戻る

添付資料2

救急救命士による特定行為の再検討に関する研究
救急救命士による薬剤投与における安全性・有効性に関する研究
報告

平成15年12月



厚生労働科学研究「救急救命士による特定行為の再検討に関する研究」

班員名簿

 【主任研究者】
  平澤 博之 (千葉大学大学院医学研究院救急集中治療医学教授)

 【研究協力者】
  明石 勝也 聖マリアンナ医科大学附属病院長
  大重 賢治 横浜市立大学医学部公衆衛生学教室
  奥地 一夫 奈良県立医科大学救急医学教授
  金 弘 船橋市立医療センター救命救急センター長
島崎 修次 杏林大学医学部附属病院高度救命救急センター長
  武田 純三 慶應義塾大学医学部麻酔学教授
  杤久保 修 横浜市立大学医学部公衆衛生学教授
  羽生田 俊 日本医師会常任理事
  藤井 千穂 大阪府立千里救命救急センター所長
  山本 保博 日本医科大学附属病院高度救命救急センター長

  ◎は研究取りまとめ座長

 【救急救命士による薬剤投与の安全性検証のためのワーキンググループ】

  田中 秀治 国士舘大学スポーツ医科学教授
  仲村 将高 千葉大学医学部救急部・集中治療部助手
  野見山 延 国立療養所西甲府病院院長
  桝井 良裕 聖マリアンナ医科大学救急医学講師
  村田 厚夫 杏林大学医学部附属病院高度救命救急センター助教授
  吉田 竜介 日本医科大学附属病院高度救命救急センター助手



厚生労働科学研究「救急救命士による特定行為の再検討に関する研究」報告


I はじめに

 救急救命士の業務のあり方等については、厚生労働省と総務省消防庁が設置した「救急救命士の業務のあり方等に関する検討会」(座長 松田 博青 日本救急医療財団理事長)において平成14年7月より検討が行われ、同年12月11日に報告書が出された。本報告書によれば、救急救命士による薬剤投与については、直ちに結論を出すことは困難であるが、救急救命士が医療機関において必要な技術を日常的に習得できる体制や、実習、業務、事後検証、再教育が一貫して行える体制整備を含め、担当医と救急救命士が日頃から顔の見える関係を築き、相互の連携と信頼の下にメディカルコントロール体制が構築されることを前提とした上で、次のような検証等を行い、これらの結果を踏まえて、同検討会において早期に結論を得るべきであるとされた。

  1)救急救命士が行うものとした場合の薬剤の有効性と安全性に関し、ドクターカー等における研究、検証を、心拍の回復に必要となる最小限の薬剤に限定して行うこと。
 その際、平成15年中を目途に、これらの研究、検証の結果をできるだけ早く得るようにすること。

  2)各地域におけるメディカルコントロール体制の整備状況の把握及びその質の評価。

 ○ 上記の結論として、救急救命士に薬剤投与を認めるとした場合には、次の点について必要な措置を講じ、早期実施を目指すべきである。

  1)心拍の回復に必要となる最小限の薬剤について、救急救命士が安全かつ適切に使用するための、適応、禁忌及び用法、用量の標準化等。

  2)薬剤投与が除細動、気管挿管に比較して高度な医学的判断を要する行為であることにかんがみ、必要な知識と技術を習得することはもとより、医療職種として必要とされる倫理観や判断能力を培うことが必要とされることを踏まえた現行の半年課程のあり方を含めた養成課程及び国家試験等の見直し。

 本厚生労働科学研究では、この報告書により指摘されている必要な研究、検証のうち、救急救命士による薬剤投与の有効性・安全性に関する研究、検証を実施し、同年12月11日の研究班会議において、研究内容の取りまとめを行った。


II 救急救命士による薬剤投与の有効性・安全性に関する研究、検証について

A 病院前救護における薬剤投与の有効性について(研究班資料1

1.研究方法
 エピネフリン使用の有効性及びエピネフリン、アトロピン、リドカインの3剤使用の有効性等について研究、検証を行った。
 有効性の評価は、病院到着以前に薬剤を投与された心肺停止患者(介入群)の蘇生率および予後と、病院到着以前には薬剤使用が行われなかった心肺停止患者(対照群)の蘇生率および予後を比較した。

2.調査対象および分析対象
 介入群は、平成15年4月1日より平成15年10月31日の間にドクターカーにより搬送した病院前心肺停止症例とし、対照群は同時期に救急隊が搬送した病院前心肺停止症例とした。分析の対象はいずれも目撃者があった症例とした。

