人材による成長を導くために
「職業能力開発の今後の在り方に関する研究会」報告書


平成17年5月
厚生労働省職業能力開発局



目次


はじめに

I  職業能力開発の現状と課題
 現状
(1)  職業能力開発の現状
(2)  踏まえるべき社会・経済情勢の変化
(1)  労働力の供給面の変化
(2)  労働力の需要面の変化
 課題
(1)  基本的考え方
(2)  職業能力開発の社会的必要性、意義
(3)  関係者に求められる役割・課題
(1)  個人
(2)  企業
(3)  教育訓練機関
(4)  行政
(5)  その他

II  今後の施策の方向性
 教育訓練の実施及びその機会の提供に関する支援
 職業能力評価制度
 職業能力開発を行うに当たっての相談・情報提供
 その他
(1)  若年者の職業能力開発支援の充実
(2)  生涯を通じた職業能力開発の取組みの推進
(3)  技能継承への対応
(4)  国際協力


参考資料



はじめに


 これからの日本では就業人口が減少するとともに、個人の職業生活が長期化することが見込まれている。それだけに、働く人一人一人がその生涯を通じて、能力を高め、発揮できるような社会の形成がきわめて重要となる。これにより我が国社会の活力が維持され、その発展が支えられることにもなる。
 日本においては、バブル崩壊後経済の長期停滞が続いていた間、企業による人材育成への投資は減少傾向にあった。また個人は能力開発への意欲が高いものの、時間面・金銭面に余裕がないため十分に取り組むことができない状況にある。知識に基盤をおく経済社会の発展により、国際的な人材開発競争が活発化しているにもかかわらず、しかも人材こそが大きな資源であったはずの我が国で、このような状況が続いていることはまことに憂慮すべきことである。個人、企業、社会の活力を維持・向上させていこうとするとき、人材育成、能力開発の重要性はいくら強調してもしすぎることはない。
 今後、日本社会が様々な変化の中でその活力を維持し続けるとともに、雇用の安定を図り、社会的な公正・公平を実現するためには、かけがえのない重要な資源である人材への投資を強化し、人材による成長を実現すべきである。個人も企業もこれまで以上に能力開発に取り組んでいく必要がある。また、国、地方公共団体は、そのための環境整備を連携・協力して進めていく必要がある。
 人材育成は、投資をしてもすぐにその成果が得られるとは限らない。しかしながら、我が国が大きな転換点にある今こそ、将来に向け、その基盤を整備し、人材による成長を導くために一層の投資をしていくことを社会全体の共通認識とすべき時期にある。それだけに、経済・社会構造が大きく変化している中で、新たな視点から能力開発の進め方についてあらためて検討する必要がある。
 本研究会ではこのような観点から、今後、知識社会化、グローバル化、人口減少などをはじめとした我が国を取り巻く様々な変化に対処しつつ、個人や企業をはじめとした様々な関係者がどのように職業能力開発に取り組んでいくべきかについて議論した。今後、本報告書を契機として、個人、企業、関係者それぞれが意欲的に能力開発の課題に取り組むことにより、有意義な職業生活が営まれる社会となることを期待する。


平成17年5月
 職業能力開発の今後の在り方に関する研究会



I  職業能力開発の現状と課題

 現状

 (1)  職業能力開発の現状

   我が国の職業能力開発の現状をみると、バブル崩壊後経済の長期停滞が続いていた影響も受け、企業による人材育成への投資は減少傾向にあった。企業の人材育成への投資である労働費用に占める教育訓練費は、1990年代と比べ約1000億円減少している(参考資料 )。また、企業による教育訓練の中核をなすOff-JTや計画的OJTの実施もここ数年は低下傾向にある。企業が能力開発に積極的ではない理由としては、時間の不足、指導する人材の不足をあげる割合が高い。
 従来、企業における職業能力開発は教育訓練を実施するということだけでなく、日々の仕事や人事配置等企業における様々な場面も通じながら行われてきたところである。このような企業の総合的な人材育成機能が最近低下してきているのではないかという指摘もあるが、これは、近年、企業における業務効率化に伴う人員の縮小や短期的な成果志向等も影響していると考えられる。
 企業はこれまで、OJTを重視して教育訓練に取り組んできた。この方針は当面維持されるものと見込まれる。Off-JTの実施方法についても、引き続き、社内で実施する方針という企業が多い。しかしながら、外部委託・アウトソーシングを進めるとする企業も約4割を占めるに至っている(参考資料 )。
 企業の行う職業能力開発の対象者については、正規労働者と比べ、非正規労働者を対象としている企業は約半数にとどまっている(参考資料 )。多くの労働者は今後の自分の知識・技能を高めたいと思っており、パートタイム労働者等でもその意欲はいわゆる正社員と大きく変わらないものの、実際にパートタイム労働者等に教育訓練を実施している事業所の割合は低い(参考資料 )。
 また、職業に必要となる技能や能力の評価に関して、自社において作成した評価基準や、既存の各種資格に基づく職業能力評価の実施状況を尋ねたところ、半数近くの企業が実施(参考資料 )しているとともに、今後の導入意向については、6割以上の企業が職業能力評価制度の導入に前向きである(参考資料 10)。一方で、現行の職業能力評価制度に関して、「全部門・職種で公平な評価項目の設定が難しい」、「評価者が評価基準を把握していないため、評価内容にばらつきが見られる」などの問題があると考えている企業も多い。
 さらに、企業が労働者に対して求める能力をどのように知らせるかについては、「日常の仕事を通して」や「人事評価制度の運用を通して」とする企業が多い。また、労働者にキャリア形成を考えてもらう場については、「上司との面談」とする企業が最も多い。なお、大企業でもキャリア・コンサルティングがすでに導入されていると回答しているのは約3割(参考資料 14)にすぎず、社内でキャリアの相談やアドバイスを「十分受けることができる」、「ある程度受けることができる」とする労働者も約3割(参考資料 15)にすぎない。
 能力開発の責任主体について、労働者個人の責任と考える企業はこれまでは約3割だったものの、今後については約5割の企業が労働者個人の責任と考えている(参考資料 16)。キャリア設計の自己責任化の必要性についても、企業の9割弱が必要と考えている(参考資料 17)。
 労働者について見ると、これまでと比較し、今後については、自分で職業生活の設計をよく考えたいとする割合が大幅に増加するなど、職業能力開発に対する意欲は高いが、現実、自己啓発に取り組む労働者は約3割にとどまっている(参考資料 19)。労働者が能力開発を行うに当たって、忙しくて自己啓発の余裕がない、費用がかかりすぎる、休暇取得・早退などが会社の都合でできないといったことを問題点としていることに留意する必要がある。
 また、従来から、企業の行うOff-JTや労働者の自己啓発、公的な教育訓練機会の提供等に当たっては、専修学校等の民間教育訓練機関が活用されてきたところである。専修学校の受講者数は約80万人に上っているとともに、最近では社会人で大学院に入学する者の増加や専門職大学院が増加している等多様な教育訓練資源が増えており、今後、さらに、その役割が高まるものと予想される。


