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ダイオキシンの健康影響評価に関するワーキンググループ
報告書


ダイオキシンの健康影響評価に関するワーキンググループ
(委員)
江馬  眞(国立医薬品食品衛生研究所大阪支所生物試験部第二室長)
大野 泰雄(国立医薬品食品衛生研究所安全性生物試験研究センター薬理部長)
黒川 雄二((財)佐々木研究所理事長、座長)
豊田 正武(実践女子大学生活科学部生活基礎化学研究室教授)
広瀬 明彦(国立医薬品食品衛生研究所総合評価研究室主任研究官)
広瀬 雅雄(国立医薬品食品衛生研究所安全性生物試験研究センター病理部長)
安田 峯生(広島国際大学保健医療学部臨床工学科教授)
(オブザーバー)
首藤 紘一((財)日本医薬情報センター理事長)
(事務局)
厚生労働省医薬局審査管理課化学物質安全対策室


目次

1 最近の海外及び我が国の動向

2 生殖発生毒性に関する最近の知見

3 がん及びその他の毒性影響に関する最近の知見

4 体内動態に関する最近の知見

5 作用機序に関する最近の知見

6 ヒト摂取量の実態とTDIとの関係

7 我が国におけるTDI再評価

8 まとめ

(参考)省略語一覧


1 最近の海外及び我が国の動向

要旨
 1998年WHO-IPCSで行われたダイオキシン類のTDI再評価以後、我が国を始め各国政府及び国際機関でダイオキシン類の健康影響評価と耐容摂取量が勧告されている。1998年のWHO-IPCSでは耐容1日摂取量として1〜4 pgTEQ/kg/day、1999年の日本では耐容1日摂取量として4 pgTEQ/kg/day、ECのScientific Committee on Foodでは耐容1週間摂取量として14 pgTEQ/kg/week、JECFAでは耐容1ヶ月摂取量として70 pgTEQ/kg/month、英国Food Standards Agencyでは耐容1日摂取量として2 pgTEQ/kg/dayがそれぞれ設定された。米国EPAではドラフト段階ではあるが、発がん性を指標として摂取量1 pgTEQ/kg/dayあたりの発がんリスクは1000分の1であると見積もっている。

本論
 ダイオキシン類に関する健康影響評価の国際的な現状把握を行うため、1998年WHO-IPCSで行われたダイオキシン類のTDI再評価以後、我が国を始め各国政府及び国際機関でのダイオキシン類の健康影響評価と耐容摂取量の勧告状況について以下にまとめた。

1.1 WHO-IPCS(1998)
 1990年の最初のTDI評価・設定においては、ラットの2年間投与試験からNOELを求め、それに不確実係数100を適用して、10 pgTCDD/kg/dayと計算されたが、1998年の専門家会合では、TCDDの半減期がヒトとげっ歯類では著しく異なることから、体内負荷量という概念を用いてヒトへの換算を行い、ヒトの体内負荷量から1日摂取量を逆算した後、TDIとして1〜4 pg TEQ/kg/dayを勧告した。このとき、算出の基となった最も低い体内負荷量で現れる毒性としては、サルにおける子宮内膜症及び神経行動学的発達への影響とげっ歯類の経胎盤/経母乳暴露による次世代の生殖器官発生異常・免疫抑制であり、最低毒性発現体内負荷量としては28〜73 ng/kgと見積もった。WHO-IPCSではこれらの毒性のうちどれかをTDI算定の根拠とするわけではなく、レンジとして捉え幅のあるTDIを勧告することになった。

1.2 日本(1999)
 我が国では、厚生省と環境庁の合同専門家会合(中央環境審議会環境保健部会、生活環境審議会、食品衛生調査会)において、WHO-IPCSの考え方を基本とし、TCDDによる各種毒性影響を体内負荷量の基準とし、結果として数編の経胎盤/経母乳暴露による次世代の生殖器官発生異常・免疫抑制に関する報告をTDIの算定根拠として選択した。その際、最も低い体内負荷量を示したのはFaqiら(1998)の報告で27 ng/kg、次にOhsakoら(2001){当時は学会発表時のデータを引用した}の43 ng/kgであったが、それらの単報での値を採用するのではなく、実験の信頼と再現性を考慮し、その他の同様の毒性を比較すると、概ね86 ng/kg以上で影響が現れるとすることが妥当であると判断した。また、このときサルの子宮内膜症と神経行動学的発達への影響の実験は、その実験方法に信頼性が担保できないので定量的評価には用いないこととした。その結果、体内負荷量86 ng/kgをTDI算定の出発点とし、不確実係数10を用いて、TDIを4 pgTEQ/kgとした。その際、TDIの一般的補足事項として、TDIは生涯にわたって連日摂取し続けた場合の健康影響を指標とした値であり、一時的にTDIを多少超過することはあっても健康を損なうものではない旨の留意点が付け加えられている。

1.3 US-Environmental Protection Agency (EPA)(2000)
 米国EPAの1994年以来の再評価ドラフトでは、ダイオキシン類の最適な毒性指標は発がん性にあるとし、動物実験及びヒトの疫学情報から導き出された体内負荷量をもとに発がん性のリスクを計算した。その結果、1 pgTEQ/kg/dayあたりの発がんリスクは1000分の1であるとし、現在のバックグランドレベルの暴露におけるリスクは100〜1000分の1の間にあると算出した。また、本来なら計算されるであろうRfD(Reference dose)については、ヒトのバックグランドレベルを大きく下回ることから算出せず、WHOでの1〜4 pgTEQ/kg/dayというTDIはリスクマネージメントの目的としては妥当であるとしている。

1.4 EC-Scientific Committee on Food (SCF)(2000)
 ECのSCFが2000年11月に行ったダイオキシン類評価では、WHO-IPCSでの評価と同様に、体内負荷量の概念を用い、最低体内負荷量のエンドポイントとして、サルにおける子宮内膜症及び神経行動学的発達への影響とげっ歯類の経胎盤/経母乳暴露による次世代の生殖器官発生異常・免疫抑制を取りあげた。このときの体内負荷量は25〜60 ng/kgと見積り(WHO-IPCSと同じデータセットを用いているが、主に体内吸収率を60%と少し低めに設定していることや、単回投与の実験結果を亜慢性試験の実験で得られる結果と比較できるように補正(Power fit model:羃乗曲線回帰モデル)を行っていることが、主な理由である。)、不確実係数9.6(=10)からTDIとしては1〜3 pgTEQ/kgと計算した。Scientific Committeeではこのレンジで与えられたTDIの中から単一の値を採用する科学的根拠に乏しいことから、暫定的なTDIとしては、1 pgTEQ/kgにすべきであるとの結論になった。しかし、ダイオキシン類の長い体内残留性を考慮して、1週間単位の耐容摂取量として7 pgTEQ/kg/week(t-TWI:temporary tolerable weekly intake)を勧告することになった。
 さらに、2001年5月には、新たに公表された報告も加え、暫定値の見直しを行った。新たに、Faqiら(1998)とOhsakoら(2001)のデータを追加し、最低毒性発現体内負荷量(Power fit modelを使用)として40〜100 ng/kg、無毒性体内負荷量として20 ng/kgをそれぞれ算出した。無毒生体内負荷量からTDIを算出すると、3 pgTEQ/kg/dayとなるが、FaqiらのWistarラットを用いた方が、感受性が高いと考えられ、40 ng/kgからTDIを算出すると2 pgTEQ/kg/dayとなった。前回の評価ではサルの試験も感受性の高いエンドポイントして取りあげられていたが、試験の信頼問題が解決できなかったため、今回は考慮しなかった。さらに、最終的には、前回と同様、長い体内消失半減期を考慮し、1週間耐容摂取量として14 pgTEQ/kg/weekを勧告した。

1.5 JECFA(2001)
 2001年6月に行われたFAOとWHOの合同食品添加物専門家会議では、EC-SCFでの再評価と同様のデータセットを用いて、評価を行ったが、耐容摂取量としては体内中の長い半減期を理由に、ECの評価より長い耐容1ヶ月許容量(TMI)を勧告した。算定根拠となる体内負荷量としてもSCFの評価と同様に最低毒性発現体内負荷量(Faqiらのデータ)と無毒性体内負荷量(Ohsakoらのデータ)を基に計算を行ったが、その際の体内負荷量の計算方法は、Linear fit model(直線回帰モデル)とPower fit modelという2つの方法を試みている。それらの結果をもとにSCFと同様のTMIを算出すると40〜100 pgTEQ/kg/monthの範囲になり、暫定TMIとしては中間値を取って、70 pgTEQ/kg/monthを勧告した。

1.6 UK-Food Standards Agency (FSA)(2001)
 EC-SCF及びJECFAの考え方を基本的に採用した、最も感受性の高いエンドポイントとして、ラット雄への生殖機能の発生異常(特に精子形成への影響)を用いているが、体内負荷量の算定は、EC-SCFやJECFAとは異なり、最も感受性が高い時期を妊娠16日とし、この時期の胎児の体内負荷量と母体の体内負荷量との比を用いて単回投与と反復投与で得られる体内負荷量の値の補正を行った。その結果、Faqiらのデータに基づいて得られた妊娠16日の母体の体内負荷量は33 ng/kg/dayと見積もられた。この値からEC-SCF及びJECFAと同様の不確実係数(9.6)を用いてTDIとして2 pgTEQ/kg/dayを勧告した。EC-SCFやJECFAでは1週間や1ヶ月あたりの耐容量として勧告しているが、TDIとして表現する方が適切で、わかりやすいとする理由で、TDIでの勧告値を採用している。仮に短期間でTDIを越える暴露があっても体内負荷量が大きく変動することはなく、長期間にわたった平均値がTDIを下回れば有害影響が現れることはないであろうということが付け加えられている。

1.7 French Institute for Health and Medical Research (INSERM) (2000)
 2000年にダイオキシン類の評価が行われているが、その現時では米国EPAの発がん性における閾値のないモデルでの評価法とWHOなどの閾値を想定した評価法のどちらかを選別する科学的証拠がないとし、TDI等のリスク計算は行っていない。しかし、今後の課題として、主に食品経由のダイオキシン類暴露の低減と暴露量測定の今後のフォーローアップや体内動態解析や毒性発現メカニズムの解明をあげている。特に、ダイオキシン類暴露の低減に際しては、ヒト暴露の中間値を基準にするのではなく、暴露値の分布の95パーセンタイル値が、WHO-IPCSの基準値4 pgTEQ/kg/dayを越えないようにすることが、リスクマネージメントの上で必要であるとしている。

 以上の状況をまとめると、US-EPAがダイオキシン類の最適な毒性指標を発がん性においている以外は、ダイオキシン類による次世代への影響を根拠に耐容摂取量を算出している。WHO-IPCS及び我が国は、特定の実験報告を選択せず複数の報告結果より、1〜4あるいは4 pgTEQ/kg/dayというTDIを設定しているが、EC、JECFA、及びUKはFaqiら(1998)あるいはOhsakoら(2001)の報告結果を根拠にし、さらに単回投与と反復投与で得られる体内負荷量の値の補正を行った後、下表のように耐容摂取量を算定している。

海外及び我が国のダイオキシン評価の比較
  毒性指標 LOAEL相当の定常状態時の体内負荷量 評価
WHO-IPCS(1998) サルにおける子宮内膜症及び神経行動発達への影響、げっ歯類の経胎盤/経母乳暴露による次世代の生殖器官発生異常・免疫抑制 28〜73 ng/kg TDI=1〜4 pgTEQ/kg/日
日本(1999) げっ歯類の経胎盤/経母乳暴露による次世代の生殖器官発生異常・免疫抑制 86 ng/kg TDI=4 pgTEQ/kg/日
US-EPA(2000) 動物実験及びヒト疫学情報からの発がん性   発がんリスク=1 pg/kg/日の暴露あたり1/1000。現在のバックグランドレベルの暴露におけるリスクは、1/100〜1/1000。
EC(2000) Wistarラットの経胎盤/経母乳暴露による雄児の1日精子産生減少 40(〜100)ng/kg TWI=14 pgTEQ/kg/週
JECFA(2001) げっ歯類の経胎盤/経母乳暴露による雄児の1日精子産生減少、生殖器官発生異常 16〜42 ng/kg TMI=70 pgTEQ/kg/月
UK(2001) Wistarラットの経胎盤/経母乳暴露による雄児の1日精子産生減少 33 ng/kg TDI=2 pgTEQ/kg/日

参照文献
EC Scientific Committee (SCF) (2000) Opinion of the SCF on the risk assessment of dioxin and dioxin-like PCBs in food. SCF/CS/CNTM/DIOXIN/8 Final, 23 November, 2000.
EC Scientific Committee (SCF) (2001) Opinion of the SCF on the risk assessment of dioxin and dioxin-like PCBs in food -update based on new scientific information availbale since the adoption of the SCF opinion of 22nd November 2000-. SCF/CS/CNTM/DIOXIN/20 Final, 30 May 2001.
French Institute for Health and Medical Research (INSERM) 2000 Dioxins in the environment -What are the health-risks?-: Synthesis and recommendations. Centre of Expertise Collective, INSERM.
JECFA (2001) Summary of the fifty-seventh meeting of the Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives. Rome, 5-14 June 2001.
UK Food Standards Agency (2001) Statements on the tolerable daily intake for dioxins and dioxin-like polychlorinated biphenyls. Committee on toxicity of chemicals in food, consumer products and the environment. October 2001, COT/2001/7.
US Environmental Protect Agency (EPA) (2000) Dioxin reassessment (draft documents on "Exposure and human health reassessment of 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD) and related compounds". September 2000.
日本 (1999) ダイオキシンの耐容1日摂取量(TDI)について、中央環境審議会環境保健部会、生活環境審議会、食品衛生調査会、平成11年6月


2 生殖発生毒性に関する最近の知見

要旨
 1998年以降に公表された2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD)の生殖発生毒性に関する論文の内容について検討した。雌Wistarラットに25 ng/kg のTCDDを交配前2週に皮下投与し児の離乳まで1週毎に5 ng/kgを週1回皮下投与したときの雄児の1日精子産生の低下(Faqi et al., 1998)、Holtzmanラットの妊娠15日に50 ng/kgのTCDDを単回強制経口投与したときの雄児の肛門生殖突起間距離(AGD)の短縮(Ohsako et al., 2001)が低用量のTCDDによる影響として報告されている。低用量のTCDDによる精子指標(1日精子産生、精巣上体精子数等)に対する影響については実験間で整合性のある結果は得られていない。また、雄児のAGD短縮の程度は軽度であり、毒性学的意義は弱いと考えられる。

