−99%がSHBGに結合している。であるから、血漿中の合成ステロイドホルモンが内因性のものと同濃度あるいは低いとしても、その生物活性ははるかに強い。

2) 合成ステロイドホルモンは代謝経路が異なるので半減期もさまざまとなる。

3) 合成ステロイドホルモンは内因性ステロイドホルモンと共通の作用をもつが、すべての面で同じと言うわけではない。

 合成ステロイドホルモンのゼラノール、酢酸メレンゲステロトール、酢酸トレンボロンとそれらの代謝産物は動物やヒト体内に自然では存在しない。
 これらは医薬品としてヒトへ使用されていないので動物のデータしかない。これらホルモンによる異なった効果や曝露の結果を検討せねばならない。

2. Subgroup of the Veterinary Products Committeeの反論

 1999年4月30日にScientific Committee on Veterinary Measures relating to Public Health (SCVPH)のレポートが出された。このレポートはカナダのMinister of Agriculture, Fisheries and FoodのサブグループがおこなったEUのSCVPHレポートに対する反論である。

 以下の点を強調している。

1) 食肉からのエストラジオール−17β、プロゲステロン、テストステロン、ゼラノール、トレンボロン摂取量はJEFCAの決定したADIに比べて非常に低い。

2)体内で産生されるホルモン量に比べて非常に低濃度である。

3)食肉中の濃度では変異原性、遺伝毒性にならない。

4) 新しい鋭敏な分析法としている組み換え酵母によるホルモン力価の方法は評価が未定

5) 引用文献が不適切、とくに量−反応関係が無視されている。さまざまデータにより変化を起こす量より食肉よりの摂取量ははるかに低い。

6) 発がん性に関して、疫学的には肉と脂肪摂取とがんの関係を述べているのみであって、その中のホルモンには言及していない。

7) 発生障害に関して低濃度のデータはない。外来性ホルモンには閾値がないとする考えも根拠はない。外来性ホルモンの研究は多いがレポートで取り上げられたような問題があるというデータはない。

 以上のことからSCVPHの出した結論には重大な疑義がある。

 ADI:European CommitteeのCommittee of Veterinary Medicineal Product(CVMP)は1994年の会議で以下のようなADIを決めている。これはNOELに不確定要因で除したものである。

表1.
ADI ADI(mg/kg bw) ADI(μg/60kg人)
エストラジオール−17β 0.00005 3
プロゲステロン* 0.03 1800
テストステロン** 0.002 120
ゼラノール*** 0.0005 30
酢酸トレンボロン 0.00002 1.2
酢酸メレノゲストロール no ADI set
*52回JECFAは危険はないのでMRL(maximum residue limit)も不要といっていた。CVMPは治療に使用した場合の安全性について評価中である。
**不確定要因1000を採用。フランスは家畜に使用。
***EUでは使用禁止であるが、たまに牧草のかびからマイコトキシンとして摂取。

 JECFAの一日推定量(μg/kg) は以下のようなものであった。子どもは摂取量が少ないことからこの6分の1の値をしめしている。

表2.JECFAの計算した摂取量
  標準摂取量 E2 プロゲステロン テストステロン ゼラノール トレンボロン
300g 10 6000 400 100 4
100g 30 18000 1200 300 12
50g 60 36000 2400 600 24
脂肪 50g 60 36000 2400 600 24
300g 10 6000 400 100 4
乳製品 1500g 2 1200 80 20 0.8
100g 30 18000 1200 300 12
蜂蜜 20g 150 90000 6000 1500 60

 しかし、JECFAの標準摂取量は仮定に過ぎず、英国の1週間の秤量法をもとに計算するとJECFAの値は蜂蜜を除き、すべて97.5パーセンタイルより上であった。300gの赤み肉を食べる者は0.2%、50gの動物脂肪をとるものは1.4%、100gの卵は0.5%、20gの蜂蜜は4.6%であった。1.5Lの乳製品、100gの肝、50gの腎をとるものは一人もいなかった。97.5パーセンタイルにある者の摂取する可能性のある量を下に示す。

