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概要情報
事件番号・通称事件名  東京地裁令和4年(行ウ)第488号
ジャパンビジネスラボ不当労働行為救済命令取消請求事件 
原告  X会社(会社) 
被告  国(処分行政庁 中央労働委員会)  
被告補助参加人  Z1組合(「組合」)、Z2(個人) (併せて「組合ら」) 
判決年月日  令和6年12月25日 
判決区分  全部取消 
重要度   
事件概要  1 Z2は、正社員として会社が運営するコーチングスクールのコーチだったところ、育児休業取得後の職場復帰に当たり、子を保育園に入園させられる見通しが立たなかったことから、会社と、週3日勤務で契約期間1年間の契約社員とする雇用契約を平成26年9月に締結した。
 その直後、職場復帰したZ2が、会社に対し、子の保育園入園が可能になったとして正社員に変更するよう求めたところ、会社は現時点では応じられないとし、Z2は組合に加入した。

2 本件は、会社が、①Z2との雇用契約を正社員契約に変更しなかったこと、②Z2に業務改善指示書等を交付したこと、③第1回団体交渉(平成26年10月)及び第2回団体交渉(同年12月)において誠実に対応しなかったこと、④Z2との雇用契約を更新しなかったことが不当労働行為であるとして、救済申立てがあった事件である。

3 初審東京都労委は、上記②③の行為が不当労働行為であるとして、会社に対し、文書交付を命じるとともにこれを履行したときの報告を命じ、その余の申立てを棄却した。

4 会社及び組合らは、これを不服としてそれぞれ再審査を申し立てたところ、中労委は、上記③中の第2回団体交渉における会社の対応についてのみ不当労働行為に該当すると判断し、初審命令を一部変更し、会社に対しこれについての組合への文書交付を命じ、その余の申立てを棄却した。

5 会社はこれを不服として東京地裁に行政訴訟を提起したところ、同地裁は会社の請求を認容し、救済命令の一部(上記4の、会社に文書交付を命じた部分)を取り消した。 
判決主文  1 中労委が、中労委令和2年(不再)第36号及び同第37号事件について令和4年8月3日付けで発した命令のうち、主文Ⅰの第1項を取り消す。

2 訴訟費用のうち、補助参加によって生じた費用は被告補助参加人らの負担とし、その余は被告の負担とする。 
判決の要旨  1 争点
 本件の争点は、①第2回団体交渉における会社の対応(以下「本件対応」)が労組法7条2号の不当労働行為に該当するか否か、②救済利益の有無である。

2 争点①について
(1) 誠実交渉義務について
ア 労組法7条2号は、使用者がその雇用する労働者の代表者と団体交渉することを正当な理由なく拒むことを不当労働行為として禁止するところ、使用者は、必要に応じその主張の論拠を説明し、その裏付けとなる資料を提示するなどして、誠実交渉義務を負い、この義務に違反することは、同号の不当労働行為に該当すると解するのが相当である(最二小判令和4年3月18日)。

イ 上記のとおり、使用者の誠実交渉義務違反は不当労働行為となるのに対し、労働者・労働組合は誠実交渉義務を負わないと解されるものの、団体交渉とは、労働者・労働組合と使用者たる会社の双方が通常対面で意見を交わすもので、一方の対応が他方の対応に呼応するものとなることは避けられない以上、団体交渉における使用者の対応が誠実交渉義務違反となるか否かは、その前後における労働者・労働組合の発言や交渉態度等も踏まえて判断することとなる。
 また、交渉とは、一致点を見出すことを目的として、双方が相互に主張を一定数やりとりすることを想定しているものである以上、原則として団体交渉中の個別の発言等だけに着目して誠実交渉義務に反するかどうかを判断するのではなく、団体交渉全体を踏まえて、使用者の対応が誠実交渉義務に反するものかを判断するのが相当である。