本論
 SDラットの妊娠15日に200または1000 ng/kgの2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD)を単回強制経口投与したところ、両TCDD投与群で母体体重が低下し、1000 ng/kg投与群では出生児数の減少がみられたが、雄児の成長にはTCDD投与の影響は観察されなかった(Cooke et al., 1998)。雄児の生後30日において1000 ng/kg投与群で17-hydroxylase活性及び精巣上体重量の低下、生後45日に精巣の3β-及び17β-hydroxysteroid dehydrogenase (HSD)、5α-reductase活性上昇及び血清中アンドロゲン濃度の低下が認められた。
 Holtzmanラットの妊娠15日に250 ng/kgのTCDDを単回強制経口投与したときには、TCDD投与の雄児群に精巣上体精子数の減少、前立腺重量の低下が観察されたが、肛門生殖突起間距離(AGD)、性成熟、精巣の1日精子産生、精巣重量及び前立腺を除く副生殖器重量にTCDD投与の影響は認められなかった(Loeffler and Peterson, 1999)。
 Holtzmanラットの妊娠15日に1000 ng/kgのTCDDを単回強制経口投与したところ、投与後4日の雌胎児でミュラー管尾部の間充織の肥厚、ミュラー管癒合の阻害、ウォルフ管退行の阻害が観察され、これらが永久的なvaginal threadの原因であることが示唆された(Dienhart et al., 2000)。
 Long Evansラットの妊娠15日に1000 ng/kgのTCDDを単回強制経口投与し、雄児の精嚢について調べた(Hamm et al., 2000)。雄児体重及び精嚢重量には生後32日までTCDD投与群と対照群との間に差はみられなかったが、49日以降ではTCDD投与群において低下が認められた。TCDD投与群では精嚢上皮の分岐及び分化を低下させることによって、精嚢の発生を障害することが示唆された。
 Syrianハムスターの妊娠11.5日に2000 ng/kgのTCDDを強制経口投与したところ、母体の生存率及び体重、児数にTCDD投与の影響はみられなかったが、TCDD投与群のF1児の体重増加抑制、腟開口遅延、腟性周期の変化が認められた(Wolf et al., 1999)。雌F1では陰核の完全分裂が観察されたが、vaginal threadは観察されなかった。 雌F1を無処置の雄と交配させたところ、TCDD投与群で妊娠ハムスターの死亡率上昇、妊娠率低下、分娩生存児数減少、離乳率低下が観察された。これらの結果から、妊娠母体に有害な作用を示さない投与量のTCDDが雌児の成長、繁殖機能、生殖器の形態に悪影響を及ぼすことが明らかになった。
 雌Wistarラットに25, 60または300 ng/kg のTCDDを交配前2週に皮下投与し、交配前、交配中、妊娠中及び授乳中を通じて、5, 12または60 ng/kgのTCDDを週1回皮下投与した(Faqi et al., 1998)。300/60 ng/kg投与群で母ラットの妊娠率が低下し、雄児の血清中テストステロン濃度の低下が認められた。全TCDD投与群の雄児で精巣上体の精子数、精巣の1日精子産生及び精子通過率の低下、異常精子割合の上昇、性行動の異常が観察されたが、1日精子産生以外のエンドポイントに明らかな用量-反応関係はみられなかった。最小毒性量は25/5 ng/kg (0.8 ng/kg/dayに相当)であった。
 Holtzmanラットの妊娠15日に12.5, 50, 200または800 ng/kgのTCDDを単回強制経口投与したときの児に対する影響の検討が国立環境研究所で行われた。50 ng/kgで生後63及び120日における雄児のAGDが短縮し、12.5 ng/kgで生後120日の腹側前立腺重量が減少した(Ohsako et al., 1999a)。生後2, 49または63日に雄児を検査したところ、800 ng/kgでADGの短縮がみられたが、1日精子産生及び精巣上体尾部の精子数に差は認められなかった(Ohsako et al., 1999b)。生後49または120日の検査結果では、200 ng/kg以上で腹側前立腺重量の低下が観察され、50 ng/kg以上で生後120日において雄児のAGDが短縮したが、精巣の重量及び組織病理学的検査、1日精子産生、精巣上体重量、精巣上体尾部の精子数、血清ホルモンレベルにTCDD投与の影響は認められなかった(Ohsako et al., 2001)。また、生後49日の雄児の腹側前立腺において200 ng/kg以上で5α-reductase type 2 mRNAレベルの上昇、50 ng/kg以上でandrogen receptor mRNAレベルの低下が観察された(Ohsako et al., 2001)。生後5日の雄児の胸腺のCYP1A1 mRNAの誘導が200 ng/kg以上でみられている(1群3例の実験であり統計処理については不明)が、胸腺の重量及び細胞数には800 ng/kgでもTCDDの影響は観察されなかった(Nohara et al., 2000)。
 Long Evansラットの妊娠15日に800 ng/kgのTCDDを投与したとき、雄児の交尾行動の変化が示されている(掛山ら、2000)。また、妊娠15日のLong Evansラットに100, 300または1000 ng/kgのTCDDを単回強制経口投与し、F4の離乳まで観察したところ、F1において1000 ng/kgで雄児の前立腺重量の低下及びテストステロンレベルの低下、雌児の子宮及び卵巣重量の低下がみられたが、AGD、精子指標、雌性成熟、繁殖指標にはTCDDの影響は認められず、F2以降に生殖に対する影響は観察されなかった(米元ら、2001)。 妊娠18日に20, 60または180 ng/kgのTCDDを単回強制経口投与したHoltzmanラットの雌児における回転かごにおける行動変化が180 ng/kgで認められている(Markowski et al., 2001)。
 以上のように、1998年以降に公表された論文において低用量のTCDDの影響として、1日精子産生低下(Faqi et al., 1998)及び雄児のAGD短縮(Ohsako et al., 2001)が報告されている。
 Scientific Committee on Food (2001)の Table 3(p. 10)には低体内負荷量で発現するTCDDの影響として、Holtzmanラットの雄児において64 ng/kg以上の投与量で観察された1日精子産生低下及び精巣上体精子数の減少(Mably et al., 1992c)、Long Evansラットの雄児において50 ng/kg以上の投与量で観察された開眼促進及び射精精子数減少(Gray et al., 1997a)、Wistarラットの雄児において 25/5 ng/kg以上の投与量で観察された1日精子産生低下及び性行動の変化(Faqi et al., 1998)、Holtzmanラットの雄児において50 ng/kg以上の投与量で観察されたAGD短縮(Ohsako et al., 2001)が記載されている。
 Grayら(1997a)の報告した開眼促進は1日程度の促進であり、毒性学的意義は弱いと考えられる。また、射精精子数については1997a の実験結果で有意な減少は最高投与量の800 ng/kgだけに認められたものであり、前報(Gray et al., 1995)の成績と合わせて統計処理すると50 ng/kg以上で有意差が認められたと云う結果である。これらの成績をTDI 設定の根拠とすることは不適切と考えられる。
 Faqiら(1998)の報告した雄児の性行動の変化には用量-反応関係は認められない。
 Ohsakoら(1999a, 2001)により雄児のAGD短縮が報告されている。AGDの体重による補正値(AGD/cube root of body weight)は示されておらず、AGD短縮の程度は軽度であり、児の生後63日(Ohsako et al., 1999a)と生後120日(Ohsako et al., 2001)に断続的に認められた変化であり、毒性学的な意義は弱いと考えられる。
 TCDDの精子細胞、精子に対する影響については多くの報告があるが、TCDDの精子細胞、精子に対するTCDDの影響には報告間で差がみられる。Ohsakoら(1999ab, 2001)は精子指標及び精巣の病理組織学的所見には800 ng/kgまでのTCDD投与の影響は認められなかったとしている。 米元ら(2001)は1000 ng/kgのTCDD投与でも精子検査においてTCDDの影響は認められず、同様なプロトコールによるHoltzmannラット(Mably et al., 1992abc)及びLong Evansラット(Gray et al., 1997ab)を用いて行われた実験結果を再現できなかったと述べている。Grayら (1995)は精巣の精子産生はTCDDの鋭敏な指標ではないと述べており、また、TheobaldとPeterson (1997)はラット、ハムスター、マウスの3種の動物で観察される唯一の生殖発生毒性のエンドポイントは精巣上体の精子数減少であると述べている。このように、低用量のTCDDの精子指標(1日精子産生、精巣上体精子数等)に対する影響については実験間で整合性のある結果は得られていない。
 Mablyら (1992a,b,c)、Gray ら(1997a,b)、Faqiら (1998)及びOhsakoら(1999a)(Ohsako et al., 2001と同様の内容)の実験結果については、1999年のTDI設定の際にすでに検討されている(中央環境審議会環境保健部会、生活環境審議会、食品衛生調査会 1999)。現在までのところ、雄性生殖器系に対する影響に関するエンドポイントの再現性や評価指標に関する問題点を解決する新たな情報は得られていない。すなわち、低用量のTCDDの影響について1999年のTDI設定の際に行われた論文評価の結果を変更する必要のある新たな実験成績はないものと考えられる。

参照文献
Cooke, G.M., Price, C.A., Oko, R.J. (1998) Effects of in utero and lactational exposure to 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD) on serum androgens and steroidogenic enzyme activities in the male rat reproductive tract. J. Steroid Biochem. Molec. Biol.,67, 347-354
Dienhart, M.K., Sommer, R.J., Peterson, R.E., Hirshfield, A.N., Silbeirgeld, E.K. (2000) Gestational exposure to 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin induces developmental defects in the rat vagina. Toxicol. Sci., 56, 141-149
Faqi, A.S., Dalsenter, P.R., Marker, H.J., Chahoud, I. (1998) Reproductive toxicity and tissue concentrations of low doses of 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin in male offspring rats exposed throughout pregnancy and lactation. Toxicol. Appl. Pharmacol., 150, 383-392
Gray, L.E., Kelce, W.R., Monosson, E., Ostby, J.S., Birnbaum, L.S. (1995) Exposure to TCDD during development permanently alters reproductive function in male Long Evans rats and hamsters: reduced ejaculated and epididymal sperm numbers and sex accessory glands weights in offspring with normal androgenic status. Toxicol. Appl. Pharmacol., 131, 108-118
Gray, L.E., Ostby, J.S., Kelce, E.R. (1997a) A dose-response analysis of the reproductive effects of a single gestational dose of 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin in male Long Evans hooded rat offspring. Toxicol. Appl. Pharmacol., 146, 11-20
Gray, L.E., Wolf, C., Mann, P., Ostby, J.S. (1997b) In utero exposure to low doses of 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin alters reproductive development of female Long Evans hooded rat offspring. Toxicol. Appl. Pharmacol., 146, 237-244
Hamm, J.T., Sparrow, B.R., Wolf, D., Birnbaum, L.S. (2000) In utero and lactational exposure to 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin alters postnatal development of seminal vesicle epithelium. Toxicol. Sci., 54, 424-430
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Mably, T.A., Moore, R.W., Peterson, R.E. (1992a) In utero and lactational exposure of male rats to 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin 1. Effects on androgenic status. Toxicol. Appl. Pharmacol., 114, 97-107
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米元純三、遠山千春、尾根田暁、永田良一 (2001) 妊娠期2,3,7,8-TCDD投与ラットの多世代影響、第4回環境ホルモン学会研究発表会要旨集、p. 347


3 がん及びその他の毒性影響に関する最近の知見

要旨
 1999年以降に発表された、ダイオキシン類の低用量域における毒性影響に関する文献をまとめた。
 低用量域のTCDD(0, 0.01, 0.1, 1.0, 10 ng/kg/day に相当、腹腔内投与)のラット肝プロモーション作用を、DENをイニシエーターとした肝2段階発がん試験法を用いて検討した結果、肝比重量はDEN処置の有無に関わらず1.0 ng/kg以上群で有意に増加し、glutathione S-transferase placental form (GST-P) 陽性変異細胞巣の数及び容積は、10 ng/kg群で有意に増加した。胎児期に低用量TCDD(0, 12.5, 50, 200, 800 ng/kg体重、1回強制経口投与)を暴露されたラットの免疫関連臓器への影響について検討した結果、脾細胞の数は生後49日の12.5 ng/kg以上群で用量相関性に減少し、800 ng/kgでは有意差が認められた。また、胎児及び授乳期にPCB(0, 25 pg, 2.5 ng, 250 ng及び7.5 mg/kg、1日1回強制経口投与)を暴露された児動物の乳腺発癌に対する影響を検討した結果では、腫瘍の発生頻度と平均発生個数は、2.5及び250 ng群で増加したが(有意差はなし)、逆に7.5 mg群では有意に減少した。したがって、PCBの胎児期及び授乳期暴露は児動物のDMBA乳腺発癌に対し低用量では促進的に作用し、高用量では抑制することが示唆された。

