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研究班資料1

「救急救命士による薬剤投与の有効性に関する検証」報告



I.【研究全体の目的】

 救急救命士による心肺停止(CPA)患者に対するエピネフリンを中心とした薬剤投与の有効性について、ドクターカーにおいて研究、検証を行う。

〈本研究プロトコールでの検証作業〉
  病院前にて、薬剤を用いた心肺蘇生術を行うことによって、院外CPA患者の蘇生率、1ヶ月生存率が向上するかどうかを検証した。


II.【はじめに】

 これまでに院外CPA症例に対する薬剤使用の効果に関する研究がいくつか行われているが、薬剤使用の有無とその効果の関係を単純に比較することは誤った結論を導く可能性がある。例えば、なかなか心拍が再開しない重症例に対して多くの薬剤投与が行われる傾向があったとするなら、薬剤使用は救命率を下げる因子として認知される場合がある。逆に、心拍再開の見込みの無い症例に対しては薬剤投与を行わない傾向があった場合、薬剤使用の効果を過大に評価してしまう可能性がある。これらは、薬剤投与を行うか否かの段階で医学的判断が入ってしまい、そのことが分析においてバイアスとして作用してしまうためである。
 このバイアスを回避するには、無作為割付試験(Randomized Controlled Trial,RCT)を行う(つまり、薬剤を使用する症例と使用しない症例を無作為に選別し、その効果を比較する)必要があるが、現実には倫理上不可能と考えられる。このことから、今回の研究においては、病院前の心肺蘇生術における薬剤の使用例と非使用例は、RCTによらず、現行の制度をそのまま利用することにした。すなわち、ドクターカーが対応したCPA症例を病院前にて薬剤を用いた心肺蘇生術を行った群(介入群)とし、救急隊が対応したCPA症例を病院前にて薬剤を用いず心肺蘇生を行った群(対照群)とし、比較検討を行うこととした。
 ドクターカーと救急隊では行動基準において相違があると思われる(図1)。その為、介入群と対照群の比較においては、評価のポイントを一致させることを重視した。また、ドクターカーにおける薬剤使用に関しては、医学的判断によるバイアスが働かないよう、一定のルールに基づいて薬剤投与が行われるためのプロトコールを作成した。

図1 ドクターカーと救急隊の行動の重点の置き方(概念図)
図1 ドクターカーと救急隊の行動の重点の置き方(概念図)
 救急救命士が薬剤を用いた心肺蘇生術を行うことは矢印の方向への行動基準のシフトを意味する。


III.【研究の方法】

1.研究デザイン
エピネフリンを用いた病院前心肺蘇生術の有効性、エピネフリン、アトロピン、リドカインの3種薬剤を用いた病院前心肺蘇生術の有効性について検証した。
有効性の評価は、病院到着以前に薬剤を用いての心肺蘇生術が施行されたCPA症例(介入群)の蘇生率および予後と、病院到着以前には薬剤を用いない心肺蘇生術が施行されたCPA症例(対照群)の蘇生率および予後を比較することによって行った。すなわち、ドクターカーにて処置をうけた群が介入群となり、救急隊にて処置をうけた群が対照群となる。
ドクターカーにおける処置は、三つの段階に分けられ、それぞれにおける処置を評価の対象とした。

2.調査対象および分析対象
 介入群は、平成15年4月1日より平成15年10月31日の間にドクターカー対応となった病院前CPA症例とし、対照群は同時期に救急隊対応となった病院前CPA症例とした。データの収集は病院前CPA症例全体について行ったが、分析の対象は目撃者があった症例のみとした。目撃者無しの症例は、目撃者が無く死亡が明らかな場合、ドクターカーの出動要請が控えられる可能性があること、目撃者なしの症例のばらつきが大きいことが考えられることから、分析の対象とはしなかった。

3.調査地域
 介入群の調査地域は、千葉県、大阪府、奈良県および東京都に、対照群の調査地域は、神奈川県、大阪府、滋賀県および東京都においた。各調査地域の地域名、面積、人口、高齢化率(65歳以上人口割合)、年間CPR件数、対応機関を表1に示す。