 (2)  踏まえるべき社会・経済情勢の変化

  (1)  労働力の供給面の変化

   我が国の総人口は2006年にピークに達した後、長期の人口減少過程に入ると予想されており、生産年齢人口は2010年以降大幅に減少していくことが見込まれている。(参考資料 2223
 また、いわゆる「団塊の世代」(1947年〜1949年生まれ)は、2007年に60歳に、2012年に65歳に到達し始める。(参考資料 25)これらの者の中には、長年にわたり技能労働者として現場を支えてきた者も多く、今後一斉に定年を迎えることにより、我が国のものづくり分野にどのような影響を与えるか、特に技能継承や安全衛生の確保の観点から問題視する声も多い(いわゆる「2007年問題」)。ものづくり分野における企業においては、人材について余剰気味と答えたところはわずかであり、特に開発部門の技術者を不足とする企業が多い状況にある。また、その人材の能力レベルについては、過半数の企業が懸念を感じている。
 若年者の雇用については厳しい状況が続いている。15〜24歳層の失業率は10.3%と全体の4.5%と比べ高い状況にある(平成17年3月)。さらに最近では不安定な就労を繰り返しているフリーターの増加に加え、ニート(NEET)と呼ばれる若年無業者も増加しているなどの問題が指摘されており、若年者が自らの可能性を高め、それを活かす場が不足している。これは、労働需要の不足等による求人の減少に加え、求人がパート・アルバイトと高度な技能・知識を要するものに二分していること等により、労働力需給のミスマッチが拡大していることや、将来の目標が立てられない、あるいは、目標を実現するための実行力が不足している者が増加していることなど様々な要因があると考えられる。
 他方においては、働き盛り世代の30代で、常用労働者のうちの長時間働く労働者の割合が上昇している。労働者が職業能力開発を行うに当たっての問題点として時間の不足が指摘されており、今後、職業生活を通じた職業能力開発の取組が一層求められるとすれば、このような問題についても考慮する必要がある。
 また、労働者の就業意識は、若年者を中心として変化してきており、職業選択に当たっても、自己の能力発揮の可能性や仕事への充実感がこれまで以上に重要視される等の変化が見られるところである。
 さらに、今後は、高齢化の進展に伴い、職業生活が長期化するものと考えられる。このため、労働者は職業生活を通じて、自己の目的を定め、職業の選択や職業能力開発を通してその目的が実現できるよう、計画的に取り組んでいく必要性がさらに増すものと考えられる。


  (2)  労働力の需要面の変化

   IT等の技術革新の進展や経済のグローバル化等は我が国の産業構造に大きな変化をもたらしている。その結果、企業全体の戦略・組織が大きく変化し、これに伴い、人事戦略や人材育成方針にも大きな変化が生じている。このような変化が企業の求める人材・能力にも大きく影響している。
 また、内閣府「国民経済計算」によれば、国内総生産(産業計)に占める第3次産業の割合は1990年代だけで10%ポイント以上上昇し、2002年時点で69.0%(名目ベース)を占めるまでに至っている。就業者の面でも、医療、社会福祉、情報サービス・調査といった業種で大幅に増加するなど、第3次産業、中でもサービス産業化が進展している状況にある。
 さらに、総務省「労働力調査」によれば、非正規労働者数は、1993年の986万人から2004年には1,555万人へと大幅に増加するなど、雇用労働者全体の約3割を占めるまでになり、雇用形態の多様化が進んでいる。
 このような変化の中で、企業が労働者に対して求める職業能力が高度化・多様化しているとともに、中途採用する者を中心に企業の即戦力志向が高まっている。また、賃金体系について年功を重視した体系を見直し、能力主義・成果主義的に運用していくことを検討している企業が多い。また、現実の経営環境の厳しさ、先行きに対する不安感の高まり、事業変化の激しさなど、企業を取り巻く環境が大きく変化している中で、長期的な視野に立った人材育成よりも短期的な成果主義や即戦力を志向する傾向が強まり、結果的に企業内における戦略的・本格的な職業能力開発への取組は減少傾向にあることが懸念されている。