(2) 第2回団体交渉における会社の日程調整及び各議題への対応について
ア 日程調整について
 第2回団体交渉の日程は、組合と会社双方が互いの都合に応じた調整を行った結果、双方が合意し決定されたものと認められ、会社が合理的な理由もなく、団体交渉を引き延ばす目的で組合の希望する日程に応じなかったとまでは認められない。
 したがって、この点について、会社の対応が誠実交渉義務違反となるとはいえない。

イ 各議題への対応について
 会社は、Z2の正社員への変更の可否及び時期、Z2にクラスを担当させない理由並びにZ2への業務改善指導書交付の当否等の第2回団体交渉までに議題となっていた事項について、平成26年11月19日付けの回答書、第2回団体交渉及びその後の会社と組合との間で交わされた複数の書面の中で、理由とともに会社の立場・主張を示しているものと認められ、議題となっている事項について組合との対話や協議を拒絶するような姿勢であるとまではいえない。
 そして、労組法7条2号を踏まえても、会社が、組合の要求に対し、譲歩し、受け入れる義務まではないことから、各議題に対する会社の対応が誠実交渉義務に反するものとは認められない。

(3) 第2回団体交渉における会社の交渉態度について
ア C2(会社から交渉権限の委任を受けた特定社会保険労務士)の発言①について
 会社が、第2回団体交渉において、同時点でZ2を正社員とする予定はなく、平成27年9月に検討する旨述べたところ、組合側出席者は、第1回団体交渉での合意内容に反する発言である、正社員とするかの判断が平成27年9月になることは初めて聞いた等と非難した。その非難を受け、C2が「初めて言っちゃいけないの。」「じゃあ、今後組合は新たな主張をしないんですか。」(以下、これらの発言を併せて「C2発言①」という。)と発言した。
 C2発言①は、組合側出席者の発言に対し、挑発的な返答をし、その対応は真摯さに欠ける面がないとはいえない。
 しかし、第1回団体交渉において、組合と会社との間で、会社がZ2を正社員とするものとし、その具体的時期を示す旨の合意がされたとはいえず、第2回団体交渉までの間にも、会社は、組合に、書面において同内容の合意はしていないという立場を明確に示していた。しかし、第2回団体交渉において、組合側出席者は、会社がZ2を正社員とする具体的な時期を示すことを約束していたかのように主張し、これを示さない会社を非難するとともに、具体的時期を示すことを再三にわたり求めた。C2発言①は、このように組合側出席者が、会社の認識とも異なり、かつ、客観的事実にも反する前提に基づく交渉態度をとる中で、発せられたものといえる。
 また、団体交渉があくまでも交渉である以上、使用者も労働者・労働組合も相手の主張やその他の団体交渉外の事情に応じて主張を変遷させる可能性があることは当然に予定されているというべきであり、確定的に合意した事項に相反する主張でない限り、新たな主張・意見を述べることは制限されない。そして、第2回団体交渉までに、組合と会社との間で、Z2を本件契約の期間満了前に正社員とする確定的な合意があったとは認められない以上、第2回団体交渉において、B2(Z2の直属の上司だった執行役員)が、会社としては、本件契約の期間が満了する平成27年9月まではZ2を正社員とする予定はないという意見を述べること自体は許されるといえる。
 加えて、C2発言①に続き、組合側出席者が、第1回団体交渉から第2回団体交渉までの間に会社がZ2を正社員としないことを決めたことは第1回団体交渉時の会社の発言と異なる旨の非難をしたところ、会社側出席者は、第1回団体交渉において会社はZ2を正社員とするとは約束していないという旨の発言をしており、これは、組合側出席者が事実に反した前提に基づく非難をしたことに対し、その前提の訂正を求めるための発言といえる。
 これらの事実を踏まえると、C2発言①は、その内容そのものは誤りであるとはいえず、組合側出席者の誤った認識に基づく発言に沿って団体交渉が進むことを正す趣旨で発せられたものとみるべきであり、挑発的で不穏当な発言であったことは否定できないものの、この発言により、直ちに会社の交渉態度が不誠実であるとまで判断されるものではない。