本論
 Teeguarden ら(1999)は、TCDDの低用量域におけるラット肝プロモーション作用の用量相関性と経時変化を肝二段階発がん試験法を用いて検討した。実験は雌SDラット(150〜200 g)に部分肝切除を行い、その24時間後N-diethylnitrosamine (DEN, 10 mg/kg bw; non-necrogenic, subcarcinogenic dose)を1回強制経口投与した。DEN投与1週後から 0, 0.00014, 0.0014, 0.014 あるいは 0.14 mg/kg体重のTCDD(純度99%以上)(0, 0.01, 0.1, 1.0, 10 ng/kg/day に相当)を2週間に1回、1, 3あるいは6カ月間腹腔内投与した。DENを投与しない群も同様に設定した。なお、屠殺1週間前に肝細胞の細胞増殖性を検討する目的でbromodeoxyuridine (BrdU)を充填した浸透圧ポンプを皮下に埋植した。実験期間中各群の体重に有意な差は認められなかった。肝比重量はDEN処置の有無に関わらず1.0 ng/kg以上のTCDDを1カ月投与した群で有意に増加したが、3及び6カ月では増加傾向のみであった。 BrdUによる非増殖性病変における細胞増殖率は、DEN非処置群の間では0.1 ng/kg群が最も低くU字形の用量曲線であった(対照群との間で有意差はなし)。DEN処置群でも同様の用量曲線がみられ、1カ月投与の0.1, 1.0 ng/kg群及び3カ月投与の0.1 ng群で対照より有意に低値を示した。しかし6カ月投与では差は認められなかった。肝の前がん病変であるglutathine S-transferase placental form (GST-P) 陽性変異細胞巣の数及び容積は、1, 3, 6カ月投与の10 ng/kg群で有意に増加し、0.1 ng/kg以上群でも増加傾向を示した。また、adenosine triphosphatase (ATPase) 陰性及びglutathione 6-phosphatase (G6Pase) 陰性の変異細胞巣の数は、1カ月投与のすべての群で有意に増加したが、6カ月では1.0及び10.0 ng/kg群のATPase陽性細胞巣のみが増加していた。DEN非処置群での変異細胞巣の数は0.1 ng/kg群が最も少なくU字形を呈していたが、標準誤差が大きく投与の影響とは断定できなかった。
 Noharaら(2000)は胎児期に低用量TCDDを暴露されたラットの免疫関連臓器への影響について検討した。実験には妊娠15日の母動物(Holtzmanラット)を用い、0, 12.5, 50, 200, 800 ng/kg体重のTCDDを1回強制経口投与し、児動物(雄)を生後5, 21, 49, 120日に剖検した。児動物の体重、胸腺及び脾重量は実験期間中対照群と差はなかった。生後5日の胸腺において用量相関性のCYP1A1 mRNAの誘導が50 ng/kg以上群で認められた(有意差は不明)が、誘導は経時的に減少した。一方、脾臓ではCYP1A1の誘導は非常に弱かった。胸腺細胞の数及びCD4とCD8を指標とした胸腺細胞のpopulationは、いずれの時期においても投与による影響は見られなかった。しかし、脾細胞の数は生後49日の12.5 ng/kg以上群で用量相関性に減少し、800 ng/kgでは有意差が認められた。生後21及び120日では脾細胞の数及びpopulationに変化は見られなかった。生後49日の800 ng/kg投与群で脾臓の各種サイトカイン(IL-1b, IL-1a, IL6, TGF-b, GM-CSF m-RNA)の発現を測定したが、投与による変化は認められなかった。なお、同群の脾臓におけるTCDDの濃度は22.4 pg/g tissueであった。以上より、周産期低用量TCDD暴露はAhレセプター非依存性に児動物の免疫臓器に影響を与えることが示唆された。
 Mutoら(2001)は胎児及び授乳期におけるPCB暴露の、児動物の乳腺発癌に対する影響を検討した。実験には雌のSDラットを用い、0, 25 pg, 2.5 ng, 250 ng及び7.5 mg/kgの3,3',4,4',5-pentachlorobiphenyl (PCB126)を妊娠13から19日まで強制経口投与し、生後50日経過した雌の児動物に20mgの7,12-dimethylbenz(a)anthracene (DMBA)を単回強制経口投与した。生後50日の肝におけるPCB濃度はそれぞれ対照の約1.2, 2.4, 21, 530倍であり、肝のCYP1A1発現の増加は2.5 ng以上群で認められた。実験は170日あるいは腫瘍径が2 cmに達した時に終了した。体重は21日の250 ng/kg以上群で有意に減少したが、50日には回復した。30及び50日の肝、子宮重量に差は見られなかった。乳腺腫瘍の発生頻度と平均発生個数は、2.5及び250 ng群で増加したが(有意差はなし)、逆に7.5 mg群では有意に減少した。以上の結果から、PCBの子宮内及び授乳期暴露は児動物のDMBA乳腺発癌に対し低用量では促進的に作用し、高用量では抑制することが示唆された。
 IARCにおけるTCDDの評価は、ヒトに対する発癌性がlimited evidence、動物ではsufficient evidenceであることから、Group 1とされている。なお、他のpolychlorinated dibenzo-para-dioxins、dibenzo-para-dioxin、polychlorinated dibenzofuransはgroup 3に分類されている(IARC, 1997)。また、EPAでは動物及びヒトに関するデータの「weight of evidence」に基づき、TCDDをhuman carcinogen、その他のダイオキシン類をlikely human carcinogen と判断している。

参照文献
IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans, (1997) vol 69, polychlorinated dibenzo-para-dioxins and polychlorinated dibenzofurans. pp. 34-343.
Muto, T., Wakui, S., Imano, N., Nakaaki, K., Hano, H., Furusato, M., Masaoka, T. (2001) In-utero and lactational exposure of 3,3',4,4',5-pentachlorobiphenyl modulate dimethylbenzanthracene-induced rat mammary carcinogenesis. J. Toxicol. Pathol., 14, 213-224, 2001.
Nohara, K., Fujimaki, H., Tsukumo, S., Ushio, H., Miyabara, Y., Kijima, M., Tohyama, C., Yonemoto, J. (2000) The effects of perinatal exposure to low doses of 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin on immune organs in rats. Toxicology, 154, 123-133.
Teeguarden, J.G., Gragan, Y.P., Singh, J., Vaughan, J,, Xu, Y.-H., Goldsworthy, T., Pitot, H.C. (1999) Quantitative analysis of dose- and time-dependent promotion of four phenotypes of altered hepatic foci by 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin in female Sprague-Dawley rats. Toxicol. Sci. 51, 211-223.


4 体内動態に関する最近の知見

要旨
 ダイオキシンの体内動態について1999年以後に現れた文献を中心に検討し、TDI設定に影響する可能性のあるヒト及び雌動物に関する文献についてまとめた。 ラットにcorn oilに溶解したTCDDを投与したときの吸収率は86%として暴露を計算していたが、妊娠ラットではHurst ら (2000a)の検討から吸収率は約60%とするのが適当と思われた。
 ヒトにおけるTCDDの半減期については幾つかの報告があり、その内には半減期が約10年との結果もあったが、体内負荷量が低い時には日常的な暴露により見かけの半減期が長くなる傾向があることから、特にTDI設定のための半減期7.5年を変更する必要性は認められなかった。
 TCDDがCYP1A2で代謝されることが示された。
 胎児への分布量が単回投与では反復投与時に比べ高かった。これは単回投与時には血流分布の多い組織への分布がまず起こるが、時間の経過とともに組織親和性に依存してTCDDの再分布が起こることによると思われる。この結果は単回投与による毒性に基づいてリスク評価した場合、ヒトでは慢性暴露であることから、TCDDの胎児毒性がより低い体内負荷量で現れると評価してしまう可能性を示唆している。胎児への作用がTCDDの直接作用によるならば、臨界期における胎児の暴露レベルの差を考慮すべきである。この差による補正係数はSCIとJECFAとでは異なっており、算定には更に検討する必要がある。
 また、ダイオキシン類の薬物動態についてはTCDDを中心に検討されてきたが、他の類縁体の薬物動態データも蓄積してきたので、TEFの見直しの際はそれも考慮する必要があるかもしれない。

本論
4.1 消化管吸収について
 食物中に含まれるTCDDのヒト消化管からの吸収率については、EPA(1985)やWHO(1998)の報告をもとに50%として毒性試験から求めた毒性発現時の体内負荷量に対応するヒトでの一日摂取量を計算した。一方、Schlummer ら (1998)は7人の男女において通常の食物からのダイオキシン類の摂食量と糞中への排出量を測定し、その差を吸収として解析したところ、全ての残留性ダイオキシン類について血中濃度と吸収との間に負の相関があり、血中濃度が約10 pg/g fat以上のヒトでは摂取量より排泄量の方が多く、吸収率の算定はできなかった。なお、I-TEQで表したとき、志願者のなかでの最大吸収率は63%であった。
 ラットでの消化管吸収は1〜50 mg/kg程度の高用量を用いた実験で、70〜84 %とされ(Piper et al., 1973, Rose et al., 1976)、WHOでは86%の値を採用していた。一方、Hurst ら (2000a)は3H-TCDDをcorn oilに溶解し、50, 200, 800, 1000 ng/kgを妊娠ラットに経口投与し、肝、脂肪、皮膚、筋肉、血液、胎児、及び胎盤における放射活性を測定し、それらの臓器に90%の活性が分布していると仮定し、母体での体内負荷量を計算したところ、それぞれの用量で平均30.6, 97.4, 522.8及び585.2 ng/kgとの結果を得た。これから吸収率を換算するとそれぞれ61.2%, 48.7%, 65.3%, 58.5%となった。これらの結果から妊娠ラットにおける低レベル暴露時の吸収率はほぼ60%であると見なすことが適当と思われた。

4.2 代謝
 TCDDで示されているように、一般的にCDDsやCDFsは代謝されにくく、肝ミクロソームの薬物代謝酵素によりゆっくりと極性物質に代謝される。これらは、更にグルクロン酸及びグルタチオン抱合を受ける。代謝には種差があり(Olson and Bittner 1983)、マウスではin vivo及びin vitroで代謝を検出できなかったが(Vinopal and Casida 1973)、ラット、ハムスター、イヌでは若干代謝された(Nelson et al., 1977, Olson et al., 1980, Poiger et al., 1982)。
 ヒトにおけるTCDDの代謝経路に関するデータはないが、TCDDが一部糞中に代謝物として排泄されるとの証拠がある(Wendling et al., 1990)。モルモットではRI標識したTCDD投与後45日に組織中に残存する放射活性の内28%が代謝物によるが、その他の動物では代謝物は組織中に認められなかったと報告されている(Olson 1986)。尿及び胆汁中には多くがグルクロン酸抱合体として排出された(Olson and Bittner 1983)。ラット(Sawahata et al., 1982)やイヌ(Poiger et al., 1982)ではTCDDの水酸化も報告されている。主代謝物は1,3,7,8-tetrachloro-2-hydroxydibenzo-p-dioxinであり、副次的な代謝物として3,7,8-trichloro-3-hydroxydibenzo-p-dioxinや1,2-dichloro-4,5-hydroxybenzene (Poiger et al., 1982)が報告されている。遊離肝細胞では1-hydroxy-TCDD、8-hydroxy-TCDDが検出されている(Sawahata et al., 1982)。
 最近の報告では、ラット肝ミクロソーム分画においてTCDDの酸化が主にCYP1A2によることが示された(Hu and Bunce 1999)。
 TCDD以外のCDDsの代謝に関するデータは少ない。Wacker ら (1986)は1,2,3,7,8-PeCDDを投与したラット胆汁中に代謝物が少なくとも3つあることを示した。完全に塩素化されたOCDDについては、予想どおり代謝物を検出できなかった(Birnbaum and Couture 1988, Tulp and Hutzinger 1978)。1,4,7,8-TCDDのラットにおける主代謝物として水酸化された四塩化或いは三塩化物が糞中に、また、それらのグルクロン酸抱合体や硫酸抱合体が尿及び胆汁中に検出された(Huwe et al., 1998)。また、微量ではあるがdichlorocatecholや二水酸化された四塩化或いは三塩化物及びそれらの抱合体も検出された。なお、ラット肝ミクロソーム分画における1,2,3,4-TCDDの酸化はほぼ選択的にCYP1A1により行われ、1,2,4,7,8-PeCDDの酸化は主にCYP1A2による(Hu and Bunce 1999)。Hakk ら (2001) は1,2,7,8-TCDDが72時間でほぼ完全に排泄され、排泄量は尿中が5〜14%、胆汁中が約32%、糞中が約80%で、また、代謝物は尿、胆汁、糞で検出されたと報告している。糞中には水酸化体のグルクロニドと二水酸化体のジグルクルロニド、尿中主代謝物は4,5-dichlorocatecholのグルクロニドと硫酸抱合体であることが示された。

4.3 組織分布
4.3.1 ヒトでの分布
 Iida ら (1999)は6人の通常の日本人におけるPCDD/Fsの組織分布について報告した。それによれば欧米の結果と同様にダイオキシン類の血中濃度はOCDDが最も多く(2000pg/g lipid)、ついで、1,2,3,4,6,7,8-HpCDD (100 pg/g lipid), 3,3',4,4',5-PeCD (79 pg/g lipid), 1,2,3,6,7,8-HxCDD (63 pg/g lipid), 3,3',4,4',5,5'-HxCD (47 pg/g lipid), 2,3,4,7,8-PeCDF (46 pg/g lipid)の順であった。また、Patterson ら(1988)の報告と同様に、血液中のPCDD/Fsは脳と肺を除く他の組織中のPCDD/Fs量と極めて良い相関を示していた。これらは体内負荷量を血中濃度を測定することにより推定できることを示している。また、日本の都市廃棄物焼却場で働いていた30人の労働者と一般志願者30人の血中ダイオキシン類を分析したところ、それぞれ19.2及び22.9 pg TEQ/g lipidで、両者に差が無かったが、1,2,3,4,7,8-HpCDF濃度は労働者の群で有意に高く、労働期間に相関して高かった(Kumagai et al., 2000)。
 なお、糖尿病患者(44人)と対照患者(2201人) の妊婦で血中PCB濃度を比較したところ、糖尿病患者(メジアン, 3.77 mg/L)では対照群(2.79 mg/L)より30%高かった(Longnecker et al., 2001)。

4.3.2 動物での分布
 雌生殖臓器への分布についてまとめた。
 Wistar系雌ラットに14C-TCDDを皮下投与(3000 ng/kg)し、7日後で肝が29〜30 ng/g tissue、脂肪は肝の約1/7〜1/8であったのに対し、卵巣中では肝の1/40〜1/30程度であった(Abraham et al., 1988)。雌CD1マウスに100 μg/kgを腹腔内投与後1日では肝1g中に投与量の9.7 %/g、脂肪中に14.2 %/g分布していたのに対し、子宮には1.4 %/g, 卵巣には2.1%/g分布していた(Mackenzie et al., 1992)。即ち、腹腔投与後短時間では子宮や卵巣等にも肝の1/5〜1/10の量が分布していた。しかし、投与7日では肝に14.5 %/g, 脂肪組織に0.82 %/g、残躯体に0.05 %/g残留していたのみで、子宮や卵巣中への分布は検出されていなかった(MacKenzie et al., 1992)。

