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広報誌「厚生労働」

特集1
一人ひとりの心がけが大切
抗生物質・抗菌薬の正しい使い方

風邪で医療機関を受診した際に「抗生物質・抗菌薬がほしい」と医師に頼んだり、処方してもらった抗生物質・抗菌薬を飲むのを途中でやめる──。こうした行動をとったことはありませんか? 実は今、抗生物質・抗菌薬の不適切な使用が原因で、自らの性質を変化させ、薬が効かなくなっている病原体が増えているのです。このままでは全世界で多くの人が、薬剤耐性(AMR)を得た病原体により命を落としてしまう可能性すらあります。そうした事態を防ぐために、私たち一人ひとりができることを考えてみましょう。

Part1 医学生が教える 風邪って何? 抗生物質・抗菌薬って?

どんな病気のときに、抗生物質・抗菌薬を使えばいいのか、不適切な使用がどんな問題を引き起こすのかを、抗生物質・抗菌薬の啓発を行っている学生団体「Smile Future JAPAN」代表の島岡佑典さんに教えてもらいましょう。


島岡佑典さん

東北大学医学部医学科6年/Smile Future JAPAN代表

Smile Future JAPANとは?

全国の医学生を中心に2015年度に結成された団体。100年後に抗菌薬を残し、未来の子どもたちの笑顔を守るためのプロジェクトを、仙台、東京、沖縄で行っている。仙台では、東北大学と東北医科薬科大学の学生約30人が参加している。第1回薬剤耐性(AMR)対策普及啓発活動表彰で薬剤耐性対策推進国民啓発会議議長賞を受賞した。

風邪やインフルエンザってどんな病気?

 私たち「Smile Future JAPAN」は、子どもたちとその親御さん向けに毎年、「さよならバイキンだいさくせん」(図表1)というイベントを行っています。これは、正しい抗生物質・抗菌薬の使い方を知ってもらうのが目的です。昨年、来場した方に、「風邪に抗菌薬が効かないことを知っていましたか」とアンケートをとったところ、「聞いたことはあったけど、あまりわからない」「まったく知らない」の回答を合わせると6割に上りました。また、「風邪をひいたときに、抗菌薬を飲みたいと思っていましたか」と尋ねたところ、9割以上の方が「飲みたい」と答えました(図表2)。

図表1 さよならバイキンだいさくせん

図表2 抗菌薬・抗生物質に対する認識

 しかし、抗生物質・抗菌薬は細菌に効くお薬で、ウイルスに効くお薬ではありません。ですから、風邪やインフルエンザにかかったときに飲んでも、効果はないのです。
 それを知るためにまずは、細菌とウイルスの違いについて見てみましょう。私たちの体は、たくさんの細胞でできています。たとえば、その一つで血液のなかを走っている赤血球は直径7〜8μmといわれています。細菌の一つである大腸菌は長さが2〜4μmで、厚さが0.4〜0.7μm。ウイルスの一つであるインフルエンザウイルスは直径0.1μmで、厚さが1万分の1〜1,000分の1ほどと、それぞれサイズが違っています(図表3)。当然、細菌とウイルスでは増え方も違います。

図表3 大きさの比較

 私たちの体をつくっている細胞は、一つひとつがエネルギーを利用して自分で増えることができます。細菌も同じような仕組みを持っているので、単体でも生きていけます。一方、ウイルスは単体では生き残ることができず、細胞などに入り込んで、それを利用して増えていくのです。
 もともと人間の体には、病原体がやってきたら排除する、免疫という働きがあります。その役割を持っているのが白血球で、体のなかをパトロールしながら病原体を見つけていきます。ウイルスが入り込んだ細胞を見つけたら、そのウイルスがさらに体のなかに広がらないように、細胞ごと包み込んでウイルスをやっつけます。免疫だけではやっつけることができない場合は薬でウイルスを減らして治るのをサポートします。
 風邪とは、上気道が感染したケースのことを総称する呼び方です。人は呼吸をしていますよね。吸った息が体の中を通っていく場所が気道で、気道のうち、上のほう(鼻や喉)を上気道といいます。上気道感染の原因は90%がウイルス性といわれています(※1)。ですから、細菌による感染の疑いがあるか見極めが重要です。単に風邪というだけで抗菌薬を医師に対して希望しないでくださいね。