表3.イギリスの栄養調査からVPCが計算した摂取量
  標準摂取量 E2 プロゲステロン テストステロン ゼラノール トレンボロン
192.2g 16 9730 624 156 6.2
35.4g 85 50800 3390 847 34
22.5g 133 80000 5330 1333 53
脂肪 44.4g 68 40500 2700 676 27
- - - - -
乳製品 728.8g 4.1 2470 165 41 1.7
71.7g 42 25100 1670 418 17
蜂蜜 26.1g 115 69000 4600 1150 46

 肝臓は97.5パーセンタイルの人は35.4gであるが、時に女性で288g、男性で418gもたべる人がいるので、このような場合には残留ホルモンの影響を考える必要があるかも知れない。

表4にいままでに報告された、主としHartmann1998とドイツのデータによる食品中のホルモン残量を示す。

表4.食品中のホルモン残量(μg/kg)とADIをとるに必要な量(kg)
  E2 プロゲステロン テストステロン E2 プロゲステロン テストステロン
2.45 27.4 2.8 1.2 66 43
1.027 1.85 1.16 2.9 973 103
0.274 - - 10.9 - -
脂肪 0.73 43.4 20.34 4.1 41 5.9
<0.03 0.51 0.07 >100 3530 1700
ミルク 0.06 12.5 0.15 50 144 800
バター <0.03 300 <0.05 >100 6 >2400
0.22 43.6 0.49 14 41 245
ポテト 0.03 5.07 <0.02 >100 355 >6000

表5.トレクロール(E2 40mg+プロゲステロン 200mg)を使用した去勢牛の残留ホルモン(μg/kg)
  フリーE2 E2抱合体 E1
0.017 0.011 -
0.041 0.271 0.046
0.037 0.076 -
脂肪 0.112 0.014 0.071

表6.内因性ホルモン量との比較(μg/ヒト/日)
  内因性 食事 家畜由来(E1+E2+抱合体)
男性 140 0.1 0.0517
女性 630 0.08 0.0517
少年 100 0.08 0.0086
少女 54 0.07 0.0086

 男性の場合、食事および食肉からくるエストラジオールはADIの3.3%、1.7%にしか相当しない。

表7.
  プロゲステロン テストステロン
内因性 食事 家畜由来 内因性 食事 家畜由来
男性 420 10.6 0.169 6480 0.07 0.0553
女性 19600 9.0 0.169 240 0.05 0.0553
少年 150 8.9 0.024 65 0.05 0.0092
少女 250 8.1 0.024 32 0.04 0.0092

 インプラントが食肉に混じってしまった場合は多量のホルモンをとる可能性がある。

表8.
  インプラント一個の最大量 ADI/人 ADI比
E2 40mg 0.003 mg 13333
プロゲステロン 200mg 1.8 mg 111
テストステロン 200mg 0.12 mg 1667
ゼラノール 36mg 0.03 mg 1200
酢酸トレンボロン 300mg 0.0012mg 250000

 結論:内因性のホルモン産生量にくらべ食肉残留ホルモン量はきわめて少ない。英国の食事調査から計算した量では生体に害を及ぼす量ではない。

3  両報告書の問題点

 米国では50年ほど前から家畜の飼育に性ステロイドホルモンを使用してきた。更に3種のより強い作用をもつ合成ホルモン、ゼラノール(エストロゲン作用)、メレンゲストロール、酢酸トレンボロン(アンドロゲン作用)が広く使われるようになっている。前2者はペレットとして皮下に埋め込まれ、屠殺時に切り取られる。メレンゲストロールは子牛の餌に混ぜられる。もっとも広く使用されているのはエストロゲンでエストラジオール−17β、エストロジオールベンゾエイト、合成ゼラノール等である。その他のホルモン剤はエストロゲンとの組み合わせで使われることが多い。
 合成ステロイドホルモンのゼラノール、メレンゲステロール、酢酸トレンボロンとそれらの代謝産物は動物やヒト体内に自然では存在しない。これらはヒトへ医薬品として使用されていないので動物のデータしかない。

 これらホルモンによる異なった効果や曝露の結果を検討せねばならない。
 両報告書の論点を明らかにするためには、以下の事項について検討するする事が必要であると思われる。

(1) 自然の状態で飼育された動物にくらべて、性ホルモンを使用した動物組織に代謝物も含めて残留ホルモン量が有意に高いか。

(2) 残留性ホルモンおよび代謝物は人の生理的レベルを上回って意味あるものか?