4.4 排泄
 いずれの動物においてもTCDDの排泄は遅い。主な排泄経路は胆汁中及び糞中であり、尿中排泄は微量である。哺乳類では乳汁中への排泄が重要である。

4.4.1 ヒトでの排泄
 ベトナム参戦兵士での調査ではTCDDの血清中半減期のメジアンは7.1年であった(Pirkle et al., 1989)。その後、それらの213人について更にデータを追加した10年以上のデータをもとに計算したところ半減期は8.7年(95%信頼限界:8.0〜9.5年)とされた(Michalek et al., 1996)。また、BASF AG工場の29人の労働者の平均半減期は5.8年(Ott and Zober 1996)、殺虫剤工場労働者48人のメジアン半減期は7.2年(Flesch-Janys et al., 1996)、セベソの住人27人での結果では8.2年(Needham et al., 1994)であった。男性志願者にTCDD (1.14ng/kg)を経口投与した場合の半減期は2120日(5.8年)と報告されている(Poiger and Schlatter 1986, Wendling et al., 1990)。TCDDの排泄半減期と体脂肪量との間に相関関係があり、Ott and Zober (1996)は体脂肪量が20%及び30%のヒトの半減期はそれぞれ5.1年及び8.9年と推定した。
 これらの結果から、WHO (1998)ではヒトにおけるTCDDの半減期を7.5年とし、体内負荷量の計算を行い、我が国でのTDI設定に際してもこれを採用した。
 最近、Michalek and Tripathi (1999)はOperation Ranch Hand作戦に従事したベトナム退役軍人の15年間の追跡データをまとめ半減期は7.6年 (95%信頼限界は7.0〜8.2年)と報告した。一方、Jackson ら(2001)の報告によれば、1419人の空軍のベトナム退役軍人の血液中TCDDレベルは、87年から97年の間の10年間、平均すると0.25 ppt/yearの速度で低下していた。87年と92年のデータのそろっていた33人をペアにして計算したところ消失速度は0.068/year (半減期10.1年)であり、これはドイツにおける89〜94年の間の低下(Schecter et al., 1996a, 7.8%/year, 0.081/year、半減期8.5年)とほぼ同様であった。なお、暴露レベルが低下するにしたがって日常的な暴露により総排泄量が低下し、定常状態に達すると思われるが(Phliilips 1989)、上のデータでは一般の人の暴露レベルに近い、4ppt以下のヒトが7人、4〜10pptのヒトが9人含まれていることから、ここで示された半減期が既に体内にあったTCDDの半減期を示しているとは必ずしも言えない。
  CDDsの個々の類縁物質の排泄に関するヒトのデータは少ない。Flesh-Janys ら (1996)はいくつかのCDDsの血中濃度について43人の工場労働者についてone compartment, first order kineticsで計算し、2,3,7,8-TCDDでは7.2年、1,2,3,7,8-PeCDDでは15.7年、1,2,3,4,7,8-HxCDDでは8.4年、1,2,3,6,7,8-HxCDDでは13.1年、1,2,3,7,8,9-HxCDDでは4.9年、1,2,3,4,6,7,8-HpCDDでは3.7年、及びOCDDでは6.7年と推定している。CDFsでは1,2,3,4,6,7,8-HpCDF では3.0年、2,3,4,7,8-PCDFでは19.6年であった。なお、一般に喫煙者では半減期は相対的に短い。カネミ油症患者での2,3,4,7,8-PeCDFの半減期は2〜30年であった(Ryan et al., 1993)。
 Rohde ら (1999)は化学工場に働いた履歴があり、PCDD/Fsの体内負荷量の高い6人の志願者の糞中への排泄を検討した。その結果、代謝されずに糞中に排泄されたPCDD/Fs量は試験期間中に摂取した量よりも明らかに多く、PCDD/Fsが消化管から排泄されていることを示している。血中及び糞中PCDD/Fs量との間には高い相関があり(r>0.8)、糞中排泄量が体内負荷量によって決まっていることを示している。これらの結果及び血中濃度推移から糞中排泄による半減期は10年(OCDD)から33年(2,3,4,7,8-PeCDF)であり、また、全身クリアランスの37% (2,3,7,8-TCDD)から90%(OCDD)を糞からのクリアランスが占めていると計算された。
 なお、Masuda (2001)は5人の油症患者と3人のYuchen患者の血液中ダイオキシン類を追跡し、毒性の主な原因とされている2,3,4,7,8-penta-CDFの半減期は暴露後最初の15年間は2.9年、15〜30年の間では7.7年と報告している。
 これらの結果から、低レベル暴露時のダイオキシン類の半減期は正確に測定できているとは言えないことから、現時点では7.5年のままとし、TDIの計算を行うのが適当と思われる。

4.5 CDDsの経胎盤移行及び乳汁を介した新生児暴露
 乳汁中へのCDDs排泄については多くの文献があるが、ここでは省略した。 Schecter ら (1996b)はヒト胎児及び胎盤中CDDs及びCDFs濃度について報告している。脂肪含量あたりでは、プールした14個の胎盤での値は10.1 ng/kgで胎児では5.3ng/kgでほぼ胎盤の半分であった。重量あたりではそれぞれ0.086 ng/kg及び0.034 ng/kgであった。これらの結果は胎児への移行は少なく、胎盤バリアーが機能していることを示している。
 Schecter ら (1998)は5人のNew York州在住米国人の血液、母乳、脂肪組織、胎盤、及び臍帯血を集め(1995〜96年)それらの中のダイオキシン類を測定した。脂肪含量当たりの計算結果では、脂肪組織で 352 pg/g, 分娩前の血液で526 pg/g, 胎盤で182 pg/g, 臍帯血で165 pg/g, 分娩後の血液で352 pg/g 及び母乳で 220 pg/gであった。全TEQ で現すとそれぞれ11.6, 12., 10.5, 5.8, 10.0及び10.2 pg/g TEQであり、彼らの96年の結果と同様に胎児へのCDDsの移行は少なかった。
 げっ歯類においても胎児への移行は制約されており、乳汁を介した移行が新生児の暴露の主なものである。妊娠11日に投与した30μg TCDD/kgの胎児への移行は投与量の0.5%以下であった(Weber and Birnbaum 1985)。一方、TCDDは投与後速やかに胎児にも分布する。投与後30分において母体の血液、肝臓、及び脂肪、胎盤、胎児の肝臓及び口蓋で検出された(Abbott et al., 1996)。最高濃度到達時間は血中及び胎盤中では3時間、その他の組織では8時間であった。なお、胎児の肝臓及び口蓋中濃度は8時間後から徐々に低下した。この速度はラットの半減期として考えられている値より早い。これは体内でのCDDsの再分布によるものと思われる。
 母体では肝臓への分布が最も多いが、胎児では頭部の濃度が他の部分より高い。Van den Berg ら (1987)は焼却場の気散灰抽出物を食事に混ぜ、妊娠8〜17日までラット(Wistar)に投与し、胎児移行を調べたところ、胎児に検出されたものは49種類のtetra-, octa-CDDsの内、2,3,7,8-位が塩素置換された7種のCDDのみであった。また、投与量の0.13% (0.0092%/g)が胎児に移行していた。HpCDDsとOCDDは検出されなかった。生後10日の新生仔の肝臓には2,3,7,8-TCDD, 1,2,3,7,8-PCDD及び3種の2,3,7,8-置換HxCDDsが高濃度に存在していた(残留量は投与量の5.3〜8.1%)。妊娠・授乳ラットでは2,3,7,8-位が塩素置換されたpenta-及びhexa-置換体が最も多く肝臓に残留していた(投与量の53.9〜80.2%)。妊娠及び授乳ラットの肝臓におけるこれらの残留量には差は無いが、脂肪組織中濃度は授乳ラットで少なかった。同様の結果はLi ら (1995)も報告している。彼らは妊娠18日に静脈内投与したTCDDの胎児肝への移行は2日間で0.07%に過ぎず、TCDDの胎盤移行は少ないが、出産1日後の肝臓中濃度が投与量の0.65%、分娩後4日間には2.88%に達し、授乳を通じた移行が多いことを示した。
 妊娠マーモセットに出産11週前に皮下投与したCDDsとCDFsの内0.15%の2,3,7,8-TCDDと1,2,3,7,8-PCDDが生後33日の新生児の肝臓に検出された(それぞれ新生児では395及び611 pg/g、母体では107及び326 pg/kg)(Hagenmaier et al., 1990)。その他の類縁物質量は母体の10%以下であった。2,3,7,8-置換CDDsの脂肪中濃度は母体の少なくとも1/3であったが、OCDDの濃度は母体の3倍高かった。乳汁を介したCDDsの移行はかなりあるが、物質選択的であった。アカゲザルでもTCDDに暴露された母獣から生まれた子供の離乳時脂肪中TCDD濃度が母獣の4.3倍あった(Bawman et al., 1989)。彼らは母獣の体内TCDDの17〜44%が乳汁中に排泄されたと推定している。
 以下に、胎児への分布に関する最近の知見をまとめた。
 Hurst ら (2000b)は雌ラットに10, 30 ng/kg を13週経口投与したのち交配し、母獣及び胎児への分布を調べた。母獣の体内負荷量(BB)は1, 10, 30 ng/kgの投与で約19, 120, 300ng/kgであった。なお、TCDDの半減期を23.7日、吸収率60%とし、one compartment modelに基づき計算したBBはそれぞれの用量で13.9, 136, 408ng/kgでありほぼ一致していた。なお、妊娠16日ではBBは1.4, 7.5, 15.2 ng/gであった。また、生後4日の新生児のBBはそれぞれ18.2, 132.3, 334.9 ng/kgであり、出生後乳汁を介して多量のTCDDが新生児に移行することが判る。

表1:妊娠15日の雌ラットに3H-TCDDを反復投与した後の体内負荷量 (Hurst et al., 2000b)
  体内負荷量(BB: ng/kg)
dose (ng/kg/day) GD9の母獣 GD16の母獣 GD21の母獣 GD16の胎児 PND4の新生児
1 18.4±2.7 19.4±1.9 19.7±2.7 1.4±0.2 (7.2) 18.2±2.0
10 108.9±18.1 130.0±11.7 118.9±20.7 7.5±0.5 (5.7) 132.3±12.6
30 289.5±34.5 304.1±38.5 323.1±22.1 15.2±2.2
(4.9)
334.9±32.7
()の中は母獣のBBに対する%値
GD: genestation day, PND: post-natal day

 一方、妊娠15日の雌ラットに50, 200, 800, 1000 ng 3H-TCDD/kg in 5ml corn oil/kgを単回投与し、妊娠16, 21日母獣の組織中TCDD量を測定したところ、50 ng/kgではBBがGD16で30.6±3.1, GD21で26.6±3.1 ng/kg, 200ng/kgではBBがGD16で97.4±23.2, GD21で76.2±16.7 ng/kg,であった。一方、胎児への分布はそれぞれ6.8 pg/g(胎児), 5.3 pg/g(全胎児)であり、胎児への分布は少なかった(Hurst et al., 2000a)。この値は1999年に当時の厚生省と環境庁でダイオキシン耐容一日摂取量(TDI)を設定したときに引用したHurstらの投稿中のデータと同じであった。なお、母獣のBBが生殖毒性を起こす200 ng/kgの場合とほぼ同等となる用量、10 ng/kg/dayを13週間反復投与した時の妊娠16日の胎児のBBは母獣の5.7%であるのに対し、単回投与200 ng/kgでは13.5%と単回投与時の方が胎児への分布割合が高い。これは単回投与時はまず肝臓のように血液循環の多い臓器に多く分布し、その後脂肪組織中へ再分布する(Abbott et al., 1996)が、反復投与時には胎児の成長に伴い、逆に脂肪組織からの胎児へのTCDDへの再分布が起こるが、その速度が胎児の急速な成長に追いつかないことによると推定される。
 このように考えるとダイオキシンのような物質の慢性暴露による胎児毒性について注目しているとき、単回投与時の胎児暴露の結果をそのままヒトに外挿することは胎児毒性を過大評価してしまう可能性があることを否定できない。なお、上の200 ng/kg単回投与群での結果は吸収率が約50%と他群や他文献と比べて悪く、実際は、それほど大きな差があるとは必ずしも言えない。SCF (2001)ではHurstらの上記2論文のデータを解析し、Power equationに回帰させた結果をもとに2.6の係数を用いるべきとしているが、JECFA (2001)では同じデータを直線回帰させ1.7の係数を得ている。これらについては更に検討する必要がある。過去、及び今後のデータを引き続き詳細に解析する必要がある。なお、胎児への毒性が胎児への直接作用によるのか否かについては議論を要する問題である。

表2:妊娠15日の雌ラットに3H-TCDDを単回投与した後の体内負荷量 (Hurst et al., 2000a)
  体内負荷量(BB: ng/kg)
dose (ng/kg) GD16の母獣 GD21の母獣 GD16の胎児 GD21の胎児
50 30.6±3.1 26.6±3.1 5.3±0.7 (17.3) 4.3±0.6
200 97.4±23.2 76.2±16.7 13.2±3.9 (13.5) 14.6±5.5
800 522.8±29.6 327.8±59.3 39.1±5.2 (7.4) 32.2±5.4
1000 585.2±98.3 431.1±60.0 55.7±18.5 (9.5) 36.4±8.7
()の中は母獣のBBに対する%値

 Chenら(2001)は妊娠15日のLong Evans ラットにTCDD, TCDF, PeCDD, 1-PeCDF, 4-PeCDF, OCDF, PCB77, PCB126, PCB169の混合物を食物中に含まれているのと同様の比率で総ダイオキシン類として50, 200, 800, 1000 ngTEQ/kgを経口投与し、主要臓器中の分布を検討した。母獣の肝臓への分布はTCDD, PeCDD, 4-PeCDF, OCDF, PCB126, PCB169では用量依存的に増加した。また、4-PeCDF, PeCDF, PCB126の肝親和性はTCDDより高かった。TCDF, 1-PeCDF, PCB77は速やかに代謝された。胎児の経胎盤暴露は0.5〜3%で授乳からの新生児暴露7〜28%より少なかった。それぞれの類縁物質の体内動態は用量依存的であることから高用量での結果を外挿する際は注意が必要である。なお、胎児への分布の割合は、Hurst ら (2000a)の単回投与時の結果と比べ大きな差は無かった。一方、表に示したように、胎児への分布はTCDDで最も多く、妊娠21日に組織1gあたり投与量の0.043%が分布していた。TCDFの胎児への分布はその約1/10〜1/20、PeCDDの分布はTCDDと同等かあるいは1/2であった。その他ではPCB126とPCB169が組織1gあたり投与量の0.01%程度胎児に分布していた。なお、肝臓への分布はTCDD, PeCDD, 4-PeCDF, OCDF, PCB126, PCB169では用量依存的に増加した。4-PeCDF, PeCDF, PCB126の肝親和性はTCDDより高かった。TCDF, 1-PeCDF, PCB77は速やかに代謝された。