 課題

 (1)  基本的考え方

   上記のような現状を踏まえ、我が国における職業能力開発に関する課題を整理すると以下のとおりである。
 第1に、我が国においては、今後人口が減少していくことが見込まれているが、このような中で、我が国社会の活力を維持するためには、働く者一人一人がその能力を高め、十分発揮することにより、社会全体で労働生産性を高めるとともにより多くの者が社会を支えていく側にまわることが必要である。このため、我が国の重要な資源である人材への投資を強化していくことが求められている。
 今まで以上に、企業も個人も積極的に職業能力開発に取り組んでいくことが必要であり、その際には、企業主導なのか個人の自発的な職業能力開発なのかと二者択一で決めるのではなく、両者が適切に役割分担をし、連携・協力しつつ、職業能力開発の意義や目標を確認しながら効率的・効果的に行っていくことが重要である。
 第2に、人材投資は、個人や企業にとってのみでなく、社会全体にとっても、経済活力の活性化や雇用機会の創出につながるなどの大きなメリットのあるものであり、社会全体として能力開発を進める必要性に対する共通理解を深める必要がある。その上で、国や地方公共団体は、企業や労働者が行う職業能力開発を積極的に支援し、そのための環境を整備する必要がある。
 また、社会全体として能力開発に取り組む際に、求められる人材の能力等を明確に示し、より効果的な人材投資を促進する必要がある。過去、IT技術の普及期においては、政策全体としてIT関連能力の育成に努めたが、今後も同様に、能力開発に関する国家的な展望(ビジョン)と目標(ミッション)を設定することが求められると考えられる。
 さらに、この問題に関連して、いわゆる「2007年問題」が間近に迫っている。2007年問題はものづくり分野のみならず、我が国産業全体としても大きな問題であり、今後、中国やASEAN諸国の台頭する中で激しさを増す国際競争にも対応していくためには、次代を担う基盤となる人材に、着実に技能を継承することにより、我が国産業の活力を維持していくことが喫緊の課題となっている。
 第3に、企業における能力開発に関しては、これまで職業能力開発の多くの部分について企業が担い、OJTを中心としてOff-JTと組み合わせる形で取り組まれてきた。また、企業は意識的に、あるいは無意識に、日常業務や人事配置等様々な場面を通じて、労働者に対する職業能力開発を行ってきた。しかしながら、最近は、経営環境の厳しさや事業変化の激しさ等を反映して、企業の人材育成への取組が減少傾向にあり、能力開発の機能が弱まっているのではないかといった問題点が指摘されている。このような状況や、能力開発を指導する人材の不足を訴える企業も多いといったことも踏まえた対応が要請される。
 第4に、今後、長期化が予想される職業生活への対応も課題となる。個人が長期にわたり能力を十分発揮できるようにするとともに、求められる能力が高度化・多様化するなど常に変化しており、このような状況への対応が課題となる。これまでの企業外部での職業能力開発は、どちらかといえば短期的に成果の出る資格の取得促進や再就職のための職業訓練の実施が中心だったが、今後は、社会の変化に伴い間断なく求められる追加的な知識・技能や理論の習得、思考行動特性の強化といった能力開発も重要になる。
 また、自己啓発が効果的に行われる必要があり、それに資するような、例えば労働市場の動向に関する情報の提供や、能力開発機会の確保等が社会的に求められる。
 第5に、従来、学卒後正規労働者として長期的に雇用されるという形態が一般的であったが、近年、パート労働者等の増加など、雇用形態の多様化に加え、起業、ボランティアなど、雇用形態以外の働き方も増加していることにも留意する必要がある。パート労働者等は、従来の企業による能力開発のみでは十分な教育訓練機会を得られない場合が多く、このような者について、如何に教育訓練機会を確保するかという課題に対し、より積極的に対応する必要がある。
 第6に、最近著しい増加が指摘されるフリーターやニートといわれる若年無業者への対応が必要である。若年者のこのような状態を放置することは、本人の職業能力形成のみならず、社会全体の人的資本形成という観点からも問題である。若年者については、学校教育の時期から職業意識形成に配慮し、フリーター、ニート等の状態に陥らないための方策を工夫することが必要であるとともに、そのような状態から脱出する機会が幾度も提供できるよう、社会全体として取り組む必要がある。
 また、新規学卒者のうち、正規労働者として雇用される若年者も減少している。非正規労働者に対する職業能力開発機会が正規労働者と比べ少ない現状を踏まえると、職業能力開発という観点からも、正規労働者としての就職を希望する若者の希望に応えるための対応が課題となっている。
 第7に、能力開発分野での国際協力があげられる。これまでもこの分野での協力を進めてきたが、国際協調や、我が国の経済的安全保障の面からも引き続き国際協力に取り組んでいく必要がある。


 (2)  職業能力開発の社会的必要性、意義

   個人や企業を始め、全ての構成員が今後積極的に職業能力開発に意を払うような社会を作るためには、職業能力開発の関係者のみならず、社会全体として能力開発の必要性や意義について十分認識することが重要であり、またそのことが能力開発を進めるインセンティブにもなる。
 経済社会の様々な変化の中で、労働者は、的確な職業能力開発を行うことで、自らの職業の安定や地位の向上を実現することが可能となり、ひいては帰属する組織や社会の活性化につながる。その意味では、職業能力開発は個人にとってはもちろんのこと、企業、社会にとっても、変化する環境に対応して自らを持続させていくための最大のセーフティネットといえるものである。
 労働者にとっての職業能力開発は、経済社会が変化している中において、労働市場における個人の雇用可能性を高め、職業の安定、社会的な公正・公平の実現につながるものであり、とりわけ若年期における能力開発とは、教育から就業への円滑な移行を進め、その後の職業生活の基礎を形成するための職業意識形成まで含めたものとして捉えられるべきである。さらに、今後、高齢化が進行していく中で、労働者の職業生活が長期化していくと考えられるが、生涯を通じて、生活とのバランスも踏まえつつ自己の目的を定め、職業の選択、職業能力の開発・向上のための取組を計画的に行っていくことが、自己の能力を十分に発揮し、充実した職業生活を送ることに資するものと考えられる。人々が社会の中で働くことを通じた自己実現を図っていくために職業能力開発の意義は大きい。
 企業にとっては、技術革新の進展、グローバル化等企業を取り巻く環境が変化している中で、労働生産性を高めていくための取組がより一層重要になってきている。企業が職業能力開発に積極的に取り組むことは、企業内の人材の質の向上、労働生産性の向上を通じて、競争力の強化につながるものと考えられる。採用に関する方針と企業業績との関係について見ると、新規学卒者の採用を重視している企業の方がそうではない企業より一人当たりの経常利益が高い傾向にあり、さらに、新規学卒者の採用を重視している企業の中でも、人材の社内育成を重視している企業の方が、一人当たりの経常利益が高くなっている。また、職業能力開発を積極的に行うことは、優れた人材の確保に資するとともに、労働者本人のモチベーションや適応力を高めるとともに、企業にとって業務の効率化につながるなど、大きなメリットがあるものと考えられる。
 さらに、若年者を中心として雇用環境が厳しい状況の中で、企業が積極的に労働者を受け入れ、人材育成に取り組むことは、企業が社会の一員としての使命を果たしていく上で大きく評価されるべきものである。このような取組をさらに積極的に推進していく観点から、職業能力開発に取り組む企業が社会的にさらに評価されるようにしていく必要がある。
 職業能力開発は労働者や企業にとって効果があるだけではなく、その結果、社会全体としての生産性向上や新たな雇用機会の創出、社会的な公正・公平の実現につながるなど、社会としても大きな利益を享受するものと考えられる。今後、我が国の人口が減少していく中で、我が国社会の活力を引き続き維持していくためには、多くの者が社会を支える側にまわるとともに、労働生産性を高めていくことが重要であり、我が国において重要な資源である人材への投資を強化していくことが社会の安定のためにも求められている。