イ B2発言について
  組合側出席者が会社に対し、Z2を正社員とする時期及びZ2にクラスを担当させない理由を文書で回答しなかった理由を確認したところ、B2は「文書回答か口頭回答かというのは、とってるから同じでしょ。」(以下「B2発言」という。)と発言した。
  第1回団体交渉において、会社と組合は、会社が、Z2にクラスを担当させない理由を文書で回答する旨の合意をしており、B2発言はこの行為を反故にするもののようにも思える。
 しかし会社は、平成26年11月19日の回答書において、Z2にクラスを担当させない理由について、Z2を正社員に登用しない理由と重なると説明した上で、会社とZ2との間の信頼関係が破綻していることである旨回答し、3つの具体的なZ2の言動を例示しているのであり、会社としては、文書による回答を一応したという認識だったと解するのが相当である。
 会社からの回答に関して、第2回団体交渉において、組合側出席者は、会社に対し、Z2にクラスを担当させない理由を20個近く回答するように求める旨の発言や、会社がZ2にクラスを担当させないことを決めたのは9月面談の時点だから、理由として9月面談よりも前にあった事情を回答するよう求める発言をしており、会社による文書での回答は不十分である旨を示しているものと解される。
 しかし、前者の点については、第1回団体交渉において、会社側はあくまでも例示として20個という数字を出しているだけであり、20個近くの理由を回答することを約束していたとはいえず、後者の点についても、9月面談においてZ2と会社が話し合いをする中で、会社はZ2にクラスを担当させないという決定に至っているのであるから、9月面談の中のZ2の発言も理由とすることは事実に照らして何ら問題のないことといえる。
 加えて、Z2にクラスを担当させない理由が団体交渉の中において問題となっているのは、結局のところ、Z2を正社員とすることの前提となっているからであり、この意味で、第2回団体交渉時点までの事情も含めてZ2にクラスを担当させない理由として回答したとしても、本件団体交渉において誠実性を欠く回答であるとはいえない。
 したがって、組合が、Z2にクラスを担当させない理由についての会社の回答が不十分であると追及する理由は必ずしも合理的であるとはいえず、会社の回答が不十分とは認められない。
 以上の事情に加え、第2回団体交渉後の平成26年12月12日には、第2回団体交渉における合意に基づいて、回答書の形で、Z2を正社員にできない理由及び就業形態書面の文言の会社としての解釈について回答を示していること及びこれらの文書回答の内容も不十分とはいえないことを踏まえると、B2発言によっても、会社が組合との間の合意事項を反故にするような交渉態度であったとまでは認められず、B2発言から直ちに、誠実交渉義務に違反するとはいえない。

ウ C2発言②について
 組合側出席者がC2に、スムーズな交渉のために発言を控えるように述ベたにもかかわらず、C2は立て続けに「いえ、控えませんよ。」「妨害なんてしませんよ。話を妨害しているのはあなたじゃないですか。」「いや、あなたが的確な質問をしてないから話が困窮するんですよ。」と発言した(以下、C2のこれらの発言を併せて「C2発言②」という。)。
 C2発言②は、組合側出席者によるB2発言への反論を遮り、かつ組合の、発言を控える旨の要求を拒み、交渉の進展を妨げるものとも捉えることができる。
 しかし、C2発言②には、交渉を進めるよう組合側出席者に求めるものも含まれており、C2発言②の前後の交渉の経過をみると、C2発言②に至るまでは、組合側出席者からの第1回団体交渉における合意内容と異なる前提に基づく、客観的には適切とはいえない要求に対し、会社が、前提が違うと訂正の上、要求に応じない旨表明するという状況が繰り返されていたが、C2発言②の後には、会社が示したZ2にクラスを担当させない理由等についての協議に変わり、双方が同じ点について主張を繰り返すだけの状況から交渉が進展したと認められる。
 このようなC2発言②の前後における団体交渉の状況の変化を踏まえると、C2発言②により一時的には組合側出席者とC2との間のやり取りに時間がかかったものの、第2回団体交渉全体を通してみると団体交渉を紛糾させたものとまではいえず、むしろ、双方が同じ点についての主張することの繰り返しとなっていた団体交渉を進展させるという働きもしていたといえる。
 したがって、C2発言②のみをもって、会社に誠実交渉義務違反があるとまではいえない。