表3:ダイオキシン類混合物200 ngTEQ/kgを妊娠15日のラットに経口投与後の分布(Chen et al., 2001)
  母獣肝臓
(% of dose)
胎盤
(% of dose/g)
胎児/新生児
(% of dose/g)
TCDD GD16 75.2±21.4 0.5±0.004 0.019±0.005
GD21 25.5±5.7 0.36±0.009 0.043±0.009
PND 4 24.3±11.3   0.20±0.05
TCDF GD16 69.0±26.5 0.15±0.002 0.0015±0.0004
GD21 2.84±0.83 ND 0.0020
PND 4 1.78±0.71   0.0030±0.0016
PeCDD GD16 62.1±14.3 0.025±0.003 0.0020±0.0004
GD21 9.45±4.66 0.025±0.006 0.021±0.005
PND 4 1.97±0.90   0.16±0.004

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5 作用機序に関する最近の知見

要旨
 ダイオキシンの作用機序について1999年以降に発表された文献のうちTDIに関係すると思われるものを中心にまとめた。
 ダイオキシンの毒性作用発現にダイオキシン受容体(アリール炭化水素受容体、AhR)が深く関与していることはよく知られている。このAhRの遺伝子転写因子としての働きに関与する多くの分子が発見されており、それらの遺伝的多型や相互作用により、ダイオキシンの毒性に対する感受性に変化が生じる可能性が示唆される。

本論
5.1 ダイオキシン受容体レプレッサーの発見
 藤井らのグループは、AhRについて国際的にも高く評価される研究を行っており、同グループによるAhRの調節作用についての最近の総説(Mimura et al., 2002)は、ダイオキシンの健康影響再評価にも参考になる情報を多く含んでいる。AhR遺伝子産物と類似の分子構造をもつ蛋白質がいろいろと発見されているが、その1つにAhRレプレッサー(AhRR)がある(Mimura et al., 1999)。AhRR遺伝子はダイオキシン-AhR複合体により発現が誘導される遺伝子群の1つである。AhRと結合して毒性発現に関与する分子の1つにAhR核移行分子(Ahr nuclear translocator, Arnt)があるが、AhRRはAhRと構造が類似しているため、Arntと複合体を作る。こうしてAhRRはAhRとArntを取り合うことにより、AhRの作用を抑制する。つまりAhRとAhRRはダイオキシンの毒性発現に関して、ネガティブ・フィードバック・ループをなしているのである。慢性的なダイオキシン暴露がAhRRを誘導し、ダイオキシンの毒性発現を抑制することが考えられる。つまり、ダイオキシン暴露の経歴により、ダイオキシンに対する感受性に差が生じうるのである。
 最近、わが国の研究者により、ヒトのAhRRには遺伝的多型があることが発見された(Fujita et al., 2002)。ヒトのAhRR蛋白質は715アミノ酸からなるが、その185番目のものがプロリンからアラニンに変化したもの(Pro185Ala)と、110番目がロイシンからプロリンに変化したもの(Leu110Pro)があり、これらの多型によりArntとの結合性にも差が生じる可能性が考えられる。日本人の陰茎短小患者59人と対照群80人で多型の頻度を調べたところ、Pro185ホモ個体の頻度が陰茎短小患者群では46%(27/59)、対照群では27%(22/80)と、陰茎短小患者で有意(P=0.03)に高かった(Fujita et al., 2002)。例数が少ないので、これだけの結果から結論を出すのは早計であるが、Pro185ホモ個体ではAhRRのArnt結合能が低いために、ダイオキシンに対して感受性が高なり、胎生期ダイオキシン暴露によりダイオキシンの女性化作用の影響を受けやすくなったとの可能性が示唆される。

5.2 ヒトのダイオキシン受容体及び関連分子の個体差
 前項ではヒトのAhRRの遺伝的多型によるダイオキシン感受性の差の可能性について触れたが、マウスではAhRの多型性によりダイオキシンの毒性に対する感受性に著しい系統差が生じることがよく知られている。ダイオキシン感受性の高いC57BL系と感受性の低いDBA系でAhRを調べると、DBA系では375番目のコドンがアラニンからバリンに変化しており、また、C端末が長くなっていて、これがAhRとの親和性を低下させることが明らかにされた(Ema et al., 1994)。ヒトのAhRについても、第554番目のコドンがアルギニンからリジンに変化している遺伝的多型のあることが報告されているが(Kawajiri et al., 1995)、この多型ではAhRのダイオキシン親和性に差は出ないようである(Wong et al., 2001)。しかし、AhRやこれに関連した分子の多型により、ヒトでもダイオキシン感受性に個体差がある可能性は依然として残されている。

5.3 ヒトのダイオキシン受容体の体内リガンドの発見
 AhRは長らく生理的リガンドが不明で、その生理的機能も不明な孤児(orphan)受容体とされてきた。AhR遺伝子ノックアウト・ホモ・マウスでは生殖能力の低下(Abbott et al., 1999)や肝臓の血管形成に異常が認められる(Lahvis et al., 2000)ところから、AhRは何らかの生理的機能をもっていると考えられる。紫外線あるいはオゾン処理されたトリプトファン産物がAhRのアゴニストとして働くことが報告されたが(Shidhu et al., 2000)、Adachiらは尿中に排泄されるインディルビンがダイオキシン受容体と親和性の高い体内リガンドの一つであることを示した(Adachi et al., 2001)。一方、食品中のフラボン類(Ashida et al., 2000)や、体内にある7-ケトコレステロール(Savouret et al., 2001)がAhRのアンタゴニストとして働くことが報告されている。このような体内リガンドの濃度が高ければ、これがAhRへの結合をダイオキシンと競合することによって、ダイオキシンの毒性発現に影響する可能性がある。このような体内で作られたり、食品中に含まれるAhRリガンドの存在も、ダイオキシンの毒性評価に当たって考慮に入れる必要が生じてきた。

5.4 ダイオキシンの内分泌かく乱作用の疑いについて
 ダイオキシン類のTDI設定に利用されている動物実験の毒性指標には、生殖に関わるものが多く、ダイオキシンの内分泌かく乱作用の理解は、TDI検討に際して重要と思われる。さまざまな新知見が報告されつつある現時点で、複雑なネットワークをなしている作用機序をTDI設定に関連付けるのは時期尚早であろうが、AhRや性ホルモン受容体でのシグナルトランスダクションとその相互作用(クロストーク)についての最近の報告例をいくつか紹介する。ダイオキシンは性ホルモン受容体に直接結合はしないとされるが、種々の経路を経て性ホルモンの作用を乱す。たとえば、TCDDはエストラジオール(E2)によるマウス子宮粘膜の増殖を抑制するが、AhR遺伝子ノックアウト・ホモ・マウスではこの抑制はみられず、この作用はAhRを介することが明らかになった(Buchanan et al., 2000)。AhRと種々のエストロゲン受容体(ER)の間にはさまざまなクロストークが報告されている。いろいろなin vitro実験系で、リガンドと結合したAhRがERα、COUP-TF (chicken ovalbumin upstream promoter-transcription factor)、ERレプレッサーαなどと直接相互作用することが認められた(Klinge et al., 2000)。COUP-TFはAhRの作用をDNA結合で競合することやタンパク質同士の相互作用により制御している可能性が示唆されている。AhRとERαを発現するヒト乳がん細胞株を用いての実験で、TCDDはプロテアソーム(細胞質内のタンパク質分解装置)依存性にAhRとERαを分解することが明らかになった(Wormke et al., 2000)。このようなAhRアゴニストによるERの分解がダイオキシンの内分泌かく乱作用に関与しているのかもしれない。

 以上のように、TCDD暴露から毒性発現に至るさまざまな過程で、遺伝及び環境要因によるダイオキシン感受性の変化が生じる可能性がある。その幅を推定することは現時点では困難であるが、TDI設定に際して用いる不確実係数の設定には慎重な検討が必要であろう。

参照文献
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Adachi, J., Mori, Y, Matsui, S., Takigami, H., Fujino, J., Kitagawa, H., Miller, C.A. III, Kato, T., Saeki, K., Matsuda, T. (2001) Indirubin and indigo are potent aryl hydrocarbon receptor ligands present in human urine. J. Biol. Chem., 276, 31475-31478
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Lahvis, G.P., Lindell, S.L., Thomas, R.S., McCuskey, R.S., Murphy, C., Glover, E., Bents,M., Southard, J., Bradfield, C.A. (2000) Protosystemic shunting and persistent fetal vascular structure in aryl hydrocarbon receptor-deficient mice. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 97, 10442-10447
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6 ヒト摂取量の実態とTDIとの関係

要旨
 ダイオキシン関連化合物による食品汚染は広範囲に及び、また人体への暴露は大気、水、食品のうち食品経由の暴露寄与が主であると考えられている。厚生労働省が実施しているマーケットバスケットによるトータルダイエット調査では、平成10〜12年度の3年間の平均的な1日摂取量は1.90 pgTEQ/kgbw/日であり、我が国のTDIを下回っており、現在のところ、食品衛生上の問題はないと考えられている。またダイオキシン類の1日摂取量は約20年間で約1/3に低下している。食品群別では魚類からの摂取が74.4%と大部分を占めている。一方陰膳試料による摂取量は7日間で日間変動によって約10倍も異なることが示されている。諸外国においても最近のダイオキシン類の摂取量は以前より減少傾向にある。ヨーロッパ諸国のダイオキシン類の1日摂取量は1.3〜2.7 pgTEQ/kgbw/dayで、その他の諸国の1日摂取量は0.33〜4.6 pgTEQ/kgbw/dayである。日本人の平均的なダイオキシン類摂取量は、これらの数値内にあり、他国と比べ特に問題のあるレベルではないと考えられ、更にJECFAやEUで提案されている耐容摂取量のTMDIやTWIと比較してもこれらの数値内に収まっている。

本論
6.1 我が国におけるヒト摂取量の実態
 ダイオキシン関連化合物による食品汚染は広範囲に及び、また人体への暴露は大気、水、食品のうち食品経由の暴露寄与が主であると考えられている。そこで、我が国では主に厚生労働省が、ダイオキシン類等の食品を介した人への暴露状況を正確に把握する目的で、通常の食事から摂取されるダイオキシン類の量を推察するためのトータルダイエット調査を平成9年度より実施し、また同一地区の保存トータルダイエット試料による22年間の経年的摂取量の調査等を実施している。
 我が国で実施しているマーケットバスケットによるトータルダイエット調査とは、約120品目を厚生労働省の国民栄養調査による食品群別摂取量表を基にして、7地区10〜16機関で食品試料を購入している。購入した各食品は、実際の食事形態に従い、そのまま又は調理した後、13群に大別し、混合しホモジナイズし、−20℃で保存したものを分析用試料としている。13食品群の内訳は、1群は米・米加工品、2群は米以外の穀類・種実類・芋類、3群は砂糖類・菓子類、4群は油脂類、5群は豆類・豆加工品、6群は果実類、7群は緑黄色野菜類、8群は他の野菜類・きのこ類・海草類、9群は調味料・嗜好飲料、10群は魚介類、11群は肉類・卵類、12群は乳・乳製品、13群はその他の食品(カレールー等)であり、14群として飲料水(水道水)を加えている。
 調査対象ダイオキシン類はPCDDs7種、PCDFs10種及びCo-PCBs12種の合計29種類である。なお数値はNDの場合、ゼロを用いた値で表記している。
 トータルダイエット調査の結果、平成9年度は7地区10ヶ所で実施し、ダイオキシン類の平均的な1日摂取量が2.41 pgTEQ/kgbw/日(範囲1.37〜3.18 pgTEQ/kgbw/日)であり(厚生省、平成10年)、平成10年度は7地区10ヶ所で実施し、平均的な1日摂取量が2.01 pgTEQ/kgbw/日(1.23〜2.77 pgTEQ/kgbw/日)であり(厚生省、平成11年)、平成11年度は7地区16ヶ所で実施し、平均的な1日摂取量が2.25 pgTEQ/kgbw/日(1.19〜7.01 pgTEQ/kgbw/日)であり(厚生省、平成12年)、平成12年度は7地区16ヶ所で実施し、平均的な1日摂取量が1.45 pgTEQ/kgbw/日(0.84〜2.01 pgTEQ/kgbw/日)と報告されている(厚生労働省、平成13年)。各年度毎の個別データの分布を表1に示した。
 最近4年間におけるダイオキシン類の食事由来摂取量の全国平均値は、我が国のTDIである4 pgTEQ/kgbw/日以下となっている。平成12年度のダイオキシン類の平均1日摂取量は調査が始まって以来最も低い値となっている。この低い値がダイオキシン類摂取量の減少傾向を意味しているか否かを判断するためには引き続き摂取量調査を継続して実施する必要がある。このように食品からの日本人の平均的なダイオキシン類摂取量は我が国のTDIを下回っており、現在のところ、食品衛生上の問題はないと考えられている。
 なお、同一地区(関西地区)の保存トータルダイエット試料(飲料水以外の13群)による22年間の経年的摂取量の調査から、6トータルダイエット試料(1977、1982、1988、1992、1995、1998年度)からのダイオキシン類の体重kg当たりの1日摂取量は、それぞれ8.18、5.33、5.61、2.08、2.30、2.72pgと報告されている。この結果ダイオキシン類の1日摂取量は過去22年間で明らかに減少し、1998年度の総摂取量は1977年度の総摂取量の1/3(33%)に減少し、特にダイオキシン類の摂取量は1/4(24%)となり、Co-PCBsの摂取量は2/5(41%)に減少していることが分かった。また過去約20年間におけるダイオキシン類の摂取量の減少傾向は、母乳中ダイオキシン類濃度の減少傾向と良く一致している。このことは、過去20年間に食事経由のダイオキシン類の暴露量が減少し、人体汚染レベルの低下に反映していることを強く示唆している。
 近年ダイオキシン類の摂取量調査は、自治体でも実施されているが、東京都の実施した平成12年度のトータルダイエット試料による1日摂取量調査結果では、東京都民の摂取しているダイオキシン類が2.18 pgTEQ/日であると報告している。また、埼玉県では1.0 pgTEQ/kgbw/日、神奈川県では1.60 pgTEQ/kgbw/日であると報告している。更に札幌市では1.04 pgTEQ/kgbw/日であると報告している。
 これら4都県市による平均的な1日摂取量は1.46 pgTEQ/kgbw/日であり、厚生労働省による平成12年度の16地域からの全国平均値1.45 pgTEQ/kgbw/日はこの値とよく一致している。
 ダイオキシン類の総1日摂取量に占める食品群別の割合は、3年間の平均データを用いた場合、魚介類からが74.4%、肉・卵からが14.7%、乳・乳製品からが6.1%、有色野菜からが1.4%、野菜・海草からが1.0%であり、その他の群の米、穀類・芋類、砂糖・菓子、油脂、豆・豆加工品、果実、嗜好品、加工食品、飲料水からの摂取割合は何れも1%以下と少なくなっている。
 ダイオキシン類摂取量の調査はトータルダイエット試料を用いる他に、陰膳方式による摂取量調査方法がある。即ち調査対象個人の1日分と同一の食事試料を全て確保し、全試料を混合し、そのダイオキシン濃度を測定し、1日摂取量を求める方法である。表2にその例を示した。環境省の研究データによる2名の陰膳からの摂取量は1.3及び2.8 pgTEQ/kgbw/日となっている(Matsumura et al., 2001)。また福岡県では成人2名の陰膳試料を7日間にわたり採取し、1日摂取量を求めている(Hori et al., 2001)。ダイオキシン類摂取量は1名が平均1.41 pgTEQ/kgbw/日で、他者が0.87 pgTEQ/kgbw/日と厚生労働省のトータルダイエットによる調査結果に近い値が得られている。しかし、日間変動は大きく最大摂取量と最小摂取量では11〜13倍と約10倍近い差があり、この原因は魚の摂取量差に依存すると報告している。
 この様に、我が国における食品由来のダイオキシン類暴露は魚の寄与が最も大きいことから、魚の摂取量、摂取する魚種あるいは摂食部位の違いにより、ダイオキシン濃度が大きく異なることや加工魚介類では比較的濃度が低い傾向が示唆されているので、偏りのないバランスの良い食生活が勧められている。