抗生物質・抗菌薬が細菌をやっつける仕組み

 次に、抗生物質・抗菌薬がどのようにして細菌をやっつけていくのかを見てみましょう。人間の細胞と細菌は違いがいくつかあります。その違いを利用して、抗生物質・抗菌薬は、人間の細胞ではなく細菌に効く性質を持ちます。
 人間の細胞と細菌の違いの一つは、細菌はその形を保つために、細胞壁で覆われている点です。人間の細胞も細胞膜で覆われているのですが、細菌はその上をさらに補強するために細胞壁があるのです。抗菌薬の代表で、最初に見つかったペニシリンには細胞壁をつくれなくする働きがあります。これによって細菌を殺すことができるのです。
 子どもがかかりやすい病気で、抗生物質・抗菌薬が効く代表的なものというと、中耳炎(※2)や溶連菌感染症(※3)、細菌性肺炎があります。細菌性肺炎は文字通り「細菌」が原因となる肺炎で、「インフルエンザ桿菌」によるものが多いです。インフルエンザ桿菌は「インフルエンザ」という名前がついていますが、これは毎冬に流行するインフルエンザの原因であるインフルエンザウイルスとは全く違うもので、細菌です。普段から人の鼻やのどに住んでいる細菌で、風邪で体が弱ってしまったときに悪さをすることがあります。

抗生物質・抗菌薬を使い過ぎると……

 抗生物質・抗菌薬は細菌をやっつけてくれるのですが、使う必要がないときに使ったり、使い過ぎると悪い作用が起きてしまいます。
 たとえば、人の体のなかにはさまざまな細菌がいます。代表的なものでは、腸内細菌と呼ばれる細菌が、おなかのなかにいます。最初に出てきた大腸菌も、腸内細菌の一つです。これらの細菌がいるおかげで、私たちはうまく栄養吸収ができます。図表4を見てください。わかりやすくいうと、体のなかでさまざまな細菌がそれぞれ“領土”を持っています。悪い細菌がいても、周りには良い細菌がいて、領土を増やすことができないため、バランスよく栄養吸収ができています。しかし、必要がないのに抗生物質や抗菌薬を飲むと、良い細菌を殺してしまうことがあります。そうすると、今までひっそりと生きていた悪い細菌が領土を広げやすくなってしまい、結果として下痢などの副作用が出てしまうのです。
 また、細菌のなかには、抗生物質・抗菌薬に負けないように作戦を立てているものもあります。作戦が成功してしまうと、その細菌には抗生物質・抗菌薬が効かなくなってしまいます。このように抗生物質・抗菌薬に対して耐性を持つ細菌を薬剤耐性(AMR)菌といいます。図表4に戻り、図中の「悪い細菌」を「薬剤耐性菌」に置き換えてみましょう。抗生物質・抗菌薬を飲むことで、それが効かない薬剤耐性菌が増えやすい環境になってしまうことがわかると思います。このように抗生物質・抗菌薬を飲むことは、薬剤耐性菌を増やしてしまうリスクがあるのです。

図表4 抗生物質・抗菌薬の不適切な使用による影響

 有名な薬剤耐性菌としては、MRSA(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)があります。これは、私たちの体のなかにも住んでいる黄色ブドウ球菌が薬剤耐性を持ったもの。健康な人の場合は免疫が働くので、MRSAに対して抵抗できるのですが、入院している患者さんなど抵抗力が弱っている人の場合は感染してしまうことがあります。そのため、病院などで流行して問題になるケースも見られます。
 きちんと薬剤耐性菌への対策をとらなければ、感染でたくさんの人が亡くなる可能性があります。子どもはよく風邪をひきますよね。なぜなら、子どもは抵抗力が大人に比べて十分ではないうえ、集団生活を送ることが多いため、たとえばおもちゃを介して子どもの間でウイルスが広まることがあるからです。また、「手洗いをしてね」と言っても、手洗いせずにおやつを食べてしまうことがあるなど、予防が難しいことも挙げられます。同じように薬剤耐性菌も、子どもたちを中心に感染が広がるかもしれません。
 私が宮城県にある病院で実習をしていたときに出会った患者さんは、一番よく効くといわれている抗菌薬に対して耐性があるインフルエンザ桿菌にかかっていました。それに気がついて、ほかの適切な薬を投与したので大事には至りませんでした。
 また医療機関では、細菌性の病気の患者さんに、その原因である細菌に特に効く抗菌薬を処方しています。しかし、原因となる細菌を調べるには、実は時間がかかります。細菌性髄膜炎(※4)のような、急いで手当しなければならない病気の場合は、原因の可能性があるさまざまな細菌をやっつけることができる抗菌薬を投与します。もし、その抗菌薬に対して薬剤耐性菌ができてしまうと、その抗菌薬が効かず、患者さんは亡くなってしまうかもしれませんし、後遺症が残るかもしれません。
 抗生物質・抗菌薬を正しく使うことによって、こうしたケースを防ぐことができます。