3.調査地域
 介入群の調査地域は、千葉県船橋市、東京都文京区・台東区、大阪府吹田市・豊中市・箕面市及び奈良県中和広域とした。対照群の調査地域は、介入群と面積、人口、高齢化率等が類似した地域を選定し、神奈川県相模原市、東京都品川区、大阪府堺市・高石市、滋賀県湖南広域とした。

4.結果
 平成15年4月から同年10月までに、介入群は162例、対照群は272例であった。介入群と対照群には、平均年齢、男女の割合に大きな差異はなかった。CPAの原因に関しては、内因性と外因性の割合について両者に統計学的に有意な差が認められた。覚知から現場到着までの所要時間は、介入群が平均46分であったのに対し、対照群では平均28分あった。
 内因性CPA症例に対する薬剤を用いた病院前心肺蘇生術による蘇生率は、エピネフリン1剤使用、エピネフリン、アトロピン、リドカインの3剤使用、3剤プラス他の薬剤使用の順でなだらかに上昇している。対照群の蘇生率を基準とした場合、介入群の蘇生率は、3剤使用の段階で統計学的な有意差を認めている。エピネフリン1剤使用による蘇生率の改善に関しては、統計学的な有意差を認めていないが、エピネフリン1剤でも対照群と比較して蘇生率が上昇していること、また、エピネフリン1剤使用の効果は、研究デザイン上、低く見積もられることを考慮すると、エピネフリンのみを用いた病院前心肺蘇生術でもある程度の効果は期待できるものと考えられる。1ヶ月後の生存率でみた場合、薬剤を用いた介入群の効果はより顕著になり、有意差はないものの、エピネフリン1剤使用でも、予後改善効果が期待できる。また、病院前の介入群・対照群の比較においては、エピネフリン単剤使用について、3剤使用と同様、顕著な有意差を認めている。これは、心拍が再開して病院に運び込まれる症例は薬剤投与群の方が多く、薬剤そのものの薬理学的効果を現しているものと考えられる。
 外因性CPA症例の蘇生率では、統計学的な有意差はないが、介入群よりも対照群の方が高かった。これは、症例数が少ないこと、ドクターカー要請の段階で何らかのバイアスが存在してドクターカーが対応した外因性CPA症例に回復困難な重症例が偏って存在した可能性があること、救急隊による速やかな病院搬送が結果に影響していること等が考えられる。
 外因性の取扱いについては、今後、症例数を追加してもバイアスを取り除くことが難しいため、研究を継続して実施しても結果が得られない可能性があること、内因性、外因性を合わせた薬剤の薬理作用そのものの結果は有効性が認められることから、有効性の検証結果をもとにした今後の取扱にあたっては、特に内因性と外因性を区別して取り扱う必要はないとの結論を得た。

B 救急救命士による薬剤投与の安全性について

  救急救命士による薬剤投与の安全性を検討するため、次の事項について検討を行った。
 1.救急救命士が薬剤投与を行うものとした場合の業務プロトコール作成について
 2.救急救命士が薬剤投与を行うものとした場合に必要とされる追加講習の内容等について

 1.救急救命士が薬剤投与を行うとした場合の業務プロトコールについて(研究班資料2

 ・ 救急救命士が安全に薬剤投与を行うとした場合に必要な業務プロトコールは次のとおり。
a. エピネフリン1剤例では、適応と考えられるケースは、目撃者のある8歳以上の心肺機能停止症例のうち心電計モニター波形で、心静止、無脈性電気活動の何れかを呈し、頸動脈で脈拍を触知しない例、又は目撃者の有無にかかわらず8歳以上の心肺機能停止症例のうち心電計モニター波形で心室細動/無脈性心室頻拍を呈し、頸動脈で脈拍を触知しない例とする。投与毎にオンラインメディカルコントロールを受ける。使用するエピネフリンは1mg/1mlに調整したプレフィルドシリンジのものとする。
b. エピネフリン、アトロピン、リドカインの3剤使用例では、エピネフリンの対象者は上記同様、アトロピンは、目撃者のある8歳以上の心肺機能停止症例のうちエピネフリン使用後も心静止又は徐脈(毎分60以下)性の無脈性電気活動を呈し頸動脈で脈拍を触知しない例、リドカインは、目撃者の有無にかかわらず8歳以上の心肺機能停止症例のうちエピネフリン使用後も心室細動/無脈性心室頻拍を呈し頸動脈で脈拍を触知しない例とする。各々の薬剤は投与毎にオンラインメディカルコントロールを受ける。使用する薬剤はプレフィルドシリンジを原則とする。
 なお、このままプロトコールに基づき実施することにした場合、3剤を5分毎に繰り返し投与もしくは5分後に再投与することとなり、実際には1〜2分毎に何らかの薬剤を投与する場合も生じ得ることから、車中の心肺蘇生の一連の過程が中断されること、傷病者の病態により薬剤投与の手順に関し複数のパターンが考えられ、プロトコール自体が複雑なものとならざるを得ず、これを実際に用いた場合には、オンライン指示を出す医師側及びオンライン指示を受ける救急救命士側の双方に混乱が生じかねないことから、安全な患者搬送の観点からみると疑問が残る。
 また、リドカインについては、現在、50mlのプレフィルドシリンジしかないが、一般に8歳における平均体重は25kgで、平均体重が30kgとなるのは10歳であることを考慮すると、8歳以上の全例でリドカイン使用量を一律50mgとするのは過剰投与の危険が生じる。このため、プロトコール上、体重約30kg未満の例では1回40mg、体重が約30kg以上の例では1回50mgとしているなど、プロトコール自体が複雑化する結果となっている。