6.2 諸外国におけるダイオキシン類の1日摂取量
 表3及び表4(PDF:45KB)にFood Additives and Contaminantsに記載されている各国におけるPCDDs及びPCDFs並びにCo-PCBsの食品からの1日摂取量の表をそのまま示した(Liem et al., 2000)。また表5(PDF:38KB)にECのレポート(2000)に記載されている食品からのダイオキシン類の1日摂取量の表をそのまま示した。これらの表からCo-PCBsも含んだ最近のデータを抽出し、さらに最近報告されている各国の新しいデータも含め、EC及びその他諸国におけるダイオキシン及びCo-PCBsの1日摂取量をまとめて表6に示した。表から諸外国においても最近のダイオキシン類の摂取量は以前より減少傾向にあることは明らかである。またヨーロッパ諸国のダイオキシン類の1日摂取量は1.3〜2.7 pgTEQ/kgbw/dayであり、その他の諸国の1日摂取量は0.33〜4.6 pgTEQ/kgbw/dayであり、日本人の平均的なダイオキシン類摂取量は、これらの数値内にあり、他国と比べ特に問題のあるレベルではないと考えられる。
 FAO/WHOのJECFAレポート(2001)では、食品のダイオキシン濃度とその食品の摂取量から月間摂取量を試算している。更にダイオキシン高摂取群のリスク評価のために、ダイオキシン摂取量の分布から、摂取量の90パーセンタイル値も算出している。これらの内容を表7に示した。1日摂取量に換算した場合の中央値は0.5〜3.7 pgTEQ/kgbw/日となり、90パーセンタイル値では1.1〜9.3 pgTEQ/kgbw/日となる。表に示されている我が国の摂取量は前記トータルダイエット調査の結果より相当低く、これは食品中濃度の中央値を用いているためと考えられる。
 表8に英国及びイタリアの陰膳試料による1日摂取量調査の結果を示した。英国におけるダイオキシン類の陰膳試料による1日摂取量はN.D.=0の場合最大摂取量と最小摂取量では75倍の差が見られ、N.D.=LODでは約5倍の差となっている。これらの差は食物消費量の差や汚染植物油の摂取によると考察している。イタリアでの1日摂取量は極端に高摂取の2例を除いた、58陰膳試料では最大摂取量と最小摂取量の差が約21倍となっており、その理由として主に乳製品の寄与が大きくその他肉製品と魚の寄与を想定している。

6.3 新規提案TMDI及びTWIとの比較
 最近食品のダイオキシン類汚染及び摂取量に関する国際的な関心も高くなり、JECFA(FAO/WHO食品添加物合同専門家委員会)では2001年6月の会合でダイオキシン類のTMDI(耐容月間摂取量)を70 pgWHO-TEQ/kgbw/月とすることが提案されている。またEUではSCF(食品科学委員会)が2001年5月にダイオキシン類のTWI(耐容週間摂取量)を14 pgTEQ/kgbw/週とする意見を出している。これを受けて英国ではFSAが別途評価の見直しを実施しダイオキシン類のTDIを2 pgTEQ/kgbw/日とするよう勧告している。これら新しい耐容摂取量設定の根拠は、人へのダイオキシン類暴露を可能な限り減少させることを目的とし、またダイオキシン類の摂取量が摂取食品の種類によりかなりの日間変動があることを考慮し、月間の摂取量または週間の摂取量で規制しようとするものである。
 我が国の平成12年度の摂取量を提案TMDIと比較したところ、平均的な1日摂取量の1.45 pgTEQ/kgbw/日を31日分に換算した値は45.0 pgTEQ/kgbw/月となり提案値より少なく、最も大きな1日摂取量の数値2.01 pgTEQ/kgbw/日を用いた値は62.3 pgTEQ/kgbw/月となり、提案値より少ないことが分かる。次いで提案TWIと比較するため、同様に7日分に換算した場合、平均摂取量の数値は10.2 pgTEQ/kgbw/週となり提案値より少ないが、最大の数値を用いた場合は14.1pgTEQ/kgbw/週となり提案値に近い値となる。
 一方、福岡県の陰膳試料による調査では、7日間の食事の内1ないし2日の食事からの摂取量は2 pgTEQ/kgbw/日を上回っているが、2名の週間摂取量は6.12及び9.89 pgTEQ/kgbw/週となり、EU提案のTWIの14 pg/kgbw/週より低く、1日の食事由来の暴露が多かったとしても長期の暴露を考慮するとリスクは低下することが分かる。

参照文献
EC Report SCOOP task 3.2.5(2000) Assessment of dietary intake of dioxins and related PCBs by the population of EU member states
Hori, T., Ashizuka, Y., Tobiishi, K., Nakagawa, R., Iida, T.(2001) Dietary intake of dioxins and their daily variations estimated by duplicate diet study, Org.Compounds, 52,251-255
Liem, A.K.D., Furst, P., Rappe, C.(2000) Exposure of populations to dioxis and related compounds, Fd.Add.Contaminants, 17, 241-259
Matsumura,T., Seki, Y., Hijiya, M., Shamoto, H., Morita, M., Ito, H.(2001) Dioxins and coplanar PCBs in diet samples by duplicate service method, Org.Compounds, 52, 256-259
Summary of 57 meeting of JECFA(2001) Annex 4, Contaminants, 35-36
厚生省:平成9年度食品中のダイオキシン類等汚染実態調査報告(平成10年10月)
厚生省:平成10年度ダイオキシン類の食品経由総摂取量調査研究報告書(平成11年11月)
厚生省:平成11年度ダイオキシン類の食品経由総摂取量調査研究報告書(平成12年11月)
厚生労働省:平成12年度ダイオキシン類の食品経由総摂取量調査研究報告書(平成13年11月)


7 我が国におけるTDI再評価

要旨
 2000年以降のEC、JECFA、UKのダイオキシン類評価で使用されているデータセットは、1999年に我が国で行われたTDI再評価で用いられたものとほぼ同じであるが、Faqiら(1998)やOhsakoら(2001)の報告が、最も感受性の高いエンドポイントであったことを重要視して体内負荷量を計算し、TDI算定のための出発点として使用している。しかし、現時点でもFaqiら(1998)の低用量で観察された精子指標(1日精子産生、精巣上体精子数)に対する影響については異なる実験間での整合性は解決されておらず、Ohsakoら(2001)の報告に認められる軽微なAGD短縮の毒性学的意義も弱いと考えられる。したがって、いくつかの影響(開眼促進、精巣上体精子数の減少、雌性生殖器形態異常、遅延型過敏症の抑制)を基に1999年に算定した最低の毒性発現体内負荷量:86 ng/kgは、今回の再評価においても妥当であると考えられる。また、不確実係数に関しては、数字の振り分け方法は我が国とEC、JECFA、UKの評価では異なるが、いずれの機関でも概ね同じ値を用いており、LOAELでの体内負荷量に対する不確実係数10は妥当である。したがって、現時点でも1999年に我が国で設定されたTDI:4 pgTEQ/kg/dayを変更する十分な科学的知見は得られていない。一方、EC、JECFAのダイオキシン類評価では、ダイオキシン類の長い生体内消失半減期を根拠に、1週間あるいは1ヶ月あたりの耐容摂取量を勧告しているが、我が国におけるリスクマネージメント及びリスクコミュニケーションの観点から誤解を生じる恐れが高く、以前のように1日あたりの耐容摂取量として設定する方が妥当であると思われる。但し、短期間でTDIを越える暴露があっても体内負荷量が大きく変動することはなく、長期間の平均暴露量がTDIを下回れば有害影響が現れることはないということを強調する必要がある。

本論
7.1 体内負荷量
 1999年(平成11年)の我が国TDI再評価においては、86ng/kgを最低の毒性発現体内負荷量と判定したが、その根拠となった報告はGrayら(1997a,b)及びGehrsら(1997)の報告で母動物にTCDDを投与した場合に児動物に見られる開眼促進、精巣上体精子数の減少、雌性生殖器形態異常、遅延型過敏症の抑制であった。しかし、これより低い体内負荷量で現れた生体内影響、すなわち1日精子生産量の減少(Faqiら1998)、肛門生殖突起間距離(AGD)の短縮(Ohsakoら2001{当時は学会発表時のOhsakoら(1999)のデータを引用した})及びアカゲザルの子宮内膜症誘発と児動物の神経行動学的発達異常(Rier et al.,1993、Schantz and Bowman, 1989)等の報告は、用量依存性、試験の信頼性と再現性、影響の毒性学的意義の観点から、ヒトへの外挿に使用するためには十分ではないと考えられた。
 一方、最近のEC、JECFA、UKのダイオキシン類評価では使用されているデータセットは、1999年に我が国で行われた再評価で用いられたものとほぼ同じであるが、Faqiら(1998)やOhsakoら(2001)の報告が最も感受性の高いエンドポイントであるとして体内負荷量を計算し、耐容摂取量算定のための出発点として使用している。そこで、この耐容摂取量算定に大きな寄与を与えていると思われるFaqiら(1998)及びOhsakoら(2001)の報告を再評価した。TCDDの精子細胞、精子に対する影響については多くの報告があるが、特にFaqiら(1998)の報告で認められる1日精子生産量などの精子指標への影響はより高用量投与による実験においても再現されないなど、他の実験結果と整合性がとれていない。また、Ohsakoら(2001)によるAGD短縮は、体重補正が行われておらず、しかも軽微な変化が断続的に認められただけであり毒性学的な意義が弱いと考えられる。さらに、1999年以降これら精子数変化の再現性・整合性問題やAGD短縮の毒性学的意義付けを解決あるいは補強するような報告はされていない。JECFAの評価でもFaqiら(1998)やOhsakoら(2001)の両報告を用いて様々な体内負荷量の計算を試みているが、結局、どちらか単一の報告を基にするのではなく、両報告から得られた体内負荷量のレンジの中央値をTDI算定の出発点としたことからも、この両報告に対する毒性学的意義付けは必ずしも確定していないことがうかがい知れる。また、Rierら(1993)及びScantz and Bowman(1989)のアカゲザルに対する影響も、1999年以後、未だにその実験の信頼性に関する問題は依然解決されておらず、EC、JECFA、UKにおける耐容摂取量算定のための定量的評価にも実質的には使用されていない。以上のことから、今回の再評価においてもTDI算定の出発点となる最低の毒性発現体内負荷量の算定のためにFaqiら(1998)やOhsakoら(2001)の両報告結果を用いる積極的な理由はなく、したがって1999年のTDI再評価に用いた最低の毒性発現体内負荷量:86 ng/kgを変更する必要はないものと考えられる。
 なお、体内動態に関する知見(Hurst ら, 2000a)より、妊娠ラットにTCDDを経口投与したときの吸収率はこれまで86%より約60%とするのが適当であることが示されている。これに従うと、1999年の我が国TDI再評価における最低毒性発現体内負荷量の判定根拠となった報告のうち、次世代の遅延型過敏症の抑制を引き起こす際の体内負荷量は60 ng/kgと算定されることとなる。しかし、その他の影響(Grayら, 1997a,b)は実測値を用いているので、吸収率換算の影響は受けない。1999年当時あるいは現時点においても、最低毒性発現体内負荷量の判定は、複数の報告の再現性及び信頼性を基に評価しているので、計算上一部のエンドポイントによる最低毒性発現体内負荷量が86 ng/kgを下回ることがあっても、実測値に依存した体内負荷量:86 ng/kgをTDI算定のための総合的な低毒性発現体内負荷量とすることに、吸収率の違い(86%→60%)は大きな影響を与えないものと判断した。
 一方、体内負荷量の算定法に関しては、1999年の時点では投与用量を基にした母動物への体内負荷量を算出あるいは測定していたが、最近のEC、JECFA、UKのダイオキシン類評価では、多くの試験が単回投与である点と毒性発現の標的時期が妊娠16日の胎児にある点を考慮し、Hurstら(2000a, 2000b)の研究結果を基に、急性投与で得られる胎児の体内負荷量と同じ体内負荷量を与えるのに必要な反復投与時(定常状態期)の母動物の体内負荷量を逆算するという方法を用いている。
 そこで、1999年に我が国で求めた急性投与時の最低母動物体内負荷量:86 ng/kgを基に、EC及びJECFAで用いている定常状態期の母動物の体内負荷量を推定する方法(Power fit model及びLinear fit model)を用いて、定常状態期での母動物の体内負荷量を算出すると、Power fit modelでは約220 ng/kg、Linear fit modelでは約150 ng/kgと計算される。