未来の子どもたちのために今から始められること

 こうした薬剤耐性菌には、新しい抗生物質・抗菌薬をつくって対抗していけばいいと考える人もいるかもしれません。しかし、新しい薬をつくるのは、お金も時間もかかります。ですから、私たちが抗生物質・抗菌薬を適切に使い、薬剤耐性菌を増やさないようにすることが大切です。
 薬剤耐性菌を増やさないためには、「もらわない」「飲みきる」「あげない」ことが鉄則です。必要ではないときは抗生物質・抗菌薬を「もらわない」、もらった抗生物質・抗菌薬はきちんと「飲みきる」、そしてもらった抗生物質・抗菌薬は人に「あげない」ことです。
 もし医療機関にかかったときに、抗生物質・抗菌薬に対して疑問に思うことがあったら、ぜひ医師や薬剤師に質問してください。そして読者の皆さんには、未来の子どもたち、未来の世界のために、抗生物質・抗菌薬を適切に使うように意識してもらいたいですね。

※1 一般に「風邪」という場合は、狭義では上気道に感染が起きる「急性上気道感染症」を指すが、広義では「上気道から下気道感染症」を含める。さらに、気道への感染だけではなく、発熱や倦怠感など、さまざまな体調不良を感じた場合に患者が「風邪」と訴えることがあるため、その内容を聞き、原因などを診断したうえで、医師は抗生物質・抗菌薬の使用を検討する。

※2 耳に細菌が入って粘膜に炎症を引き起こす病気で、激しい痛みや発熱などの症状が現れる。子どもが多くかかる。

※3 A群溶血性連鎖球菌が原因で起きる病気。発熱や喉の痛みなどの症状が生じるほか、合併症を引き起こすこともある。

※4 脳と脊髄をおおっている髄膜に細菌が侵入することで起きる病気。原因となる細菌はさまざまで、発症した場合は、死ぬ可能性が高いうえ、助かっても重篤な後遺症が残ることがある。

Column 1 「ワンヘルス・アプローチ」で薬剤耐性菌の拡大を防ぐ

 薬剤耐性は、人だけの問題ではありません。日本全体の抗菌薬の使用量(2011年)のうち58%が、動物用医薬品・飼料添加物と動物向けに使われています。家畜に抗菌薬を使い過ぎると、消化管内や皮膚などに薬剤耐性菌を発生・保持し、糞尿と一緒にそれらを排出して周囲の環境に薬剤耐性菌を広めてしまいます。また、ペットとして飼われている動物から人に薬剤耐性菌がうつることもあります。
 さらに、抗菌薬は農業分野でも使われています。薬剤耐性菌が付着した食肉や農作物を食べることで、人に薬剤耐性菌が広がる可能性も。そのため、人だけではなく、動物や環境などの衛生管理に携わる人々とも連携して薬剤耐性対策を進めることが必要です。こうした連携による取り組みを、「ワンヘルス・アプローチ」と呼んでいます(図表)。

図表 ワンヘルス・アプローチ

Column 2 薬剤耐性対策は地球規模の課題

 薬剤耐性の問題を放置しておくと、どうなるのか。その答えとなるのが、「薬剤耐性(AMR)に起因する死亡者数の推定(オニールレポート)」です(図表)。2013年時点では、薬剤耐性が原因の死亡者数は少なく見積もって約70万人ですが、何も対策をせず、耐性率が現在のペースで増加したら、2050年には死亡者数が1,000万に上ると推定されています。これは、現在のがんによる死亡者数を超える数です。大半の死亡者はアフリカとアジアで発生すると考えられています。
 世界的に見ても、先進国では主な死因が感染症から非感染症に移行しているため、新たな抗生物質や抗菌薬の開発が減っています。一方で、その他の国では多剤耐性・超多剤耐性結核、耐性マラリアなど、薬剤耐性菌による感染症が拡大しています。
 そこで、2015年5月に世界保健機関(WHO)は総会で薬剤耐性に関する国際行動計画を採択。WHO加盟国に対して、今後2年以内に自国の行動計画を策定するように要請しました。
 将来の世界のためにも、日本が国際社会と一緒に薬剤耐性対策に取り組むことは、非常に重要なのです。

図表 薬剤耐性(AMR)に起因する死亡者数の推定(オニールレポート)

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