 (3)  関係者に求められる役割・課題

  (1)  個人

   企業を取り巻く環境が変化し続けていることは企業の人材育成方針にも大きな影響を与えており、企業が求める人材・能力も多様化している。このような変化の中にあっては、企業による一律的な能力開発だけでなく、個人がその能力、適性、知識、経験、関心などに応じて主体的に能力開発に取り組むことが必要となっている。
 また、人口減少社会の中で我が国の活力を維持していくためには、より多くの者が社会を支える側になることが必要である。このことは、職業生活が長期化していく中で、労働者個人が能力を発揮し、充実した人生を送ることにも資するものとなる。その際には、それぞれの個人が、キャリア・デザインの視点から、選択するライフスタイルに合わせ、起業やボランティアなども含めた様々な働き方を念頭においた上で、職業生活の節目毎にこれまでの経験や能力を振り返りつつ、自らの職業生活における目標を踏まえ、職業の選択や職業能力開発を行っていくことが重要である。また、若年期に集中的に能力開発を行うのみならず、中長期的かつ継続的に生涯にわたってこれを行っていくことがより必要になってくると考えられる。
 若年者については、職業観の形成や働く意欲の喚起が不可欠であり、そのため企業や家庭、行政からのしっかりとしたサポートが不可欠ではあるものの、若年者個人も主体的かつ意欲的に能力開発に取り組む必要がある。
キャリア・デザイン(キャリア権)について
 キャリア権とは、職業生涯を通じたキャリア・デザインに関する概念であり、「キャリア形成を支援する労働市場政策研究会報告書」(平成14年7月)では、次のように記されている。
 「キャリア権の議論は、働く人の一生(ライフ・キャリア)に大きな位置を占める職業キャリア(職業経歴)を法的に位置づけ、概念化しようとする試みであり、これを核に労働法全体の意義を見直そうとする流れである。
 キャリア権(職業に関する狭義のもの)は、人が職業キャリアを準備し、開始し、展開し、終了する一連の流れを総体的に把握し、これら全体が円滑に進行するように基礎づける権利である。
 法的根拠としては、個人の主体性と幸福追求の権利(憲法13条を基底とし、生存権(同25条)、労働権(同27条)、職業選択の自由(同22条)、教育権(同26条)などの憲法上の規定を職業キャリアの視点から統合した権利概念である。
 キャリア権は、性格的に、理念の側面と具体的な基準の側面とを合わせ持つ。理念の面では、例えば、雇用対策法や職業能力開発促進法等において、労働移動の活発化や求められる職業能力の急激な変化等の新たな事態に対応したキャリア支援策の根拠づけとして議論を深めていく必要がある。
 また、基準の面では、教育訓練、配置転換、出向等の場面での援用やパートタイマーのキャリアアップやキャリアについての男女機会均等を進めていく論拠となることが考えられる。
 もっとも、現状では理念の域を大きく出ていないところであり、就労請求権(具体的に仕事に就かせるよう請求できる権利)や配置・転換・出向などを律する基準としてただちに効力を持つものではない。
 今後、上記のように、キャリア形成を促進する雇用政策を促進していく根拠づけや、実務上や解釈論において、個人の職業上の諸問題について、キャリアの視点で捉え、法律的に磨かれていくことが望まれる。」


  (2)  企業

   職業能力開発の成果は一義的には仕事を通して現れてくるものであり、今後とも企業は職業能力開発の主要な担い手としての役割を果たす必要がある。その際には、事業主は、長期的な視点に立ち、雇用する労働者に対し、OJTも含めた職業能力開発に積極的かつ計画的に取り組むことが重要である。とりわけ、OJTは今後も企業内の能力開発の重要な部分を占めるが、OJTを担う現場の管理者や上司が計画的なOJTを行いやすくするため、人員配置等雇用管理面での配慮も求められる。
 また、自己啓発への取組も必要となっている側面はあるものの、労働者自身は、自己啓発に当たっての問題点として、「やるべきことがわからない」、「セミナー等の情報が得にくい」、「自己啓発の結果が社内で評価されない」等もあげており、単純に能力開発の責任主体を従業員個人とするだけでは効果的な職業能力開発が行われない可能性が高い。企業は、労働者が職業能力開発に取り組みやすい環境を整備するとともに、どのような能力や成果を発揮することを期待しているのかを示し、そのためにどのような取組が必要か、取り組んだ結果をどう評価するのかといった点について、労働者の求めに応じ、あるいは職業生活の節目毎に示すなどの取組を行うことが、今後はさらに必要となってくると考えられる。
 他方、労働者が職務に関する職業能力開発のみならず、自己啓発も含め様々な能力開発に積極的に取り組むことは、労働者本人のモチベーションや適応力を高めるとともに、優れた人材の確保にも資するなど、企業にとっても直接的・間接的に効果があると考えられることから、企業は労働者が能力開発を行いやすい体制を整備するなど、必要な支援を行うよう努めることが必要である。
 さらに、事業主等が自らの資源を提供しあい、雇用する労働者以外の種々の者に対しても教育訓練を行う、あるいは地域の事業主が集まって、共同で訓練を行うことは、労働者の職業上の可能性を広げ、企業の活力を増すという点で有益なものであり、企業がこのような取組を進めることも今後必要になってくるものと考えられる。
 加えて、企業は、社会の一員としての責任を果たすという観点から、若年者などの内で職業能力開発を行う機会が少ない者に対し、実践的な職業能力を習得させるため、例えばデュアルシステム等の職業訓練を積極的に受け入れるなどの取組を行うことも、今後より重要となってくる。
 企業の行う労働者に対する具体的な支援としては、金銭的な支援のほか、例えば自己啓発を行いやすくするための労働時間上や教育訓練のための休暇付与等の配慮など、時間面の配慮を行っていくことが不可欠である。さらに、社内にキャリア・コンサルタントを配置するなどにより、労働者が職業能力開発を行っていくために必要な相談・支援を行うための体制を整えるとともに、労働者に対するOJTの実施に関して大きな役割を担う現場の管理者や上司がどのような取組を行うべきかについて認識させ、具体的な手法について情報提供することも重要である。また、企業がこのような能力開発を積極的に行い、労働者を支援する際には、より体系的・効果的に行う観点から、職業能力開発推進者を活用することが不可欠である。


