園長からごあいさつ

国立療養所多磨全生園 鵜飼 克明

“入所者一人ひとりが心の安らぎを得て療養できる環境”を目指して

 国立療養所多磨全生園(ぜんしょうえん)のホームページをご覧いただきありがとうございます。

 当園は全国に13ある国立ハンセン病療養所の1つで、東京都東村山市の東北端に位置し、敷地は緑豊かです。しかも広大で東京ドーム約8個分の面積です。歴史は古く、1907年に制定された法律「癩予防ニ関スル件」に基づいて1909年に公立療養所第一区府県立全生(ぜんせい)病院として現在地に開設されました。1941年には厚生省に移管され、名称も『国立療養所多磨全生園』に変更されて現在に至っています。

 ハンセン病は「らい菌」という病原菌による感染症ですが、その感染力は極めて弱く、現在では有効な治療薬によって入院することなく治療できる「普通の病気」です。しかし疾患が正しく理解されず、そして有効な治療法のなかった時代には、感染を恐れるあまり患者は一般社会から隔離されることになりました。我が国の隔離政策は、前述の「癩予防ニ関スル件」が端緒となっていますが、この法律は“ハンセン病は伝染力が強い”という誤った考えを広める契機ともなりました。その後、1931年の「癩予防法」によって全ての患者を強制的に終生隔離することになり、さらには1953年の「らい予防法」においても隔離政策は継続され、謂われのない偏見と差別が助長されることとなりました。この隔離政策が廃止されたのは1996年の「らい予防法の廃止に関する法律」によってで、実に90年もの長い年月を要しました。この間、患者さんそしてご家族は多大な苦痛と苦難を強いられてきたのは言うまでもありません。隔離政策は廃止となりましたが、既に入所者の多くは高齢となり、また後遺症による重い身体障害を持っている人も多く、さらには社会における偏見・差別が残っていることもあって、退所することができない方が多数でした。

 1998年には「らい予防法」違憲国家賠償訴訟が熊本地裁に提訴され、2001年には原告が勝訴しました。これを契機として、2009年には「ハンセン病問題基本法」が施行されることになり、現在に至っています。基本法の骨子は、入所者に対して必要な療養を行う、入所者の意思に反して退所させてはいけない、医療・介護の体制整備に必要な措置を講ずる、良好な生活環境の確保を図る、などです。

 当園の入所者数は、ピークの1943年には1,518名でしたが、その後は年々減少し、10年前の2014年には223名、そして本年4月には95名にまで減少しています。高齢化も進み、入所者の平均年齢は10年前:83.7歳→本年4月:88.5歳となりました。現在入所されている方々は、治療によってハンセン病は治癒していますが、後遺症や合併症、さらには高齢化に伴う様々な疾患や心身の不調、そして様々な不安を抱えながら生活しています。もちろん、筆舌に尽くし難い辛い過去も背負っています。私たちは、このような入所者一人ひとりに寄り添い、心のやすらぎを得て療養できる環境を提供し、そして生きていることの充実感で満たせるように医療・看護・介護そしてライフサポートに努めています。

 最後になりましたが、多磨全生園は地元の東村山市の方々のみならず、多くの方々に開かれた施設です。園内には歴史的価値を持つ建造物や史跡が残っており、また緑あふれる自然もあります。どうぞ園内を散策し、当園の110余年にわたる歴史を感じ、さらにはハンセン病にまつわる問題に思いを馳せてください。そして4,000余名の眠る納骨堂にも立ち寄り、先人の霊に心寄せてください。当園に隣接して国立ハンセン病資料館もありますので、こちらにも足を運んで下さい。私たちが陥りやすい過ち、そして守られるべき人権、多様性を受け入れる寛容な心、などなどを考えさせる時間となることでしょう。

2024(令和6)年4月1日
国立療養所多磨全生園
園長 鵜飼 克明