ホーム> あさコラム vol.58

あさコラム vol.58
感染症エクスプレス@厚労省 2017年6月16日

仁術

 こんにちは、厚生労働省健康局結核感染症課長の浅沼一成です。
 各地で梅雨入りしてきました。梅雨の時期は、カビや細菌の繁殖が早く、
食中毒などの原因となることもしばしば。
 食中毒を未然に防ぐためにも、食品の衛生について一層のご留意をお願い
いたします。

 さて、医療マンガといえば、私の世代だと「ブラックジャック」や
「Dr.クマひげ」、「メスよ輝け!!」あたりですが、今回取り上げるのは、
「JIN-仁-」。
 東都大学付属病院の脳外科医・南方仁(みなかたじん)が、2000年
(平成12年)から1862年(文久2年)の江戸にタイムスリップ。
 幕末の動乱に戸惑いつつも、現代医学の知識と技術を駆使しながら、医学
を志す仲間と協力して江戸の人々を救っていくという作品です。
 坂本龍馬や勝海舟、緒方洪庵、ウィリアム・ウィリスなど、実在した人物
も多数登場する大ヒットマンガで、テレビドラマ化もされました。

 慢性硬膜下血腫、乳がん、脚気など様々な病気を取り上げている「JIN-仁-」
ですが、もちろん感染症も例外ではありません。
 麻しんやコレラなどが題材として取り上げられていますが、圧巻なのは梅
毒の話。
 吉原遊郭の花魁や遊女が梅毒で苦しむ姿を憂いた仁が、梅毒の検診を進め
ようとするも、治療法もない上、仕事も取られかねないと、遊女たちから拒
否されます。
 そこで、仁は、過去の人間の運命や歴史を変えてしまうことに憂慮しなが
らも、治療薬ペニシリンを天然の青カビから作ることに成功。
 江戸の医療界に一石を投じる、というストーリーです。

 剣道マンガ「六三四の剣」の作者である村上もとか先生が、「JIN-仁-」
を描くにあたり、強く心を動かしたのは『江戸の性病~梅毒流行事情』(苅
谷春郎著)という一冊の本。
 これによると、当時の遊女たちは梅毒などの性感染症のり患もあり、平均
寿命は22歳程度とのこと。
 若くして命を失う女性たちを、せめてマンガの世界だけでも助けることが
できないものか。
 この口惜しい思いが原動力となり、村上先生が医学や薬学の専門家に取材
を重ね、構想を練り、医学史の大家・酒井シヅ先生らの監修のもと
「JIN-仁-」は、2000年(平成12年)から2010年(平成22年)まで10年にわ
たる長期連載作品となりました。

 「JIN-仁-」の梅毒の話を読むたびに、梅毒にり患した吉原の遊女たちが、
余命幾ばくもない時の気持ちが如何様だったのか。
 梅毒の感染者数が増加している昨今だからこそ、なおのこと、私も切ない
気持ちになります。

 そうした中、先日、荒川区南千住にある浄閑寺(じょうかんじ)さんにお
参りに行ってきました。
 「生まれては苦界、死しては浄閑寺」と花又花酔氏の川柳で詠まれた浄閑
寺さんには、1855年(安政2年)の大地震で被災した500人あまりの吉原の遊
女たちが葬られています。
 こうした遊女たちや行き倒れの方など、門前に投げ込まれた身寄りのない
ご遺体を供養する寺院を「投げこみ寺」と称し、日本各地に存在しています。
 「三ノ輪の投げこみ寺」と呼ばれる浄閑寺さんもそのひとつで、境内にあ
る「新吉原総霊塔」には、江戸時代の新吉原創業から昭和の廃業時まで、安
政大地震や関東大震災の被災者も含め、総計推定25,000人の身寄りのない遊
女らが供養されているとか。
 ペニシリンもなく治療もできず、若くして梅毒で亡くなられた遊女の皆さ
んのご冥福をお祈りするとともに、現在の梅毒の流行が収まるよう、また、
梅毒の予防と検査、早期治療が進むようにと、総霊塔にお線香をあげて願を
かけてきました。
 なお、浄閑寺さんの入り口には、吉原の遊女・小夜衣を供養する「小夜衣
供養地蔵尊」という小さなお地蔵さんがあります。
 「悪い部分を撫でると良くなる」と言い伝えがあり、私も手を合わせた後、
あちこち地蔵尊を撫でてまいりました。

 国立感染症研究所の感染症週報によりますと、2017年(平成29年)第22週
(6月4日)までの梅毒の報告は累積で2,096名。
 現在の届出方式になった1999年(平成11年)以降、最も速いペースで増え
ています。
 普及啓発、予防と検査、そして早期治療。
 梅毒対策、待ったなしです。
 皆さん、ご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。

性感染症
梅毒に関するQ&A


(c)村上もとか/集英社


浄閑寺門


新吉原総霊塔


小夜衣供養地蔵尊

「感染症エクスプレス@厚労省」は、主に医療従事者の皆さまに向け、通知・事務連絡などの感染症情報を直接ご提供するメールマガジンです。
本コラムは、「感染症エクスプレス@厚労省」に掲載しております健康局結核感染症課長によるコラムです。
「感染症エクスプレス@厚労省」への登録(無料)
本コラムの感想、ご質問、ご要望など
コラム バックナンバー

ホーム> あさコラム vol.58

ページの先頭へ戻る