表1 調査地域の特徴
調査地域名* 面積
(km2
人口
(千人)
高齢化率
(%)
年間CPR
件数
対応機関
船橋市 85 550 12.6 303 船橋市立医療センター
相模原市 90 605 11.1 303 相模原市消防本部
吹田・豊中・箕面市 119 860 13.8 425 千里救命センター
堺・高石市 148 854 14.9 494 堺市高石市消防組合
中和広域 166 248 16 205 奈良県立医大
湖南広域 206 284 12 137 湖南広域行政組合消防本部
文京・台東区 21 332 19.4 662** 日本医科大学救命センター
品川区 23 317 17.2 529** 東京消防庁
*網掛けされた地域がドクターカー対応の地域。
**重篤・死亡の件数


IV.【評価】

 介入群、対照群ともに、病院到着後、心拍再開が確認されICU等に入院した症例を「蘇生例」とし評価を行った。蘇生例については、1ヵ月後の予後を追跡し、評価の指標とした。具体的には:

エピネフリンのみを用いた病院前心肺蘇生術(ドクターカーのPhaseI)による蘇生率および予後を対照群の蘇生率、予後と比較した。(図11
エピネフリン・アトロピン・リドカインの3種薬剤のみを用いた病院前心肺蘇生術(ドクターカーのPhaseII)による蘇生率および予後を対照群の蘇生率、予後と比較した。
ドクターカーにおいて行われたあらゆる医学的処置(ドクターカーのPhaseIII)による蘇生率および予後を対照群の蘇生率、予後と比較した。
CPA症例を内因性CPA症例と外因性CPA症例に分けて上記の評価を行った。

 〈評価の方法〉
心拍再開がなく、処置が次の段階に移行した場合、前の処置については、効果がなかったものと判断した(図2)。
統計学的解析は2×2分割表を用いたχ2検定にて行った。P<0.05を統計学的有意差ありと判断した。

図2 行った処置に対する効果の判定基準

また、参考として、上記の解析方法以外にも、以下の解析を行った。
(1)病院前での心肺蘇生術の効果を、エピネフリン群、エピネフリン・アトロピン・リドカイン群の介入群と救急車の対照群とで比較した。
(2)早期薬剤投与の効果を検証する目的で、介入群における薬剤投与後の蘇生率と対照群における病院搬送後の蘇生率を比較した。


V.【結果】

1.病院前CPA症例
 平成15年4月から同年10月までの病院前CPA症例は表3に示すとおりである。介入群(ドクターカー対応症例)は401例、うち目撃者のあった症例は162例であった。対照群(救急隊対応症例)は790例、うち目撃者のあった症例は272例であった。
 目撃者ありのCPA症例のみを対象とし、介入群と対照群で属性の比較を行った。結果を表4に示す。

 表3 症例の内訳
調査地域名 観察期間 CPA症例数 目撃者有り
(再掲)
目撃者無し
(再掲)
不明
(再掲)
船橋市 4〜10月 149 47 64 0
相模原市 4〜10月 282 74 208 0
吹田・豊中・箕面市 4〜10月 169 87 81 1
堺・高石市 4〜10月 224 99 125 0
中和広域 4〜10月 39 12 27 0
湖南広域 4〜10月 79 38 41 0
文京・台東区 4〜10月 44 16 28 0
品川区旗の台付近 4〜10月 205 61 111 33


 表4 介入群と対照群の属性の比較(目撃者ありのみ)
  介入群 162 対照群 272  
平均年齢 67.3歳 69.4歳 P=0.255 (t検定)
性別 男100(61.7%) 男169(62.1%)  
女62(38.3%) 女103(37.9%) P=0.933 (χ2検定)
原因 (注) 内因性120(74.1%) 内因性222(81.6%)  
外因性41(25.3%) 外因性44(16.2%) P=0.025 (χ2検定)
不明1(0.6%) 不明6(2.2%) (不明例除く)
  (注)介入群において内因性CPA120例中蘇生例は49例(40.8%)であるのに対し、外因性CPA41例中蘇生例は11例(25.0%)と、内因性の方が蘇生率が高い。一方、対照群においては、内因性CPA222例中蘇生例は52例(23.4%)であるのに対し、外因性CPA44例中蘇生例は14例(31.8%)と、有意差はないものの、外因性CPAの方が成績が良い。
 内因性と外因性で蘇生率の傾向が異なること、および介入群と対照群で内因性と外因性の割合が有意に異なることから、両者を併せて評価する場合は注意が必要である。