エ その他の第2回団体交渉全体を通じた会社の交渉態度について
 第2回団体交渉では、それまでの会社と組合らとの交渉に関わっていたことがうかがわれない社外のC2やその事務所職員C3(以下「C2ら」)が出席し、会社側の発言のうちの大きな部分を占める発言をしており、交渉過程では、C2ら及び会社が、組合側出席者の発言を遮る形での発言や組合らに対する挑発的な発言をするなどし、会社の主張とは異なるC2らの発言等により、一時的に議題から外れた点で協議が紛糾し、時間をとることとなったといった状況があったことが認められる。
 他方、組合側出席者は、会社に対し、第1回団体交渉において会社が回答する旨合意した内容について客観的には事実に反した前提に基づき、Z2を正社員とする具体的スケジュールを示すことを繰り返し要求したと認められる。また、会社が、Z2にクラスを担当させない理由を回答しているにもかかわらず、これに納得せずに、第1回団体交渉における会社が例示しただけの発言を根拠として、個数として不足である旨主張する、あるいは9月面談の経過に照らすと9月面談内でのZ2の言動を理由として挙げることも何ら問題がないにもかかわらず、9月面談内のZ2の言動を理由として挙げる会社の回答が不適切であると主張する等して、執拗に、Z2にクラスを担当させない理由についての回答を迫ったとも認められる。
 さらに、Z2は、平成26年9月10日時点で、子を保育園に入園させることが可能になったという事実はなかったにもかかわらず、入園が可能になったとして時短勤務正社員への変更を希望しており、第2回団体交渉においても、子の保育園入園に関する事実に反する発言を訂正することなく、入園は可能であることを前提とした交渉を続けていた。
 加えて、第2回団体交渉における組合側出席者の発言の中には、会社に対し挑発的な内容の発言も存在している。
 こういった、第2回団体交渉における組合らの交渉における態度等を踏まえ、第2回団体交渉の録音データによっても、C2ら及び会社が組合側出席者と比して特段大きな声量で威圧的だったというような事実は認め難いこと、会社及びC2らによる発言が組合側出席者による挑発的あるいは客観的には事実に反する前提に基づく要求等に対応してされたものであるといった発言に至る経緯、発言の趣旨や効果並びに第2回団体交渉後にも、会社が、就業形態書面の文言の会社としての解釈やZ2を正社員としない理由について回答する等交渉を継続し、会社とZ2及び組合との間で何らかの合意をする可能性を探る態度を示していること等も総合的に考慮すると、C2発言①、②及びB2発言を含めた第2回団体交渉全体を通じた会社の態度が誠実交渉義務に違反するものとまでは認めることはできない。
オ したがって、第2回団体交渉における日程調整や各議題への会社の対応だけでなく、会社の態度についても誠実交渉義務に反する不当労働行為に該当するものとはいえない。

3 小括
 以上によると、本件対応が誠実交渉義務に反するものとはいえず、その余の点について判断するまでもなく、本件対応が労組法第7条2号の不当労働行為に当たるとした中労委の本件命令に係る判断には違法があるものといわざるを得ない。
 したがって、本件命令のうち主文Ⅰの第1項は、取り消されるべきである。

4 結論
 よって、会社の本件請求は理由があるからこれを認容する。 
その他   

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顛末情報
事件番号/行訴番号 命令区分/判決区分 命令年月日/判決年月日
東京都労委平成27年(不)第71号 一部救済 令和2年7月21日
中労委令和2年(不再)第36号・第37号 一部変更 令和4年8月3日
 
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