(3) 食肉から摂取される残留ホルモンによるヒトの生物学的影響について何を知っているだろうか?

 上記の問題に関連する両報告書の見解は以下のとおりである。
 EUの報告書において指摘している問題点は以下のとおりである。

1) 残留ホルモン量について

 1988年のJECFA報告ではRIA法による値であり、多くの検体で検出限界すれすれの値であった。しかも方法により値のばらつきが大きく、信頼性にかける。JECFAの結論でもエストラジオール、エストロン、プロゲステロン、テストステロンの残留量はすべて高かった。しかし、これらレベルは妊娠heiferよりは低かった。参考値としてしめされた値はテストステロンでは雄牛の値が、エストラジオールやプロゲステロンは妊娠中のheiferの値が使われた。
 妊娠していない動物でエストロゲン値があがる意味はーー妊娠が遅い雌牛はもっともホルモンレベルが高くなる。
 家畜にホルモンを使用することは食肉中にホルモンとして残るのみでなく、屎尿から排出されるホルモンによって環境が汚染され、水源にも入る可能性がある。

2) ヒトとくに思春期の子どもの性ホルモン産生について

 ガイドラインでは少年の場合、エストラジオールが6μg/日、プロゲステロン150μg/日、少女のテストステロンは32μg/日とされている。1日100gの肉を食べるとすると、エストラジオール0.5−10ng/日とることになり、それにエストロゲン活性をもつ代謝産物が加わる。経口摂取されたうち、どれだけが体内に取り込まれるかが問題である。エストラジオール、エストロンは10%程度と低いが、硫酸エストロン、エチニル・エストラジオールは60%と高い。以上のことから、思春期前の少年にとって食肉由来のエストラジオールは1日に産生する量の1%以上となる可能性が十分ある。
 生理的濃度内での微妙な変化でも、後に働くであろう臓器のホルモン感受性を微妙に変えるという可能性も考えられる。合成ステロイドホルモンに関しても未知の問題がある。

3) ホルモン剤と生体内のホルモンとの関係について

(1)  多くの合成ステロイドホルモンはSHBGへの結合能が低く、血漿中ではフリーの形で生物活性が高い。内因性ステロイドホルモンは98−99%がSHBGに結合している。であるから、血漿中の合成ステロイドホルモンが内因性のものと同濃度あるいは低いとしても、その生物活性ははるかに強い。

(2)  合成ステロイドホルモンは代謝経路が異なるので半減期もさまざまとなる。

(3)  合成ステロイドホルモンは内因性ステロイドホルモンと共通の作用をもつが、すべての面で同じと言うわけではない。

 以下のJECFAの指摘している点は食肉による残留ホルモンの危険性はほとんどないとする論拠になっている。

4) 食肉からのエストラジオール−17β、プロゲステロン、テストステロン、ゼラノール、トレンボロン摂取量はJEFCAの決定したADIに比べて非常に低い。

5) 体内で産生されるホルモン量に比べて非常に低濃度である。

6) 食肉中の濃度では変異原性、遺伝毒性にならない。

7) 新しい鋭敏な分析法としている組み換え酵母によるホルモン力価の方法は評価が未定である。

8) 引用文献が不適切、とくに量ー反応関係が無視されている。さまざまないわれている変化を起こす量より食肉よりの摂取量ははるかに低い。

9) EUの指摘している発がん性に関ついては、疫学的には肉・脂肪摂取とがんの関係を指摘しているのみであって、その中のホルモンとの関係には言及していない。

10) 発生障害に関して低濃度のデータはない。外来性ホルモンには閾値がないとする考えも根拠はない。外来性ホルモンの研究は多いがレポートで取り上げられたような問題がある。

4  最後に

 天然型ホルモン3種類と合成型ホルモン2種類のADIは1994年にCODEXで決定された。
 EUの報告書のように、外来性のホルモンには閾値がないとするとADIそのものも無意味となるが、これらの検討には、低濃度長期曝露の影響について更に検討されねばならないであろう。
 特に成長期の小児に関する研究が乏しいため、牛乳からの摂取も含めて検討する課題である。


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