  (3)  教育訓練機関

   社会における職業能力開発を推進するに当たっては、多様な教育訓練機関による、個人や企業の多様なニーズに合った教育訓練機会の提供が重要である。
 能力開発の各場面において、既に様々な形で民間教育訓練機関が活用されており、官民の役割分担の原則も踏まえれば、民間教育訓練機関が引き続き積極的に活動することが重要である。
 また、今後は、企業の求める能力の高度化・多様化や個人の職業生活の長期化などの変化にも対応した職業能力開発機会の提供が必要となる。そのため、教育訓練機関においても、組織的に個人や企業のニーズを汲み取るとともに、教育訓練機関が行う教育訓練の内容について、利用者である個人や企業に情報提供していくといった取組が今後は重要である。
 さらに、より個人の自発的な、中長期的な視野に立った教育訓練に対するニーズの増加にも応えるため、専門職大学院も含めた、大学・大学院等の高等教育機関の活用等、社会全体が有する様々な教育訓練資源の有効な活用が必要になる。
 また、個人が能力開発を行いたいと思ったときに、いつでも学習できるよう、インターネットの活用も含め、身近な場で教育訓練機会を提供できるようにすることが重要であり、既存の公的施設や民間資源も活用して、教育訓練のための社会的なインフラを整備する必要がある。


  (4)  行政

   職業能力開発の効果は、個別の労働者と企業にメリットがあるだけではなく、社会全体としての生産性の向上や新たな雇用機会の創出につながるとともに労働者に対する雇用のセーフティネットとして機能するなどの効果も考えられることから、国及び地方公共団体は個人や企業が行う職業能力開発を引き続き積極的に支援していく必要がある。このため、国及び地方公共団体は、能力開発の必要性に関する社会の共通認識の形成を図るとともに、職業能力開発を希望する者がいつでもその機会を得られるよう、能力開発のための社会的なインフラ整備の推進や、個人や企業の積極的な取組に対する支援を強化していくため、民間教育訓練機関等を積極的に活用しつつ、効果的・効率的な職業能力開発施策を展開していくことが重要である。
 その推進に当たっては、我が国として中長期的な視野に立ち、どのような人材が必要か、その育成のためには各関係者に何が求められているか、どのような支援が必要か、あるいは、どのような者に対する支援が不足しており、重点的に支援すべきかといった点について十分検討し、社会に示していくことも重要である。
 特に、従来は、企業が長期雇用を前提として、OJTを中心として熟練労働者を育てていくという職業能力開発が大勢を占め、我が国における職業能力開発施策もこのような企業による取組が念頭におかれてきた。しかしながら、その枠組みの外に職業生活を送る者が増えている一方、企業の人材育成機能が低下している現実を踏まえると、企業と社会の行う能力開発について、OJTやOff-JTも含め幅広く見直し、再構築を図る必要がある。それに際しては、個人が自らの望むキャリアを形成することを十分尊重した上で、その自発的な職業能力開発を支援することも重要である。また、能力開発における公平性を確保する観点から、行政として企業の取組だけに任せていただけでは能力開発が行われにくい個人に対する積極的な支援に留意することが重要である。例えば、中小企業に雇用される労働者に対して、あるいは企業による能力開発が行われにくい非正規労働者や若年者などに対して、社会全体としての雇用のセーフティネットや雇用のミスマッチを解消するという観点から、職業訓練機会を提供するなど能力開発の取組に関与していく必要がある。
 また、個人や労働者の取組を支援するに当たっては、それぞれの選択に任せるだけでは合理的な結果が得られない場合があることに留意する必要がある。すなわち、個人も企業も労働市場や能力について不十分な情報しか持たず、効果的な行動がとれないことから、情報提供を強化する必要がある。さらに、個人が自発的に能力開発を行うに当たって費用を準備することにも制約があり得ることにも十分な配慮が必要である。
 加えて、離転職者の早期再就職を実現していく観点から、その職業能力のミスマッチを解消するため、求人ニーズに即した職業能力開発の充実強化を図ることが重要である。そのため、離転職者向けの訓練コースの弾力的な設定など機動的な職業訓練を実施することが重要である。
 国や地方公共団体が上記のような個人や企業が行う能力開発を支援するに当たっては、従来のような助成金や公共職業能力開発施設を設置することによる支援のみならず、情報提供や労働時間面等の配慮を促すといった手法もあわせ、より効果的な支援策を選択していくべきであるとともに、支援の必要性、支援内容をそれぞれの対象者ごとに検討していくことが必要である。
 また、国及び地方公共団体は、それぞれの役割分担を踏まえ、政策の重複を排除し、効果的・効率的に実施していくことが重要である。特に、国は、雇用のセーフティネットの観点から行う求職者に対する訓練や地方公共団体や民間教育訓練機関では行うことのできない能力開発の実施等自ら行う能力開発の他、能力開発を社会全体として推進していくために必要となる指導的人材の養成、高度・先導的な分野における訓練カリキュラム等の開発、全国共通の基準としていく必要がある職業能力評価基準の整備、能力開発に関する情報提供システムの整備等の我が国が社会全体として今後継続的かつ積極的に能力開発を行うためのインフラ整備を行うべきであり、また、地方公共団体は、地域に必要な人材育成に資する取組を行うべきである。その際、国は、都道府県が職業能力開発に取り組みやすい環境整備を図り、積極的に職業能力開発に取り組む地方公共団体を支援していくことが重要である。
 このような行政としての機能の効果を高めていくためには、我が国の能力開発を進める中で、何が最適な施策なのか、利用者指向、目標の明確化、市場の細分化、対象に応じたきめ細やかな施策の使い分けを行うといった、いわゆる「ソーシャル・マーケティング」の考え方も取り入れることにより、我が国社会全体としての利益の実現に向け、検討していく必要がある。