2.ドクターカーと救急隊の現場到着までの時間および病院到着までの時間
 ドクターカーと救急隊は、その性格上、現場到着までの時間、病院到着までの時間が異なる。以下に目撃者ありの症例について、それぞれの覚知から現場到着までの時間と病院到着までの時間を示す(表5図3)。

表5 目撃者ありの症例に対する覚知−現場到着時間、覚知−病院到着時間
  分析対象症例数 平均 標準偏差
覚知⇒現場到着        
ドクターカー 161例 14.1分 6.3分
救急隊 272例 6.2分 2.7分
覚知⇒病院到着        
ドクターカー 101例 46.4分 13.6分
救急隊 270例 28.4分 8.7分


図3
図3


3.全CPA症例における介入群と対照群の比較
  3-(1).蘇生率の比較

 表6-1 介入群のPhaseIまでの結果と対照群との比較
蘇生
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 39
(24.1%)
123
(75.9%)
0
(0.0%)
162
(100.0%)
対照群(救急隊) 67
(24.6%)
204
(75.0%)
1
(0.4%)
272
(100.0%)
 
オッズ比:0.965*
95%CI:0.613−1.520
p値:0.879
*不明例を除く
(目撃者あり症例)  


 表6-2 介入群のPhaseIIまでの結果と対照群との比較
蘇生
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 54
(33.3%)
108
(66.7%)
0
(0.0%)
162
(100.0%)
対照群(救急隊) 67
(24.6%)
204
(75.0%)
1
(0.4%)
272
(100.0%)
 
オッズ比:1.522*
95%CI:0.993−2.335
p値:0.053
*不明例を除く
(目撃者あり症例)  


 表6-3 介入群のPhaseIIIまでの結果と対照群との比較
蘇生
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 59
(36.4%)
103
(63.6%)
0
(0.0%)
162
(100.0%)
対照群(救急隊) 67
(24.6%)
204
(75.0%)
1
(0.4%)
272
(100.0%)
 
オッズ比:1.744*
95%CI:1.143−2.661
p値:0.010
*不明例を除く
(目撃者あり症例)  


  3-(2).1ヶ月生存率の比較

 表7-1 介入群のPhaseIまでの結果と対照群との比較
1ヶ月生存
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 15
(9.3%)
147
(90.7%)
0
(0.0%)
162
(100.0%)
対照群(救急隊) 16
(5.9%)
254
(93.4%)
2
(0.7%)
272
(100.0%)
 
オッズ比:1.620*
95%CI:0.778−3.372
p値:0.194
*不明例を除く
(目撃者あり症例)  


 表7-2 介入群のPhaseIIまでの結果と対照群との比較
1ヶ月生存
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 17
(10.5%)
145
(89.5%)
0
(0.0%)
162
(100.0%)
対照群(救急隊) 16
(5.9%)
254
(93.4%)
2
(0.7%)
272
(100.0%)
 
オッズ比:1.861*
95%CI:0.917−3.795
p値:0.084
*不明例を除く
(目撃者あり症例)  


 表7-3 介入群のPhaseIIIまでの結果と対照群との比較
1ヶ月生存
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 17
(10.5%)
145
(89.5%)
0
(0.0%)
162
(100.0%)
対照群(救急隊) 16
(5.9%)
254
(93.4%)
2
(0.7%)
272
(100.0%)
 
オッズ比:1.861*
95%CI:0.917−3.795
p値:0.084
*不明例を除く
(目撃者あり症例)  


〈参考〉
  3-(3).薬剤使用の有無と蘇生率の関連

 目撃者ありの全CPA症例を対象として、介入群の蘇生率と対照群における病院前の蘇生率を比較した。(薬剤を使わない心肺蘇生術の結果として、対照群における病院前での結果を用いた。)


 表8-1 介入群のPhaseIまでの結果と対照群の病院前の結果との比較
蘇生
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 39
(24.1%)
123
(75.9%)
0
(0.0%)
162
(100.0%)
対照群(救急隊) 16
(5.9%)
255
(93.8%)
1
(0.4%)
272
(100.0%)
 
オッズ比:5.053*
95%CI:2.717−9.398
p値:<0.001
*不明例を除く


 表8-2 介入群のPhaseIIまでの結果と対照群の病院前の結果との比較
蘇生
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 54
(33.3%)
108
(66.7%)
0
(0.0%)
162
(100.0%)
対照群(救急隊) 16
(5.9%)
255
(93.8%)
1
(0.4%)
272
(100.0%)
 