7.2 不確実係数
 EPAの再評価では、体内負荷量の概念を用いて、非発がん性の有害影響はヒトのバックグランドレベルの暴露に近いという評価を行っていながらも、閾値のない発がん性評価を行い、発がんリスクを計算しているが、最近のEC、JECFA、UKのダイオキシン類評価では、WHO-IPCS(1998)や我が国(1999)での評価と同様に、閾値のある毒性発現がダイオキシンのクリティカルな毒性であるとして、不確実係数を用いたアプローチを用いて耐容摂取量を求めている。また、EPAでは発がんリスクモデルを使用しているが、本来なら計算されるであろうRfD(Reference dose)はヒトのバックグランドレベルを大きく下回ることから算出せず、WHOでの1〜4 pgTEQ/kg/dayというTDIはリスクマネージメントの目的としては妥当であるともしている。さらに、現時点まででもダイオキシン類による遺伝子傷害性に基づいた発がんメカニズムを強く示唆する知見が得られていない状況から、不確実係数を用いた耐容摂取量の算定は妥当なところである。
 WHO(1998)と我が国(1999)の再評価において不確実係数は、(1)NOAELの代わりにLOAELを用いたこと、(2)体内負荷量を用いていることから体内動態(toxico-kinetics)に関する不確実係数はいらないこと、(3)ヒトの方が体内負荷量の算定となった試験に用いられたげっ歯類より感受性が低いと考えられること、(4)ヒトにおける個体差が不明なこと、(5)同族体毎の半減期に関する知見が不足していることより、総合で10の値を用いた。一方、最近のEC、JECFA、UKの評価では、上記の(1)には不確実係数:3を(4)に関しては感受性(toxico-dynamics)に関する個人差として不確実係数:3.2を用いている。(2)及び(3)に関してはそれぞれ1の不確実係数でかまわないとしている。(5)に関しては、いずれも十分な議論がされているわけではないが、特に追加の不確実係数は使用されていない。したがって、LOAELに対する総合的な不確実係数としては(9.6=3 X 3.2)10を用いている。
 但し、Ohsakoら(2001)の報告に関しては、NOAELが得られているので、NOAELが得られる体内負荷量を基に計算した1日摂取量に(4)の感受性の個人差に起因する不確実係数として3.2のみを用いるというアプローチを取っている。
 以上のことから、不確実係数の中身の振り分け方法は我が国とEC、JECFA、UKの評価では異なるが、LOAELでの体内負荷量に対する不確実係数は概ね10とすることは妥当であると考えられる。

7.3 耐容摂取量と表現法
 上述したように、今回はエンドポイントの観点からは最低毒性発現の母動物体内負荷量を変更する必要性はないと考えられるもの、胎児の体内負荷量を基準とした定常状態での母動物の体内負荷量をEC及びJECFAの考え方にしたがって算出したところ、150あるいは200 ng/kgという値になった。この値を用いて、ヒトの一日摂取量を求めると、約70あるいは100 pg/kg/dayとなる。(ちなみに定常状態での体内負荷量を得るための1日摂取量の算定方法に関しては、いずれの評価機関でもヒトの半減期の長さがわずかに異なるのみで、ほとんど違いはなかった。)この値は、1999年の我が国の算定値より高くなるが、JECFAでの評価過程でもみられるように、2つのモデルを使用しながらその中間値を採用していることから、定常状態での母動物の体内負荷量を確定するのは、現段階では情報が不足していると考えられる。また、現時点では胎児への毒性が胎児への直接作用によるのか否かについても議論を要する問題として残っている。したがって、より安全サイドに立った評価をする必要があることを考慮すると1999年に我が国で行った約40 pg/kg/dayをヒトにおけるLOAELとすることが妥当であると考えられ、不確実係数10を適用して得られたTDI:4 pgTEQ/kg/dayを変更する十分な科学的知見は現在のところは得られていない。
 EC、JECFAのダイオキシン類評価では、ダイオキシン類の長い生体内消失半減期を根拠に、1週間あるいは1ヶ月あたりの耐容摂取量を勧告している。しかし、この表現は我が国(1999)及びUKでTDIを勧告したときに付記したように、「仮に短期間でTDIを越える暴露があっても体内負荷量が大きく変動することはなく、長期間にわたった平均値がTDIを下回れば有害影響が現れることはない」という概念を、1週間あるいは1ヶ月という単位で保証した表現と同等であると考えられる。pg/kg/dayオーダーで数年摂取しなければ、ng/kgレベルという体内負荷量に達しないというダイオキシン類のヒト体内動態の性質から考えると1週間あるいは1ヶ月間という単位は中途半端な期間であると考えられる。また、リスクマネージメントの観点から、我が国では、ダイオキシン類の主要暴露経路である食品等の規制基準作成においては1日摂取量を基に見積もりを行っており、1週間あるいは1ヶ月単位の耐容摂取量を用いると計算が複雑になると同時に誤解を招きやすいと考えられる。さらに、消費者側から考えると、個人レベルでは、通常1週間あるいは1ヶ月単位で食事量を管理することはまれで、むしろ1食あるいは1食品中に含まれるダイオキシン類の量の方に関心が高いことを考えると、リスクコミュニケーションの観点からも不透明な表現になるものと考えられる。したがって、耐容摂取量の表現は、1日あたりの耐容摂取量として設定する方が妥当であると思われる。但し、上記のように、「仮に短期間でTDIを越える暴露があっても体内負荷量が大きく変動することはなく、長期間にわたった平均値がTDIを下回れば有害影響が現れることはない」という付記は強調するべきであろう。

 以上のことから、現時点では1999年の我が国におけるTDIを早急に変更する必要はないものと思われる。しかし、ダイオキシン類暴露量(TEQ)の半分以上がTCDD以外の同族体であること考慮すると、これら同族体に関する知見は未だ乏しく、また、各同族体のTEFに関しても、TCDDと同様に体内動態をもとに設定する必要があるという意見もある中で、低用量における次世代の雄性生殖期間への影響のメカニズムの解明と共に、今後ともダイオキシン類の健康影響に関する調査は継続する必要がある。

参照文献
Faqi, A. S., Dalsenter, P. R., Merker, H. J., Chahoud, I. (1998). Reproductive toxicity and tissue concentrations of low doses of 2, 3, 7, 8-tetrachlorodibenzeno-p-dioxin in male offspring rats exposed throughout pregnancy and lactation. Toxicol. Appl. Pharmacol., 150, 383-392
Gehrs, B.C., Riddle, M.M., Williams, W.C., Smialowicz, R.J. (1997) Alterations in the developing immune system of the F344 rat after perinatal exposure to 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin.II.Effects on the pup and adult. Toxicology, 122, 229-24
Gray, L. E., Jr., Ostby, J. S., Kelce, W. R. (1997a) A dose-response analysis of the reproductive effects of a single gestational dose of 2, 3, 7, 8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin in male Long Evans hooded rat offspring. Toxicol. Appl. Pharmacol., 146, 11-20
Gray, L. E., Jr., Wolf, C., Mann, P., Ostby, J. S. (1997b) In utero exposure to low doses of 2, 3, 7, 8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin alters reproductive development of female Long Evans hooded rat offspring. Toxicol. Appl. Pharmacol., 146, 237-244
Hurst, C.H., DeVito, M.J., Birnbaum, L.S. (2000a) Tissue disposition of 2, 3, 7, 8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD) in maternal and developing Long Evans rats following subchronic exposure. Toxicol Sci, 57, 275-283.
Hurst, C.H., DeVito, M.J., Setzer, R.W., Birnbaum, L.S. (2000b) Acute administration of TCDD in pregnant Long Evans rats: association of measured tissue concentrations with developmental effects. Toxicol Sci, 53, 411-420.
Ohsako, S., Miyabara, Y., Sakaue, M., Kurokawa, S., Nishimura, N. Aoki, Y., Tohyama, C., Sone, H., Ishizuka, M., Jana, N. R., Sarkar, S., Yonemoto, J. (1999) Effects of 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD) on the development of male reproductive organs in the rats. Organohalogen Compounds, 42: 19-21.
Ohsako,S., Miyabara, Y., Nishimura, N., Kurosawa, S., Sakaue, M., Ishimura, R., Sato, M., Takeda, K., Aoki, Y., Sone, H., Tohyama, C., Yonemoto, J. (2001) Maternal exposure to a low dose of 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD) suppressed the development of reproductive organs of male rats: dose-dependent increase of mRNA levels of 5alpha-reductase type 2 in contrast to decrease of androgen receptor in the pubertal ventral prostate. Toxicol. Sci. 60: 132-134.
Rier, S. E., Martin, D. C., Bowman, R. E., Dmowski, W. P., Becker, J. L. (1993) Endometriosis in rhesus monkeys (Macaca mulatta) following chronic exposure to 2, 3, 7, 8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin. Fundam. Appl. Toxicol., 21, 433-441
Schantz, S. L., Bowman, R. E. (1989) Learning in monkeys exposed perinatally to 2, 3, 7, 8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD). Neurotoxicol. Teratol., 11, 13-19


8 まとめ

 今回のダイオキシン類のTDIの再評価においては、次のことが結論される。

1) 最低の毒性発現体内負荷量の根拠となるエンドポイントに関して、新たに考慮すべき毒性知見は現時点では得られていない。すなわち、これまで根拠にしていたラット雌児の生殖器官の形態異常及び遅延型過敏症の抑制をエンドポイントとして求めた最低の毒性発現体内負荷量86 ng/kgは適当な値である。それに基づいて設定した我が国における現在のTDI:4 pgTEQ/kgbw/日を早急に変更する必要性はない。
2) トータルダイエット調査に基づく食品からのダイオキシン類の平成10年度から平成12年度の3年間の平均的な1日摂取量は、1.90 pgTEQ/kgbw/日であり、TDI:4 pgTEQ/kgbw/日を下回っている。
3) 海外の行政機関の評価では、我が国と共通のデータセットを材料としながらも、最低の毒性発現体内負荷量を求めるためのエンドポイントや新たな体内負荷量に関するデータの取り扱いが異なっている。なお、海外ではエンドポイントの採用において、我が国では体内負荷量のTDIへの反映方法において、より安全側に立った結果となっている。
4) TDIについては、新たな知見やWHO/IPCS等における検討状況を踏まえながら、適宜見直しを図る必要があると考える。
5) ダイオキシン類の健康影響については、今後も引き続き、毒性試験や人体への影響調査等各種の調査研究を推進するとともに、各種のダイオキシン対策を鋭意推進していくことが重要であると考える。


(参考)省略語一覧

AGD(Anogenital distance):肛門生殖突起間距離
AhR (Arylhydrocarbon recepter):アリール炭化水素受容体
EC-SCF(EC-Scientific Committee on Food):欧州共同体食品科学委員会
FAO(Food and Agriculture Organization):国際連合食糧農業機関
IPCS(International Program on Chemical Safety):国際化学物質安全性計画
JECFA(Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives):FAO/WHO合同食品添加物専門家会議
LOAEL(lowest observed adverse effect level):最小毒性量
NOAEL(no observed adverse effect level):無毒性量
NOEL(no observed effect level):無影響量
TCDD(2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin):2,3,7,8-四塩化ジベンゾパラジオキシン
TDI(tolerable daily intake):耐容一日摂取量
TEF(toxic eqivalency factor):毒性等価係数
TEQ(toxic equivalent):毒性等量
TMI(tolerable monthly intake):耐容一月摂取量
TWI(tolerable weekly intake):耐容一週摂取量
UK-FSA(United Kingdom-Food Standards Agency):英国食品基準局
US-EPA(United States-Environmental Protection Agency):米国環境保護庁
WHO(World Health Organization):世界保健機関


ダイオキシンの健康影響評価に関するワーキンググループ報告書概要

1.背景

 現在、我が国におけるダイオキシン類のTDI(Tolerable Daily Intake, 耐容一日摂取量)は、平成11年6月の厚生省(当時)の生活環境審議会、食品衛生調査会及び環境庁(当時)の中央環境審議会においてとりまとめられた4pg/kg bw/日が適当と評価されている。その後も海外におけるTDIの再評価の動向や国際学会等で発表された新たな知見に基づき、再評価の必要性について検討を行ってきており、平成12年12月に米国環境保護庁のダイオキシン類再評価ドラフト等について検討を行った結果、「我が国におけるTDIの早急な再検討の必要性を示唆する知見は得られなかったが、今後とも引き続き検討する必要がある。」と報告している。
 今般、昨年よりFAO/WHO食品添加物専門家会議や欧州委員会等で、ダイオキシン類の健康影響に関して検討が進められていることも踏まえ、厚生労働省としてもこれらの動向も参考にしながら、薬事・食品衛生審議会薬事分科会化学物質安全対策部会長の下に標記ワーキンググループを設置し、我が国におけるTDIの再検討の必要性について検討を行い、以下の結論を得たものである。

2.検討結果について

1) 最低の毒性発現体内負荷量の根拠となるエンドポイントに関して、新たに考慮すべき毒性知見は現時点では得られていない。すなわち、これまで根拠にしていたラット雌児の生殖器官の形態異常及び遅延型過敏症の抑制をエンドポイントとして求めた最低の毒性発現体内負荷量86 ng/kgは適当な値である。よって、それに基づいて設定した我が国における現在のTDI:4pgTEQ/kgbw/日を早急に変更する必要性はない。
2) トータルダイエット調査に基づく食品からのダイオキシン類の平成10年度から平成12年度の3年間の平均的な1日摂取量は、1.90pgTEQ/kgbw/日であり、TDI:4pgTEQ/kgbw/日を下回っている。
3) 海外の行政機関の評価では、我が国と共通のデータセットを材料としながらも、最低の毒性発現体内負荷量を求めるためのエンドポイントや新たな体内負荷量に関するデータの取り扱いが異なっている。なお、海外ではエンドポイントの採用において、我が国では体内負荷量のTDIへの反映方法においてそれぞれより安全側に立った結果となっている。
4) TDIについては、新たな知見やWHO/IPCS等における検討状況を踏まえながら、適宜見直しを図る必要があると考える。
5) ダイオキシン類の健康影響については今後も引き続き、毒性試験や人体への影響調査等各種の調査研究を推進することが必要であるが、同時にダイオキシン類摂取量の一層の削減が望まれることから、ダイオキシン類の環境への排出削減に向けた取組を一層推進していくことが重要であると考える。