ソーシャル・マーケティングについて
 ソーシャル・マーケティングの概念は、米国において、マーケティングの権威とされるフィリップ・コトラー(Philip Kotler)氏らにより提唱されている概念である。これは、非営利組織にも利用者の満足を高めるという観点からマーケティングの手法が重要であるとする一方で、企業活動も、その社会的責任の観点を重視するべきであるとする考え方である。
 具体的には、企業以外の非営利組織(国、地方公共団体など)についても、利用者への高い水準のサービスを実現するために、目標を明確にした上で、利用者指向に立ち、市場を細分化し、対象に応じたきめ細やかな施策を使い分けるというソーシャル・マーケティングの考え方を導入する必要があるとされる一方で、企業については、マーケティングに当たり、単に企業の利益を追求するだけではなく、社会責任や社会貢献など社会的利益を念頭に置いたマーケティングを行う必要があるものとして議論されることが多い。


  (5)  その他

   企業が教育訓練を行う際には、必要に応じ、労働組合とも連携・協力していくことが効果的であるが、個人の自発的な職業能力開発が重要となっている中で、企業による教育訓練が十分に行われない労働者、あるいは職場外で自己啓発に取り組もうとする労働者が、その機会を確保していくために、キャリア権の実現、具体化を始めとして労働組合が果たしていくべき役割は大きい。実際、成果主義的な処遇制度の導入の進展等の事態に対応して、労働者の長期的なキャリアに関する関心度が高まっていると感じている労働組合も多い。キャリア相談について、今後労働組合が果たす役割について高くなると予測する労働組合は6割以上となっている。また、労働組合が組合員に対し積極的に能力開発を行い始めている例も見受けられるところである。さらに、能力開発の分野では、その担い手として今後NPOの役割が増すことが予想されることや、特に若年者の職業意識形成に関しては、学校教育機関との連携も重要になることなど、能力開発分野における広範な関係者が有機的に連携することが不可欠である。


II  今後の施策の具体的方向性

 上記の課題に社会全体として取り組むために、今後、国、地方公共団体が取り組むべき施策については、以下のように考えられる。

 教育訓練の実施及びその機会の提供に関する支援

   今後の我が国社会を取り巻く様々な変化の中では、個人、企業をはじめとする社会の構成員がそれぞれの持てる資源を有効に活用しつつ、職業能力開発に積極的に取り組めるよう、環境を整える必要がある。
 企業が職業能力開発に積極的に取り組むことを支援するためには、企業が職業能力開発を行うことの意義について情報提供を行うとともに、職業能力開発に積極的な企業が社会的に評価されるような仕組みを整備する必要がある。
 企業の行う能力開発は、OJT、Off-JTあるいはそれ以外のものも含め、より意識的かつ計画的に行われる必要がある。そのため、企業が職業能力開発の重要性を認識していても、情報やノウハウが不足していることにより実際に対応ができていないという状況があることも踏まえ、実際に行われている訓練の好事例やその効果等も含めた職業能力開発に関する情報提供等により支援を行うことも有効である。
 企業において、近時、職業能力開発の取組が低下傾向になるとともに、企業における人材育成の担い手も十分に育成されてこなかったのではないかという問題点も指摘されている。企業による教育訓練は日常の業務を通して、あるいは計画的なOJTやOff-JTを組み合わせながら行われる必要があるが、そのような取組を強化する観点からも、特にOJTの実施に当たっては、現場の管理者や上司がその大きな役割を担っていることも踏まえ、能力開発を担うべき者に対しその役割を明示し、認識させながら、計画的に推進していくことが重要である。また、そのために必要となる企業における職業能力開発の担い手の養成についての積極的な支援や、能力開発の手法についての情報提供などの環境整備を行うことが重要である。
 さらに、個人も自発的に能力開発に取り組んでいくことがより強く求められる。長期にわたって働き続けられるような、あるいは、職業生活における自らの目的にかなった職業を選択していけるようにするための、中長期的な視野に立った職業能力開発機会の確保についても積極的に支援していく必要がある。これには、多様な能力開発機会の確保、相談・情報提供体制の整備の他、税や奨学金制度の面での支援も有効である。その際、「雇用」だけではなく、起業やボランティア活動など、様々な働き方・社会参加の有り様が増えていることも踏まえた能力開発への支援が必要になってくると考えられる。
 なお、職業能力開発の推進において個人の自発性は重要であるものの、単純に個人の自発性のみに委ねることは、職業能力開発の取組を行うことに理解があっても、具体的にどのような取組を行うべきかについて理解が不足している個人にとっては、いたずらに不安感を増し、効果的な職業能力開発が行われないおそれもあると考えられる。個人の自発性を引き出しつつ適切な職業能力開発の取組へと導いていくため、企業における取組を推進するとともに、企業による支援が受けられない労働者に対しては公的なサービスとして適切な指導・助言・相談等の支援や能力開発機会の提供が不可欠である。
 加えて、非正規労働者、女性、高齢者、障害者等が、その能力を十分発揮しつつ就労できるよう、多様な職業能力開発をより積極的に推進していくことが重要である。特に、若年者や主婦、非正規労働者など、本人の努力や企業のみに任せていただけでは十分な教育訓練機会が得られない者に対するその機会の提供・確保について、今後、社会の支え手を増やしていく必要があるという視点からも、十分な配慮が必要である。
 さらに、離転職者の早期再就職を実現していく観点から、その職業能力のミスマッチを解消するため、求人ニーズに即した職業能力開発の充実強化を図ることが重要であり、離転職者向けの訓練コースの弾力的な設定など機動的な職業訓練を実施することが重要である。
 国及び地方公共団体が教育訓練機会を提供して行くに当たっては、社会としてどのような者に対し重点的に支援すべきか、どのような教育訓練を提供する必要があるのかなどを関係者と十分な議論を行い、資源の適切な選択と集中を行いながら、国と地方が役割を分担かつ連携して、十分な教育訓練機会の提供や、施策の対象者ごとのきめ細かな施策を実施していく必要がある。また、具体的な支援の方法については、補助方式やガイドライン作りなどのほか、情報提供やキャリア・コンサルティングの普及など様々な手法が考えられるが、それぞれの特質を整理した上で、対象者の特性を踏まえ、より施策の効果が発揮される形を適切に選択していくことが重要である。国が実施する教育訓練については、地方公共団体や民間教育訓練では行うことのできない能力開発など、能力開発のためのインフラ整備の観点から行っていくことが引き続き重要であるとともに、民間でできるものは民間でという官民の役割分担の原則に従い、適格な民間教育訓練機関等を今まで以上に積極的に活用していくことも重要である。
 その際には、適切に民間教育訓練機関等が活用されるようになるとともに、社会全体として必要となる教育訓練機会が質・量ともに確保されるよう、個人や企業のニーズ、産業政策との連携などについて教育訓練機関との橋渡しが可能となるよう、社会全体として教育訓練のための基盤を整備していくことが重要である。また、中長期的な職業能力開発の取組を支援していくため、働きながら学ぶことが可能になることが求められ、教育訓練機関が個人に能力開発の機会を提供していくに当たっては時間、訓練期間等についてニーズに応じた対応がより一層求められる。これらへの対応策として、教育訓練内容等に関するニーズについて、個人・企業と教育訓練機関の間をコーディネートしていく取組がより一層必要となると考えられる。
 また、教育訓練機会を確保・提供する方策として、今後は、地方や民間が既に有する施設等を十分活用するとともに、日常生活の様々な場面で能力開発の機会に容易にアクセスできることが効果的であることから、社会全体として、既存の多様な施設の利活用も含め、教育訓練のためのインフラが整備されるように配慮していくことが重要である。
 なお、教育訓練機会の確保・提供について、社会的なニーズを踏まえた施策として実施されるよう、従来以上に、中央レベルだけではなく地域レベルでの学校、民間教育訓練機関、企業や業界団体、労働組合など様々な関係者との十分な連携ができるような体制整備を図っていくことが大切である。また、これらの施策の効果を的確に評価していくことは必要であるが、政策効果がすぐ表れてこない面があることも踏まえ、中長期的な視野に立って検証していくことが望まれる。