オッズ比:7.969*
95%CI:4.367−14.543
p値:<0.001
*不明例を除く


 表8-3 早期薬剤投与の効果
  目撃者ありの症例を対象として、介入群のエピネフリン投与以降の蘇生率と対照群における病院到着後の蘇生率を比較した。
蘇生
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 45
(33.3%)
108
(66.7%)
0
(0.0%)
148
(100.0%)
対照群(救急隊) 52
(20.3%)
203
(79.3%)
1
(0.4%)
256
(100.0%)
 
オッズ比:1.706*
95%CI:1.072- 2.713
p値:0.023
*不明例を除く


4.内因性CPAにおける介入群と対照群の比較
  4-(1).蘇生率の比較

 表9-1 介入群のPhaseIまでの結果と対照群との比較
蘇生
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 33
(27.5%)
87
(72.5%)
0
(0.0%)
120
(100.0%)
対照群(救急隊) 52
(23.4%)
169
(76.1%)
1
(0.5%)
222
(100.0%)
 
オッズ比:1.233*
95%CI:0.742−2.047
p値:0.418
*不明例を除く
(目撃者あり症例)  


 表9-2 介入群のPhaseIIまでの結果と対照群との比較
蘇生
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 43
(35.8%)
77
(64.2%)
0
(0.0%)
120
(100.0%)
対照群(救急隊) 52
(23.4%)
169
(76.1%)
1
(0.5%)
222
(100.0%)
 
オッズ比:1.815*
95%CI:1.117−2.950
p値:0.016
*不明例を除く
(目撃者あり症例)


 表9-3 介入群のPhaseIIIまでの結果と対照群との比較
蘇生
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 49
(40.8%)
71
(51.2%)
0
(0.0%)
120
(100.0%)
対照群(救急隊) 52
(23.4%)
169
(76.1%)
1
(0.5%)
222
(100.0%)
 
オッズ比:2.243*
95%CI:1.390−3.620
p値:0.001
*不明例を除く
(目撃者あり症例)

  4-(2).1ヶ月生存率の比較

 表10-1 介入群のPhaseIまでの結果と対照群との比較
1ヶ月生存
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 12
(10.0%)
108
(90.0%)
0
(0.0%)
120
(100.0%)
対照群(救急隊) 10
(4.5%)
210
(94.6%)
2
(0.9%)
222
(100.0%)
 
オッズ比:2.333*
95%CI:0.977−5.573
p値:0.051
*不明例を除く
(目撃者あり症例)


 表10-2 介入群のPhaseIIまでの結果と対照群との比較
1ヶ月生存
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 13
(10.8%)
107
(89.2%)
0
(0.0%)
120
(100.0%)
対照群(救急隊) 10
(4.5%)
210
(94.6%)
2
(0.9%)
222
(100.0%)
 
オッズ比:2.551*
95%CI:1.083−6.009
p値:0.027
*不明例を除く
(目撃者あり症例)


 表10-3 介入群のPhaseIIIまでの結果と対照群との比較
1ヶ月生存
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 13
(10.8%)
107
(89.2%)
0
(0.0%)
120
(100.0%)
対照群(救急隊) 10
(4.5%)
210
(94.6%)
2
(0.9%)
222
(100.0%)
 
オッズ比:2.551*
95%CI:1.083−6.009
p値:0.027
*不明例を除く
(目撃者あり症例)


〈参考〉
  4-(3).薬剤使用の有無と蘇生率の関連
 目撃者ありの内因性CPA症例を対象として、介入群の蘇生率と対照群における病院前の蘇生率を比較した。(薬剤を使わない心肺蘇生術の結果として、対照群における病院前での結果を用いた。)

 表11-1 介入群のPhaseIまでの結果と対照群の病院前の結果との比較
蘇生
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 33
(27.5%)
87
(72.5%)
0
(0.0%)
120
(100.0%)
対照群(救急隊) 13
(5.9%)
208
(93.7%)
1
(0.5%)
222
(100.0%)
 
オッズ比:6.069*
95%CI:3.048−12.086
p値:<0.001
*不明例を除く


 表11-2 介入群のPhaseIIまでの結果と対照群の病院前の結果との比較
蘇生
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 43
(35.8%)
77
(64.2%)
0
(0.0%)
120
(100.0%)
対照群(救急隊) 13
(5.9%)
208
(93.7%)
1
(0.5%)
222
(100.0%)
 
