国立療養所菊池恵楓園

入所者の自立および尊厳を

大切にする療養所へ

令和元年11月
園長  箕田誠司


    菊池恵楓園のホームページをご覧いただき、ありがとうございます。菊池恵楓園は令和元年に創立110年を迎えました。この機会にホームページの挨拶も2年ぶりに更新しました。

    さて、令和元年となった今年は6月にハンセン病家族被害裁判の判決があり、これを受け、7月に国も加害責任およびハンセン病に対する差別偏見除去に関するらい予防法廃止以後の活動不足を認めました。厚労省だけでなく、今回の裁判では法務省および文科省においても啓発活動が不十分であったことが指摘されました。入所者の皆様とそのご家族の皆様へ、改めて様々な被害に対するお詫びを申し上げるとともにハンセン病への差別偏見を社会から取り除いていく必要性を痛感しております。

    菊池恵楓園に限らず、現在まで110年を超える国立ハンセン病療養所の歴史は国の誤ったハンセン病政策により多くの患者達が苦難とともに翻弄され続けてきた歴史と大きく重なります。平成13年の違憲国賠訴訟判決は、昭和28年改正の「らい予防法」の違憲性を認めたものです。また、患者達に堕胎や不妊手術を強いた旧優生保護法の被害者への賠償問題の解決がはかられたのも、今年になってからでした。どちらも遅きに失した感は否めません。

    日本人におけるハンセン病の新規発症は久しくゼロと言って問題ありませんし、現在の菊地恵楓園は、新たな入所者もなく、11月8日時点で179名となり、平均年齢は84.4才の超高齢者施設となっています。この2年間にお亡くなりになった方々の平均年齢も90.6才でした。しかも遺骨になっても故郷に帰れない入所者はこのうち、半数ほどおられ、多くは園内の納骨堂に眠っていらっしゃいます。心よりご冥福をお祈り致しますとともに、入所しているハンセン病回復者の人権を正しく尊重した医療・福祉を通じて、同じ過ちが繰り返されないようなメッセージを発信していくことが我々の努めです。

    私も恵楓園に赴任して初めてハンセン病にこのような歴史があることを知り、また、多くの入所者の皆さんの経験を聞いて大変驚きました。現在の医の倫理からすれば、当然、唖然とする話ばかりでした。そして、誤った政策へ大きく影響した理由に、閉鎖的な療養所で閉鎖的なハンセン病医療を行っていた医師達とそれを支えた職員がいたことを知り、同じ医師としてこの歴史を知らなかったことを恥ずかしく思い、改めて医の倫理の有り様や偏見差別の複雑さを考え直す良い機会になりました。

    そもそもハンセン病は遺伝と間違われるくらい、感染しにくい、らい菌による慢性感染症で、ハンセン病療養所の長い歴史のなかでさえ、患者から感染し発病した職員は全くいません。そして、そのことは療養所の職員達も経験から知っていました。しかも、特効薬ができた昭和20年代以降は治癒する病気となっていて、新規患者は激減し、早期治療を行えば、後遺症もなく治り、恐れるような病気ではなくなっていましたが、平成8年までの43年間、「らい予防法」は廃止されることはなく、入所者の心と体を療養所に縛る法律でありつづけました。

    なぜ、ハンセン病患者さん達やその家族の皆さんが偏見や差別を受けたのか?なぜ、治る病気になってからも誤った政策が続いたのか?なぜ、堕胎や不妊手術に代表される多くの患者人権侵害が起こったのか?もっと他の対応はなかったのか?ハンセン病の歴史には多くの"なぜ"が存在しており、菊池恵楓園にはその疑問を考え、導かれるべき答えにたどり着くことのできる資料が残っています。できるだけ多くの皆様に恵楓園での研修に来ていただき、自ら見て聞いてその答を明らかにして下さい。多くの皆様にとって、様々な人権を理解するうえで、大切な気づきが得られることを確信します。