 2.救急救命士が薬剤投与を行うものとした場合の追加講習の内容等について(研究班資料2

 ・ 救急救命士が安全に薬剤投与を行うとした場合に必要な(救急救命士既資格者に対する)追加講習の項目は次のとおり。
a.講義については、薬物投与に必要な解剖学,生理学(構造と機能)、薬理学・臨床薬剤学の基礎と実際、体液・電解質・酸塩基平衡の異常と輸液療法、各種心肺停止の病態と薬物投与の意義、薬物投与と各種特定行為、ACLSのアルゴリズム、薬物投与の実際、薬物投与とメディカルコントロール、薬物投与に関する医療倫理、薬物投与における記録、事後検証、薬物投与に関する事故対策、救急救命士による薬剤投与のプロトコール等について実施し、1剤使用の場合は150単位程度(1単位50分)、3剤使用の場合は170単位程度。
b.実習については、静脈確保人形を用いた実習、薬剤投与シミュレータを用いた実技、臨床実習等について実施し、1剤使用の場合は100単位程度、3剤使用の場合は120単位程度。
c.講義及び実習の合計で1剤使用の場合は250単位程度、3剤使用の場合は290単位程度。


III 救急救命士の薬剤投与に関する研究班としての結論

 ドクターカーによる有効性に関する検証研究では、薬剤を用いた病院前心肺蘇生術による蘇生率は、対照群の蘇生率を基準とした場合、エピネフリン、アトロピン、リドカインの3剤使用の段階で統計学的な有意差を認めている。エピネフリン1剤使用では、対照群の蘇生率を基準とした場合、研究デザイン上、効果を過小評価せざるを得ないこと、統計学的な有意差はないものの対照群と比較して蘇生率が上昇していること、1ヶ月予後では更に介入群の効果が鮮明になること等から、一定の効果については評価できる。また、エピネフリンの薬剤効果を見た病院前の評価では、3剤使用の場合と同様に、蘇生率に有意差が見られている。なお、この検証結果は、あくまでもドクターカーに同乗する熟練した医師が薬剤投与を行った場合であることに配慮する必要がある。

 安全性に関する検証では、薬剤投与は除細動や気管挿管に比較しても、誤投与が生じた場合の影響が不可逆的であるなど、より危険を伴う行為であることを踏まえ、救急救命士が安全に薬剤使用を行うとした場合に必要な業務プロトコールを検討した場合、エピネフリン1剤使用についてはプロトコール化が可能であるが、3剤使用では、傷病者の病態により薬剤投与の手順に関し複数のパターンが考えられることから、プロトコール自体が複雑なものとならざるを得ないことなど、これを実際に用いた場合には、オンライン指示を出す医師側及びオンライン指示を受ける救急救命士側の双方に混乱が生じかねないことから、安全な患者搬送の観点からみると、現段階では問題があるとの意見が多かった。

 上記の有効性及び安全性を総合的に勘案した場合、救急救命士の薬剤使用に関しては、現段階では、エピネフリン1剤使用が推奨されるものと考えられる。また、その前提条件としての救急救命士の既資格者に対する追加講習の目安は、講義・実習を合わせて250単位程度が必要と考えられる。

 これに対し、3剤使用は、1剤使用との有効性を比較した場合、傷病者の蘇生率や一ヶ月生存率がより高いことから、複雑なプロトコールを用いつつ、安全な患者搬送を確保するため、追加講習の目安を講義・実習と合わせて290単位程度とすることを前提条件とし、検討会の報告書が指摘しているメディカルコントロール体制の構築を始めとする諸条件の整備状況にも照らした上で、認めるべきとの意見があった。


トップへ
戻る