オッズ比:8.935*
95%CI:4.558−17.517
p値:<0.001
*不明例を除く


  4-(4).早期薬剤投与の効果
 目撃者ありの内因性CPA症例を対象として、介入群におけるエピネフリン投与以降の蘇生率と対照群における病院到着後の蘇生率を比較した。

 表12
蘇生
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 36
(33.6%)
71
(66.4%)
0
(0.0%)
107
(100.0%)
対照群(救急隊) 39
(18.7%)
169
(80.9%)
1
(0.5%)
209
(100.0%)
 
オッズ比:2.107*
95%CI:1.292−3.737
p値:0.003
*不明例を除く


5.外因性CPA症例における介入群と対照群の比較
  5-(1).蘇生率の比較

 表13-1 介入群のPhaseIIIまでの結果と対照群との比較
蘇生
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 11
(26.8%)
30
(73.2%)
0
(0.0%)
41
(100.0%)
対照群(救急隊) 14
(31.8%)
30
(68.2%)
0
(0.0%)
44
(100.0%)
 
オッズ比:0.786
95%CI:0.308−2.007
p値:0.614
(目撃者あり症例)

  5-(2).1ヶ月生存率の比較

 表13-2 介入群のPhaseIIIまでの結果と対照群との比較
1ヶ月生存
  有り 無し 不明 合計
介入群(Dr.カー) 4
(9.8%)
37
(90.2%)
0
(0.0%)
41
(100.0%)
対照群(救急隊) 1
(2.3%)
43
(97.7%)
0
(0.0%)
44
(100.0%)
 
オッズ比:4.649
95%CI:0.497−43.45
p値:0.192
(目撃者あり症例)


6.初期心電図波形と心拍再開

 6-1.ドクターカー症例(内因性CPA120例)

表14-1及び図4
  VT/VF PEA Asystole
エピネフリン投与前に心拍再開 10 (27.8%) 2 ( 5.3%) 1 ( 2.2%)
エピネフリン投与後心拍再開 6 (16.7%) 9 (23.7%) 5 (10.9%)
三種薬剤にて心拍再開 4 (11.1%) 3 ( 7.9%) 3 ( 6.5%)
他の処置・投薬にて心拍再開 0 ( 0.0%) 1 ( 2.6%) 5 (10.9%)
心拍再開せず 16 (44.4%) 23 (60.5%) 32 (69.9%)
36 (100%) 38 (100%) 46 (100%)

初期心電図波形と心拍再開 (ドクターカー症例)
初期心電図波形と心拍再開 (ドクターカー症例)の図


 6-2.救急隊症例(内因性CPA222例)

表14-2及び図5
  VT/VF PEA Asystole
病院前に心拍再開 12 (25.0%) 0 ( 0.0%) 1 ( 0.9%)
病院救急室にて心拍再開 10 (20.8%) 15 (26.8%) 14 (12.1%)
心拍再開せず 26 (54.2%) 41 (73.2%) 102 (87.9%)
48 (100%) 56 (100%) 116 (100%)

初期心電図波形と心拍再開 (救急隊症例)
初期心電図波形と心拍再開 (救急隊症例)の図


7.エピネフリン使用量と心拍再開率

 7-1.エピネフリン使用量と心拍再開率の関係

表15
エピネフリン
使用量(アンプル)
0 1 2 3 4 5 6 7以上
心拍再開率 52.0% 58.3% 50.0% 20.0% 45.5% 18.1% 14.3% 0.0%
(サンプル:目撃者あり症例114例)
エピネフリン投与の有無および投与量と心拍再開率について直接の比較の際は、慎重な解釈を行うことが必要である。エピネフリン投与量が0の症例において心拍再開率が52.0%と表現されると、「約半数の例は薬剤がなくても心拍再開する。」と誤って解釈される危険性がある。実際には、エピネフリン非投与例の中には、エピネフリンを投与しなくても心拍再開した比較的軽症例とエピネフリンを投与しても心拍再開の見込みがないと判断され、投与が行われなかった最重症例が約半数ずつ混在している。同様に「エピネフリン投与量が多いほど、予後が悪くなる」という解釈もできない。

 7-2.エピネフリン使用量とフエーズの関係

図6
図6
(サンプル:目撃者あり症例114例)
PhaseI:ドクターカー症例のPhaseIで使用されたエピネフリンの量
Total:ドクターカー症例において使用されたエピネフリンの総量