 職業能力評価制度

   個人や企業を取り巻く環境が変化している中で、(1)個人にとってはこれまで以上に職業能力を身につけ、自らの能力を把握し、積極的に企業に示していくこと、(2)企業にとってはこれまで以上に、その雇用する労働者の職業能力を把握・評価し、企業の生産性等を高めていくことが必要となっている。このため、職業能力に関して、個人(労働者)、企業の双方が明確かつ客観的に識別でき、かつ、社会全体で通用する共通の基準について、引き続き国が業界団体等と連携を図りつつ整備していくべきである。
 特に、若年者の雇用問題が大きな社会問題となっている中で、若年者が学校から就業の場へ円滑に移行していけるようにするためにも、若年者が早期から明確な能力開発のための目標を定め、その目標を達成するための道筋が示されるような仕組みが必要であり、そのための仕組みの社会的な整備を推進することが重要である。
 「職業能力評価基準」については、多くの職種がカバーされたものであるとともに、労使や民間教育訓練機関、職業紹介機関等が共通の基準として活用していくことができるようなものとして位置づけることが重要である。
 また、職業能力開発の体系についても、職業能力評価制度を軸として再構築していくべきである。
 さらにこのような制度の整備に当たっては、現在起こっている働き方の変化やIT化などの進展等も踏まえ、適切にフォローアップしていくことも大事である。


 職業能力開発を行うに当たっての相談・情報提供

   能力開発が効果的に行われるようにするためには、職業能力開発を行う個人や企業が必要な情報を容易に入手し、職業能力開発のための様々な支援策を有効に活用しながら実施していくことが重要である。その際、情報の内容、提供方法等については、ユーザーの視点に立った工夫がより一層必要である。
 特に、IT技術の発達を踏まえた情報提供システムの整備を継続的に進める必要がある。また、近年の若年者問題に対応し、若年者の職業観の涵養に資する情報提供等も重要である。
 さらに、情報を入手し、実際に、効果的な職業能力開発を行っていく過程においては、上司や現場の管理者等に相談しつつ行うとともに、職業能力開発に関し、専門的に相談・助言を行うことができる者(キャリア・コンサルタント等)による支援を適宜組み込んでいくことが望ましいと考えられる。現在は、キャリア・コンサルタントを配置する企業も少数にとどまっており、十分に普及が進んでいるとは言い難い状況であるが、今後は、キャリア・コンサルタントの行うキャリア・コンサルティングの有効性について積極的に周知していくこと等により、企業における相談体制整備を進めるとともに、企業等においてキャリア・コンサルティングを受けられない者に対し、公的機関や教育訓練機関等で容易にこの種のサービスを受けられる体制を整備すること、個人が良質なキャリア・コンサルティングを受けられるよう、キャリア・コンサルタントの資質確保のための取組を充実・強化していくこと等が重要である。
キャリア・コンサルティング、キャリア・コンサルタントについて
 キャリア・コンサルティングは、キャリア形成の主体である個人に対して、そのキャリア形成を支援する目的で体系的かつ組織的に行われる一連の相談支援サービスである。離転職者のほか、キャリアの節目節目で在職者に対しても行われる。
 具体的には、キャリアの棚卸しや適性検査等を通じた自己理解、労働市場や企業に対する情報提供を通じた職業理解、職場体験等を通じた職業に関する動機づけ等を行い、職業生活設計、能力開発の方向付け等に関する体系的かつ組織的な支援を通じ、キャリア形成のための主体的な行動に結びつける機能を有する。
 キャリア・コンサルティングを効果的に進めるには、これをマネジメントできる専門家(キャリア・コンサルタント)の養成・確保が不可欠であり、厚生労働省の「キャリア・コンサルティング研究会」では、平成14年4月に,キャリア・コンサルタントの能力要件を公表した。職業紹介機関、能力開発機関等のほか、企業がその労働者に対して行うキャリア形成支援としても重要性を増すと考えられる。
 なお、アメリカにおいては、こうした個人のキャリアに係る相談・助言活動を「キャリア・カウンセリング」と呼称している他、我が国においても様々な呼称があるが、「カウンセリング」という用語が心理的な療法を想起させる面が強いことを考慮し、労働市場における職業キャリアの方向づけに係る相談・助言を表す用語としては、「キャリア・コンサルティング」を使うこととしている。