ダイオキシンの健康影響評価に関するワーキンググループ報告書に関するQ&A

報告書の概要について:

Q1.厚生労働省はワーキンググループに何をするように依頼したのですか?
A1.現在ヒト体重1 kg当たり1日4ピコグラムと定められている我が国のダイオキシン類の耐容一日摂取量(TDI)の見直しが必要かどうか、現時点での検討を行い、報告書をとりまとめることを依頼しました。

Q2.TDI(耐容一日摂取量)とは何ですか?
A2.ある汚染物質について、健康危害を被ることなく毎日一生涯にわたって摂取できる量のことです。

Q3.厚生労働省はなぜワーキンググループに作業を依頼したのですか?
A3.平成12年12月、厚生省(当時)の関係審議会は、「平成11年に定めたTDIの早急な再検討の必要性を示唆する知見は得られなかったが、引き続き検討を継続する必要がある」との中間報告をとりまとめました。一方、平成13年に入ってからは、WHO/FAO食品添加物に関する合同評価会議(JECFA)や欧州委員会等でも、ダイオキシン類の健康影響に関する検討が行われ、その結果が公表されました。厚生労働省としては、中間報告から1年経過したことから、海外の動向も参考にして、我が国のTDIの見直しが必要かどうか、現時点での検討を行う必要があると判断しました。

Q4.ダイオキシン類の健康リスクとは何ですか?
A4.私たちが日常の生活の中で摂取する量で急性毒性が生じるようなことは考えられませんが、多量のダイオキシン類を長期にわたって摂取した場合の健康リスクが指摘されています。動物実験の結果によれば、ダイオキシン類は胎児の生殖器系に影響を及ぼす可能性があることなどが指摘されています。またダイオキシン類の一部には、高濃度に暴露した場合に、ヒトに対する発がん性が指摘されています。

Q5.可能性のある生殖器系への影響は何ですか?
A5.ラットを使った動物実験で、雄児の精子産生数又は精子数の減少、雌性生殖器の形態異常などが報告されています。

Q6.ワーキンググループの結論は何ですか?
A6.最低の毒性発現量の根拠に関して、新たに考慮すべき毒性知見は現時点では得られていないことから、我が国における現在のTDI:4 pgTEQ/kgbwを早急に変更する必要はない、ということです。詳細は添付の報告書の通りです。

ダイオキシン類に関する全般的事項について:

Q7.ダイオキシン類とは何ですか?また、どこから発生するのですか?
A7.炭素・酸素・水素・塩素が熱せられる過程で自然にできてしまう副生成物です。通常は無色の個体で、水に溶けにくく、脂肪に溶けやすく、蒸発しにくい性質をもっています。また環境中では分解されにくく、環境や体内に残留しやすい性質をもっています。主な発生源はごみ焼却による燃焼ですが、その他に、製鋼炉、たばこ煙、自動車排出ガスなど、様々な発生源があります。

Q8.ダイオキシン類にはどんな問題がありますか?
A8.ヒトの暴露についての問題があります。ダイオキシン類は、様々な経路から長い年月をかけて、土壌や水、底泥など環境中に蓄積され、プランクトンや魚介類に食物連鎖を通して取り込まれていくことで、動物やヒトに、特に脂肪組織に蓄積されていくと考えられています。なお実際に環境中や食品中に含まれるダイオキシン量は超微量ですが、全ての人々はこれら環境中に存在するダイオキシン類の暴露を受けていることになります。

Q9.全てのダイオキシン類は危険ですか?
A9.違います。ダイオキシン類は、PCDD(ポリ塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシン)、PCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)、コプラナーPCB(コプラナーポリ塩化ビフェニル)と呼ばれる一連の化合物群のことを指しますが、毒性の強さはそれぞれ異なっており、PCDDのうち2と3と7と8の位置に塩素が付いた2,3,7,8-TCDDがダイオキシン類の仲間の中で最も毒性が強いことが知られています。そこで、最も毒性の強い2,3,7,8-TCDDの毒性を1として他のダイオキシン類の仲間の毒性を換算した係数(毒性等価係数:TEF)が用いられます。多くのダイオキシン類のデータは、このTEFを用いてダイオキシン類の毒性を足し合わせた値(毒性等量:TEQ)が用いられています。現在のTEFは、1997年に世界保健機関(WHO)より提案されたものが国際的に使われています。

Q10.ダイオキシン類はどのようにして食事のなかに入り込むのですか?
A10.ダイオキシン類の摂取量の95%以上は食事を介しています。ダイオキシン類は脂肪組織に溶けやすく残留しやすいので、魚介類、肉、乳製品、卵などに含まれやすくなっています。食生活の違いから、我が国では魚介類から、欧米では肉や乳製品等の動物性食品からの取り込み量が多くなっています。

各個人の食生活について:

Q11.私たちが食事から摂るダイオキシン量はどのくらいですか?また、TDIとの関係はどうなっていますか?
Q11.厚生労働省の行ったマーケットバスケット方式によるトータルダイエット調査(約120品目について、国民栄養調査による食品群別摂取量表を基にして、7地区10〜16機関で食品試料を購入し、各食品を実際の食事形態に従って処理し、ダイオキシン類の存在を分析するというもの。)の結果によれば、我が国のダイオキシン類の平均的な1日摂取量は、平成10年度が2.01 pg/kg、平成11年度が2.25 pg/kg、平成12年度が1.45 pg/kg、過去3年間の平均が1.90 pg/kgとなっており、現在のTDI:4 pg/kgを下回っています。また平成12年度に自治体の実施した同様の調査によれば、東京都で2.18 pg/kg、埼玉県で1.0 pg/kg、神奈川県で1.60 pg/kg、札幌市で1.04 pg/kgと報告されており、いずれも現在のTDIを下回っています。

Q12.食事からの摂取量がTDIを越える人はいますか?
A12.マーケットバスケット方式によるトータルダイエット調査によれば、1日摂取量の分布は、平成10年度が1.23〜2.77 pg/kg、平成11年度が1.19〜7.01 pg/kg、平成12年度が0.84〜2.01 pg/kgとなっており、食事からの摂取量は概ね現在のTDIの範囲内にあると言うことができます。仮に、ある1日の食事からの摂取量がTDIを越えることがあったとしても、長期間での平均摂取量がTDI以内ならば健康を損なうことはありません。

Q13.ダイオキシン類を含む可能性のある食品は避けるべきですか?
A13.現状の汚染レベルでは、バランスのとれた食事が健康にもたらすベネフィットのほうが、ダイオキシン類の摂取に関係する健康リスクよりも、はるかに上回っています。ダイオキシン類の摂取に関係する健康リスクは、現在の食生活を変える必要がある程のものではありませんし、また食生活を短期間変えたとしても長期的な健康に影響するものではありません。これは妊婦や子どもの場合にも言えることです。

Q14.TDIを越えることは何を意味するのですか?
A14.TDIとは、ある汚染物質について、健康危害を被ることなく毎日一生涯にわたって摂取できる量のことです。ダイオキシン類は体内、特に脂肪組織に蓄積しやすく、取り込んだ量が半減するのに約7年かかります。現在のTDIは、予防的観点からこのような特徴も考慮に入れて、安全性を見込んで設定されたものです。従って、ある一時期ダイオキシン類の摂取量がTDIを越えたとしても、健康へのリスクにはなりません。むしろ、バランスのとれた食事が健康にもたらすベネフィットのほうが、ダイオキシン類の摂取に関係する健康リスクよりも、はるかに上回っています。これは妊婦や子どもの場合にも言えることです。

報告書の詳細について:

Q15.現在のTDIの算定根拠となった主な毒性影響は何ですか?
A15.ラットの胎生期(最も感受性の高い時期)の単回投与実験で観察された胎児(雌)の雌性生殖器の形態異常などです。これは、現時点で入手できる各種毒性試験のうち、TDIの算定根拠にできる明らかに毒性とみなされる影響です。

Q16.一日精子産生数の低下や精子数減少などの雄性生殖器系への影響を主な根拠にしなかったのはなぜですか?
A16.精子細胞や精子に対する影響については多くの実験報告がありますが、影響の有無及び認められた影響の毒性学的意義については、報告間で大きな差があり、整合性のある結果が得られていません。ワーキンググループでは、1998年以降に公表された生殖発生毒性に関する論文の内容について検討しましたが、精子細胞や精子に対する影響の再現性や毒性学的意義についての問題を解決する新たな知見は得られなかったことから、これらの影響をTDI算定の主な根拠にはしませんでした。

Q17.ワーキンググループの結論が欧州科学委員会における評価結果と違っているのはなぜですか?評価の対象にしている毒性データが違うのですか?
A17.欧州科学委員会は、ダイオキシン類の一週間あたりの耐容摂取量として14 pg/kgを勧告しています。欧州科学委員会における評価ではワーキンググループと共通のデータセットを材料にしていますが、耐容摂取量を求めるための根拠にした主な影響、耐容摂取量の計算に必要な体内負荷量に関するデータの取扱、また耐容摂取量の表現方法が異なります。耐容摂取量を求めるための根拠にした主な影響については、より感受性が高いと考えられた実験動物で観察された精子に対する影響が採用されています。一方、耐容摂取量の計算に必要な体内負荷量については、単回投与の結果から計算モデルによって反復投与時の結果を推定する方法を用いて高値側に補正されています。また耐容摂取量の表現方法については、摂取量の日間変動の影響を少なくするために、一週あたりの耐容摂取量が提案されています。

Q18.体内負荷量とは何ですか?また体内負荷量が耐容摂取量の計算に必要なのはなぜですか?
A18.一般的に化学物質による毒性発現は、投与量に依存していますが、ダイオキシン類のように体内蓄積性の高い物質の毒性を評価するためには、どの程度の量を継続的に摂取し続ければ、毒性を発現する体内量(体内負荷量)に到達するかが重要となります。またダイオキシン類は、体内からの消失半減期の動物間の種差が大きいため、毒性試験で得られた結果をヒトにあてはめる場合には、投与量ではなく、体内負荷量に着目し、動物で健康影響が生じる体内負荷量を試験で求め、ヒトの場合にどの程度の量を継続的に摂取すればその体内負荷量に達するかを評価することが適切と考えられます。

Q19.1週間あるいは1ヶ月単位の耐容摂取量と耐容一日摂取量(TDI)の違いは何ですか?
A19.ダイオキシン類の体内消失半減期は長いので、一時的に摂取量がTDIを越えることがあったとしても体内負荷量が大きく変動することはなく、長期間での平均摂取量がTDI以内ならば健康を損なうことはありません。その意味で、耐容摂取量は1週間あるいは1ヶ月という単位で表現するほうが適切であるという考え方があります。しかし、個人レベルでは、1週間あるいは1ヶ月単位で食事量を管理することはまれであり、むしろ1食あるいは1食品中に含まれるダイオキシン類の量に関心が高いことを考えると、リスクコミュニケーションの観点からは適当な表現ではないかもしれません。従って、耐容摂取量の表現は、一日あたりの耐容摂取量として設定するほうが妥当と思われます。また、1週間あるいは1ヶ月あたりの耐容摂取量を単純に7日あるいは30日で割ると1日あたりの耐容摂取量になるということではありません。1日あたり、1週間あたり、1ヶ月あたりの耐容摂取量は、それぞれ独立した指標として扱うことが適当です。

Q20.現時点で国際的にみて最も基本となるTDIに関する勧告はどれですか?また今回のワーキンググループの結論とはどのような関係になりますか?
A20.1998年(平成10年)のWHO欧州地域事務局及び国際化学物質安全性計画(IPCS)専門家会合の勧告です。この会合は、各種毒性知見の結果から、TDIの値を1〜4pg/kg/日の範囲として示し、先進国の一日摂取量の水準からみて、当面は4 pg/kgを最大耐容摂取量と考え、究極的な目標として、ヒトの摂取レベルを1 pg/kg未満に低減していくことが適当だとしています。ワーキンググループの結論はこの勧告値の範囲の最大耐容摂取量に相当します。

(参考)
このQ&Aの作成には、ワーキンググループ報告書及び報告書に記載された参考文献以外に、次の資料を参考にしました。


ダイオキシン類の健康影響評価の比較

  ワーキンググループ(2002.6) 欧州科学委員会(2001.5)
耐容摂取量を求めるための根拠にした影響についての見解
現時点で明らかに毒性とみなされる、ラットの胎生期の単回投与実験で観察された胎児(雌)の雌性生殖器の形態異常等を採用。
精子指標(精子数など)への影響については、影響の再現性や影響の毒性学的意義についての問題を解決する新たな知見が得られなかったことから、採用せず。
現時点では、精子指標(精子数など)への影響については、影響の再現性や影響の毒性学的意義についての問題が解決されていない。
影響が観察された実験ラットは最も感受性が高い種と考えられたことから、精子指標への影響を採用。
耐容摂取量を求めるための体内負荷量に関するデータの取扱
ラット胎生期の単回投与における、母動物への体内負荷量を実測した
単回投与で得られる胎児の体内負荷量と同じ体内負荷量を与えるのに必要な反復投与時(定常状態期)の母動物の体内負荷量を、あるモデルを用いて逆算(推定)した
耐容摂取量の表現方法
1日あたりの摂取量(TDI)
(理由)個人レベルでは1食あるいは1食品中に含まれるダイオキシン類の量のほうが関心をもちやすい。
1週間あたりの摂取量(TWI)
(理由)ダイオキシン類は体内消失半減期が長い(約7.5年)、一時的に摂取量がTDIを越えることがあったとしても、体内負荷量が大きく変動することはない。
TDI又はTWIに関する考え方
99年に結論した当面のTDI:4pg/kgを早急に変更する必要性はない。
TDI:4 pg/kgは施策の指標であり、国際的に最も基本となるWHO/IPCSの勧告値1〜4pg/kgの範囲の最大耐容摂取量に相当。
ヒトの摂取レベルの低減目標としてTWI:14 pg/kgを設定


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