VI.【結果のまとめ】

 薬剤を用いた心肺蘇生術と蘇生率、1ヶ月予後の関係を表に示す。図7図8は、目撃者ありのCPA症例全体を対象としている。図9図10は、目撃者ありのCPA症例のうち内因性のものを対象としている。表中のA〜Gは以下のとおりである。

  A.病院前:薬剤使用なし病院:薬剤使用なし(参考)
B.病院前:薬剤使用なし病院:薬剤使用あり(救急隊搬送)
C.病院前:エピネフリンのみ使用病院:薬剤使用なし
D.病院前:エピネフリンのみ使用病院:薬剤使用あり(病院前使用の効果)(注)
E.病院前:エピネフリン、アトロピン、リドカインのみ使用病院:薬剤使用なし
F.病院前:エピネフリン、アトロピン、リドカインのみ使用病院:薬剤使用あり(病院前使用の効果)(注)
G.病院前:薬剤使用あり病院:薬剤使用あり(ドクターカー搬送)
(注)D、Fは測定できないため、本プロトコールではC、およびEで代用している。


全CPA症例 薬剤使用と蘇生率

図7 全CPA症例 薬剤使用と蘇生率

図7


全CPA症例 薬剤使用と1ヶ月生存率

図8 全CPA症例 薬剤使用と1ヶ月生存率

図8


  A.病院前:薬剤使用なし病院:薬剤使用なし(参考)
B.病院前:薬剤使用なし病院:薬剤使用あり(救急隊搬送)
C.病院前:エピネフリンのみ使用病院:薬剤使用なし
D.病院前:エピネフリンのみ使用病院:薬剤使用あり(病院前使用の効果)(注)
E.病院前:エピネフリン、アトロピン、リドカインのみ使用病院:薬剤使用なし
F.病院前:エピネフリン、アトロピン、リドカインのみ使用病院:薬剤使用あり(病院前使用の効果)(注)
G.病院前:薬剤使用あり病院:薬剤使用あり(ドクターカー搬送)
(注)D、Fは測定できないため、本プロトコールではC、およびEで代用している。


内因性CPA症例 薬剤使用と蘇生率

図9 内因性CPA症例 薬剤使用と蘇生率

図9


内因性CPA症例 薬剤使用と1ヶ月生存率

図10 内因性CPA症例 薬剤使用と1ヶ月生存率

図10


VII.【考察】

1.研究デザイン
 本研究は、病院前にて薬剤を用いた心肺蘇生術を行うことによって、院外CPA傷病者の蘇生率、1ヶ月生存率が向上するかどうかを検証することを目的としている。調査対象を、ドクターカー対応症例(介入群)と救急隊対応症例(対照群)とし、両者の比較で検証作業を行っているため、結果の解釈には十分な注意が必要である。
 救急救命士が病院前で薬剤を用いるということは、薬剤使用という技術的な選択肢を得るというだけではなく、救急隊の行動基準において、「速やかな病院搬送」から「速やかな心拍再開」へのシフトがもたらされることを意味する(図1)。両者はトレードオフの関係にあると考えられ、救急隊の行動基準の変化を無視することはできない。本研究では、「薬剤を用いた病院前心肺蘇生術の効果」といった表現を用いているが、これは薬剤自体の効果に「速やかな病院搬送」から「速やかな心拍再開」への行動基準の変化がもたらす効果をプラスして評価しているものである。
 本研究においては、病院前心肺蘇生術の効果を、エピネフリン1剤使用の場合と、エピネフリン、アトロピン、リドカインの3剤使用した場合について評価しているが、これらの効果の測定は実際上は不可能である。そのため、病院前にてエピネフリンのみを用いた心肺蘇生術にて心拍再開した例だけを「エピネフリンを用いた心肺蘇生術が効果有り」と判断し、病院前にて上記3剤のみを用いた心肺蘇生術にて心拍再開した例を「3剤を用いた心肺蘇生術が効果有り」と判断した。このことは、実際の効果が低く見積もられることを意味し、薬剤を用いた心肺蘇生術の効果を判断するときに最も注意を要する点である。
 本報告書では、CPA症例全体に対して行った分析の他に、内因性CPA症例のみの分析、および外因性CPA症例のみの分析についても報告を行っている。介入群は、対照群に比べて、内因性CPAに対する救命率が高いのに対し、外因性CPAに対しては逆に救命率が低くなっている傾向が見られることから、内因性と外因性を併せた分析よりも、それぞれについて別々に評価を行った方が適切と考えられる。