 その他

 (1)  若年者の職業能力開発支援の充実

   若年者対策については、近年フリーターだけでなく、ニートといわれる若年無業者等が増加しているなどの問題が指摘されているが、この問題を放置することは個人の職業能力開発上の問題となるばかりではなく、社会にとっても大きな影響を与えることが予想されることから、平成15年6月以降、関係大臣が集まり、若者自立・挑戦プランに基づいた取組が展開されているところである。
 若年者の自立を促進していくためには、若年者自身が職業についてよく考え、円滑に職業生活に移行し、職業を選択していくことが可能となるよう、企業、学校、家庭、行政などが連携して、若年者に対して、適切に助言を行う、教育訓練機会を提供するなど若年者の態様に応じたきめ細かな支援を行っていくことが重要であり、その際には、地域により若年者を取り巻く状況が異なっていることも踏まえ、地域の創意工夫を生かしていくことも重要である。
 さらに、若年者に対する能力開発を実施していくためには企業の取組が不可欠である。企業にとって、若年者に対する能力開発機会を提供することは、企業の社会的使命であるのみならず、指導にあたる者自身の成長や職場全体の活性化等にもつながるものであり、雇用の受け皿として、あるいは体験講習や教育訓練の受け入れ先として、積極的な取組を求めていくことが必要である。
 一方で、若年期から働き盛り世代の30代で、長時間働く労働者の割合が上昇しているとともに、これらの労働者において仕事の負担感が増しているなどの問題も指摘されている。このような労働者が、将来にわたる職業生活に希望を持ち、その能力を中長期的にも有効に発揮することが可能となるよう、企業における人材育成という観点からの取組を支援することが重要である。


 (2)  生涯を通じた職業能力開発の取組みの推進

   高齢化が進行する中で、今後は、個人の職業生活が長期化していくものと予想される。このような状況において、個人は、社会の変化等に対応し、長期にわたって働き続けられるような、あるいは、自らのライフスタイルや職業上の目的にかなった職業を選択し続けられるように、中長期的な視野に立ち、適切な職業生活設計に基づいて、若年期から高齢期に至るまで、継続的に職業能力開発に取り組んでいく必要がある。
 このため、企業は、その雇用する労働者の職業生活設計に取り組むための相談体制の充実が必要となるほか、労働者が具体的に職業能力開発に取り組むことができるよう、企業による金銭的な支援のみならず、職業能力開発に取り組みやすい労働時間面の配慮、休暇取得の促進、職業能力開発を積極的に推進する雰囲気づくりなどの企業における環境整備を、より一層進めることが求められる。
 また、職業生活の中で、子育てや介護等により一時的に職業キャリアが中断しても、円滑に労働市場へ再参入できるような、能力開発上の配慮や支援措置も重要である。
 さらに、中高年齢者が職業能力開発に取り組む際には、知識・技能の習得だけではなく、思考行動特性の強化などが可能となるような訓練機会が提供されることも重要であり、今後は、必要な教育訓練が適切に提供されるよう支援していくことが必要である。
 加えて、職業生活の中において、NPOでの活動や起業等、多様な働き方を選択することが増加していることに対応して、これらに関する能力開発の機会を確保する施策も必要である。


 (3)  技能継承への対応

   今後、いわゆる「団塊の世代」が、2007年に60歳に、2012年に65歳に順次到達し始める見込みであるが、このような状況の中で、ものづくり産業を支えてきた技能をどのように次代に引き継いでいくかということが大きな問題となっている。
 また、ものづくり力の源泉となっている製造現場の技能の継承について、企業の多くが危機感を有しており、技能継承について早急な対応が必要となっている。
 この点に関し、企業に対し十分情報提供するとともに、中小企業等を中心に的確に対応し、技能水準の低下などを招かないようにするための支援が必要である。
 さらに、このような問題を抜本的に解決するためには子供から大人までの国民各層が技能の重要性を広く認識し、ものづくりに親しむ社会を形成することが不可欠であり、そのための取組を社会全体で強化して取り組んでいくことが重要である。


 (4)  国際協力

   我が国経済社会が、今後とも、アジアをはじめとする諸外国との密接な相互依存関係にある中において、引き続き、諸外国との友好関係を促進し、国際協調を図っていくことが重要である。
 我が国はアジアにおいて最初の先進国となった経験をいかし、これまでも、国際機関等を通じた技術協力等により、我が国の能力開発に関するノウハウや制度等をアジアをはじめとする諸外国に提供するなどにより人材育成に関しても積極的に支援を行ってきたところであり、また、外国人研修生・技能実習生の受け入れ等による技術・技能の移転を通じて、開発途上国の経済社会の発展に大きく貢献してきたが、このような取組は、各国との友好関係や人の交流の増進等をもたらすものであり、我が国にとっても大きなメリットがあると考えられ、今後とも、国民の理解と支援が得られるよう、透明性を確保しながら、積極的に取り組んでいくことが重要である。



開催経過


第1回(平成16年6月3日)
  ・  職業能力開発の現状について

第2回(平成16年6月29日)
  ・  職業能力開発の現状について

第3回(平成16年8月19日)
  ・  企業等からのヒアリング(伊藤忠商事(株)、(株)エージーピー)

第4回(平成16年9月13日)
  ・  企業等からのヒアリング((株)ヒルトン東京、(株)リクルートエイブリック)

第5回(平成16年10月15日)
  ・  企業等からのヒアリング(NEC労連・日本電気労働組合、(株)フルキャスト)

第6回(平成16年11月9日)
  ・  論点整理案について

第7回(平成16年12月24日)
  ・  職業能力開発を取り巻く社会・経済情勢の変化について

第8回(平成17年1月31日)
  ・  職業能力開発の必要性・意義について、教育訓練機会の提供の在り方について

第9回(平成17年2月16日)
  ・  職業能力評価制度の在り方について

第10回(平成17年3月8日)
  ・  職業能力開発のための相談・情報提供の在り方について

第11回(平成17年3月29日)
  ・  報告書素案について

第12回(平成17年4月15日)
  ・  報告書案について



「職業能力開発の今後のあり方に関する研究会」参集者


  上西 充子  法政大学キャリアデザイン学部助教授

北浦 正行  (財)社会経済生産性本部社会労働部長

  黒澤 昌子  政策研究大学院大学教授

  玄田 有史  東京大学社会科学研究所助教授

  佐藤 博樹  東京大学社会科学研究所教授

諏訪 康雄  法政大学大学院政策科学研究科教授

  高橋 俊介  慶応大学大学院政策・メディア研究科教授

  樋口 美雄  慶応大学商学部教授

  廣石 忠司  専修大学経営学部教授

  山川 隆一  慶応大学大学院法務研究科教授

(五十音順)

◎:座長

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