2.介入群と対照群
 介入群と対照群には、平均年齢、男女の割合に大きな差異はなかった。しかし、CPAをもたらした原因に関しては、内因性と外因性の割合において両者に統計学的に有意な差が認められた。対照群の外因性CPA症例の全体に占める割合は16%であるのに対し、介入群のその割合は25%である(表4)。この差異をもたらしている原因は明らかではないが、重症の外因性の症例の場合、ドクターカーが要請されやすいという可能性が指摘されている。
 ドクターカーと救急隊では、覚知から現場到着までの時間が異なる。介入群であっても先行救急隊が先に到着し心肺蘇生術を施行していることから、介入群の現場到着の遅れは、処置の遅れを意味するものではないが、覚知から病院到着までの時間は、介入群が平均46分であったのに対し、対照群では平均28分あり、救急隊においては速やかな病院搬送が行われていることが観察された(表5図3)。

3.内因性CPA症例に対する薬剤を用いた病院前心肺蘇生術の効果
 内因性CPA症例に対する薬剤を用いた病院前心肺蘇生術による蘇生率は、エピネフリン1剤使用、エピネフリン、アトロピン、リドカインの3剤使用、3剤プラス他の薬剤使用の順でなだらかに上昇している(図9)。救急隊対応症例の蘇生率を基準とした場合、薬剤を用いた病院前心肺蘇生術による蘇生率の改善は3種薬剤使用の段階で統計学的な有意差を認めている(表9-2)。エピネフリン1剤使用による蘇生率の改善に関しては、統計学的な有意差を認めていないが(表9-1)、このことはエピネフリン1剤使用が無効であることを意味するものではない。エピネフリン1剤でも対照群と比較して蘇生率は上昇していること、また、エピネフリン1剤使用の効果は、研究デザイン上、低く見積もられることを考えると、エピネフリンのみを用いた病院前心肺蘇生術でもある程度の効果は期待できると思われる。
 内因性CPA症例に対する効果を1ヶ月後の生存率でみた場合、薬剤を用いた病院前心肺蘇生術の効果はより顕著になる(図10)。
 また、病院前の介入群・対照群の比較においては、エピネフリン1剤使用、エピネフリン、アトロピン、リドカインの3剤使用の両群において、顕著な有意差を認めている。これは、心拍が再開して病院に運び込まれる症例は薬剤投与群の方が多く、薬剤そのものの薬理学的効果を顕著に現しているものと考えられる。しかしながら、この解析は、対照群において少しでも救急処置を行ったものについては心拍再開しなかったと取り扱われる可能性があることから、薬剤の薬理学的効果を過大評価している可能性が大きい。(表11-1表11-2
 なお、早期薬剤投与の効果の比較においては、薬剤投与を搬送中に行った場合と、病院到着後に行った場合の蘇生率を比較しており、有意差が見られていることから、早期の薬剤投与開始は蘇生率改善に効果があることが考えられる。(表12

4.外因性CPA症例に対する薬剤を用いた病院前心肺蘇生術の効果
 本研究においては、外因性CPA症例に限った場合、統計学的な有意差はないが、ドクターカー対応症例よりも救急隊対応症例の方が蘇生率に関しては高かった。この原因は明らかではないが、今回あらわれた結果は、外因性CPA症例はドクターカー対応症例で41例、救急隊対応症例で44例であり、あくまでも変動の範囲内にすぎない可能性があること、ドクターカーが対応した外因性CPA症例に回復困難な重症例が偏って存在したことが考えられる。全CPA症例における外因性CPAと内因性CPAの割合が、ドクターカー対応症例と救急隊対応症例で異なることからも、ドクターカー要請の段階で選択バイアスが存在している可能性がある。

図11 介入群におけるPhaseI、PhaseII、PhaseIIIの考え方

図11 介入群におけるPhaseI、PhaseII、PhaseIIIの考え方


図12 対照群における解析の考え方

図12 対照群における解析の考え方


図13 表8-3及び表12における解析対象(介入群)

図13 表8-3及び表12における解析対象(介入群)


図14 表8-3及び表12における解析対象(対象群)

図14 表8-3及び表12における解析対象(対象群)


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